旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

冬の朝、ヘルシンキ観光。テンペリアウキオ教会のほんとの見どころは

2020-01-16 10:04:44 | フィンランド
朝九時半、港に面したヘルシンキ市庁舎が朝日をあびている。

この建物はロシア支配時代にはホテルだったそうだ。
右隣はスウェーデン大使館。
フィンランドはロシアの前にはスウェーデン領だった。
そのまた隣にフィンランド大統領官邸(この位置からだと見えない)
さらに奥にはロシア正教教会の尖塔が見えている↑
↓冬の時期、港のマーケットに出ている店はすくない。
ロシア皇帝時代の記念碑がぽつんとたっている↓

ここから道をわたって五分もせずに元老院広場に至る。
↓階段の上には白亜のルター派大聖堂。

ロシア時代になって首都がトゥルクからよりロシアに近いヘルシンキに移転された時に整備された広場
↓実際ヘルシンキ駅からロシアのサンクト・ペテルブルグまで、この「アレグロ」号で三時間ほどで行けてしまう現在。

今日は時間があるから階段をのぼって教会の中へ
足元はフィンランドらしい美しい花崗岩

内部はプロテスタントらしくシンプル。
かつて皇帝が下賜した祭壇の絵


↓聖書をフィンランド語に訳した16世紀のミカエル・アグリコラの像

***
定番のテンペリアウキオ教会へももちろん行こう。
↓導線をぐるぐる巻いてできた天井がUFOのよう↓

空いた堂内に静かなピアノが響いている。
↓ほんとうのテンペリアウキオ教会の見どころはここではないと、小松はおもっている。
↓見るべきは屋上と、そこから見る周囲の都市計画

冬の時期は雪が多いので、小松が「行きましょうよ」と言っても、ガイドさんが「すべりやすいのでやめましょう」と却下されることが多いのだが・・・
今年は雪がないので登れました(^.^)

建築というのは環境そのものだから、周囲の建物が調和していなければ成り立たない。
この円盤のような建物をかこむように丸く集合住宅が配置されているのだ。
最初予定していたデザインの教会が出来ていたら、世界中から見学者がくるような教会にはなりえなかっただろう。
↓雪のないときに、足元に注意してのぼってみましょ(^.^)

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夜行列車「サンタエクスプレス」でヘルシンキへ

2020-01-16 09:02:33 | フィンランド
世界の夜行列車のなかでもトップクラスであると確信します。

設備は豪華ではない。が、必要なものがコンパクトにわかりやすく揃えられている。

↑ベッドまわり ※あとでもう少し詳しく書きます
**
夕方のロバニェミ市内

スーパーで夜行列車翌朝の朝食を調達する。※ビュッフェカーもあるけれどけっこう混んでいたりするので
↓こんなお寿司バッフェもある↓重さで金額が決まる

↓こんなカップヌードル?

飲み物はしぼりたてのオレンジジュース?

↓コスタリカ産のパイナップルのカットはいかが?

二十秒でこんなふうになって出てきます(^.^)

小松は結局平凡にサラダバッフェにしました
***
ロバニェミ駅のホームにはバスがそのまま入ってこられる。バスから降ろした荷物をすぐに列車に積み込めるのだ。

21時発の列車、十五分ぐらい前にのりこむ。

号車は入り口の電光掲示で確認

内部は二階建てになっていて、二階の部屋はシャワーとトイレがついている。
小松は今回一階の117-118の部屋↓

他の部屋よりも少し広めで車いすでもアクセスしやすい入口近くに位置している。
トイレも目の前。
扉を閉めて防寒具をハンガーにかけよう↓

↑左側には簡単な洗面台がある。
↓ベッドは二階建て↓

スーツケースはベッドの下にしまおう

枕元には読書灯もある

↓もっともスバラシイと感じたのはこのハンガー

列車が振動しても壁にカタカタ当たって音をたてるようなことがないよう、ぴったりに設計されている。
もっとも、この列車のいちばんすばらしいところは、ほとんど振動なく発着するところなのだが。
↓シャワー室もあって、そこにアクセスする専用のカギが置かれている↓

部屋にはいるのも同じ形のカード式のカギ
****↓目の前のトイレはこんな感じ

こちらは広いタイプで車いすでのアクセスもできる
↓哺乳瓶を温める専用の道具あり

↓子供用のおまるも

↓ワンちゃんOKキャビンですね(^.^)


*****音もなく出発!
アナウンスも発射音もなしなのでほんとに気をつけましょう
途中いくつもの駅に止まる

明け方にめをさましてみると

誰もいない駅、滑り止めの砂利が雪のないホームにちらされている。

午前九時過ぎ、ヘルシンキ駅に到着。
一月半ばだというのに、今年はまったくゆきがない↓

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アルクティクム~ペツァモの「霧の鐘」

2020-01-15 12:10:54 | フィンランド
「ARCTIC」は北極圏という意味。

ロバニェミだけでなく、北極圏全般について科学的と文化的と二方向から展示している。
印象的な建物はデンマーク人の建築家によってデザインされたモノで「夏は温室みたいになって暑い」という評もあるそうだが、冬はとにかく美しいのです↓

↑入り口からまっすぐに続くガラスの屋根の回廊の先には川が見える。
ケミ川とオウナス川の合流点に向かってまっすぐに突き出した建物なのだ。


入口↓

そのの前の階段↓今年はやっぱり雪がすくない

↓こんな時もありました

↓建物自体が地面にもぐりこむようにつくられているので、入り口が道路のずっと下にあるのです↓

↓「この鐘はなんですか?」

↑以前からあったが、そう質問されてはじめてちゃんと解説を読むと、ペチェンガにあった「霧の鐘」とあった。

それって何?
調べていくと20世紀初め、フィンランドがたどった苦難の歴史がわかった。

↓フィンランドの国土は「片手をあげて手を振っているようなカタチだ」と形容される↓※ウィキペディアの地図より

しかし、実は↓1921年から1944年までは「両手」があった↓

右の手の部分が「ペツァモ=ペチェンガ」と言われるエリアで、ソビエトから独立をかちとった第一次大戦後にはフィンランド領だった。
↓霧が出やすいこの場所を航行する船の為、難所には二十秒に一回鳴らすこのような鐘が設置された。

鐘はそのころにヘルシンキの工房でつくられたことがわかっている。
1940-44ソ連の侵入を防ぐために心ならずもナチスドイツと同盟を結んでいたフィンランド。
ドイツ軍はこの地域からソ連領の大都市ムルマンスクへの侵略戦争をはじめた。
1944年、戦局が逆転しソ連の勝ちがみえてくると、フィンランドは領地の一部をソ連に割譲して平和条約に同意してもらった。
ソ連領になる前に、この鐘はフィンランド領に避難してきたというわけだ。
なるほど。
**
サーモン漁はもちろん大きな産業だった

ケミ川では毎日トン単位のサケがとれたそうである。
↓毛皮とサケとがロバニェミの交易で重要な産業になっていた。

ところが、この状況は1948年に激変する。
↓ケミ川に発電所が建設されはじめたのである。

フィンランド最長550㎞のケミ川は河口から上流まで十四のダムが出現し、サーモンがあがってくることはなくなってしまったのだった。
***
エルク↓は北米では「ムース」と呼ばれている。トナカイとはまったくちがう。

北極圏の生き物の展示もいろいろあります。
****
寝転んでオーロラを見上げることができるこんなコーナーもあります↓

空にはこんな↓

↓こんなすごいのが見られると良いですね(^.^)
↓あれ?何か覗き込んでいる姿になった↓

北極圏のサーメの人々の伝説では、雪原を走るキツネがまきあげる雪煙がオーロラになるとされているのです。
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ロバニェミ図書館

2020-01-15 11:08:48 | フィンランド
終日ロバニェミで自由行動の今日。スキー場の上にあるオウナスヴァアラ・スカイ・ホテルから町に行くバスを手配会社が用意してくれていた。
「ロバニェミの図書にちょっとだけ寄ってくれる?」と頼むと快くOK

観光で訪れる事はほとんどないけれど、一見の価値がある図書館なのです↓

↑三角形のデスクとその間に立つライト
↓高い天井からの自然光を最大限利用できる空間↓

外側から見るとこんな形状↓

↑向こうに見えるのがコンサートホール。市庁舎もすぐとなりにある。
第二次世界大戦末期に撤退するドイツ軍に町の九割を焼き払われたロバニェミ。
アルバート・アアルトという現代フィンランドを代表する建築家が1960年代に都市計画を実現させたのだ。
※2017年にはじめて訪れた時の写真をこちらに載せています
ハードとしての建築もすばらしいけれど、我々のような明らかによそ者の外国人もノーチェックで入ることができるのが実にフィンランド。
図書も自由に見ることができる。ここは日本に関するの本セクション↓

ムーミンももちろん(^.^)

検索できる言葉にサーメ語もあった↓


★ストックホルム市立図書館を思い出す。
1928年にグンナール・アスプルンドによってデザインされたギリシャ神殿のような図書館を、アルバート・アアルトが見ていなかったはずはない。
十四歳年上のアスプルンドが出現させていた「神々しい」と形容したくなるあの空間を、小なりといえどもこのロバニェミ図書館に再現しているように感じるのだ。 勘違いなのかもしれませんが<(_ _)>
※ストックホルム市立図書館を訪れた時のブログをこちらからごらんください


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ソダンキュラのオーロラ・アカデミーからロヴァニェミヘ

2020-01-14 20:47:01 | フィンランド

オーロラ博士のエサ・トゥルネンさんはもう三十五年もここに住んでオーロラを観測し続けている。朝、11時。太陽もようやく顔をだし、オーロラ・アカデミー(エサ博士の自宅兼)の近くを流れる川を照らしている。

先住民の移動式住居「コタ」をイメージしてつくられたオーロラレクチャー用の建物。

内部はこんな感じ
四十分ほどの講義。
ルオストでのランチへ

このホテルのコテージには何回も泊まって、ルオストのアメジスト鉱山へ行ったものだ
※2017年のルオスト滞在の様子をこちらからごらんください

食事をおえて、裏の凍った湖へ散歩に行く。ルオスト滞在の時にはここでオーロラ待ちをするのが最適。足元からしんしんと冷えますが。

巨大な雪上車がものすごい勢いで雪をどかせていくのに出会った。

**
ルオストからロヴァニェミまでは百キロと少し。一時間半の距離である。
16時には二つの川が合流するロヴァニェミの橋を渡る↓

先住民が掲げる松明をイメージしたデザイン↑
↓スキー場の頂上に位置するスカイ・ホテル・オウナスヴァアラが見えてきた↓


二階建てでエレベーターもないシンプルなつくりだがとても美しい。
↓特にこのダイニングは星空に入っていくようだ

バッフェだが質の良い食材

↓このホテル最大のウリは屋上にある「オーロラ・テラス」
↓建物の外側にある専用の階段で至る↓

この階段の入り口は暗証番号が必要↓

↓屋上はこんな感じ↓近くの樹木はライトアップされているが、オーロラを観測するには良い環境になっている↓

さて、今晩はいかに??
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