”NOW”by Kim Jung Mi
韓国のジャニス、と異名を取った人、キム・ジョンミ73年度作のアルバム。私は何故かこの盤に縁が無くて、”名盤”との噂を聞くばかりでなかなか現物に出会えず、今回の再発でやっと手に入れることが出来たのだった。
聴いてみると、その異名から想像していたハードなシャウトはこの盤においてはあまり目立つものではなく、むしろアルバムの後ろ盾である韓国の異形のロック・ヒーロー、シン・ジュンヒョンの独特の美学による、乾いた風吹くバラードの世界が広がっていたのだった。
アルバムを再発したアメリカで付けられたライナーでは、キム・ジョンミをむしろ、韓国版フランソワーズ・アルディになぞらえていた。余りにも個性的なディレクターに育てられた才能ある女性歌手、というあたりに共通点を見出したのだろう。ほかの盤は知らず、この盤にかんしては、そちらの理解方法がむしろ自然か。
この盤は、韓国ロック界の大立者、大韓サイケの創始者、と讃えられ、また異端視されるシン・ジュンヒョンの作った曲とアレンジ、独特の個性を持つギターのプレイで埋めつくされている。むしろシン・ジュンヒョンの魂がキム・ジョンミという優れた表現者の体を借りて歌いだしたかのようにも見える。
そこに見えてくるジュンヒョン像は、奇矯な振る舞いの目立つ異端のロッカーの肖像ではなく、韓国大衆音楽の巨大な流れに連なる、蒼古の響きさえうちに秘めたメロディの描き手である。その余情がエレキギターのアンサンブルの狭間に溢れ出し、遠い時間の向こうで、韓国の大地をさすらった放浪詩人たちの孤独の呻きが響く。
青空の下に佇むキム・ジョンミを捉えたジャケ写真は、まさにそのような大地の伝承を踏まえて立つ彼女の青春の血の高ぶりを伝えて、見事だ。
若い日、誰もがこんな青空の下で、何事か、まだ名の付いていないものを見つける旅の夢を見たものだった。その回答は、まさにこの盤の中で風に吹かれている。