遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 堂場瞬一  中公文庫

2019-01-30 11:59:24 | レビュー
 2013年。拓真と深雪は27歳である。7月に拓真は巡査部長の試験に合格した。長く付き合ってきた二人である。拓真が深雪にプロポーズするなら、このタイミングしかないと思いつつ、拓真はプロポーズをしそびれる。そんなじれったさを感じさせる場面から始まる。その逡巡する拓真の思いがこのストーリーの底流となっている。
 拓真と藤島は強盗事件の発生した現場近くの防犯カメラ映像を確認していた。藤島の携帯電話に課長から連絡が入る。丸の内にある極東物流に爆破予告があった。制服組が現場で避難誘導しているという。藤島と拓真は現場に向かい、避難誘導に協力する。なんとか避難誘導ができ、規制線が設けられて、真昼の丸の内に異常な静けさが生まれたとき、突然二人連れの男が慌てた様子で極東物流のビルから飛び出してきた。その直後、爆発音が鳴り響いた。爆破事件が現実に発生したのだ。
 過激派の犯行に絡む公安の案件なのか、何十年も前に起こった連続企業爆破事件の再来なのか・・・・。まずは、現場保存と初動の聞き込みから始まって行く。

 宇佐美課長から会社に対する事情聴取の指示を受けた拓真は、藤島とともに、秋山総務課長をまず掴まえることができ、秋山に事情聴取することから始めていく。代表電話の受付にかけられた犯人からの電話は総務課に回されて、石本という男性社員が直接電話を受けたという。石本に事情聴取していると、秋山が途中で話に割り込んで来る。一之瀬と藤島はその秋山の挙動から、今回の件は会社が執拗に脅されていたというような事前の動きがあったのではないかと感じ始める。
 刑事部と公安部の合同捜査という形で千代田署に本部が立つ。脅迫電話の後、速やかに非難が完了したことで人的被害はなかったものの事態の重要性に鑑みて、捜査一課と公安一課の共同捜査体制が組まれたのだ。捜査本部での会議が始まった時点でも犯行声明等はなく、極東物流にその後犯人から連絡もないという状況が続く。そのため、極左による犯行、それ以外のすべての可能性という両面で捜査に臨むという形になる。
 政治がからむかもしれないこの手の事件は苦手でやる気がしないという藤島に対し、一之瀬はやる気を見せる。やりたいなら自分で名乗り出よと藤島は一之瀬を突き放す。一之瀬は特殊班の稲崎係長に石本総務課員への事情聴取を担当させてほしいいと名乗り出た結果、特殊班の谷田と組み事件に取り組むことになる。
 巡査部長の試験に合格し、昇進前の功名心を抱く一之瀬は、捜査の進め方に対し、谷田に初っ端からダメだしされるスタートとなっていく。このストーリーの展開のおもしろみは、一之瀬が試験に合格したという情報が流布しており、一之瀬部長と様々な人にからかわれながら、一之瀬が事件に取り組んでいく姿が描かれるところにある。
 総務課員への聞き込みを広げる中で、春日俊介という名が浮上する。アジア第一課に所属し内勤の社員と連絡がとれず3日になるという。行方不明の状態だが、未だ捜索願は出されていないのだ。秋山は個人的な問題なのだとして語ろうとしない。一之瀬はこの春日のことが気になる。彼の勘がそう告げているのだ。会社が何か隠しているのは間違いが無い・・・・・と。一之瀬は千代田署の失踪課一方面分室室長の高城賢吾の知恵を借りることもする。
 一之瀬の業務用携帯にQと称する人物から直接に連絡が入る。日比谷公園で会うとQは一之瀬に極東物流の爆破事件は政治絡みだと一言。そしてその背景をこれから個人的に調べるつもりだとも言う。

 一之瀬は地道に聞き込みを広げる中で、少しずつ春日という人物の個人的な問題についての情報を掴んでいく。聞き込みや家宅捜査など捜査活動の地道な積み上げ。その一進一退のプロセスがリアルに泥臭く、先が読めないままに描き込まれていく。
 そんな最中、月曜の深夜に電話が入る。内幸町で殺しがあったのだ。酔っ払いが発見したという。殺された20代の若者は高いブランドのバッグをだき抱えていて、中にはビニール袋に1000万円ほどの札束をくるんだだけで、無造作にバッグに突っ込んであったという。バッグに入っていた免許証から、被害者は栃木県佐野市の朽木貴史とわかる。もちろん、その裏付け捜査が続いていく。一之瀬は春日の捜査を中断し、朽木関連の捜査を指示される。これは独立した殺人事件なのか。爆破事件に関連するのか・・・・・。

 このストーリー展開の中で、頻繁に出てくるのは、一之瀬に対して、自分の頭で考えろ、次にどう動くか常に考えながら動け、という言葉である。それは一之瀬に自立した刑事としての思考と行動を促すプレッシャーでもある。このシリーズ第3弾は、一之瀬が新米刑事から一皮脱皮していく過程を描くプロセスでもある。

 極東物流本社ビルでの爆破事件における秋山課長の何かを隠すような対応から始まり、ジグソウパズルのように、事情聴取の捜査でバラバラの断片が地道に部分部分つなぎ併せられていく。聞き込みによる断片的証言というパズルの小片のいくつかが部分的なまとまりをなしていく。糸口がその先につながり、網の目につながっていく。徐々に全体構図につながる必然的な筋が浮かび上がって行く。
 小さな綻びの糸口を地道に丹念に追跡していくと、その先には企業恐喝という筋が浮かび上がり、その恐喝ネタの淵源は東南アジアでの事業拡大におけるトラブルにあったという結びつきの構図が見えていく。Qの一言、政治絡みになっていく。

 このストーリーの読ませどころは、ジグソウパズルを完成させるような、地道な部分情報の結合と累積による推理という捜査活動にある。己の頭を酷使し、次はどう動くかと先の動きを考えながら前進していく姿を丹念に描き込んでいく。リアルで泥臭い、足で捜査する行動にある。その一方で、一之瀬は小さな失敗をいくつか繰り返す。手柄をたてようとする功名心から、重要な証人を覆面パトカーで千代田署に連れて行こうとするが、襲撃されて、車は大破しさらにその証人を殺されてしまう大失敗を一之瀬は犯す。だが、その仕掛けられた襲撃が犯人の潜伏先の割り出しに役立ち、犯人逮捕へと進展していくことにもなる。

 事件は解決したが、一之瀬には一生消えない苦い経験が残る。
 だが、この事件が終結した後、一之瀬は千代田署と先輩・藤島のもとを離れ、警視庁捜査一課に異動することになる。藤島からそう告げられるのだ。「お前は、自分が失敗したと思っているかもしれないけど、上はそうは見ていないってことなんだ。」と。さらに、半蔵門署の若杉も、捜査一課に上がるということを、藤島は朗報だと言い、一之瀬に伝える。一之瀬は即座に冗談じゃないと思う。
 自立へと一歩歩み出す一之瀬拓真が捜査一課でどのように活躍することになっていくのか? シリーズ第4弾への期待が高まる。

 ご一読、ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』    集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
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