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「環境リスク学」中西準子著

2011-12-25 11:30:09 | Book
現代人は様々なストレスだけでなく、様々なリスクと共生していると言っても過言ではなかろう。
いつ北朝鮮から飛んでくるかもしれないミサイル、農薬に汚染されているかもしれない食物や水、新型インフルエンザ、突然配偶者から宣告されてもおかしくない離婚?。おまけに今年は福島原発事故により放射線汚染も懸念されている。不確かなリスクにむやみやたらと騒ぎ立てる輩も如何なものかと思うが、私のように無関心であることは尚悪い。物理学者の寺田寅彦は、次のような名言を残している。

「物事を必要以上に恐れたり、全く恐れを抱いたりしないことはたやすいが、物事を正しく恐れることは難しい。」
全く、正しく物事を恐れるのはなんて難しいのだろう。誰も本当の事を把握できていないのではないだろうか。以前の新型ウィルス騒動では、まるでパニック映画さながらに踊らされていた。この地球という大きな海の中で、私たちは小さな日本という船に乗っている。本書は、環境リスク学研究者の中西準子さんによる物事を必要以上に恐れて騒ぎ立てるのではなく、環境リスクを定量的に評価し、数字で「見える化」してから対応策を考えるべきである、という実に合理的な考えのもと確立された羅針盤である。

本書の構成は、まず中西さんのこれまでの研究者としての歩みが、そのまま今日のリスク学の軌跡となる2004年2月23日の最終講義をまとめた1章、次の章では欧米とのリスク評価の違いや今後の方向性、後半はこれまで書いてきた文章がまとめられている。講義内容を活字化しているので、平易な言葉から中西さんの率直な人柄、周囲の圧力にも屈服しない意志の強さや果敢な勇気が伝わってくる。そもそも、あまりにも物事を恐れないタイプの私が、本書を読もうと思ったきっかけは、読売新聞の「時代の証言者」に中西準子さんが登場し、その生き方に正直、”おもしろい”と感じてしまったからだ。

「父は死刑囚」
連載がはじまってまもなくのこのタイトルには驚いた。中西さんは、1938年中国大連に生まれる。お父様は満鉄調査部に勤務されていたが、後に政治思想犯として死刑囚となり巣鴨拘置所に収容される。(その後、お父様は1945年に釈放され、参議院議員になるもすさまじい理論闘争の果てに除名される。))中西さんが小学生時代にクラスで1番の成績をとって帰ると、お父様は自分は「0番」だったと自慢して切り替えしたそうだ。横浜国立大学から東京大学大学院に進学する多忙な中、結婚、離婚、再婚と2回も!学生結婚をすませている。(もっとも2回めの再婚相手とは後年になって海外へ活動をはじめた彼女と意見が相違して又別れ、現在は、3回めの事実婚だそうだ。)博士課程を取得するも、当然、ひくてあまたの男子に比較してジョシ博士には職など全くなく、東大生が寄り付かなかった汚れものを処理する講座の助手のポストになんとか就任。誰も見向きもしなかったこの汚れ物処理の研究が中西さんにはとてもおもしろく、その後、20年以上も万年助手となる研究室で、2年目に早くも東京都浮間下水所理場調査という大きな仕事にぶつかる。ここでマスバランスの調査を行うが、お上にたてついた結果を反対にも負けずに発表すると村八分状態になってしまった。差別は学生にも及んだために、退職覚悟で告発文を工学部8号館の玄関に掲示したら、学生、職員までまきこんだストライキに発展して、学生も中西さんも生き残ることになった。

その後、家庭用合併処理浄化槽を推進すると建設省にはせせら笑われたり、CNP農薬に有害なダイオキシン成分が含まれていると公表すれば、農水省や三井化学からは告訴するとまで脅され、本当に企業の利益優先で公害があった昔の日本で環境リスクの研究を行うのは、大変な困難が伴ったことがわかる。度々に及ぶ脅迫や嫌がらせにも負けずに、彼女が生き残れたのも事実ファクトへのこだわりと徹底したデータの正確さにあると思う。更に、時には給与まで研究費につぎこんだ信念と情熱のままに行動し、それに死刑囚の娘は事実の前にはひるまないのだ。そして、手弁当で調査に参加した学生の意気もこうした研究を支え、私たちの船は何とか安全な社会に向かっているのである。

2001年には「化学物質リスク管理研究センター」が設立され、そのセンター長に就任する。ここでの活動の目標は次の3つ。
①リスク評価の開発
②30物質についての詳細リスク評価書の策定、公開、活用
③リスク評価のための「読み書きそろばん」の社会への提供

事実にこだわった中西さんが、やがてリスク評価へと研究分野を広げていく過程も納得する。高度な文明に生きる私たちは、今さら環境という意味で安全かも知れないが原始的な生活に戻ることは無理である。だったら、どの程度のリスクなのか、そのリスクを回避するための費用との”バランス”を議論して合理的な決断をすべきである。人は誰しも関心があろうとなかろうと、環境問題の渦中にいる。それは避けられない現実である。「地球に優しい」という響きのよい言葉の意味を、賢明に考えなおすための1冊である。

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