遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『クラシックシリーズ4 千里眼の復讐』 松岡圭祐  角川文庫

2021-11-27 18:03:56 | レビュー
 本書は、旧千里眼シリーズの第4弾『洗脳試験』を完全に抹消した上で、第4弾として創作されたという。『洗脳試験』を読んでいないので、なぜそうなったのかは想像も判断もできない。この『千里眼の復讐』という作品を読んだ範囲での感想・印象をご紹介しよう。
 奥書を読むと、この第4弾は書き下ろしの完全新作として、2008(平成20)年6月に角川文庫から刊行された。今回、奥書を読んでいて「千里眼」という語句が松岡圭祐事務所の登録商標と記されていることに初めて気づいた。
 手許の国語辞典を引くと、「千里眼」が載っている。「遠方の出来事を感知するの能力。それを有する人。天眼通」(『日本語大辞典』講談社)と。一方、『大辞林』(三省堂)には、「千里」の項の中に「千里眼」の項を設けて説明されている。

 この千里眼シリーズ、読書の気分転換にはもってこいである。大殺戮という点が少し問題ではあるが・・・・・・エンターテインメントを楽しむことにして。
 人々から千里眼と呼ばれる心理療法士・岬美由紀がウルトラスーパーヒロインという形で現代社会のとてつもない状況下で縦横無尽に大活躍する。己を傷付けてでも人々を救うという信念に燃えて行動を繰り広げる。フィクションの世界ならではと言える。いわば、悪との闘いを完徹する息もつかせぬバトル・ストーリーになっている。一気読みさせるストーリー展開でおもしろさ満載である。

 それぞれ一作ずつストーリーは一旦完結するが、シリーズとして悪との闘い-友里佐知子との闘い-は根底において大きな流れとして続いている。つまり、この悪の根源は消滅するところまでは行かない。岬美由紀が一戦場の局面で闘争に勝利を得ても、悪との戦争は未だ継続しているという形になる。シリーズ順に読み進めるべき作品群と言える。
 
 今回、最初からおもしろい設定である。ストーリーは、『千里眼 運命の暗示 完全版』の最後のシーンからの続きになっている。まず、岬美由紀が日本に帰国する数日前の行動から始まる。つまり、日中開戦を何とか阻止した美由紀が少林寺から南京國際戦争監獄に収容された時点から始まる。この刑務所の最高顧問に就任にしている賈薀嶺からある事件の解決に協力要請される。それは香港の大埔に住む不特定多数の人々の失踪事件だった。この事件の解明は、パン屋の見習い職人が、ブルガリのオニキスブレスというダイヤをあしらった限定品を所持していたことに端を発していた。美由紀がこの男に質問して、街はずれにある養護施設でのおぞましい事件を暴き出すに至る。失踪した人々は脳梁切断手術を施されていたのだ。友理佐知子、恒星天球教の教祖阿吽拿に繋がっていくことになる。事件はなんと香港国際空港内で駐機中のブリティッシュ・エアウェイズの飛行機が大爆発することで終わる。だが、この香港の事件に直接関与していたのは友理佐知子ではなくその替え玉だった。美由紀は正体を見破ったうえ、危機一髪で脱出した。事件を解決に導いた美由紀は帰国を果たすことになる。
 この冒頭の展開、この後のストーリー展開の伏線とも言えるが、007の映画シリーズの冒頭が一つのエピソード場面から始まり、本筋に切り替わっていくタッチと同じ印象をうける。いわば、美由紀の一つの活躍が冒頭で一短編風に語られると言う感じである。それが一気に読者を引きこむ形になっている。 

 帰国するなり、美由紀は警視庁の現場検証に立ち合う羽目に。美由紀がウィリー・E・ジャクソンが逃げだそうとしたところを捕まえようとしたとき、いきなり彼の全身から真っ赤な炎が噴き上がり焼け焦げ、半径3mも延焼したのだ。特殊な発火現象である。その前に、蒲生警部補が赤羽喜一郎が突然燃えだしたという事態で殺人容疑で留置場暮らしをしていたという事件も起こっていた。これらの事態は、どうも近未来への伏線になっているようだ。本書を通読して、この事態の関連はその後進展していないから。これは何?興味をそそる。まずは、美由紀と嵯峨、蒲生がここで再会を果たす。美由紀は蒲生から鍛冶がこめかみを撃って自殺したことを知らされる。

 このストーリーの実質的な始まりは、美由紀が乃木坂近くのペンデュラム社が入っていた高層ビルを訪れたときである。そのビル内で美由紀はメフィスト・コンサルティング・グループの使いである丸帽・燕尾服姿の老紳士に声をかけられた。美由紀は老紳士から、ペンデュラム関係者全員が処分されたこと、友理佐知子がメフィスト・コンサルティング・グループの特別顧問補佐だったことを告げられる。さらに、友理がふたたび革命を起こすことを画策していて、実行日が間近に迫っていると告げられた。老紳士は、美由紀が友理佐知子に対峙すること、メフィスト・コンサルティングは現時点の日本では傍観者に過ぎないという。老紳士は美由紀の前から姿を消すために、非情な手段を準備していた。ガラス張りのエレベータ・シャフト内に10代半ばくらいの少年を逆さ吊りにしていたのだ。逆さづりのロープはエレベータの底に結ばれていた。エレベータは最上階に到達後37秒で1階に降りてくるという。美由紀は老紳士を問い詰める間もなく、少年の救助を最優先する羽目に・・・・。37秒の救出劇が実質的なストーリーの始まりとなる。ここから、活劇的な山場が次々に連続し展開されて行くことになる。それはなぜか?

 美由紀が救助したのは日向亮平。杉並中学2年生。中野慈恵園という児童養護施設に暮らしている少年だった。亮平にとっては岬の様な女性が好みであり、一方岬が好むタイプでもあると老紳士が人質にした理由を亮平に語っていたという。実はこの視点がこのストーリーにおいて重要な要素となっていくのだから、徐々に面白くなる。

 美由紀が臨床心理士会から中野慈恵園にカウンセラーとして派遣されたことから事件が始まる。建物内で爆発が起こったのだ。ペットボトルの爆発。それは園児を利用し仕掛けられたものだった。園児の結衣を人質にミドリの猿・ジャムサが美由紀の前に現れた。それは、美由紀を導き出すための罠だった。美由紀はフェラーリでジャムサを追跡する行動に出る。美由紀の車に亮平が同乗することに。追跡劇が始まる。ジャムサの乗るトラックは、美由紀を中央環状線内回りの山の手トンネルの下りに意図的に誘導して行った。
 トラックのすぐ後には、禁じられているはずのタンクローリーが走行していた。そして、トンネル内でタンクローリーがスピンし爆発。トンネル崩落事故が発生する。この事故こそ、友里佐知子が意図的に起こさせた事故だった。西新宿の出口は落盤により塞がれた。
 トンネル内の状況が徐々に分かってくる。非常電話は電源が落ちている。25m間隔の赤外線センサーと消火用水噴霧器は作動していない。火災報知器の警報は鳴らない。50mおきにある手動の消火設備すら役に立たなくなっている。車道の下の避難通路の先にある西新宿の出口方向は通路の行く手の防火シャッターが下りていた。本当に脱出方法はないのか。

 とんでもない状況が引き起こされることに。トンネル内のスピーカーから、鬼芭阿諛子の声が流れる。「午後11時です。皆様、いかがお過ごしでしょうか。恒星天球教がお送りするイリミネーションの儀式、ここ山手トンネル避難通路にて、間もなく開始されます」(p200)と。
 イリミネーション(elimination)とは、除去、排除、抹殺を意味する。非難通路は閉鎖されていて地上への出口はないという。この避難通路に、恒星天球教は3種のイリミネーターを順次送り込んでくるというのだ。
 前頭葉切除手術を施され精神的な高次機能を失い、暗示を受け入れて行動するというロボット化した殺戮者群を送り込んでくるのだと美由紀は理解する。これは友里佐知子による人為的なテロであると。
 トンネル内に閉じ込められた人々は直接的にはイリミネーターと闘うという行動をサバイバルするために始めざるを得なくなる。デス・ゲームの始まりである。
 美由紀は閉じ込められた人々をどのようにして救うことができるか。己の信念をかけて行動を始める。直接的には、順次送り込まれるという3種のイリミネーターとの闘いとなる。その闘いに勝つためのヒントを美由紀は掴まねばならない。そこに状況悪化の要因が加わる。避難経路に空気を送り込むダクトが機能していないので空気の残量が減少してくる。さらに避難通路の非常灯が消えるという事態が起こる。作為的に電源が落とされたのだ。電源操作を行うエリアまで何とかして向かい、対策を取らねばならない。美由紀は獅子奮迅の行動を求められていく。美由紀にとってはこの状況を引き起こした背後にいる友里佐知子との頭脳戦、心理戦も同時に考慮しなければならない。
 友理佐知子の狙い、意図は単に殺戮だけではない筈である。そこにどのような意図が秘められているのか。それを探らねば、この闘いに勝ちサバイバルできないことになる。
 ストーリーは、この状況の中で様々な人々の行動を点描風に織り交ぜていく。弁護士と自称する川添雄次。パトロール隊の警官である竹之下と志摩。整形外科医の片平英一郎。トンネル工事において下請工務店で働いていたという笠松章平。国土交通省に務める相山清人。救急救命士の龍田祐樹と翠原広茂。パソコンを使い解析ソフトの操作に専念するニートの石鍋良一。米軍兵士ローレンソン。この状況の最中に産気づいた寿美子と彼女をサポートする出産経験のある竹居比郎子。東大工学部の学生・森田祐未。不動産会社勤務の土方有吉。等々、様々な人々がそれぞれの行動をとっていく。
 彼等は様々な局面で美由紀に関わっていくことになる。勿論、亮平も行動している。

 都心の地下深いトンネルでの爆発事故という可能性ゼロとは断言できない想定の上に、現状では荒唐無稽と思えるフィクションを重ねた世界で闘争活劇が繰り広げられて行く。壮絶である。興味深い設定の一つは、イリミネーターの闘いに役立つイリミネーターの弱点が潜んでいるという点である。これをどうして見つけるか。このあたり、ゲーム感覚が巧みに盛り込まれているとも言える。

 そして、美由紀は友里佐知子がこのイリミネーションの儀式を通じて何を狙っていたのか、遂に気づくに至る。

 クライマックスでの展開が興味深い。思わぬどんでん返しが仕組まれている。お楽しみに・・・・・。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『後催眠 完全版』   角川文庫
『催眠 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫
『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  講談社文庫
『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点 総計32冊 

『逆流 越境捜査』  笹本稜平   双葉文庫

2021-11-20 14:44:57 | レビュー
 第10章に次の一節がある。「死ぬ気まではないが、ここが正念場なのはたしかだろう。これまでの相手の仕掛けは用意周到な上に大胆だった。その逆流に押し込まれては、このままなす術もなく退散ということになりかねない。だからといってただ気負いこめばいいというものでもない。」(p393)事件の捜査が正念場にきたときの鷺沼刑事の思いである。本書のタイトルは多分ここに由来するのだろう。
 越境捜査シリーズは、警視庁刑事部捜査一課特命捜査二係の鷺沼友哉警部補が中軸となり、三好章係長と井上拓海巡査とともに追跡する事案に、神奈川県警の嫌われ者で万年巡査部長の宮野裕之と元ヤクザで今は堅気のレストラン経営者と自認する福富が加わってくることでおもしろい展開になる。今回はここに碑文谷警察署・強行犯捜査係の山中彩香巡査が加わることに。この山中彩香がなかなかの強者でおもしろさを加えてくれる。
 本書は越境捜査シリーズ第4弾で、2014年3月に単行本が刊行され、2017年7月に文庫化された。

 ストーリーは、鷺沼が柿の木坂の自宅マンションに帰宅し外階段を上り四階にある部屋に向う途中、人の気配に気づき「今晩は」と声をかけた直後に、右脇腹をナイフで刺されるというシーンから始まる。鷺沼刑事が刺されるというとんでもない事件の発生!
 発見し通報したのが宮野だった。彼はある事件ネタを持って偶然鷺沼の部屋に転がり込もうと出かけてきたのだ。
 刑事が自宅付近で襲われた事で、この地域を所轄する碑文谷警察署の刑事組織犯罪対策課がこの傷害事件を捜査することに。捜査本部は立たない。再発を懸念し、碑文谷署は捜査の一方、鷺沼に対し昼夜交替の警護体制を敷いた。昼間は山中彩香巡査が担当を命じられた。彼女は鷺沼を警護する形から鷺沼の捜査事案に自ずと巻き込まれていくことになる。
 鷺沼は、正面から肝臓の脇まで刺された。幸いにも致命傷に至らず術後の回復は順調で、1ヵ月の休職扱いとなり静養する羽目になる。だが、彼はこの休職期間中に手掛けている事案に対し、頭脳中枢的役割を担いながらその究明に取り組んで行く。彩香は尊敬する鷺沼を身近で警護をするという使命から、一歩踏み込み追跡捜査に関わって行く。

 鷺沼は特別捜査対策室に属する。殺人事件の時効撤廃により、過去の不審死や迷宮入り事件の事案を洗い直すという継続捜査を担当する。鷺沼たちは、10年前の死体遺棄事件、足立区内の荒川河川敷で見つかった白骨死体を追っていた。検視報告書と発見時に撮影した写真の再鑑定により肋骨の傷跡が刃物による刺殺であると最近わかったことによる。
 一方、宮野が鷺沼に持ち込んできた事件ネタは、神奈川県の伊勢佐木署管内で捕まった窃盗犯の余罪を追及する中で自白された話だった。その窃盗犯は12年前に足立区のある豪邸に侵入した。玄関は施錠されていなかった。二階の寝室で俯せに倒れ、心臓のあたりに刃物によるものと思われる小さな刺し傷が覗いている男の死体を発見したという。現金と宝石を盗んで慌てて退散した。その後、その豪邸での殺人事件も現金・宝石が盗まれた事件も一切報道すらなかったというのだ。捜査員が出向いて調べたところ、そこは10年前に更地にした後売りに出され、二宮という別の住人が新しい家を建てて住んでいた。取引を地元の不動産屋が扱っていた。売主は現在与党の参議院議員で、財務副大臣をしている木暮孝則とわかる。ただ、当時は選挙で落選し浪人生活中だったようなのだ。捜査員はけんもほろろにあしらわれたという。宮野は桜田門の縄張りになるこの件に独特の臭覚、金の匂いを感じて、鷺沼に事案として考慮させようと持ち込んだ。ガセネタである可能性は勿論高い。
 井上はインターネットで木暮関連情報を調べてみる。宮野もまた独自ルートでに木暮の背景を調べるとともに、不動産屋に聞き込みを行い、木暮邸関連情報を探り、現所有者二宮の関連情報も収集していく。宮野なりにガセネタでない確度を見極めようとする。
 
 継続捜査事案の荒川河川敷の死体遺棄事件は、遺体に付着していた衣類のサンプルが保存されていて、最新技術でDNA型を抽出できた。比較するサンプルが警視庁のデータベースにあったのだ。それは、12年前に婦女暴行未遂容疑で逮捕された福岡市在住の会社経営者、佐久間一雄だという。被害者の告訴で捜査された結果、犯人のDNA型と一致しなかったので佐久間は不起訴になった。その佐久間は不起訴になった翌年5月に所有の小型クルーザーで沖釣りに出かけ、玄界灘で突発的な低気圧に遭遇してクルーザーが転覆。海上保安庁が捜索活動をしたが、死体は発見出来なかった。その結果、戸籍上、認定死亡の扱いが行われていた。DNA型の一致と認定死亡が発端となって追跡捜査が具体化していく。井上が福岡に出張し福岡県警の協力を得て捜査活動を推進する。
 
 空き巣が木暮邸で死体を見たのが12年前の6月。11年前の5月に佐久間一雄は海難死したと認定された。10年前の荒川河川敷の死体遺棄事件は殺害で、佐久間のDNA型と一致。河川敷の場所は木暮邸とごく近いとわかる。11年前の9月に木暮は引っ越した。更地にされた土地に10年前、新たな家が建てられ二宮という人の所有になっている。捜査の結果、木暮は生まれも選挙区も福岡であり、佐久間とは同郷である。
 これは偶然なのか・・・・・。「おそらくは偶然だろう。それが健全な考え方だと自分に言い聞かせる。しかしどうも落ち着きが悪いのだ。それぞれを結ぶ糸は蜘蛛の糸よりか細いが、すべてがまとまったときの強さは無視できない。」(p49)と鷺沼は思考する。

 DNA型が一致した佐久間、空き巣が木暮邸で発見した男の死体から端を発して、状況証拠が少しずつ累積していく。福岡に捜査出張した井上は、さらに木暮に繋がる別件情報を入手し、鷺沼に知らせてくる。12年前に、木暮の地元秘書だった宮沢忠之の失踪届が出されていた。拉致されたというような犯罪性や不審な点がなかったので、警察では通常の家出人扱いとして、特に捜査など行わずに処理されていたという。
 ジグソウパズルのように、ばらばらな断片情報が相互にリンクしていく。このプロセスがかなり具体的に書き込まれていく。事実をつかむためにどのような視点と捜査手続きで情報を探索するのか。そのプロセスがひとつの読ませどころとなっていく。その結果、状況証拠はターゲットを絞り込んでいるのに、決定打となる物証が掴めないというジレンマの狭間で正念場を迎える局面へと突き進んで行く。
 一方、鷺沼の住むマンションの部屋に盗聴器が仕組まれることから始まり、捜査を阻むかのような妨害事象が様々な形で発生してくる。鷺沼に対する時期はずれの人事異動話すら出てくる。その背後に居る黒幕は一体誰なのか・・・・・。

 このストーリーでは、山中彩香巡査が鷺沼の警護役として加わった点が新鮮である。彩香が宮野の天敵的な存在となる一方、尊敬する鷺沼の捜査に助っ人として効果的な役割を担っていくところを楽しめる。これが一つの特徴。また、体力回復のために静養しなければならない鷺沼に対し、井上が活躍の場を広げ、刑事として一回り大きく成長していく姿が見られるのも楽しい。
 さらに、事案捜査の過程において、その捜査を頓挫させようとするかのごとく鷺沼の人事異動の話がどこからかの圧力として現れてくる。この側面の織り込みがこのストーリーに警察官心理に対しリアル感を加えていく。更に、鷺沼が対峙する相手側から、警察内の人事異動の話がこの追跡捜査に関わる者への圧力として語られることにもなる。宮野の反応に対する描写が特に興味深い。その上で、宮野のしたたかさを絡ませていくところがおもしろい。
 特に政治家と警察組織の関係はフィクションと雖もリアル感が強い気がする。事実は小説より奇なりというから、両者の関係の実態は現実的にもっと泥臭いのかもしれないかも・・・。
 巨悪打倒に挑み続ける鷺沼たちの姿。やはりこの種のストーリーは楽しめる。

 状況証拠の積み上げによる論理的推論では思いもよらない意外な展開がファイナル・ステージに加わって行く。その巧妙なストーリーの転換が土壇場での読ませどころとなる。エンターテインメント性もうまく盛り込まれていると言える。

 ご一読ありがとうございます。

この印象記を書き始めた以降に、この作家の以下の作品を順次読み継いできました。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『強襲 所轄魂』  徳間文庫
『希望の峰 マカルー西壁』  祥伝社
『山岳捜査』  小学館
『サンズイ』  光文社
『公安狼』   徳間書店
『ビッグブラザーを撃て!』  光文社文庫
『時の渚』  文春文庫
『駐在刑事 尾根を渡る風』   談社文庫
『駐在刑事』  講談社文庫
『漏洩 素行調査官』  光文社文庫
『白日夢 素行調査官』  光文社文庫
『素行調査官』  光文社文庫
『破断 越境捜査』  双葉文庫
『挑発 越境捜査』  双葉文庫
『越境捜査』 上・下  双葉文庫
『失踪都市 所轄魂』  徳間文庫
『所轄魂』  徳間文庫
『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』  幻冬舎
『遺産 The Legacy 』  小学館

『裏千家十一代 玄々斎の茶と時代』 愛蔵版淡交別冊  淡交社

2021-11-18 16:16:06 | レビュー
 フォローしているブログ友のかなり以前のブログ記事で本書を知った。千利休から三代宗旦までは多少学んだので、本書まで飛んでこちらを読んでみた。「変革の世に問う、茶の湯の真価」というサブタイトルに関心を抱いたことによる。本書は2020年11月に刊行されている。A4サイズの本。

 ブログ記事に掲載された本書のタイトルを画像で見るまでは玄々斎について知らなかった。そういう意味では関心を持って通読することができた。私にとって読後印象としてまず残ることが3点ある。
 1)玄々斎が幕末から明治へという時代の大変革期に生きた人であるということ。
「玄々斎と幕末明治の世相」というタイトルで、「玄々斎に関連したできごと」と「その他、茶道史や日本史・世界史の主なできごと」を対比年表の形でまとめられている。当時の重要トピックも画像付きで併載されていて便利である。
 玄々斎精中は、1810年(文化7)に三河国奥殿藩主・松平乗友の子として生まれた。1877年(明治10)7月11日に没す。享年68歳。この明治10年には西南戦争が起こり、西郷隆盛が没している。

 2)玄々斎は裏千家の婿養子になって、宗家を継承した人だったこと。
  1826年(文化9)17歳の時に、裏千家十代認得斎(1770~1826)の長女・萬地の婿養子となって、裏千家十一代を継承した。つまり、玄々斎は激変し始める時代に、裏千家の存続という点で重要な役割を担い、近代へのバトンタッチを果たした人物だったこと。
 「玄々斎の軌跡」(筒井絃一・茶道資料館顧問)によると、玄々斎は幼名を千代松と称した。父・松平乗友は1790年31歳で致仕し、乗友の末弟乗尹を養子にして封を譲った。父の乗友は隠居後数寄の道で活躍を始め、裏千家十代認得斎と交遊を持つ。松平家一統が茶道に親しむ基を培ったそうだ。玄々斎の長兄乗羡が1819年に二条城在番を勤め、在番小屋の庭窯で作陶を楽しんでいた頃に、乗羡と認得斎は昵懇な関係にあったという。玄々斎が裏千家の婿養子となる機縁があったのだろう。
 「玄々斎が裏千家十一代を継承したあと、最初にしてかつ最大の行事は天保11年(1840)利休居士250年忌の法要と88回の茶会である」(筒井,p30)という。この年忌の追善茶会の為に、玄々斎は裏千家の大普請を行い、改造と増築を続けたそうだ。「玄々斎は千利休以来の禁中献茶も復興した」(千玄室、p4)。一方で、大名家との交流も深めているという。

 3)立礼式の茶法の創造
  私が一番印象に残るのはこの立礼式を考案したのが玄々斎で、「立礼による点茶盤が初めて披露されたのは明治5年(1872)の第1回京都博覧会の時であった」(筒井、p40)という点である。なぜ、印象深いかというと、祇園の甲部歌舞練場で開催される「都をどり」を十数年毎年グループで見に出かけた時期があった。舞台の鑑賞前に舞妓さんが茶を点てる様子を見ながら、来場者は茶をいただくことになる。それが立礼式の茶法だということを後で知った。だが、それがいつ頃から誰が考案したのかは知らなかった。茶道の点前等は門外漢なので、特にそれについて調べてみる気もなかった。本書で玄々斎による考案ということとその経緯を知ることになった。玄々斎筆「立礼之図記」(今日庵蔵)の写真も載っていて興味深い。

 本書の構成と覚書を兼ねその一部をご紹介しておこう。
「玄々斎の『遺産』」 千 玄室(裏千家前家元)
 裏千家10代認得斎柏叟には跡継ぎと目された男子がいたがいずれも夭折したそうだ。千代松(玄々斎)は18歳違いの次兄・渡辺又日庵矩綱(1792~1871)のもとで幼児の頃から鍛えられ色々な教養を身につけていたという。それが婿養子となり11代を継承する基盤になったようだ。

「幕末・維新と茶の湯」 熊倉功(MIHO MUSEUM 館長)
 玄々斎は尊皇意識のもとに茶の湯の新しい姿を模索し、一方尊皇攘夷派を徹底的に弾圧した徳川幕府の大老で彦根藩主の井伊直弼は一期一会の茶を目指していた。「茶の湯に対する態度はその根拠を厳しい緊張感と精神性に求めようとした点では、案外近いところにあったのではないか。」(p7)という著者の指摘は興味深い。
 本論考で著者は、利休以降の茶の湯における二大イノベーションの一つが七事式の発明で、もう一つが立礼式の発明であるという。
 加えて、おもしろい説明がある。明治政府は「明治5年、さまざまの職種に鑑札制度を設け、茶の家元に対しても当時、『遊芸稼ぎ人』というような認識の鑑札を与えようとしたのである。当然、三千家の家元はこれに反撥し、玄々斎の筆になる『茶道の源意』と通称される口上書を提出した。」(p8)という。一方、筒井は「芸能鑑札」という言葉で同主旨のことを記している。(p42)

「玄々斎と幕末明治の世相」

「玄々斎の軌跡」 筒井絃一(茶道資料館顧問)
 玄々斎は裏千家の婿養子となり11代を継承したが、萬地との間には子宝に恵まれず、萬地は36歳で没した。寡婦となっていた認得斎の次女照を後妻とした。37歳の時(1846)に男子が誕生。1850年には長女猶鹿が誕生する。だが、期待をかけていた一人息子・玄室(一如斎)は1862年17歳で他界したという。時に玄々斎53歳。1863年3月に16歳の実の甥(又日庵の末子・渡辺織衛政綱)を養子縁組で迎えて、剃髪させ宗淳と名乗らせた。後に、徹玄斎(宗淳)と改名するが、又日庵に戻ってしまった。再び後嗣を失った玄々斎は長女猶鹿に婿養子を迎える。京都の名家であり豪商の角倉多宮玄祐の長男兎毛である。兎毛は後に12代を継承し又妙斎直叟玄室と称する。又妙斎と猶鹿の間に、長男駒吉が誕生する。後の13代圓能斎となる。
 玄々斎が裏千家を次代に継承させる上で紆余曲折と相当の尽力があったようである。
 22ページでまとめられた玄々斎の小伝であり読みやすい。玄々斎という人物を知るのに有益である。

 コラムとして3つの寄稿文が掲載されている。「徳川斉荘と尾張の茶の湯」神谷宗□(茶道家・人間環境大学名誉教授。名前の一文字変換不可)、「幕末明治の禅宗」竹貫元勝(花園大学名誉教授・同大学院客員教授)、「幕末明治の京都・工芸事情」上村友子(茶道資料館学芸員)である。

「玄々斎と茶道具」 構成・文 茶道資料館
 「玄々斎の茶道具と書 織り込まれた時代と精神」橘倫子(茶道資料館学芸課長)、「玄々斎と職方 数寄の交流」伊住禮次朗(茶道資料館副館長)の二論考で構成されている。茶道具や書の画像が多く掲載されていて、玄々斎の好みがイメージしやすくなっていて、興味深い。

「幕末明治期の茶室建築と玄々斎の茶室」 桐浴邦夫(建築史家・京都建築専門学校福校長)
 著者は玄々斎の茶室に「従来の千家の茶室とは違ったものが見えてくる」と冒頭で述べる。千家の「わびすき」の茶室に対し小堀遠州の「きれいさび」という武家茶道の茶室建築の違いにふれた後、江戸後期に松平不昧が「わびすき」と「きれいさび」の境界線を曖昧にしたという。玄々斎は「周囲の自然との関係を深くした茶の湯空間、そして技巧的な意匠」(p80)を利休250年忌に合わせた裏千家の増築に応用して行ったとする。
 「玄々斎は、従来の茶室の概念にとらわれない自由な造形を模索していた」「裏千家の家元として『わびすき』は基本においたであろうが、『きれいさび』の風を時に積極的に取り入れ、それらが発展的に統合された形式を展開する」(p80)と、玄々斎が手掛けた茶室の事例を挙げて論じている。、
 事例に取り上げられているのは、「捻駕籠の席」(名古屋・昭和美術館)、「咄々斎」(裏千家)、「抛筌斎」(裏千家)、「水月亭」(岐阜・伊奈波神社)、「任有」(京都・圓光寺)、名古屋・浄願寺の茶室、「孤葊」(名古屋・神谷家)である。
 時代風潮の転換が意識されていたのであろうか。

「各地に広がる玄々斎の交友」 八尾嘉男(京都芸術大学非常勤講師)
 玄々斎の交友について、それぞれのプロフィールを略記するとともに、玄々斎とどのような関係にあったかが具体的に論じられている。京都、伊勢、江戸、金沢、越後、大坂、岡山鳥取、石見大田、伊予松山、長崎と、その交流地域の広がりがうかがえる。

「三人の本草学者と茶の湯-渡辺又日庵・飯沼慾斎・伊藤圭介」横内茂(植物文化史研究家)
 上記の通り、又日庵は玄々斎の実兄である。尾張本草学派のこの三人の学者たちのネットワーク形成の一要素に茶の湯があった点を論じている。

「伝統文化がむかえた明治時代」 野村朋弘(京都芸術大学准教授)
 茶の湯が時代の荒波を乗り越えていくのに、玄々斎が大きく寄与した点が本書を通じてよくわかる。ここでは、同様に伝統文化である歌舞伎と能楽がどのようにこの転換期をサバイバルしてきたかについて論じられている。伝統文化の担い手が必死に時代の荒波を乗り越えるための活路を模索してきた一端がわかる。

 時代が大きく転換していく時期に、伝統文化を継承し、その伝統文化に新たな息吹を与えその維持存続を担うためには工夫と変化、変革が重要な要因になることを感じさせる一書でもある。

 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、関心事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
千宗室 (11代) :ウィキペディア 
千宗室(11代):「コトバンク」
裏千家歴代  :「裏千家今日庵」
立礼のお点前【裏千家 茶道】  YouTube
茶道裏千家 淡交会 立礼席 東京第五東支部学校茶道 YouTube
茶道 表千家 立礼席 第15回銀茶会  YouTube
捻駕籠の席  :「昭和美術館」
(動)伝統の時間~水月亭見学 :「岐阜聖徳学園大学附属小学校」
咄々斎  今日庵 茶室・茶庭 :「裏千家今日庵」
抛筌斎  今日庵 茶室・茶庭 :「裏千家今日庵」
神谷家住宅孤葊  :「文化遺産オンライン」
登録有形文化財 神谷家住宅茶室(孤葊・柏露軒・腰掛待合・中潜門):「保存情報第139回」
松平不昧公  :「松江の茶の湯」
松平治郷   :ウィキペディア
渡辺規綱   :「コトバンク」

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これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『裏千家今日庵歴代 第三巻 元伯宗旦』 千宗室 監修  淡交社
茶の世界 読後印象記一覧   2021.10.14 時点 24册

『警視庁情報官 ノースブリザード』  濱 嘉之  講談社文庫

2021-11-16 09:51:35 | レビュー
 インテリジェンス活動には3つの方法があるという。その活動の基本中の基本はヒューミントだと著者は言う。ヒューミントとは「人間を介した情報収集のこと」であり、「重要な情報に接触できる人間を協力者として獲得、運営するための相応の金と時間が必要になることは事実である」(p45)と記す。ヒューミントには、相互に情報交換を行う人間関係を長期間維持しつつ有益な情報を収集するという繋がりも含まれることと思う。
 後の2つは、オシントとシギント。オシントは「新聞・雑誌・テレビ・インターネットなど公刊資料等を分析して情報を得る手法である。情報機関の諜報活動の9割以上はオシントに充てられるとも言われる」(p47)。一方、シギントは「通信や電子信号を介した情報収集活動」(p47)であると。

 オシントはヒューミント作業の前提条件にほかならないと理解して初めて、情報マンとしての力を発揮できると黒田は力説する。黒田とは警視庁総合情報分析室室長黒田純一警視正、このストーリーの中心人物である。黒田は公安部外事課第二課長室で北林課長に、自分の情報収集活動はヒューミントが主であると語り、公安部ではヒューミントの側面が弱体化していると指摘する。

 このストーリーは、黒田のヒューミントそのものに大きな比重を置いた構成で展開している。黒田はヒューミントにおいて、相手に質問し、一方己の価値観、世界情勢分析等を語るとともに情報交換を深め、情報収集するというやり方をとる。交わされた内容は、いつものことながら、同時代を生きる現在の読者にとっても、グローバルな視点で考える材料になる。そこにこの小説の副産物的メリットがある。
 黒田がヒューミントから得られた情報のエッセンスは、総合情報分析室のメンバーに共有される。分担作業で事実の究明、捜査活動を推進し、総合情報分析室の総力で問題事象のあぶり出しと事件の解決へと突き進んで行く。今回のストーリーを通読した印象は、黒田のヒューミントの広がりとプロセスの部分がメインとも思えるほどに比重が置かれている点である。

そこで、黒田のヒューミントを列挙し、少し感想・印象も加えて、このストーリーの外郭をご紹介しよう。
1.「プロローグ」からはやくも黒田のヒューミントの場面が描かれる。
 場所:北海道の鵡川 時:10月初旬~11月頭内でシシャモの刺身が食べられる時期
 対象:元民自党幹事長、派閥の領袖でもあった池内義勝
 話題:北朝鮮の平壌で拉致被害者全員帰還の談合の際の本当の裏情勢について
    黒田は背景として北朝鮮が2年前から平壌放送の暗号放送を開始していることにに注目していた。
 感想:ほぼ同時代史の事実事象について、フィクションの形で裏話が語られることに興味がわく。共産主義における権力闘争の姿もイメージしやすくなる。

「第一章 異変」の冒頭は、上記の北林外事二課長に呼び出されて交わされる会話から始まるが、その後、黒田のヒューミントに切り替わる。

2.場所:北海道、宗谷岬 時:10月半ば
 相手:セルゲイ・ロジオノフ ロシア人、極東のエネルギー担当として北海道でエネルギー関連事業に携わる。
 話題:極東地域のエネルギー問題に関して。ロシアが日本に求める立ち位置。
    二人の会話は、極東地域の情勢分析になっていく。そこには中国、北方領土への認識、北朝鮮が絡んでいく。ちょっと思い出したこととして、黒田はサハリンから札幌の大学病院に搬送されたくも膜下出血患者の件をさりげなく尋ねる。
    さらに、北極海の大陸棚問題と環境問題、朝鮮半島の危機に対するロシアの立ち位置、さらに転じてアメリカの宗教についても・・・・。黒田は北朝鮮を情報収集の軸におく。
 感想:情報交換の観点は広がり多面化するが、それらが複雑に絡まり合いながら全体として現状がある。まず、そういう認識の必要性を再認識させられる。
    このヒューミントで黒田は様々な視点の中からロジノフの本音を捕らえようとする。ヒューミントの為には己の情報量と見識がベースになることがよくわかる。
 
3.場所:アメリカ、西海岸のベイエリア、スタンフォードの近く。
    モサドにとってのある種の情報センターのビル内。クロアッハの執務室にて。
 相手:モサドのアメリカ総局長 クロアッハ
 話題:ホワイトハウス周辺での米朝関係の妙な噂。忖度を含めた日本の政界の状況。
    日朝問題と情報戦における日本の弱点。日本企業に対するサイバーテロ事象。
    シリコンバレーの状況(中国人、南朝鮮人の多さが目立つ点)。
 感想:クロアッハは広い視野から情報戦に対抗する日本の弱点とシリコンバレーの現状からみた日本企業の弱体化を黒田に指摘する。なるほどと感じさせる側面である。

 「第二章 不穏な動き」に入って、事態が動き出す。海南テレコム経由で防衛省、財務省、農水省、文科省がサイバーテロを受けたことが始まりとなる。一方、国際政治学者がテレビでスリーパーセルの存在を言及したことで、動きが出始める。

4.場所:国際電話。黒田のオフィスにて。  時期:南北首脳会談開催が決まったとき
 相手:クロアッハ 話題:南北朝鮮の統一問題。

 「第三章 潜伏工作員」は、黒田が4年前に万世橋署長だった時の行動から始まる。黒田は電気街のはずれで目に止めた男に興味を抱き、その男を尾行した。浅草署管内で警ら中の巡査部長の協力を得て、その男が金樂苑という焼肉店の勝手口に入って行ったことを突き止める。黒田はいたずら心でその焼肉店の客となり、店の構造や雰囲気を掴む。その後、浅草署の公安係に連絡を入れるとともに、情報室の栗原に連絡を取る。
 再び、金樂苑の客となり、同行した栗原を紹介する。それが布石となる。一方で、栗原に拠点を設け金樂苑の動きを視察し、無線の傍受体制を敷くことを指示した。黒田が万世橋署長を離任し海外研修に出かける頃には、視察拠点を設けた成果が出始めていた。
 黒田が帰国し、警視総監直属の総合情報分析室長に就任した際、最初に金樂苑に関する報告を受ける。北朝鮮の潜伏工作員の全容が明らかになっていた。栗原は金樂苑の金田陽太郎への接触を深め、金田から相談を受けるほどの繋がりを築いていた。
 潜伏工作員のグループが何を狙っているのか。継続的な視察情報とサイバーテロの現状況も含めた情報分析から、黒田は彼等のターゲットとするものを推測し絞り込む。さらに中国の動きも作業班に見させることを指示する。

5.場所:国際電話。黒田のオフィスから。 時期:米朝会談が俎上に上ってきた頃
 相手:ホノルル在住のジャック・ヒューリック FBI特別捜査官 国家保安部所属
 話題:黒田がエシュロン情報1件の確認を要望する。
 感想:黒田は日頃から仕事で知り合った機会を活用し、その後継続して良質な情報交換ができる人脈を築いている。それがいざという時に生きてくる。クロアッハを含め、それがヒューミントの基本なのだろう。

6.場所:平河町にある日本最大級規模のセキュリティ監視センター
 相手:近藤常務
 話題:四井重工業と金沢島造船の二社に対するサイバーテロの実態

 「第四章 スパイたち」は黒田が平河町に近藤常務を訪ねて問いかけた時から2週間後に、近藤常務からの電話が入る場面が始まりとなる。それはサイバーテロの状況を調べた結果に対する回答だった。黒田の危惧していたことが現実となっていた。
 黒田の指示で、栗原が四井重工業を訪ねていく。栗原はサイバーテロに狙われた事実の裏側を先方の担当役員等との面談プロセスで的確に証拠立てて解明していく。
 一方、黒田は独自の行動を取っていた。秋葉原の裏路地の新しいビルにコンピュータプログラムの会社を設立した裕也を訪ねる。サイバーセキュリティについての最近の傾向を尋ね、情報を得るためだ。だがそれは同時に黒田は思わぬ事実を知る結果になる。

 「第五章 捜査」では、国際情勢の現状のパワーバランスを背景にし、黒田が陣頭に立ち究明してきた様々な事象の中で、遂にその特定局面を選択し複数の事件解決へと収斂させる段階に至る。それが何かは、本書でご確認願いたい。

 「エピローグ」では、さらに二つの問題事象が扱われる。一つは臓器移植問題である。これは黒田の妻、遙香がピッツバーグ大学病院から掛けてきた電話の内容が発端となる。もう一つは、偽造旧一万円札問題である。

 黒田が会話の一つとして語る内容をご紹介しておこう。北朝鮮との問題として、黒田は拉致被害者問題を日本の重要な政治課題と認識している。一方で、次の思いも吐露している。著者が吐露させていると言うべきか。
「日本には拉致被害者の生存に関して何の情報もないんだ。アメリカにしても金正恩に対して『拉致は悪いこと』と言うしかないだろう。しかし金正恩にとっては過去の出来事に過ぎない。『親父が頭を下げて詫びただろう』くらいの感覚でしかない。
 それが世界の常識だ。相手は世界有数のならず者国家なんだからな。しかも、その背後に中国とロシアが付いているとなれば、下手な口出しはしたくないのが政治だ」(p324)
 私はこのシリーズの副産物として、フィクションの形で語られる同時代情報の側面に関心を抱いている。それに関連することになるが、インテリジェンスについて触れた箇所がある。最後にそれを引用しておこう。
「インテジジェンス(intelligence)の語源は、ラテン語の行間(inter)を集める(lego)という意味である。つまり、書かれていない部分や口に出さない部分から本来求められる情報をいかに入手するか・・・・である。」(p142)

 このシリーズは、インテリジェンス小説として読める、考えるための材料が様々に詰まっている。ストーリーの展開を楽しみながら、抱き合わせとして幅広い情報を考える材料として読めるおもしろさに惹かれている。
 奥書を読むと、本書は文庫書き下ろしとして、2019年7月に刊行された。

 ご一読ありがとうございます。

本書と関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
チュメニ油田 :ウィキペディア
ホノルル空港、名称変更 ダニエル・K・イノウエ国際空港に :「Aviation Wire」
北朝鮮工作員  :ウィキペディア
中国サイバー軍 :ウィキペディア
サイバーテロ  :「警察庁」
サイバーテロ  :ウィキペディア
サイバーテロ  :「NRI」(野村総合研究所)
サイバー攻撃とは?その種類・事例・対策を把握しよう :「Cyber Security.com」
平壌放送  
北朝鮮からラジオで日本の工作員に指示? 夜中に流れる「乱数放送」をスタジオで公開
    :「ABEMA TIMES」
「北朝鮮がYouTubeで乱数放送/工作員に指示」は新しい手口なのかフェイク情報なのか
    2020.9.1 西岡省二 ジャーナリスト   :「YAHOO! ニュース」
頻発する旧一万円“聖徳太子”ニセ札事件 ベトナム人グループが偽造紙幣ビジネスにハマる「意外な理由」  :「文春オンライン」
銀行券の偽造防止技術について  :「日本銀行」
中国少数民族、臓器摘出の対象か 国連人権専門家らが懸念 :「AFP BB News」
中国で「臓器狩り」横行か。ドナーを数時間で調達する13兆円ビジネスの闇 
  2021.6.18 :「gooニュース」
【寄稿】悪夢:中国の臓器売買の実態 2021.11.15 :「WALL STREET JOURNAL」

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』   講談社+α文庫

===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊



『玉村警部補の巡礼』 海堂 尊  宝島社

2021-11-14 18:16:42 | レビュー
 先日『コロナ黙示録』を読んだ時、巻末の広告ページで、玉村警部補シリーズの第2弾として、本書が刊行されていることを知った。本書の奥書を見ると、『「このミステリーがすごい!」大賞作家書き下ろしBOOK』(2015年2月~2018年3月)に4つの短編が断続的に掲載された。それにこの短編連作の最後として書き下ろしの短編を加えて、2018年4月に刊行されていた。冒頭は単行本のカバー写真。調べてみると、2020年11月に文庫化されている。

 ここでの「巡礼」は四国遍路八十八ヵ所をさす。最初の短編の冒頭は、弘法大師・空海の略歴が記述される所から始まる。やはり、そこから・・・・。どのようにお遍路をストーリーに取り込んでいくのかに関心が向く。
 玉村警部補が四国お遍路を自らの足で歩いて巡礼しようと発心した。そしてリフレッシュ休暇や連休などを利用して区切り遍路の実行を計画する。だが、玉村の発心をキャッチした加納警視正が登場する。そう、警察庁刑事局刑事企画課電子網監視室室長である。玉村の四国巡礼に便乗し、その序でに四国で発生している事件の解決を狙う。加納は公費出張という形でちゃっかりと八十八ヵ所巡礼もやろうと目論む。
 加納の「リフレッシュ休暇に阿波県警の視察を組み込んだことにすればいいだろう・・・・同行すれば警察庁から出張費と交通費が出る。つまりロハで遍路に来られるんだが」(p27)という甘言に玉村は嵌まってしまう。これで凸凹コンビのお遍路が始まることに。その結果、玉村の歩きお遍路計画はハチャメチャに崩れていく。一方で、各地において、二人は事件に巻き込まれたり、加納が当初の対象としている事件の捜査と解決を目指し、その成果を挙げることになる。
 お遍路を発心した玉村は、巡礼のための諸知識を学び、かなり周到な準備をしていた。そこで加納に信仰に絡んで基本的なことを教える立場なる。勿論加納はすばやく要点は理解してしまう。その上で、加納は観光資源としての八十八ヵ寺とお遍路の実態を含めた現代的視点から、寺々とお遍路について、毒舌を吐いていく。巡礼者の視線を気にしハラハラする玉村と言いたいことをズケズケという加納の会話がおもしろい。加納の毒舌は、現代のお遍路の実態に対するアイロニカルな批判的局面を含んでいるとも言える。信仰と観光、信仰と俗化、・・・・・・など。
 事件の捜査と解決はほぼ加納が独走する形になり、玉村は随分振り回されることになる。加納の鋭さと玉村の困惑が読ませどころとも言える。

 さて、巻末には、「四国霊場八十八ヵ所」の諸寺所在図と、4つのエリアに分けた一覧表が掲載されている。「発心の道場・阿波」(1番~23番)、「修行の道場・土佐」(24番~39番)、「菩薩の道場・伊予」(40番~65番)、「涅槃の道場・讃岐」(66番~88番)である。
 この短編連作集は、これに照応するかのようにストーリーが進展していく。各短編を簡略にご紹介していこう。

<阿波 発心のアリバイ>
 弘法大師・空海の略歴記述から始まるが、ここではストーリーの中にお遍路の基礎事項がちゃんと語られて行く。お遍路のことを知らない読者(私を含めて)には、副次的に学ぶガイドブックにもなる。加納は1番札所・霊山寺近くの売店で遍路グッズ一式を購入して、境内をざわつかせるほど似合った白装束姿に変身する。
 「セレブのゆったり遍路周遊弾丸ツアー十日間」というツアーの存在や、4番札所・大日寺の納経所のいたずら婆さんの話などが登場する。これらは後の伏線にもなっている。 初日、6番札所の宿坊で、玉村は加納が四国に同行して行う極秘捜査について尋ねる。これが後の展開の導入になる。先月、阿波港で腐敗した水死体が発見された。全国指名手配になり、20年以上足取り不明のテロリストと判明した。ここ1年の間に四国界隈で犯罪者が立て続けに水死体で発見されている事実がある。加納は、桜宮の指定暴力団・竜宮組壊滅事件の<人生ロンダリング>システムの再稼働を睨んでいると玉村に答える。
 阿波県警に表敬訪問した後、巡礼旅に戻るのだが、11番札所藤井寺を終えた時点で、窃盗事件の捜査に協力する羽目になる。4番札所大日寺で発生した100万円の賽銭泥棒事件である。この事件解決が読ませどころとなる。

<土佐 修行のハーフ・ムーン>
 お遍路とは程遠い衆議院予算委員会の質疑から始まる。宗教法人への非課税扱いに対し課税方針を打ち出す場面である。質疑者の民友党重鎮で政界の寝業師・北条政志議員は課税提案の撤回を弁じた。この北条政志が後に関係してくることになる。
 ゴールデンウィーク後半、玉村・加納の区切りお遍路の巡礼は、23番札所薬王寺から始まる。凸凹コンビの会話がおもしろい。二人が秘湯マニアである側面が話に加わってくる。
 善根宿「春日」に一泊する。ここでキャサリンと名乗る娘遍路者と同宿する。早朝にキャサリンは出立し、30分後に玉村と加納は出発する。水床トンネルを抜け、土佐に入った。出発2時間後くらいに、キャサリンが自動車で拉致されるところを目撃する。
 加納は的確な緊急配備指示を県警の本部長にする。この事件を介し「春日」の主人が元警察OBだったことを知る。玉村と加納の素性が分かると、主人は、10年前の「室戸事件」のことを語り出す。彼は地元の捜査官だったのだ。土佐の有力政治家・島崎代議士が特捜に強制捜査された直後、第二秘書が自殺し真相が闇に葬られた。だが、この元捜査官はコツコツと他殺の線を洗い出していたという。その時の第一秘書が北条政志だったのだ。第二秘書を発見したのは北条だった。彼のアリバイは崩せなかった。
 加納はこの「室戸別荘秘書不審死事件」の解明に取り組む。室戸岬の寺巡礼を終えた後、室戸署に当時の事情を聴取に赴く。一方、室戸署では室戸港での全国指名手配者の腐乱死体発見で大騒ぎになっていた。
 この短編のハイライトは勿論「室戸事件」の北条のアリバイが崩せるかどうかである。

<伊予 菩薩のヘレシー>
 伊予の遍路ころがし、45番札所岩屋寺から始まる。今回は東城大学医学部の放射線科医・島津が松山で開催される警察医会の総会でAi(死亡時画像診断)について講演することになり、警察現場からのコメントを加納が頼まれたのだ。それで、玉村の学会参加要請を出させることで、加納は巧みに玉村との伊予での遍路を抱き合わせた。県警に観光ハイヤーを手配してもらい、平地の札所はハイヤーでスピード巡礼、奥深い山合の札所はトライアスロンのトレーニングよろしく駆け足という形である。玉村の初志には大きく外れていくことになる。加納は玉村の歩き遍路至上主義を畜生道とまで攻撃する。加納の論法と玉村のぼやきが実におもしろい。
 60番札所・横峰寺を終えた後、二人は伊予県警本部長が予約をしてくれた帰途の通り道にある秘湯の宿「自堕落亭」に泊まることになる。二人が<秘湯ミシュラン>の評価リサーチャーとして、その宿の秘湯評価に蘊蓄を傾けるエピソードも挿入される。
 自堕落亭の近くに、通称「蚊帳寺」というお寺がある。その夜、その寺で蚊帳教の儀式が行われ、宿主の田中太郎はその儀式に参列するという。翌朝、儀式に参加していた宿主の田中が死亡しているのを蚊帳寺の善導和尚にが発見する。加納と玉村はこの事件解決に関わって行くことになる。
 遺体の精査が必要と加納は判断し、伊予大学の法医学教室への搬送を要請する。加納は2時間という制限で玉村に現場での聞き込みを担当させ、後に松山で合流させる。加納自身は精査に立ち合うために遺体と松山に向かう。そこには加納の深い読みがあった。解剖の有無の判断を経て、松山に来ている島津がAi診断をする形に発展する。この事件の捜査プロセスが読ませどころとなる。
 この短編のタイトルに「ヘレシー」という言葉が使われている。この短編には出て来ない。蚊帳寺の儀式について、著者は加納に「蚊に血を吸わせて成仏を願うなんてヘンテコな宗教」と言わせている。辞書で「heresy」という語を見つけた。「(宗教上の)異端」とう語意が載っている。多分、その意味のカタカナ語なのだろう。

<讃岐 涅槃のアクアリウム>
 この短編はこれまでのストーリーの構成スタイルとは異なっている。最初ちょっと戸惑う。なぜなら、犯罪者側の拠点作りという側面からストーリーが始まるからである。
 桜宮市から逃げ出した栗田は姉妹都市である讃岐市に落ちのびてきた。彼は<ホーネット・ジャパン>から発注を受けた仕事をしている。栗田が足繁く水族館別館に通っているうちに、閉鎖された深海魚コーナーのある別館地階が組織によって賃貸され、栗田の仕事場になり、必要な設備が揃えられていく。
 沢村真魚は、屋島水族館の売店のアルバイトの売り子。いつしか、足繁く通う栗田と真魚の交流が始まる。一方、真魚は遍路ツアーのミニバスが水族館の地下駐車場に駐車するようになったことと、夜の9時過ぎに弾丸ツアーのミニバスが駐車場に駐まっているのを見たと受付の内田から雑談で聞いていた。
 加納と玉村は讃岐市にやってきた。讃岐の伝統祭礼、ひょうげ祭りでテロ爆破行為の可能性があるということから、その阻止をミッションとしていた。阿波港で上がった水死体が25年前の企業爆破事件の主犯・宮野浩史だったと判断された。だが、加納は<人生ロンダリング>システムで新しい人生を得た宮野は讃岐出身なので、故郷に錦を飾るための爆破を狙っていると読んでいた。讃岐県警の警備と連携しテロの可能性阻止をめざす。
 今回は二人にとって、半日限りのハイヤーお遍路で81番札所から85番札所の4寺をめざすが84番札所屋島寺止まりとなる。二人は屋島水族館別館と売店にも立ち寄る。
 栗田と真魚がデートしてこのひょうげ祭の見物をすることから、ストーリーが動き出していく。
 これを纏めながら、スキャン読みをしていると、何気ないところに伏線が張られていたことに気づく。読み返してみるのもおもしろい。
 もう一つおもしろいのは、加納が空海坊主、詐欺師とまで呼ぶ論法である。玉村が必死で反論説明を加えていく。

<高屋 結願は果てしなく>
 四国のお遍路は高野山をお参りして初めて真に結願するというのが加納の自説だった。4月のまだ雪深い中、加納と玉村は奥の院への山道を歩くことになる。それも加納独特の論法、加納主導のやり方での参拝である。結局、金剛峯寺の納経所に立ち寄れずに終わる羽目に・・・・。なぜかは、おたのしみに。
 加納に振り回される玉村警部補の姿が実におもしろい。
 玉村が歩き遍路原理主義、歩き遍路至上主義を完徹できるときが来るのだろうか。

 おもしろおかしい凸凹コンビの事件捜査付き巡礼旅のプロセスから、四国霊場八十八ヵ所について、聖俗ごった煮の形ながら、それでも引き継がれているお遍路を身近に感じる機会となるストーリーである。
 ご一読ありがとうございます。
 
本書に関連して、関心事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
四国遍路八十八ヶ所  四国八十八ヶ所霊場会 ホームページ
 お遍路の心得
 各霊場の紹介
四国八十八ヶ所霊場  :「阿波ナビ」
阿波おどり  公式webサイト
阿波踊り2016 総集編 Awaodori Festival in Tokushima, Japan  YouTube
徳島・阿波おどり「平成最後の総踊り」   YouTube
よさこい祭り 公式webサイト
よさこい祭り(高知県高知市)【第24回最優秀賞・総務大臣表彰】 YouTube
どてかぼちゃカーニバル  東温市公式ホームページ
2016どてかぼちゃカーニバル   YouTube
ひょうげ祭  :「もっと高松」
ひょうげ祭り  :「みちしる」(NHK)
香川・屋島ドライブスポットおすすめ14選!定番から穴場まで:「じゃらんレンタカー」
高野山真言宗 総本山金剛峯寺  ホームページ
空海  :ウィキペディア
空海の出世人生に、現代を生きるヒントがあった! :「Discover Japan」
はじめての空海と密教

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『コロナ黙示録』  宝島社

=== 海堂 尊 作品 読後印象記一覧 ===  2021.11.5 現在 17册 

『常設展示室』  原田マハ  新潮社

2021-11-13 17:45:54 | レビュー
 カバーは展示室の景色。見たことのある絵がシックな図柄の壁に掛けてある。タイトルと併せてみると、アート絡みの小説かなと想像した。壁に掛けられた絵はよく見ると、ヨハネス・フェルメールの「デルフトの眺望」である。
 奥書を見ると、「小説新潮」(2009年3月・7月号、2018年1月号~7月号)に掲載された短編6つを収録した短編集。2018年11月に刊行された。

 想像通り、美術館の常設展示場が登場する。カバーには、「Permanent Collection」と英文タイトルが併記されている。上記のとおり6つの短編を収録した小品集である。それぞれ独立した作品であり、短編自体のタイトルにも、英語あるいはフランス語のタイトルが併記されている。各短編は場所も状況も異なるけれど、一方で共通点もある。ストーリーに常設展示場が様々に異なる意味づけの場所として登場する。主人公は女性であり、常設展示場を身近なものに感じている人である。ストーリーに関わる人あるは人々がそこを訪れる。短編それぞれは様々に異なる色合いの余韻を残す。そこがいい。

 各短編について、いくつかの視点で簡略にご紹介しよう。どのようなストーリーかをちょっと想像して、本書を開いて見る契機になればと思う。
 視点は、a) 常設展示場について、b)主人公、c)登場する主な人々、d)ストーリーについて e)読後印象としての余韻、を簡略に記したい。

<群青 The Color of life>
a)メトロポリタン美術館  U.S.A ニューヨーク
 障害者向け教育プログラムを実施する会場に使用する。
b)美青(ミサオ・オノ) 日本人、メトロポリタン美術館教育部門のアシスタントプログラマー
 銀行員の父の転勤で小学生時代にNYに在住し美術館に出会う。高校生の時に帰国。
 ニューヨーク大学で美術史を学ぶ。小さな美術館、サンフランシスコ近代美術館の教育部門を経て、メトロポリタン美術館の教育部門で職を得る。すでに10年近く在籍。日本には帰らないつもり。「美術館が、私の家なのだから」(p18)
c)上司でシニアプログラマーのアネット・ジェイソン、印象派・近代部門のキュレーターであるアーノルド・ウィリアムズ、美青が眼科で出会った女の子パメラ、ほか
d)美青は、知的障害・聴覚障害を持つ子供たちを対象に、メトのキュレーターがコレクションを解説する障害者向けプログラムを担当する。当日、キュレーターのアーノルドがピカソの<盲人の食事>を参加した子供たちに解説する。
 企画実施より少し前に、アーノルドに勧められ美青は予約して眼科に行く。そこで弱視のパメラと出会ったエピソードが描写される。美青は緑内障であり緊急手術の必要性を告知される。
 美青はワークショップ実施日の直前にワークショップ・タイトルの変更を提案する。
e)「深く静かな、群青のさなか」で「満ち溢れる命の息吹、かすかな光り」(p40)を感じる。生、希望という余韻。

<デルフトの眺望 A View of Delft>
a)マウリッツハイス美術館  オランダ ロッテルダム近郊のデン・ハーグ
 なづきは海外出張の最後に商用が予定より早くすみ、丸一日の自由な時間を過ごす。
 フェルメールの<真珠の耳飾りの少女>を見る目的で行った。が、そこで「デルフトの眺望」に出会い、魅了される。
b)なづき(七月生) 現代アートを扱う大手ギャラリーの営業部長
c)なづきの弟・ナナオ(七生)、なづきとナナオの父(死亡)、看護師の中村さん
d)なづきとナナオの父は、最後の時を<あじさいの家>という施設で過ごす。ナナオが父の看護を引き受ける。なづきは営業部長として忙しく世界各地を飛び回っている。姉弟の生き方と父の最後の時に関わる経緯が綴られていく。デン・ハーグからロッテルダムへの帰路の列車の中で、なづきはナナオからの父死亡のショートメールを受信する。
e)<デルフトの眺望>は「きのうの続きの今日がこの街にはある。今日の続きの明日が、またきっとくる」(p62)と感じさせる。父の死を知る前に、なづきはナナオに「帰ったら、いっぱい話したいことがあります。話そう。三人で。」と記して送っていた。
 落差の余韻が残る。

<マドンナ Madonna>
a)パラティーナ美術館  イタリア フィレンツェ ピッティ宮殿の一角
 フィレンツェでの商談中、上司の指示でホテル待機となったあおいが訪れる。
 ラファエロの<大公の聖母>との出会い。
b)橘あおい ギャラリー「太陽画廊」のディレクター・相田七月生の部下
c)あおいの母、あおいの兄(札幌在住、銀行員)、相田七月生
d)あおいはひとり暮らしの母の家に時々会いに行く。母は腰の手術をして腰痛はなくなったものの手足に多少の不自由が残り、いつなんどき転倒するかわからないという状況にある。だが本人はいたって元気にふるまっている。あおいがこまるのは、タイミングが悪い時に母から「とんでもない電話」がかかること。母とのそんな関係がつづく。ハーモニカの話が基底になる。フィレンツェでの商談中にあおいの兄からの電話が着信した。母に関わる連絡だった。
e)<大公の聖母>の絵が、あおいに古い記憶を呼び起こさせた。そして母の慈愛が母との約束を思い出させる。母への思いが深まる余韻。

<薔薇色の人生 La Vie en Rose>
a)上野の美術館  日本 東京・上野 (美術館名不詳、架空の設定か)
 会期終了後の「ゴッホ展」チケットについている常設展入場券での鑑賞
 多恵子はフィンセント・ファン・ゴッホの<ばら>の絵を見出す。
b)柏原多恵子 ある県の地域振興局「パスポート窓口」を担当する派遣社員
c)御手洗由智(パスポートの申請者)、牛島瑞穂(県の正職員、同僚)
d)御手洗由智が新規パスポート申請書類を窓口担当者の柏原多恵子に差し出す。彼女は45歳独身。御手洗はその時、殺風景な窓口の壁の色紙について「どなたの色紙ですか」と尋ねた。多恵子は誰の作品かは知らなかった。色紙には「ラ・ヴィ・アン・ローズ」と書かれていた。「薔薇色の人生」。受付手続きが終わった頃に終業を知らせるチャイムが鳴る。多恵子が役所を出た所で、ハイヤー待ちの御手洗に再び出会う。駅まで同乗させてもらうことになり、車中語りで御手洗は自分の人生を語り出す。その結果が思わぬ形で、多恵子の心を動かす。最後は彼女を上野の美術館に導いていく。御手洗に対する多恵子の心情が綴られていく。
e)多恵子と瑞穂という二輪のオールド・ローズが、色紙の言葉「La Vie en Rose」にそれぞれの異なる思いを胸に秘めながら笑いあうという交差しない余韻。

<豪奢 Luxe>
a)ポンピドー・センターにある国立近代美術館  フランス パリ
 下倉紗季は、常設展示室でアンリ・マティスの<豪奢>に出会う。
b)下倉紗季 榎本の画廊に入社しギャラリースタッフに。1年9ヵ月後に退社。谷地の愛人。
c)谷地哲郎(IT起業家、IT長者)、榎本進(画廊の社長)
d)両親の影響で美術好きになった紗季は画家をめざすが力量を悟り、大学では美術史を学ぶ。通い馴れていた画廊に就職でき、ギャラリースタッフとして活躍する。だが、画廊を訪れたIT長者の谷地と付き合い始め、退社し谷地の愛人となる。そして半年余が経つ。紗季と谷地の関係が、紗季の視点から描かれて行く。谷地からミンクのコートとパリ行きの飛行機のeチケットが宅急便で届く。
e)マチスの<豪奢>は水辺に集まる三人の女性たちを描く。中心になっているのは、一糸まとわぬ女性像。紗季はこの絵に<豪奢>と名付けたマチスの真意を思う。そして確信する。ミンクのコートを置き去りにして木枯らしの中に走り出す。自由になるという余韻が残る。

<道 La Strada>
a)国立近代美術館   日本 東京 上野
 交換留学生として日本芸術大学に通う貴田翠が東山魁夷の「道」を鈴木に見せたいために誘う。
b)貴田翠 5年前に日本芸術大学の教授となる。「新表現芸術大賞」審査会の審査員
c)鈴木(表参道路上で水彩画を売る人)、鈴森明人の娘・彩、西川佳代子(中学校教諭)
 友山明彦(審査会事務局)、長谷部堂潤(審査員・日本画家)、井川京香(翠のアシスタント)

d)イタリアの大学で現代美術を教えていた貴田翠は日本芸術大学の教授として呼び戻された。翠が国立中央美術館での「新表現芸術大賞」の審査会に出席する途上から始まる。翠はこの大賞の建て直しを実行し、今や時代の寵児になりつつあった。翠はエントリーナンバー29番の作品に惹きつけられる。画用紙をつなげて百号ほどの大きさの一枚の厚紙にした水彩画で、一本の道が描かれていた。その絵がなぜか、翠の幼い頃の記憶を呼び覚ましていく。翠の過去が回想される。イタリアから一時帰国し、交換留学生として日本芸術大学に通っていた時、表参道路上で水彩画を売っていた鈴木のことも思い出す。彼にほんものの絵を見せるために国立近代美術館の常設展示室に誘ったことも。
 翠は29番の応募者の名前と連絡先を尋ねた。記憶の回路が繋がって行く。
e)記憶の場所との邂逅、さらに運命的な出会いと出発の余韻が残る。

 6つの短編それぞれに色合いの異なる余韻が残るが、最後の「道」は一番ジーンとくる作品だった。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
【教養を深める】ピカソの『青の時代』解説  :「CASIE MAG」
盲人の食事 画家:パブロ・ピカソ :「MUSEY」
真珠の耳飾りの少女 :ウィキペディア
デルフトの眺望   :ウィキペディア
大公の聖母  :ウィキペディア
作品解説「大公の聖母」 ラファエロ 1483~1520  :「西洋絵画美術館」
ゴッホ作品《薔薇》とは?魅力と3つの鑑賞ポイント :「よく分かるゴッホ」
エディット・ピアフ プロフィール :「WARNER MUSIC JAPAN SPECIALS」
エディット・ピアフ バラ色の人生  YouTube
豪奢、静寂、逸楽 画家 : アンリ・マティス 作品解説 :「MUSEY」
アンリ・マティス《豪奢、静寂、逸楽》の詳細画像  :「MUSEY」
道(絵画) :ウィキペディア
東山魁夷 「道」
The Met ホームページ (メトロポリタン美術館)
Mauritshuis 日本語ホームページ (マウリッツハイス美術館)
王宮美術館パラティーナ :「フィレンツェからボンジョルノ!」
国立近代美術館(フランス) :ウィキペディア
ポンピドー・センター    :ウィキペディア
東京国立近代美術館  ホームページ

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『<あの絵>のまえで』   幻冬舎
『風神雷神 Jupiter, Aeolus』上・下  PHP
『美しき愚かものたちのタブロー』  文藝春秋
『たゆたえども沈まず』  幻冬舎
『アノニム』  角川書店
『サロメ』  文藝春秋
『デトロイト美術館の奇跡 DIA:A Portrait of Life』  新潮社
『暗幕のゲルニカ』   新潮社
『モダン The Modern』   文藝春秋
『太陽の棘 UNDER THE SUN AND STARS』  文藝春秋
『楽園のカンヴァス』  新潮文庫
『翼をください Freedom in the Sky』  毎日新聞社


『後催眠 完全版』  松岡圭祐   角川文庫

2021-11-12 17:56:08 | レビュー
 奥書を読むと、2001年11月に『後催眠』(小学館文庫)が刊行されたが、それを改題・修正して完全版という形で2009年(平成21)12月に文庫として発行された。先の『後催眠』は未読なので、この完全版だけの読後印象になる。

 この小説、のっけから重要な伏線がある。まず一つは、タイトルそのものの「後催眠」。『催眠 完全版』を読んでいる人は、催眠については催眠療法の意味をお解りだろう。しかし、その分野に不案内の人は、日常語の催眠術という言葉と後催眠という言葉から、某かの漠然としたイメージを心に浮かべるかもしれない。そこから読者独自の何らかの想定ないし想像が、漠としたものであっても生まれることになる。
 目次の次のページに、「『催眠 完全版』より数年前 嵯峨が臨床心理士資格を取得する以前の物語」という記載だけがある。これが二つ目の伏線になっている。このページをさらりとパスしてしまいそうだが、この記述の意味は最後まで読み通せば、ナルホドと頷ける。つまり、『催眠 完全版』に登場する嵯峨敏也のプロフィール・活動と彼のイメージの延長線上で読み始めると読者自身が己をミス・リードすることになりかねない、とだけ述べておこう。
 この小説、大変興味深いストーリー構成になっている。いわばどんでん返し、意外性のインパクトがこの小説のおもしろみと言える。
 
 ストーリーの特徴だけをご紹介しておこう。
1.主人公は嵯峨敏也なのだが、ストーリー自体は嵯峨が脇役的存在と思える感じで展開する。そこがおもしろい。
 ストーリーは、ショーウィンドウ越しに嵯峨がカルティエの結婚指輪を見つめている時に、携帯電話の着信音が鳴る。ショーウィンドウの女のマネキンと見つめ合っている様な状態で嵯峨が電話で女の声を聞く。女は言う。木村絵美子に会い深沢透さんのことを忘れろということを伝えよと。深沢さんはもうこの世にいないと。それだけのメッセージ。

2.嵯峨とのコンビの如く鹿内明夫が登場する。鹿内の行動結果が、このストーリーの展開を補強する役割を担うことになるからおもしろい。
 東邦医大付属病院精神科での研修の時から嵯峨と鹿内は同じグループに属していた。彼は嵯峨とは逆に、社交的で何にでも首を突っ込むみ、嵯峨にとっては苦手な存在である。
 鹿内は、上司から押し付けられた相談者の女子大生に嵯峨が惹かれ、恋の病に陥っているとからかう。そして誘ったかと聞く。行動に出ないのなら、自分がアプローチするとまで言い出す。後に鹿内は宣言通り行動に移す。それが鹿内にある変化をもたらす。それが一つの証拠になる。

3.ストーリーは、嵯峨から木村絵美子と深沢透の関係に比重が移っていく。あたかも木村絵美子が主役で、深沢透が準主役であるかのように・・・・。
 このストーリーの前半は、絵美子の心理、精神状態が深沢との関係の中で描かれる。
 木村は神経症を病み、かつて主治医・深沢透の治療を受け、3年半前にカウンセリングを終えていた。二人の間には愛が芽ばえた。絵美子は深沢に忘れられることを恐れていた。
 ある事件の被害届を出したことから、絵美子の精神状況が悪化する。そこに、深沢から電話がかかる。絵美子の自宅に行くという電話である。深沢が絵美子の住まいに現れた後、絵美子の精神状態について、二人の会話と行動にフォーカスがあたっていく。
 絵美子はもはや病にかかっていないのか、病のただ中で翻弄されているのか。絵美子がどういう行動を取ればよいか。深沢は絵美子に説明し勇気づけるのだが・・・。

4.絵美子が心の危機を再び感じるようになった原因は何か。具体的に明らかになり始めるのは、ストーリーの後半に入ってからというのが特徴的でおもしろい。
 絵美子はノムヨムという飲料を配達するアルバイトをしていた。「みわ荘」という二階建の賃貸木造アパートに配達に行った折、庖丁を持った男に襲われ、そのアパートの一室に連れ込まれ監禁されるという事態に遭遇した。その被害届を杉並警察署に出した。担当は牧山昌憲刑事である。加害者は志垣和男と判明した。だが、牧山はまだ被害届を正式には受理していない。精神科医と、加害者である志垣和男、絵美子を交えて、状況の詳しい詰めをしたいと言う。牧山は被害届を正式に受理したくない雰囲気を漂わせる。あたかも、絵美子の精神状態に問題があるとも言わんばかりに。牧山の意図に絵美子は気づいていく。彼女はある行動に出る。

5.深沢透を共通項にして、嵯峨の行動と絵美子の行動という二つのストーリーが交点を持ちながらも、ほぼパラレルに進展しエンディングに至るところがおもしろい。
 嵯峨は、鹿内の協力を得て、木村絵美子と深沢透の二人の情報を入手する。深沢の情報を入手した時点で、嵯峨は鹿内の指摘で、東都医大でカウンセラーの研修を受けた際に、催眠療法の教官だったのが深沢透だったことに気づいた。そしてその時の記憶を呼び起こす。嵯峨は木村絵美子に会いに行く。さらに情報を入手することで真相に至る。

 ストーリーの展開をお楽しみに。
 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『催眠 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫
『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  講談社文庫
『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点 総計32冊 

『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』  藤沢周平  講談社文庫

2021-11-10 10:25:46 | レビュー
 隠し剣シリーズの2册を読んだので、その続きとして剣客ものをもう一冊読んでみることにした。短編集で5つの短編を収録している。「小説現代」に各短編が昭和56年4月号~昭和60年5月号の期間に断続的に発表され、昭和60年(1985)7月に単行本が刊行された。1988年11月に文庫化されている。

 5つの短編が収録されていて、実在した剣客を軸に取り上げ、独自の着想のもとに史実の間隙に実在した人々の中に架空の人物を配してフィクションを紡ぎだしたのだろう。収録順に読後印象をまとめてみたい。

<二天の窟(あなぐら)(宮本武蔵)>
 武蔵は最晩年を熊本で過ごした。熊本城主細川忠俊に招かれ禄米300石で客分として遇されたという。忠俊が没した後も、熊本に留まり、岩殿山の窟にて『五輪書』を執筆することになる。この短編は、武蔵が構想を練りつつも執筆に踏み出す前のエピソードを語る。
 千葉城跡にある居宅と岩殿山を往復する間に、武蔵は己を窺い見る若者に気づく。若者は江戸から来た鉢谷助九郎と名乗る。立ち合う気がなかった武蔵は、ふと気が変わり木刀での立ち合いに応じた。だが、かろうじて引き分けの形をとることに。それは武蔵が己の衰えを自覚する契機となる。己の名声を崩すことなく、その若者と真剣で立ち合い、斬り捨てて江戸に返さない一計を案じる。無敵の己という輝きを最後まで保とうとする武蔵の心理と執念を浮彫にする短編になっている。

<死闘(神子上典膳)>
 一刀流を広めるために関東を回国する伊藤一刀斎景久には、天正18年ごろから、善鬼と神子上典膳という2人の弟子がいた。兄弟子の善鬼は身の丈六尺を超える巨漢である。師匠からもう習うものはない、師匠より上回ると自負する。一方、典膳は老境にさしかかった一刀斎と立ち合ってみて歯が立たなかった。そこで剣術を習うために自ら弟子入りした。一刀斎は、娼家から買い取った女・小衣を回国に同行させていた。善鬼は一刀流をつぐ者を証する一刀斎秘蔵の瓶割刀と小衣を己のものにしようと企んでいた。
 一刀斎は善鬼と典膳を真剣で戦わせ、勝者には瓶割刀をさずけ一刀流をつがせると言う。典膳と善鬼が死闘に至るまでの経緯が描かれ、その後の典膳の生き方に触れる。徳川家康と神子上典膳との関係ほかいくつかのエピソードが語られていておもしろい。
 典膳は天下に名だたる剣客だったようだ。

<夜明けの月影(柳生但馬守宗矩)>
 坂崎出羽守が火種となる騒動に対し、宗矩が老中土井利勝の求めに応じて意見を述べた。そのことが原因で、小関八十郎に逆恨みされ命を狙われる羽目になる経緯が描き出されていく。併せて、柳生家が徳川家の兵法指南役として幕臣になるまでの経緯が織り込まれる。小関の誤解も絡んでいるのだが、結局は宗矩が小関と決闘しなければならない状況に追い込まれることになる。そのプロセスがこのストーリーである。
 閣老協議の上で島原の乱の追討使として板倉内膳正重昌が派遣された事態に対して、宗矩が兵法者の視点で将軍家光に意見を述べたことが最後に触れられている。それは家光が晩年の宗矩を深く信頼するようになった契機だそうである。
 
<師弟剣(諸岡一羽斎と弟子たち)>
 香取の天真正伝神道流と塚原卜伝の興した新当流の刀術の流れをきわめたうえで、諸岡一羽斎は一羽流を生み出した。一羽斎には土子泥之助と岩間小熊という弟子がいた。そこに一羽斎の剣名を慕い下総から郷士の伜だと言う根岸兎角がやってきて一羽流を習うようになる。3人は頭角を現して行く。だが、江戸崎城の土岐家の滅亡は諸岡家の没落となって行く。一羽斎が老い、病いの床に臥すようになると、兎角はおまんさまを連れだし出奔した。1年たち、おまんさまは戻ってきた。兎角は江戸に出て道場を開き、流名を偽称し微塵流と名乗り数百人の弟子を取るようになっているという消息が伝わる。一羽斎が没した後、泥之助と小熊は、いずれかが一羽流を名乗り、兎角に対し怨みをはらしに行こうと言う。籤を引いて行く者を決めることになる。その後の顛末が綴られていく。
 一羽流を天下に知らしめたいという弟子の熱い思いが伝わる一面でやるせなさが残る結末でもある。
 
<飛ぶ猿(愛州移香斎)>
 住吉波四郎は子供の頃から、死んだ母に愛洲太郎左衛門という兵法者をこの世の仇敵と教えられて育った。波四郎の父は磯浜の漁師だったが、若い頃に鹿島の太刀を修行した高名な兵法者でもあった。愛洲に試合を挑まれ敗れたのだ。波四郎は愛洲を仮想敵として、剣技を磨き続ける。斬れると自信がついた時、愛洲の所在を求めて旅に出る。旅の途中で、中条判官満秀と名乗る武士と旅の道連れになる。その動機から結末に至るエピソードもおもしろい。波四郎は愛洲の所在を尋ねて旅を重ねる途中、愛洲の弟子・貝坂丹後と試合をし、父と愛洲の試合の話を聞かされる。その後、遂に愛洲に巡り合い、愛洲から直に父との試合の思い出話を直に聞くことになる。そして立ち合うに至るまでのプロセスが描かれる。この旅を通じて波四郎が意識転換を遂げていくところが興味深い。
 「顔を上げてかがやく初冬の光りを顔にうけながら、波四郎は長い旅がいま終わったのを感じた」でこの短編が締めくくられる。

 実在した剣客たちを見つめる視点が興味深い。
 ご一読ありがとうございます。

本書と関連する関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
宮本武蔵 :ウィキペディア
霊巌洞  :ウィキペディア
雲厳禅寺 :「ニッポン旅マガジン」
五輪書  :ウィキペディア
伊藤一刀斎 :「コトバンク」
小野忠明 :「コトバンク」
柳生宗矩 :ウィキペディア
坂崎直盛 :ウィキペディア
土井利勝 :ウィキペディア
諸岡一羽  :「コトバンク」
愛洲久忠  :ウィキペディア
愛洲移香  :「コトバンク」
中条流   :ウィキペディア

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『隠し剣孤影抄』  文春文庫
『隠し剣秋風抄』  文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』  講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』  講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』  講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』  講談社文庫


『コロナ黙示録』  海堂 尊  宝島社

2021-11-05 14:59:59 | レビュー
 コロナ禍で呻吟する現在の状況を、フィクションという手法を使い描き出す。
 本書の表紙には、標題のタイトルに「COVID-19 APOCALYPSE」という英語タイトルも併記されている。
 COVID-19ははや見馴れて日常語化してしまった。見馴れているだけで、どうしてこう表記するのかまで意識している人がどれだけいるだろう。この表記をネット検索すると、「新型コロナウィルス感染症(COVID-19)」と表記されている。だから私自身もそこで思考停止し、意識することなくそう表記するのだと単純に受け入れていたことに本書を読んでいて気づかされた。 「WHOは、ウィルス学会が新型コロナウィルスの正式名称SARS-CoV-2による感染症をCOVID-19と命名したと公表した。コロナのCO、ウィルスのVI、疾病のDに加えて、末尾にWHOに報告された2019年という年号の下2桁19という命名法だ。WHOは以後、新ウィルスを同様のシステマティクな命名法で名付けることを同時に発表した」(p137)と説明を加えている。corona, virus, disease 、ナルホド! 地域名などを入れると風評被害などを含め禍根が残ることを回避するという側面もあるようだ。

 APOCALYPSEという英単語など普段目にすることは滅多にない。知らなかったので英和辞典を引くと、「(1)[the ~]この世の終わりの日 (2)[単数形で]大参事、大事件 (3)[the A~]ヨハネの黙示録(Revention)(新約聖書最後の書)」(『ジーニアス英和辞典第5版』大修館書店)と出ている。昔入手した日本国際ギデオン協会版で、NKJ/新共同訳の対訳『新約聖書』を開くと、聖書の最後の書として「ヨハネの黙示録」が載っている。ここでは「The Revention of Jesus Christ」という語句が第1章第1節の冒頭に記されている。revention という語が「黙示」と訳されている。英和辞典の第3の語義にも付記されている。
 新約聖書では「この黙示は、すぐにも起こるはずのことを、神がその僕(しもべ)たちに示すためキリストにお与えになり、そして、キリストがその天使を送って僕ヨハネにお伝えになったものである。」と、この節の記述に使われている言葉である。
 多分、本書では辞典の第2と第3の意味の双方の含意で「黙示」という言葉が使われているのだろう。昔、映画で「地獄の黙示録」などと邦訳された映画があったことを思い出した。勿論本書での「黙示」は、神様まで引き出さなくても、コロナの発生において、真の専門家の知見と判断があるなら、「すぐにも起こるはず」と予測でき、対応策をとれるはずというくらいに受けとめてもよいのではないか。だが、現実には日本の政治・行政機構主導の下で何が起こったか。それはご存知の通りだ。この時代を背景にフィクションが構築されている。
 現在進行形の日本と世界の政治経済社会情勢の事実を踏まえ、それとパラレルの形でフィクションを創作し、そのタイトルに「黙示録」という言葉を敢えて使う意味は重くて深いと感じる。

 この小説は、桜宮市にある東城大学医学部付属病院の不定愁訴外来、通称愚痴外来を担当する田口先生が、学長室で、厚労省技官、コードネームは火喰い鳥の白鳥圭輔から、ウェブ作家にならないかと声を掛けられ、その役回りを押し付けられるところから始まる。時は、2019年11月である。そして、この小説がエンディングを迎える「終章 いちごの季節」は2020年5月29日の日付で描かれている。書き下ろし小説で、2020年7月に出版された。

 現実の日本社会での2020年前半を思い出していただきたい。当時の新聞の社説にも出てくるキーワードを一部列挙してみよう。年初早々に「ポスト安倍政治」という表現が現れる。ゴーン被告逃亡、カジノ疑惑、東京五輪開催の行方、パリ協定、「桜を見る会」と杜撰な公文書管理の実態、阪神大震災25年、東京高検検事長の定年延長問題、新型コロナウィルスの集団感染発生の大型クルーズ船とその対処状況、森友学園問題の推移と地裁判決、中国・武漢市のコロナ問題と中国政府の対応、気候危機対策問題、全国一斉休校問題とその波紋、検察庁法改正、福島の事故から9年、新型コロナウィルス感染者の急増、緊急経済対策、コロナ医療体制、緊急事態宣言・・・・・・・。これらで全てではないが、こういう事象が進展していた。その時期がこの小説の背景となっている。

 「この物語はフィクションです。作中に同一の名称があった場合でも、実在する人物・団体等とは一切関係がありません」と明示されている。
 だが、同時代をテーマにすれば、体験している現実に対して、フィクションとして書き上げられたものが、現実世界とかけ離れた絵空事なら、読み始めても興味を喪失するだろう。誰もが体験してきた現実と小説というフィクション世界の間に虚実皮膜の接点があるから、読者は楽しみ、怒りながら、それを考える材料にすることもできる。体験した事実の一端を振り返り、見過ごしていた面を見直す材料、糧になる。同時代感覚をリアルに持たせるには、真実に迫れるフィクションでなければ途中で投げ出されるだろう。そいう意味で、この小説はこの時期の政治実態と新型コロナウィルスに感染した大型クルーズ船への対応・対策に焦点をあてていて、社会諷刺小説として読める。政治家の行動、高級官僚の思考と行動、国家行政機構との相互関係における医療関係者の限界と実情、忖度を批判しながら自らは忖度、自主規制をしている大手マスコミの実態などを、「フィクション」として描き出している。だが、そこに虚実皮膜のおもしろさ、諧謔が含まれている。それを許してきた国民に対しても、間接的に「フィクション」の形で問題提起していると読める。

 小説としては桜宮ワールドである。このストーリーにはいくつかの軸が組み込まれ、相互に関わりながら、ダイナミックに状況が進行していく。
1.北海道の将軍速水が統轄する救命救急医療センターの緊急入院患者が死ぬ。その治療にあたった研修医大曽根富雄がコロナに感染する。速水自身にも感染が疑われる状態に。大曽根の症状悪化が、桜の宮の東城大学医学部付属病院につながり、速水も古巣に絡んでいく。
 北海道では知事に判断を促し、独自に緊急事態宣言を道内に発出するに至る。
2.乗客定員3700人、乗組員約1000人の大型クルーズ船ダイヤモンド・ダスト号でコロナが発生する。当初の「災害派遣医療チーム」を主体にした対策活動に対し、本田大臣官房審議官が現地視察し、トンデモ発言で横槍を入れ現場を混乱させていく。本田審議官は泉谷首相補佐官との不倫が噂されていた。
 混乱する現場に対し、厚労省技官・火喰い鳥の白鳥が黒幕になり、田口先生を表に出して、東城大学医学部付属病院の旧病棟を主体にコロナ感染者を受け入れてるシステムを構築させていく。勿論、そこには感染症研究で有名な蝦夷大学の名村教授が関与していく。ゾーニングを徹底して感染者を隔離し、治療態勢を構築していくプロセスが一つの読ませどころにもなる。
3.コロナ禍において安保宰三総理大臣と明菜首相夫人の二人三脚による「なかよし」政治の行動が描かれて行く。勿論そこには、パラレルにいくつかの問題が絡んでいく。桜宮理財局絡みで発生した「有朋学園事件」と「満開の桜を愛でる会」問題が燻り続けていた。また、東京五輪を何としても実施する姿勢を見せる。コロナ禍の進展状況下での首相と政府側関係者の思考と行動が描き込まれて行く。
4.パラレルに、政策集団・梁山泊の活動が加わっていく。フリーランサー病理医の彦根新吾が発案し、元浪速府知事でTVコメンテーターとなっている村雨弘毅が総帥となり、メンバーを集めた活動を描く。梁山泊は東京五輪阻止とコロナ問題をテーマにする。後に、時風新報の別宮葉子が梁山泊に加わる形で、有朋学園事件に絡み文書改竄問題で自殺した職員の問題が俎上に載っていく。

 2020年前半の状況をとらえなおしてみる上で、おもしろい小説だ。このフィクションを介して、当時の社会状況の裏舞台、隠された側面を考える視点と材料がふんだんに盛り込まれているように思う。政府報道、大手マスコミ報道に韜晦されない視点づくりの一助になるのではないか。
 10年後、この小説はどんな読まれ方をするのだろうか。ふと、そんなことも気になる。

 ご一読ありがとうございます。
 
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。
=== 海堂 尊 作品 読後印象記一覧 ===  2021.11.5 現在 17册 


=== 海堂 尊 作品 読後印象記一覧 ===  2021.11.5 現在 17册 

2021-11-05 14:57:50 | レビュー
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記のリストです。
出版年次の新旧は前後しています。
ご一読いただけるとうれしいです。

『フィデル誕生 ポーラースター3』  文春文庫
『ゲバラ漂流 ポーラー・スター』   文藝春秋
『フィデル出陣 ポーラースター』   文藝春秋
『氷獄』  角川書店
『ポーラースター ゲバラ覚醒』  文藝春秋
『スカラムーシュ・ムーン』  新潮社
『アクアマリンの神殿』  角川書店
『ガンコロリン』    新潮社
『カレイドスコープの箱庭』  宝島社
『スリジェセンター 1991』  講談社
『輝天炎上』 角川書店
『螺鈿迷宮』 角川書店
『ケルベロスの肖像』   宝島社
『玉村警部補の災難』   宝島社
『ナニワ・モンスター』 新潮社  
『モルフェウスの領域』 角川書店
『極北ラプソディ』  朝日新聞出版