聖徳太子研究の最前線

聖徳太子・法隆寺などに関する学界の最新の説や関連情報、私見を紹介します

日本仏教の基本教理を知るうえで有益な大竹晋『宗祖に訊く』

2015年07月25日 | 論文・研究書紹介
 有益な本が出ました。

 大竹晋さんの『宗祖に訊く--日本仏教十三宗 教えの違い総わかり』(国書刊行会、2015年7月、4500円)です(AMAZONだと、こちら)。

 この本は、現存する主要な日本仏教の宗派の開祖たち(天台大師、善導和尚、慈恩大師、黄檗希運禅師など、中国の祖師も含む)に集まってもらい、司会者の仕切りのもとで語りあってもらった、という架空対談集です。




 とりあげているのは、法相宗、律宗、華厳宗、真言宗、天台宗、日蓮宗、融通念仏宗、浄土宗、浄土真宗、時宗、臨済宗、黄檗宗、曹洞宗という13の宗派です。教判論・行位論・真理論・心識論・仏性論・煩悩論・生死論・修行論・仏身論・仏土論・成仏論・戒律論という12の章に分かれており、それらのテーマについて宗祖たちが自宗の特長を語っています。

 内容はしっかりしたものですが、対談集だけに、読みやすく出来ています。宗祖たちが語ると言っても、実際にはその人の著作や弟子の筆記などにに見える言葉を現代語訳して用いているため、デタラメな想像ではありません。注では原文が示されており、出典の頁などもきちんと明示されています。

 また、司会はなかなか物知りで最近の仏教学の研究成果に通じており、宗祖たちの発言を適切にまとめたり補足説明したりするだけでなく、時には、「~上人様が引用されたその経文は、梵文テキストにはないですが」などと、さりげなく学術的なコメントをはさんだりします。

 このブログは、「聖徳太子研究の最前線」というタイトルが示すように、聖徳太子や法隆寺などに関する最新の研究書や研究論文、関連情報などを紹介するものですが、最近目立つのは、教理に踏み込んだ研究が少なくなったことです。

 かつてであれば、井上光貞のように、日本史学の研究者でありながら、三経義疏と光宅寺法雲の『法華義記』などを綿密に読み比べるといった着実な基礎作業をおこない、仏教学者も感心するような論文を書く大学者がいました。

 しかし、最近は学問の専門化が進み、日本史学や美術史学や国文学などの研究者の多くは、仏教の教理には踏み込まなくなりました。その結果、知識不足や勘違いが目立つ妙な議論を見かける機会が増えました。残念ながらら、これは仏教史学と言われる分野でも同じです。そこでお勧めしたいのが、先日刊行されたばかりの大竹さんのこの本です。

 大竹さんは、つくば大学出身で、中国華厳宗の教理を唯識説との関連という視点で見直した研究をし、博士の学位を得ました。サンスクリットやチベット語も良く出来、仏教の基本教学であるインドのアビダルマや唯識説に通じているうえ、偽経に代表される中国仏教の特徴にも詳しい研究者です。

 大蔵出版社の新国訳大蔵経シリーズでは、『十地経論』や『金剛仙論』その他、華厳宗の前身となった地論宗で重視された経論を担当して何冊も出していますが、すさまじく内容の濃い学問的な注がつけられており、日本でも海外でも話題になっています。

 大竹さんは、日本仏教にも早くから関心を抱いており、そうした幅広い学力に基づいて批判的に研究してきた結果が、今回の本になりました。日本仏教の研究というと、戦後は、親鸞の特異な思想とか、民衆との関係とか、女性と仏教の関係などが注目されるようになったものの、基本的な教理が忘れられがちです。

 しかし、特異な思想は、あくまでも仏教の基本的な教理に基づき、それを変えたり展開させることによって生まれるものです。日本仏教を研究しようとするなら、また、日本仏教に触れる研究をするのであれば、こうした基本的な教理をしっかり押さえておく必要があるでしょう。

 この本は、聖徳太子と関係深い成実宗(中国江南の成実・涅槃学派)や三論宗など、日本に伝わっても消えてしまった諸宗(学派)には触れていませんが、この本を読んで基礎を身につければ、それらの諸宗についても理解しやすくなるでしょう。