"暮らしのリズム"的できごと

先人が培った暮らしの知恵を通じて今を楽しむ【暮らしのリズム】のブログ。旧暦、落語、音楽、工芸品、食、民俗芸能などをご紹介

“早池峰の賦(はやちねのふ)"に心躍らされ

2006年10月09日 13時12分02秒 | 芸能の催しごと

 旧八月十八日。台風から姿を変えた強烈な低気圧が秋雨前線を連れ去って、10/7土曜日からの三連休は抜けるような青空が広がっています。中秋の名月(旧八月十五日=10/6金曜日の月)こそ拝めませんでしたが、十六夜の満月、十七夜の月はまさに陽を写す鏡のように明るく白い月でした。
 秋も深まり仲秋から晩秋へ。町中が金木犀の甘い香りに包まれています。昨日10/8日曜日は二十四節気の“寒露(かんろ)”でした。空気は乾き一日の寒暖の差が大きくなってきましたね。

 さて、前回書いた“
陸奥の秋”今日はかの地で堪能してきた民俗芸能の早池峰神楽をご紹介しましょう。
109takefuukei  早池峰神楽は北上山地の最高峰早池峰山の麓にある岩手県稗貫郡大迫町(現:花巻市大迫町)に、およそ700年ほど前、
この地に拠を構えた修検道の山伏たちが始めた神楽です。ふたつの地区、山あいの早池峰神社のある岳(たけ)と、そこから13kmほど町の方に下った大償(おおつぐない)で伝承されており、お互いが切磋琢磨しながら一対を総称して早池峰神楽と呼ばれています。言葉だけではなかなか上手に説明することができないのですが、一度でも観た者はその魅力が心をとらえて離さない、と言われている民俗芸能です。
 今回岩手に滞在した際にはタイミング良く、岳・大償両方の神楽を観ることができました。9/23(土・秋分の日)に大迫町で【第46回花巻大迫郷土芸能祭
が小学校の体育館で行われ、109takekagura大償神楽による“裏三番叟”と“天照五穀舞”が披露され、その夜、北上市にある“みちのく民俗村で行われていた【第15回みちのく民俗村まつり】で岳神楽の公演が行われました。
 圧巻だったのが民俗村での公演です。ここには萱葺屋根の雰囲気ある舞台があり、夕暮れから夜にいたるまで、日常生活の場面で行われている神楽の空気感が伝わる貴重な上演となりました。舞台では“鶏舞(とりまい)”“三番叟”“天降(あまくだり)の舞”“諷誦(ふうしょう)の舞”“権現舞”の5曲がたっぷり披露されます。舞台での公演に先立って、移築保存されている南部曲がり屋の広い土間で“権現舞”が舞われました。109gongen “権現舞”は早池峰神楽で最も重要な舞で、
神や仏を目に見えるように獅子頭に乗り移させ安泰を祈祷する厳かな舞です。遠くの家から夜道を太鼓、鉦を打ち笛を奏でながら家にやってくる神楽衆、これは昭和40年代頃までは大迫あたりのどこでも行われていた門付けの在り方です。
 25年前に公開されたドキュメ
109bookンタリー映画“早池峰の賦”の制作秘話を監督の羽田澄子さんが綴った本【早池峰の賦】(左写真:平凡社1984)でも、 強いこだわりをもって描かれていた、曲がり屋の土間で繰り広げられる権現舞。この雰囲気をたっぷり味わうことができたのは、何よりの収穫でした。
 映画“早池峰の賦”の存在を知ったのが3年前のこと、今回東北に旅立つ二週間ほど前に偶然古書店で先の本を入手し、現地で貴重な体験をしました。帰京して一週間後のこと【ドキュメンタリー・ドリーム・ショー山形in東京2006】という映画祭で、遂に念願叶って“早池峰の賦”を観ることができました。実体験に相まって感慨もひとしおでありました。

写真の説明です(4コマは左上から時計回りに)

上:標高1914mの美しい早池峰山(来年は昇るぞ~)/岳にある早池峰神社の参道/民俗村の公演翌日に岳を訪ねると衣装の下着が干してありました/早池峰神社の神楽殿、毎年7/31-8/1の例大祭で神楽が奉納されます

中:最初に舞われる式舞の鶏舞/高千穂峰への天孫降臨を題材にした天降の舞/神楽の締めに舞われる権現舞/岳神楽が得意とする荒舞の諷誦の舞

下:みちのく民俗村にある南部曲り屋星川家の土間でいにしえの権現舞が再現されました。


若き剣士の勇壮な舞~二子鬼剣舞

2006年08月31日 12時29分58秒 | 芸能の催しごと

 旧閏七月八日。8月も今日でおしまい。街路樹から聞こえる蝉の声も夏の終わりを告げるツクツクホウシが多くなりました。こどもの頃からの習慣なのでしょう、カレンダーが9月になる今日から明日にかけでが、夏から秋への移り変わりであるように実感します。

 先週の土曜日(8/26)に、江戸川区のタワーホール船堀で開催された「全国中学校総合文化祭」というイベントを観に行ってきました。“全国の中学生の文化・芸術・研究活動の祭典”ということなのですが、お目当ては岩手県北上市立北上北中学校の二子鬼剣舞(おにけんばい)です。831onikennbai1たまたま現地の新聞記事をwebで見つけ(岩手日報の記事です)、私ごとで縁のある学校でもあるので、その勇姿を観に行こうではないか、と出掛けました。
 鬼剣舞は岩手県北上地方に古くから伝わる郷土芸能です。修験道の行者が悪鬼を踏み鎮める動作「反閇(へんばい)」と先祖供養の念仏踊りをルーツとする力強く勇壮な舞です。二子鬼剣舞は、数ある踊り組の中でも熱心に修行を重ね、意欲的に公演を行い、全国に鬼剣舞の名を広めた功績が評価されています。831onikenbai2
 この日ステージに上がった生徒たちは、皆保育園・幼稚園の頃から鬼剣舞の修行を始めて、二子鬼剣舞修行生として活躍しています。すでに10年ほどのキャリアを積んでいるため、単独で見ている限りでは大人の舞と何ら遜色の無い、力強く見事な完成度を実感できました。演目はこの日の限られた持ち時間で、鬼剣舞の魅力を最大限に伝えるために、代表的な演目をメドレー形式で披露してくれました。

 後継者不足で伝統が途絶えてしまう、というはなしを様々なジャンルにおいて良く聞きますが、二子鬼剣舞にとってはそんな心配はまったく無用なようです。家族や学校に強制されたりやらされているのではなく、一人一人が自主的に取り組んでいる、そういう姿勢を強く感じられるのです。そして彼らに対して、地域の人たちは暖かく、後輩や仲間は羨望の眼差しを送っています。稲穂が黄金色に色づく頃、久し振りに彼の地を訪れてみようかな、と郷愁に駆られるひとときでありました。

写真上:基本の舞「一番庭」に少女の胴取による「ハネ胴」が加わる伝統的スタイル(実はとても珍しくなっている)で幕開け。
写真下:膳を用いた「膳舞」と刀を一本ずつ増やしてゆく「宙返り」をミックスした「曲芸」。


狂言と法要儀式で“念仏”を噛みしめる

2006年06月17日 11時47分26秒 | 芸能の催しごと

 旧五月二十二日。今日は『居酒屋寄席~五月雨 五月晴れの会』です。雲も薄めで時折日差しもこぼれるまずまずの空模様。五月晴れとまではいきませんが、梅雨の小休止です。たくさんのお客様にご予約を頂いて感謝しております。後日この場でイベントのご報告を致します。お楽しみに。

 「南無阿弥陀仏」。それほど信仰の厚くない人でも
617nenbutu、日本人であればふと口にしたことがあると思います。この『念仏』と「南無妙法連華経」の『題目』は、「唱え続けることで救われる」という仏教の教えです。こうした私たちの生活や意識に自然と受け継がれている『念仏と題目』を、ちょっと違う角度からフォーカスしてみよう、というテーマの公演が国立劇場であり、『念仏 -南無阿弥陀仏-』を観てきました。きっかけとなったのは、桜の季節に訪れた鎌倉・材木座の光明寺。ここで毎年秋に繰り広げられる【十夜法要】が舞台で繰り広げられることに惹かれたのです。

 第一部は茂山狂言による【悪太郎】。酒飲みで悪事をはたらく悪太郎は酔って寝ている間に伯父によって「南無阿弥陀仏」という名の僧の姿に変えられてしまう。目を覚まし自分の姿に驚いていると出家僧が通りかかり・・・。という滑稽なはなし。
617koumyouji改心し出家僧と修行に向かい歩き出す悪太郎。能舞台は回り舞台となり、第二部の【双盤念仏】へとクロスフェードさせる演出がお見事です。ここからは【光明寺の十夜法要】です。十二人の式衆によるモノフォニーは荘厳で末梢神経の隅々まで染み渡ってゆくようです。独特の旋律、節回しなどは各地に伝承される郷土芸能の源流を担っているのでしょう。念仏踊りとして知られる佃島の盆踊りにも何か共通点を感じさせられました(桜の頃の鎌倉・材木座の光明寺↑)


早池峰大償神楽にまたしてもうっとり

2005年11月14日 16時51分39秒 | 芸能の催しごと

 旧十月十三日。今日の東京はどんよりとした曇り空ですが、月がずいぶんと丸くなってきました。明後日が満月です。このblogを始めるようになって、以前にも増して月の姿を意識するようになりました。ちょっと先に予定している心躍るイベントを、その日の月の形で覚えておくと、毎日空に浮かぶ月の姿がとても気になるものです。これはなかなか風情があって良いものですね。でも新月の頃は見失ってしまうかもしれないので気をつけましょう。
11-14hayachine1 
 先週の木曜日秋晴れの11月10日、千駄ヶ谷にある国立能楽堂で早池峰大償(おおつぐない)神楽の公演があり、観に行ってきました。今回の東京公演は、歴史的関連性がたいへん高いとされる能と神楽の関わりを探ろうという企画公演です。本公演は金曜日で、能の演目「道成寺」の原曲で廃絶している「鐘巻」を復曲させ、大償神楽の女舞「鐘巻」と同じ舞台で上演しようという試み。残念ながらこの本公演は観ることができなかったのですが、それに先立つ大償神楽の公演をじっくり楽しむことが出来ました。

 早池峰神楽はこのblogの『民俗芸能は心を洗う~岩手より』でも少しご紹介しましたが、岩手県の霊峰早池峰山山麓に伝わる修験山伏伝来の神楽です。11-14hayachine2二つの神楽座、『岳神楽』と『大償神楽』を総称して早池峰神楽といいます。勇壮な荒舞の岳と、優艶な女舞の大償という具合に、表裏一体を成しているそうです。そんな大償神楽にあって女舞の名手である佐々木隆さんの式舞「山神(やまのかみ)舞」は見事でありました。力強さと神秘性、神事としてのカリスマ性を併せ持ち、なおかつ流れるようにしなやかな身のこなしは美しく、たいへんんに印象深い舞でした。
(↑大償神楽の「山神舞」。写真は大迫町発行のブックレットより)

 今回の公演はたまたま地方紙「岩手日報」の記事をネットでも見つけたもので、平日の昼間ながらチケットは完売。大変熱心な愛好家が集まっていたように見受けられました。プロのエンタテインメントではないため、いろいろなバランスを考慮しなければならないのでしょうけれども、もっとたくさんの人が気軽に観られる環境になって欲しいと願うものであります。本当に綺麗なのです。

◆早池峰神楽舞台公演
 大償神楽 平成18年1月28日(土)
 岳神楽  平成18年1月29日(日)
 いずれも13時開演 全席自由各公演500円
 岩手県・花巻市文化会館大ホール(問)0198-24-6511


民俗芸能は心を洗う~岩手より

2005年10月07日 15時46分54秒 | 芸能の催しごと

旧九月五日。秋雨前線が日本列島に沿うように停滞し、はっきりしない天気が続いています。明日10月8日は二十四節気の“寒露”。野草には露が宿り、ますます秋が深まってくる季節ですね。

geinouAみちのくは岩手を訪れた9/27~10/2。好天に恵まれ順調に稲刈りを終えた翌日の10月1日(土)、計ったように空はどんよりと曇り雨模様となりました。この日、県内の民俗芸能団体が集まる舞台公演が北上市のさくらホールでありました。こういった公演はめったに行われるものではなく、今回も「スポーツレクリエーション祭」が北上で開催されるのを記念して特別に行われたというものです。これはツイている、ということで期待で胸を膨らませて観にいってきました。


(公演チラシの表と裏。デザイン、レイアウト、構成、これでいいのか・・・ム・ム・ム)


geinouB岩手県には現存しているだけで1000以上の民俗芸能団体があって、その数と種類の豊富さは他県を圧倒している、と言われています。特にその多くは、旧南部藩と旧伊達藩の藩境にあたる北上市周辺に集中しているそうです。確かに彼の地へ通うようになって老若男女に関わらず、民俗芸能が日常のとても近いところにあるのだなぁ、といつも感じさせられてきました。

舞台では岩手の四季をテーマに、お正月に始まり季節は移ろいまた冬がやってくる、という流れに沿った演出がされています。
新春は【早池峰岳神楽】の「権現舞」。神や仏を人の目に見ることができるように獅子頭に乗り移させ、安泰を祈祷する厳かな舞で舞台の幕が開きます。
続いては、私が最も好きな【二子鬼剣舞】が登場。鬼剣舞は修験者の悪霊払いがルーツとされる勇壮で華麗な舞。人気の高い民俗芸能です。リズム感、躍動感共に完璧。見事でした。
【早池峰獅子踊】は旧南部領内に伝承される幕踊系鹿踊の代表的な団体です。初めて観ましたがこれもいいですね。舞はもちろん、囃子方の円熟した技術が素晴らしかったです。
【黒沢尻歌舞伎】の「花魁道中」は30cm以上はあろうかという高下駄を外八文字という独特の形で引きずりながら歩く花魁の所作がユニークでした。桜の季節の演出です。
太鼓系鹿踊では【金津流石関鹿踊】と【梁川金津流鹿踊】が登場。夏祭りの準備に向けてでしょうか、普段めったに見ることができない装束をはずしての稽古の模様を舞台で再現。踊り手自ら太鼓を打ち、唄い、踊る、高度な芸能であることをあらためて認識することができました。
舞台は夏。日本一速いテンポの盆踊り、さんさ踊りは【三本柳さんさ踊】です。大地を踏みしめて沈み込んでから浮き上がるというかなりハードな踊りですね。
休憩を挟んで後半は、鬼剣舞の元祖【岩崎鬼剣舞】による仏教的な祈祷生の高い「一人加護」と「八人加護」でスタート。
続いて【早池峰岳神楽】。早池峰神楽の最初に必ず演じられる式六番の中の一つ「鶏舞」。この舞によって国土、神々、山川草木など天地万象が生ずる場所が示されるのだそうです。一見すると地味な舞ではあるけれども、神秘的で美しい。
沿岸の【陸中弁天虎舞】が登場。これも今回初めて観ることができました。海難をもたらす風を鎮め、漁の安全、大漁を祈願した舞だそうです。農村や山岳地方とはずいぶん印象が違って荒々しく激しい舞です。
ふたたび【二子鬼剣舞】が登場し、三つの曲芸的演目を一つにした「曲芸」と「三人加護」。二子鬼剣舞の最も魅力的な演目がこの「三人加護」です。二人による扇の舞に始まり、御幣の舞が加わり、最後は三人で素手の舞となる実にドラマティックな展開が感動を呼びます。
ステージのフィナーレは【岩崎鬼剣舞】【二子鬼剣舞】合わせて16人による「一番庭」の群舞。同じ演目でも伝承される団体が違うとずいぶん違って見えるものだなぁ。3時間に及ぶ内容の濃い公演でした。

岩手の民俗芸能を地道に研究され、その魅力を広く伝えるためにタウン誌「ダ・ダ・スコ」と「街きたかみ」を発行し、毎年8月に行われる「みちのく芸能祭り」をプロデュースしてこられた加藤俊夫さんが、今年三月に肝臓癌の悪化で急逝されたとのこと、今回現地で初めて知りました。その後残念ながらタウン誌はいずれも廃刊になってしまったそうです。一度お話しを伺ってみたいな、と思っていただけに残念でした。そして、今回の舞台公演は加藤さんが企画し構成・台本・演出を手掛けたそうです。素晴らしい公演に巡り合わせてくれて、感謝しています。ご冥福をお祈りいたします。

人間は、おのれの力の及ばないことに対して、科学の発達しない時代においては、ただひたすら自然界や神仏に対して祈りを捧げて解決を願った。その祈りの手段として演じられたのが民俗芸能である。(加藤俊夫『岩手県の民俗芸能解説』より)

岩手県の民俗芸能のラフガイドは岩手県のHomepageがお薦めです。