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スウェーデン王グスタフ2世アドルフ妃 マリア・エレオノーラ

2011-08-20 19:32:52 | スウェーデン王妃
狂おしいほど愛してる! な王妃
グスタフ2世アドルフ妃 マリア・エレオノーラ・アヴ・ブランデンブリ


1599~1655/在位 1620~1632

スウェーデンを大国の仲間入りさせ、30年戦争でプロテスタント国の先頭に立って戦った
“ 北方の獅子 ” グスタフ2世妃マリア・エレオノーラ(以下マリア)は
謎多き女王クリスティーナの母親でもあり、エピソードはてんこもりなので
愛が深すぎたあたりの話題を中心に、かなり端折って紹介していきます。

マリアはブランデンブルク選帝侯ヨーハン・ジギスムントの王女でした。
ヨーハンという方は大酒飲みで大食いの怠惰な男性でとっても太った人でした。
王様の風刺画にもってこいのタイプ。
母のプロシア公女アンナは高飛車で、両親の喧嘩は絶えませんでした。
         
22歳のグスタフは、母后クリスティーナの反対で愛するエバ・ブラーエを泣く泣く諦めて
マリアにアタックを開始します。

マリアの婿候補にはオレンジ公子ウィレム、ポーランド王太子ヴワディスワフ(4世)
イングランド王太子チャールズ(1世)などなど、錚々たる顔ぶれがいたのですが
マリアはあきらかにグスタフに夢中

結婚を決めた若い二人は、最初はマリアの母アンナの妨害をかいくぐり、
次にマリアの兄ブランデンブルク選帝侯ゲオルク・ヴィルヘルムの言いがかりなどの障害を
(考えを変えた母アンナのおかげで)乗り越え、1920年にめでたく結婚しました。

グスタフとマリアは趣味も似ていて仲が良かったようです、っていうか
マリアはグスタフに身も心も捧げて、何もかも合わせていたわけね。

多少贅沢なところはありましたが、美しくて慈悲深く高貴なマリアは
ある時を境に変貌しました。

結婚から半年ぐらいして、グスタフは戦いのために城を発ちました。
マリアはその時妊娠していました。
しかしグスタフのいないスウェーデンは暗くて陰気にしか思えず
ひたすら夫のことばかり考える毎日…
ドイツから連れて来た侍女以外には会わなくなり、とうとう流産します。

マリアは病に陥った後、狂気の片鱗を見せ始めます。
神経質になり、凶暴で嫉妬深く、すぐに人を罵倒するようになりました。

マリアは戻って来たグスタフに、人目も憚らず愛情を振りまきましたが
グスタフは結婚を後悔し始めます。
エバ・ブラーエと再婚しちゃおっかな…と考えたりもしたみたいです。
でもマリアの目がギラギラ光っていたので押し隠しました。

グスタフは、自分がもし、今後生まれる幼い跡取りを残して死んだ時には
決してマリアに摂政をさせるまい! と心に決めました。

マリアはグスタフと離れようとしなかったせいで(軍艦に乗ったりして)その後2回流産し
1627年、とうとう王女を生みました。
ひとくち情報
実はマリアは、その時もヒステリーをおこして戦場までついて行ってたそうですが
産気づいたので、グスタフはしかたなくマリアを連れて戦場を離れ帰国したそうです… やれやれ


いかん… すでに長い…

王女誕生を聞かされたマリアは、王子でなかったことを嘆き
「こんな怪物見たくない!」と殺そうとしたそうです。

しかし、クリスティーナと名付けられた王女は賢く利発でグスタフのお気に入りになり
早々に後継者に指名されて、グスタフが選び抜いた家庭教師たちから
王子のような教育を受けました。

グスタフはマリアにうんざりして距離を置くようになり
クリスティーナにも近づかせないよう気を配りました。

マリアはというと、実家がグスタフの敵方に加わり
宮廷では完全に孤立状態になっていて、精神的な病が重くなる一方でした。
あえて娘にかまおうとはしなかったみたいです。

ところが! 転機が訪れます。

1632年、ドイツを進軍中のグスタフが戦死しました。
その時もマリアはドイツまで行っていて、別の場所に待機していました。
翌年グスタフの遺体と戻って来たマリアは、部屋の壁を真っ黒にして
ロウソクを立てて引き蘢ります。
グスタフの心臓を手元に置いて離そうとはしませんでした。

まぁ、彼女だけがそういう風に過ごすんだったら、ほっとけばよかったんだけど…
マリアは寂しくなったのかクリスティーナも側に置くようになりました。
見苦しい姿のままの新王を片時も離さないでずーっと泣いているマリアに
クリスティーナを託された宰相オクセンシェルナを始め、議会はほとほと弱ります。
引き離そうとするとマリアが絶叫するので簡単にはいきませんでした。

結局1636年に王妃の称号を剥奪されてグリプスホルム城に移されました。
マリアは何度も脱出を試み、デンマーク(敵軍)の船に乗り込むことに成功します。
しばらくはデンマークで過ごし、(引き取りを拒んでいた)兄の死後
故郷ブランデンブルクに帰りました。

その後はスウェーデンの年金で暮らしたそうです。
娘クリスティーナの戴冠式には大人しく参列したそうなので
精神疾患というより感情の起伏が激しすぎるという感じだったのかしらね?

グスタフ2世という偉大な王と、クリスティーナという話題性がある女王に囲まれ
マリア・エレオノーラのキャラクターが歪められてしまった可能性はおおいにあって
書き手によってはかなり同情的なものもあります。

(当たり前のことですけど)誰も生き証人がいないだけに
歴史上の人物の本当の姿を捉えるのは難しいですね。

(参考文献 下村寅太郎氏『スウェーデン女王クリスチナ』
      三浦一郎氏『世界史の中の女性たち』
      M.ニコラス『世界の悪女たち』 Wikipedia英語版)
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