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太子の未来記とユダヤ伝説その他を結びつけたトンデモ予言本:五島勉『聖徳太子「未来記」の秘予言』

2021年07月04日 | 聖徳太子をめぐる珍説奇説
 『日本書紀』の推古紀は、厩戸皇子を神格化した記事で満ちており、その一つが元年条の「兼ねて未然を知る(前もって、まだおきていないことを知っていた)」という記述です。ちなみに、「兼」を「前もって・あらかじめ」の意味で用いるのは、森博達さんが指摘しているように変格語法です。

 このため、中世には聖徳太子に仮託された「未来記」、つまり、予言書がたくさん生まれています。太子の「未来記」を含めたこうした書物については、小峯和明さんが『中世日本の予言書―“未来記”を読む』(岩波新書、2007年)、『予言文学の語る中世: 聖徳太子未来記と野馬台詩』(吉川弘文館、2019年) などで論じ、その時代背景を明らかにしています。戦乱、社会変動、疫病の流行などが続いて不安が高まった時期には、こうした予言書が登場しがちなのです。

 同様に社会不安が高まった平成の世に、梅原猛の珍説(こちら)の刺激を受けてこうした怪しい予言書を復活させ、世界各地に広まっているユダヤ人伝説と結びつけたトンデモ予言本が出ました。

五島勉『聖徳太子「未来記」の秘予言ー1996年世界の大乱、2000年の超変革、2017年日本は』
(青春出版社、1991年)  

です。国会図書館で検索したら、1991年9月刊となってましたが、私の手持ち本は初版であるのに、奥付には刊行年月日が入ってません。

 旅行ガイド本などだと、情報が古いと思われたくないため、奥付には刊行年月を入れず、カバーにだけ印刷したり、カバーでも目立たないところに小さく入れるだけの本がありますが、予言本も同様な状況なので敢えて入れなかったか。

 1973年に、1999年7月に世界は滅亡すると説いた『ノストラダムスの大予言』を刊行し、200万部を超える大ベストセラーにして有名となった五島氏は、友人から梅原の『隠された十字架』に関する上位層の僧侶たちの感想を聞きます。その僧侶たちは、法隆寺や四天王寺などには、太子が建てられた建物に「みらいぞう」があるとする秘伝が伝えられていると語った由。

 五島氏は「未来像」「未来蔵」のいずれにせよ、未来を予言するものがあるのだと確信し、『ノストラダムスの大予言』の類と各種の太子の「未来記」を結びつけ、次々に空想をくりひろげていきます。

 その空想を支えたのは、佐伯好郎などが展開していた日本への景教影響説とユダヤ人影響説でした。言葉がちょっとでも似ていると、何でもかんでもその影響とする佐伯は、秦氏の「秦(はた)」は景教では「主教」の意味だったとし、太子の側近であった秦河勝はユダヤ人の宗教家だったとするなど、珍説をくりひろげていました。

 五島氏はその影響を受けたのであって、「類は友を呼ぶ」というか、「トンデモはトンデモを呼ぶ」のです。こうしたこじつけをやれば、何でも好きなように解釈できるでしょう。

 私も、玄奘三蔵がインドで学んだナーランダ寺の滅亡をテーマとした歌が日本に伝えられていると指摘したことがあります。「♪咲いた、咲いた、チューリップの花が、な~らんだ、な~らんだ、赤白黄色」と歌う童謡の「チューリップ」がそうだと説いたのです。

 「咲いた」は本来は「サンヒタ」であってサンスクリット語で「集められた」の意、「チューリップ」の「チユ」は「死ぬ」、「リップ」は「汚す」という意味の動詞であって、偶像崇拝を嫌うイスラム勢力がインドに侵入した際、インド最大の仏教寺院であったナーランダ寺の僧侶たちが集められて虐殺されたことを嘆いた悲惨な歌なのだ、と主張したのです。

 むろん、冗談であって、こんなこじつけをやれば、何でも言えることになります。五島氏はまさにそうしたこじつけを重ねていったあげく、「聖徳太子の黙示録」が存在すると言い出して、1996年の世界大乱が予言されているとします。

 そして、釈迦は自分の死後、2500年後に天界から超ハルマゲドンがもたらされと予言しており、その破滅の危機を救うのが、人類が進化した「超人類」であって、それを形にしたのが法隆寺の救世観音像であり、聖徳太子は人類は2000年に大きな変革を迎えると予言していたと主張するのです。「救世」は未来の救い主であるメシアのような存在を意味すると見るのですね。

 しかし、予言された1996年には大戦争などは起きませんでしたし、2000年も日本で起きたのは、有珠山・三宅島の噴火とか、自民党が敗れて民主党勢力が伸びたとか、旧石器捏造事件の発覚とかであって、人類が生物学的に進化して大きく変わったという話は聞いていません。

 そもそも、五島氏は、「世間虚仮(こけ)」という太子の有名な言葉を紹介する際、「虚仮」に「きょか」とルビを振っており、他にも似たような間違いをやってます。仏教知識がゼロに近いのに、聖徳太子について論じるとは、いい度胸ですね。

 というか、そういう人だからこそ、自分が考えていることを「聖徳太子は憲法十七条でこれこれと説いていた」「太子の未来記が述べているのは、実はこれこれの予言なのだ」などと自信たっぷりに述べるわけです。実際には、中世の未来記などの多くは後づけであって、既に起きたことを「実は大昔に予言されていた」と説くパターンが多いのですが。

 五島氏のこの本では、恐ろしいことがいろいろ予言されているものの、もっと恐ろしいことがあります。本の帯で「ユダヤ、聖書予言を超えた恐るべき宿命! ……封じられた予言がいま的中する」とあおっているこの『聖徳太子「未来記」の予言』の裏表紙に、「キャスター 生島ヒロシ」氏の推薦文に加え、「国学院大学文学部教授・文学博士 中国長春市・東北師範大学客員教授」という長々しい肩書きを名乗る阿部正路氏の推薦文が掲載されていることです。

 阿部氏は「文字暗号の解読など、丹念な調査、大胆な推理と着想には舌を巻く思いだ」と賞賛しています。文学部の教授がそういうことを言うとは、なんと恐ろしいことか!

 そう言えば、この「珍説奇説シリーズ」の第1回でとりあげた「法隆寺の五重塔は送電塔がモデル」というトンデモ説も、大学の教員の論文であって、「秦氏=ユダヤ人」説が説かれてましたね(こちら)。やはり、類は友を呼ぶようであって、大学の教員だからといって安心はできません。
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