[4月10日07:00.天候:晴 東京都江東区森下 ワンスターホテル402号室]
部屋の電話が鳴り響く。
稲生:「うう……ん……」
深い眠りに就いていた稲生がそれで目が覚めた。
寝ぼけ眼で起き上がり、ライティングデスクの上の電話を取った。
稲生:「…………」
実は昨夜、もしかしたら寝坊するかもしれないと思い、自動モーニングコールをセットしたのだ。
いつもは自分のスマホのアラームを使うのだが、今はそれが無い状態だからだ。
だから電話を取ると、自動録音された音声が聞こえてくるものと思っていた。
だが、電話の向こうからは何も聞こえてこない。
ただ単に時間になったらコールするだけなのだろうか。
稲生:「……!?」
その時、受話器の向こうから飛んで来るような魔力!
稲生は慌てて受話器から耳を放した。
と、まるで弾丸のような魔力の塊が飛び出て来た。
普通の人間には見えないし、稲生も一瞬、受話器が光っただけのようにしか見えなかった。
だが恐らく、『呪い針』が放たれたのではないかと思った。
似たようなものを稲生は師匠に見せられたことがあるからだ。
スティーブン:「よせ、ゾーイ!もういいだろ!彼は特別なんだよ!」
ゾーイ:「殺す!絶対、殺す……!!」
電話の向こうから男女の争う声が聞こえてきた。
稲生:(一体、何が起きてるんだ?)
スティーブン:「ジェシカ!悪いけど頼む!……ああ、稲生君。おはよう。もう大丈夫だよ」
稲生:「スティーブンさん、一体何なんですか?」
スティーブン:「先だっては、従妹がとんでもないことをしてしまって申し訳無かった。従兄として謝らせて頂きたい」
稲生:「ゾーイはスティーブンさんの従妹だったんですか!」
それでスティーブンはゾーイのことをよく知っていたのか。
スティーブン:「ああ。もっとも、俺が『協力者』をやっているのはそれだけじゃないんだけどね」
稲生:「えっ?」
スティーブン:「とにかく、よくゾーイの幻影から逃げ出せた。おめでとう」
稲生:「い、いえ。スティーブンさんのアドバイスのおかげです」
スティーブン:「今、ゾーイはジェシカに頼んで、私設地獄に行ってもらった。さすがにあれは人を殺し過ぎだ。ましてや本来、仲間であるはずのキミまで襲うなんて言語道断だからね」
稲生:「スティーブンさんはどこにいるんですか?」
スティーブン:「今はジーナと一緒にアルカディアシティの8番街にいる。ああ、ジーナって知らないか。アメリカを拠点にしている元・魔女だよ」
稲生:「元?」
スティーブン:「……おっと!もうそろそろ時間だ。イリーナ組の皆さん達は元気でやってる。ただちょっと、魔界で暴動があって遅れてるだけだ」
稲生:「暴動!?」
スティーブン:「それじゃ、また機会があったら会おう」
電話が切れてしまった。
稲生:「暴動が起きたのかぁ……」
[同日07:45.天候:晴 ワンスターホテル1Fレストラン“マジックスター”]
月並みながら、朝のレストランはバイキング形式になっている。
夜遅くまで営業していたレストランだったので、さぞかし朝は別の人間か魔道師が切り盛りしているのかと思いきや、ちゃんとキャサリンがいた。
キャサリン:「朝食サービスは月並みだけど、ガンガン食べてね」
稲生:「ありがとうございます。……あの、ちょっと小耳に挟んだ話なんですけど……」
キャサリン:「なに?」
稲生:「魔界で暴動があったって本当ですか?」
キャサリン:「ああ。久しぶりの戒厳令が出たみたいだね」
稲生:「そんなに!?一体、どうして?」
キャサリン:「今は魔界共和党が魔族の女王としてルーシー・ブラッドプールを担ぎ上げて、党首が首相をやってるわけだけど……」
稲生:「はい」
キャサリン:「反対派の魔族からは、『人間の傀儡女王じゃないか!』という声が根強いの。安倍春明首相としては魔族の国民の不満を抑える為に、魔王の地位は廃止にせず、魔族の中では高貴な部類に入るヴァンパイア族のコを女王にしたんだけど、まあ、多少無理はあったと思う」
“アルカディア・タイムス”によれば、日本の天皇制をそのまま持ってきたことがそもそもの間違いではないかと書かれていた。
だが、日本の象徴天皇と違い、ルーシー女王にはそれなりの王権も与えられているはずである。
だから、どちらかというと日本の天皇制ではなく、イギリスの王制に近いかもしれない。
魔族の右翼的思想者にとっては、かつての大魔王による絶対王制でないとダメのようだ。
人間にとっては民主化が進んで、とても住みやすくなったとのことだが。
尚、ヴァンパイアとは吸血鬼のことだが、ブラッドプール家はヨーロッパでは別の名字で生活していた貴族だったというから、確かに高貴と言える。
貴族の家系にあった者を王権に据えたのだから、けして無理は無かったはずだ。
日本で言えば、ちゃんと宮家の出自の者を天皇に据えるようなもの。
だから無理は無い。
稲生:「それで、イリーナ先生やマリアさんは無事なんでしょうか?」
キャサリン:「愚問だよ。魔道師が、たかだか暴動程度で命を張るわけないから。ちゃんと、ちゃっかり安全な場所で高見の見物ってところだと思うよ。ま、一応、戒厳令には従うくらいでね」
稲生:「なるほど……。あと、スティーブンさんとジーナさんって知ってます?」
キャサリン:「ああ。何年か前、結婚した2人ね。それがどうしたの?」
稲生:「結婚してるんですか!?」
キャサリン:「そうだよ。あなたが入門する直前くらいに。聞いてない?」
稲生:「今初めて知りました」
キャサリン:「まあ、あののんびり屋イリーナのことだから、教えてないか。ジーナもバリバリの魔女でね、死んだ魚のような目をしていて、男性の魂を魔法の実験に使うなんてことをやってたものだから、真っ先にキリスト教会から魔女狩りの対象になるくらいのヤツだったの」
稲生:「スティーブンさん、よく無事でしたね!」
キャサリン:「あなたみたいなことをしたからね。ジーナの魔法攻撃を受けて血だらけになりながらも、花束を渡しに行ったりとか……」
稲生:「ええっ!?……い、いや、僕、血だらけになるようなことまではやってませんよ???」
キャサリン:「従妹が魔女になっちゃったものだから、ある程度、魔女がどんなヤツかを知った上でジーナに何度も愛の告白しに行ってたもんね。ようやく実ったってところかな」
稲生:「ジーナさんはもう魔女じゃないんですか?」
キャサリン:「普通に笑うようになったし、確か去年、女の子が生まれたって聞いたね。でも、ちゃんとまだ魔法は使えるよ」
稲生:「僕も血だらけになった方が良かったんでしょうか?」
キャサリン:「今さら何言ってるの。マリアンナはそれを望んだわけじゃないんだからいいのよ。それに、その代わりと言っては何だけど、他の魔女から攻撃されてるじゃない」
稲生:「はあ……」
キャサリン:「さすがにゾーイはやり過ぎた。何か、魔界でマリアンナやアーニャ(アンナ)にボコボコにされたみたいだけど、しょうがないね。稲生君に手を出した時点で、イリーナ先生やマリアンナの怒りを買うのは当たり前だから」
稲生:「何だか、余計な手間を取らせてしまいましたね。早いとこ、合流しないと……」
キャサリン:「私の占いだと、チェックアウトギリギリの時間辺りで、ようやくオーナーに連絡が来てることになってるね」
稲生:「本当ですか。ありがとうございます」
魔法料理の研究者がどうして占いもできるのかというと、それがダンテ一門の本科の修行の1つだからである。
教養科目として占いも修得することになっている。
だから、魔法にも色々なジャンルがあるが、どのジャンルの魔道師も基本的にマスター以上の地位にある者は占いができる。
部屋の電話が鳴り響く。
稲生:「うう……ん……」
深い眠りに就いていた稲生がそれで目が覚めた。
寝ぼけ眼で起き上がり、ライティングデスクの上の電話を取った。
稲生:「…………」
実は昨夜、もしかしたら寝坊するかもしれないと思い、自動モーニングコールをセットしたのだ。
いつもは自分のスマホのアラームを使うのだが、今はそれが無い状態だからだ。
だから電話を取ると、自動録音された音声が聞こえてくるものと思っていた。
だが、電話の向こうからは何も聞こえてこない。
ただ単に時間になったらコールするだけなのだろうか。
稲生:「……!?」
その時、受話器の向こうから飛んで来るような魔力!
稲生は慌てて受話器から耳を放した。
と、まるで弾丸のような魔力の塊が飛び出て来た。
普通の人間には見えないし、稲生も一瞬、受話器が光っただけのようにしか見えなかった。
だが恐らく、『呪い針』が放たれたのではないかと思った。
似たようなものを稲生は師匠に見せられたことがあるからだ。
スティーブン:「よせ、ゾーイ!もういいだろ!彼は特別なんだよ!」
ゾーイ:「殺す!絶対、殺す……!!」
電話の向こうから男女の争う声が聞こえてきた。
稲生:(一体、何が起きてるんだ?)
スティーブン:「ジェシカ!悪いけど頼む!……ああ、稲生君。おはよう。もう大丈夫だよ」
稲生:「スティーブンさん、一体何なんですか?」
スティーブン:「先だっては、従妹がとんでもないことをしてしまって申し訳無かった。従兄として謝らせて頂きたい」
稲生:「ゾーイはスティーブンさんの従妹だったんですか!」
それでスティーブンはゾーイのことをよく知っていたのか。
スティーブン:「ああ。もっとも、俺が『協力者』をやっているのはそれだけじゃないんだけどね」
稲生:「えっ?」
スティーブン:「とにかく、よくゾーイの幻影から逃げ出せた。おめでとう」
稲生:「い、いえ。スティーブンさんのアドバイスのおかげです」
スティーブン:「今、ゾーイはジェシカに頼んで、私設地獄に行ってもらった。さすがにあれは人を殺し過ぎだ。ましてや本来、仲間であるはずのキミまで襲うなんて言語道断だからね」
稲生:「スティーブンさんはどこにいるんですか?」
スティーブン:「今はジーナと一緒にアルカディアシティの8番街にいる。ああ、ジーナって知らないか。アメリカを拠点にしている元・魔女だよ」
稲生:「元?」
スティーブン:「……おっと!もうそろそろ時間だ。イリーナ組の皆さん達は元気でやってる。ただちょっと、魔界で暴動があって遅れてるだけだ」
稲生:「暴動!?」
スティーブン:「それじゃ、また機会があったら会おう」
電話が切れてしまった。
稲生:「暴動が起きたのかぁ……」
[同日07:45.天候:晴 ワンスターホテル1Fレストラン“マジックスター”]
月並みながら、朝のレストランはバイキング形式になっている。
夜遅くまで営業していたレストランだったので、さぞかし朝は別の人間か魔道師が切り盛りしているのかと思いきや、ちゃんとキャサリンがいた。
キャサリン:「朝食サービスは月並みだけど、ガンガン食べてね」
稲生:「ありがとうございます。……あの、ちょっと小耳に挟んだ話なんですけど……」
キャサリン:「なに?」
稲生:「魔界で暴動があったって本当ですか?」
キャサリン:「ああ。久しぶりの戒厳令が出たみたいだね」
稲生:「そんなに!?一体、どうして?」
キャサリン:「今は魔界共和党が魔族の女王としてルーシー・ブラッドプールを担ぎ上げて、党首が首相をやってるわけだけど……」
稲生:「はい」
キャサリン:「反対派の魔族からは、『人間の傀儡女王じゃないか!』という声が根強いの。安倍春明首相としては魔族の国民の不満を抑える為に、魔王の地位は廃止にせず、魔族の中では高貴な部類に入るヴァンパイア族のコを女王にしたんだけど、まあ、多少無理はあったと思う」
“アルカディア・タイムス”によれば、日本の天皇制をそのまま持ってきたことがそもそもの間違いではないかと書かれていた。
だが、日本の象徴天皇と違い、ルーシー女王にはそれなりの王権も与えられているはずである。
だから、どちらかというと日本の天皇制ではなく、イギリスの王制に近いかもしれない。
魔族の右翼的思想者にとっては、かつての大魔王による絶対王制でないとダメのようだ。
人間にとっては民主化が進んで、とても住みやすくなったとのことだが。
尚、ヴァンパイアとは吸血鬼のことだが、ブラッドプール家はヨーロッパでは別の名字で生活していた貴族だったというから、確かに高貴と言える。
貴族の家系にあった者を王権に据えたのだから、けして無理は無かったはずだ。
日本で言えば、ちゃんと宮家の出自の者を天皇に据えるようなもの。
だから無理は無い。
稲生:「それで、イリーナ先生やマリアさんは無事なんでしょうか?」
キャサリン:「愚問だよ。魔道師が、たかだか暴動程度で命を張るわけないから。ちゃんと、ちゃっかり安全な場所で高見の見物ってところだと思うよ。ま、一応、戒厳令には従うくらいでね」
稲生:「なるほど……。あと、スティーブンさんとジーナさんって知ってます?」
キャサリン:「ああ。何年か前、結婚した2人ね。それがどうしたの?」
稲生:「結婚してるんですか!?」
キャサリン:「そうだよ。あなたが入門する直前くらいに。聞いてない?」
稲生:「今初めて知りました」
キャサリン:「まあ、あののんびり屋イリーナのことだから、教えてないか。ジーナもバリバリの魔女でね、死んだ魚のような目をしていて、男性の魂を魔法の実験に使うなんてことをやってたものだから、真っ先にキリスト教会から魔女狩りの対象になるくらいのヤツだったの」
稲生:「スティーブンさん、よく無事でしたね!」
キャサリン:「あなたみたいなことをしたからね。ジーナの魔法攻撃を受けて血だらけになりながらも、花束を渡しに行ったりとか……」
稲生:「ええっ!?……い、いや、僕、血だらけになるようなことまではやってませんよ???」
キャサリン:「従妹が魔女になっちゃったものだから、ある程度、魔女がどんなヤツかを知った上でジーナに何度も愛の告白しに行ってたもんね。ようやく実ったってところかな」
稲生:「ジーナさんはもう魔女じゃないんですか?」
キャサリン:「普通に笑うようになったし、確か去年、女の子が生まれたって聞いたね。でも、ちゃんとまだ魔法は使えるよ」
稲生:「僕も血だらけになった方が良かったんでしょうか?」
キャサリン:「今さら何言ってるの。マリアンナはそれを望んだわけじゃないんだからいいのよ。それに、その代わりと言っては何だけど、他の魔女から攻撃されてるじゃない」
稲生:「はあ……」
キャサリン:「さすがにゾーイはやり過ぎた。何か、魔界でマリアンナやアーニャ(アンナ)にボコボコにされたみたいだけど、しょうがないね。稲生君に手を出した時点で、イリーナ先生やマリアンナの怒りを買うのは当たり前だから」
稲生:「何だか、余計な手間を取らせてしまいましたね。早いとこ、合流しないと……」
キャサリン:「私の占いだと、チェックアウトギリギリの時間辺りで、ようやくオーナーに連絡が来てることになってるね」
稲生:「本当ですか。ありがとうございます」
魔法料理の研究者がどうして占いもできるのかというと、それがダンテ一門の本科の修行の1つだからである。
教養科目として占いも修得することになっている。
だから、魔法にも色々なジャンルがあるが、どのジャンルの魔道師も基本的にマスター以上の地位にある者は占いができる。