瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

夏陽炎 その4

2010年07月20日 19時20分41秒 | ワンピース






炎天下の坂道、陽射を避けてルフィと2人、緑陰の下に立った。

『蝉時雨』とは良く言ったもので、ミンミンシャワシャワ、本当に雨の如く鳴声が降って来る。


坂から見下ろした先には、陽炎がユラユラ揺らめいて見えた。


「どうだ?…その時と状況、おんなじか?」

「お、おう!!…全く、完全、瓜二つにな…!!」


緊張した面持ちで、ゴクリと唾を呑み込む。


……大袈裟な。


「んじゃ…行け!」


どんと背中を叩いてやった。


「――って本当に俺1人で向って行けっつうのかァ!??」

「…当り前だろ。こうゆう事は、独りで乗り越えてかなきゃならんもんなんだ!」

「…けどよ…また…もし見たら…」


また瞳に弱気が戻る。


「良いじゃねェか『夢』なら!折角だから、遠慮無く楽しめよ。」

「他人事みてーに言うな!」

「煩ェ!!実際他人事だっっ!!」


同い歳だろうが!!…てめェも…あいつも…!!

しかも俺11月産れだから、1番年下だぞ!!

なのに、どいつもこいつも…俺を何だと思ってやがる!?


「…日頃は恐い物知らずで鳴らしてる奴が、恐い夢見たくらいで、怯えてギャーギャー…っとに情けねェな…!!」

「怯えてねーよ!!ちっとも!!!」

「じゃあさっさと行けっっ!!!」


ムッとして怒鳴る口を掴み、後ろを向かせ、背後からドカリと蹴り上げた。

よろけたルフィがたたらを踏む。


と、くるんと首を回し、探るような目で、じーっと睨まれた。


「…何かゾロ…俺に八つ当たりしてねェ?」

「……気のせいだろ。」


そっぽ向き、視線を外す。


「そうかァ??………ま、良いか!」


そう言って、ふてぶてしい何時もの顔して笑った。

漸く調子が戻って来たらしい。


「…有難うな!ゾロ!」


にいっと虫歯1本も無い歯を剥き出して笑う。

つられてこっちも微笑した。


「…別にお礼言われる筋合無ェよ。頼まれて仕方なくしただけだ……傷付いてたみてェだから、会ったら謝っとけよ。」

「傷付く??何で???」

「お前に嫌われたと思って、傷付いてたじゃねェか!」

「俺がナミの事嫌いになる訳無ェじゃん。バカだなァ、あいつ!」


きょとんと目を丸くさせて言う。


「馬鹿はてめェだ」と言い掛けて止めた。


「まァ兎に角…礼なら、あいつに言え。」

「……解んねェけど、解った!――んじゃま、行って来る!!!」


気持ちを奮い立たせるかの如く、力強く宣言する。

前に出て、深呼吸に屈伸運動まで始めた。


…たかだか坂下るだけだってのに。


天然のフライパン化した道路に手を着き、用意ドンの体勢取った所で、またこっちを振向いた。


「…だけどゾロ……気を付けろよ。」


「……何がだよ?」



「…『夢』って、人から聞くと、うつるって言うぜ。」



意味深に笑う。



言い返す間も無く、ルフィはスタートした。


銀色に光る坂道を、真直ぐに駆け下りてく。


小さく縮んでく姿が、陽炎と重なる。


まるで水中に飛び込んでくかの様に思えた。




――あれは、陽炎なんかじゃなくて、




――時空の歪みから、やって来たんじゃないかって…




「…馬鹿馬鹿しい…。」


陽炎なんて、ただの光の屈折現象。

実体の無い幻じゃねェか。

イイ歳して…まったく笑い話だ。

今度ウソップにでもバラして、一緒に嘲笑ってやろう。


蝉の声が益々煩くなった。

脳に直接響いて、頭がぼう…っとなる。

幾分傾いたとはいえ、太陽はまだまだ高い位置に在った。

晴れてるのに、空気はベタついてる。

風も無く…この湿気じゃ、明日は雨かもしれねェ。

ナミに確認しとかねェと。

まったく、シャツが汗吸ってベトベトだ…今度こそ、帰って風呂入ろう。


…そう思った時だ。


陽炎の向うに、人影が見えた。


白っぽい像が、ユラユラ揺れている。


こっちへ早足で近付いて来る様だった。




――ナミだ。




白い、丈の短いワンピースを着ている。




――『夢』って、人から聞くと、うつるって言うぜ。




ざわりと総毛立った。


暑さとは違う種類の汗が、背中からどっと噴出す。


冷汗だ。


ナミが坂を駆け上り、こっちへ近付いて来る。


俺に気付いたらしく、顔を綻ばせた。




――陽炎の向うから……ナミが歩いて来たんだ。




――段々俺の方に近付いて来て…




――ナミは、白くて短いワンピースを着てた。




足が地面に凍り付いた様に動かない。


自分の鼓動が煩く響く。


ナミはもう、直ぐ傍まで来ていた。


目の前で、弾んだ息を整えてる。


オレンジの髪が、陽に反射してキラキラと輝く。


水中から上って来た様に、肌がしっとりと汗ばんでいた。




――それで――急に抱き付いて、




――気が付いた時には、




「……どうしたの、ゾロ?……怖い顔して黙りこくって…」




手を伸ばして、両肩を掴んだ。




冷んやりと、柔らかな感触が伝わる。




「………ゾロ?」




「…………『ナミ』…か…?」




「……見ての通り…。」




「………良かったっっ……!!」




情けねェ程、大きな溜息が漏れた。


汗で滑る肩を、しっかりと掴み直す。


その肩が小刻みに震え出した。


目を合せた瞬間、ナミは堪え切れないように爆笑した…


「…あんた達って、ほんっっとに似た者同士!!言う事為す事皆おんなじなんだもん!!も、おっかしいったらっっ…!!」


腹を抱えてケタケタ笑ってるナミを、呆然と見詰る。


「……さっき、この坂の下でね…ルフィと会ったの!!…まるでお化けにでも遭った風に血相変えて…私の肩掴んで…『ナミ…か…?』って…!!あんたとそっくりそのまま…!!」


「……人の気も知らずに…」


涙流してまで笑ってるナミに、舌打ちが零れる。


一気に力が抜けた。


肩を掴んだままだった事に気付き、慌てて手を離そうとする。


その手をナミに捕えられた。


「…喧嘩してまで引き摺り出してくれたの?有難ね、ゾロ!」


「…別に喧嘩までしちゃいねェよ。」

「だって…口、切れてるよ。ルフィはおでこに痣作ってたし。」


自分の唇横を指して、微笑む。


握られた右手に熱が灯った。


「お礼に冷たい物でも奢ったげる!今からマクド行こ!」


引張られた拍子に、足がよろける。

抜けた力が中々戻らない。


「要らねェよ、お礼なんて!…早く帰って風呂入りてェんだ、俺は!」


焦って振り払おうとして、今度は左腕を捕られちまった。

そのまま問答無用とばかりに、ズルズルと引き摺り下ろそうとする。


「持ってる割引券が今日までなの!お風呂なんて何時入っても同じでしょ!?」

「勝手言ってんじゃねェよ!!さっきは人に早く入れっつっといて、意見コロコロ変えんな!!」

「先にルフィ行かせて席取らせてんだから…早く!!」


「だからお前ら……偶には俺の事情も思い遣れェェ…!!!」


怒鳴られようと気にも懸けず、ナミは俺の腕を引張り、坂を駆け下りてく。



俺達の行く手には、ユラユラ揺れる陽炎の壁。



世界は、そこから違って見えた。





【了】



…書いたのは後でも、結果シリーズの第1話となった話。(汗)
このシリーズのテーマは「Sukoshi(少し)Fushigi(不思議)な青春の冒険」と言うか…勿論「何度も廻り合う」を書いてた時は、そんな事考えてもいなかったけど。(汗)
陽炎の中から出て来たナミが一体何だったのかは、お読み下さった方の想像に任せます。
っつうのは我ながら卑怯だと思いますです、はい。(汗)

ちなみに「何度も廻り合う」というタイトルは、あまり告白したくないんだけど(汗)、セーラームーン主題歌から思い付きました。

月ぃ~~の♪ひぃ~かぁ~りにぃ~♪みぃちびかぁ~れぇ~~♪
何~~度もぉ~♪廻りぃ~合う~~~♪――デレッ♪デレッ♪デレレレン♪

…という歌詞が、書いてた時何故か頭に浮んだもので。(汗)
ちなみに「夏陽炎」のタイトル元は特に無く…まんまって事で。(笑)



・2006年9月7日~9月16日迄、投稿部屋に投稿・連載させて頂いた作品。
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夏陽炎 その3

2010年07月20日 18時56分23秒 | ワンピース






正確に言えば、『ナミ』とじゃなかったかもしれねェ。

いや…でも、あれは『ナミ』だ、やっぱり『ナミ』だった。

何言ってんだか解んねェ?

俺だってよく解んねェんだよ。




お前が合宿行く前の日の前の日…駅まで坂下ってった時の事だ。

今日みたいにカンカン照りで、ものすげェ暑い昼だった。

坂の下の向うがユラユラ揺れてたんだ。


あ、陽炎だなって思った。


道や建物が歪んで見えるのが面白くて、しばらくボーッと眺めてた。


そしたら…陽炎の向うから……ナミが歩いて来たんだ。


ナミは……ユラユラ揺れながら…段々俺の方に近付いて来て…

俺に気付いて…にっこり笑ったんだ。

声をかけようとしたけど…何故か出て来なかった。

その時には、もう揺れてなくて…はっきりして見えた。


直ぐ傍まで来て…また笑った。

けど…ナミも黙ってた。

ナミは、白くて短いワンピースを着てた。


それで――急に抱き付いて、俺にキスをしたんだ。


びっくりした…けど…ナミの口、グミみたいにプニプニしてて…

ナミの舌を俺…思い切り吸い込んだ。

ナミも俺の舌を吸い返した。

脳みそがふっとうして爆発しそうになった。


ナミの肌はゆで玉子みたくツルツルで、冷やっこくて気持ち良かった。

汗でヌルヌル滑らないよう、俺、しっかりと抱締めた。


気が付いた時には、俺もナミも裸になって、抱き合ってた。

不思議と誰も通らない坂道で、寝転んでた。

コンクリートの上、ジリジリと背中が焼けるように感じた。

ナミの汗が俺の体の上に、ポタポタと降って来た。

汗まみれのナミは、まるで水から上ったみてェで、キラキラ陽に反射して綺麗だった。


何処を触っても餅みたいに柔らかくて。

何処を舐めても果物みたいに甘くって。


俺が何かする度に、ナミは見た事も無い顔してみせた。

聞いた事無い声を出した。

それが嬉しくて、俺は何度も、ずっと…ずっと……


……何時の間にか、空が夕焼になってた。


ナミは何処かへ消えちまって……俺は道の端っこで、1人突っ立ってたんだ。


坂の下に見えてた陽炎も、消えちまってた。




ルフィは話し終えると、下向いて黙りこくっちまった。


おもむろに伸ばした手を額に当てる。

その手をばしっと払い除けられた。


「…熱なんて無ェぞ!」


かつて無いシリアスな形相で、俺を睨め付ける。


「熱射病かと思った。」

「俺は正常だ!!」

「異常者は皆そう言うんだって。」

「ウソじゃねェ!!本当に有ったんだ!!それも3回も!!」

「3回?」


「…最初は俺だって夢だと思ったさ。
 
 けど!それから続けて2度、全く同じ事が起きたんだ!

 場所は違うけど…ナミは決まって陽炎の向うから現れて…

 それで…俺と……俺と……!」


「確かに不思議な夢ではあるな。」

「夢じゃねェって言ってるだろ!!」


胸倉を思い切り掴まれた。

駄目だ、こりゃ…完全に頭に血が昇ってやがる。


「夢じゃなけりゃ…何だって言うんだよ?」


至近距離から睨み合う。

黒い瞳に、俺の顔が映って見えた。


「…考えたんだ…俺。

 あの『ナミ』は…こことは別の世界で生きてる『ナミ』で…

 時空の歪みから、やって来たんじゃないかって…

 あれは、陽炎なんかじゃなくて、時空の扉――痛ェェ!!!」


聞いててあんまりアホらしくて、つい、ビシッとデコピンかましちまった。


「馬鹿か、おめェ。…SF漫画の読み過ぎだ!」

「…じゃ…じゃあ!ゾロは何だって言うんだ!?」

「だから『夢』だろ。」

「真昼間に目を開けて夢見る奴なんて居ねーよバカ!!」

「『白昼夢』っつってな、目を開けたまま見る夢も有るんだよ。」

「本当に有ったんだ…!!!…あの時の、熱も、色も、味も、感触も…皆リアルにはっきり残ってんだぞ!!!」

「夢っていうのは、見てる内はリアルに感じられるもんなんだよ。熱も色も味も感触も、全てな。」

「…けどよォォ!!!」

「…んだよ?そんなに夢であって欲しくないのか?」


意地悪が口を突いて出る。

掴まれてるシャツから、緊張が伝わって来た。


「…じゃ、訊くけどな。ナミが消えた後、服は着てたか?」

「……着てた。」

「パンツはどうなってた?…汚れてたか?」

「……よ…汚れてた。」

「見ろ、やっぱり『夢』じゃねェか!」


ルフィが俯いて唇を噛む。

黒髪の隙間から、普段と全く違う、弱々しい目が覗いていた。


「………なら…何で…俺…あんな事…」

「…そりゃ…お前がナミを女として意識したからだろ。」

「……意識?」

「お前の中に、『ナミを抱きてェ』って意識が芽生えたんだよ。」


――いきなり頬を殴られ、ぶっ飛ばされた。


背後でCDか何かが割れた様な音がした。


「ふざけんなっっ!!!俺はナミにあんな事をしようなんて考えてねェ!!!!」


……っっの野郎…上等だっっ…!


直ぐ様応戦して蹴りを入れる。

次いで背中にエルボー食らわし、ゴミに埋めてやった。


大体、何の義理有って、俺がてめェの相談乗ってやんなきゃなんねェんだ!!


「…ぶち切れてんじゃねェよ!!!!…高校生にもなって往生際の悪ィ!!!……男はな!年頃になったら、誰でもスケベな夢見るような体になるんだ!!そんで大抵の奴が、母親とか姉とか妹とかクラスメートとか…自分と近しい女とヤる夢を見ちまうもんなんだ!!!」


……埋まったまま、ルフィは返事を寄越そうとしない。


雪崩を起した雑誌やCDや空き缶の隙間から、荒い息だけが届く。


「罪悪感持つのは解るけどな。メデタクも、お前が大人になった証拠なんだよ。…今度、赤飯でも炊いて貰え。」


「………じゃあ…」

「…んあ?」


――ムクリと起上がり、再び胸倉を掴まれた。


「…じゃあ!!…ゾロもそうゆう夢を見た事有んのか!!?」

「――はぁっっ!??」

「ナミとヤる夢見た事有んのか!!?」


目を爛々と光らせ、問詰めて来る。


「い!…いきなり何だよっっ!??」

「有んのか!!?無いのか!!?」

「だから、それはっっ…!!!」

「どっちだよ!!?はっきり言えよな!!!!」

「有るに決まってんだろうがボケ野郎!!!!!」


――しまった…ノせられたっっ…!!


「……有る…のか…?」


手がゆっくりと離れてく。

肩で息したまま、ルフィが腰を落す。


…耳に、クーラーの吐く音が戻って来た。


「……そうか…ゾロも見た事有るのか…俺だけじゃねェんだ…」


俯いたまま、ルフィが呟く。


「…あんだけ近くに居るんだ…そりゃ見るさ……」


誰に言うでもなく、呟いた。


「……そうか……何だ………そうかーーー……」


芯から安堵した様に、ルフィが長い溜息を吐いた。



……窓から空を眺める。


青空ピーカン照り、まだまだ茹だる程の熱さだろう。


「…此処に居ても埒が明かねェ。表へ出るぞ。」





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夏陽炎 その2

2010年07月20日 18時55分25秒 | ワンピース






あんたが行って直ぐだから……もう1週間になるわ。

ずっと家に引籠ったままなの。

あのルフィがよ…信じられる?

理由を訊こうと家へ行っても、会ってくんないの。

おばさんの居る時狙って、中入れて貰ったりしたんだけど…


――ナミ帰れ!!お前とは顔合せたくねェ!!!


……って…部屋に閉籠って、絶対私と顔合せようとしないのよ。

何が何だか解らない……。




話し終えて、しょんぼりと俯く。

体はいっちょまえでも、中味はまるでガキだ。


「…嫌われるような事、言ったりしたりした覚え、無いんだけどなァ。」

「今更ちょっとやそっとの事で嫌いになるとは考え難いしな。」

「何その含みの有る言い方?」


顔を上げて、キッと俺を睨む。

…元気じゃねェか。


「男同士、あんた相手なら、話してくれるかもと思って…私の代りに、会って話聞いてくんないかなァ?」


…ああ、成る程…話が漸く見えてすっきりした。

反面、急に苛立ちが襲って来る。

頭をガリガリと掻いた。


「放っときゃ良いんじゃねェのォ。」

「放っといたら、ずっと引籠ったままよ!不健康じゃない!」

「後1週間もしたら新学期始まるんだ。そうしたら嫌でも外へ叩き出されて来るさ。」

「引籠ったまま夏休み終えさせろって言うの!?そんなの可哀想でしょ!!」

「可哀想ったって、本人が出たくないってんだから。…あのな、心配しなくても、男は皆、そうなる時期が有るんだよ!」

「…そうなる時期?……何それ??」

「第二次性徴…つまり『性の目覚め』だ。」

「性の目覚め!?ルフィがァァ!??」


鳩に豆鉄砲食らった顔して、ナミが叫んだ。


「話聞いててピンと来た。ルフィはお前を女として意識して、それで逃げてんだよ。」

「……そんな…まさか…有得ないわよ!」

「何で有得ないんだ?あいつだって立派に男だぜ。」

「…そりゃそうだけど…けど今更、私を女として意識だなんて…あいつと私は、小学校高学年まで、一緒に寝たり、お風呂入ったりしてたのよ!」

「…言っとくが、もう2度とすんじゃねェぞ。」

「何よ、あんたとだって、ちょくちょく一緒に寝てたじゃない。」

「まァ、だとしてだ…個人の性の問題に他人が口出せるもんじゃねェ!!ルフィ本人が自力で片付けるまで、お前は黙って待ってろ!!」


さっきより更に強くテーブルを叩いた。

上に置かれてたグラスが、ガシャンと派手な音を立てて跳ねる。

2つのグラスの底には、融けた氷が水になって溜っていた。


俺の剣幕に圧されたのか、ナミは暫く黙って俯いていた。


「……でも……折角の夏休みなのに…」


グラスの縁を撫でながら、口を開く。


「…プールの券も…映画の券だって…まだ残ったままなのに……後少しで、夏休み終っちゃうのに…」


言葉が途切れて、静寂に包まれる。

クーラーの排気音だけが、耳に届いた。

オレンジ色した短い髪が、クーラーの風でそよそよと揺れる。

俯けた頭の真ん中に、つむじが見えた。


剥き出しの肩や胸元に目が行く。

幼い仕草に不似合いな、大人の体…。

急に、息苦しさを感じた。


「…解った。今からルフィに会って、話聞いて来てやるよ…だから――もう2度と、勝手に俺ん家入るんじゃねェ!!!」


肩で息して怒鳴る俺を、ナミは両手にグラス抱え、きょとんとした顔で見詰た。




――ドドドン…!!


「ルゥゥフィィィー!!!ルゥゥフィィィー!!!」


――ドドン…!!ドドドドン…!!


立て続けにノックして怒鳴るも、ドアはうんともすんとも言わず。


「…居ないんじゃねェの?」

「居るわよ!!ドア触れてみなさい!気配がするから!」


言われて、触れてみる。


…成る程、鉄のドア越しに、息を潜めて居る気配が伝わって来た。

天才的に隠れるのが下手な奴だ。


「あんにゃろ、鍵開けて入って来れないよう、チェーンまで掛けて篭城してんのよ…!――こらルフィ!!居るの解ってんだからねっっ!!いいかげん投降しろっっ!!」


――ドドドドドン…!!!


それでも一向に天の岩戸は開かれようとしない。


「…まったくもう、毎日心配して来てやってんのに…!」

「そりゃ近所も毎日迷惑してるだろうなァ…。」

「ルフィ!!!聞いてるんでしょ!?ゾロが合宿から帰って来てるの!!それで久し振りにあんたの顔が見たいって!!私は場を外したげるから、ドア開けて入れたげて!!…解ったァーー!!?」


エコーが治まり、廊下にしじまが戻る。

ドアは変らず沈黙したままだ。

ほう…っと諦めの溜息吐いて、ナミが言った。


「…見ての通り、私とは絶対顔合せようとしない構えなの。だから、後は任せたわ。…私は一旦場を外して、1時間くらいしたら戻って来るから。」

「んな事言って、俺まで入れて貰えなかったら、どうすんだよ!?この熱い中、ずっとドアの前で待ってろってのか!?」

「私が居なくなったら、ドア開けて入れてくれるわよ、きっと!嫌われてるのは私だけなようだから!」


そう言って、にっこりと皮肉を込めた笑みを零す。


「…じゃあねルフィ!!!ゾロ置いて、私行っちゃうから!!!…早く中入れてあげなさいよ!!!でないとこの暑さじゃ、10分もしない内に干からびちゃうかもしれないわ!!!」


そう言い残して、ナミはくるりと反転し、エレベーターホールへ向った。

後姿が見えなくなり、エレベーターの開閉音が響く。


閑けさの中、遠くから蝉の声が聞えた。



暫くすると――ガチャリと鍵を開ける音がして、ギィィ…と扉が3㎝だけ開かれた。

隙間から覗いた目が光る。


「……行ったか?」

「ああ…怒って行っちまったぞ。」

「…行ったふりして、どっか隠れてるなんて事無ェ?」


「そんな訳無ェだろ」と言い掛けて、背筋に悪寒が走る。


つい振り返って、廊下の四方隅々まで確認を取った。

…いや、あいつなら有得そうで。


「大丈夫だ。少なくとも、もうこの階には居ねェよ。」

「……そうか。」


それでも安心出来かねるのか、ルフィは3㎝以上開こうとしねェ。


「……あのよ…外、熱ィから…取敢えず中入れてくんねェか?」


「……。」


「おめェと話しねェと…俺、自分家に居られねェんだわ…迷惑な事に。」


覗いた目が逡巡してる様子で、キョロキョロと動く。


少々の間を置いて、ガチャガチャとチェーンを外す音が届いた。




団地なんで、間取りは俺ん家と変らねェ。

玄関開けると直ぐ台所で、左は便所に洗面所。

台所に続いて六畳の居間と、狭いベランダ。

居間の左の四畳半が、ルフィの自室に充てられてる。

贅沢にもクーラー付の部屋は、足の踏み場も見当んねェ程、ゴミでぎっちり埋められていた。

寝る時は何処に布団を敷いてるのか?…皆目見当付かねェ。


「相っっ変らず汚ェなァ。部屋中がゴミ箱じゃねェか。」

「ゴミじゃねェって!皆必要なもんだぞ!相変らず失礼な奴だな、お前!」

「俺にゃ全部ゴミにしか見えねェよ。」

「ゾロの部屋こそ、物無さ過ぎで、さっぷーけーじゃねェか!」

「すっきりしてると言ってくれ。」


兄貴が居た内は、まだ片付いてたんだが…今春卒業して外国行っちまってからは、最早野放し状態だ。

こないだの衣替え直前、ナミに無理矢理掃除しに入られて、泣く泣く全部棄てさせられたらしいが。


適当な場所を足で払って、見えた畳の上、胡坐を掻く。

ルフィも俺の真向いに、同様にして胡坐を掻いた。


「それにしてもゾロ…お前、メチャクチャ日に焼けたなー!」


しげしげと人の顔を眺め、感心したように言う。


「1週間ずっと外駆けずり回ってたからな。…おめェこそ、真っ黒焦げだぜ。」

「しししっ♪毎日プール行ったりして、遊びまくったからな♪」

「けど、此処1週間は部屋引籠ってたそうじゃねェか。」


途端に視線を逸らして黙った。


「おめェらしくねェって…ナミのヤツ、心配してたぞ。」


Tシャツの袖を捲り、肩をペリペリと剥き出す。


「まァ、そうしてる理由は、何となく察しが付いてるが……スケベな夢でも見たか?」


貼って暫く経ったセロテープの様な皮が剥けた。


「ナミとヤる夢でも見たんだろ?……それで、顔合せ辛くて逃げてるのか?」


剥けた皮をフッと吹いて、俺の方寄越す――汚ェなっっ。


「………夢なんかじゃねェよ。俺は…ナミと……ヤッた。」


くぐもった声で、ルフィは告げた。





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夏陽炎 その1

2010年07月20日 18時54分10秒 | ワンピース
或る男が夢を見た。

とても恐ろしい夢だった。


次の日も夢を見た。

昨夜の悪夢の続きだった。


その次の日も夢を見た。

やっぱり昨夜の続きだった。


男はすっかり怯えて、塞ぎ込んだ。

心配した友人が、男に訳を訊いた。


男は友人に、最近、恐い夢を続けて見ている事を話した。

その友人は、とても勇気の有る人間だったので、笑って言った。


「なら、その夢の内容を、俺に詳しく聞かせてくれ。
 君の代りに、俺がその悪夢を引き受けてやろう。」


男は友人に、夢の内容を詳しく話して聞かせた。

その日以来、男は悪夢を見なくなった。


しかし友人は――2度と目を覚まさなかった。






                      【夏陽炎】





駅から1歩出た途端、ギンギラに照った陽射に殺されかけた。

ジュワッと靴底が焼けた気がして足下を見る。

ギラギラ照返してるコンクリの上に、影が真っ黒く焦付いていた。

『暑ィ』じゃねェ、『熱ィ』…何で東京はこんなに熱いんだ!?

異常気象だ、ヒートアイランド現象だ、つかこの車社会が悪い!

夏は地球に優しく、自転車で走っとけ!

八つ当り気味に車の波を睨む――と、直線に伸びた道路の奥が、揺らいで見えた。

真っ白く焼けた街並の、遠くの方だけが、ユラユラユラユラ。


……ああ、そうか、陽炎だ。


まるで水中に在る様な景色。

世界が、そこから違って見えた。




住んでる団地までは、駅から坂道上って約5分。

エレベーター乗って階のボタン押し終え、漸く一息吐く。

荷物が熱保ってて、背中が熱ィ。

服が汗でべっとり貼付いて気持ち悪ィ。

けど、それを拭う気力も湧かねェ。

帰ったら直ぐに風呂へ入るぞと心に決めて、エレベーターから降りる。

鍵を挿込み、勢い良くドアを開けた。

中から心地良い冷気が流れて来て、ぎょっとする。


「あ!お帰り、ゾロ!暑かったでしょォ!?今、麦茶淹れたげるねv」


誰も居ない筈の家に、明るく響き渡った女の声。


――真夏の怪奇ミステリーだ。




「何でお前が俺ん家に居るんだナミ!?」

「今日の昼には合宿から帰るって聞いてたから、クーラーで部屋冷しといて、待っててあげようと思ったのよ。」


玄関で叫ぶ俺を尻目に、ナミは冷蔵庫から硝子ポットを取り出す。


「暑い中帰って来る友人の為、冷たい麦茶まで用意してあげて…優しさが心に沁みるでしょォ?」


慣れた手付きで氷入りグラスを2つ用意し、ポットから麦茶を注ぐ。

ピキピキと氷が爆ぜる音が響いた。


「………微妙に答えになってねェよ。」


部屋の冷え具合から察するに、30分は前に来て、寛いで居やがったんだろう。

ドアを開けて、目に入った無防備な姿がフラッシュバックする。


胸の大きく開いた、白い、丈の短いワンピース。

仰向けに寝転び、漫画雑誌を読みながら、食み出た素足を高く組んで――


――お帰り、ゾロ!


汗が冷えてくのと反比例して、中心からジワジワと熱が広がる。


「…何時まで玄関に突っ立ってんの?早く中入って座ったら?」


振り返ったナミが、不思議そうに尋ねる。

慌てて台所を通り、奥の居間へと向った。

背負ってた竹刀と学生鞄を放り投げ、ベランダを背にして乱暴に座る。

さっきまでナミが敷いてた紺地の座布団は、未だじんわりと熱を保っていた。

背後からナミが、麦茶を2つ盆に載せて運んで来る。

そうして「はい」と俺のテーブル前に置き、もう1つは真向いの席に置いた。

畳の上、無造作に足を投げ出し座る――瞬間、目の前でぷるんと胸が弾んだ。


喉がカラカラに渇く。

麦茶を一気に呷った。

それでも、奥で燻る熱は冷めない。


「よっぽど日干しになってたのねェ…お替り持って来る?」


頬杖ついて、ナミが呆れたように微笑んだ。

赤い唇に視線が吸寄せられる。


「ああ……頼むわ。」


融ける間も無く残された氷が、カランと音を立てて崩れた。




ナミとは、高校1年現在になるまで、十年以上の付合いになる。

俺ん家下の左隣に住んでて、ずっと同級だった事も手伝って、何だかんだと良くつるんでいる。


もう1人『ルフィ』ってのが居て、そいつと合せて3人、所謂『幼馴染』ってヤツだ。

ルフィとナミは隣同士でずっと同級…或る意味、俺以上に付合いが長くて深い。


3人揃って親が共稼ぎで日中居ないもんで、幼い頃から一緒に飯食ったりと、傍で過す機会が多かった。

1人で寂しい思いさせるよりも良いとの思惑が、親達に有ったんだろう。

俺もルフィもナミも、ガキの頃から鍵を3つ持たされ、出入自由を許されている。


……けどよ、そろそろ年齢制限掛けるべきじゃねェか?




つらつら考えてる内に、グラスには新しい麦茶が注がれていた。

手を伸ばして喉に流し込む。

また直ぐに空になった。

用意良く持って来てた麦茶ポットから、3杯目を淹れて貰う。


「東京の夏は暑いでしょ?」

「まったくな…風は無ェわ、コンクリ焼けて反射してるわ、とても人が生きられる環境じゃねェよ。」

「生卵道路に落したら、3秒で目玉焼き作れるかもね。」

「1秒も掛かんねェと思うぜ。」

「此処1週間ずっっとピーカン照りだったから…昨夜珍しく朝まで雷雨だったけど、今日の陽気であっという間に干上ったわ。」

「それで水蒸気発生して、尚更熱くなったんじゃねェの?」

「向うは涼しかった?」

「暑くはあったが…風が吹いてるだけでも違うさ。」

「防具着けて練習したりしたんでしょ?きつかったんじゃない?」

「いや、夏は基礎鍛錬中心つって、階段走って下りたり上らされたりするばっかでよ…まァ、暑い日中防具着けて練習させられたら、脱水症状起して倒れかねんしな。」

「そういえば制服…汗ベトベトで酷いわよ。見てるだけで暑苦しい。早くシャワー浴びてくれば?」


顔を顰めて言って、袖を引張ろうとする。

反射的に避けた。


「…おめェが帰ってから浴びるよ。それより――いいかげん、用件を話せ!!」


両手でドンとテーブルを叩いて、ドスを効かせた。


「甲斐甲斐しく麦茶用意して待って居やがって…俺に何か頼み事したくて此処に来やがったんだろがっっ!!」

「あはは♪…やっぱバレてた?」


ペロリと舌を出して、上目遣いにおどけて笑う。

しかし直ぐに深刻な顔付に変り、こう言った。


「…此処んトコ、ルフィの様子が変なの。」





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