ITSを疑う

ITS(高度道路交通システム)やカーマルチメディア、スマホ、中国関連を中心に書き綴っています。

EVは誰にでも作れるという誤解

2017年10月12日 | ITS
いままで何回も書いてきたことだが、最近メディアで「車がEV化すると誰にでも作れるようになり、異業種が参入し既存の自動車メーカーは危機的状況をむかえる」という論調の記事を良く目にするので、その大きな誤解についてまとめておく。

こうした論調はIT系ライターの方などに多い。おそらくはパソコンやスマホなどのイメージでモジュール化されれば、作る気になれば誰にでも作れる、ということを念頭におっしゃっているのだと思う。
よく引き合いに出される数字として、エンジンからモーターに変われば車の部品は40%減る、というもの。エンジン自体沢山の部品から構成されているしトランスミッションも非常に多くの部品が使われているから部品点数で言えばそうなる。さらにエンジンの設計、開発、生産は長い経験と多大な費用、生産設備がいるが、電池、モーター、インバーターならば買ってくれば良い、なので新規参入のメーカーが既存の自動車メーカーに打ち勝つ製品を作ることだってできる、ということだろう。

スマホで例えれば、各部品はモジュール化しており、アップルのように自社生産設備を持たないメーカーがその設計、デザイン、ソフトウェア、ブランド力で市場を席巻した。同じことが自動車で起きるのだろうか?

ギャラクシーの電池問題は記憶に新しい。おそらくスマホでリコールを出すとしたら、こうした電池の爆発とか、感電とか、ある程度限られる。しかし車のリコール内容は多岐にわたる。たとえばなにか運転操作に支障があることが発生したら、もうリコールなのだ。これらは単なる生産不良で起きるわけではない。想定外の使用、想定外の環境で発生する不具合で発生する。そしてそれらを何十年も蓄積して改善してきている。このノウハウは簡単に盗めるものではない。

エンジンがなくなっても、車を作るためには剛性と十分な乗員安全を確保したモノコックボディを設計し、それに乗り心地と操縦安定性を両立させるサスペンションとステアリング機構を取り付け、重要保安部品であるブレーキ機構を装備する。その結果出来上がった車はドライバーの意思通りに曲がり止まるか、乗り心地や安定性はどうか、衝突時の安全性はどうかを評価しなければならない。
それらに加えて、シートや内装パネル、各種装備についてもすべてのマッチングが求められる。それらはすべて意匠デザインがあるため、出来合いのモジュール部品を買ってきて組み込めばいいという話ではない。さらに空調、電装、セーフティ装備といった、気が遠くなるような設計が求められる。これらの信頼性を確保するスペックをどこに設定するか、またそのスペックを満足していることを確認する試験にも膨大な時間と費用がかかる。
モジュール化された部品をケースに収納するだけの製品とは全く違うのだ。

ざっと設計関係だけ書いたが、これだけでもエンジンがなくなるから誰にでも車が作れる、なんて生易しいものではないことが理解いただけただろう。ゴルフカートに毛が生えたような電動車ならすぐできるかもしれないが、現在のカーメーカーの車に匹敵するようなものは簡単に作れるものではない。

だから私は異業種が簡単に参入するとは全く思っていないが(テスラのように多大の資金を投入し大規模な引き抜きでカーメーカーから人員を集めれば別だが)、中国のローカルカーメーカーは話が違う。彼らはすでに日欧カーメーカーから車作りのノウハウを吸収して来ているし、車を作り始めてから20年近くが経過し経験をつんで来ている。
日本の皆さんは中国のローカルブランド自動車というと衝突試験で★一つしか取れないとか、劣悪な品質とかを思い浮かべるかも知れないが、ここ5年ほどで大きな進歩を遂げている。

中国のカーメーカーは皆新興メーカーなので、自社でエンジンを最初から開発するノウハウはない。だから日系エンジン工場から購入したり、日独のエンジンをリバースエンジニアリングでコピーしたりしている。この制約から解かれるメリットは大きい。

中国は国をあげてEV産業を支援してくるだろう。自国の膨大な市場で生産台数が増えれば規模の経済により価格競争力がついてくる。
中国がOEMを含め日欧米に輸出できていない商品は車だけ。その念願の自動車輸出国になるためにはエンジン開発の束縛がないEVだ、と考えているのだ。優遇策や充電インフラと行った支援策は、中国では中央が決めればすぐに実行に移される。
また、中国は巧みに自国の非常に大きな自動車マーケットを餌に日欧企業を誘致し、その技術を活用することになるだろう。EV関連部品が現地化されれば、部品メーカーがそのノウハウを身につける。

EV化で我が国の自動車メーカーが危機的な状況になるかどうかは中国次第といえるかもしれない。