郡保家の一日

極く有りふれた家庭です。その生活の一端を記録していきたいと思います。

やっと

2012年06月30日 | 日記
 会社を2004年6月離れて丁度今日で丸8年が経つ。正直この6、7年間くらいは長かった。会社定年を少し残して勢いでスピンアウトして離れたものの、気持ちの切り替えが出来ず、その周囲を地球を回る月と同様にグルグル廻っていたような気がする。付かず離れずの反抗期を経て、老人としての気概を持ち、これからの余生をどう生きていけばよいかを考える‘ゆとり’が出てきたように思う。職業柄一生現役の人もいる。それはそれで幸せかもしれないが、しがないサラリーマンの老年期は違う場所に生き場所というか死に場所を探さねばならない。まだ、確たる場所を探しえたわけではないが、探す気力が遅まきながら出てきたところである。

文化生活

2012年06月29日 | 日記
 朝は「仏像への誘い」の講演会に行く。講師は京都国立博物館・淺湫 毅氏である。仏像には大きく分けて4種類(如来、菩薩、天、明王)+その他(肖像、神像)で5種類あるとPowerPointで分かりやすく説明して下さったが、残念ながらレジメ資料がないので半分以上はもう忘れている。 / 忘れたことの言い訳をするなら、学ぶこころが大切で内容は時代によって新しい情報が追加されるので大きな意味を持たない。広い知識を学び、知恵を得るのである。   午後からは龍谷大・糸井通浩先生の「国語」である。和歌は短詩形だから多様な解釈が成り立つ。例えば:花の色はうつりにけりないたづらに我が身世にふるながめせしまに(小町)→花は桜なのか、普通の花なのか、一般に桜だと解釈されている。桜はすぐ散るのに色あせるものだろうかと疑問が湧く。花びらが落ちて地面に色が移ったと捉えるのが自然ではないか。古今集のこの和歌の一句前の和歌は桜の花が散ったと詠っている。このような新説(解釈)を教えて下さる。 / こう言うことを毎日真剣に考えている学者さん達が居る。 仏像も和歌もある意味どうでもよいことであるがそれを探究し、意味づけし、自分たちの立ち位置を示すことが文化なのだろう。⇔ 今日は新しい電化機器に囲まれた文化生活とは少し離れた、いな大きく異なる領域の傍に居た。

おそうめん・揖保の糸

2012年06月28日 | 日記

 いつもならこの時期には、冷やしそうめんを何回か食べているのに今年は未だだ。揖保の糸のCMに19年間も出ていた女優・田中好子さんが昨年4月に亡くなってから宣伝を控え、その6月頃からキャラクターが京野ことみさんになってからもTV・CMは多くないせいかも知れない。CMの威力に影響されているとは思いたくないが…。本家本元の三輪そうめんの復活の兆しも見え、影響をしているように思う。
 娘夫婦から毎年夏のお中元には揖保の糸(黒帯)が贈られてくる。今年は最上級の三神である。私のような庶民は赤帯で量がある方が似合っている。上等なおそうめんを美味しく頂くことにしよう。でも、市販で購入した揖保の糸(赤帯)がまだ沢山あるので食べるのはまだ先になりそうだ。


蝶への責任

2012年06月27日 | 日記
 この時期、蝶・キアゲハが花の蜜を吸うのに懸命で2匹手で捕まえたが飼うこともできないし、昆虫採取をするコレクターでもないので結局、自然に放してあげた。捕まえていた指には生き物の温かさと小刻みに動く感触が伝わってきた。そして、放した指を見ると羽と同じ模様の金粉が残っている。蝶を解き放したことで、自由を得た蝶と同じくこちらにも呪縛から解放された気持ちになった。それは蝶をほんの悪戯から捕まえたものの、蝶へのこれからの責任をどう果たすか迷っていた気持ちからの解放である。そして蝶と子どもとの違いを思う。子どもに自由を与えたから言って親は解放されない。常に責任が付いて回る。それは子離れできない親だからと言うわけでもない。また、それは子どもの親に対する責任でも同じことが言える。だから、2ヶ月に1回は田舎に帰らしてもらっている。















◆鶏肉トマトソース煮 ◆サラダ ◆ズッキーニ・チーズ焼き ◆さくらんぼ・佐藤錦 ◆野菜ポタージュ ◆ご飯

    安心
 今日5時過ぎ姉がこのブログが見れたようでほっとしました。明日田舎に帰るからと母に連絡を入れようとしましたが繋がらず2時頃やっと捉まえることが出来ました。病院に行っていたようです。留守にするので早めに、赤大路コミュニティセンターで7月10日開催予定の老化予防レシピを完成させ、市役所の担当者にメールで送り、チョッとほっとしました。


久しぶり

2012年06月26日 | 日記
  久しぶりに体重を計ると少し増えていましたが主人は痩せていました。姫路の娘宅に朝早く行って来ました。3時過ぎの帰り際に学校からいつもより早く帰ってきた下の孫に見つかり、久しぶりに孫の勉強を少し見てやりました。上の孫のピアノの練習で娘が付いて行ったので結局夜の8時半まで居ました。自宅に戻ると久しぶりに体操教室に行った主人はバドミントン競技で足が疲れたとこぼしサロンパスを足裏に貼っていました。でも、天気がよくて体操で汗をかいた爽快感があるようで、残り回数が段々少なくなっていくのは寂しいようです。
 今日の夕食は在り合せで …… あじのフライ、昆布佃煮 など、ご飯