一之瀬拓真シリーズの第6弾! 2018年4月に出版された書き下ろし作品である。
自宅で妊娠中の妻深雪を気遣い台所で洗い物の手伝いをする一之瀬拓真に、大城係長から電話が入る。隣の係が担当する小田彩殺人事件の任意聴取中の被疑者が逃げたという。大城の班全員が捜索に組み込まれたのだ。板橋中央署集合の指示をうける。それが始まりとなる。
逃走中の被疑者は高澤。大城から写真を渡され、後輩の春山英太を相方に二人で都営三田線蓮根駅での張り込み指示を受ける。だが、空振りに終わり、板橋中央署に戻ったところで、深夜に小野沢管理官から事情説明を受けた。高澤は容疑を否認、直接犯行に結びつく証拠もない段階だと言う。
翌朝、一之瀬は調書を確認のため特捜のある港南署に出向く許可を大城から得る。そして、見逃していた事実に気づいた。港南署の刑事課長は、一之瀬のもとの上司岩下係長だったと。
六本木のコンビニでバイトをしていた高澤が小田彩を見かけて引きつけられストーカーになり、殺人を犯したという。小田彩は「オフィスP」という芸能事務所の社員だった。芸能事務所の社長は、90年代前半に馬鹿ほど売れたビジュアル系バンドのヴォーカルをしていた田原ミノルだった。一之瀬は調書にある被害者小田彩の友人関係の聞き込みから始める。一方、同僚の若杉は高澤のバイト先を聞き込み先とした。
事務所の同僚である花田真咲の証言から、小田彩は夏のイベントの実質的な仕切り役だったこと。彩が殺されたことで、その企画を真咲が引き継ぎ大変な状況にあること。彩は沖縄出身で、恋人はいたかもしれないが、真咲は知らないという。一之瀬は訳ありの恋人かと想像した。春山も同様の感触だったという。
高校時代から彩を知る根川麗華によると、やはり恋人は居るようだが、それまで開けっぴろげで彼氏のことを話してきたのに、つき合っている相手のことを話さず誤魔化したという。そして感じが派手になっていたと言う。誰かの愛人・・・という線を想像した。
特捜本部に戻った一之瀬は、小野沢管理官に聞き込み結果を報告し、雷をおとされる。被疑者が特定できており、捜査の本筋と関係ないという叱責である。一之瀬は未だ確定的な証拠がないことから、特捜本部は被害者の人となりを完全に把握していないのではないかという感触をいだいたのだった。また、元上司の岩下と顔を合わせた折、高澤が犯人という前提で強引な捜査がこんな結果を招いたと聞かされる。
被害者の交友関係を全て把握した上で、「ストーカー行為がエスカレートしての犯行」と絞り込まれた捜査ではなかったという点に一之瀬は危うさを感じ始める。
宮下に誘われ、被疑者高澤の家の家宅捜索に一之瀬は同行した。ゴミ屋敷一歩手前のワンルームの部屋からは、ストーカー行為が確認出来る証拠-被害者を被写体にした数百枚の様々な写真、被害者のものと思われる服-は確認できた。
本格的な捜査会議に参加した後、一之瀬は岩下から高澤という人間について情報を聞き出そうとした。高澤は大学時代のバイト先だったイベント運営会社に就職し、そこを辞めてつまずいた人生を送ってきた。辞めた理由はクライアントとのトラブル、それは高澤が詰め腹を切らされたみたいな事情だったという。一之瀬は高澤の転落していった過程を詳しく知りたいと思うようになる。
この捜査ストーリーは、まず被疑者高澤を逃亡させたという失策の挽回に焦る小野沢管理官を筆頭にした特捜本部の焦燥感と捜査状況を描く。そこに助っ人として投げ込まれた一之瀬が捜査の進め方に対して抱いた違和感が原点となり、一之瀬は独自の捜査を行うようになる。さらに、その失策には元上司岩下の部下が直接関わっていたことから、特捜本部の中で岩下に一之瀬がどのように対応していくかにも焦点があたっていく。また、一之瀬は新たに上司となった大城の捜査に対する考え方や価値観にも気づいていく。特捜本部内で大城が特異な立場を取るようになる。
このストーリーでは特捜本部内における捜査方針を巡る対立と葛藤のプロセス描写が一つの読ませどころである。その渦中で一之瀬が捜査員としてどう対処していくのか。
捜査に加わった一之瀬はまず高澤のPASMOの履歴照会をした。その履歴を分析し高澤の犯行説を揺るがしかねない情報に気づくことになる。そんな矢先に、高澤の遺体が発見される。さらにそこに犯行を認める遺書らしきものもあったという連絡を受けた。だが、一之瀬が小田彩を殺していなければ、犯行を認める遺書を残すことは矛盾する。
捜査はどういう展開になるのか。事件は大きく様相を変えていく。
読者にとっては捜査が混迷する状態が生まれてきたことで俄然おもしろくなる。
被害者小田彩と被疑者高澤はともに遺体となった。高澤のパソコンに残された画像には、彩を撮った写真以外にも川の写真が大量にあった。一之瀬は全てを時間軸で分析することから着手する。それが彼をどこに導くのか。
彼等の過去を追跡捜査する一之瀬は、芸能イベント業界の複雑な人間関係と闇の側面に足を踏み入れることになっていく。
すこしユーモラスでかつほっとするのは、要所要所で一之瀬が妊娠中の妻深雪のことを心にかける行為の描写が挿入されていくことである。そして、特捜本部の捜査が佳境に入る頃に、深雪が無事に出産を済ませ、一之瀬はパパとなる!
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『奪還の日 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『特捜本部 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫
自宅で妊娠中の妻深雪を気遣い台所で洗い物の手伝いをする一之瀬拓真に、大城係長から電話が入る。隣の係が担当する小田彩殺人事件の任意聴取中の被疑者が逃げたという。大城の班全員が捜索に組み込まれたのだ。板橋中央署集合の指示をうける。それが始まりとなる。
逃走中の被疑者は高澤。大城から写真を渡され、後輩の春山英太を相方に二人で都営三田線蓮根駅での張り込み指示を受ける。だが、空振りに終わり、板橋中央署に戻ったところで、深夜に小野沢管理官から事情説明を受けた。高澤は容疑を否認、直接犯行に結びつく証拠もない段階だと言う。
翌朝、一之瀬は調書を確認のため特捜のある港南署に出向く許可を大城から得る。そして、見逃していた事実に気づいた。港南署の刑事課長は、一之瀬のもとの上司岩下係長だったと。
六本木のコンビニでバイトをしていた高澤が小田彩を見かけて引きつけられストーカーになり、殺人を犯したという。小田彩は「オフィスP」という芸能事務所の社員だった。芸能事務所の社長は、90年代前半に馬鹿ほど売れたビジュアル系バンドのヴォーカルをしていた田原ミノルだった。一之瀬は調書にある被害者小田彩の友人関係の聞き込みから始める。一方、同僚の若杉は高澤のバイト先を聞き込み先とした。
事務所の同僚である花田真咲の証言から、小田彩は夏のイベントの実質的な仕切り役だったこと。彩が殺されたことで、その企画を真咲が引き継ぎ大変な状況にあること。彩は沖縄出身で、恋人はいたかもしれないが、真咲は知らないという。一之瀬は訳ありの恋人かと想像した。春山も同様の感触だったという。
高校時代から彩を知る根川麗華によると、やはり恋人は居るようだが、それまで開けっぴろげで彼氏のことを話してきたのに、つき合っている相手のことを話さず誤魔化したという。そして感じが派手になっていたと言う。誰かの愛人・・・という線を想像した。
特捜本部に戻った一之瀬は、小野沢管理官に聞き込み結果を報告し、雷をおとされる。被疑者が特定できており、捜査の本筋と関係ないという叱責である。一之瀬は未だ確定的な証拠がないことから、特捜本部は被害者の人となりを完全に把握していないのではないかという感触をいだいたのだった。また、元上司の岩下と顔を合わせた折、高澤が犯人という前提で強引な捜査がこんな結果を招いたと聞かされる。
被害者の交友関係を全て把握した上で、「ストーカー行為がエスカレートしての犯行」と絞り込まれた捜査ではなかったという点に一之瀬は危うさを感じ始める。
宮下に誘われ、被疑者高澤の家の家宅捜索に一之瀬は同行した。ゴミ屋敷一歩手前のワンルームの部屋からは、ストーカー行為が確認出来る証拠-被害者を被写体にした数百枚の様々な写真、被害者のものと思われる服-は確認できた。
本格的な捜査会議に参加した後、一之瀬は岩下から高澤という人間について情報を聞き出そうとした。高澤は大学時代のバイト先だったイベント運営会社に就職し、そこを辞めてつまずいた人生を送ってきた。辞めた理由はクライアントとのトラブル、それは高澤が詰め腹を切らされたみたいな事情だったという。一之瀬は高澤の転落していった過程を詳しく知りたいと思うようになる。
この捜査ストーリーは、まず被疑者高澤を逃亡させたという失策の挽回に焦る小野沢管理官を筆頭にした特捜本部の焦燥感と捜査状況を描く。そこに助っ人として投げ込まれた一之瀬が捜査の進め方に対して抱いた違和感が原点となり、一之瀬は独自の捜査を行うようになる。さらに、その失策には元上司岩下の部下が直接関わっていたことから、特捜本部の中で岩下に一之瀬がどのように対応していくかにも焦点があたっていく。また、一之瀬は新たに上司となった大城の捜査に対する考え方や価値観にも気づいていく。特捜本部内で大城が特異な立場を取るようになる。
このストーリーでは特捜本部内における捜査方針を巡る対立と葛藤のプロセス描写が一つの読ませどころである。その渦中で一之瀬が捜査員としてどう対処していくのか。
捜査に加わった一之瀬はまず高澤のPASMOの履歴照会をした。その履歴を分析し高澤の犯行説を揺るがしかねない情報に気づくことになる。そんな矢先に、高澤の遺体が発見される。さらにそこに犯行を認める遺書らしきものもあったという連絡を受けた。だが、一之瀬が小田彩を殺していなければ、犯行を認める遺書を残すことは矛盾する。
捜査はどういう展開になるのか。事件は大きく様相を変えていく。
読者にとっては捜査が混迷する状態が生まれてきたことで俄然おもしろくなる。
被害者小田彩と被疑者高澤はともに遺体となった。高澤のパソコンに残された画像には、彩を撮った写真以外にも川の写真が大量にあった。一之瀬は全てを時間軸で分析することから着手する。それが彼をどこに導くのか。
彼等の過去を追跡捜査する一之瀬は、芸能イベント業界の複雑な人間関係と闇の側面に足を踏み入れることになっていく。
すこしユーモラスでかつほっとするのは、要所要所で一之瀬が妊娠中の妻深雪のことを心にかける行為の描写が挿入されていくことである。そして、特捜本部の捜査が佳境に入る頃に、深雪が無事に出産を済ませ、一之瀬はパパとなる!
ご一読ありがとうございます。
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『奪還の日 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『特捜本部 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』 集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』 中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』 中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』 中公文庫