郡保家の一日

極く有りふれた家庭です。その生活の一端を記録していきたいと思います。

サッカー用靴

2014年06月30日 | 日記

   近くのサッカー用品専門店に下孫のサッカー用靴を家人と一緒に見に行った。ブラジルW杯で長友選手が履いているのと同じ型のナイキ製のド派手なピンク靴も売っている。同じピンク靴でも3種類もある。早朝練習に自転車で行く、歳が同じくらいの少年も柿谷選手着用のピンク靴を履いていましたが、赤いパンツで白のシャツに赤いストライブが入った服でしたのでそれほど異様に感じず、赤系でまとめて似合っていました。だから、ピンク靴を買おうかなと思いましたが、実際新しい靴に履替えるのはもう少し先なので結局無難な黒色に落ち着き、おしゃれなスパイク靴を見ているだけで、下孫がボールを追いかけている姿が想像でき楽しめます。スパイク靴とトレーニング靴とは靴の先端構造が少し違います。それは靴底材質の違いによるようです。

 今日の夕食は、














 ◆〆サバ ◆白身魚のけんちん蒸し ◆なすの味噌炒め ◆小松菜の胡麻和え ◆ご飯


献立検討会

2014年06月29日 | 日記

   昨日遅く姫路から帰って来て今日は高齢者食事サービスの冊子作成検討会に参加してきました。私の担当は5月で主菜が魚の献立を考えて行きましたが他の担当の方とダブってしまいやり直しになってしまいました。私たちは献立だけですが実際作ってくださる方はボランティアの方だし食数も多いので複雑な料理はできません。それでも美味しくて見栄えも良くて栄養価や衛生面、価格等も考慮しながらの献立は悩みます。家での食事は毎回食材を見ながら料理を組み合わせて作っているので相当適当に出来上がっています。 家人はインターネットで伊吹山の日帰りバスツアーに申し込みました。まだ1ヵ月先のことですが、楽しみです。お昼にモミジに虫が付いてるようだったので少し剪定をしてくれましたが虫はいませんでした。何が葉を食べたのでしょうか。(娘宅の金魚)

 今日の夕食は、














 ◆ポークチャップ、バジルフットチーネ添え ◆鮭とじゃがいものグラタン ◆大根サラダ ◆茸マリネ ◆ご飯


手習いと1+1=は?

2014年06月28日 | 日記

 家人は「江戸時代の手習い~古文書学習事始め」の講座に参加しに行きました。手習いは現在の書道教室ではなく、師匠からの知識習得であったようです。例えば『庭訓往来』のように往復書簡の形式で作成された文例集を習います。『書札調法記』文例集は書き出しの「一筆奉啓上候」でも極々上の人に出すものと同輩、目下、家来に出すものと違えて10通りもあります。まさに封建制階級社会です。極々上の人宛に出すものは楷書で字をくずしませんが目下になるほど言い回しも「一筆申し候」と簡単になり、字をくずします。「候」なんて「、」になってしまいます。そう言うパターン化したことを学習塾や寺子屋で学習して行くのだそうです。今回、簡単な古文書を読み、面白かったらしい。一方、現在はグローバルなupheaval社会。自身の個性で打ち勝って行かねば生き残れない厳しい社会です。例えば、1+1=をどう考えるかです。リンゴ1個とリンゴ1個はリンゴ2個になりますがバナナ1個とでは1+1=はそのまま1+1です。粘土であれば数的には1+1=は塊を合わせれば1になります。物が何か、+する方法がどうか、で結果が変わります。そう言うことを深く考えるか、単純に考えるかが個性です。頭の回転が速い人はじっくりとものを考えない傾向にあります。逆に鈍い人は理解の過程が遅いだけ考えることをします。スピードの時代、効率性の時代と言われますが一直線の目的志向型(goal-oriented)だけが良いわけではありません。横道に踏み込んだり、遠回りしたり、迷いながら目的に縛られず自由な発想が得られます。これを好奇心主導型(curiosity-driven)と言うそうです。時間をどう使うか。サッサとやるか、グズグズしながらやるか、それは評価の視点で変わり、時間の価値は同等かも知れません。グズグズして頭の悪い私たちもこのように考えれば救われます。(最寄の公園に咲くランタナ)


失敗の連続

2014年06月27日 | 日記

   失敗が連続した場合、人生の重石〔おもし〕とするか、人生のバネにするか、自身の意思で選ぶことが出来る。試行錯誤の失敗は次回の失敗を取り除いて成功へのルートの選択肢を次第に少なくしてくれる。そのためには同じ失敗を繰返さないための記録と失敗を真正面から正直に認めることが求められる。失敗しないと、成功への道筋が見えてこないし、実験、体験、物事への洞察力が身に付かない。また、セレンディピティは失敗によって高まってくると言われている。成功体験は緊張感が弱まり、洞察力が衰え、セレンディピティは鈍ってくる。チャンスメーカーやラッキーボーイは本番で100%の確率で成功したかに見える。が、彼らは下積みが長かったり、でなければ早晩スランプが廻って抜け出せなくなる。人生は山あり谷あり。だから失敗を求めるくらいの気持ちで失敗を恐れない。他人の成功を妬んだり、羨まない。人生を悔やまない。STAP細胞の研究者、関係者は功を焦り、その気持ちがなかった気がする。小保方晴子氏が理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターでのSTAP細胞検証実験に参加するようであるが再度同じ過ちを犯してはならない。同様に今日帰国したブラジルW杯でGL敗退した日本サッカーチーム(&メンバー)にも言えることだが…。(最寄の公園に咲く夾竹桃)


悪者探しと悪役

2014年06月26日 | 日記

 問題が起きると、直ぐに悪者探しが始まる。探し出して一件落着にしようとする。でも皆、自分が悪者だと思っていないので互いに顔を見合っている。正直者が手を挙げる。黒幕は正直者に全ての責任を押し付けて幕引きを図る。正直者は後悔する。私が悪かったのはこの件だけですと…。その時は既に遅く、周囲は言い訳をしている往生際の悪い、醜い奴と見做してしまう。他の例で、問題の範囲やその責任の程度が分っているとき、悪役はいつのタイミングで出れば効果的か間合いを計っている。そして、全ての責任は私にあると大見得を切る。周囲は度胸の良い、覚悟の出来た人と一目置き、それで追求の手を緩めてしまうこともある。 一週間前の東京都議会のセクハラ野次についても前者程度のレベルである。サッカーW杯を振り返ってみてこれから悪者探しが始まるかも知れない。日本チーム・メンバーも監督や他のメンバーから嫌われても良いから悪役になってチームを纏めて一つの気持ちにするような裏リーダーが出て来て欲しかった。メンバーのインタビューコメントを聞くとサプライズで選ばれたガッツのある大久保選手以外は皆、ひ弱な優等生の感じがした。日本全体が長い低成長リストラ時代の所為か、人々に覇気が内に籠もってしまったのだろうか。詭弁者の安倍総理を好きではないが、少し悪役っぽい気もする。日本もこれを機に自信を取り戻し勇気を持とう。(最寄の公園に咲くヒメカンゾウ?)