ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

デモとスプリングコンサートとリサイタルと

2025年04月07日 | 音楽とわたし
昨日の5日は、『HANDS OFF!』デモが全米各地で行われました。
これまでずっと、こういう抗議行動には一切参加しなかった夫が、しとしとと冷たい雨が降る午後に、初めて出かけて行きました。
このデモは、トランプ政権の移民政策と、イーロン・マスクが率いる政府効率化部門が主導する連邦政府職員の大量解雇に反対するため、民主党の活動家たちが組織したもので、ここニュージャージーではコーリー・ブッカー議員が各会場を回って民衆を鼓舞しました。
彼は米連邦議会上院の民主党議員で、先日の1日に上院で、ドナルド・トランプ大統領に対する抗議を象徴するマラソン演説を、25時間4分もかけて行った人です。
丸一日以上にも及ぶこの演説中、彼はずっと立っていなければならず、トイレ休憩も許されていませんでした。
すごい人です。

わたしはというと、木曜日の夜にリサイタルを控えていて、気分はもう舞台の上。
そして、夜にはマンハッタンで行われるACMAのスプリングコンサートを聴きに行く予定だったので、今回はデモには行きませんでした。

スプリングコンサートは、いつものこの素敵な教会で開催されました。


今回の演奏会では、初めて見たものがいろいろありました。
真ん中の奏者が吹いているのはアルトフルート、そして右側の奏者が吹いているのはバスフルートです。
厳かな、温かくて深い響きです。


そしてこの方は、アルトサックスとピアノのための曲を作曲し、それを自分一人で同時演奏しちゃってます😳。


この夜もとても寒くて、ブルブル震えながらマンハッタンの街を歩いていたのですが、頭上では深い霧が立ち込めていました。



さて、今度は自分の番です。
練習を重ねるごとに、あ、ここはこういうふうに弾いた方がいいのではないか、この音はこんな響きに変えてみようかと、アイディアが次から次へと浮かんできて、時間がいくらあっても足りません。
こんなことを言うと、ほんとに何を今更なのですが、わたしはこの歳になってやっと、自分が良かれと思って弾いていても、聴く人にとっては聞き心地の良いものではない音を見つける作業を、根気よく繰り返すようになりました。
そのためにはまず録音をしなければなりません。
自分が弾きたいように弾いていた部分を、一音一音磨きをかけたり空間に放ったりしていると、だんだんと歌になってきたような気がします。
歌っていたと思い込んでいたそれは自己満足の押し付けで、耳障りな音がたくさんありました。
今回の舞台で、この練習が十分に活かされるよう、あと3日、ラストスパートをかけたいと思います。


リサイタルまでの3日間、もちろん仕事も当たり前にあるわけで、なので夫は3日分の美味しいスープを作ってくれました。
わたしの大好物のフィッシュスープです。

夕食を食べる我々のすぐそばでは、海がお得意の休憩ポーズでジィッと見ています。
なんか目つきが怖いなあ…😅。

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米国『THE HANAMI』事情

2025年04月07日 | 米国○○事情
花が咲き乱れている日本に引き換え、こちらはまだまだ肌寒いを通り越してとっても寒い今日この頃です🥶。
とはいえ、日差しや風が肌にあたると、ほのかに春を感じることができるくらいまでにはなってきました。
そんな中、ポンちゃんが、いきなりの満開です😳。
例年なら、濃い桃色のつぼみを下から順に、何日もかけてポンポンと咲いていくのに、今年はいきなり暖かくなった、たった二日の間に、すべてのつぼみが開いてしまいました。
多分、雨がずっと続いていて、ゲップが出るほどお水を飲んだことも理由の一つかもしれません。

昨夜は寒い上に大雨が降りました。
窓を打つ雨の音を聞いただけで、雨粒がかなり大きいことがわかります。
風もビュンビュン吹き荒れていて、ポンちゃんのことが気になってなかなか寝つけませんでした。
明け方、鳥の声が聞こえてきたので寝室の窓を開けてみると、なかなかに妖艶なポンちゃんの姿が。
花びらはそれほど落とされていないようです。


いつになったら青い空が見られるのかなあと思いつつ、ポンちゃんを大切に守ってくれているお向かいさんが、米国版『HANAMI』パーティをしてくれるというので行ってきました。

お向かいさんの玄関ポーチから見たポンちゃん。

1年のうちのほんの数日間だけど、こんなふうにプライベートな花見ができるっていいなあ。

曇り空の上に雨続きですっかり濡れそぼっているポンちゃんです。


ポンちゃんのハート💜



一体何があったのか?

寒いけどめっちゃ楽しかったパーティ。

ポンちゃん、みんなから褒められて嬉しかったかな。



まだまだ来週も雨が続くようなので、今回は青空とポンちゃん、という写真は撮れないかもしれないけど、こんな年もあってもいいよね。
ポンちゃん、今年もほんとにありがとう!


おまけって言ったら怒るかな、うちの裏庭のソメイヨシノ姉妹もずいぶん大きくなってきました。
こちらは五分咲きです。



お、ちょっと雲が切れて青空が!


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頑張っている母

2025年03月27日 | 家族とわたし
母がリハビリ病院に転院してから早2週間が経ちました。
最初の数日間はいろいろと初めてのことに混乱していましたが、今はもうすっかり慣れたからか、前の病院に比べたらすごくマシだと褒めちぎっていた病院食の、おかずの文句が始まりました。



こちらはまだまだ寒い日が続いていますが、日本はまさに花開く春を迎えているようですね。
病室の窓から見える景色も、ずいぶんと春めいてきたと母から聞きました。
母は1日に3回、週末も休まずリハビリに励んでいます。
前の病院では、病室内での移動のために歩行器を貸してくれていたのですが、今の病院では車椅子を使わなければなりません。
ところが部屋の床にはカーペットが敷かれていて、慣れない車椅子が余計に使いにくいみたいで、10センチ進むのに1分かかると、毎日ぼやいています。
この歳になって車椅子の練習をせなあかんやなんて、長生きするもんやないわと母。
いやあ、その歳で車椅子が運転できるようになるやなんて、めっちゃ渋いしカッコええやんとわたし。



先週の火曜日は、初めてのシャワー体験日でした。
母はてっきり一人で入れてもらえると思っていましたが、シャワー室には他に5人の患者さんがいて、仕切りのないところでずらりと並び、同時に洗ってもらったのだそうです。
母はもとから銭湯が苦手で、温泉に行っても大浴場に入りたがらないような人なので、かなりショックだったみたいです。
おまけに、洗ってくださるスタッフのみなさんの中には男性もいて、その方にお尻まで洗われたと、声を低くして文句を言っていました。
さすがに前だけは自分で洗いたいと申し出たようですが…。
そんなこんなでパニックになった母は、髪の毛が短い女性のことを男性だと思い込み、わたしにしつこく訴えます。
いくらなんでもそんなはずはないと言い聞かせると、もしかしたらわたしの勘違いやったかもしれんと落ち着いてくれました。
こんなことでは来週は無理かなと案じていると、やはり1週間に1回の洗髪が楽しみだったらしく、先日の火曜日は割り切って入れてもらったようです。


病院の看護師さん、スタッフのみなさんは若い人が多く、揃いも揃って親切で、本当にありがたいと毎日感謝している母。
昨日は鮮やかな血尿が出たと言って驚かされましたが、血尿は1回きりで、その後は痛みもないようなので、よく水分をとってしばらく様子を見るように言いました。
いずれにせよ、母は病院に居てくれるので、こういう異変が起きても殊更に心配しなくてもいいのは本当に助かります。
母は、気がついたら眠ってしまっている、という状態からも脱したようで、声と言葉に張りが出てきました。
弟が設置してくれたポータブルWi-Fiのおかげで、お気に入りのパズルゲームもできるようになり、わからない問題を読む母の声を、電話越しに聞けるようになりました。
ただ、以前のように文章を読むことは難しいようで、書かれている単語自体がわからなくなったり、読もうとしても発音ができなかったりします。
こんなことは入院する前には無かったことなので、少しずつでもいいから読み書きの練習になるようなことを電話で伝えていこうと思っています。



家猫の空と海の爪研ぎ場にされちゃってた桜の幹が、1年でこんなにも伸びました。

小型機の飛行機雲だそうです。

夫が焼いてくれた最近のバーベキューおかず。


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『OKINAWA(沖縄)』を再演します!

2025年03月26日 | 音楽とわたし
ホールはここ↓です。こぢんまりとした美しいホールです。


まだまだ先だと思っていましたが、気がつけばもうあと2週間ほどで本番を迎えます。
大勢の人たちの前で演奏するのは本当に久しぶりなので、25分弱の演奏時間中、集中力を維持できるのかどうか、ちょっぴり心配です。
これからの練習は、自分の演奏を録音して聴く、他の人の演奏を聴いてみる、そして弾いてまた録音する、の繰り返しになると思います。

今回のプログラムに自作曲の『OKINAWA』を入れてもらえたことがとても嬉しいです。
この曲を一体何年前に弾いたのか、それも覚えていないくらいでしたので、練習を再開した日にはあまりに弾けなくて我ながら驚くやら呆れるやら…どうなることかと思いましたが、音を付け加えたり、表現やアーティキュレーションをちょこちょこ変えたりしながら、練習を重ねてきました。
沖縄の不屈の歴史に思いを馳せながら書いた曲ですが、同時に沖縄への讃歌でもあります。
パートナーのバイオリニストのサラも、わたしに同感して演奏してくれるので、二人の思いが届くといいなあと思っています。

もう一つの曲は、甘美で清浄できらびやかな詩を元に作られた曲です。
ひばりが舞い上がっては降りてきて、そうかと思うと輪を描き、絶え間ないたくさんの繋がりを持つ銀の鎖のような音を地に落としてゆく。
そんなひばりの様子がバイオリンの見事なソロで描かれます。
この曲は個人的な感情を直接的に語ろうとしていません。
ひたすらに情景描写に徹し、その音の響きの中から聞こえてくる作者のつぶやきやため息を、演奏で表現できたらいいなあと思っています。

場所はマンハッタンのミッドタウン、7番アヴェニューと29丁目が交差する辺りにあります。
平日の夜ですが、1時間ばかりの演奏の後、ワインとチーズをいただきながらのレセプションも行います。
無料のコンサートなので、お気軽にお越しくださいね!
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モヤモヤからワクワクへ

2025年03月10日 | 音楽とわたし
夫が家に居る間は、大っぴらにピアノを練習することができません。
このことはずっと長い間、わたしたち夫婦の間の問題になっていました。
夫はずっと、揉めるたびに、「電子ピアノを買ってそれで練習すればいいじゃないか」と言っていたのですが、わたしがどうしても納得できなかったのです。
やっとのやっと、60歳を過ぎて、弾き心地がとても良い上に相性の合うピアノを得ることができたのに、何が悲しくてそんな電子ピアノなんかで練習せなあかんのよと。
いえね、電子ピアノを貶しているのではないんです。
アコースティックピアノが一台も無くて、そういうものを置ける環境ではないなら、わたしは喜んで電子ピアノで練習すると思います。
けれどもうちにはベビーグランドピアノが2台あって、しかもそのうちの1台は超お気に入りのピアノなので、練習はそのピアノを使ってやりたいと思うし、夫と練習のタイミングのことで言い合いをしている時は気分がイライラしているので、ついつい電子ピアノ(なんか)で、と言いたくなってしまうわけです。
電子ピアノさん、そして電子ピアノユーザーさん、ごめんなさい!

でももう本当に疲れました。まさに不毛の言い争い、不毛の気遣い、不毛の苛立ちを、延々25年近く持ち続けてきた自分に、電子ピアノを買え!と命じました。
それでエイっとばかりに決心して購入したのが、DONNERという会社の電子ピアノなのでした。
実は、初心者のちびっ子の親御さんから、まだアコースティックピアノを買う決心がつかないから、電子ピアノを紹介して欲しいと頼まれることが時々あります。
彼らが希望する価格帯で、推薦するに相応しい楽器かどうか確かめるつもりで購入してみたのですが、先日の記事でお話ししたように、組み立て部品の破損や欠品があり、さらに鍵盤は恐ろしく重くて弾きにくい、これは失敗だと思いました。
けれどもまあ、とにかく組み立ててしまいたかったし、いつでも自分の思う時間に練習できるという環境にしたかったので、部品の交換と補充をして欲しいと、サービスセンターにメールしました。
すると、こんな返事が送られてきたのです。
「どちらも市販品だから、自分で買ってくるのが一番手っ取り早いと思いますよ」
え?と一瞬驚きましたが、まあ確かにそうかもしれないと思い、ホームセンターに行ってみました。
そこで30分以上、これか?あれか?と探し回った挙句、何一つ見つけられなかったことにがっかりして家に戻り、もう一度そのメールを読んで思ったのです。
なんでわたしが買いに行かなあかんねん?と。
そこでもう一度メールしました。早急に送ってくださいと。
すると、中国の工場から送るので、20日から1ヶ月ほどかかります、と言います。
いや、あんな小さなネジを数本(変形していたヒンジはペンチで直しました😅)送るのになんでそんな長い時間かかるわけ?まさか船便で送ろうとしてるの?当然航空便っしょ?
では、できるだけ迅速に対応できるよう努めます。

そしてまた3日が経ち、1週間が経ち、この時点ですでに合計3週間が過ぎていて、けれども事態は全く進まず、また同じようなメールが送られてきたので、ああ、こんなサービスをする会社の楽器を所有していたら碌なことはないと思い、返品することにしました。
また一からやり直しです。
気を取り直してパソコンの前に座ったわたしに夫が、「今度は少しぐらい高くても、ちゃんとしたものを買った方がいいんじゃないか」と言ってくれて、ハッと気がつきました。
今わたしが買おうとしているのは、もしかしたらグランドピアノよりも長い時間練習することになるピアノなのだと。
だから、いい加減なものではなくて、そこそこ弾き心地が良いものでなくてはならないのだと。
そこでメーカーをヤマハに絞り、クラビノーバの後に出たシリーズの中から、鍵盤の感触とアクションができるだけアコースティックに近いものを選びました。


今日は初めて本格的に長い時間をかけて練習をしてみました。
置いた場所が自分の寝室なので、練習に疲れたらベッドに直行です😅。
この部屋はこの家の中で一番日当たりが良く、夏はめちゃくちゃ暑くなるので、暑さ対策を考えねばなりません。
それでもこんなふうに、好きな時に好きなだけ練習ができるのは、やっぱり気分がスッキリします。
もっと早くこうするべきだったのでしょうね。
意固地になるところがなかなか直りません。
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米国「ハゲタカ?!」事情

2025年03月08日 | 米国○○事情
ちょっとグロテスクな内容なので、苦手な方、お食事中の方は無視してくださいね。

昨日、近所を車で走っていると、道路の脇に見慣れないものが動いていて…。
減速して横目で見ながら一旦は通り過ぎたのですが、やっぱり気になり過ぎてバックしてみると…。

ワシか?いや、違う、頭がちっちゃい、誰?
しかもなんか食べてるような…。獲物の胴体をがっしりと両足で押さえつけ、くちばしでグイグイと引き剥がしているのでした。

あらら、同じような大きさの鳥がやってきた。

ちょっとグロテスクなお顔。

そろそろと寄ってきて、

わたしもそろそろと寄ってみたら睨まれました。


わたしと同じように通り過ぎた赤い車がバックしてきて、中から男性が「何だあれ?」と聞いてきました。
そんなこと聞かれても全然わからないのでそう言うと、「ヴァルチャーかな、まあなんでもいいや、Have a good day!」と言って去って行きました。
家に戻って夫に写真を見せると、「ああ、これはヴァルチャーだ」と断言するのでさっそく検索してみました。

ハゲタカ…。
いやあ、この郊外の小さな町には、大小さまざまな野生動物が暮らしているのですが、まさかハゲタカまでが居らっしゃるとは…25年も経って初めて知りました😅。
ハゲタカは腐肉を漁ると言われていますね。
だからこの気の毒なリスは車に撥ねられたかして死んでいたのかもしれません。
それにしてもこのハゲタカさんたちは、車がすぐそばを通り過ぎてもへっちゃらです。
今の今まで一度も会わなかったけど、町の暮らしが長いからかなあ…などとぶつぶつ呟いていると、夫から「珍しいからってノコノコ近付いてっちゃだめだ、その癖は直さないといつか後悔するぞ」と叱られました😅。
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母のことを想うと

2025年03月07日 | 家族とわたし
退院する、と自分で決めた母は、わたしにその気持ちを伝えたのですが、その前に担当医の先生や看護師さんに相談していたわけではなかったようです。
わたしだけではどうにもならないので、大阪の弟に連絡をしました。
すると、弟から、こんな返事をもらいました。

午後2時ごろ、病院のコーディネーターさんから電話があった。
お母さんが昨日の夜くらいから退院すると言い出した。
旦那さんはそのことに反対している(わたしには義父も賛成していると母は言っていたのですが…)。
転院することになっているリハビリ病院には、うまく行けば2〜3週間後に転院できるかもしれない。
今から退院手続きをしても、自宅の設備(手すりやベッド歩行器などを揃えるべくプランを組み工事をしてもらう)が整うまでは、担当医から退院の承諾が出ない。多分それだけで2週間はかかる。
何よりも、今退院してしまうと、この病院の先生からの紹介で転院するのだから、次の病院への転院の話は全て失くなる。
とのこと。

午後4時半ごろ、今度は主治医から電話があった。
パーキンソン病は今もなお、薬を投与しながら様子を観ている状態。
全体的な動きが緩慢で、ベッドから起き上がるのにも難儀している。
筋力も低下しているので、自宅からの通院治療は難しい。
訪問介護やデイサービスは、毎日受けることができない。
尻もちなどで骨折する、という事態が起こることも十分あり得る。
予定通りここで毎日リハビリを行い、少しでも体力と筋力を回復してからの転院が良いと思う。
というような内容を、母にも話をしたところ、母は「先生にお任せします」と答えたらしい。


弟とも言っていたのですが、こんなに丁寧な対応をしてくれる病院と医師、それから病院のスタッフさんたちに恵まれて、母は幸運だったと思います。
そして2週間から3週間かかると言われていた退院が、来週の火曜日に叶うことになり、またまた病院から大阪の弟に、退院と転院の手続きをしに来て欲しいとの連絡があったようです。
彼の仕事先で急な移動があり、今はとても大変な時なのに休んだりしても大丈夫なのかと聞くと、なんと奇跡的にその日だけが休みだったそうです。

先日、母とLINE電話で話をしていると、転院先のコーディネーターさんが部屋に入って来られて、母にいろいろと話を聞かせてくださいとおっしゃるので、わたしもその輪の中に入れてもらうことにしました。
母の受け答えする様子を聞いていると、やはり入院前の面影はなく、かなりぼんやりしています。
そして記憶違いもあちこちに見られるので、わたしが時々横から訂正を入れながら、話は進んでいきました。

それからというもの、母は見るからに気落ちして、またいつもの悲観的な思いが心の中いっぱいに広がってしまいました。
そしてどんどん呂律が怪しくなってきたのです。
昨日の夜中に目が覚めて、そういうタイミングで考え事をするのは良くないと思いつつ、ついつい母のことを考えてしまいました。
果たして、このまま母を病院の中に閉じ込めておくことは、本当に良いことなんだろうかと。
確かに母は、救急車で運ばれる日の前日の、夕方散歩の時から急に、足や手に問題が生じました。
翌日の朝に、薬を飲もうとして誤嚥し、激しい咳き込みから嘔吐に至り、それから徐々に意識が朦朧とし初めました。
ちょうどその真っ最中にわたしが電話をかけ、母の呂律が回らないことに気がついて、すぐにでも救急車で病院に行って欲しいと伝えたのでした。
病院では詳しい検査を受けましたが、小さな血栓が二つ見つかっただけで、他は何も異常がなく、全て良い数値が出てきました。
けれども、体幹がぶれて一人では歩けないこと、手に震えが生じていることなどから、パーキンソン病の疑いがあると診断されて、今の入院に至ったわけです。
入院してから1ヶ月以上が経ち、わたしは毎日朝の10時過ぎに電話をかけるのですが、母はいつも寝起きのような声で出て、しばらくは呂律も怪しい状態で、けれども30分も話していると少しずつ言葉がはっきりとしてきます。
ベッドに寝た瞬間に眠ってしまうと言うので、もしかしたら薬の副作用なのかもしれないと思うのですが、そのことを担当医に聞いてみたら?と言っても、いつも忘れてしまいます。
体力も筋力もみるみる落ちて、今はベッドから起き上がることすら億劫だと言います。
あれほど嫌がっていたポータブルトイレでの排便も、今はなんとも思わなくなったと言います。
母があれほどしっかりしていたのは、朝から晩まで義父のやることなすことに目を光らせ、その都度文句を言いまくっていたからだと思います。
なのにその関係性がスッパリと消えてしまいました。
母にも義父にも日頃から付き合いのある友人は無く、彼らはいつも二人だけで、小さな家の中に居るか、近くのスーパーに買い物に行くかのどちらかしかない、とても小さな世界で生きていました。
とても和やかなどとは言えない、義父にとっては何をやっても非難される、母からすると何かとイライラさせられる、それこそ側から見たらこの二人はなぜ一緒にいるのだろうと首を傾げざるを得ないような関係でしたが、こうやって家と病院にそれぞれ独りにされた彼らを見ていると、どういう形であれ、過ごしてきた年月と繋がりの深さを感じさせられます。

母がいつか家に戻り、朝から晩まで義父を怒鳴りつけるようになったら、また元の彼女に戻れるのでしょうか。
大のお気に入りの全自動のウォシュレットを使い、湯船の中で簡単な体操ができるようになったら、自分で歩くということに意欲を持てるようになるのでしょうか。
それとも今回のこの選択は、彼女の人生の終末に、後悔と共に思い出されることになるのでしょうか。
その人にとってどれを選ぶことが正解なのか、それを見極めることができないことはわかっています。
できないならできないで、最良の選択をしたいと思うけれども、それもまたとても難しい。
母は11日に退院し、その足で転院先に運ばれることになりました。
その病院から家に戻れるのか、そのことについても考え始めなければなりません。
今日の電話中に、初めて母が、「わたしはもう、このまま家には戻れへんようになるかもしれんなあ」とポツリと言いました。
その言葉に何も応えることができない自分が申し訳なかったです。
こんな遠くに行ってしまってごめんね。
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「わたし、退院するわ」

2025年03月02日 | 家族とわたし
なにやら日本もこのところ天候が激しく変わり、雪が降ったり雨が降ったり、気温がグッと上がったかと思ったら真冬のような寒さになったりしているそうですが、こちらも負けていません、20℃以上の気温の上下が頻繁に起こっています。
天候不順は健康にも影響するのでしょうか、今年の冬は例年よりも咳に悩まされている人が多く、それも1週間から3週間も続く長期戦で、ビデオレッスンに切り替えている生徒が何人もいます。

それでもやはり3月は3月。枯れ色の中から顔を覗かせる緑に春を感じます。
なぜか一年草のシラントロが越冬しました。

それと隣町からここに一緒に越してきたこの子も、例年より元気で葉をいっぱい増やしています。


母が救急車で運ばれ、入院してから早一ヶ月が経ちました。
毎回病院食が不味いという文句を聞きながら、その声から感じ取ることができる彼女の体調を見守るしかないわたしは、日に日にストレスが溜まり、よく眠れない日が続いています。
入院してからずっと「しんどくてたまらん」と言い続けているのですが、パーキンソン病の治療薬の副作用かもしれないし、これほど長くベッドの上で寝ているのですから、体全体の筋力も落ち、同時に体力も無くなってきているのでしょう、ここ数日は電話で話すだけでも疲れるので、長くて20分ほどで「もう疲れた、寝る」と言って切ってしまいます。
声もだんだん低くなり、たまに呂律が怪しくなったりもします。
自由な行動が取れなくなり、好きな報道番組を観ようにも1枚1000円のカードを入れないと観られないので億劫になり、病院関係者が入室してくる時間以外はほとんど眠ってしまうと言います。
なぜだかわからないが、とにかく眠くて眠くて仕方がないのだと。
個室であるからこそのプライベートの尊重は、裏返してみると完全な孤立です。
母は別に手術を受けたわけでもなく、入院の発端であった脳梗塞の血栓は今すぐ治療が必要な状況ではなく様子を見ていこうということだし、パーキンソン病の初期症状が見られるということで、これもまた彼女に合う薬とその量を投薬しながら様子を見ている状態です。
それならば、家で暮らしながら定期的に病院に通えばいいのではないかと思い、それを母に伝えようとしたら、母が、「あんな、昨日の夜にな、えらいことが起こってん」と言うではありませんか。
夜はいつもベッドの脇に置いてあるポータブルトイレで用を足すようにしていたのですが、その日はなぜか歩行器を使ってトイレまで行こうと思ったそうで、その歩行器の取手を掴もうとした際に手が滑り、そのまま部屋の中のテーブルなどをなぎ倒しながら床に倒れたのだそうです。
ものすごい音がしたからか、すぐに看護師さんたちが駆けつけてくれましたが、側頭部を強打していたことからCTスキャンで詳しい検査をしてくれたようです。
その夜の当直医が脳外科であったことも幸いでした。
母はこれまでにも、家の中や散歩中に何度も転倒していて、その度に頭や膝や太ももを強打しているのですが、ありがたいことに一度も骨折までには至っていません。
今回も血腫はなく、大きなたんこぶができただけで、吐き気も頭痛もなかったと言います。
母に電話をしている最中に、バイタルサインを測りに来る看護師さんや、リハビリに連れて行ってくれる介護士さんが入ってきて、母に話しかけてくれるのを聞くことがよくあるのですが、どの方もとても優しく親切で、転倒後の母の様子をすごく気にかけてくれているのがありがたくて、やはり退院は急がない方がいいのかなあと、心は大きく揺れ動いていました。

そして昨日、母が突然、「わたし、退院しようと思ってんねん」と言い出しました。
前にもお話ししたように、母はベッドの上に寝るのは夜の10時半以降のみで、その他の時間は何が何でも服を着て起きていなければならないという掟を頑なに守ってきた人です。
なので、1ヶ月にもわたる今の入院生活は、彼女にとっては掟破りの30日間なのでした。
この1ヶ月の間に失われた体力や筋力、そして生きる気力を、いったいどうやって取り戻すことができるのか、いや、そんなふうには考えていないでしょう、多分、もう戻せないと悲嘆しているに違いありません。
彼女は極めて悲観的な性格の持ち主ですから。
わたしは毎晩彼女に電話をして、なんとか元気になって欲しいと願ってきましたが、入院する数ヶ月前ごろから全く口にしなくなっていた「なんでこんな歳まで生きてんのやろ、死んだ方がマシや、死にたい」という台詞がそっくりそのまま戻ってきてしまいました。

「退院、あんたはどう思う?」と聞かれたので、「わたしは賛成やよ」と答えました。
母は義父にその気持ちをもう伝えてあるらしく、それを聞いた時の彼はかなり動揺していたそうです。
そりゃそうでしょう、母に何かあったら、その場で対処しなければならないのは彼一人なんですから。
そして彼は難聴で、かなり大きな音がしても気がつくことができないし、食事の世話もスーパーの惣菜やお弁当を買ってくることしかできません。
それを思うと心配がゾワゾワとわき上がってくるのですが、長年住み慣れた家で暮らすことが、母にとっては一番の励みになると信じて、母の無事を祈ろうと思います。
退院の話を何度も繰り返す母の声に張りが戻ってくるのを感じながら、「じゃあまた明日」と言って電話を切りました。

おまけ
バレンタインデーに夫と行ったインド料理店の写真です。







おあいそはこちらで😌
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唯一無二の歌姫、谷本綾香の臨月コンサート

2025年02月22日 | 音楽とわたし
谷本綾香、大好きな心友の一人娘、メゾソプラノのオペラ歌手です。
ちっちゃい時からの彼女を知ってます。
まさかこんな、稀有で、唯一無二で、艶があって、温かみがあって、歌い始めた途端に会場全体を超心地よい空間にしてしまえる、とんでもなく素晴らしい歌姫さんになるとは、全く想像していませんでした。
以下、引用:
京都 インターナショナルスクール卒業
大阪 インターナショナルスクール卒業
英国王立音楽大学 (Royal College of Music) 学士課程修了
英国王立音楽大学 (Royal College of Music) 大学院修了
英国王立スコットランド音楽大学オペラ研修所 (Royal Conservatoire of Scotland)大学院修了
イギリス在住15年

京都インターナショナルスクールを卒業。
国際バカロレア資格、及び同バイリンガル資格を取得し、大阪インターナショナルスクールを卒業。
同年に奨学金を受け、英国王立音楽大学声楽専攻に入学。
2009年、英国王立音楽大学学士課程を修了。
2011年、英国王立音楽大学大学院を修了。
2012年、英国王立スコットランド音楽院オペラ研修所で、奨学生として、王立スコットランドオペラハウスの指揮者やコーチの下で2年間の研修を受け、2014年にオペラ研修所を修了。
 
オペラのレパートリーは20役を超え、オペラ研修所で在学中に、ロンドンのピーコックシアターにて『British Youth Opera』のメインキャストとしてデビュー。
『Grimeborn Opera Festival』や『Bury Court Opera』にて、「蝶々夫人」のスズキ役で出演し、『OperaHolland Park』の専属歌手として、毎年約20公演に出演。
イギリスの『Opera Holland Park』、『English National Opera』や、フランスの『Opéra de Baugé』の専属オペラ歌手として活躍する。
日本では、大阪フィルハーモニー交響楽団や大阪交響楽団のソリストとして共演している。
 
第三回『International Ernest Bloch Competition』での優勝を始め、第19回『日本クラシック音楽コンクール全国大会一般の部』第三位 (一位、二位該当者なし) など、数々の賞を受賞。
現在は京都を拠点に、一般社団法人英国音楽協会の代表理事を務め、日本でのイギリス音楽の普及と音楽家の育成にも取り組んでいる。

歌うことを通じて精神と身体のバランスにも興味を持ち、ロンドンにて「パーソナルトレーナー・ジムインストラクター・栄養学 Level 3」の資格を取得。
また、トレーニング方法の一つであるアニマルフローのインストラクターの資格も取得。
オペラ歌手やパフォーマーのためのパーソナルトレーナーとしても活動中。

とまあ、素晴らしい経歴の持ち主でもある綾香の、久々のクラシックコンサートが、3月9日の日曜日、京都の府立府民ホール「アルティ」で開かれます。
共演者さんは以下の通り。

チケットは、プログラムの下にあるQRコードから購入することができます。

で、あとひとつ、どうしてもお伝えしておかなければならないことがあります。
綾香は第二子の臨月を迎えた妊婦さんで、大きなお腹を抱えながら毎日練習に励み、このコンサートに臨みます。
舞台の上で産まれちゃったりして😅、などとジョークのつもりで言うのも憚れるほどの見事なお腹の中には、彼女の歌を一等席で聴いている赤ちゃんがいるのです。



綾香の歌声は、一度聴いたら忘れられない、深海のように深く、おくるみのように温かく、漆硝子のように艶やかで美しい。
いっぺんに推しになることでしょう。
演奏会、ぜひお近くの方、ちょっと遠くても電車や車で行こうと思えば行ける方は、是非是非聴きに行っていただきたいと思います。
なんともすてきで気持ちのいい時間を過ごせることをお約束します。
そして、産まれやしないかという、クラシックコンサートでは滅多に味わえないドキドキも😅。
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一難去らずにまた一難

2025年02月21日 | 日本とわたし
母の入院が続いています。
脳や首の詳しい検査をしようにも、5年前に受けた頸椎の手術で金属が埋められてあるために、MRIの精度を上げることができず、精密な画像を撮ることができません。
脳梗塞の血栓がどの場所に、どの程度の大きさで存在するのか、担当医の話ではある程度わかっているようですが、今度また新たに血栓ができるとまずいことになる、と言われました。
パーキンソン病の疑いもあるので、症状を軽減する薬も併せて飲んでいますが、それがよく効いているのかはまだ不明です。
毎日電話をかけていますが、母はいつも開口一番、「しんどい」と言います。
意識ははっきりしている時もあるし、突然妙なことを口走ったりする時もあります。
彼女はこれまで、どんなにしんどくても、高熱が出るような病気に罹っていても、ベッドで寝ずに起きて何かをしているような人だったので、これほど長く寝続けていると、頭も足もぼんやりとしてしまって、日に日に弱ってきているような気がします。
個室にはトイレが付いていますが、そこまで歩くこともままならず、ベッドのすぐ横に置いてもらったポータブルトイレで用を足しています。
そんなことは彼女の90年の人生で初めての経験で、それだけは絶対にしたくない、そんなことをするぐらいなら死んだほうがマシやと言っていた人だけに、かなりのストレスになっていると思います。
脳梗塞患者用の減塩メニューは全く口に合わないらしく、ほとんどを残してしまっているようです。
母の気分は上がったり下がったりで、わたしが電話をかけている時はいつもダダ下がり。
まあでも、いい格好をしなくてもよい相手はわたしぐらいでしょうから仕方がありません。
でも母は、とても頑張っていると思います。
リハビリは午前と午後に一回ずつ、歩行器を使って歩いたり、腕の上げ下げをしたり、お箸で小さなものをつまんだりという簡単な動作ですが、週日の5日間、毎日続けています。
インターネットは使用禁止なので、彼女の日課であり楽しみでもあったパズルゲームができず、退屈で仕方がないようです。
それならラジオでも聞いたら?と言うと、パッと明るい声になって、そうや、ラジオやったら目も疲れへんしいいなと言って喜んだのも束の間、聞こえてくるのはザーザーという不快な雑音ばかり役に立ちません。
別に怪我をしたわけでもなく、内臓は健康そのものなので、できたら1日でも早く家に帰りたいのでしょうけど、まだまだ寒いし、歩行器無しでは歩けないので、バリアフリーでもない狭い家では危険なことだらけ。
だから今は入院を続けることが最善なのだと言い聞かせています。
担当医は話は長いけれども誠実な人で、母のことをよく診てくださっています。
看護師さんやリハビリなどのスタッフさんたちも、本当に親切な人たちばかりで、母はいつもありがたいと言います。

そんな母を見舞いに行くのは義父一人だけ。
彼は毎日、それこそ大雪が降って車で走れない日も、1時間以上も歩いて通っていました。
ところがその義父が、なんとコロナウイルスに感染してしまい、一人ぼっちで熱と咳、そしてとてつもない倦怠感と闘っています。
重なる時は重なる、というか、重なる理由はあるわけで、義父にとっては青天の霹靂とも言える母の病の発症だったので、そのショックがどれほど大きかったか…そういうストレスや疲れも重なって、ウイルスにつけ込まれてしまったのだと思います。
けれどもしんどいからでしょうか、LINEチャットで嫌なことをいっぱい言ってくるようになりました。
もしかしたら、もともと、それもかなり前から、わたしのことをあまり良く思っていなかったのかもしれないな、などと考えたり、いやいや、わたしの言い方が良くなかった、思いやりが足りなかった、考えが浅かった、などと反省したり。
病室の母とは電話で、耳が遠い義父とはチャットで、これからはこんなふうに二人と会話していくことになりそうです。

二人から遠く離れたところで暮らしているわたしの身の上にも、母が倒れてから以降、大小合わせてうまくいかないことが連続して起こり、これは一体なんなんだろう…と、さすがに心が折れそうな気分になりますが、いやいや、どこまで落ちるかはわからないけど、とことん落ちたらあとは上がるだけだと、その折り返し点を楽しみに、こつこつ一日一日を過ごしていくしかありません。

なるようになる、なるようにしかならない。
大波小波に乗ったり打ちつけられたりしながら、ぼちぼちやっていこうと思います。
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