遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『レッドマーケット 人体部品産業の真実』 スコット・カーニー  講談社

2012-12-10 12:21:25 | レビュー
 実におぞましい事実についてレポートした本だ。しかし、その実態を知るために、最後まで一気に読んでしまった。
 人間の身体が部品として世界中で取引されているのだ。骨、靱帯や角膜、心臓、腎臓、卵子、血液、毛髪、人間本体までもが・・・・。その事実を著者はくまなく現地を訪れ、取材調査している。

 本書の内表紙裏面に、こんな引用文がある。リチャード・ティマスの『贈与の関係論』からの一文だという。
 「もしも人体の組織が商品としてさかんに売買されるようになり、そうした取引から利益が上がるようになれば、最終的には市場の法則が支配するようになるのは、当然のことである」
 この記述が、まさに現実のものになっているのだということを、著者はここにも、ここにもという具合にレポートしている。「労働」からの搾取ではなく、それ以上におぞましい「人体」からの搾取である。かつて、ユダヤ人収容所における殺戮と併せて「人体」からの搾取が世界に衝撃を与えた。だが、形を変えた「人体」からの搾取が様々な地域で現在、現実に行われているのだ。人体のバザールが存在する!

 著者は法律と経済の世界にはまず3種類のマーケットが存在するとみる。ホワイト(合法で公明正大な取引)、ブラック(銃器・麻薬の密売など不法商品・サービスを取引など)およびグレー(海賊版DVDや課税を免れる収入など)である。そして、著者は「人の身体をめぐる社会的なタブーと、より長く幸せな人生を送りたいという個人の欲求が衝突したときに生まれる、矛盾の産物」(p28)としての取引の実態を「レッドマーケット」と名づけた。「レッドマーケット」は本書の原題(”THE RED MARKET")そのものである。原題に付けられた副題は翻訳書の副題とは異なり、もっとストレートである。
 ”On the Trail of the World's organ Brokers, Bone Thieves, Blood Farmers, and Child Traffikers"だ。「世界の臓器ブローカー、骨泥棒、血液農場主および子ども売買商人を追跡して」というところか。まさに人体部品産業の構成者を例示している。

このレッドマーケットをなぜ、著者は追跡するに至ったのか。そこには著者の特異な経歴が背景にあるようだ。本書を読んで、大凡こんな経緯がわかった。著者は2005年の夏に、ウィスコンシン州立大学マディソン校の大学院で人類学プログラムを終えた。奨学金が尽きようとしていたので、手っ取り早く確実に現金を入手するため、治験の人間モルモットに志願したという。マディソンは全米でも数少ない臨床検査センターの一大中心地だそうだ。大手製薬会社から医薬品開発業務の受託をし、治験を行う機関の一つ「コーヴァンス」で後発便乗型の薬の治験で人間モルモットの実態を経験したのだ。そして、2006年から2009年にかけて、インド南部沿岸の大都市・チェンナイ(旧マドラス)で過ごす。インドに短期留学するアメリカ人大学生への教師となる。そこで、担当した学生をブッダガヤの巡礼センターに引率した際、その最終滞在地で学生の一人が死亡(自殺?)するという事件が起こる。著者は彼女の遺体をアメリカの遺族に届けることを担当しなければならなくなる。そのプロセスで死の結果としての身体の腐敗を含めた物理的側面に対峙し、また遺体に対する様々な権利の主張への対応に迫られる。警察の尋問、地元ジャーナリストの強行取材、検死解剖、死因解明のために切除された各内臓の一部が広口瓶に収められ研究所に送付される作業、粗い縫い目で縫合される胴体、不完全になった全裸の遺体。両親から依頼された裸の遺体の写真撮影、亡骸のアメリカへの搬出。気づかないうちに、著者はこのことから人体のレッドマーケットに関係していくことになる。教職を辞した後、チェンナイを拠点としながら調査報道を専門とするジャーナリストの道を歩み出すのだ。
 そして、著者は2010年に子供の拉致、売買を扱った報道で「ジャーナリズムにおける倫理賞」を受賞する。

 その著者が、犯罪的なレッドマーケットはあまりにも多くすべてを取りあげることは不可能と判断し、「人の身体を売買するマーケットに対する新しい見方を提供したい」(p12)という考えから書いたのが本書である。著者はこのマーケットに共通する点を見ていこうとする。
 そして、著者は章ごとに異なるレッドマーケットを取りあげている。こんな構成になっている。何処が取材地かとともに、読後印象も併記していく。

はじめに 行き詰まり
 インドの国境の町ジャイガオン。「骨工場」の調査報道のプロセスで、「大量に隠されていた頭蓋骨や骨」の小さな新聞記事を発見した著者がここを訪れる。警官の案内で骨のぎっしり詰まった部屋(3つ)を見るが、それは墓からの盗掘品。著者の追跡しているものではなかった。
 横笛に加工する途中の頸骨、頭頂部をノコギリで切断された頭蓋骨。頭蓋骨のてっぺん部分からは祈祷用の碗を作るのだ。儀式用の道具としてブータンのチベット仏教の僧侶に売られるという。警官は言う。「墓の盗掘をはっきりと禁止する法律はないと思いますよ。だから、彼らは捕まっても釈放されるでしょう」(p5-6)と。宗教用儀式の道具として、人骨の需要があるのだ。
 著者にとっては行き詰まり。なぜなら、この時、著者はアメリカの医学教室が求める骨格標本を作る「骨工場」を調査していたのだ。「アメリカの教室にある骨格標本のほとんどが、インドからきたものだった。だが1985年にインド政府が人体組織の輸出を禁じる」(p4)その結果、骨の売買は地下に潜り、我が世の春を謳歌する。人体の骨に対して需要がある。そこには供給側が現れる。

イントロダクション 「人間」か「肉」か
 まず、著者はレッドマーケットの存在を明らかにし、何が取引されているかを概括する。著者はほぼ人体のあらゆる部分が部品として対象になるのだということを、自らの体を例にして説明する。1901年にウィーンの科学者カール・ラントシュタイナーが4つの血液型を発見。安全な輸血のできる時代が開幕した。それに伴い輸血の需要が増加、売血という生業が発生する。人間の臓器という複雑精緻な部品は需要が絶えない。国境を越えた国際的な養子縁組、そこにもレッドマーケットが潜んでいるのだ。著者は需要と供給という経済の等式の「供給側」を探ることに意を注いでいく。

第1章 蹂躙される遺体
 ブッダガヤにおいて。アメリカからインドに留学生としてやってきたエミリー(仮名)という教え子の転落死に著者が関わり、彼女の遺体を両親の元に搬出することを担当したプロセスを語る。
 この事件が、著者の人生を変える一つの要因になる。

第2章 骨工場
 インドのウエストベンガル州の片田舎。人骨売買。「ウエストベンガル州のレッドマーケットの売人たちは遺体を墓から盗み、固いカルシウムを軟らかい肉片から取り去り、骨を卸売業者に提供する。そういう古来の手法にのっとって、人間の骨格と頭蓋骨をいまも供給しているのだ。卸売業者は骨を組み立て、世界中のディーラーへと送り出す。」(p65)「海外では7万ドルの値がつくだろう。」(p65)

第3章 臓器売買の供給チェーン
 インドのタミル・ナードゥ州にある津波被害者収容の難民キャンプ、ツナミ・ナガール。腎臓をブローカーに売る女性。

第4章 養子縁組ビジネス
 誘拐された子供が「マレーシア社会福祉園(MSS)」を通じて、国際養子縁組という公式のシステムに組み込まれてしまった事例が出てくる。2009年1月、アメリカ、ユタ州の養子斡旋機関「フォーカス・オン・チルドレン」の職員が詐欺と入国違反に関して有罪を認めた事例を紹介する。著者は、「一般的に、書類が整っているように見えれば、アメリカの斡旋機関はそれ以上は追求しない」(p137)と書いている。

第5章 私の卵子を買ってください
 子供を欲しい、産みたいと切望する不妊症患者が存在する。地中海の真ん中に浮かぶ小さな島国キプロスがいまや、世界を相手に卵子を売買する中心地なのだと著者はいう。そして、その調査レポートをまとめている。「女性の卵巣には、この世に生命をもたらす機能がある。だが同時にそれは金鉱でもあり、およそ300万もの卵子が、採集され、いちばん高い値をつけた人間に売られるのを待っている」(p144)と記す。卵子を提供する女性はどういう人々か。著者は提供者を追跡し、インタビューしている。そして、倫理上のジレンマをあぶりだしていく。著者は「デザイナーベビーの時代」になっている状況だという。

第6章 政府公認の代理母産業
 政府公認の代理母産業が存在するのだ。著者は、インド、アナンドのアカンクシャ不妊クリニックの代理母ハウスの実例を取材している。「医療ツーリズムの促進に力を注ぐインドは、その一環として2002年、代理母制度を合法化した。・・・・代理出産ツアーは順調な伸びを見せている」(p181)アメリカで有償の代理出産を認める州があるようだが、そこで子供を1人誕生させるには、保険の適用が滅多になく、5万~10万ドルが必要となるのに対し、インドでは体外受精から分娩までの全プロセスの費用が1万5000~2万ドルなのだと。「確かな数字はつかめないが、インドの代理出産サービスは欧米から毎年、最低でも数百人は顧客を獲得している」(p181)と記す。ビジネスなのか助け合いなのか、著者は事実を追い求めていく。

第7章 商品としての血液
 インドの国境の町ゴラクプールでの事件。酪農の大家が敷地に5つの小屋を建て、そこに17人の男たちが囚われていて、少なくとも週に2回、ラボの技術者に採血されていたという。骨と皮だけの男が一人脱走し助けを求めたことから、この「血液農場」の実態が明るみに出たのだ。著者はこの事例をレポートし、売血のプロと血液ディーラーの存在、血液のブラックマーケットを追跡していく。

第8章 人間モルモット
 著者自身がバイアグラの後発薬の臨床実験の被験者に応募した実体験を赤裸々に記録する。そして、そこで知り合った被験者プロの話を記す。だが、「製薬会社は公式には、臨床的労働などあってはならないという見解を取っている。そして、被験者は自発的に参加していると言うとき、・・・そこには利他主義と利益の追求が混在している」(p224)のである。製薬会社は「被験者が治験に費やした時間に対して」金を払っているが、被験者すなわち人間モルモットになることは「寄付行為なのだ」という見解なのだ。
 そして、高度の臨床知識と儲け第一の管理スキルを兼ねた治験業務の受託専門会社(CRO)の実態に迫っていく。なぜ貧困地域で治験を行うのかと。

第9章 永遠の命を求めて
 ここでは、再びキプロスの胎生学者が登場する。そして、他の組織からES細胞(胚性幹細胞)を作り出す方法の開発、つまり永遠の命を生み出す幹細胞の研究を取りあげている。この研究に対する論争に触れながら、人クローン誕生への執念、人工的に作り出されたヒト成長ホルモン(HGH)などに言及していく。
 永遠の命を求める科学の不確かな未来を見つめながら、著者はレッドマーケットに立ち戻る。「今日すでに、大金を支払うことのできる病人には大量の人体部品を供給する経済システムができあがっている。そしてすでに私たちは、原材料の入手だけを問題にして、人体の組織を扱っているのである」(p270)と。

第10章 黒いゴールド
 髪の毛が金に変換されプロセスを追跡する。ここでは、宗教儀式の一つとして剃髪された髪の毛がなぜゴールドに化けるのか。なぜそうなったのかの経緯を含めて追跡している。ここでも著者は、「カリヤナ・カッタ剃髪センター」での剃髪を実体験する。
 ティルマラ寺院は1960年代初めまでは剃髪された毛髪を焼却していた。しかし、政府が大気汚染防止のために焼却処分を禁止したのだ。焼却廃棄物が、廃棄物でなく資源に変身するのだ。そして利益を生む。2つのマーケットにおける需要が存在するからだ。その一つのマーケットは、「買うならレミーしかないわ」であるという。この言葉でピンとくるだろうか。それがどんな需要なのか。

おわりに ロレッタ・ハーデスティに寄せて
 「人体の組織をモノ扱いすることは、現代医学の最大の欠陥の一つである」(p292)とし、「人体を扱う合法的なマーケットに透明性がないかぎり、レッドマーケットは繁栄しつづけるだろう」(p291)と著者はいう。
 著者の考えは、「人の身体や組織を倫理的にやりとりするには、供給チェーンの完全な透明性が欠かせない条件なのだ」(p291-292)。なぜなら、「犯罪者たちは『プライバシー保護』のお題目のかげで、非合法の供給チェーンを守ることができるのだ」(p292)と。

 私たちは、レッドマーケットの存在という事実を知ることから出発しなければならない。それがどういう問題を秘めているのかを知るために。
 一方で、「透明性ですべてが解決されるわけではない」と著者はその対策案の限界をも認めている。
 おぞましい実態追跡レポートである。しかし、知ることから認識が始まるのだ。

ご一読ありがとうございます。

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 本書に関連して、気になる語句や検索可能な情報をネット検索してみた。
一覧にまとめておきたい。

本書に出てくる公的なあるいは正規の活動組織を含めて

 UNOS(全米臓器配分ネットワーク)のHP
 Organ DONATION AND TRANSPLANTATION :「National Kidney Fouondation」
 Families Thru International Adoption, FTIA のHP
 ichild のHP
 Children's Home Society & Family Services のHP
 代理母出産プログラム KBプランイングのHP ←ネット検索でのアメリカの事例
 特定非営利活動法人 日本治験推進機構のHP


関野病院・治験体験記 ←こんな体験記をみつけました :「治験アルバイト体験記」


Transplantation at Any Price? Arthur L. Caplan
 :「WILY ONLINE LIBRARY」
体外受精の悲劇?複雑な問題抱える「生殖産業」 曽野綾子:「日本財団 図書館」
代理母出産 :ウィキペディア
売血 :ウィキペディア
blood donation : From Wikipedia, the free encyclopedia

レミーヘアー :「激安かつら情報館(カツラの用語集)」
インディアンレミー :「激安かつら情報館(カツラの用語集)」
100% Remy Human Hair Guranteed ← ビジネスサイトの一例


レッドマーケット関連と周辺情報
 臓器売買 :ウィキペディア
 Refugees face organ theft in the Sinai 
    By Fred Pleitgen and Mohamed Fadel Fahmy, CNN
    November 3, 2011 -- Updated 1622 GMT (0022 HKT)
 法輪功学習者から臓器摘出、中国の臓器売買の実態 :「大紀元」
    一部ショッキングな写真が掲載されているので注意のこと。
 授業で使う骨格標本、本物の人骨だった!ニュージーランド :「AFP BBNews」
     2011年08月12日 20:02 
 不正な人骨の密輸、新たに発覚 [アメーバニュース/ロイター] :「阿修羅」
 インドで急拡大する医療市場注目は代理母出産ビジネス 2006年11月20日(月)
     :「日経ビジネス ON LINE」 記事の途中まで閲覧可能
 How To: Sell Your Body For Cash By Ross Bonander :「AskMen POWER & MONEY」
    How To Accidentally Have 150 Kids And Get Paid For It
 How to Sell Blood For Money By eHow Contributor :「eHow mom」


胚性幹細胞(ES細胞) :ウィキペディア
「受精卵を材料として用いることで、生命の萌芽を滅失してしまうために倫理的な論議を呼んでいる(一般的に、卵子が受精して発生を開始した受精卵以降を生命の萌芽として倫理問題の対象となるとみなしている。神経系が発達した以降の胚を生命の萌芽とみなす考え方もある。)」

人工多能性幹細胞(iPS細胞):ウィキペディア
 こちらは、ノーベル賞受賞の山中伸弥教授により命名されたもの。

人工多能性幹細胞の作製成功でローマ法王庁、「倫理的問題とみなさず」
2007年11月22日 10:13 発信地:バチカン市国  :AFP BBNews


日本 臓器の移植に関する法律 :ウィキペディア

向井亜紀の代理母 :「大野和基のBehind the Secret Reports」
代理出産・その他の不妊治療 日本の代理母出産の今後 池上文尋氏


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1 コメント

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joannawatson90@gmail.com (lace front human hair wigs)
2013-08-05 12:07:36
私はこれで開始する場所はかなりわからないので、私はただ、これは本当に良い記事であると言うでしょう。私はそれを読んで、あなたが作る多くのポイントを考えて楽しんできた。
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