黒猫書房書庫

スイーツ多めな日々です…。ブログはちょー停滞中(´-ω-`)

『エムブリヲ奇譚』山白朝子(メディアファクトリー)

2012-03-28 | 読了本(小説、エッセイ等)
道が整備され、社寺参詣や湯治のため庶民は諸国を旅するようになった昨今。旅人たちは各地の案内をする道中記を手に、名所旧跡を訪ね歩くようになった。
その中の一冊『道中旅鏡』を書いている折り本作家の和泉蝋庵は、未だ紹介されていない土地の、風光明媚な温泉や古刹の噂を求めて旅をしていた。
時折その付き人を引き受けていた“私”(=耳彦)。蝋庵と一緒に旅をすると何故かまっすぐな道であっても、目的地に辿り着くのに何日もかかったり、地図にない場所へ着いて、奇妙なことに遭遇することが多かった。
ある時、奇妙な町に立ち寄った二人。小川の岸辺に、犬たちが群がり、白くて小さなものを、食べているのを目撃した私が宿に持ち帰り、蝋庵に訊ねると、その近くにあった中条流の堕胎専門の産院が、捨てた胎児…エムブリヲだろうという。
それを聞いた私は、拾ってきたものを埋めようとするがまだ生きており、予想に反してなかなか死ななかった為、米の研ぎ汁などを与えて世話をする。
そんな中、賭け事にはまり、蝋庵にもらった金も使い果たしてしまった私は、それを見世物にすることを思いつく……“エムブリヲ奇譚”、
書物問屋で働いていた十六歳の少女・輪は、乞われて蝋庵と耳彦の旅に同行することに。
道に迷い辿り着いた村で、村長である老婆のひ孫の為に、持っていた薬を分け与えた輪は、老婆から青い石をもらう。自分から死ぬことだけはしてはならない、地獄に落ちるという忠告とともに。蝋庵曰く、その石は瑠璃、つまりラピスラズリであるらしい。
その後、十八で結婚した輪は、子供も授かったが、二十七の時に長屋の火事から子供を助ける為に命を落とした。
だがその後、ラピスラズリを握って生まれ変わった輪は、多少の変更がありながらも、同じ人生を何度となく繰り返す。しかし何度生まれ変わっても、彼女を産んだ折の出血で亡くなったという母の顔を見ることはできなかった……“ラピスラズリ幻想”、
旅をしていた蝋庵と耳彦は、いつもの如く想定外の村に辿り着く。
どうやら温泉が近くにあるようだとにおいから察知したが、宿の主人から夜に行ってはいけないと忠告される。夜にその温泉に行ったものは、戻ってこられなくなるらしい。
本に載せるにあたり、危険があっては書けないからと、調べてくるように頼まれた耳彦。
やむを得ず出かけたその場所で、昔なつかしい少女の顔に出逢い……“湯煙事変”、
温泉地に向かって旅を続けていたある日。
宿場町近辺の茶屋で一休みしていた時に、雌の鶏に茶飯をやったところ懐かれた耳彦。その鶏に小豆という名をつけ、一緒に旅を続けた。
そんな中、大雨に遭い、奇妙な漁村に何日も足止めされたふたりは村人から空き家を借りたが、何か視線を感じる。蝋庵は木目が顔に見えるだけだというのだが、他にも農作物や魚、あらゆるものに人面が浮いていて何も食べる気力が沸かず、日に日に衰えてゆく耳彦は……“〆”、
道に迷い立派な刎橋を見かけたふたり。出会った老婆に訊くと、それは今はあるはずのない橋で、四十年も昔に落ちているのだが、旅の人が、夜に見て、その橋を知らずに渡って戻らないことがあるという。
その後、そこで死んだ自分の子に会いたいという老婆に頼まれ、彼女を背負って橋まで連れてゆくことになった耳彦だったが……“あるはずのない橋”、
厄介ごとにばかり巻き込まれ、今度こそ蝋庵と旅をするのをやめようと決めていた耳彦。
そんな中、立ち寄った地でたびたび喪吉と呼びかけられたり、悲鳴をあげられたりした。
話を訊くと、耳彦によく似た喪吉という大工がいたのだが、顔無し峠で川に落ち、死んだのだという。
旅籠の女中として働いている、喪吉の女房・やゑは、細部の傷にいたるまで同じ耳彦を喪吉だと思い込み、引き止めるが……“顔無し峠”、
いい温泉があると通りすがりの女から聞き、それを探していたふたりは大男に襲われた。蝋庵は逃げたが耳彦は捕まり、若い男女とともに縦穴に閉じ込められる。
男女は夫婦で余市とふじといい、彼らを捕まえた男は山賊。先に出会った女はその女房であった。
そんな中、食糧の干し肉を分けてやるのが惜しいと、三人のうちひとりを解放するという山賊。ふじを穴から脱出させることにしたが、その後女がふじの帯をしているのを見、彼女がこの世にいないことを悟った耳彦たちだったが……“地獄”、
この前の旅でひどい目に遭い、家に引き篭もっている耳彦の代わりに、付き人にした青年が死んだと語る蝋庵。
つきあいのある書店に相談し、紹介してもらった青年は、先に母を亡くしたばかりの怖い話が好きな青年だった。
最初は仲良く旅をしていたのだが、途中蝋庵の抜け毛があちこちに落ちているのが我慢ならないと別々に部屋を取ることに……“櫛を拾ってはならぬ”、
十五で村の地主の長男に嫁いだ小作人の娘。しかし自分の親の死に目にも会えないほど、彼と家族に虐げられる日々を送っていた。
そんなある日、家の土蔵に少年が通りすがりだとやってきた。その後たびたび訪れる彼は、無学な彼女に文字を教えてくれた。『庭訓往来』という手紙形式の本を使い、勉強するのが唯一の心の安らぎとなる。
だがやがてそれが家人に知れ……“「さあ、行こう」と少年が言った”の9編収録。

必ず道に迷う道中記作家・和泉蝋庵の出会った不思議な出来事を書いた怪奇譚。
彼自身の存在感は薄めで、一緒にいることの多い耳彦の受難を描いた話が多いかも(語りは概ね耳彦視点)。
ダメ人間な耳彦のせいかかなり後味の悪さ満載ですが、情を寄せても自分可愛さから容易くそれを放棄する、矛盾に満ちた感情を持つ人間の象徴が、耳彦という存在なのかも。
装丁の凝りっぷりが素敵ですv

<12/3/27,28>