旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

伊江島~滑走路を歩く「黙認観光客」、葉タバコ、ニャティヤ洞、湧出(わじー)展望台

2024-02-08 11:11:54 | 国内
旧日本軍が昭和18年に建設した長さ2200mの滑走路。伊江島が沖縄戦の縮図のような戦場になったのは、この滑走路の存在がひとつの理由。米軍は日本本土攻撃の拠点として利用しようと考えた。
現在はアメリカ軍の管轄下だが、基地内に新しい滑走路があるので利用していない。旧土地所有者が農地に使うのを黙認する「黙認耕作地」である。我々はさしずめ「黙認観光客」だ。※こちらにもう少し書きました


朝、ホテルのベランダから「熱帯ドリームセンター」の印象的な塔が見える※この建物のモデルについてこちらに書きました

↑本部港ターミナルのスタンプにあったゆるキャラにはあとで出会うことになる。
9時発のフェリーで伊江島に向かう↓

久高島行きよりずっと大きな船なのでこちらはほとんど欠航しない。

約三十分の船旅。

ひと目見たら忘れない「伊江島城山(いえじまぐすくやま=タッチュー)」が見えてきた↑
今日は頂上まで登る予定。
島のガイドをしているAさんに迎えていただいた。

平たい島の真ん中にひときわ目立つタッチューは海抜172m↑
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●アーニー・パイル記念碑を最初に訪れた↓

ノルマンディ上陸作戦にも同行していた高名な従軍記者。
1945年4月16日に上陸し、18日に日本兵に撃たれ、この場所で亡くなった。
毎年慰霊祭が行われている。
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そこらじゅうに黒いビニールの畝が見える↓

これは?

「葉たばこです。4月にピンクの花を咲かせます。6月に収穫します」
伊江島ではかつて70軒が栽培し16億円を売り上げていた。
この三十年で30軒6億円に減少しているが、それでも主要産物だ。
葉タバコは1985年に専売制度が廃止されたが、今もJTと契約した農家だけが決められた本数だけを育成することになっている。
時々ぬきうちチェックが入るそうな。

苗床から植え替えたところで消毒をしているタイミングか。
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●ニャティヤ洞窟

「貝の墓」を意味する名前のとおり、貝塚のような場所だったとか。

駐車場から降りてゆくとおもったよりずっと広い空間が広がっている。

「千人洞(せんにんガマ)」と言われたのもわかる。

↑1945年3月10日に米軍の空襲がはじまると島民の避難生活がはじまった。
↑海に向かって開いた三つの穴はトイレ炊事と用途によって分けて使われた。
4月米軍の上陸がはじまり、他のガマでは集団自決の悲劇も起きたが※NHKアーカイブにリンクします
ニャティヤガマは幸い発見されなかったのだそうだ。

戦前から拝所で↑子授けの石・おなかの子の男女がわかる「ビジル石」も置かれている↑「石が積んであるのは修学旅行生がやっただけで別に意味はありません(笑)」

最近はこの「ハート」も人気なんだそうな。

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冒頭写真の米軍滑走路

実際に歩いてみると2200mの長さなどないように見えた。

実際、滑走路の途中に↑米軍の訓練施設が建設されていた↑
ここでは嘉手納基地からやってきた空軍がパラシュート降下訓練を行うそうな。
島の三割以上を占める基地だが、常駐している米兵は10人程度。
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外海の東シナ海に面した北岸にある
●湧出(わじー)展望台

名前の通りこの崖下からは真水が湧き出していて

↑今もパイプで汲み上げいる。

↑この建物できれいにして「伊江島ソーダ」として販売している↓

↑「告白ドリンク」として人気がでたんだとか↑タッチューの売店で見つけた
伊江ソーダ⇒「言えそうだ」
あ、なるほどね(^^♪
さぁ、タッチューにのぼりにいこう。

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