625) Wnt/βカテニン・シグナル伝達系を阻害するがん治療:メベンダゾールとビタミンD3とスリンダクとバイアグラ

図:細胞質内でβ-カテニン(β-Cat)はリン酸化されてユビチキン化され、プロテオソームで絶えず分解されている(①)。Wntが受容体Frizzledとその共役受容体のLRP5/6に結合してWntシグナルが活性化されるとβ-カテニンの分解が阻止される(②)。その結果、細胞質と核内のβ-カテニンの量が増える(③)。β-カテニンは転写因子のTCF(T-cell factor)の活性を高めて、c-mycやサイクリンD1などのターゲット遺伝子の発現を促進して細胞の増殖を促進する(④)。駆虫薬のメベンダゾールはTCFを活性化するキナーゼのTNIK (Traf2- and Nck-interacting kinase)を阻害してTCFの転写活性を阻害する(⑤)。活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3がビタミンD受容体に結合すると、9-シスレチノイン酸が結合したレチノイドX受容体(RXR)とヘテロダイマーを形成してビタミンD応答配列に結合して、ビタミンDターゲット遺伝子の発現を亢進する(⑥)。発現が誘導される遺伝子は細胞増殖を抑制しアポトーシスを誘導し、分化を誘導する作用がある。さらに、Wnt/β-カテニン経路を阻害する因子の発現も促進する(⑦)。非ステロイド性抗炎症剤のスリンダクはホスホジエステラーゼ5(PDE5)の活性阻害によってcGMPの分解を阻害し、プロテインキナーゼGの活性を亢進し、β-カテニンのリン酸化を亢進してβ-カテニンの分解を亢進する。さらにβ-カテニンの遺伝子発現を抑制するメカニズムも加わってWnt/β-カテニン経路を阻害する。勃起不全治療薬のsildenafil(バイアグラ)やtadarafil(シアリス)などのPDE5阻害剤も同様にWnt/β-カテニンのシグナル伝達系を抑制する(⑧)。以上より、メベンダゾールとビタミンD3とスリンダクとPDE5阻害剤はWnt/β-カテニン経路の阻害による抗腫瘍効果において相乗効果が期待できる。

625) Wnt/βカテニン・シグナル伝達系を阻害するがん治療:メベンダゾールとビタミンD3とスリンダクとバイアグラ

【Wnt/β-カテニン経路の活性化はがん患者の予後を悪くする】
Wntシグナルは種を超えて広く保存されたシグナル伝達経路で、遺伝子発現、細胞増殖、細胞運動、細胞極性などを調節することで、発生や幹細胞の維持、発がんなどに深く関与することが知られています。
特にβカテニンを介するWnt/β-カテニン・シグナル伝達系は多くのがん細胞で異常を起こしており、がん治療の重要なターゲットになっています。
Wnt/β-カテニン経路が活性化しているがんは予後が悪いという研究結果が多く報告されています。
βカテニンは781個のアミノ酸からなる92kDaのタンパク質で、細胞間接着遺伝子発現調節の2つの働きを持っています。
細胞のβカテニンの大部分は細胞間接着結合部分に局在し, 膜貫通型の接着タンパクであるE-カドヘリン(E-Cadherin)と会合体を作っています。このような細胞膜の接着部位のβカテニンはE-カドヘリンとアクチン細胞骨格との連結を助けています。
E-カドヘリンと会合していないβカテニンはすべて細胞質で複数のタンパク質(AXIN、APC、GSK3β、CK1α)からなる大型の分解複合体により分解されています。
しかし、Wnt(ウィント)という分子量約4万の分泌性糖タンパク質が受容体に結合すると、細胞質におけるβ-カテニンの分解が阻止されて細胞質に蓄積し、核内に移行した後, 転写因子のTcf/Lef(T cell factor/ Lymphoid enhancer factor)と複合体を形成し、Tcf/Lefの転写活性を亢進します。つまり、β-カテニンはTcf/Lefの転写活性化補助因子として機能し、Tcf/Lefの標的遺伝子の転写を誘導します。このシグナル伝達系をWnt/β-カテニン経路と言います。(下図)

図:β-カテニンは細胞間接着結合部分に局在し, 膜貫通型の接着タンパクであるE-カドヘリンに結合し、カドヘリンとアクチン細胞骨格との連結を助けている(①)。E-カドヘリンと会合していないβカテニンはリン酸化され、ユビキチン化をうけて最終的にプロテアソームで分解される(②)。Wntは細胞膜上のFrizzled(7回膜貫通型受容体)と共役受容体である1回膜貫通型LRP5/6(Low-density lipoprotein receptor-related protein5/6)に結合する(③)。Wntが受容体に結合するとβカテニンのリン酸化が抑制され、β-カテニンの分解が阻止される(④)。βカテニンは細胞質に蓄積し核内に移行し(⑤)、転写因子のTcf/Lef(T cell factor/ Lymphoid enhancer factor)と複合体を形成する(⑥)。βカテニンにより活性化される遺伝子群にはc-mycや cyclinD1など細胞の増殖を促進する因子が含まれ(⑦)、その結果、細胞の増殖が亢進する(⑧)。

β-カテニンは細胞膜近傍か細胞質・核のどちらかに局在し、 特に核にあるときは一連の遺伝子発現に影響を与えると考えられています。
Wnt/β-カテニン・シグナル伝達系により活性化される遺伝子群にはc-mycc-juncyclinD1など細胞の増殖や転移を促進する因子が含まれます。つまり、Wnt/β-カテニン・シグナル伝達系が活性化されると、がん細胞の増殖や転移が促進されることになります。
したがって、「β-カテニンの細胞質と核内における発現は、患者の予後を悪くする指標となる」ということになります。

【がん細胞ではWnt/β-カテニン経路の異常が高頻度で認められる】
Wnt/β-カテニン経路は極めて複雑で、まだ不明な点も多くあります。簡単にまとめると、次のようになります。

(1)Wntは分子量約4万の細胞外分泌糖タンパク質で、種を超えて保存されており、初期発生における体軸の決定や器官形成を制御しています。これまでに哺乳類において19種類のWnt が同定されています。

(2)Wnt はFrizzledlow-density lipoprotein receptor related protein(LRP)5/6の受容体を介して細胞内にシグルを伝達し、多様な細胞機能を制御しています。Frizzledは7回膜貫通型受容体でLRP5/6はFrizzledの共役受容体として機能します。

(3)Wnt の非存在下では細胞質内のβ-カテニンのタンパク質量は低く保たれています。これはGSK-3がβ-カテニンをリン酸化し、リン酸化された-カテニンはユビキチン化を受け、最終的にはプロテアソームで分解されるためです。

(4)Wnt が分泌されて細胞膜上のFrizzled と共役受容体であるLRP5/6に結合すると,そのシグナルは細胞内へと伝達され、GSK-3依存性のβ-カテニンのリン酸化を抑制し、低リン酸化状態となったβ-カテニンはプロテアソームによる分解から免れ、細胞質内に蓄積します。

(5)細胞内に蓄積したβ-カテニンは核内に移行し、転写因子Tcf/Lef と複合体を形成して標的遺伝子の発現を促進することによって、種々の細胞機能を制御しています。Tcf/LefはT-cell factor/lymphoid enhancer factorの略です。

(6)Tcf/Lefの標的遺伝子は100種類以上に及び、細胞の増殖、分化、運動、幹細胞多能性維持などの制御に関わっています。c-mycやcyclin D1などの発現を亢進して細胞増殖を促進します。(下図参照)

図:(左)Wntのシグナルが無い状況では、β-カテニンは細胞質内で分解複合体によってリン酸化され(①)、ユビキチン(U)が結合し(②)プロテアソームで分解されている(③)。その結果、Tcf/Lef(T-cell factor/lymphoid enhancer factor)による遺伝子発現が阻止されている(④)。
(右)Wntが受容体のFrizzledとLRP5/6に結合してWntシグナルが活性化されると、分解複合体が不活性化され、β-カテニンのリン酸化が阻止されて(⑤)β-カテニンは分解されなくなり(⑥)、細胞質内で増加し核内に移行して転写因子のTCFに結合し(⑦)、β-カテニン/TCFのターゲット遺伝子の転写を活性化して(⑧)、細胞の増殖を亢進する(⑨)。

βカテニン分解複合体は、AXIN、APC(adenomatous polyposis coli) 、セリン・スレオニンキナーゼのGSK3β(glycogen synthase kinase-3)、CK1α (casein kinase 1α)から構成され、GSK3βとCK1αがβカテニンをリン酸化する。βカテニンがリン酸化されるとβ‑TrCP E3 linker によってユビキチンが結合して、プロテアソームで分解される。(参考:npj Precision Oncology, volume 2, Article number: 5 (2018) )

【駆虫薬のメベンダゾールはWnt/βカテニンによる遺伝子発現を阻害する】
がん細胞では様々なメカニズムでWnt/β-カテニン・シグナル伝達系が活性化され、核内でのβ-カテニンの量が増加し、その結果、TCf/Lefの転写因子活性が亢進して、がん細胞の増殖を促進しています。したがって、Wnt/β-カテニン・シグナル伝達系の阻害はがん治療のターゲットとして重要視されています。
駆虫薬のメベンダゾールがWnt/β-カテニン・シグナル伝達系の最下流の遺伝子発現レベルで阻害作用を示すことが報告されています。以下のような報告があります。

Comprehensive Modeling and Discovery of Mebendazole as a Novel TRAF2- and NCK-interacting Kinase Inhibitor.(包括的モデリングと新規TRAF2およびNCK相互作用キナーゼ阻害剤としてのメベンダゾールの発見)Sci Rep. 2016 Sep 21;6:33534. doi: 10.1038/srep33534.

 【要旨】
TRAF2およびNCK相互作用キナーゼ(TRAF2- and NCK-interacting kinase :TNIK)は、Wntシグナル系が活性化した結腸直腸癌がんの重要なターゲットの1つである。この研究では、2つのデータセットを選び、望ましい生物医薬品特性を有する新規なTNIK阻害剤を探索するための包括的なモデリング研究を行った。
データセットIを用いて、比較分子類似性指数分析(Comparative Molecular Similarity Indices Analysis :CoMSIA)および可変選択k-最近傍モデル(variable-selection k-nearest neighbor models)を導出し、そこからTNIK阻害剤活性にとって決定的な3D分子場(3D-molecular fields)および2D記述子(2D-descriptors)が明らかにされた。
データセットIIに基づいて、予測的なCoMSIA-SIMCA(Soft Independent Modelling by Class Analogy)モデルを取得し、1,448種類の FDA(米国食品医薬品局)承認の小分子薬物のスクリーニングに使用した。実験的評価の結果、FDA承認の駆虫薬であるメベンダゾールは、解離定数Kd =〜1μMでTNIKキナーゼ活性を選択的に阻害することができることを発見した。その後のCoMSIAおよびkNN分析は、メベンダゾールがTNIKを結合および阻害するのに必要な好ましい分子特性を有することを示した。

理解困難な用語や解析法が並んでいますが、簡単にまとめると、コンピュータを使った構造解析や結合活性の解析でメベンダゾールが「TRAF2およびNCK相互作用キナーゼ(TRAF2- and NCK-interacting kinase :TNIK)」の阻害剤として有用である可能性を報告しています
がん治療薬の開発では、培養がん細胞(in vitro)や移植腫瘍などを使った動物実験(in vivo)で抗がん活性や安全性や薬物動態が検討されます。
さらに最近は、薬剤の候補物質がデータベース化され、細胞の受容体やシグナル伝達物質の構造のデータベースや、抗がん剤による遺伝子発現パターンのデータベースなど様々な情報をコンピューターを使って探索する方法(in silico)もあります。
in silico」という用語は,「コンピュータ(シリコンチップ)の中で」の意味で、in vitro(試験管内で)やin vivo(生体内で)に対応して作られた用語で、コンピューターを駆使した研究です。
米国では、FDA(米国食品医薬品局)が承認した既存薬や、開発に失敗して製薬企業内で保存されている物質のデーターベースが公開されており、様々な手法で新たな薬効を見つける研究が進んでいます。
TNIK(TRAF-2 and NCK-interacting kinase)はセリン・スレオニンキナーゼで、このキナーゼ活性(タンパク質をリン酸化する活性)は結腸直腸がんの増殖活性の維持に必須であることが報告されています。
Wnt/βカテニン経路の最終段階であるβカテニンとTCFの相互作用において、TNIKはTCFのセリン154をリン酸化します。このリン酸化がβカテニン/TCFの遺伝子転写活性に必要だと言うことです。したがって、TNIKの阻害剤は大腸がんのようにWnt/βカテニンシグナル伝達系が亢進したがんの治療に有効と考えられており、多くの製薬会社が開発しています。まだ臨床的に使用できるものはありませんが、何十年も前から多くの国で使用されている駆虫薬のメベンダゾールが、TNIKの阻害剤としてかなり有望だという報告です。
メベンダゾールに関しては以下のような報告もあります。

Repositioning of the anthelmintic drug mebendazole for the treatment for colon cancer.(寄生虫治療薬メベンダゾールの大腸がん治療薬としての再開発)J Cancer Res Clin Oncol. 139(12): 2133-40, 2013年

【要旨】
目的:大腸がんの治療薬として再開発する目的で、臨床的に使用されている1600種類の医薬品を含む多数の物質をスクリニーングした。
方法:2種類の大腸がん細胞株を用い、蛍光微小細胞傷害性検定法(fluorometric microculture cytotoxicity assay)で抗がん活性を検討した。物質の比較には、Connectivity Map解析による遺伝子発現解析、米国がん研究所(NCI)の抗がん剤評価系のデータベース(NCI 60 data mining)、プロテインキナーゼ結合測定を実施した。
結果:2種類の大腸がん細胞において、10μMの濃度で細胞生存率を40%以下に減らす細胞傷害活性を示す物質が68種類スクリーニングされた。これらの物質は遺伝子発現の解析から幾つかの種類に分類され、その一つが寄生虫治療薬のベンゾイミダゾール(Benzimidazole)系の薬物であった。このうちメベンダゾール(Mebendazole)アルベンダゾール(Albendazole)が臨床で使用されていた。NCIの60種類のがん細胞株を用いた薬剤感受性のデータベースとの比較から、メベンダゾールとアルベンダゾールの類似性は低く、作用機序が異なることが示唆された。Connectivity Map解析による遺伝子発現パターンの比較でも、この2つの類似性は低かった。
さらに、メベンダゾールはBCR-ABLやBRAFを含む幾つかのプロテインキナーゼと相互作用を示したが、アルベンダゾールにはそのような作用は認めなかった。
メベンダゾールはNCA60パネルの大腸がん細胞株の80%に対して抗腫瘍活性を示した。さらに3種類の大腸がん細胞と3種類の非がん細胞での検討から、メベンダゾールの大腸がんに対する選択性が確認された。
結論:メベンダゾールは大腸がん治療薬として再開発する価値がある。

メベンダゾールはがんの代替医療ではかなり有名です。安価で副作用が少なくがん細胞の増殖を抑えるからです。一般に、寄生虫の治療薬はがんに効く薬が多くあります。
メベンダゾールの消化管からの吸収が低いのが欠点ですが、油の多い食事の後に服用すると吸収率を高めることができますので、ケトン食(低糖質・高脂肪食)との併用は有効です。
また、メベンダゾールを分解する薬物代謝酵素を阻害するグレープフルーツや胃薬のシメチジンを併用すると、メベンダゾールの血中濃度を高めることができます。
メベンダゾールの抗腫瘍効果と使用法については401話で紹介しています。

【ビタミンD3はWnt/β-カテニン経路を抑制する】
食事やサプリメントとして摂取したビタミンD3は、肝臓で25位が水酸化されて25(OH)ビタミンD3(カルシジオール:Calcidiol)に変換され、さらに腎臓などで1α位が水酸化されて活性型の1,25(OH)2-ビタミンD3(カルシトリオール:Calcitriol)になります。ビタミンD3は複数のメカニズムでがん細胞の増殖を抑制し、細胞の分化や死(アポトーシス)を誘導します。(371話参照)
活性型ビタミンD3は幾つかのメカニズムでWnt/β-カテニン経路を抑制することが報告されています。以下のようなメカニズムが提唱されています。

(1)β-カテニンはビタミンD受容体とも相互作用します。ビタミンDとビタミンD受容体の複合体にβ-カテニンが結合すると、β-カテニンとTcf/Lefの結合を阻止するので、Tcf/Lefの転写活性が抑制され、増殖抑制作用を示すというメカニズムが提唱されています。

(2)β-カテニンは接着分子のE-カドヘリンに結合して細胞間接着に重要は働きを担っています。ビタミンD3はE-カドヘリンの発現を亢進するので、β-カテニンを細胞膜の接着班に取り込むことによって細胞内のβ-カテニンの量を減らすことになります。

(3)ビタミンD3はDickkopf(DKK)-1というタンパク質の発現を亢進します。DKK-1はWntシグナルの細胞外の阻害因子です。

以上のような複数のメカニズムで、活性型ビタミンD3はβ-カテニン/TCFのターゲット遺伝子(c-mycやサイクリンD1など)の発現を抑制し、その結果、がん細胞の増殖を抑制することになると考えられています。(下図参照)

図:活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3はビタミンD受容体(VDR)と結合してVDRとβ-カテニンの結合を促進する。その結果、転写因子のTCFとβ-カテニンの結合を阻害するので、β-カテニン/TCFのターゲット遺伝子の転写を抑制する(①)。ビタミンD3と結合したビタミンD受容体はさらにβ-カテニンと結合することによってビタミンDのターゲット遺伝子の転写を活性化する(②)。細胞膜のE-カドヘリンをコードするCDH1遺伝子の発現を促進し、β-カテニンを細胞膜の接着班に取込む(③)。細胞外のWnt阻害因子であるDKK-1の発現を促進することによってWntシグナルを阻害する(④)。このように、活性型ビタミンD3の1,25(OH)2ビタミンD3は様々なメカニズムでβ-カテニン/TCFの転写活性を阻害することによって、細胞増殖を抑制する。(参考:Cancers 2013, 5, 1242-1260)

【スリンダクはWnt/β-カテニン経路を阻害する】
アスピリンインドメタシンスリンダクのような非ステロイド性抗炎症剤(nonsteroidal antiinflammatory drug, NSAID)シクロオキシゲナーゼ(Cyclooxygenase; COX)活性を阻害することにより炎症惹起性プロスタグランジンの産生を抑えて抗炎症作用を発揮します。

プロスタグランジンはアラキドン酸からシクロオキシゲナーゼ(COX)の働きにより合成される生理活性物質で、炎症の代表的なメディエーターです。

COXにはCOX-1COX-2の2種類のアイソザイムが知られています。
COX-1は胃や腸などの消化管、腎臓、卵巣、精嚢、血小板などに存在し、胃液分泌、利尿、血小板凝集などの生理的な役割を担います。

一方、COX-2はサイトカインや発がんプロモーター、ホルモンなどの刺激により、マクロファージ、線維芽細胞、血管内皮細胞、がん細胞などで誘導され、炎症反応、血管新生、アポトーシス、発がんなどに関与しています。
非ステロイド性抗炎症剤の一つのスリンダク(sulindac)はCOX-1とCOX-2の両方を阻害する非選択的なCOX阻害剤です。
COX阻害剤としての抗がん作用がありますが、スリンダクのCOX非依存的なメカニズムでの抗がん作用が注目されています。
一つは、スリンダクががん細胞特異的に酸化ストレスを高めて、抗がん剤の効き目を高める作用が報告されています。これについては365話で解説しています。

図:スリンダクはプロドラッグ(それ自体は薬効がなく、体内で代謝されて薬効のある物質に変化する薬)で、肝臓で代謝されてSulindac sulfideとSulindac sulfoneになる。COX阻害作用があるのはSulindac sulfideであるが、SulindacとSulindac sulfideとSulindac sulfoneにはCOX非依存性の抗がん作用があることが知られている。そのCOX非依存性の抗がん作用のメカニズムとしてがん細胞の酸化ストレスを高める作用が報告されている。さらに、Wnt/β-カテニン経路の阻害作用も報告されている。

スリンダクががん細胞におけるβ-カテニンの発現を抑制することが報告されています。次のような報告があります。

Sulindac suppresses β-catenin expression in human cancer cells.(スリンダクはヒトのがん細胞におけるβ-カテニンの発現を抑制する)Eur J Pharmacol. 2008 Mar 31; 583(1): 26–31.

【要旨】
スリンダクは培養細胞や動物実験モデルでの検討で、がん抑制遺伝子のp21WAF1/cip1の発現を誘導するメカニズムで大腸がん細胞の増殖を抑制する作用が示されている。本研究では、ヒト乳がん細胞株MCF-7、肺がん細胞株A549、大腸がん細胞株SW620を用いて、スリンダクの抗腫瘍効果を検討した。
3種類の細胞株において、スリンダク投与によって24時間後と72時間後の測定で、増殖が顕著に阻害された。アポトーシスは肺がん細胞と大腸がん細胞で誘導されたが、乳がん細胞ではアポトーシスは誘導されなかった。
スリンダクによるp21蛋白の発現誘導は、肺がん細胞と大腸がん細胞では認められたが、乳がん細胞では認められなかった。
最も重要な結果は、Wntシグナル経路の主要な因子であるβ-カテニンの発現が、3つの細胞株全てで、スリンダク投与によって抑制されたことである
スリンダクは用量依存的にβ-カテニンの発現を遺伝子転写レベルで抑制した。
β-カテニンのターゲット遺伝子であるc-myc、cyclin D1、cdk4も顕著に抑制された。
以上の結果から、スリンダクによるがん細胞の増殖抑制効果はβ-カテニン経路の抑制が関連していることが示唆された。

非ステロイド性抗炎症剤のスリンダクが大腸がんの発生や増殖を抑制する作用は多くの報告があります。その抗腫瘍効果のメカニズムの一つとして、スリンダクがWnt/β-カテニン経路を抑制することが報告されています。
さらに、大腸がん以外にも、乳がんや前立腺がんや肺がんなどでもスリンダクの抗腫瘍効果が報告され、Wnt/β-カテニン経路の抑制を含め複数の作用機序が報告されています。
スリンダクがWnt/β-カテニン経路を阻害するメカニズムはいろいろ報告されています。そのメカニズムの一つとして、スリンダクがホスホジエステラーゼ-5を阻害してcGMPの分解を阻止してプロテイン・キナーゼGを活性化してWnt/β-カテニン経路経路を阻害する作用メカニズムが報告されています。ホスホジエステラーゼ-5の阻害作用は、バイアグラやシアリスなどの勃起不全の治療薬と同じ作用です。以下のような報告があります。

Sulindac selectively inhibits colon tumor cell growth by activating the cGMP/PKG pathway to suppress Wnt/β-catenin signaling.(スリンダクはcGMP/PGK経路を活性化してWnt/β-カテニン経路を抑制して大腸がん細胞の増殖を選択的に阻害する)Mol Cancer Ther. 2013 Sep;12(9):1848-59.

【要旨】
非ステロイド性抗炎症剤は大腸がんをはじめ様々ながんに対して確かな抗腫瘍活性を示すが、シクロオキシゲナーゼ(COX)阻害作用による副作用の問題から長期使用が制限され、がんの化学予防の目的での使用には難点もある。
これまでの研究から、非ステロイド性抗炎症剤の抗腫瘍作用にはCOX阻害作用は必ずしも必要ないことが明らかになっているが、そのメカニズムは十分に解明されていない。
本研究では、非ステロイド性抗炎症剤のsulindac sulfideが、大腸がん細胞株の増殖を抑制しアポトーシスを誘導する濃度において、cGMPホスホジエステラーゼ(cyclic guanosine 3',5'-monophosphate phosphodiesterase)の活性を阻害し、細胞内のcGMP濃度を高め、cGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)を活性化することを明らかにした。
正常な大腸上皮細胞を用いた実験ではsulindac sulfideはcGMP/PKG経路を活性化することはなく、細胞増殖やアポトーシスにも影響しなかった。
cGMP特異的なホスホジエステラーゼー5(PDE5)をsiRNAやPDE5特異的阻害剤であるtadarafil(シアリス)sildenafil(バイアグラ)で阻害すると、正常細胞には影響せず、PDE5を過剰に発現している大腸がん細胞の増殖を選択的に阻害した。
このようなスリンダクの抗腫瘍効果とGMP/PKG経路の阻害は、β-カテニンの遺伝子転写を抑制し、その結果としてWnt/β-カテニン経路が阻害され、Tcf(T-cell factor)の転写活性が抑制され、サイクリンD1とsurvivinの発現抑制が関与していることを示している。
これらの結果は、PDE5と恐らく他のcGMP分解酵素を阻害するようなスリンダク誘導体は大腸がんの化学予防薬の候補と成る可能性を示唆している。

医薬品としてのスリンダク(sulindac)は体内で肝臓などで代謝されて活性型のsulindac sulfideやsulindac sulfoneになって薬効を示します。スリンダクはプロドラッグ(それ自体は薬効がなく、体内で代謝されて薬効のある物質に変化する薬)です。培養細胞を使った実験ではスリンダクは活性型になれないので、培養細胞を使った実験ではsulindac sulfideやsulindac sulfoneを使う必要があります。
COX阻害剤が大腸がんの予防に有効であることは多くの報告がありますが、COX阻害作用は長期に使用すると副作用が問題になるので、スリンダクのCOX阻害に依存しないメカニズムでの抗腫瘍効果が注目されています。そのようなメカニズムとしてホスホジエステラーゼ-5(PDE5)の阻害作用で、このPDE5の阻害はcGMPの分解を阻止するので、cGMP依存性のプロテインキナーゼGを活性化し、その結果、Wnt/β-カテニン経路が阻害されて、増殖抑制とアポトーシス誘導が起こるというメカニズムを報告しています。
勃起不全治療薬のsildenafil(バイアグラ)tadarafil(シアリス)vardenafil(レビトラ)はPDE5特異的阻害剤です。実際にこれらの薬が前立腺がんなどの予防や治療に有効であることが報告されています。これらのPDE5特異的阻害作用をもった勃起不全治療薬を日常的に服用している人は前立腺がんの発症が少ないというデータが報告されています。がんの治療薬としても有効であるという報告があります。
乳がん細胞でも同様な結果が報告されています。例えば、以下のような報告があります。

Inhibition of PDE5 by sulindac sulfide selectively induces apoptosis and attenuates oncogenic Wnt/β-catenin-mediated transcription in human breast tumor cells.(sulindac sulfideによるPDE5の阻害は、ヒト乳がん細胞において選択的にアポトーシスを誘導し、腫瘍促進性のWnt/β-カテニン誘導性の遺伝子転写を抑制する)Cancer Prev Res (Phila). 2011 Aug;4(8):1275-84.

スリンダクは乳がん細胞においてもPDE5を阻害してcGMPの分解を阻止し、プロテインキナーゼGの活性を高めてβ-カテニンのリン酸化を促進してβ-カテニンの分解を亢進し、WNT/β-カテニン経路を阻害するというメカニズムを報告しています。その結果、スリンダクは乳がん細胞の増殖を抑制し、アポトーシスを誘導すると報告しています。
スリンダクは複数のメカニズムで抗腫瘍効果を示す可能性があります。(下図参照)

図:スリンダクは様々ながん細胞に細胞増殖抑制とアポトーシス誘導の作用を示す。その作用機序としてシクロオキシゲナーゼ(COX)依存性のメカニズムとCOX非依存性のメカニズムがある。COX非依存性のメカニズムとして、活性酸素産生増加による酸化ストレス亢進や、フォスフォジエステラーゼ-5(PDE-5)阻害作用によるプロテインキナーゼG(PKG)活性上昇と、それによるβ-カテニンのリン酸化とβ-カテニン分解の亢進によるWNT/β-カテニン経路の抑制が報告されている。 

PDE5の過剰発現が乳がんや非小細胞性肺がんなどで報告されており、PDE5の発現亢進ががん細胞の発生や進展を亢進する可能性が指摘されています。
PDE5阻害剤が腫瘍組織の骨髄由来抑制細胞の働きを弱めることによって抗腫瘍免疫を増強するように腫瘍組織の微小環境を変えることが報告されています。
PDE5阻害剤と抗がん剤の併用は、がん細胞における活性酸素の産生を相乗的に高めます。
PDE5阻害剤が抗がん剤の抗腫瘍効果を高めることが、乳がんにおけるスリンダクとカペシタビンの併用、前立腺がんにおけるsildenafil(バイアグラ)とドキソルビシンの組合せなどで報告されています。
PED5阻害剤とビタミンD3とシメチジンは骨髄由来抑制細胞を抑制した抗腫瘍免疫を高めます(616話参照)。
シメチジンは、大腸がんに対して様々なメカニズムで抗腫瘍効果を発揮します。さらに、メベンダゾールの血中濃度を高める作用があります。
以上をまとめると、大腸がんや乳がんのようにWnt/βカテニンシグナル伝達系が亢進しているがんの代替療法として、メベンダゾール、ビタミンD3、スリンダク、シメチジン、PED5阻害剤(tadarafilなど)の併用は試してみる価値はあると思います。これらの組み合わせは副作用が極めて少なく、がん細胞の増殖抑制効果を発揮します。

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