瀬戸際の暇人

今年も偶に更新します(汗)

夏陽炎 その1

2010年07月20日 18時54分10秒 | ワンピース
或る男が夢を見た。

とても恐ろしい夢だった。


次の日も夢を見た。

昨夜の悪夢の続きだった。


その次の日も夢を見た。

やっぱり昨夜の続きだった。


男はすっかり怯えて、塞ぎ込んだ。

心配した友人が、男に訳を訊いた。


男は友人に、最近、恐い夢を続けて見ている事を話した。

その友人は、とても勇気の有る人間だったので、笑って言った。


「なら、その夢の内容を、俺に詳しく聞かせてくれ。
 君の代りに、俺がその悪夢を引き受けてやろう。」


男は友人に、夢の内容を詳しく話して聞かせた。

その日以来、男は悪夢を見なくなった。


しかし友人は――2度と目を覚まさなかった。






                      【夏陽炎】





駅から1歩出た途端、ギンギラに照った陽射に殺されかけた。

ジュワッと靴底が焼けた気がして足下を見る。

ギラギラ照返してるコンクリの上に、影が真っ黒く焦付いていた。

『暑ィ』じゃねェ、『熱ィ』…何で東京はこんなに熱いんだ!?

異常気象だ、ヒートアイランド現象だ、つかこの車社会が悪い!

夏は地球に優しく、自転車で走っとけ!

八つ当り気味に車の波を睨む――と、直線に伸びた道路の奥が、揺らいで見えた。

真っ白く焼けた街並の、遠くの方だけが、ユラユラユラユラ。


……ああ、そうか、陽炎だ。


まるで水中に在る様な景色。

世界が、そこから違って見えた。




住んでる団地までは、駅から坂道上って約5分。

エレベーター乗って階のボタン押し終え、漸く一息吐く。

荷物が熱保ってて、背中が熱ィ。

服が汗でべっとり貼付いて気持ち悪ィ。

けど、それを拭う気力も湧かねェ。

帰ったら直ぐに風呂へ入るぞと心に決めて、エレベーターから降りる。

鍵を挿込み、勢い良くドアを開けた。

中から心地良い冷気が流れて来て、ぎょっとする。


「あ!お帰り、ゾロ!暑かったでしょォ!?今、麦茶淹れたげるねv」


誰も居ない筈の家に、明るく響き渡った女の声。


――真夏の怪奇ミステリーだ。




「何でお前が俺ん家に居るんだナミ!?」

「今日の昼には合宿から帰るって聞いてたから、クーラーで部屋冷しといて、待っててあげようと思ったのよ。」


玄関で叫ぶ俺を尻目に、ナミは冷蔵庫から硝子ポットを取り出す。


「暑い中帰って来る友人の為、冷たい麦茶まで用意してあげて…優しさが心に沁みるでしょォ?」


慣れた手付きで氷入りグラスを2つ用意し、ポットから麦茶を注ぐ。

ピキピキと氷が爆ぜる音が響いた。


「………微妙に答えになってねェよ。」


部屋の冷え具合から察するに、30分は前に来て、寛いで居やがったんだろう。

ドアを開けて、目に入った無防備な姿がフラッシュバックする。


胸の大きく開いた、白い、丈の短いワンピース。

仰向けに寝転び、漫画雑誌を読みながら、食み出た素足を高く組んで――


――お帰り、ゾロ!


汗が冷えてくのと反比例して、中心からジワジワと熱が広がる。


「…何時まで玄関に突っ立ってんの?早く中入って座ったら?」


振り返ったナミが、不思議そうに尋ねる。

慌てて台所を通り、奥の居間へと向った。

背負ってた竹刀と学生鞄を放り投げ、ベランダを背にして乱暴に座る。

さっきまでナミが敷いてた紺地の座布団は、未だじんわりと熱を保っていた。

背後からナミが、麦茶を2つ盆に載せて運んで来る。

そうして「はい」と俺のテーブル前に置き、もう1つは真向いの席に置いた。

畳の上、無造作に足を投げ出し座る――瞬間、目の前でぷるんと胸が弾んだ。


喉がカラカラに渇く。

麦茶を一気に呷った。

それでも、奥で燻る熱は冷めない。


「よっぽど日干しになってたのねェ…お替り持って来る?」


頬杖ついて、ナミが呆れたように微笑んだ。

赤い唇に視線が吸寄せられる。


「ああ……頼むわ。」


融ける間も無く残された氷が、カランと音を立てて崩れた。




ナミとは、高校1年現在になるまで、十年以上の付合いになる。

俺ん家下の左隣に住んでて、ずっと同級だった事も手伝って、何だかんだと良くつるんでいる。


もう1人『ルフィ』ってのが居て、そいつと合せて3人、所謂『幼馴染』ってヤツだ。

ルフィとナミは隣同士でずっと同級…或る意味、俺以上に付合いが長くて深い。


3人揃って親が共稼ぎで日中居ないもんで、幼い頃から一緒に飯食ったりと、傍で過す機会が多かった。

1人で寂しい思いさせるよりも良いとの思惑が、親達に有ったんだろう。

俺もルフィもナミも、ガキの頃から鍵を3つ持たされ、出入自由を許されている。


……けどよ、そろそろ年齢制限掛けるべきじゃねェか?




つらつら考えてる内に、グラスには新しい麦茶が注がれていた。

手を伸ばして喉に流し込む。

また直ぐに空になった。

用意良く持って来てた麦茶ポットから、3杯目を淹れて貰う。


「東京の夏は暑いでしょ?」

「まったくな…風は無ェわ、コンクリ焼けて反射してるわ、とても人が生きられる環境じゃねェよ。」

「生卵道路に落したら、3秒で目玉焼き作れるかもね。」

「1秒も掛かんねェと思うぜ。」

「此処1週間ずっっとピーカン照りだったから…昨夜珍しく朝まで雷雨だったけど、今日の陽気であっという間に干上ったわ。」

「それで水蒸気発生して、尚更熱くなったんじゃねェの?」

「向うは涼しかった?」

「暑くはあったが…風が吹いてるだけでも違うさ。」

「防具着けて練習したりしたんでしょ?きつかったんじゃない?」

「いや、夏は基礎鍛錬中心つって、階段走って下りたり上らされたりするばっかでよ…まァ、暑い日中防具着けて練習させられたら、脱水症状起して倒れかねんしな。」

「そういえば制服…汗ベトベトで酷いわよ。見てるだけで暑苦しい。早くシャワー浴びてくれば?」


顔を顰めて言って、袖を引張ろうとする。

反射的に避けた。


「…おめェが帰ってから浴びるよ。それより――いいかげん、用件を話せ!!」


両手でドンとテーブルを叩いて、ドスを効かせた。


「甲斐甲斐しく麦茶用意して待って居やがって…俺に何か頼み事したくて此処に来やがったんだろがっっ!!」

「あはは♪…やっぱバレてた?」


ペロリと舌を出して、上目遣いにおどけて笑う。

しかし直ぐに深刻な顔付に変り、こう言った。


「…此処んトコ、ルフィの様子が変なの。」






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