ワールドミュージック町十三番地

上海、香港、マカオと流れ、明日はチェニスかモロッコか。港々の歌謡曲をたずねる旅でございます。

台語天后、降臨す。

2011-04-24 00:27:26 | アジア

 ”一口飯”by 蔡秋鳳

 台湾演歌シーンにおける、我が最愛の人の新譜が手に入った。もはや大ベテラン、ジャケにも「台語天后」と刷り込んであるくらいの存在である蔡秋鳳のアルバム、”一口飯”である。なんかM-1とか思い出しちゃうタイトルだけど、別に関西の漫才コンビとは関係ない。
 彼女には別に、「鼻音天后」なんて変なあだ名があって、独特の鼻にかけた発声法が売りの歌い手だ。その鼻声は「ミャー」とか「ビャン」なんて音が耳につく台湾語のアクの強さをさらに増幅する効果があるみたいで、一声響けばあたりには濃厚な台湾情緒が満ち満ちる。
 さらに彼女の声は妙なところで裏返り、しかもその際、ヒステリックな擦過音を伴うこともしばしば。いや、悪口を言っているんじゃなくて、そこが良い。大衆音楽の美学とクラシックの正しい発声法は、なんの関係もないからね。

 このアルバム、冒頭に置かれたタイトル曲のビデオ・クリップなど検めてみるとホームレス問題などテーマにしているようで、まあテレビドラマの主題歌ではあるんだが、いずれにせよちょっと気が重くて見ていられなかった。これは音だけ聴くことにしとこう、と。
 その曲も含め、このアルバムに収められているいくつかの曲は、彼女の最高傑作といえるであろう「金包銀」の、あからさまに影響下にある出来上がりである。つまり、いくらか社会的なテーマに傾いた重い歌詞を、ディープな講談調のメロディで歌い上げる、という形。
 やや社会派チックなドラマだったらしい「一口飯」が、それなりに話題にもなり曲のほうもヒットもし、という事情から、柳の下の何匹目かのドジョウ狙いでそのような曲が並んだのか。

 まあ、本当のところは分からないんだけど、ほかの歌手なら頭でっかちで堅苦しい出来上がりになってしまうそのような設定も、女后・蔡秋鳳の歌声が響けば、ますます濃厚な台湾情緒を醸し出すきっかけとして作用するばかりで何も問題はなし。というか台湾の精神風土により深くコミットすることになり、アルバムの出来に深みが出たといってもいいんではないか。
 となるとドラマ「一口飯」についても、どのようなものか、ちょっと知りたくなるんだが、どうも重い話みたいなんで、この時節、遠慮しておきたい。それより今の私に必要なのは、下に貼ったみたいな一見、たわいない演歌の歌い流しだ。こんな具合に、常に弱い庶民の傍らに立ち、ただ無力な涙を流し続ける、そこのところに大衆音楽の勘所がある。分かる人にしか分からない話かも知れないけどね。