今年のゴールデンウィークは、久々にひとりぼっちの津軽詣となりました。
今年の弘前大会、青森大会に誰か出る者はいないか!と生徒さんに聞いたものの、首を縦に振る者は無く、それならばと10年前を思い出して気ままな一人旅で津軽三味線を目指すこととなりました。
生徒さんを連れて行くとどうしても要らぬ神経を使うし、運転は一人でちょっと大変ではありますがその分神経を集中できるし良しとしました。
弘前大会(世界大会)は、10年前にミドルCで優勝したので、シニアCには出場出来なくて、上位カテゴリーのB級にしかエントリーすることができません。
B級には2度エントリーしましたが、なかなか若い連中には歯が立たず、2回目のB級戦では演奏中に駒が割れて点数無しというアクシデントがあり、その後くじけて弘前はパスしていました。
数年前、コロナ前の金木大会にシニアで出場して、よされを弾いて大條和雄賞をいただいのが最後でした。
今年は久しぶりに青森大会(日本一決定戦)にエントリーしました。
青森の第3回大会だったかな、まだまだ津軽三味線の習いがけの頃、60歳に達していなかったので、当時のB級に出場しましたが、やはり全く歯が立たずに惨敗した苦い経験のある青森大会です。
5月2日(木曜日)
前日は夜遅くまで頑張って本業を片付けて、4時間ほど睡眠を取った後4時半に起床。
大体の準備は前日に終わっていたので、パパッと身繕いをして5時半に氷見市の自宅を出発、北へ向かいます。
ゴールデンウィークなのですが、2日は一応平日なので仕事の人もいるようで、朝の国道は結構交通量が多くてスイスイとはいきません。
魚津ICから高速に入ります。
朝から良い天気でドライブ日和です。
北陸道、日本海東北道と順調に走りますが、温海温泉から先の高速はトンネルばかりで実に退屈なのです。
天気も良いことだし海岸線を見ながらあえてゆっくりとR7を走ります。
日本海沿いのこのルートは、天気が良ければ月山、鳥海山、岩木山と雄大な山容を眺めながら走ることができるので、目の保養にも鳴ります。
行程の約半分の鶴岡市のコンビニで昼食を仕入れて、象潟の道の駅で昼食にしました。
象潟からは秋田道をひたすら北へ向かいます。
途中、鷹巣あたりで秋田道は一旦途切れていますが、鋭意工事をしていますのであと何年かすれば全通するでしょう。
碇ヶ関から東北道で青森までラストスパート。
青森市のホテル到着は17時半、氷見の自宅を出てからちょうど12時間でした。
その昔15年ほど前でしょうか、一度泊まったことがある青森中央IC近くのビジホです。
大浴場があるのでゆったりと休養できます。
なんとなく記憶に残っていました。
ホテルの窓から見た駐車場
5月3日(金曜日)
シニアの出番は午後からなのですが、10時に受付をして会場入り。
事前チェックでは、ホール地下の駐車場は料金が高いようなので、ホールの向かい側にあるタイムズに車を停めました(これは大正解でした)。
館内と客席の偵察をしますが、その昔一度来ている筈なのに、全く記憶に残っていません。
一夜漬けならぬ一週間漬けで大会に間に合わせてきたので、爪の状態も最悪、左手首は痛くて三味線は左手だけでは持てない状態。
満身創痍とはこのことかと思いながら、直前に弾きすぎても逆効果なので程々に練習します。
若い人ならともかく、シニアで直前にそんな弾いてたら疲れて本番で良いパフォーマンスできないのではと、他人の心配をしながら瞑想にふけるのでした。
エントリーは21人で、私はほぼ真ん中の9番目。
多分前回大会の上位入賞者はシードされて最後のほうになるのでしょうが、10数年ぶりなので関係無しだったようです。
何とか大きなミスも無く弾き終わりましたが、細かいミスは数えきれません。
自己採点は70点ほどでしょうか。
やはり一週間漬けでは自分で満足いく演奏とはほど遠いようです。
青森大会は、演奏終了後すぐに点数が出ます。
それまでは1分ほど司会者のインタビューがあります。
その時点の上位5人がステージに居残りと言うことになります。
何とか1位の椅子に座ることができ、その後はひやひやしながら最後まで何とかステージ上に留まることができました。
最後に弾いた成田建男さんが優勝、私は準優勝をいただきました。
爪や手首のコンディション最悪だったのに、上出来でした。
副賞の青天の霹靂4kg
同じく副賞のお茶・お菓子の詰め合わせ
終了後は、富山から見学(応援?)に来てくださった柴原大先輩、干場さんと合流して祝勝会を兼ねて市内の民謡居酒屋へ。
数年前に大腸憩室炎で入院して以来、アルコール類はめったに飲まなくなりましたが、この日はしっかり飲みました。
楽しい民謡居酒屋さんで、来年もまた来なくてはと誓って店を後にしました。
干場さんの運転でホテルまで送っていただき、落ち着いたところで妻からメールが。
妻の父親が亡くなったということで、4日、5日の予定は全てキャンセルして翌日早朝に帰路につくことになりました。
大会が終わってから知らせが来たのは、きっと義父の心遣いだと思います。
実は4日、5日は、せっかく青森まで来たので無線三昧をして帰る予定で、綿密な計画も立ててあったのですが、そんなこと言ってる場合ではないので、来年再度計画することにしました。
5月4日(土曜日)
早朝5時半にホテルをチェックアウト。
前払いだし、残りの一泊はキャンセルできないので仕方ありません。
また来年来ます。
ひたすら帰るだけなので、寄り道も一切なしで走ります。
この3日間雨が一滴も降りませんでした。
大体どこかで雨に遭うのですが、こんなことも珍しいです。
12時間かけて青森へ向かい、また12時間かけて無事富山まで戻り、亡き義父の顔を見ることができました。
5日が通夜、6日が葬儀で、無事に終了しました。
と、今年のGWは大忙しで終了しました。
また来年頑張って津軽詣をしたいと思います。