遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁情報官 サイバージハード』  濱 嘉之  講談社文庫

2021-06-06 11:02:36 | レビュー
 警視庁情報官シリーズの第5弾。これも文庫書き下ろし。2014年1月に出版された。
 「プロローグ」は警視庁万世橋署長に異動した黒田純一が休日の早朝に新聞に目を通しながらテレビの情報番組をかけている場面から始まる。そこに緊急ニュースが割り込んできた。ニューヨークからの生中継。欧米20ヵ国の銀行でATMが誤作動し、日本円で45億円が不正に引き下ろされた報じた。コメンテーターはサイバーテロの可能性を示唆したのだ。黒田はクロスバイクで秋葉原に出る。あるきっかけで知り合った、本業はフリーのシステムエンジニアだと言う祐也から、ハッカーとして有名な”ビッグ・アルマジロ”が行方不明だという噂を聞いた。さらに、彼は雲隠れした後、バチカンのセキュリティシステムを突破する方法をネット上に隠したと言う。
 その足で黒田は万世橋署に出向いた。秋葉原駅ガード下の四井銀行のATM4台が異常作動を起こしているという報告を受ける。黒田は、公安部のサイバー攻撃特別捜査隊への緊急連絡を指示し、一方、自ら情報室の村越に現下の状況を伝え、四井銀行のサイバーテロ対策部への確認を依頼した。一方、休日中の警備課公安第二係、落合一真巡査にも直接連絡をとる。落合は警視庁のハッキング講習をトップの成績で卒業していたのだ。
 黒田は署長の立場で次々と手を打っていく。これがストーリーの始まりとなる。

 欧米でのATM誤作動問題が発生した直後、秋葉原で四井銀行のATMの異常作動が発生した。緊急の調査で、四井銀行のメインコンピュータ・システムに侵入された痕跡が確認された。システムのセキュリティ管理はロックカンパニーが受託していた。ニューヨークでは、クラッカーがロックカンパニーのセキュリティシステムを突破し複数の銀行システムに侵入していたのだ。日本でのこの事態もまた欧米で発生した問題にリンクしている事象なのか? 現代の世界経済社会の最前線におけるリスクマ課題、サイバー攻撃問題がリアルに描き出されて行く。読者を惹きつけるテーマと言える。

 さて、この緊急事態にどう対処できるのか? 
 黒田は総監室に呼び出され辞令を受ける。「万世橋署長黒田純一警視、兼ねて警察庁長官特命捜査主任官」を命じられた。黒田は意見を求められ、今回の事件に対処するために、元立ちは公安部に担当してもらい、情報室を中心にサイバー捜査隊、所轄の優秀な者を選抜する形でチームを作り臨むことを提言した。情報室長には黒田が仁義を切ることにした。
 黒田が兼務の辞令を受ける背景として、著者は警察庁警備局長の敷島に、警備担当審議官竹岡との会話の中で、竹岡の甘さをたしなめる口調で次のように語らせている。「それは違う。いくらハイテク技術やネットの知識があっても、情報と人脈がなければ捜査はできないよ。ましてや指揮は無理だ。しかも相手は国際的なサイバー犯罪組織かもしれないんだ」(p44)と。
 黒田は所轄の秋葉原での事件とともに、さらに広がりを見せそうなこの事件に対して、特命捜査主任官という立場で捜査のリーダーになっていく。各組織から選抜されたオールスターチームの特捜メンバーに対して、黒田がどのような指示を出し、また自らどのような行動をとっていくのか? このシリーズを読み継いでいる読者にとってた大きな楽しみになる。
 この事件をグローバルな視点でとらえれば、黒田の人脈、クロアッハがやはり登場してくるのか・・・・。
 
 四井銀行のシステムへの侵入は海外からのアクセスとわかり、そこからネット上での捜査が迅速にスタートしていく。読者にとっては、特捜メンバーによる電子捜査がどのように進められるかが興味深いところ。
 黒田は、ハッキング技術に精通し、かつ英語に堪能なキャリア3人を伴い、フィリピンのダバオに出張する許可をチヨダの理事官から得る。黒田は、川奈典子と二人のキャリア警視、それに落合一真を同行させる。黒田は「ダモサITパーク」に対象を定めていた。黒田はここでどのような情報をキャッチできるのか? これは同行メンバーのOJTにもなっていく。一方、今回の出張において、国会議員大須賀の紹介でダバオの日系人会理事ケネス・ヨシオカの世話になった黒田は御礼訪問をする。その折、ヨシオカのもらしたある苦情が、黒田には重要な情報となるのだった。
 ATMが犯行現場だったことから、現金を奪った犯人の特定と追跡のために、防犯カメラ、監視カメラの記録画像の解析が重要な捜査活動になるのは当然である。Nシステムも画像解析に連動していく。そして、身元のわれた犯人は公安部データに載る会社の社員だと判明し、その会社には宗教団体の資本が入っていることが分かってくる。どういう宗教団体なのか。ここでも黒田の人脈が情報入手に役だつことに・・・・。このプロセスは、読者にとって、フィクションとはいえ、防犯・監視カメラによる監視社会化の現状を知るという副産物を得る機会でもある。
 黒田の手許に集まる情報の一つずつが繋がって行く様相を見せ始める。
 
 特捜メンバーが電子捜査を主体にそれぞれのもつハッキング技術力や捜査力を発揮する。そして現金奪取の実行犯とサイバー攻撃の方法、事件の背景に存在する組織や人物など事件に関わる事実情報を特定していく。そこには宗教組織が浮かび上がってくる。
 だが重要なのはそれらの集積される事実情報を関係づける解釈力および判断に役立つ情報を得られる人脈という属人的な能力が大きな決め手になることである。そのあたりの展開がおもしろい。黒田の真骨頂が発揮されることに・・・・。デジタル側面がアナログ側面により補強、補完されることで全体像が見えてくるのだ。

 黒田の危惧が現実化していく。ATMを誤作動させ現金を引き出した事件は、更なる事件への予行演習に過ぎなかったのだ。共同ライン銀行でシステムトラブルが起こり、指示のない送金データにより12億円の金が消える事件が発生する。この攻撃はドイツ南部のシュツッガルトからと判明した。そして、攻撃のための経由サーバーの一つに、バチカンのサーバーが使われていたのだ。サイバー攻撃による現金奪取という形を利用し、宗教団体が他の宗教団体を狙うという様相が濃厚になってきた。黒田は「サイバー・ジハード」だなとつぶやく。

 この事件、どこまで事態が大きく深刻になるのか。黒田は特捜チームとともにどのように立ち向かい、犯人逮捕にいたるのか。
 黒田は「しかし捕まらないとでも思っているとしたら、僕らも舐められたもんだ。僕たちは深く静かに潜行して、敵の本丸を一気に叩いてやろうじゃないか」(p136)と特捜チーム第1班の管理官杉浦に決意を語る。
 顔に疲れが見えると指摘され、黒田は一息入れるために小料理屋「しゅもん」に出向いた。そのお陰で、黒田は思わぬ情報を得る。共同ライン銀行のサイバー攻撃の侵入経路チェックをしているという桐生から、複合型ウィルスの話が出て、”ビッグ・アルマジロ”の名前が出たのだ。併せて上海という地名が出る。黒田は上海に乗り込む許可を得る。
グローバルに行動を広げ捜査を加速させるストーリーの展開がおもしろい。

 このストーリーの最終段階での楽しみを幾つか予告しておこう。
*勿論、事件は解決する。だが、その過程で黒田が推論できなかった事項が1つあった。
*この事件が解決すると、再び黒田に異動の辞令が出ることに・・・・・。
*エピローグでは、黒田は己の人生での一つの決断をする。その状況描写で終わる。
 これから先は本書でお楽しみいただきたい。

 最後に、黒田の会話に出てくる含蓄のある言葉を黒田語録としてご紹介しよう。
 今回はストーリーを楽しみながら、読者にとって学びの糧を得られるという魅力が濃厚にある。所轄署長の立場になった黒田が、部下に語る信念であり助言指導である。
*情報が真実ならその理由を、虚偽ならばその背景に興味を持てば、おのずと先が見えてくる。 p68
*最初はたった一人でいい。信頼できる人を見つけたら、相手にも心を開いてもらう。
 そこまでできれば道は開けるよ。ある人を信用したら、とことん信用することだね。p68
*その土地の市民が何を必要としているのか分かる人間になれ。 p88
*人事で大切なのは適材適所であるかどうか。それを見極めるのが、上に立つ者の重要な仕事だと思うよ。  p97
*長く滞在する場合は、市場と学校をみておくといい。 p99
*まずは、海外に行く前に世界史をきちんと学んでおかないとな。  p99
*情報は使った段階で再びゼロに戻る。常に新たな、誰も知らない情報を得ようとしていると、不思議と人脈は切れるどころか太くなっていく。 p175
*トップなんかに会う必要はない。トップを目指す者を見つけて協力者にするんだ。・・・・熾烈な競争があるところに情報は集まってくるからだ。・・・・そしてトップに上り詰めた者は、情報を持っている者を大事にする。それがトップから可愛がられる秘訣だ。可愛がられれば、新たな情報提供者を紹介してもらえるかも知れない。そうやって世界を広げていくんだ。 p176
*価値ある情報が、どういう形でトップに伝わっているのか。それを確認することは組織の実態を知ることに繋がる。情報の最短距離はどのルートなのかが分かれば、その次はもっと早く情報をキャッチできるかもしれないからね。 p176
*休みは大切にしろ。休めない休めないと言うやつは、仕事が遅くて計画性がないからだ。適度に休むと仕事の効率が上がる。  p220
*宗教団体の捜査をすることがあったら、財務を徹底的に調べ上げることだな。それが解明できたら、その教団は一生、こちらの言うことを聞くようになるぜ。
 そいつらを協力者に仕立てればいい。捜査の出だしで手を抜くと、うっかりこちらが向こうのタマに仕立て上げられてしまうから気をつけろ。何事も初動が肝心なんだ。 p333

 ご一読ありがとうございます。

本書を読んだ波紋として関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
サイバーテロ  :ウィキペディア
サイバー攻撃の目的とは?どんな種類があるの?  :「HITACHI」
高度化するサイバー攻撃の手口とその対策     :「HITACHI」
サイバー攻撃対策   :「警察庁」
サイバーセキュリティ対策本部  :「警視庁」
ダバオ市初のIT経済区、PEZA認定 :「NNA ASIA アジア経済ニュース」
キーロガー   :「サイバーセキュリティー情報局」
お使いのデバイスからキーロガーを検出・駆除する方法と6つの予防策  :「Norton」
宗教事業協会  :ウィキペディア
バチカン銀行元総裁、公金横領と資金洗浄で禁錮8年11月 :「AFP BB News」
中国製スパイチップ疑惑、グーグルは以前から警戒 2018.10.10 :「日経XTEC」
「米粒スパイチップ」だけじゃない 中国に“情報を盗まれる”恐怖:「ITmediaビジネス」
内閣官房のデータ流出 サイバー攻撃対応の訓練情報も流出判明 2021.6.2 :「NHK」
ロシア系ハッカー集団 24か国サイバー攻撃 マイクロソフト発表 2021.5.29 :「NHK」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁情報官 ブラックドナー』   講談社文庫
『警視庁情報官 トリックスター』   講談社文庫
『警視庁情報官 ハニートラップ』  講談社文庫
『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』   講談社文庫
『電光石火 内閣官房長官・小山内和博』  文春文庫
『警視庁公安部・青山望 最恐組織』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』 文春文庫
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫



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