ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

トラックスマン、悪意の使者の凱旋

2012-06-26 23:25:38 | 北アメリカ

 ”Da Mind of Traxman”by Traxman

 あー。これは面白い盤だなあ。このところ、こればかり聴いているんだ。
 まず冒頭の曲で、沸き上がる親指ピアノ音のみずみずしい美しさに陶然となる。そして、地の底からブクブクと湧き出して親指ピアノと絡み合うシンセ音。都会の闇から発せられたかと思われる引き攣るリズムに煽られつつ、音の遊戯は思いがけないほどクリアな稜線を描きながらいつまでも続いて行く。
 その他、ジャズやロックやソウルやテクノをワルガキのいたずら書きよろしく切り張りし、意図のさっぱり読めない編集が編まれ、何処とも知れぬ楽園で紡がれる奇怪な悪夢のようなカラフルなイメージの奔流は果てることもなく、都会の夜を侵食しつくす。

 アメリカはシカゴのダンスミュージック・シーンの闇の大立者の、キャリア20年目にして初のアルバムだという。確かにそれらしく音楽の引き出しは豊かだ。そしてそのタマシイは一筋縄では行かないほど歪み倒している。
 自他共に認める大ラップ嫌悪者としては、現代アメリカの黒人大衆音楽関係者の作品などにいれ込む羽目になるとはなんとも居心地が悪くも感ずるのだが、この場合、音楽が確かに面白いのだから、これは仕方がないね。

 それにしても、こんな音楽で踊れるのかと不思議だったりするのだ。そりゃ、シーンの中に入り込んでしまっている連中は、踊れないほうがむしろ不思議だとか言うのかもしれないが、なんの予備知識もない人間にこれを聞かせて自然にダンスが始まるケースがむしろ稀じゃないのか。
 字余り気味に引き攣り、終始、聞き手の予想に足払いをかけてくるその独特のリズム提示のパターンなど、むしろ人間の運動神経をあざ笑うがごときで、普通に踊れる奴の方が病んでいるのではないか。が、その悪意に翻弄され、ボロ人形のように吹き飛ばされる刹那に、歪んだマゾなファンキーが生まれ、グジグジとこちらの神経に突き刺さる奇怪な音刺激の不愉快な快感。

 などといいつつ、何度も聴き続けてしまうのである。悪夢の胎内巡りに、夜明けはない。