[4月3日04:00.天候:晴 東京中央学園旧校舎3階]
何とか2階の無限廊下から脱出できた稲生だったが、今度は3階のトイレに呼び出しを食らってしまった。
このまま引き返したところで、死亡フラグ確定だろう。
フラグというのは、基本的にクラッシュが難しいものである。
稲生:「うーむ……」
階段を上って、トイレの方向を見ると、確かにトイレの照明が点いているのが見えた。
旧校舎のトイレも、怪談ネタには事欠かない。
特に3階の女子トイレには、『トイレの花子さん』が潜んでいるという噂である。
普通そういうのは小学校の話ではないかと思うのだが、しっかりとこの学園にもその話はあった。
それも、小学校の『花子さん』は必ずしも人を襲う者ばかりとは限らないのだが、この学園に巣くう『花子さん』は凶悪な噂が絶えなかった。
稲生:(今から40年くらい前のこと、この校舎で放課後、補習授業を受けていた人達が全員行方不明になったって話だ。無限廊下に捕まった人達は2階の教室を使っていたからだけど、『花子さん』に捕まった人達というのは1階の教室を使っていた。だが、何故か消したはずの3階女子トイレの照明が翌朝になって点けっぱなしであったという……)
稲生はそんなことを思い出しながら、トイレの中を覗いてみた。
薄暗い蛍光灯が輝く女子トイレの中には、誰もいなかった。
稲生:「……わかりましたよ」
稲生はトイレの中に入った。
トイレの中には個室が4つある。
基本的に『花子さん』は奥から2番目の個室にいることが多いとされる。
ノックをしても返事が無く、ドアには鍵が掛かっていない。
もう1度ノックをすると、今度は向こうからもドアを叩く音がする。
しかし、ドアを開けてみても誰もいない。
ドアを閉めると自分の背後、もしくは頭上にいて襲われるのだという言い伝えだ。
稲生はノックもせずにドアを開けた。
しかし、個室の中には誰もいない。
稲生:「いい加減にしてくださいよ。そこにいるんでしょう?」
稲生は魔法の杖を片手に、後ろを振り向いた。
???:「わあああああっ!」
突然、稲生のすぐ横で男の叫び声が聞こえて来た。
東京中央学園の、今の夏制服を着た男子生徒が天井に叩き付けられていた。
それは随分と肥満体の者。
稲生:「これは……!?」
そして稲生の前に現れたのは、旧制服としてのセーラー服を着た女子生徒だった。
しかし、顔は分からない。
ハロウィンのカボチャのような仮面を点けており、素顔は分からない。
男子生徒:「お、お願いだよ!助けてくれよ!」
仮面の少女:「そういうわけだ。お前はこいつを助けたいか?お前の命と引き換えで良いなら、この者を助けてやろう」
稲生:「この人を殺したのはいつですか?多分、今から20年くらい前の話だと思いますけど?」
新聞部にはある言い伝えがある。
1995年に学校の七不思議の特集を組むという企画があり、当然ながら怪談話の宝庫であるこの旧校舎も取材の対象になっていた。
当時の1年生で新人の部員が、この旧校舎のトイレに纏わる怪談に詳しい生徒から直接現地で話を聞いたという記録が残っている。
だが不思議なことに、そこに『花子さん』が現れて、その語り部の生徒が消されてしまったのだという。
その生徒は肥満体の男だというから、特徴が合っている。
何より、急に稲生の横に現れたことも怪しい。
稲生:「僕に幻覚を見せようったって、そうは行きませんよ。僕にあの時の新聞部員と同じような答えを期待しているとしたら、それは無理というものです。何故なら……あなたが今僕にした質問と、かつての新聞部員にした質問は違う内容だからです」
仮面の少女:「つまらん男だ」
仮面の少女はパチンと指を鳴らした。
男子生徒:「た、助けてくれーっ!!わああああああああ!!」
天井がまるで水面のように波打つと、男子生徒はそのままその中に飲み込まれ、消えて行った。
稲生:「お久しぶりですね?『花子さん』」
花子さん:「フッ……フフフフフフフフハハハハハハハハハ……!」
花子さんは仮面の奥で笑いを漏らした。
それは本当に面白いから笑っているというよりは、嘲笑・冷笑・失笑などをミックスした笑いのようだった。
花子さん:「あの時、チビりながらここを飛び出した者が、随分と変わったな」
稲生:「まだまだ修行中ですが、僕は魔道師になりました。あなたの正体については、もう把握済みです」
花子さん:「ほお……。それで、どうするつもりだ?」
稲生:「まだこの世をさ迷っているのですか?あなたはもう復讐を終え、本来なら成仏しているはず。それができていないということじゃありませんか。だから言ったでしょう?復讐したい気持ちは分かります。だけど、それをやり遂げたからといって何がどうなるってわけでもないんですよ。あの時、僕は顕正会員だから折伏という名の勧誘はしませんでした。あなたはもう死んでる人だからです」
花子さん:「黙れ……!」
稲生:「日蓮正宗で塔婆供養をしてもいいですが、あなたの本名が分からない。俗名でもいいから名前が分からないと、塔婆供養もできないんです」
花子さん:「私も忘れた。自分が誰なのかも忘れてしまった悪霊には、この世を永遠にさ迷うのが相応しいということか……」
稲生:「もしも幽霊という者が存在するのだとしたら、それは無間地獄に堕ちた者の成れの果てなのかもしれません。あなたがそうです」
花子さん:「何だと……!?」
稲生:「あなたがどうしてイジメを受け、自殺に追い込まれたのかの理由が分かりました」
花子さん:「そんな理由を知ったところで、もう私は救われないのだろう?」
稲生:「少なくとも、あなたをここから出すことはできます。ただ、無間地獄から他の地獄界へ移動するだけにはなるのでしょうが」
花子さん:「どうして私は地獄に堕ちなければならない?そんなに復讐は罪だというのか?」
稲生:「運が悪いことに、あなたが復讐で殺した人間の中に創価学会員がいました。創価学会は、40年前はまだれっきとした日蓮正宗の外郭団体でしたから、あなたのしたことは信徒を殺した罪とされて、それで無間地獄に落とされたものと思われます」
花子さん:「そんなバカな……!」
稲生:「今は破門団体ですから、無間地獄にまでは落とされずに済んだのでしょうがね」
花子さん:「私にとっては、神も仏も敵だ……!」
稲生:「気持ちは分かります。僕の場合、手を差し伸べてくれたのは妖怪でしたし、僕の好きな人に手を差し伸べたのは悪魔でしたから」
稲生は魔道師のローブの中から1枚の紙を出した。
稲生:「これを差し上げます」
花子さん:「何だこれは?」
稲生:「冥界鉄道公社船舶部。通称、『冥鉄汽船』の乗船券です。この世とあの世を結ぶ鉄道がありまして、その連絡船ですよ。これを持っていれば、あなたはここから出られます。少なくとも、無間地獄の1つとして、ここでずっと幽霊として括られているよりはまだ成仏の希望はあります」
花子さん:「…………」
稲生:「ここで会ったのも何かの縁です。もう終わりにしましょう。冥鉄汽船の船長は、僕の知り合いなんです。僕の紹介……僕は稲生勇太と言います。サンモンド船長に僕の紹介だと言えば、すぐ船に乗せてくれますよ」
花子さん:「分かった。ここまで気を使ってくれたのなら、それに応えよう」
稲生:「ありがとうございます」
花子さん:「お礼に1つ、いいことを教えてやる」
稲生:「何ですか?」
花子さん:「さっき2階に、あなたと同類の女がいたと思うが、そいつに気をつけて。少なくとも、あいつは……」
稲生:「!!!」
稲生は何かを感じ、思わず咄嗟に身を反らした。
だが間に合わず、左肩に激痛が走った。
稲生:(な……何が……!?)
急所は外れたはずなのだが、体から力が抜けて行き、稲生はそのまま床に倒れた。
そして、薄れ行く意識の中、トイレの入口にいた者を見た。
それは2階の教室にいた魔女のように見えた。
意識が途切れる直前に見た、ローブのフードの中の素顔は……。
何とか2階の無限廊下から脱出できた稲生だったが、今度は3階のトイレに呼び出しを食らってしまった。
このまま引き返したところで、死亡フラグ確定だろう。
フラグというのは、基本的にクラッシュが難しいものである。
稲生:「うーむ……」
階段を上って、トイレの方向を見ると、確かにトイレの照明が点いているのが見えた。
旧校舎のトイレも、怪談ネタには事欠かない。
特に3階の女子トイレには、『トイレの花子さん』が潜んでいるという噂である。
普通そういうのは小学校の話ではないかと思うのだが、しっかりとこの学園にもその話はあった。
それも、小学校の『花子さん』は必ずしも人を襲う者ばかりとは限らないのだが、この学園に巣くう『花子さん』は凶悪な噂が絶えなかった。
稲生:(今から40年くらい前のこと、この校舎で放課後、補習授業を受けていた人達が全員行方不明になったって話だ。無限廊下に捕まった人達は2階の教室を使っていたからだけど、『花子さん』に捕まった人達というのは1階の教室を使っていた。だが、何故か消したはずの3階女子トイレの照明が翌朝になって点けっぱなしであったという……)
稲生はそんなことを思い出しながら、トイレの中を覗いてみた。
薄暗い蛍光灯が輝く女子トイレの中には、誰もいなかった。
稲生:「……わかりましたよ」
稲生はトイレの中に入った。
トイレの中には個室が4つある。
基本的に『花子さん』は奥から2番目の個室にいることが多いとされる。
ノックをしても返事が無く、ドアには鍵が掛かっていない。
もう1度ノックをすると、今度は向こうからもドアを叩く音がする。
しかし、ドアを開けてみても誰もいない。
ドアを閉めると自分の背後、もしくは頭上にいて襲われるのだという言い伝えだ。
稲生はノックもせずにドアを開けた。
しかし、個室の中には誰もいない。
稲生:「いい加減にしてくださいよ。そこにいるんでしょう?」
稲生は魔法の杖を片手に、後ろを振り向いた。
???:「わあああああっ!」
突然、稲生のすぐ横で男の叫び声が聞こえて来た。
東京中央学園の、今の夏制服を着た男子生徒が天井に叩き付けられていた。
それは随分と肥満体の者。
稲生:「これは……!?」
そして稲生の前に現れたのは、旧制服としてのセーラー服を着た女子生徒だった。
しかし、顔は分からない。
ハロウィンのカボチャのような仮面を点けており、素顔は分からない。
男子生徒:「お、お願いだよ!助けてくれよ!」
仮面の少女:「そういうわけだ。お前はこいつを助けたいか?お前の命と引き換えで良いなら、この者を助けてやろう」
稲生:「この人を殺したのはいつですか?多分、今から20年くらい前の話だと思いますけど?」
新聞部にはある言い伝えがある。
1995年に学校の七不思議の特集を組むという企画があり、当然ながら怪談話の宝庫であるこの旧校舎も取材の対象になっていた。
当時の1年生で新人の部員が、この旧校舎のトイレに纏わる怪談に詳しい生徒から直接現地で話を聞いたという記録が残っている。
だが不思議なことに、そこに『花子さん』が現れて、その語り部の生徒が消されてしまったのだという。
その生徒は肥満体の男だというから、特徴が合っている。
何より、急に稲生の横に現れたことも怪しい。
稲生:「僕に幻覚を見せようったって、そうは行きませんよ。僕にあの時の新聞部員と同じような答えを期待しているとしたら、それは無理というものです。何故なら……あなたが今僕にした質問と、かつての新聞部員にした質問は違う内容だからです」
仮面の少女:「つまらん男だ」
仮面の少女はパチンと指を鳴らした。
男子生徒:「た、助けてくれーっ!!わああああああああ!!」
天井がまるで水面のように波打つと、男子生徒はそのままその中に飲み込まれ、消えて行った。
稲生:「お久しぶりですね?『花子さん』」
花子さん:「フッ……フフフフフフフフハハハハハハハハハ……!」
花子さんは仮面の奥で笑いを漏らした。
それは本当に面白いから笑っているというよりは、嘲笑・冷笑・失笑などをミックスした笑いのようだった。
花子さん:「あの時、チビりながらここを飛び出した者が、随分と変わったな」
稲生:「まだまだ修行中ですが、僕は魔道師になりました。あなたの正体については、もう把握済みです」
花子さん:「ほお……。それで、どうするつもりだ?」
稲生:「まだこの世をさ迷っているのですか?あなたはもう復讐を終え、本来なら成仏しているはず。それができていないということじゃありませんか。だから言ったでしょう?復讐したい気持ちは分かります。だけど、それをやり遂げたからといって何がどうなるってわけでもないんですよ。あの時、僕は顕正会員だから折伏という名の勧誘はしませんでした。あなたはもう死んでる人だからです」
花子さん:「黙れ……!」
稲生:「日蓮正宗で塔婆供養をしてもいいですが、あなたの本名が分からない。俗名でもいいから名前が分からないと、塔婆供養もできないんです」
花子さん:「私も忘れた。自分が誰なのかも忘れてしまった悪霊には、この世を永遠にさ迷うのが相応しいということか……」
稲生:「もしも幽霊という者が存在するのだとしたら、それは無間地獄に堕ちた者の成れの果てなのかもしれません。あなたがそうです」
花子さん:「何だと……!?」
稲生:「あなたがどうしてイジメを受け、自殺に追い込まれたのかの理由が分かりました」
花子さん:「そんな理由を知ったところで、もう私は救われないのだろう?」
稲生:「少なくとも、あなたをここから出すことはできます。ただ、無間地獄から他の地獄界へ移動するだけにはなるのでしょうが」
花子さん:「どうして私は地獄に堕ちなければならない?そんなに復讐は罪だというのか?」
稲生:「運が悪いことに、あなたが復讐で殺した人間の中に創価学会員がいました。創価学会は、40年前はまだれっきとした日蓮正宗の外郭団体でしたから、あなたのしたことは信徒を殺した罪とされて、それで無間地獄に落とされたものと思われます」
花子さん:「そんなバカな……!」
稲生:「今は破門団体ですから、無間地獄にまでは落とされずに済んだのでしょうがね」
花子さん:「私にとっては、神も仏も敵だ……!」
稲生:「気持ちは分かります。僕の場合、手を差し伸べてくれたのは妖怪でしたし、僕の好きな人に手を差し伸べたのは悪魔でしたから」
稲生は魔道師のローブの中から1枚の紙を出した。
稲生:「これを差し上げます」
花子さん:「何だこれは?」
稲生:「冥界鉄道公社船舶部。通称、『冥鉄汽船』の乗船券です。この世とあの世を結ぶ鉄道がありまして、その連絡船ですよ。これを持っていれば、あなたはここから出られます。少なくとも、無間地獄の1つとして、ここでずっと幽霊として括られているよりはまだ成仏の希望はあります」
花子さん:「…………」
稲生:「ここで会ったのも何かの縁です。もう終わりにしましょう。冥鉄汽船の船長は、僕の知り合いなんです。僕の紹介……僕は稲生勇太と言います。サンモンド船長に僕の紹介だと言えば、すぐ船に乗せてくれますよ」
花子さん:「分かった。ここまで気を使ってくれたのなら、それに応えよう」
稲生:「ありがとうございます」
花子さん:「お礼に1つ、いいことを教えてやる」
稲生:「何ですか?」
花子さん:「さっき2階に、あなたと同類の女がいたと思うが、そいつに気をつけて。少なくとも、あいつは……」
稲生:「!!!」
稲生は何かを感じ、思わず咄嗟に身を反らした。
だが間に合わず、左肩に激痛が走った。
稲生:(な……何が……!?)
急所は外れたはずなのだが、体から力が抜けて行き、稲生はそのまま床に倒れた。
そして、薄れ行く意識の中、トイレの入口にいた者を見た。
それは2階の教室にいた魔女のように見えた。
意識が途切れる直前に見た、ローブのフードの中の素顔は……。