”電獣ヴァヴェリ”フレドリック・ブラウン著
宇宙の果てからやって来た、電気そのものを食用にする、目に見えない生物。彼らが、人類の発する電気のすべてを発電するそばから食べてしまうので、人類は電気製品普及以前の生活に、無理やり引き戻されてしまう。
で、人類はパニックになる・・・という話ではないのだ。電気のある生活を奪われた人々は、テレビやラジオをはじめとした騒々しい近代生活から開放され、沈黙のすばらしさを再認識し、あるいは読書に、あるいは自転車愛好にと、古きよき人生の楽しみを取り戻してゆく、といった話だ。
現実を考えれば、そんな風にはならないだろう。電気なしに、ここまで膨れ上がってしまった人類の生活を、支えきれるものではない。我々の日々は、崩壊に向けて崩れ落ちてゆくだろう。が、これは、1960年代に人類の行く末を儚んで書かれた、後ろ向きの心優しいファンタジィなのだ。
友人に誘われ、アマチュアバンド(もちろん、電気楽器は無しだ)への参加を決めた主人公が古いフルートを取り出し、「ソフトな、哀調をおびた短調の小曲」を試しに吹いてみるラストの澄んだ叙情が、たまらなく愛しい。
(短編集・「天使と宇宙船(創元文庫)」所収)