報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「稲生の孤独な旅」 2

2017-05-16 19:38:18 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月9日17:21.天候:曇 東京都江東区森下 地下鉄森下駅]

 駅のホームに稲生を乗せた電車が入線する。

〔2番線の電車は各駅停車、本八幡行きです。森下、森下。都営大江戸線は、お乗り換えです〕

 稲生は他の乗客に混じって電車を降りた。
 平日であれば夕方のラッシュが始まっている時間帯であるが、日曜日ということもあってか、静かな雰囲気であった。

〔2番線、ドアが閉まります〕

 電車が強風を巻き起こしながら発車して行く。
 都営新宿線の車掌は乗務員室のドアを開けた状態で、半身を乗り出してホームの確認をする。
 ワンマン運転で殆ど何の確認もしない魔界高速電鉄の地下鉄とは偉い違いである(一応、乗務員室のドアを開けてサイドミラーを見てはいるようだが)。

[同日17:30.天候:曇 同区同地区 ワンスターホテル]

 稲生:「こんにちはー」
 オーナー:「あっ、稲生さん。いらっしゃい。大変でしたねぇ……」
 稲生:「いやー、どうも……」
 オーナー:「シングル1つ、お取りしておきましたよ。今日はゆっくり休んでください」
 稲生:「ありがとうございます。……って、マリアさんやエレーナは……?」
 オーナー:「エレーナとは連絡が取れました」
 稲生:「それで、何と?」
 オーナー:「魔界で待っているそうなので明日、そちらに来て欲しいそうです」
 稲生:「今から行きます!」
 オーナー:「いやいや。イリーナ先生からも、そういう伝言なので」
 稲生:「ええっ?」
 オーナー:「これがその差し入れです」

 オーナーはフロントの後ろの棚から、稲生に液体の入った小瓶を出した。

 稲生:「これは……?」
 オーナー:「エリクサーです。イリーナ先生からは、これを飲まれるようにと」

 魔法薬の1つで、基本的にはMPとHPの両方を回復させる効果があるという。

 稲生:「こんなのが必要なのかなぁ……?」
 オーナー:「失礼ですが、稲生さん。ただの人間の私から見ても、あなたのMPとHPを数値化した場合、物凄く消耗した数字になるとお見受けしますよ」
 稲生:「ええっ!?」
 オーナー:「食事の後に飲んだ方が良いとのことです」
 稲生:「ああ……」

 このホテルのロビーからも行けるレストランがある。
 名前は『マジックスター』といい、ダンテ一門の魔道師が経営している。
 稲生はオーナーからルームキーを受け取ると、エレベーターで客室フロアに向かった。

[同日18:00.天候:晴 ワンスターホテル1Fレストラン『マジックスター』]

 レストランのカウンター席に座って夕食を食べる稲生。
 あまり大食ではない方だが、今回は何故かいつもより多く食べないと空腹が満たされなかった。
 レストランのオーナーでもあるキャサリン・アルコビッチは、そんな魔法料理研究家の第一人者。
 元はポーリン組に所属していたが、ハイマスター(High Master)の階級になったと同時に独立した。
 弟子を取れる資格はあるのだが、まだいない。
 表向きは創作料理のレストランということになっており、このレストランで働いているアルバイトの全てが人外である。
 もちろん、見た目は完全に人間の姿をしている。

 キャサリン:「オーナーの言う通りよ。よく倒れなかったわねぇ……」

 キャサリンは黒髪を今はショートにしている。
 ミドルマスター(Middle Master)の頃はわざと老婆の姿をして、東京中央学園上野高校の校門前に現れ、魔法の飴玉を選んだ生徒に配るというようなことをしていた。
 その飴玉を舐めた生徒は、ポジティブ且つハイテンションになり、何をやっても上手く行くようになった。
 キャサリンが選んでいた生徒はイジメられっ子などのネガティブ且つローテンションの生徒で、男女の違いは無かった。

 稲生:「そうだったのかぁ……。僕は早く、マリアさんに会いたかったから……」
 キャサリン:「マリアンナにとっては嬉しいことだね。でも本当、貴重だよ、それは」
 稲生:「貴重?」
 キャサリン:「私も含めて、男運ゼロ……どころかマイナス100以上だった魔女にとっては、あなたのような男性は貴重だと思う」
 稲生:「そうですかね。僕は元々普通の人間ですよ?」
 キャサリン:「魔女達には人間時代、その『普通』が無かった。ダンテ先生もなるべくそういう『普通の人』を入れて、淀んだ門内の空気を入れ替えたいと思っておられるんだけど、なかなか難しいみたいだね」
 稲生:「うーん……」
 キャサリン:「そこそこの才能があって、あの魔女達にも優しくできて、更に愛情まであげれる男性なんて、そういないから」
 稲生:「僕は本当にマリアさんが好きですよ?」
 キャサリン:「うんうん。あなたと会う前のマリアンナ、ゾーイみたいな奴だったから。それをあそこまで明るい性格にできたんだから、あなたは凄い。なに?日本では『あんたが大将』って言うの?」
 稲生:「い、いや、それは言わないと思います。……キャサリンさんも、人間時代は【お察しください】だったんですね」
 キャサリン:「いや、私は違うよ」
 稲生:「え?」
 キャサリン:「そりゃあ、とても不幸な人間時代だったよ。でも、マリアンナ達みたいに性暴力を受けたわけじゃない。エレーナと同じだよ、そこは」
 稲生:「あ、何だ……」
 キャサリン:「エレーナはジャンキーだった。そして、私も」
 稲生:「えっ?」
 キャサリン:「日本じゃ考えられないだろうけどね、ヨーロッパに行けば、麻薬の売人なんてそこら中にいるものよ。だから日本人のあなたは、売人見かけたらダッシュで逃げるくらいの方がいいと思う」
 稲生:「そうですか。……うん、何か元気出た!」

 キャサリンが手掛けた魔法料理。
 主にハーブを使ったものだ。
 表向きには『西洋の薬膳』ということになっている。

 キャサリン:「あくまでも体力が一時的に回復するグリーンハーブに、レッドハーブを混ぜたものだから。イリーナ先生が寄越したエリクサーはちゃんと飲んで寝た方がいいよ。エリクサーもなかなか貴重な品だからね。ポーションやエーテルはよく手に入るけど」
 稲生:「分かりました」

 ここの食事代もイリーナへのツケになる。
 藤谷から借りた金は1万円で、これを明日の魔界行きまで持たせないといけない。

 稲生:「オーナー、魔界へはここの地下から?」

 レストランからホテルに戻り、フロントにいるオーナーに聞いた。

 オーナー:「いや、それがまだ分からないんです。そうかもしれないし、もっと別の穴かもしれません。明日のチェックアウトまでに連絡が来る手筈になっているので、明日までお待ちください」
 稲生:「分かりました」

 稲生はエレベーターに乗り込んで、自分の客室のあるフロアに向かった。

 オーナー:(イリーナ先生の使い魔を見学しに行くツアーだとエレーナから聞いていたんだが、どうも話がとんでもない方向に向かったらしいな。……ま、魔法使いさん達にはよくあることだがね)

 尚、このオーナーがどうして『協力者』になったのかは、未だ明らかになっていない。
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“大魔道師の弟子” 「稲生の孤独な旅」

2017-05-16 12:07:35 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[4月9日14:30.天候:曇 JR掛川駅前]

 稲生を乗せたシルバーのベンツEクラスが掛川駅前に止まる。

 藤谷:「ほいっと。ここでいいな?」
 稲生:「班長、ありがとうございます」
 藤谷:「本当は東京まで乗せてやりてぇところだけど、こちとら御講バックレて来てるもんだからな、取りあえずサトーを法論でボコッておかないとな」
 稲生:「そうかぁ……。顕正会の大会って、いつも宗門の御講に合わせてやってますもんね」
 藤谷:「だから奴らも学会員には警戒していても、法華講員には油断してたってわけさ。その代わり、俺の班だけ御住職様が特別に水曜講をやってくださることになった」
 稲生:「そうでしたか。(水曜講って、法道院みたい)」
 藤谷:「だからこそ、サトーの野郎を引っ張ってこないとな」
 稲生:「何で佐藤部長なんですか?確か銀座のウインズで、コテンパンにしたはずじゃ?」
 藤谷:「あー、それなんだがな……」

 藤谷は高そうなセカンドバッグを取り出した。
 本業は土建会社の役員なのだが、重厚な雰囲気のベンツといい、黒スーツといい、強面といい、どう見てもヤクザ屋さんです。本当に、ありがとうございました。

 藤谷:「さっきサトーに渡した馬券、別のレースのヤツだったw」
 稲生:「ええっ!?」
 藤谷:「さすがにこれはマズいだろ。だから法論も兼ねて、ちゃんとしたヤツに交換してやんねーとな」
 稲生:「はあ……」

 稲生は助手席のドアを開けた。
 左ハンドルなので、通常なら運転席になっているところが助手席である。

 稲生:「それじゃ班長、お世話になりました」
 藤谷:「おう。気をつけて帰れよ」
 稲生:「お金は後でイリーナ先生に言って、利子付けてお返しします」
 藤谷:「そいつは楽しみだ。来月、支部登山あるからな?できれば来いよ。魔法使いになったって、別に退転する必要は無いんだから」
 稲生:「はい!」

 藤谷は稲生が駅構内に入って行くのを見届けてから車を出した。
 そして、煙草に火を点ける。

 藤谷「どこかの修羅河童と違って、本当に雨やら雪やら降らせる人達だからなぁ……」

[同日15:00.天候:曇 JR掛川駅・新幹線ホーム]

 稲生は藤谷から借りた金を元に新幹線のキップを買い、それで新幹線の上りホームに上がった。

〔新幹線をご利用くださいまして、ありがとうございます。まもなく4番線に、15時5分発、“こだま”658号、東京行きが入線致します。安全柵の内側まで、お下がりください。この電車は、各駅に止まります。グリーン車は8号車、9号車、10号車。自由席は1号車から7号車と、13号車から15号車です。……〕

 本線の向こう側から眩いヘッドライトを灯して、700系車両がやってきた。
 通過線から副線のホームへ入って来る。
 稲生は最後尾の1号車の所で待っていた。
 この時点ではまだ時速70キロほどで入線してくるものだから、結構な勢いだ。
 ホームに入線している間に車上信号が30(時速30キロ以下に落とせ)に変わり、そこで運転士が何らかの操作(自動ブレーキは掛かっているので、それとは別に何か手動操作)をしないと、自動で非常ブレーキが掛かるようになっているので安全だという話を思い出した。
 もちろん、この列車の運転士はちゃんとその操作をしたようで、列車は定位置にちゃんと停車した。

〔かけがわ、掛川です。ご乗車、ありがとうございました〕
〔「通過列車待ち合わせの為、4分停車致します。発車までしばらくお待ちください」〕

 稲生が降りてくる乗客を待ち、乗り込んでいる間にもう通過列車が轟音を立てて通過していった。
 適当に空いている席に座った。
 恐らく次の静岡駅辺りで、もう少し空くだろう。
 藤谷の車で移動中、稲生は藤谷から電話を借りた。
 あの旧校舎から脱出した後も、稲生は身一つ手ぶらの状態であったからだ。
 藤谷の普通のスマホでは他の魔道師への連絡が一切できない為(魔道師側から魔法で掛けることは可能)、まずは『協力者』の所へ連絡した。
 『協力者』なら普通の人間だし、書いて字の如く、魔道師に便宜を協力する者だからである。
 稲生がまず思いついたのは、江東区のワンスターホテル。
 そこに掛けてみたら、オーナーが出た。
 聞いてみると、エレーナはまだ魔界から帰っていないという。
 そこで事情を話すと、オーナーからエレーナに連絡してみてくれるとのことだった。
 オーナーからだったら、エレーナが魔界にいても連絡できるようになっているのである。
 そしてついでに1泊するよう勧められたが、稲生が今は金欠状態であると話すと、笑ってツケ払いでいいとのこと。
 これもまたイリーナに報告しなければならないと思った稲生だった。

 稲生:(疲れた、腹減った……)

 稲生は自分が次に何をやるべきか考えた後、座席を倒して眠りに就くことにした。
 列車の外からは、発車ベルの音が聞こえてくる。

〔4番線、“こだま”658号、東京行きが発車致します。次は、静岡に止まります。ドアが閉まります。ご注意ください。お見送りのお客様は、安全柵の内側までお下がりください〕
〔「ITVよーし!4番線、ドアが閉まります。ご注意ください」〕

 客終合図のブザーと共に車両のドアが閉まり、“こだま”658号は定時に出発した。

 稲生:(マリアさんに会いたいな……)

〔「掛川からご乗車のお客様、お待たせ致しました。本日も新幹線をご利用頂きまして、ありがとうございます。“こだま”658号、東京行きでございます。終点、東京には16時47分の到着予定です。次は、静岡に止まります。……」〕

 尚、藤谷がちゃんとサトーに馬券を渡せたかどうかは定かではない。

[月日不明 時刻不明 天候不明 場所不明]

 全く場所がどこか分からない闇の世界。
 そこで稲生は魔女達の闇を見た。
 何故だか場所は、東京中央学園の新校舎に似ていた。
 憤怒の形相をしたマリアがゾーイを殴り付け、エレーナは腕組みをして傍観、アンナもまたナイフでゾーイに切り付けるというリンチであった。

[4月9日16:47.天候:晴 JR東京駅]

 稲生:(本当は怖い人達なんだよなぁ……)
 車掌:「お客さん、お客さん」
 稲生:「……はっ!?」
 車掌:「すいませんが、もう終点ですよ」
 稲生:「えっ、あっ!?」

 車掌に起こされて周りを見渡すと、既に列車は東京駅に着いていた。

 車掌:「折り返し整備を行いますので、降りてください」
 稲生:「あっ、はい!すいません!」

 稲生は慌てて席を立った。

 稲生:「あれ!?」

 いつの間にか膝の上には“アルカディア・タイムス”日本語版が置かれていた。
 これを持って、稲生は列車から降りた。

〔18番線の電車は、17時26分発、“こだま”675号、名古屋行きです。……〕

 稲生:「はー、びっくりした……」

 稲生は冷や汗をかきながら改札口に向かった。

 稲生:(えーと、ここから総武快速で馬喰町へ行くことの、それから都営新宿線で行けるな……)
コメント (4)
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