遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『小説・北方領土交渉 元外務省主任分析官・佐田勇の告白』 佐藤優 徳間書店

2015-07-30 09:30:23 | レビュー
 本書が出版されたのは2014年1月。奥書を見ると、当初、『読楽』(徳間書店)という雑誌の、2013念6月号~2013年12月号に『外務省DT物語』として連載されたものに加筆修正したという。小説の末章「最終話 小説・北方領土交渉」に、小説本文の会話の一部として、DTは、作家中村うさぎさんに教えて貰った「童貞 DOUTEI」の略語だている。そして、その理由に「このタイトルならば久山本人にメッセージがきちんと伝わる。また事実関係が既に知られていれば、ロシアの秘密警察も久山を揺さぶることが出来ない。それと同時に、北方領土交渉の経緯と現状について、多くの人に知ってもらえる内容にしたい」と。この引用文もこの小説本文中の会話である。
 つまり、たとえ「小説」という形であっても、そこに書かれたことが、小説として公知にならなければ、インテリジェンスの世界では、実際に小説に書かれた内容あるいは近似の秘事実が揺さぶり材料に利用しかねないということだろう。逆に言えば、この小説に書かれた、外務省関係者の行為には、小説というフィクションの形で200%にデフォルメされていようとも、知る人にはわかる近似事実が陰に潜んでいるとも受け取れる。その点がまず、興味深いところである。

 外務省の高級官僚が必ずしも国家のためにという崇高な理念で外交行為に邁進しているのでなく、かなり私利私欲を軸にして、立ち回っている連中がいるということだ。この「小説・北方領土交渉」は、「北方領土交渉の経緯と現状」について、教科書的に記録に残る事実・資料の時系列的解説ではなく、北方領土交渉の経緯事実の核になる事項をきっちりと押さえながら、その時系列の経緯プロセスの中に関わった大臣、政党とともに、北方領土交渉の直接の窓口になった外務省の当該交渉関係者の人間模様を織りなしている。その私利私欲の側面を交渉プロセスの交渉背景に描き込んで行く。そこには、人間的だが愚劣な動きも多々書き込まれているという次第。そこにはやはり、個人並びに組織の「利権」が影を投げかけているといえる。
 北方領土交渉は、その時点時点で交渉結果の条約、宣言、声明などの史的記録資料が残り、誰がその交渉当事者・関係者であったかという資料情報もそれなりに跡づけ出来る。そのため、克明にリサーチしていけば、ほぼこの小説でデフォルメされた登場人物名は、実際の交渉当事者・関係者として特定していけるとも言える。そこに描かれたことは、著者の想像領域が加わり、行為描写にフィクションが加えられているのだが。しかし、モデルとなる人物が特定できるゆえに、根も葉もない誇張を小説に登場させる人物像として書いている訳でもないだろう・・・・・。そこがおもしろいところである。
 「北方領土交渉」というのは、硬いテーマであり、ある意味でなかなか一般の関心が向きにくく、長期間に渡る交渉経緯や内容は知りづらいものだ。その「北方領土交渉の経緯と現状」が大凡、史的経緯として把握でき、その核となる問題点を理解できるということでは、この作品は成功していると思う。私にとっても、ちょっと遠かった北方領土交渉という問題に関心を深める契機となった。

 北方領土問題に限らず、他の外交局面についてもそうであろうが、外務省並びに外交官僚、および大臣その他関係者の大半は、国家に対しての崇高な理念、国家の公僕として働いている訳ではない。大半の人々は己に関わる「利権」、名誉欲・出世欲・金銭欲を含めた「私利私欲」で外交交渉に関わっている・・・・。そんな局面が丸見えになって、おもしろい。たとえば、こんな一節を記している。「外務省には、『サンカク官僚』と呼ばれる特異な能力を持っている人がいる。『義理を欠き』『人情を欠く』というような外務官僚は、ごく普通にいる。『サンカク官僚』の場合は、これに加えて平気で『恥をかく』ことができる」(p22)と。
 この小説が、今後の北方領土交渉問題に対する関係者へ、どれだけ行動の抑止力になるか、興味深い。著者自身、小説の会話体の中で、「そのうち北方領土交渉を扱った暴露小説を書いて、外務省に牽制球を投げておこうと思っています」(p31)と書き込んでいる。

 「元外務省主任分析官・佐田勇」が著者・佐藤優自身をモデルにしていることは間違いがない。それでは、著者自身がこの小説で「佐田勇」をどう描いているか、描写箇所を抽出してみよう。それが、フィクションとして、モデルとなる人物を小説の登場人物に装飾している一つの目安になるだろう。どこまでフィクション化を加えているか・・・・。
 ・佐田は、新聞記者や政治家には、『外務省の昔の同僚や友人との関係は完全に切った』と言っていますが、額面通りに受け取るのは危険です。私が親しくするロビイストで、佐田と定期的に接触している者がいるのですが、そこから入ってくる情報によると、佐田は現在も外務省内に情報源を持っています。そして、不倫や不正経理などスキャンダル系の情報を、裏で週刊誌やスポーツ新聞の記者に流しています。  p23
 ・現在は、職業作家になった佐田だが、元は外務官僚だった。都築峰男事件に連座し、東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所の独房に512日間も勾留された。通常、官僚は特捜に締め上げられると、供述調書の「自動販売機」になっってしまい、自白するのだが、佐田の場合は、否認を貫き通し、最高裁まで争った。裁判は7年続いた。結局、2009年6月30日、佐田に懲役2年6月、執行猶予4年の有罪が確定した。外務省は、佐田を懲戒免職にせず、「禁錮刑以上の刑が確定したので、国家公務員の身分を失った」という形で自然失職にした。  p29
 ・たぶん、『アサヒ芸能』(徳間書店)に連載している『ニッポン有事!』のことと思います。外務官僚の不倫、レイプ、性犯罪、不正蓄財などについても、『アサヒ芸能』ならば、何の縛りもなく自由に書けるので、最大限に活用しています。 p31
 ・もともとは、外務省のロシアスクールに属するインテリジェンス専門家だった。p50
 ・東京地検に逮捕されていから佐田は一度も外国に出ていない。そうなると不思議なもので、外国人の方が佐田に会うために東京にやってくる。ロシアの大富豪で、自家用機で佐田を訪ねてくる人もいる。 p53
 ・佐田さん、情報は人につきます。外務省から離れたといっても、重要な情報は属人的に佐田さんのところに入ってきます。・・・・情報は別の人から、別の方法で入手します。むしろ私たちが得た情報を佐田さんに評価してもらいたいのです。 p54
 ・中田は「世の中には、家族と使用人と敵しかいない」と公言していた。・・・・当時、外務省の主任分析官として都築や西郷に機微に触れるクレムリンの情報を報告していた佐田も中田の敵ボックスに入れられてしまった。 p70-71
 ・当時、外務省国際情報局に勤務していた佐田は、ロシア、中東、北朝鮮など都築が関心を持つ外交問題で何か動きがあると、その都度、都築に報告していた。  p101
 ・佐田は、当初、京浜東北線与野駅西口から徒歩3分のところにある母親のもとに身を寄せていた。年明けに佐田の婚約者が外務省を辞めた。佐田は西国分寺に引っ越し、婚約者と暮らすようになった。2005年3月に佐田は『日本国家の罠-外務省の妖怪と呼ばれて』を上梓した。  p106
 ・2009年春に佐田は、新宿の曙橋に近い狭小住宅に引っ越した。商業地区なので、建ぺい率が80%、容積率が400%もある。この地区では火災防止の観点から木造建築が認められていない。猫の額のような土地の上に立った4階建てのRC(鉄筋コンクリート)製中古住宅だ。佐田は猫5匹を飼っている。いずれも元捨て猫か野良猫、あるは地域猫だ。・・・5匹の猫と暮らすためにはどうしても戸建てが必要だった。 p110
 ・自宅は4階建てで、佐田の書斎は3階にある。・・・・佐田は、自宅から歩いて1分のところにあるマンションの1室を借りて仕事場にしている。壁面すべてが本棚で、・・・・文を綴るときには、自宅ではなく、この仕事場を使うことにしている。  p111
 ・佐田が初めて都築と会ったのは1991年のことだった。  p187
 ・アレクサンドロフがこの晩、佐田に説明した共同論文は、7月18日にロシアの高級紙『独立新聞』に発表された。 p114
 ・佐田勇は、箱根仙石原に仕事場を持っている。築50年のリゾートマンションだが建て付けはしっかりしている。佐田が尊敬する評論家の武山謙一の仕事場がこのマンションにある。   p231
 ・佐田は、部屋を全面改装し、移動式書架をつけ、1万5000冊の収納スペースを作った。・・・その後、さらに隣とその隣の部屋を入手し、本格的な仕事場に改装した。書籍を全部で4万冊収納できるスペースができ、また、2家族が宿泊できる設備を整えた。 p236

 ちょっと長くなったが、著者がモデルである佐田のプロフィールとして、どのようにフィクションに書き込んでいるか。一つのメルクマールになるだろう。
 この佐田が、この小説の中で、北方領土問題について、どのような分析をして、その考えを述べているかは、この作品をご一読いただくとよい。
この小説で、興味深いのは、ストーリー展開の中で、佐田勇が求めに応じて作成したという形で書き込まれている「紙」とか「分析メモ」という簡略なレポートである。この部分を読むだけでも、北方領土問題の交渉プロセスの後付けを考える参考になり、興味深い。この小説では、次の見出しのレポートが挿入されている。現実の北方領土問題交渉の歴史の時系列を当てはめると、括弧内に記した時点の史実に照応するものだと判断する。あくまで参考に、調べてみた結果を併記した。

*「森田義雄総理とウラジミロフ露大統領の会談」
   (平成26年2月22日 森元総理大臣とプーチン・ロシア大統領との会談)
*「日露首脳会談に対する評価」2013年4月30日矢部首相がモスクワ宗パット津と同時に佐田が作成し、関係者に送ったレポート
   (平成26年4月29日 安倍総理大臣・プーチン大統領 日露首脳会談)
*「ブシュコフ露官房長官の就任」(2013.5.22 セルゲイ・プリホチコの就任)
*「7月18日付『独立新聞』に掲載された北方領土交渉に関する西郷、アレクサンドロフ共同論文」(2013.7.18付 東郷和彦/アレクサンドル・パノフ共同論文「日露平和条約問題の解決に向けて」)

 最後に、この単行本が出版されたのは、2014年1月である。この1月時点では、本書「まえがき」に、「現実の北方領土交渉において、日本外務省で鍵を握るのは、
 杉山晋輔外務審議官(政務担当)/上月豊久欧州局長/宇山秀樹欧州局ロシア課長 
の3人だ。・・・・」と記されている。(この人々がモデルと想定できそうな登場人物が当然ながら登場する。)
 ところが、現在(2015年7月)時点で、外務省の開示情報をネット検索してみると、早くも、外務省の北方問題交渉のプレイヤーは人事異動により変化している。
 つまり、杉山晋輔外務審議官(政務)/林肇欧州局長/徳田修一欧州局ロシア課長
という新体制となっている。上月豊久氏は、外務大臣官房長に昇進している。宇山秀樹氏はこの開示リストには載っていない。2015年6月1日時点で、英国公使で転出したようだ。 北方領土問題交渉を実質的に推進する外務省がどうなっていくのか。状況は変化していく。ウォッチングする必要がありそうだ。


 ご一読ありがとうございます。

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本書並びに北方領土問題に関連する情報、有益なソースをネット検索してみた。
一覧にしておきたい。

日ソ共同宣言後の日露関係  :「北方領土問題対策協会」
    それ以降のトピックス
北方領土問題の概要  :「外務省」

日ソ共同宣言  :ウィキペディア
日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との共同宣言  資料   1956年
東京宣言 1993年10月13日
橋本首相 新三原則発表  1997年7月24日 (経済同友会会員懇談会演説)
  「信頼」「相互利益」「長期的な視点」  
クラスヤルスク合意  1997年11月2日
川奈会談(1998年4月19日)とイルクーツク会談
モスクワ宣言 小淵首相・エリツィン大統領  1998年11月13日
平和条約問題に関する共同声明 森首相・プーチン大統領 2000年9月5日
イルクーツク声明  2001年3月25日
  イルクーツク日露首脳会談(概要)

日露行動計画(骨子)  2003年1月10日
  共同声明  小泉首相・プーチン大統領

川口外務大臣寄稿論文    2002年11月
「訪露前夜に思うこと~日露関係を新たなレベルに」  :「外務省」

東郷・パノフ共同論文-北方領土問題の解決への展望(11日の日記) (1)
   2013.8.11   :「My Web Site」
  アレクサンドル・パノフ  :ウィキペディア
「国後・択捉は経済特区に」 日ロ外交官OBが棚上げ案  :「日本の夜明け」
   東郷和彦・元外務省欧州局長
   アレクサンドル・パノフ元駐日大使

ロシアのプーチン大統領、プリホチコ氏を副首相に任命  :「livedoor NEWS」
ドーミトリ・メドベージェフ内閣  :ウィキペディア
セルゲイ・プチホチコ  :ウィキペディア

事務次官等の一覧  :ウィキペディア
幹部名簿 平成27年7月15日 :「外務省」
平成二十四年十一月二日提出  質問第二一号  :「参議院」
外務省欧州局ロシア課長による贈与等報告等に関する質問主意書 提出者:浅野貴博氏

ムネオ日記  ホームページ

佐藤優直伝 インテリジェンスの教室 有料メルマガ
佐藤優の地球を斬る  :「SankeiBiz」
  核恫喝外交、北方領土交渉にも影響 (1/4ページ)
佐藤優の記事一覧 [佐藤優の眼光紙背]  :「BLOGOS」
  ロックアーン日露首脳会談と北方領土交渉の展望  2013.6.24
佐藤優さんとホル、チビ、シマ  :「中日新聞 Opi-rina」
PLAYBOY INTERVIEW 佐藤優(1) :「日暮れて途通し」
PLAYBOY INTERVIEW 佐藤優(2) :「日暮れて途通し」
特定秘密保護法案 徹底批判(佐藤優×福島みずほ)その1 :「BLOGOS」

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ブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『私の「情報分析術」超入門 仕事に効く世界の捉え方』  徳間書店
『読書の技法』 東洋経済新報社
『新・帝国主義の時代 右巻 日本の針路篇』  中央公論新社
『新・帝国主義の時代 左巻 情勢分析編』  中央公論新社

『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 佐藤青南 宝島社

2015-07-26 08:00:06 | レビュー
 第3作の新聞広告を見て、「行動心理捜査官・楯岡絵麻」という副題に関心をもった。そこで、第1作をまず読んで見ることにした。
 今までの警察小説とは一風変わったアプローチがユニークである。舞台は主として警視庁本部庁舎の取調室だけ。外部が描かれることがあっても、ほんの少し、関連部分だけというもの。女刑事・楯岡絵麻は美人の巡査部長で、捜査一課に西野が3年前に配属されたときから自称28歳を通している。そのため後輩の西野と同年齢になってしまったというおかしみが冒頭から描かれる。
 楯岡絵麻は、それまでの事件調書・情報を踏まえて取調室で容疑者に尋問を進めて行く。西野はその取り調べの間、壁際でノートパソコンに向かって、絵麻の尋問プロセスを記録する係なのだ。西野にとっての絵麻の尋問方法は、西野が刑事の取り調べとして頭に思い描くやりかたとはまったく違うのだ。そのことに戸惑いを常に感じつつ、己に課せられた職務を果たしていく。それも、取調室で絵麻に怒鳴られ、叱責され、ときには脚を蹴られたりしながら・・・・。しかし、絵麻流の取り調べの呼吸を徐々に会得し、そのやり方に理解が及ばないまま、それなりに良き相棒となっていく。絵麻の取り調べにおいて被疑者の自供率は100%、そのために名前の絵麻をもじり「エンマ様」と課内では通称されているのだ。

 絵麻はどんな取り調べ、尋問をするのか? 彼女は大学で心理学を学び、刑事になった。つまり、人間の行動の中に表れる様々な徴候を心理分析してそれを武器に取り調べをソフトに進めて行くのだ。被疑者との間にラポートを形成し、初期段階で被疑者の言動に表れる特徴や癖を把握する。その上で、おもに被疑者の大脳辺縁系の働きが、被疑者の体に表し始めるマイクロジェスチャーをキャッチし、心理分析しながら自供に導くのである。この取調室だけでの尋問だけで事件解決を図る場面はそこに妙味があるといえる。よくテレビの警察ドラマにでてくる被疑者にプレッシャーをかけ、取り調べる刑事が脅しとなだめをませたような取り調べシーンとは全く異なる取り調べ、尋問のプロセスがストーリーとして描かれて行く。そして、その尋問プロセスが行動主義の心理学のどのような理論的背景が応用されているのかが語られていく形となる。
 つまり、行動心理学、行動主義心理学を中心にした心理学理論と実験結果などを、捜査一課の扱う殺人事件の被疑者取り調べに応用したらどうなるか・・・・という一種事例話的なストーリー展開である。
 人間は無意識のうちに、瞬間的な動作・しぐさというノンバーバルな行動を取ってしまうのだ。コトバでは嘘をさも事実・真実のごとくにしゃべっても、そのときに身体がノンバーバルに無意識に真実の局面を表してしまっている。身体は嘘を隠せない。演技しきれずに無意識にボロを出しているという次第・・・・。絵麻はその分析テクニックに長けているのだ。
 人間の脳は、大脳辺縁系(感情機能)、大脳新皮質(思考機能)、脳幹(基本的な生命維持機能)が三位一体となり、人間の生理や行動を管理している。思考はコントロールできる部分が大きい、思考を停止し沈黙もできる。しかし、感情の無意識な表出はコントロールがむずかしい。絵麻は被疑者の大脳辺縁系と尋問中に話をするというのである。被疑者のノンバーバルな行動表出を読み取っていく。この小説のおもしろさ、興味深さはこの点にある。
 逆にいえば、行動心理捜査官が事件の捜査現場に出向き、ダイナミックな行動に出て行く中でのエンターテインメントをイメージし期待する人にはあてが外れる。この本を手に取ることを辞めた方がよい。

 行動心理学にちょっと興味を持つ人、あるいは行動心理学を楽しみながらちょっと覗いてみたい人にはうってつけの事例集みたいな小説でもある。警察小説として被疑者を対象にした応用・創作事例ではあるが、じつはこのテクニック、ビジネスにも恋人にも応用がきくのだから、そういう目でも読み進めると、副産物多しというところだ。

 さて、この第1作は、楯岡絵麻の被疑者取り調べが5話集められた短編の集成である。各事件の被疑者がどのように女刑事・絵麻と対峙し、絵麻のソフトな尋問アプローチにからめとられて自供に追い込まれていくかを楽しめる。どの小品から読むこともできる。しかし、一方で時系列的な事件解決のところどころに、なぜ女刑事楯岡絵麻が行動心理捜査官になったのか、その背景が少しずつ語られていく。そして、絵麻が刑事になった原点に、15年前の小平市で起こった女性教師強姦殺人事件が関係していたということが見え始める。山下刑事が唯一の専従捜査員となって、捜査が維持されていて、時効寸前にきているのだ。この行動心理捜査官シリーズ、著者の頭脳の中には、既に構想が広がっている予感を感じさせる短編で結末となる。なんだか、おもしろい展開が始まっていきそうだ。

 最後にこの作品集の5つの事件を簡単に紹介しておこう。

<第1話 YESか脳か>
 被疑者は崎田博史、23歳。イケメンで自称アルバイトの男。会社経営者富田正道氏の長女・3歳の優果ちゃんの失踪事件の被疑者として絵麻の取り調べを受る。
 富田家への数回の脅迫電話。それに対する捜査として、都内の公衆電話を張り込んでいた私服警官が、崎田の身柄を拘束してしまったのだ。彼が単なる連絡係なのかどうか・・・。そなら事件が混迷しかねない。一刻も早く人質となった幼児を保護しなければならないのに。絵麻の取り調べが、軟らかく始まる。被疑者の大脳辺縁系と話をしだす絵麻のテクニックが興味深い。

<第2話 近くて遠いディスタンス>
 品川区戸越にある木造一戸建て家屋で火災が発生。焼け跡から遺体が発見されたが、現場家屋に居住していた無職、竹井朋彦と判明したが、遺体は出火前に深い刺し傷で絶命していた。黒々と炭化し性別すら判然としなかったが、身元の特定の決め手は被害者のかかりつけ歯科医・福永良樹が提出した歯科カルテだった。福永は被害者とは高校の同級生だった。被害者には数か月前から多額の生命保険が掛けられていた。受取人が妻・道代だったが、彼女は生命保険のことは知らないと主張。毎月の保険料は被害者名義の口座からの引き落としとなっていた。入金はコンビニなどのATMから行われていた。しかし、ただひと月分だけはネットバンキングで別の口座から保険料が被害者の口座に入金されていたのだ。それは福永の銀行口座からの振り込みと判明する。重要参考人として任意同行した福永を絵麻が取り調べに入る。この取り調べから、事件は意外な様相をみせはじめる。人間がそれぞれ有する心理的な縄張り、パーソナルスペースが、事件解明の鍵となっていく。

<第3話 私はなんでも知っている>
 被疑者は手嶋奈緒美、38歳。青梅市で小さな喫茶店を営むが、店の一角で行う霊感占いが当たるとの評判で、有名な占い師として知られている。豊島区池袋で起こった殺人事件の重要参考人として任意同行したのだ。絵麻はこの自称占い師と対峙し、取り調べる。絵麻は、この重要参考人に絵麻自身を占って欲しいと切り出していく。重要参考人の指示で、「CECIL McBEE」のロゴがでかでかとプリントされたトートバックを絵麻が取調室に持参し、ふだん使用している筆記具で要求された通りに名前と誕生日を書いて行く。
 まったく取調室らしからぬ行為からプロセスが進展する。そして、占いの経緯を実体験したあと、絵麻は霊感占い師のインチキ性を暴いていくことから始めて行く。フォアラー効果とマインドコントロールが決め手となっていく。マインドコントロールが二重三重に交錯していく結果が産みだした殺人事件だった。単純な展開とならないところに、著者の工夫がうかがえる。

<第4話 名優は誰だ>
 三日前の早朝に、渋谷区恵比寿の住宅街にある公園で後頭部を石のような硬いもので殴られて死亡した男が発見される。財布に入っていた免許証から、人気俳優の内嶋貴弘、46歳とすぐ判明した。現場周辺には争った形跡がなく、背後から突然襲われたものと思われる。捜査本部は20歳の人気女優・木戸真里を任意同行した。絵麻は木戸真里の取り調べを担当する。被害者の内嶋貴弘は、芸能界屈指のプレーボーイとして有名だった。最近のスキャンダルの相手がこの木戸真里だったのである。絵麻お得意である、真里の大脳辺縁系との話を始めようとした矢先、被害者の妻・内嶋紗江子が自首してきたという。紗江子は日本アカデミー賞主演女優賞を受賞するほどの人気と実力を兼ね備えた女優でもあった。だが、木戸真里は内嶋紗江子は実は大根役者にしか過ぎないと痛烈に批判する。
 紗江子の取り調べも、絵麻が担当するのだが、紗江子にはなかなかなだめ行動が見られず、マイクロジェスチャーも発見しづらいのである。その自供にはウラがありそうなのだが、さすがの絵麻も手がかりを得るのに苦労する。自供は演技なのか、本当なのか・・・・。真里と紗江子、人気女優を取り調べる絵麻は困惑を覚えた先に、活路を発見する。そこには、意外な事実があった。
 相貌に表れるマイクロジェスチャーの限界性とその読み方、自発会話における休止の分析、ゲイン効果とロス効果などが絵麻の分析手法に登場する。自発会話における休止が心理的に意味するものの読み解きがおもしろい。自発会話が真実の吐露なのか、巧妙な演技なのか・・・・
 
<第5話 綺麗な薔薇は棘だらけ>
 取調室での絵麻の相棒、あの西野が学生時代の友人である有名な私大付属病院の勤務医に誘われて、婚活パーティに参加していたのだ。その婚活パーティは男性側に厳格な審査基準が設けられ、社会的地位や収入など、一定の条件を満たした者にしか参加が許されないというものだった。西野は友人から同僚の医者だという口利きでたまたま参加した。そして、矢田部香澄という女に声をかけられ、つきあっているという。西野の話では、病気の父親を看病しながら、苦学して音大大学院に通っている女の子だという。絵麻ははなからおかしいと感じていた。
 その矢田部香澄が、結婚詐欺の容疑という別件の口実で任意同行され、絵麻の取り調べを受けることになった。事実は、香澄の周辺でここ数年で4人の男が不審死を遂げている事実が判明していたのだ。この取り調べには、西野の同期である捜査一課の同僚、森永刑事が、西野の役回りを代行する。というのは、西野の行方が不明なのだ。
 絵麻は香澄を取り調べるプロセスで、香澄の会話の進め方の中に、ローボールテクニックやドア・イン・ザ・フェイス・テクニックなどが使われているのを読み取っていく。
 なだめ行動を見せない香澄。香澄の嘘を見抜く鍵はどこにあるのか・・・・。絵麻は大きな賭に出る。そして、当初は想定もしていなかった意外なシナリオに行きつく。それが的中するのだ。
 状況証拠から西野を事件の被疑者として追跡する可能性の瀬戸際まで行く。結婚詐欺のおもしろい手口を並べながら、これもまた香澄の示す言動を介して、意外な展開に行きつく筋立てになっている。
 
 警察小説の世界に、また一つあらたな切り口を開いた作品といえる。この第1作では
楯岡絵麻が刑事になる契機となった15年前の事件が、どう展開し、女刑事・楯岡絵麻にどう結びついて行くのか・・・・楽しみが残る。

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この作品に登場する行動心理学関連の用語や理論の一端をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

人の脳の不思議 人の脳の構造と機能その2 
 :「秦純一の中学生の知識でわかる私たちの身体の不思議」
大脳辺縁系の3つの反応とノンバーバルの関係(戦う) :「岐阜心理カウンセリング」
なだめ行動のパターンを知ろう3 :「岐阜心理カウンセリング」
   このシリーズ記事が掲載されています。リンクあり。
防衛機制 袴田優子・下山晴彦 共著  :「脳科学辞典」
脳科学辞典:脳科学辞典について
パーソナルスペース  :ウィキペディア
パーソナルスペースで分かる男性心理!近いのは恋愛のサイン?:「ナレッジスペース」
メラビアンの法則  :ウィキペディア
アルバート・メラビアン  :ウィキペディア
好意の返報性 :「心理学入門講座」
好意の返報性のまとめ  :「Ofee」
非言語コミュニケーション  :ウィキペディア
ノンバーバルコミュニケーションで人を惹きつける11の方法 :「ビジョナリーマインド」
Microexpression From Wikipedia, the free encyclopedia
Guide to Reading Microexpressions :「Science of People」
Body Language vs. Micro-Expressions :「Psychology Today」
行動やしぐさから分かる心理 :「Ofee」
ブラック心理学 ~癖やしぐさで心を見抜く~  :「NAVER まとめ」
認知的整合性理論  :「科学事典」
認知心理学     :「科学事典」
マインドコントロール  :ウィキペディア
Mind control From Wikipedia, the free encyclopedia
サイコパス → 精神病質 :ウィキペディア
ミルグラム実験 → ミルグラムの電気ショック実験  :「日本心理学会」
服従の心理~ミルグラム実験(アイヒマン実験):「龍青三オフィシャルサイト」
ランチョン・テクニックと人の心理の意外な事実
        :「そういうことだったのか!心理学講座」
フォアラー効果(P・T・バーナム効果、 主観的な評価) :「SkepticDic 日本語版」
スティンザー効果  :「心理カウンセリング用語辞典」
プラセボ効果   :「コトバンク」


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『刑事群像』 香納諒一  講談社

2015-07-23 09:24:01 | レビュー
 著者の警察小説作品に警視庁捜査一課シリーズといえるものがある。一つは強行班七係の通称小林班でデカ長を務める大河内(おおこうち)茂雄とそのメンバーが捜査活動をする作品群。その中の一冊『無縁旅人』は読んでいる。一方、中本班のデカ長・庄野樹(たつき)とそのメンバーが捜査活動する作品である。
 本作品は結果的にその小林班と中本班の刑事達が大河内・庄野というデカ長を中心に合同で捜査活動を推し進めて行くというストーリー展開になる。つまり、普段なら事件捜査の解決実績で結果的に互いに競い合う感じになる刑事達が、互いに競争心を抱きながらもひとつの事件解明に協力していくことになる。タイトルは、様々な刑事たちの互いの関わりによる集団捜査活動の進展を描くところから名づけられたようだ。

 事件の発端は、湾岸道路と京浜運河とを結ぶ中間地点で、全裸の女の死体が発見され、通報されたことにある。被害者は「一糸まとわぬ姿で、歩道と周囲の土地をへだてるガードレールに寄りかかり、虚ろな両眼を車道の方向へと向けていた」という姿態で路上に放置されていたのだ。大河内が現場に到着した時には、明るい真夏の日差しに照らされている異様な情景だった。全裸死体は、あたかも見せびらかし、死後も辱めて見せしめにするかのようなあられもないポーズを取っていたのである。絞殺死体だった。
 さらに、その全裸死体の映像が朝の六時過ぎに既にアップされ、さまざまにツイートされ憶測が飛び交っていた。コメントやリツイートが既に1万件を突破し、ニュースでセンセーショナルに取り上げられ、騒然となる状況だった。

 ニュースに取り上げられたことから、歯科医院を開業する本間和明が警察に通報する。被害者は本間がつきあっている女性「坂上実咲(さかがみみさき)」かもしれないと。この通報のウラをとることから、本間が結婚するつもりでいた女性である坂上実咲が被害者だったと容易に確定し、被害者の住所も判明する。
 本間の話では、坂上実咲は才色兼備の理想の女性であり、主に財務関係の相談に乗る経営コンサルタントをしていたという。そして、兄弟姉妹もなく、天涯孤独の身の上だったという。だが大河内等の捜査が進むと、坂上実咲は本間がイメージする天涯孤独の完璧な女性像とは全く異なる意外な事実・側面が次々に明らかになっていくのだった。
 このストーリーは、坂上実咲がどんな生き様をしてきた女だったのかを暴いていくという筋立てになっている。それは事件の構造が複雑に交錯していたことを明らかにしていくプロセスでもある。
 
 目黒区東山1丁目の蛇崩(じゃくずれ)へと続く道に立つマンションを本間に教えられた大河内らは、その住まいの捜査に出向く。坂上はマンションの817号室を自宅兼事務所にしていたという。家政婦の平沼に部屋を案内されたのだが、事務所として使われる部屋に生活臭はなく、住宅展示場のモデルルームに近い感じ。キッチンはいつも使いっぱなしでちらかった状態。家政婦は主にキッチンの後片付けと寝室のベッドメイキングが主で、シーツをよく洗っていたという。寝室はホテルの一室を感じさせる雰囲気なのだ。だが、一方で、大小各種のぬいぐるみや人形でびっしりと埋め尽くされた部屋があり、その部屋は自分で掃除をするといって、家政婦に立ち入らせなかったという。どこかアンバランス感に満ちる被害者の自宅。
 家政婦は「感情の起伏の激しい」雇い主だったと証言する。平沼は、坂上が電話口で「キョウちゃん」と呼んでいるのを耳にしたこと、老舗の有名なカメラメーカーである三河パーパスの島袋陽平社長が、9ヵ月か10ヵ月前に、ものすごい大声で喚いている声を、買い物から戻って来た折に、耳にしたという事実を刑事たちに告げる。さらに平沼は、事務用の部屋の机に載っていたパソコンがなくなっていると証言した。また、一昨日に平沼がベッドメーキングした状態のままのベッドだったともいう。

 大森警察署に捜査本部が設けられる。初期捜査の段階で、被害者には母親がいたことが分かってくる。そして坂上の携帯電話の通話履歴から、元刑事の沢崎昌午(しょうご)がたった一度だが、二分程度の通話をしていたことも判明する。沢崎は庄野がデカ長を務める中本班に属していたのだ。小林係長は中本班の中本係長を煙たい存在と思っていて、坂崎の通話のことについて、デカ長の庄野に大河内から話をしておくように指示するのだった。この指示から、大河内と庄野が深く関わりを持つようになっていく。
 沢崎が2年前に警察を辞めるきっかけになったのは、三津屋丈夫という日本人のプライベートバンカーが殺害された事件があり、中西渉という雑貨輸入商がホシとしてあぶり出されたのだ。その事件の捜査中に銃撃戦がおこり、中西の共犯者だった男と沢崎の相棒だった若い刑事が命を落とし、沢崎も重傷を負ったのだ。そのことから、沢崎は警察を辞めた。殺害犯人は逮捕されたが、この事件の全容は解明できずに終わっていたのだ。
 大河内と沢崎は、二人で沢崎の自宅を訪れ、通話のウラをとることとなる。沢崎は現在の介護の仕事先の一つとして、偶然にも坂上実咲の母親の介護に関係していたのだ。
 沢崎は、坂上実咲の殺害された事件の捜査が進む過程で、中野の早稲田通りに架かる歩道橋の階段を転がり落ちて死亡する。突然に豪雨となった時間帯で、黒い傘をさした人物に背後から押されて沢崎は転落死したのだった。突然の豪雨を窓から見ていた複数の目撃者がいた。黒い傘が障害となって、人物を割りだす手がかりは全くない。
 この沢崎の転落死は偶然なのか、坂上実咲の死と何らかのつながりがあるのか・・・・。

 この小説の興味深いのは、捜査が進むに従って、事件の様相が変転していくところにある。猟奇的な姿態を晒させて殺害後に放置するという犯人の怨恨・怒りとその動機が何なのか。被害者には、本間和明にイリュージョンを抱かせた女性像とは似ても似つかぬ過去があった。その過去が、かつて沢崎や庄野が徹底的に捜査解明しようとしていた事件とも接点を持たせ始める。しかし、そこには坂上実咲という女の二重三重の行動が因縁の連鎖を生み出すことになる根本原因が潜んでいたのである。
 さまざまに伏線が張られている中で、事件の謎解きが進展していく。一筋縄ではいかないところに読者を引き込んでいくというストーリー構成である。

 一方で、この警察小説は、事件解明プロセスにおける刑事の人間関係、管轄の警察署刑事と本庁刑事の関係、捜査1課の組織における人間模様を克明に描き込んでいく。小林班、中本班の班内における刑事の人間関係、小林係長の人間像や小林係長と中本係長の競いを前提とした関係、デカ長である大河内と庄野の互いを認め合う人間関係、警察を退職した沢崎と元上司の庄野との心情関係、元警察官の退職後と警察組織との対社会関係、沢崎の体験と類似の体験を共有する大河内の沢崎観と共感・・・・。事件捜査の解明プロセスは、刑事群像の一喜一憂、信条や心情を描くことでもある。
 この作品は2つの班が合同捜査をするという広がりの中で、警察組織の様相・人間模様をサブテーマにしているようにも思う。

 事件の網の目に捕らえられた関係者が、それぞれの思い・思惑の次元で行動する。その結果が、坂上実咲殺害事件の中で、ノイズを引き起こしながら大なり小なり、その因縁のしがらみの中で繋がり事件の裾野を織りあげていく。大河内が軸となりながら、庄野と阿吽の呼吸をうみだして、事件の謎解きに突き進んでいく。
 事件は解決するが、大河内と庄野の胸中には「やるせないな」という思いが残る。そんなエンディングを迎える小説である。
 なぜ、「やるせない」というのか。そこを味読していただきたい作品である。刑事がストレートに活躍するストーリーだけで終わらないところがよい。人間のリアル感が漂っている。


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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『心に雹の降りしきる』 双葉社
『無縁旅人』 文藝春秋




『春雷 しゅんらい』 葉室 麟  祥伝社

2015-07-18 10:57:08 | レビュー
 15年前に、備後浪人だった多聞隼人は、当時の筆頭家老・飯沢長左衛門の推挙で、豊後・羽根藩に仕官する。
 多聞隼人は、羽根出身で大坂に出て儒者として名声を得た粟野岐山の弟子となる。そして、家族を養うために岐山の紹介状を持ち羽根藩に向かった。羽根藩では藩主兼定が隠居し、兼清が18歳で家督を継いだことで、威風堂々と騎馬で国入りをする時だった。当時羽根藩は大坂の商人から10万両という膨大な借銀をかかえ、返済に苦しんでいた。国入りした兼清は質素倹約の緊縮財政を行い、自らも軽格並みの粗衣粗食に甘んじた。そして、「名君になられるご器量である」「兼清様こそ、羽根藩の鷹山公である」と家中の信望を得始める。「藩校には江戸から高名な学者を招き、藩士を長崎や大坂に遊学させるなどして人材育成に努め、賢君の名を高くしていった」(p6)のである。
 
 羽根藩に仕官した多聞隼人は、奧右筆から書院番、お側役と次第に重用されていく。兼清の質素倹約策だけでは財政が好転しないことから、隼人が御勝手方総元締に任じられ、借銀返済のために、藩財政再建策を断行する先頭に立つ。その強硬な対策実施は、百姓や町人からの反発が強く、鬼隼人というあだ名を付けられ、怨嗟の的になっていく。兼清が名君・賢君であるのに対し、多聞隼人は圧政実行の元凶とみられているのだ。

 この多聞隼人が心底には藩主・兼清が真に名君なのかどうかを見極めたいという大願を秘めいる。そして鬼隼人と呼ばれることを甘受した生き様を貫き通す。そこを描き出す作品である。幼き命への慈しみを秤として人としてのあり方を問うという壮絶な生き方がクライマックスで涙を誘うことになる。

 過去何度も失敗してきた黒菱沼の干拓工事という難事業を、藩主兼清は改めて藩財政再建の柱として、多聞隼人に命じる。ここからストーリーが具体的に展開し始める。黒菱沼干拓を成功させる為に、隼人は縦横の采配を振るえるための条件として家老の末席に連なる必要性を建言する。そして、それを認めさせることになる。これは隼人が藩主と直に話をできる機会を作るための布石でもあった。
 黒菱沼の地図と過去の文書を眺めた隼人は「この難工事をやり抜くことで、わが大願は成就いたすかもしれぬ」(p35)と思う。

 黒菱沼の干拓工事の推進が、羽根藩内を大きく揺り動かしていく。
 鬼隼人の藩財政再建対策に繰り返し反論し、藩主に建白書を出す藩校教授・白木立斎が再びこの黒菱沼干拓事業の前に立ちはだかる。白木立斎の指示をうけた輩が暗躍する。修験者・玄鬼坊がその先頭に立つ。立斎は飯沢長左衛門引退後に筆頭家老となった塩谷勘右衞門と結託していく。塩谷は鬼隼人の失脚が筆頭家老である己の力を強化するものと考えている。藩財政再建に自策の定見があるわけではない。
 藩主・兼清は隼人に藩財政再建を託しつつ、白木立斎が繰り返す建白書とを両天秤にかけていく。
 隼人の仕官を推挙した飯沢長左衛門は、隼人を内心では嫌っている。それは推挙せざるを得なかった事情があるからだ。それは、隠居所として建てた欅屋敷を、事情によりある時期から女人を住ませるために与える羽目になったことにもつながっている。その飯沢は内心を抑えて、表面は隼人の家老入りを支援する。

 御勝手方総元締としての隼人の力量を見込む新興呉服商人である白金屋太吉は、隼人に取り入り、羽根城下での商人としての基盤を固め、拡大していく機会を狙う。そのために、家士の古村庄助と家僕・半平しかいず、女手のない隼人の屋敷に、太吉は女房・おりうを毎朝通いで屋敷に訪れさせ、女中代わりの働きをさせることにする。それはある意味で、隼人の動向を知りたいためでもあった。そのおりゅうの父は3年前に、年貢取り立ての厳しさに対し、江戸に出て強訴する談合していたことを村役人に知られ、入牢での過酷な取り調べ中に死んでいたのだ。過酷な年貢取り立ての大本は鬼隼人に繋がっている。おりゅうは隼人の屋敷に通ううちに、鬼と呼ばれる隼人の人柄を理解し始める。それは隼人への深い思いに進展していく。おりゅうの女心が一つの筋として織りなされていく。 

 鬼隼人は、時折、忍ぶように欅屋敷を訪れる。この小説の冒頭は、この欅屋敷を訪れた帰路、多聞の不行状を懲らしめるためと待ち伏せていた武士が隼人を襲うところから始まっているのだ。欅屋敷に住む三十二、三の佳人が、この小説に登場するもう一人の女人でもある。そして、鬼隼人の代理人としておりゅうが欅屋敷を訪ねるようになる。そこから、屋敷の住む女人・楓とおりゅうの交流が始まって行く。おりゅうの観察を通して、楓のことが語られることにもなる。

 黒菱沼の干拓工事は、さらに今時点のことしか考えられない百姓たちの反発を買い始める。一方、この事業を成功させるために、鬼隼人が組む人物がいる。一人は、太吉を介して会うことになる領内一の大庄屋、佐野七右衞門。もう一人は瓦岳の獄に捕らわれている千々岩臥雲である。臥雲をこの干拓工事のために解き放させるのだ。
 佐野七右衛門は人食い七右衞門とあだ名され、様々な干拓の経験を経てきた人物である。百姓をただ働きでこきつかったとの悪評を持つ。それは事実に反するのだが。臥雲は酒乱で獄につながれた人物。大蛇というあだ名がある。土木に長け、工事の図面が引けるという人物なのだ。彼の入獄にも実は意外な事実があった。
 鬼隼人、人食い七右衞門、大蛇の臥雲・・・領内の三悪人が組むことで、事態がどう展開していくか。一方で、ひそかに百姓の怨嗟を煽り、百姓一揆の謀を進行させる動きが現れる。

 この作品、いくつもの人間の三角関係が相互に交錯しつつ織りあげられていく。その展開の次元とプロセスが面白い。哀切を秘めた思い、壮絶な思い、ひたむきな思い、うごめく欲望など、様々な思いが重層されて作品を色づけしていく。人間の関わりの興味深さに満ちている。

 その三角関係模様を抽出しておこう。それらの関係がそのような意味合いをもち、どのように展開していくのかを味わっていただきたい。
 
  多聞隼人-藩主・兼清-飯沢長左衛門
  多聞隼人-藩主・兼清-白木立斎
  鬼隼人-人食い七右衞門-大蛇の臥雲
  鬼隼人-白金屋太吉-おりゅう
  隼人-楓-おりゅう
  黒菱沼干拓工事推進者群-怨嗟する百姓群-鬼隼人排除推進者群
  鬼隼人-玄鬼坊-白木立斎
  人食い七右衞門-百姓群-新津村の鉄五郎
  飯沢長左衛門-塩谷勘右衞門-白木立斎
  鬼隼人-白金屋太吉-播磨屋弥右衞門
  塩谷勘右衞門-播磨屋弥右衞門-白木立斎
  楓-孤児達-おりゅう
 
 人を結びつける要因・要素は何か? そこには様々な次元と色合いがある。そして、それらが複雑に絡み合っていく。人は人との関係性の中で、真の友を見出す。
 人の行動の現象面を見ることと行動の背後にある本質を見ること。本質を見極める難しさを味わわせる作品でもある。

 最後に、印象深い文を引用しておこう。
*罰するべきは罰する。これこそがそれがしの仁政でございます。 p22
*鬼と謗られ憎まれても、領民のために働くのが武士だと思っております。 p69
*出来た新田はこの世からは消えませぬ。わたしのものになったといっても、わずかの間、お預かりいたすだけのことです。  p75
*わたしは、悪人とはおのれで何ひとつなさず、何も作らず、ひとの悪しきことを謗り、自らを正しいとする者のことだと思っている。  p136
*名君の名などいらざるものだ。大切なのは、日々を生きるひとびとの命だ。 p228
*ひとは目の前の苦しさから逃れることはできぬ生き物だということか。 p266
*多聞さまは自らが鬼となることで、まことの正と邪を明らかにされようとしていたのではないかと思います。  p294

 「蒼穹を、春雷がふるわせている。」これが巻末の一文である。余韻が残る。

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本作品に出てくる語句のいくつかをネット検索してみた。一覧にしておきたい。

上杉鷹山 → 上杉治憲 :ウィキペディア
九代目米沢藩主 上杉鷹山公  :「伝国の杜」
現代の指針 上杉鷹山  :「置賜文化フォーラム」
藩主の心得 伝国の辞  :「上杉鷹山の生涯~不安定な現代に役立つ格言~」

関口流の柔 
 → 関口新心流 「新心館」 ホームページ
 → 関口流柔術 :「総本部道場尚武館」
 → 関口流柔術 富田派 誠武館 瓜破道場 ホームページ
関口新心流柔術   :YouTube
関口流柔術自在 : 極意詳解 日詰忠明 著 :「近代デジタルライブラリー」

海保青陵 :ウィキペディア
江戸のアイデアマン達 3.海保青陵  :「江戸思想史への招待」
文献紹介 江戸の地域政策コンサルタント「海保青陵」  石瀬忠篤氏
海保青陵の政治言説における能力原理  森岡邦泰氏  大阪商業大学論集
経世済民   :ウィキペディア
「汝(なんじ)の立つ所を掘れ、其処(そこ)に泉あり」:「愛媛県生涯学習センター」

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『影踏み鬼 新撰組篠原泰之進日録』 文藝春秋
『緋の天空』 集英社
『風花帖 かざはなじょう』 朝日新聞出版
===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新3版 ( 31冊 )

『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』  今野 敏  ハルキ文庫

2015-07-14 09:50:46 | レビュー
 安積剛志警部補が率いる班が事件を解決するシリーズは今野の警察もののなかでも特に好きなものである。文庫本で入手できたので、遅ればせながら読んだ。

 安積班シリーズは、最初期のこの東京ベイエリア分署シリーズが3作、『警視庁神南署』、『神南署安積班』が出版され、一方、安積班とか神南署という語句がタイトルに出て来ないが、『蓬莱』、『イコン』という安積班が登場する作品もある。そして、東京湾臨海署安積班シリーズへと展開してきた。東京湾臨海署安積班シリーズは『捜査組曲』までで9作が上梓されている。というわけで、このブログを書き始める前からすると、読み残しの1冊だった。

 須田部長刑事が珍しく気に入ったという勝ちき5丁目にあるイギリス風のパブに、安積警部補以下、須田部長刑事、黒木刑事、桜井刑事の4人が出かけて行った場面からストーリーが始まる。パブで4人が形ばかりの乾杯をしたとき、須田が最近売れているテレビ脚本家の沢村街が、アイドルタレントとしてテレビ番組に出演している水谷理恵子といっしょに来ていることに気づくのだ。そのとき、署で当直の村雨部長刑事からポケットベルに呼び出し音が入る。署の村雨と連絡を取った桜井が報告する。変死体が発見されたという連絡だった。
 安積以下4人が現場に到着すると、三田署の柳谷部長刑事が既に居た。安積たちは三田署の助っ人をすることになる。変死体は明らかに絞殺されていた。路上駐車の白いベンツの中で。車内の遺留品から、被害者は瀬田守、年齢56歳、カルチェの時計を身につけていて、脚本家だった。事件の容疑者と思われる者が逃走する姿を近くにあるバーの厨房職員が目撃していた。機捜がその目撃者を見つけたという。目撃者の話では、店で何度か見かけている顔だったという。
 須田は「なんだか、脚本家に縁のある夜ですね」とつぶやいた。安積にはその一言が記憶に残るのだった。

 その夜は一旦解散となり、翌朝安積たちは署に出るが、捜査本部が立つという情報は流れてこなかった。厨房係が目撃した男を、容疑者として三田署が早くも逮捕していたのだ。本庁に要請され緊急配備の体制が敷かれた後で、三田署警らの巡査が逮捕したのだという。奥田隆士、26歳。坂東連合傘下の風森組に出入りするもと暴走族の准構成員だという。そのため、捜査本部を立てるまでもないということになったようだ。
 奥田は昨夜の段階で一度は犯行を認めたのだが、その後口を閉ざし黙秘しているという。三田署の背景捜査で、被害者の状況が少しわかり始めると、状況は単純なものではなさそうな様相を呈し始めたのだ。
 柳谷は真剣な眼差しで安積に言う。「スピード解決などと発表したのは間違いだった。手を貸してくれ」と。捜査本部が改めて三田署に立つ。安積はまず須田と黒木を捜査本部に参加させることにした。

 被害者の事務所に残されたメモやスケジュール帳には、殺された時刻に同業者の脚本家沢村街と会う予定になっていたのだ。瀬田守は今は落ち目にあるが、飛ぶ鳥を落とす勢いの時期もあった男で、ホンモノのヤクザと付き合うならまだしも、チンピラと付き合うような男ではなかったというのが、周囲の一致した意見だという。
 同時刻に、安積たち自身が、別の場所で沢村街を目撃しているのだから、話が複雑になってくる。一筋縄ではいきそうにない展開となる。

 捜査本部が立つと、柳谷からさらに安積自身にも参加してくれと要望が出てくる。というのは、本庁から相楽警部補が参加することになったといのだ。安積は引っ込みが付かなくなる。そして、安積もやむなく捜査本部に顔を出すこととなる。
 捜査本部に行く前に安積は鑑識係の部屋に立ち寄っていく。そこで石黒から思わぬ情報を得る。被害者の尿検査からコカインの反応が出ていたというのだ。
 捜査本部に行き、その点を伝えるとその情報は未着だった。そこからさらに捜査状況が別の様相を加え始める。そして安積たちはどっぽりと捜査の渦中に引き込まれていくことになる。

 このストーリー展開でおもしろいところは、被害者が絞殺された時間帯に、関係者となった沢村街と水谷理恵子には、安積たちが目撃しているというアリバイがあることだ。安積・須田・黒木は沢村街に対する聞き込み捜査を分担することから関わって行く。そして須田と黒木は、売れっ子タレントの水谷理恵子の聞き込みにもまわることになる。そして、瀬田、沢村、水谷の中に意外な人間関係が存在したことが見え始めていく。
 安積がこの事件解決への推理として、様々なシナリオを考え、試行錯誤を重ねていくプロセスがおもしろい。情報が累積されていくと、シナリオを見直す必要に迫られてくのだ。
 相楽警部補が安積に対抗意識をぶつけてくる形でなく、違う局面をみせるという展開が興味深い所となる。本庁意識がこの事件では別の局面のプレッシャーとなっているのだ。安積は須田からの報告で、それが沢村街の周辺に関係することに気づく。
 さらに、コカインは奥田の出入りする風森組のしのぎの可能性に波及していく。単純に思えた事件が、麻薬取引問題の別の捜査とも関連してくる可能性が浮かびあがることになる。そして、ベイエリア分署の管内での事件を担当している村雨の別件とも関連性が見え始めるのだ。
 さらに、須田・黒木の地道な聞き込み捜査から、本庁刑事の娘が捜査線上に絡んでくる。そして、その父親はなんと安積が警察学校での同期であり、初めて配属された所轄も一緒だった鳥飼元次だった。現在は本庁の防犯部保安課ニ課の警部補である。保安二課は、薬事法違反や麻薬・覚醒剤に関する犯罪を扱う部署である。被害者にコカインが結びついたことから、この捜査本部に本庁から加わってきたのだった。
 事件の周辺で、警察官の娘が何らかの関わりを持つ可能性もでてくるのだ。状況は一層複雑になるのか。安積の頭の中で、事件のシナリオが修正されていかざるをえない。

 情報が集積され、新しい情報が加わる毎に、事件の筋を読む安積のシナリオが二転三転していく。さらに、殺人事件の捜査本部と、麻薬捜査事件との接点において、事件解明のタイミングを含めた綱引きが加わってくる。さらに、警察官の家庭問題と警察官の生き方の問題が重層的に関係してくるという構想は、なかなかおもしろい。
 警察官の家族が事件の関係者に顔を覗かせ、重要なファクターとなるという設定をストーリーに持ち込んだ作品が私の記憶ではいくつかあったと思うが、ひょっとしたらこの小説がその嚆矢かもしれない。時系列で今野作品を読み進めている訳ではないので、断言できないが・・・・。

 いずれにしても、単純な事件と見えたものが、どんどんと複雑化していくという構想の作品である。捜査観点が拡散していくプロセスを経て、意外なところから、それらが一点に収斂していくという構想がなかなかおもしろい。
 今回は交通機動隊の速水小隊長が一度挨拶程度のやりとり場面が描かれた後、一向に姿を現さないので、ちょっと寂しいなと思っていたら、最後の最後で顔を出してきた。それもちょっと職務特権という言い回しで、粋な計らいをするという形で・・・・・。速水が登場し、納まるところに納まった感じがした。

 この作品が1991年に出版されていたなんて・・・・。音楽や車など事物の名称に時代感覚が規定されるものの、そのストーリーと構想は未だに新鮮である。
 この作品のタイトル、「硝子の」は真の殺人「行為者」をシンボライズしているのだろう。

 この安積班シリーズが好きなのは、事件解決のプロセスで、事件と関わる部下一人一人の行動を安積が見つめつつ、部下の有り様を把握し、一方己の対応を顧み、ときには反省するという人間的な側面が織り込まれていく点である。事件を追う刑事自体の喜怒哀楽の側面をパラレルに盛り込んでいくところに、この作品群の暖かみを感じる。警察官の人間ドラマになっている側面に惹かれるのだ。それはこの作品の最後の場面、速水と安積の会話にも表出している。

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本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

ブラック・コンテンポラリー  :ウィキペディア
ブラックコンテンポラリー  :「R&B入門講座」
リズム・アンド・ブルース   :ウィキペディア
Whitney Houston - I Will Always Love You  :YouTube
Marvin Gaye "What's Going On - What's Happening Brother"  :YouTube
Tomorrow/Tevin Campbell  :Youtube
ブラックコンテンポラリー  YouTube リスト
ラップ  :ウィキペディア
Akon - Smack That ft. Eminem  :YouTube
Eminem 8 Mile Battles with Lyrics [English Subtitles]  :YouTube

KREVAの高速ラップが凄い!歌詞付き 高校生RAP選手権 Live クレバ ライブ Japanese Hiphop  :YouTube

トヨタ・マークⅡ  :ウィキペディア
トヨタ・スープラ  :ウィキペディア
「スープラの系譜」 第05回 ~“トヨタ3000GT” A70型スープラ誕生~
   :「我々は何処から来て、何処へ行くのか」
スープラ CM曲 TOYOTA3000GT 喜多郎 kitaro  :YouTube
GL1500 GOLDWING/SE(SC22) -since 1988-  :「GOLD WING の系譜」

お台場  :ウィキペディア
三田警察署 トップページ :「警視庁」

毛髪からの薬物検査と費用  :「法科学鑑定研究所」
ドラッグ・テストの種類と問題点  :「カナビス スタディハウス」
薬物事件の逮捕から判決まで【1】  :「青少年の薬物問題を考える会」
コカイン  :「メルクマニュアル医学百科 家庭版」

ミスター・ ロンリー ~ レターメン  :YouTube

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)

『私の「情報分析術」超入門 仕事に効く世界の捉え方』 佐藤 優  徳間書店

2015-07-10 10:05:44 | レビュー
 「情報分析術」というコトバと「超入門」の組み合わせが面白そうなので手にとってみた。著者の情報分析についてのノウハウ紹介本は何冊か既に出版されている。読んだ本があるので、当然ながらノウハウ説明としては重複するだろうが、どこが「超入門」なのかという関心もあって、読んで見た。
 結論は、結構楽しめ、有益だったというところだ。

 著者・佐藤優の「情報分析術」のノウハウ部分をわかりやすく講義しているのは、第1章だけである。実質52ページでのノウハウ紹介。だから、まあエッセンスを心得的に「超」凝縮して「入門」的に講義したという感じである。
 第2章~第6章は、いわば著者が情報分析した「実践編」のまとめである。つまり、ここでは情報分析力が備わっていれば、現実の世界をどう分析できるかのデモンストレーションである。つまり、これからノウハウを修得したいと思う「入門」者には、次元を「超」えた「こういう風に分析できるんだよ」というプレゼンテーションである。「超」「入門」次元だということになる。

 第1章「情報を読み解く力を身につけるために」と題した講義編では、情報分析術の心構え的な観点を超簡潔に多少の事例を交えて語っている。著者の講義のエッセンスのいくつかを要約してみよう。後は読んでいただくとよい。
 1) 信頼できる専門家の分析に乗っかれということ。
なるほどと思う。だが、だれが信頼できるか? そこが問題となる。著者はその見分け方の一例(p11)を語る。だが、その問いかけの知識は、本書を読む人の大半が知らない(だろう、事実私は知らなかった)内容だった。ちょっと、堂々巡りになりそう。しかし、ビジネスパーソンにとっては、やはりそこから始めるのがやはり重要だと思うしかない。信頼できる専門家を特定することが最初の決め手になる。
 2) 政府の公式サイトや官製メディア情報は「裏読み」せよということ。
  「積極的な嘘」はつかないが、書かないことがあるということだろう。旧ソ連時代の事例が記され、また「官製情報のごまかしの仕組み」(p17-18)がわかりやすい例で語られているので、官製情報の読み方のイメージは納得しやすい。そのように読み込める視点を持てるベース作りがやはり重要なのだ。改めてそのセンスの重要性を痛感する。
 3) 情報(現象)は角度を変えて読み込むこと。
  著者は報道姿勢や方針の異なる複数紙を読むこと、一方で「迷ったら読まない」原則、身銭を切れば良質の情報を得られる事などを語っている。ニュースなどは、一旦寝かせて時系列かつ複数比較で取捨選択をする重要性を池上氏のノウハウを加味して語っていて、参考になる。情報には、それを歪曲させるノイズ情報(ネガティブ方向/誇張方向)が入れてある場合があるので要注意という指摘は、改めて再認識させられた。凡人にはひっかかりやすい落とし穴である。

 「情報は、最終的に記憶に定着させ、縦横無尽に引き出すことができなくてはならない」という主張はなるほどと思う。そのための手作り情報源(スクラップブック、ノート)の有益性を実践例を踏まえて説いている。それができるかできないか、そこにプロとアマチュアの差ができるのだろう。
 
 この章の末尾で「現在起こっていることを多元的に『つなげる力』が必要となってくる。」(p62)と結論づけている。情報を読み解くために、情報を分析できるベースと視点づくり、発想の仕方を学ばねばならないのである。道遠し、しかし一歩の歩み・修練が必要なのだ。

 実践編は、週刊『アサヒ芸能』(徳間書店)に連載された「ニッポン有事!」というコラムがテーマ別に分類されて収録されたものである。
 第2章はロシア分析、第3章は日本分析、第4章外務省分析、第5章はアジア・中東分析、第6章はアメリカ分析という構成だ。連載コラム(2013.2.25~2014.6.18)がテーマ別に編集されている。
 直近の過去の情報分析を少し時間的距離を隔てて、読み直すということも良い学習材料になるといえる。そういう風に、ニュースや情報を捕らえていたか。分析していたかと・・・・。
 特に、オシント(OSINT:公開情報諜報)を基にした分析手法で、著者が情報分析術を駆使している実践編なので、異なる公開情報源のつなげ方や利用のしかたが、実践編としてなるほどと参考になる。一方で、その情報源のレンジの広がりに、やはり驚嘆する。その点を眺めると・・・・入門する前に挫折しかねない・・・かも。しかし、そのスタンスから学び、自分なりの情報源のレンジを広げて術を学んでいくしかないのだろう。

 「情報は、日本国民と日本国家が生き残るために使わなくては意味がない」(p233)という基本認識に立って、コラム連載されたものである。
 「アサ芸」という媒体でもあるからだろうか、実践編の内容は具体的で実にストレートな分析が端的に書き込まれている。「ときに私は具体的なメセージを政治家や官僚に伝えることを意図している場合が多い」と「あとがき」に記されている。具体的な実在者名がストレートに書かれている点も、実に興味深い点である。「相手の腹にこたえるように異化効果の高い言葉を選んでいる」と意識的に過激なコトバが使われているようだ。たぶん、他の情報誌では著者はここまでのコトバを記事に書く事はないのではないか。この点も、著者の別の局面を知ることとなり面白かった。

 実名の人物に対する烈しいコトバの浴びせかけとして「あえて」使われているコトバ。もちろん、その裏にはそういうコトバを使わせる論拠があるのだろう。この実名は、誰に乗っかるかのネガティヴ事例、つまり乗っかれない専門家として役立つようにも思える。
 異化効果のコトバを本書から抽出してみよう。
 ・そういう態度であんたが来るなら、俺も腹を括る。
  俺を軽く見るとどういうことになるか、楽しみにしていろ!
 ・沖縄を食い物にしているのは貴様だ。貴様は沖縄と日本の恥だ。
 ・吐き気をもよおすような下品な政治屋だ。
 ・この本を読んで「キンブクロ(陰嚢)」が縮みあがった官僚、有識者、政治家
 ・『本物のニセモノ』が都知事になった
 ・外務本省に貴様のいる場所はない
 ・あの「赤ちゃんプレイの松」が帰国する。
 ・貴様は既に歴史の法廷に立たされた。
 ・縮みあがった陰嚢(キンブクロ)のシワを伸ばしながらよく考えてみろ。

 最後に、実践編から著者の情報分析の結論としてのものの見方を引用しておこう。
*ロシア外務省やプリホチコの妨害をはねのけ、プーチン大統領と直接交渉できるルートを日本外務省がつくらなければ、北方領土交渉は進まない。  p86
*同性愛者の排除で政治力を拡大しているロシア正教会  p91
*沖縄では「自己決定権」を回復しない限り、中央政府による沖縄に対する差別政策は是正されないという認識が強まっている。・・・辺野古移設を安倍政権が強行すれば、沖縄で住民投票が行われ、「沖縄の自己決定権の確立」を宣言する可能性が十分ある。 p116
*沖縄県として琉球語の普及と継承に向けた具体策を取るという今回の決断は沖縄と沖縄人の将来に重要な影響を与えることになる。  p134
*特定秘密保護法案が採択されると北方領土交渉ができなくなるのではないかと本気で心配している。  p143
*集団的自衛権容認論者は、尖閣諸島をめぐる危機を強調する。しかし、それはおかしい。尖閣諸島は日本の領土なので、同諸島の防衛は個別的自衛権の問題だ。  p174
*対北鮮外交において現在重要なのは、「違和感ではなく共感を拾い集めること」を日本政府が行うことだ。  p206
*理数系が得意なユダヤ人がソ連からイスラエルに移住した。この人たちは、現在もロシアの親族や友人と人脈を維持し、頻繁に往来している。・・・対露制裁を行って、ロシアとの関係を悪化させると、新移民がイスラエル政府に対する不満を強める。米国の同盟国でありながら、ロシアとも良好な関係を維持するという綱渡り外交をイスラエルは、展開している。  p214
*米国が国益を剥き出しにした帝国主義的インテリジェンス活動をしているのだ。 p231

 これらの見方に至る情報分析プロセスは、本書をお読みいただきたい。

 ご一読ありがとうございます。
 

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著者が例示する関連情報源を検索してみた。一覧にしておきたい。
朝日新聞デジタル  ホームページ
日本経済新聞 ホームページ
産経ニュース ホームページ
琉球新報 ホームページ
沖縄タイムスプラス ホームページ
どうしん 北海道新聞 ホームページ
時事ドットコム  時事通信社 ホームページ
内閣府 ホームページ
外務省 ホームページ
国立感染症研究所  ホームページ

World Health Organization ホームページ
Sputnik日本 スプートニク ホームページ

デジタル記念館 慰安婦問題とアジア女性基金 ホームページ


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ブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『新・帝国主義の時代 右巻 日本の針路篇』  中央公論新社
『新・帝国主義の時代 左巻 情勢分析編』  中央公論新社
『読書の技法』 東洋経済新報社


『土漠の花』  月村了衛  幻冬舎

2015-07-04 14:04:19 | レビュー
 この小説は、当初雑誌「パピルス」に2014年2月~同年8月に連載されたと奥書に記されている。その加筆、修正版が単行本として出たのが9月である。雑誌「パピルス」はホームページに「まったく新しい”ペーパー・カルチャー・エンターテインメント”の誕生」を標榜していることからすれば、戦場エンターテインメントとして構想されたのだろう。そして、作品構想の背景には、国際平和協力法が前提に存在する。

 この小説は、ソマリアでの海賊対処行動に従事するジブチの自衛隊活動を前提に、フィクションとして構想されている。だが、1992年に法律が成立し、ソマリア沖海賊の対処活動に対しては、2009年から実際に現時点まで自衛隊員が継続的に派遣されている現実がある。継続状態が続くと、そのニュース性や当初の問題意識が希薄化しているのではないか。
 この小説の構想がいつごろからなされていたのか知らないが、構想自体はPKOを背景にしたものだろう。だが、この連載期間中、即ち2014年5月15日には、首相の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇)の報告書提出を受けて、安倍晋三首相が「他国のために自衛隊の武力を使う集団的自衛権の行使に向けて踏み出した。」つまり、集団的自衛権容認に着手した、憲法解釈の変更として国会に法改正の提議をするという意思表示をした。危険できな臭い動きが始まっているのだ。

 単行本は2014年9月に出版されている。現在、集団的自衛権の容認について、95日間の臨時国会延長をしてまで、政府は法案を通そうとしている。
 集団的自衛権が合法化されていたとしたら、この小説の展開・結末はストーリーとしてありえたか? この小説の発端と同じ状況がもし発生したとしたら、その展開はどうなっているのだろうか? 
 読みながら、現在の危険な法改正への状況を重ねてしまった。集団的自衛権の容認を標榜する人々は、どう想定し、対処する答弁をするのだろうか? その時のシナリオは?

 安全神話でどんどん進展した原発が、フクシマ問題では「想定外」の連発で対応され、未だ対策が復興へと進展しない。直接の被害者を窮状に置いたままである。
 強引に始められたことが、拡大していき、引きずられ、最悪のパターンに展開していくプロセスは、日本の歴史で繰り返されてきている。同じ轍を踏んではならないと思う。

 この小説は、PKO活動として「ソマリアでの海賊対処行動」に従事するジブチの自衛隊活動拠点に、墜落したCMF(有志連合海上部隊)連絡ヘリに対する捜索救助要請が入ったことが発端となる。
 なぜ要請が入ったのか? 2つの事態が同時発生していて、アメリカが人員を割けないから、自衛隊に話が回ってきたという、単なる「捜索救助」支援活動という想定ていどのものだったのだ。全体状況からみれば、軽い支援活動くらいの位置づけか・・・・。
 2つの複合状況とは、
1)本来ならアメリカ海兵隊のTRAPが出動すべきだが。、米軍はイスラム武装勢力アル・シャバブ掃討作戦の真っ最中だった。
2)海上での海賊対処任務で予期せぬ事故が複数発生して対応しなければならない状況だった。
 だから、実働人員を割ける状況にないという。この設定、現実の戦場ではあり得ることであろう。

 ジブチ共和国は西から南にかけてはエチオピア、南東方向にはソマリアと国境を接している。墜落地点は、アリ・サピエ洲の南端の三国の国境地帯なのだった。ソマリア側に墜落しているという想定のようである。アフリカに政治概念上の国境はあっても、現実には国境線などあるようでない状態に近い。この地域の地図をご覧いただくと、多少はイメージが湧きやすくなるかもしれない。グーグルの地図はこちら。

 だから、話が「想定外」の事態にどんどん展開していく。コンバットものに展開していくのである。小説としては、アメリカのコンバット映画に引き込まれるのと同様のエンターテインメント性を持った展開になっている。後方支援活動的立場の自衛隊員がその戦闘の場に投げ込まれてしまう。「ありえないはずの状況」が次々に起こるというストーリー展開である。しかし、これが現実に「ありえないはずの状況」と言い切れるのか? 
 
 この小説は4章構成になっている。そして、その中で戦闘状況の次元が悪化していくというストーリー展開に現実感がみなぎっていく。一方、小説としては勿論、おもしろくなっていく。

 第1章 ソマリア

 上記した背景状況からストーリーが展開する。吉松3尉を隊長とする計12名の捜索救助隊が編成され、連絡ヘリの墜落地点に居る。ヘリの墜落現場状況を確認し、明日からの作業のために野営する。その野営地に、黒人の女3人が助けを求めて飛び込んでくる。若い女はピヨマール・カダン氏族のスルタン(氏族長)の娘アスキラ・エルミと名乗る。中年の女2人は縁者だという。吉松隊長が、女達を避難民として受け入れると判断した直後に、ワーズデーン氏族の一団が襲ってくる。有無を言わせず銃撃してくる場面展開となる。
 第1章はヘリ墜落現場で受けた襲撃場面とからくもその場から脱出できるという状況展開だ。この戦闘で、隊員2人が戦死、立哨していた原田が既に殺されて生首になっている。捕縛された段階で、吉田隊長があっけなく額を打ち抜かれて死亡する。だが、からくもその状況から脱出できる事態が起きる。だが、さらに隊員1名が撃たれてしまう。そして、残る7名の隊員とアスキラの脱出行程で、脱出の契機を作ってくれた市ノ瀬が新開を救う為の格闘により激流の中に消えて行く結果になる。
 この脱出行程で展開が読ませどころである。

 第2章 土漠

 新開曹長は泥の河で追いすがってきた大男が叫んでいたソマリ語の言葉を理解していた。「強欲な亡者どもめ、そんなに石油が欲しいのか」だったという。新開がアスキラに問いただす。これが事態の伏線になっている。
 脱出を続ける7人は、ソマリアの独裁政権時代の虐殺・集団処刑の結果作られた処刑墓地という実態を見る。そして、遊牧民の村で、初めてほんの少しのやすらぎのひとときを味わうことができる。だが、彼らがその村に立ち寄ったことが、悲劇の始まりとなる。7人が一旦、村を後にして、しばらくしてから、追跡してきていたワーズーデン氏族の一団がその村の人々を虐殺し始めたのだ。
 痕跡を残さず立ち去ったはずが・・・・。気づいた新開曹長は引き返す判断をする。殺戮が続く村での戦闘が始まる。
 新開曹長が戦闘の結果、死ぬ。友永曹長が指揮官を継ぐ立場になる。
 ソマリアでの内戦の一端の有り様がリアルに描かれて行く。

 第3章 血

 村での戦闘で生き残ったアスキラを含む6人は、ワーズデーンの民兵が村に乗りつけた輸送車に積んでいた武器をかき集め、出発する。自衛隊員の5名とは、指揮官を継いだ友永軍曹、朝比奈1曹、由利1曹、津久田2曹、梶谷士長である。
 アスキラの属する小氏族の上部氏族であるディル氏族系の街に辿り着く。だがそこはすでに内戦の結果廃墟の街と化していた。
 街の状況がわかりかけた頃、「ハムシン」の接近する気象状況にアスキラが気づく。「ハムシン」とは、砂塵嵐を伴った高温嵐である。ハムシンが来襲すれば、それが通過しきるまでは足止めをくうことになる。
 そんな中で、執拗に追跡してきたワーズデーンの少数の民兵グループが現れる。ハムシンの近づく中で、再び壮絶な戦闘が始まる。

 第4章 花

 少数のワーズデーン民兵への対処はできたものの、既に友永やアスキラなどがこの街にいることは敵に知られていて、大部隊が間近に迫っているという状況だった。
 後半の第3・4章を読み進め、この第4章では、まったく状況は異なるが、黒沢明の「七人の侍」を連想してしまった。意外とこの発想がモチーフの底流にあるかもしれない。 友永を指揮官とする自衛隊員5人とアスキラが、ディル氏族系の街に四方から接近してくる大部隊にどのように立ち向かおうとするのか。どのような戦術を組み立てるのか?

 なぜ、連絡の途絶えた捜索救援隊に対する基地からの救援部隊が来ないのか? ジブチの自衛隊活動基地には、友永達の遭遇している状況が理解されていないのか?
 この第4章での戦いの展開が、コンバットものという見方をすれば、壮絶でスピード感に溢れ、隊員相互の結束力、絆と信頼感が発揮されるクライマックスになっていく。戦闘シーンが躍動していく。エンターテインメント性が発揮されている。

 なぜ、アスキラがそれほどまでに執拗に追跡されなければならないのか? そこに、この自衛隊員が死者を増やしつつ生死を賭けた戦闘状況に追い込まれていく根本原因がある。「戦闘」「戦争」を誘発させる理由があった。

 臨時に編成された捜索救援隊が孤立した中でのコンバット状況に投げ込まれる。東アフリカのソマリアという地域においての全体状況からみれば、ミクロ次元での死闘に焦点をあてて描き出されている。その範囲に限定してのコンバット次元の転換拡大である。
 臨時に編成された12人のうち、一番信頼されていた吉松隊長が、あっけなく撃ち殺されるとともに、生き残った隊員7人とアスキラが中心にストーリーが展開する。
 この7人の自衛隊員の中には人間関係での対立感情が潜んでいる。その対立感情がコンバット状況の中で変容を遂げていく。そこには人間理解の難しさが投げかけられている。一方、「想定外」の戦闘状況に投げ込まれた自衛隊員の心理の変化が描き込まれれていく。この人間関係や心理の変化について、具体的な感想を書けば、ネタばれにつながるのでやめておきたい。

 この小説のエンディングとして、友永・アスキラ等(としか書けない・・・・)がジブチに辿り着く最終段階がさらりと描かれている。だが、コンバット描写におけるエンターテインメント性に引き込まれた後のその結末描写の中にあるいくつかの重要な局面にこそ、考えるべき材料がいくつも投げ込まれているのである。
 それらが、この作品を現時点で終結させるための副産物なのか。そこに、著者が本来の論議のテーマを秘かにしかけたのか・・・・。その点も、この小説を読み、考えてみていただきたい。

 問題は後方支援としてのPKO派遣の自衛隊員が、これらの闘争に巻き込まれたという事態、その原点にこそ、大きな課題が秘められているのではないか。
 現在の国際状況、現下の政治状況及び憲法第9条問題という観点で眺めると、まさにフィクションという形で問題事例を提起している書と言える。2014年に出版以来の「問題作」であることに間違いはない。その「問題」にこそ真摯に対応して行くべきなのだろう。

 最後に、本文の一節に触れておこう。
 「今はお互いの仕事に全力を尽くそう。そして・・・・いつか、一緒に富士を観に行こう」 「『土漠では夜明けを待つ勇気のある者だけが明日を迎える』」

 作品のタイトル「土漠の花」の「花」にはダブルミーニング以上に、意味が込められていると感じる次第だ。現実の花でもあり、シンボライズされた花でもある。

 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項を検索してみた。その一旦を一覧にしておきたい。
P パリルス 幻冬舎 ホームページ

ソマリア  :ウィキペディア
ソマリア連邦共和国  :「外務省」
ソマリアの惨状を世界が見捨てた訳  :「NEWSWEEK 日本語版」

ソマリア沖海賊の対処活動 :ウィキペディア
ソマリア沖・アデン湾における海賊対処  :「防衛省統合幕僚監部」
ソマリア沖・アデン湾における海賊対処  :「防衛省・自衛隊」
自衛隊が音のビームで海賊退治をしてるらしい   :「NAVER まとめ」

PKO協力法  :「コトバンク」
国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律   :「e-GOV」
(平成四年六月十九日法律第七十九号)
国際平和協力法  :「内閣府」
国際平和維持活動(PKO)と武力行使  石原直紀氏 論説 「立命館国際研究」
国際平和維持活動(PKO)の発展と武力行使をめぐる原則の変化
   松葉眞美氏  (主要記事の要旨)   :「国立国会図書館」

集団的自衛権  :ウィキペディア
個別的自衛権 ⇒ 自衛権  :ウィキペディア
先制的自衛権  :ウィキペディア
集団的自衛権に対するトピックス  :「朝日新聞」
論点整理  集団的自衛権の行使容認  :「MEDIA WATCH JAPAN」
憲法と自衛権  :「防衛省・自衛隊」
“国民の生死”をこの政権に委ねるのか?  長谷部供男氏 :「YOMIURI ONLINE」
   集団的自衛権―憲法解釈変更の問題点
重ねて集団的自衛権の行使容認に反対し、立憲主義の意義を確認する決議
  :「日本弁護士連合会」
集団的自衛権を容認する「解釈」改憲に反対します/戦争を助長する「武器輸出」に反対します 秘密保護法を考える市民の会  :「change.org」
集団的自衛権 朝日新聞「反対」  :「MEDIA WATCH JAPAN」
  主要新聞の社説スタンス比較と見える化。賛否が分かれる政治テーマの論点整理。
【全文】集団的自衛権「合憲派」の西・百地両教授が会見?①冒頭発言 :「BLOGS」


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