遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『大阪学』『続・大阪学』  大谷晃一  新潮文庫

2015-04-30 10:32:02 | レビュー
 かなり以前に、『大阪学』というタイトルをおもしろく感じて、手に取り、文庫本のカバーで、大阪を髣髴とさせるイラストを見て、目次も見ないで大阪を諧謔気味に書いているのだろうとそのままやり過ごしていた。先日、大阪の知人が記した簡明な印象記を読み、関心を抱き直して読んでみた。その際、続編が出ていることを知り、併せて読んだ次第。

 平成6年(1994)1月に経営書院より『大阪学』が刊行され、その続編として『続・大阪学』が11月に同書院から刊行されている。それらが、平成9年(1997)1月、同年12月に新潮文庫版として出版された。出版はかなり古いが、内容は地域文化論であり古さを感じない。「大坂、大阪」を理解し感じるための知的刺激に溢れる書である。知的好奇心が波紋を広げるはずである。以降、前者を「正」、後者を「続」と呼ぶ。

 読後感の結論から言えば、大阪について真正面から、かつ様々な観点から、いたってまともに取り組まれたエッセイ風読み物である。テレビのバラエティ番組や報道番組の映像から受ける大阪のイメージ、おもしろさという表層的印象だけではなく、大阪をなるほど!と知り、目からウロコ・・・という部分が多々含まれていた。地域文化を理解するための多面的なアプローチがいいところである。

 この本、実は1988年4月から帝塚山学院大学で始められた「大阪学」という講座の内容がネタになっていたのだ。れっきとした学問的アプローチがベースとなっている。「大阪に起きている現象をしっかりと捕らえる」そのために、学際的なアプローチ手法が使われ、かつ大阪を浮き彫りにするには、東西比較、すなわち東京との比較がわかりやすいし納得度も高まるということで、東西文化論的な展開になっている局面もあって、おもしろい。当時の女子大生のミニ・レポートの内容も、読み物として採り入れられている。歴史や史料を踏まえて、かつデータをベースに、実証主義的な分析手法で論理が展開されている。本書の語り口は、著者が新聞社での記者や編集委員の経験を経ていることもあってか、読みやすいものになっている。
 「文庫のためのやや長い目のあとがき」に著者自身がお断りとして記していることをまず引用しておこう。
 「私の考えている大阪とは、大阪市とか大阪府とかいう範囲よりずっと広い。普通に関西といわれている京阪神プラス奈良と思ってほしい。とくに京都、それに神戸はいくらかの違いがある。けれども、基本に大きな差異はない」(正編、p217)つまり、大きく捕らえれば関西文化論である。京都に生まれ育った目からみると、細部では当然ながら差異を感じるところがあるが、マクロでみると五十歩百歩的なところで、そうだなとうなづけるところが多い。関東、特に東京の持つイメージなどと対比すると、そんなもんやな・・・と感じる点が多い。

 大阪を対象に多面的多角的に切り込んでいるので、本書のどの章に興味・関心を最も向け、どこに目からウロコのような思いを感じるかは、たぶん十人十色だろう。今までに「大阪」と接して、体験的に感じていたり、あるいは知識や情報があることから、想像通りと感じるところや、そんなもんやろ・・・とおもうところ、フゥ~ンと感じるところ、目からウロコ・・・と感じるところも相違するに違いない。

 著者は「要するに、大阪人とは何か」をこの2冊で「大阪学」として述べた上で、大阪を解くキーが3つあると言う。「いらち 競争の社会」「なんぼ 損得の社会」「ほんま 本音の社会」である。この行動と思考を解く3つのキーはなるほどと納得できる。これが、様々な切り口から正・続の中で説明されている。
 そして、損得・本音のレベルで「おまけ」がつくと、うれしいし、それを期待するのも大阪的発想だろう。私も「おまけ」は大好き! そこは著者も心得たもの。
 正の「あとがき」でちゃんと、「おまけ」を付けてくれている。
 それが大阪風[人間関係の秘訣7か条]である。まあ、これは本文説明から、大阪流人間関係のエッセンスをまとめたものと言い代えることができるかもしれない。わかりやすくまとめてくれているところが「おまけ」なのだ。その7か条を挙げておこう。

1. 人見知りせず、明るく大きな声で人から声をかける。
2. 身分や地位にこだわらず、おじけずえらばらず、同じ態度で接する。
3. 自分の欠陥や弱点や失敗談を平気で披露し、自らを卑下して相手の自尊心を高める。
4. 格好をつけず、建前や見栄をはさまない。
5. 人の話をよく聞き、喜怒哀楽を十分に表現する。迎合せずに、ときには突っ込む。
6. 何んにでも「はる」というインスタント敬語を付けておく。
7. 相手の考えに反対の場合は必ず「それは分かるけど」と応じ、あるいは「ちゃう、ちゃう」と軽い調子でいなす。相手の頼みを拒否するときは「考えときまっさ」と穏やかに断る。友好の雰囲気を壊さない。

 この6番目の「はる」は日常の話し言葉の中で、何気なくしょっちゅう使っていることを改めて再認識した。著者の言う「インスタント敬語」だという意識すらなしに自然につかっている。「・・・へ行かはる?/・・・に行ってきはった?」「・・・言わはったわ」「もう食べはったん」「それ使わはったらええわ」「・・・見はる?/・・・・見はった?」などと。
 
 最後に、私の個人的印象を述べておきたい。
*大阪の歴史的な説明に学ぶところ、目からウロコ・・・の説明が多々あった。
 それは、主に正編の後半である。「第6章 古ベイエリア-大阪の位置」「第7章 中世の近代人-楠木正成」「第8章 都市の誕生-蓮如、信長、秀吉」「第9章 大阪人写実-西鶴と秋成」「第10章 実証と自由と-町人の学問」「第11章東京が何んや-近代文学の系譜」。そして、続編の「第3章 奇想天外の才覚-インスタント・ラーメン」「第10章 大坂、生々流転す」「第12章 目立ちたがりの商法-サトリーとグリコ」。
*吉本興業を明治45年(1912)に、吉本せいという女興行師が築き上げたとは知らなかった。:正編「第2章 お笑い」
*きつねうどんが大阪生まれとは知らなかった。きつねうどんとたぬきの七化け。この蘊蓄が興味深い。 正編:「第3章 きつねうどん」
 同様に、続編の「第2章 庶民グルメの味 お好み焼き」も楽しい読み物になっている。
*大阪弁として紹介されている言葉については、私も使っている言葉があるが、まったく縁のない言葉もある。正編「第5章 好っきやねん」にある「けったいな」「ややこしい」「はる」は使っている。しかし、「すもんとり」「ゆうれん」は使わない。「考えときまっさ」は「考えときますわ」という形で普段使っているように思う。
 続編の「第4章 ちゃうちゃう 大阪弁は、いま」では、生きた大阪弁としてよく使うものが調査データとしてランキングで説明されている。1994年の調査データによる分析である。当時のダントツは「ちゃうちゃう」だったようである。
 さて、それから20年経った今、生きた大阪弁は変化しているのだろうか?
*なぜ、宝塚歌劇ができたのか? 続編の「第5章 清く正しく美しく 宝塚歌劇」も興味深い章である。小林一三の経営発想は学ぶところが多い。宝塚歌劇団の生徒について、「記念写真を撮ったりすると自然と年次順にきちっと並びますよ」(荒木義男氏)というやりとりが載っている。この伝統は今もそうなのだろうか?
*思わずニヤリとしたくなる「おもろい」と感じる記述を含む章がある。これが大阪!というところか。正編:「第1章 不法駐車-街へ出よう」「第2章 お笑い-吉本興業」、続編:「第1章 絶唱、六甲おろし 阪神タイガース」「第5章 ピカピカ、イキイキ ファッション」「第7章 みんながタレント テレビ番組」「第8章 元気に本音で語る コマーシャル」
*著者は大阪の見せる2つの顔として、文学では西鶴と近松の作品のコントラストを挙げている。それが、大阪の「キタとミナミの土地が持っているイメージにふとどこか通じている」という。今から20年前のキタとミナミの対比である。この2つの土地は、同時並行で再開発が進行して大きく変貌を遂げてきた。正編「第12章 キタとミナミ-二つの大阪」は、この章の説明が「現在」も同様にそのまま通用するのか・・・20年くらいでは文化風土は変わらない? この点、興味深いところでもある。
 また、続編「第9章 商都のイベント 天神祭」を読み、この祭の歴史的背景を初めて理解できた。その一方、著者は「総費用は7000万円から1億円だが、その経済効果は60億円に上るだろうと市民は胸算用をする」と記す。本書刊行から20年経った現在、天神祭の経済効果は費用対効果でみて、どうなっているのだろうか?
*続編「第11章 昭和、経営の神様 松下商法」は、一時期、松下幸之助の経営について書かれたものを読んでいたので、当然ながら内容が重なり既知のことがかなりあった。それはさておき、著者は、昭和44年(1969)に松下電器の発展の要因が語られ9点が挙げられていたと記している。
 「仕事が時代に合った、人材に恵まれた、理想を掲げた、企業を公のものと考えた、ガラス張りの経営をした、全員が経営を心がけた、社内に派閥をつくらなかった、方針が明確であった、自分が凡人であった」
 今、パナソニックは少し不調のようである。この9つの要因を踏襲するなら、何が真の問題要因なのだろうか? 
 著者は、「幸之助が真に偉大だったのは、大いなる夢と理想と事業への使命感を持ち続けたことである。しかも、その夢と理想は、実現不可能な空言ではなかった」と記す。現時点のパナソニックはどうなのだろうか・・・・。20年前に記された本は、「温故知新」として、今を考える材料にもなる。

『続 大阪学』の方も、文庫のためのオマケとして、「大阪人の大阪意識」というオマケが付いている。これも調査データを分析した実証的な説明文である。こちらのオマケはやはり、本文を読んだ上での楽しみに、触れないでおこう。同じ調査分析が著者により現時点でなされたら、同じ結論になるだろうか。20年程度で「大阪意識」が変わることはまあないだろう・・・とは思うけれど。

さて、この大阪学に対抗する「東京学」ってあるのだろうか? 寡聞にして知らない。

ご一読ありがとうございます。


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本作品と直接間接に関連する事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

5.1.大阪弁における方言イメージとキャラクターの性格の関係
  :「マンガにあらわれる方言2」(日本大学文理学部国文学科)
都道府県間の親密度  :「社会実情データ図録」
関西弁最高、永遠の宿敵は東京都? - 大阪府出身者に地元事情を聞いてみた
   アリウープ  [2013/09/19]  :「マイナビニュース」
関西人論の研究 ~個性の認識とメディアの影響~ ゼミ論文 :「大阪経済大学」 
東京・静岡・大阪・兵庫の防災意識調査について 和田隆昌氏 :「AllAbout」
恵方巻「食べる」派が関西でさらに増加中!? 一方関東は..:「タウンネット大阪府」
『お好み焼き・たこ焼きに関する意識と実態調査』 日清フーズ株式会社
沈む大阪、消える若者  (百葉箱番外編)  日本経済研究センター
話者分類に基づく地域類型化の試み 田中ゆかり・前田忠彦氏 国立国語研究所論集
大阪  どんな特長?   :「とことん県民性」
東京と大阪の生活意識地域ギャップを見る  :「ハイライフ研究所」
   ハイライフアンケート調査結果を読む 最終回(第六回)

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『雨の狩人』  大沢在昌  幻冬舎

2015-04-26 11:13:15 | レビュー
 新宿区役所通りのすぐ裏にあるオレンヂタウンが舞台となる。オレンヂタウンには五坪もない小さな店がまるで長屋のようにぎっちりと立ち並ぶ。歌舞伎町の東端、東西50m、南北20mほどの一画である。全盛期は200軒以上の飲食店が建ち並んでいたが、今は営業している店が150軒程度。昭和の終わり頃には地上げの動きがあったが、バブル崩壊で地上げは頓挫。「戦後闇市の流れを汲む、この街の権利関係は異常に複雑で、店舗のまた貸しはあたり前、狭い土地に何人もの地主がいて、その上、何重もの抵当に入っているという状況」(p9)の区域である。さらに住居表示は歌舞伎町だが、オレンヂタウンは新宿警察署の管轄ではなく、四谷警察署の管轄になる。
 そんな街の傍でほそぼそと「運命鑑定」の机を出すユリ江が、「わたし、サチコの子供です」と訪ねてきた若い娘に声をかけられる場面からストーリーが始まる。サチコは歌舞伎町のクラブで働いていたタイ人で、日本人の男とのあいだに娘がいて、その娘が12歳のときに、タイに帰国したのだ。サチコは2年間、辻占いをするユリ江の客だった。そのサチコが亡くなり、20歳になるサチコの娘が日本人の父を捜していると言って訪ねてきたのである。父の名はミサワソウイチだという。その娘は、ママがつけていたものだと言い、金色の仏様のペンダントをユリ江に形見として差し出す。ユリ江は店を閉じた後、「アラビア」という喫茶店で待ち合わせる約束をするのだが、娘がはぐれてしまったのか、会えずじまいとなる。
 父を捜しているというこの娘が、どのような経緯で日本に来たのかというところからこの娘はストーリーの本筋に関わって行くことなる。

 一方、オレンヂタウンで、亡くなった母のやっていた小さな酒場を引き継いだシャブ中の吉崎という男の死体がその酒場で発見される。彼は、一昨年組長が解散届けを出した尾引会を6年前に破門されていた元ヤクザである。
 四谷署の立木刑事に呼ばれた新宿署組織暴力対策課のベテラン刑事である佐江が現場に立ち合う。この佐江がこのストーリー展開での軸の一人となっていく。誰からも好かれない一匹狼的な刑事なのだ。その佐江が現場を離れるとき、フリーのライターだと称する岡に声を掛けられる。「新宿で、いっぱい、人が死ぬぜ。」「俺、俺が、つきとめたんだ。でかい金が動くんだ。それでもって、人がどんどん死ぬ。」と言う。岡が佐江に名前を尋ねたのは、佐江の名前を保険に使いたいからだという。

 日曜日の夜、歌舞伎町のあるビル内に入っている休日のキャバクラを会場にして、違法な地下格闘技戦が行われていた。それを観戦していて、かかってきた電話に応えるために7階のエレベーターホールに移動した高部斉(ひとし)という不動産会社社長が射殺される。現場で高部を確認した佐江は管理官の白戸に言う。高部は3年くらい前に新宿に現れ、居酒屋とキャバクラであてて、不動産に最近手を出していたのだと。高部はマルBではないのだ。佐江は、高部が新宿に現れたときの元手は詐欺か闇金で貯めたものではないかとにらんでいたという。
 新宿署にこの事件の特別捜査本部ができ、組対の佐江がマルBに詳しいことから捜査に組み込まれる。そして、警視庁捜査一課の第二強行班副班長の谷神警部補と組み、捜査活動をする事になる。その谷神が白戸管理官に頼み佐江を捜査本部に組み込ませたというのだ。
 佐江と谷神は捜査本部の中で、独自の捜査行動を始めて行く。高部の射殺はプロのしわざと推測される。3年余前にも、高利貸しをやっていた片瀬庸一がマンションの地下駐車場で射殺された事件があり、それは拳銃が使用され、事件が未解決、未押収の発砲事件の一つだった。片瀬は暴力団羽田組江口一家との関係があったのだ。片瀬の死後、羽田組の資金繰りが悪化。羽田組は2年以上前に広域暴力団高河連合に吸収されてしまったのだ。高部殺しと片瀬殺しの共通点に佐江は関心を寄せ始める。
 羽田組も尾引会も、共にオレンヂタウンに縄張りをもっていたのだ。それが今では、高河連合の縄張りに組み込まれてしまっているのだ。また、殺された高部の不動産会社はオレンヂタウンの土地を一部買い取り、月極めの駐車場を運営していたのである。
 佐江は暴力団と直接の関係を持たない高部が不動産会社の経営までのし上がってきた背景の元手の出所に関心を抱く。闇金の可能性を考慮しながら、高部の人間関係を捜査することから、佐江と高神は取り組み始める。今は高河連合の傘下に組み込まれた江口一家は江栄会という組として存続していた。江栄組の組長・江口とシャブ中だった吉崎が属していた尾引会の元組長・井筒が事件解決のための捜査の突破口となっていく。

 この作品がおもしろいのは、佐江が一見カタギで会社を運営する高部の出発点となる原資の出所に着目することで、高部に関係する人間関係が明らかにされていく展開にある。その人間関係の掘り起こしが、暴力団との関わりを浮かび上がらせ、オレンヂタウンが関連する複雑な様相が見え始めるところにある。だが、なぜオレンヂタウンという地上げの頓挫した一画が関わって行くのかが、最終段階まで見ないままに、捜査活動が紆余曲折しながらでも、真相に迫っていく。ストーリーの構想の巧みさが読ませどころである。
 
 この作品の興味深いのは、組織犯罪処罰法と暴力団排除条例ができ、その法の下に暴力団の取り締まりが始まったことで何がどうかわったのか、その社会変化の様相をテーマとしたことにある。その法が生み出したマイナス面を俎上にのせ、問題提起している。警察がそれらの法により、暴力団を取り締まり易くなったと外見的には見える。だが反面で、暴力団がシノギを得るためにカタギと組むようになり、陰に隠れた活動が増加した側面を描き込んでいく。暴力団ではないカタギに属する側としての犯罪の増加という側面を炙り出している。現行法の限界の指摘でもあり、それらの法の運用に対する警世の視点を持つ。そして、法治国家とは何かについても迫っていく局面を持つ。現行法で裁けないことの限界を乗り越え、法を超絶して裁くという行為をどう捉えるかである。この視点が絡みあう極限を含めて、このストーリーが展開していく。とんでもない意外性が爆弾の如くに組み込まれている作品だ。思わぬ結末となる。

 佐江というベテラン刑事の目を通した思い、思考として次のような記述が出てくる。佐江の思いのいくつかをご紹介しておこう。あなたはどう思うか?

*組織犯罪処罰法や暴力団排除条例などで傾向がかわった。組に属するkとがもはや利益をもたらさず、逮捕されても罪は重いし仮釈放も得られないなど、マイナスが多いことに、ガキのワルどもは気づいたのだ。 p27
*カタギであることは暴力団に対する優位となり、トラブルが起きたら警察に駆けこんで相手を牽制する。骨までしゃぶられるのが暴力団の側だったりする。それでもカタギと組まなければ、暴力団のシノギの多くが成立しない時代なのだ。 p27-28
*暴力団員がカタギに怪我をさせたり殺したりすると、その逆より罪ははるかに重い。p28
*プロの犯罪者とアマチュアの犯罪者の境界があいまいになり、やくざよりタチの悪い、ルールを知らず守ろうとも考えない、セミプロ集団が生まれている。やくざではないから、傷害や殺人にさほど理由を必要とせず、犯行後も組織に属していないがゆえに居場所や逃亡先の特定が困難となる。 p28
*司法の圧力にも耐えて生き残っている暴力団は強固な組織をもち、巨額の現金を動かしている。その金は、国内だけでなく海外にも投資、運用され、さらにふくれあがって戻る仕組みだ。そのための投資顧問すら、暴力団は抱えている。  p28
*暴排条例のせいで、暴力団員が住居にできる建物が減っている。・・・・組員となれば、警察に住所を把握され、部屋を借りるのも商売を始めるのも困難になる。ゆえに盃をもらっていないカタギを装いながら、シノギに携わる者がでてきた。 p125
*古典的なシノギを捨て、新たな事業を始める暴力団が増えた。組員が一切表にでることなく、すべてを「嘘でかためて」、シノギに乗りだすのだ。・・・結局のところ、暴力団は資金だけをだし、実行犯はすべてカタギ、という犯罪が増える。いわば犯罪のアウトソーシングだ。 p126
*ヤクザなら、刑事は有無をいわさず締めあげる。が、カタギとなるとそうはいかない。 p126

 最後に、佐江と組む高神がまさに最終局面でこんなことを佐江に語るのだ。
 「この国の権力機構が、いかに暴力団と根幹のところでつながっているのかを、公安にいた頃、つぶさに見てきました」「・・・仮想的として、いかに暴力団を警察がうまく利用しているかということでした。暴力団を悪者にしておけば、いくらでも法や条例を、都合のいいようにねじ曲げることができる。極道は決して、不当だとか、人権侵害だとはいいませんからね。たとえいっても、マスコミもそんな声は拾わない。警察は、暴力団をなめていたんです」「・・・暴力団もまた、表面では取り締まられながら、地下で生きのびる手段をあみだしていた。そしてそれが将来、どれだけの禍根を残すか、官僚はまるでわかっていない」と。 p533-534
 
 この作品の根底にあるテーマは法治国家における法にとって実に重いものである。


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本作品と直接間接に関連する事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

組織的犯罪処罰法  :「新語時事用語辞典」
組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律  :「e-gov」
(平成十一年八月十八日法律第百三十六号)
暴力団員による不当な行為の防止等に関する法律  :「e-gov」
   (平成三年五月十五日法律第七十七号)
暴力団排除条例  :ウィキペディア

企業舎弟  :ウィキペディア
企業舎弟とは? 知り合いに聞いても説明下手で・・・・・  :「YAHOO!知恵袋」
企業舎弟  :「裏の裏は、表_に出せない!」

ビートたけしも感謝する?!「暴排条例」で暴力団・企業舎弟・密接交際者の海外逃避が始まっている  :「現代ビジネス」


この作品と直接の関係はないが、「組対法」という法律自体についての関連視点として:
日弁連は共謀罪に反対します  :「日本弁護士連合会」
組織犯罪対策法  :「逮捕令状問題を考える会」


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『大人のための 読書の全技術』 齋藤 孝  中経出版

2015-04-23 08:53:19 | レビュー
 著者の名前と顔は、新聞のコラム的な記事や出版広告、テレビ番組でのトークで多少は見聞しているが、著者の著書を読むのはこれが初めてである。「読書の技術」本には関心があり、ときどき目につくと読み進めてきている。本書を手にとったのは、タイトルに惹かれたからだ。

 著者の著書をアマゾンで調べて見ると、本書と直接関連しそうなタイトルの本が何冊か目に止まる。例えば、こんな本である。タイトルだけ記して見る。
『齋藤孝の速読塾』『読書力』『三色ボールペン情報活用術』『三色ボールペンで読む日本語』『声に出して読みたい日本語』『全方位読書案内』などである。
 本書のタイトル「読書の全技術」を読んだ感想から推測すると、たぶんここに列挙した類いの著書は、本書で読書技術として要点が述べられたもののいくつかを、さらに具体的に例を交えながら展開したものだろう。いずれまた、手にとってその内容を確認してみたい。つまり、本書は著者の活用している実践を踏まえた読書技術のエッセンス公開本と言えそうである。

 読書技術ノウハウの公開本には、速読の技術の説明並びに実践という視点からよく使われる手法がある。本文で説明する内容の中で強調したいエッセンスの文章を地の文よりも太字で表記し、そのキーセンテンスが浮き上がるようにするというもの。本書もこのテクニックが取り入れられている。極論すれば、本書の太字表記の箇所を読み進めるだけでも、著者の提唱する読書技術は理解でいると思う。まさに、本書を「速読」で通読できるというところ。

 本書の特徴は目次の形式にも現れている。章と章内の見出しが文章表現となっていることだ。
 読書ノウハウ本では速読力を高める為に、本の「はじめ」「おわりに」と共に、まず「目次」を良く読むことが推奨される。そこに著者の執筆意図や目的が明示され、その本の主張論点のかなりの部分が反映されているからだと。
 そういう意味では、この本が読書の全技術と称して説明していることの要点は、10ページにわたる目次としての文章でほぼ把握できる。勿論、部分的には本文を読むことで具体的なノウハウを知らなければ十全に理解できるとは言えないが、提唱ポイントはよく分かる。先達のノウハウ本と重ねれば、見だしだけでもほぼ意の通じるものもある。それはまあ、読書実践経験に共通する普遍的なノウハウ或いは読書の効用を異口同音にまとめて解説されているから、また、それは基礎的事項として触れておく必要があるからだろう。

 本書の構成をまず、紹介し、小見出しの例をサンプリングして併記してみよう。それにより、この目次の特徴がわかり、著者の提唱の一端をご理解いただけるだろう。面白そうであれば、まず書店でこの目次部分を開いて見るとよい。(括弧内は小見出しの幾つをサンプリングしたかの数字である。)

序章 社会人こそ、読書術が必要な理由  (3/7)
 ・読書で「意味の含有率」を増やせば、社会人に必要な思考力が飛躍的に高まる。
 ・読書を習慣にすることで、常に進化し続ける自分になれる
 ・読書によって、偉大な先人たちの思考をなぞることができる
第1章 読書のライフスタイルを確立する (5/13)
 ・時間が奪われる時代だからこそ、読書で垂直次元思考力を高めよう
 ・森のような脳内図書館を構築すれば、私たちの心はより豊かなものになっていく
 ・ハウツー本だけでは工夫力や思考力は鍛えられない。
  背中を後押ししてくれる本をみつけよう
 ・本を読むことで前頭葉をフル回転させ、イマジネーションの世界に遊ぼう
 ・本の中のすばらしい言葉に出会うことで人間関係能力を磨くことができるようになる第2章 読書の量を増やす -速読の全技術  (5/15)
 ・必要部分をピックアップすることで、速読力がグンとスピードアップする
 ・逆から読む「逆算読書法」で、あっという間に内容を要約する
 ・「二割読書法」でさらに速読力アップ!つかんだ概要を記憶しよう
 ・「サーチライト方式」で、キーワードを探しながら読もう
 ・「同時並行読書術」で、大量読書を実践する
第3章 読書の質を上げる -精読の全技術  (5/15)
 ・精読の基本は素読にあり!声に出して本を読もう
 ・各界で活躍している人々は、精読によって他人と差をつけている
 ・本そのものを読書ノートにする「三色ボールペン方式」
 ・「呼吸法」と「本の持ち歩き」で精読の技術をさらに高めよう
 ・ライブ感のある読書法を身につけると、知識が自分の血肉となっていく
第4章 読書の幅を広げる -本選びの全技術  (4/15)
 ・「芋蔓四季読書」で読書の幅を広げていこう
 ・応用できる力が内包された古典でコストパフォーマンスのいい読書を!
 ・図書館は良書と出会う絶好の場。図書館で買うべき本を見つけよう
 ・読書によって自分を成長させるには、やはりリアルな本が向いている
第5章 読書を武器にする -アウトプットの全技術  (5/19)
 ・アウトプットを意識した読書を心がけよう
 ・著者が渾身の力を込めて書いた者を読み、「一を知って十を知る力」をつける
 ・1分で相手の心をキャッチするキーワードを読書によって身につける
 ・幅広い読書で全体を見る目を養い、「システム・シンキング」を身につける
 ・読書によって「概念変換法」を身につけると、文化を変える新たな概念が手に入る
終章 社会人が読んでおくべき50冊リスト

 基盤であるが異口同音の部分は触れずに、著者が提唱する技術で、特に新鮮に感じたものを、私自身へのメモ作りを兼ね、いくつかご紹介しておきたい。新鮮に感じるのは、著者独自の技術表現法によるところも大きいように思う。

 著者は、読書の効用を「自分をデザインするやり方を先人に学ぶこと」なのだという。古今東西の偉人が残した本は、読書の大海であり、そこに「私淑」できる先人を発見し、読書により直接偉人の言葉に接することが思考力を鍛え、自分の人生をデザインするヒントが得られるのだという。本を読まずに、自分の頭だけですべてを考えようとすることは、「砂の城」を築くようなものだという。読書は思考力を鍛え、思考速度が早いと活字量が多くなり、会話において、一定時間に発せられる言葉に込める「意味の含有率」が高くなるのだという。読書により知性が磨かれることにより、ストレスに負けない精神力が身につくと断言する。著者は「精神力」に込められた技の局面を重視している。

 著者の表現は面白い。「森のような読書」が必要という。様々な分野の幅広い読書がベースとして大切だという。森には様々な植物が共存し、互いに有機的に関連して生命の集合体となっているように、偏らない読書が相互共鳴して本と本の間につながりが生まれ、その影響が役立つ点を強調する。それを促進するのが読書技術でもあると捉えることができる。森のような読書は、「自分自身の脳内図書館の構築」でもある。一般的な図書館は様々な分野の本が併存しているのだから。自分の頭の中に、500冊、1000冊分の情報が蓄積されると、それらにつながりができ、自分としてのネットワークができることが、心を豊かにし、武器になっていくのだとする。それ故、読書をライフスタイルに組み込むことが大事であり、脳内図書館とリンクする自分の本棚を身近に置くことから始めよという。
 著者は速読ができる前提は、まずバックグラウンドがどれだけあるかによると言っているのだと受け止めた。読書量が増え、知識が蓄積していれば、量を重ねることが質的な変化を起こす。理解力が上がり、読むスピードも上がるのだと。つまり、たくさん読みたい分野の本を集中的に読めば、その分野の基礎的な知識量が増加し、その先に読む本の8割以上のことが理解できているのだから、必然的に読むべきところがわかってくると。このあたりのことは、他書でも言われているが、そこを「二割読書法」と展開している解説がおもしろい。「そもそも本というのはIQで読むものではなく、知識で読むものです」と著者は断言する。
 その上で、速読力をつけるには、目を速く動かしていくという物理的な技術に加え、本を読む目的を設定し、あらかじめ目的に沿ったキーワードを決めて、そのキーワードをサーチライトで照らすように、必要な部分をピックアップしながら読むことを説く。それはセレクト技術であり、セレクトできるための知識ベースが必要ということにもなる。適切なキーワードが選ばれないとダメなのだから。ピックアップした箇所を集中的に読めということだ。さらに、「本を読み終える時間的締め切りを設定する」という強制的な負荷を課すことが、読書スピードを速くすることに繋がるという。まあ、このあたりのことは他書でも述べていることの再確認である。著者は、読書の目的と締め切りを一緒に設定して臨むことを提唱する。

 速読のための準備にもなる作業だが、おもしろいと思ったのは、「本をさばいて内容を把握」するという手法だ。著者は、本を買ったらすぐに喫茶店に入り、「本をさばけ」という。「ちょうど、獲れたばかりの新鮮な魚を天日干しにしておいしい開きにするために、さばくようなもの」、作業をすすめている。1冊の本を、20分ぐらいかけて、サッサッサッとページをめくりながら、その内容を人に話せるぐらいまで把握しておくことのススメである。その本に一目惚れしたテンションのまま、一気に中身を把握しておくという技だ。ここでいう中身とは、本全体のおおよその趣旨をつかむという作業を言っているようである。本をさばいて置くことが、後でその本を手に取り読み始める動機づけになるからでもある。喫茶店に入り、というのは場所と時間の制約を自らに課すためでもあるという。

 著者は精読の技術として「音読」を特に強調している。これが本書の特徴の一つでもある。「文章を本当に理解するには、どこで切るか、イントネーションをどうするかも重要な要素であり、意味のとりかたが読みの中に現れるからです」(p126)、「声に出してよむことにより、その言葉の意味が自分の内側に乗り移ってきます」(p128)音読してみて、ピンと来るか来ないかがその文章、「その本の価値を判定する、試金石の役割も果たしてくれるのです」(p136)と言う。
 
 著者のいう「三色ボールペン」を使うという意味が本書でわかった。読書技術として、読む内容の重要度を手軽な三色ボールペンの色を使い識別しながら、本を読むということなのだ。普通1色で行っている作業を3色に細分化するという視点がミソなのだ。
  赤 客観的に最重要な部分
  青 客観的に重要な部分
  緑 主観として大切な部分 :この部分を自分の中のおもしろセンサーとして重視
ただし、これは相対的なもので、精読のための梃子になる識別法としての提唱だ。

 もう一つ、著者は「引用ベストスリー方式」を心がけているという。本から好きな文章を人に話したり文を書くための材料として3つ選ぶという実践だ。それは、「自分が引用したくなる文章を探そうという意識」を喚起することで、「より重層的な速読力」が鍛えられていくからだという。セレクトした引用したい文を自分として配列し、その3つを選んだ自分の作品への関わり方を整理することが、本の精読に繋がるということである。
 「そもそも教養とうものは、引用力そのものであると考えています。極端なことを言えば、引用ができない人は教養がないといことです」と説く。意識的な読書のプロセスがあってこそ、引用できるのだから、そこにその人の知性が表れるということだろう。

 本書から数多くの示唆を得ることができる。上掲の目次と小見出しから興味が起これば、本書をまず手に取ることをお薦めする。そして、あなたなりにこの本をまず「さばく」と良いのではないか。

 「読書を武器とする」(第5章)で、上掲の小見出しに入れなかったものからひとつ、最後にご紹介しておこう。メモ書きするために、意識的に列挙しなかったともいえる。それは、「デザインシートをつくって、フォーマット思考法を身につけよう」という項目である。

 著者が「デザインシート」と呼ぶ、書く技術のためのフォーマットなのだが、これは頭の働かせ方、思考を深めるために役立つと思う。5W1Hの発想を応用したものとも言えるが、なるほど・・・と思うフォーマットである。7つの項目からなる。
 (1)対照 - 対象は誰なのか。
 (2)タイトル - テーマは何か。
 (3)狙い - 何のために行うのか。
 (4)テキスト(素材) - 材料は何か。
 (5)キーワード(キーコンセプト) - 中心となるコンセプトは何か。
 (6)段取り - 具体的にどうやって行うか。
 (7)仕込み(裏段取り) - 準備は何をするのか。

 著者は読書を意識的に継続し、「森のような読書」を蓄積する効用として、様々な能力が開発され、向上することをこの第5章で具体的に展開している。「コメント力」「質問力」「雑談力」「想像力→理解力→予測力→提案力」「システム・シンキング」力などである。さらに読書は新しい概念を学ぶ機会であり、その概念を自分の仕事の分野に応用する思考力を鍛錬していけば、自分に役立つ概念変換となり、新しい発想が生まれると説く。概念の変換、活用である。

 読書を武器にするために、読書術をブラッシュアップしようではないか。そして「自己イノベーション力」をつけていこう。

 ご一読ありがとうございます。

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『襲撃』  今野 敏  徳間文庫

2015-04-20 09:15:58 | レビュー
 この作品は、「私」として登場する美崎整体院を経営する整体師と警視庁捜査一課の部長刑事・赤城竜次を軸とする武道+ミステリー小説である。赤城はしつこい腰痛に悩であり、かつ強行犯事件に格闘技が絡むと、美崎に情報を投げかけて、美崎の意見を引き出し、更には事件解決のサポーターにしてしまうという刑事である。
 この作品は、赤城刑事が事件を持ち込むのではなく、冒頭から美崎自身に事件が起こる。有栖川宮記念公園に近い4階建てマンションの1階にある住居兼仕事場に美崎が戻ってきたとき、路上駐車していたバンから降りてきた4人の男に襲われるというシーンからストーリーが始まる。美崎は酒に酔って気が大きくなっていて、自宅の前でもあり、油断していたのだ。路地の角で「警察だ!」と誰かが叫んだことで、からくも危地を脱する。さもなければ、整体師にとって必需の手の甲あるいは手首あたりを特殊警棒で打ち砕かれるところだったのだ。
 なぜ、この襲撃を受けたのか? 「警察だ!」と誰が叫んでくれたのか? この叫んだ人物は犯人たちが車で逃げ去った後、現れることなく去ってしまったのである。
 この二つの謎が、このストーリーのトリガーとなる。この作品のタイトルは、美崎に対する「襲撃」に由来する。

 美崎の患者の一人に劉昌輝という腰痛持ちの常連がいる。ときには劉の家まで出張治療することがある患者である。その劉の紹介で、星野雄藏の治療を引き受けることになったのだ。星野はフルコンタクト系の篤心館(とくしんかん)という団体に所属する空手の選手である。長い間食らい続けたローキックにより、左の膝を傷めていて、腰に爆弾をかかえている状態だった。左の膝については、美崎自身のケースと同じで、傷めた原因も同じなのだ。
 篤心館の磐井隆館長はなかなかのやり手で、海外のいくつかの格闘技道場と提携し、NG1と名づけられた世界大会を開くまでになっている。NG1の大会には、星野雄藏も参加する予定なのだ。その試合までに、整形外科医がさじを投げ出したという星野の腰と膝をなんとかしてほしいという。紹介者の劉昌輝の手前もあり、大会までの専属トレーナーを引き受けざるを得なくなる。
 劉昌輝は横浜に本拠地を持つ中華レストランのオーナーだが、中国マフィアにも睨みを利かせる裏社会の大物でもある。美崎はあくまで劉を常連の患者として接しているだけの関係である。常連の一人、赤城刑事が整体院に現れて、昨夜新宿で劉昌輝の手下が一人殺されたと告げる。劉昌輝は新宿の歌舞伎町にもチェーン店を持っているのだ。そして、美崎が襲撃されたのは美崎が劉昌輝の身内と間違われたからかもしれないと言う。美崎には判断がつかないのだが、赤城の推測が的外れとも思えないのだ。

 星野雄藏には、中島恒彦という専属トレーナーが付いている。だが、館長からは星野の腰と膝の治療に関しての治療の専属トレーナーとなることを依頼され、中島の自尊心が傷ついているかもしれないのだ。星野の稽古場に出張治療に行き、治療にかかる前に、中島の携帯電話が着信し、中島の電話応対から、中島が借金を抱えてることを耳にする。
 中島が星野の膝の問題を知りながら、膝に負担をかけるトレーニングメニューを課したことから、中島と美崎の意見が対立する。そして、美崎は大会まで星野の膝に絡まりトレーニングの責任を持たざるをえない立場になっていく。

 篤心館本部は横浜桜木町から歩いて20分ほどのところにある。星野への出張治療を終え、午後9時すぎに桜木町駅に向かう途中、再び黒い目出し帽で顔を隠した5人の男たちに襲撃されるのだ。サバイバルナイフを使い、攻撃を仕掛けてくる。美崎は傷を負いながらも何とか、襲撃者を退散させることができたのだが、自ら119番に電話する羽目になる。

 一方、美崎整体院の常連の一人である女子大生で新体操選手の笹本有里がストーカー行為に遭っているという話を美崎が聞くことになり、美崎はその対応に関与することになる。しかし、それは笹本有里が美崎が襲撃されている問題に関わる事象に巻き込まれていく手始めでもあった。また、患者の雨宮由希子が治療のために整体院に来る途中、美崎を見張っているそぶりの男を目撃したという。その話を赤城刑事が知り、彼が調べたところその男は能代春彦だという。美崎は赤城から電話で名前を聞き、衝撃を受けるのだ。その名前は美崎の心に刻まれた苦しい思い出に直結するからだった。
 美崎は、雨宮由希子の会社を介して電話の秘書サービスを受けているが、その電話に伝言メッセージが入る。すぐにすべての治療を止めろ、でないと、また痛い目にあうことになるというものだった。

 星野雄藏に対する出張治療が続き、また能代と直接話す機会ができたことなど、様々な状況が重なるににつれ、美崎には星野が参加するNG1という世界大会の裏の構造が見え始めてくるのだ。そして、美崎が繰り返し襲撃される理由も・・・・・。

 美崎の治療と助言により膝の傷みを克服し、トレーニングに励み世界大会での優勝を純粋に目標とする星野雄藏。その姿に、美崎は己の若き日のなしえなかった空手の選手としての夢を重ねていく。治療とトレーニングというプロセスが描かれて行く。さらに、星野は己の技の中に、美崎の古武道の技を組み込もうとし始める。この経緯が興味深い読み物の一部になっている。
 さらに、格闘技の一つである空手の大会が、どんな風に利用される陰の構造があるかという側面が生々しく描かれて行く。その局面があることにより、このストーリーが成り立っているともいえる。
 事実は小説よりも奇なりとよくいわれる。現実の様々なスポーツの大会の背後に、同種の構造が潜んでいるのかもしれない。

 最後に、「渋谷署強行犯係」のシリーズでは、腰痛の持病持ちである辰巳吾郎刑事が、整体院の院長である竜門光一を事件に引っ張り出す。こちらの竜門光一は武道の技を発揮して、結果的に辰巳刑事に協力し、事件を解決に導く。
 このシリーズと対比すると、整体師・美崎は竜門と類似の背景を持ちながら、事件に巻き込まれ、満身創痍になりながら事件を解決していく主人公になる。同じ整体師を登場させながら、ストーリー展開とキャラクターがかなり違う作品が生み出されていておもしろい。
 改題出版された「渋谷署強行犯係」シリーズの初出は1992~1993年だった。本書は文庫本として書き下ろされたもので初版は2000年10月である。この時間の隔たりが、整体師のキャラクターを大きく変える発想の根底にあるのかもしれない。


 ご一読ありがとうございます。

 付記 文庫本の初版でみるかぎり、p54の5行目に誤植がある。
    「星野」であるはずのところが「中島」になっている。ちょっと残念。

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本書に関連する語句をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

有栖川宮記念公園とは  :「有栖川宮記念公園」
特殊警棒  :「BODY-GUARD」
【特殊警棒】の人気Q&Aランキング  :「教えて!GOO」
四海幇  :ウィキペディア
竹聯幇  :ウィキペディア
三合会  :ウィキペディア
ロシアン・マフィア  :ウィキペディア
The rise and rise of the Russian mafia  1998.11.21 :「BBC NEWS」

整体師資格
整体  :ウィキペディア
日本整体師連盟 ホームページ
日本柔道整復師会 ホームページ
空手の歴史  :「空手道剛柔流昇英会」

ネオナチ  :ウィキペディア
極左とネオナチを選んだギリシャの窮状 2015.1.27 :「NEWS WEEK」
Neo-Nazism  :「Holocaust」
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トヨタランドクルーザー  :「TOTOTA」
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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
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『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)


『アキハバラ』  今野 敏  中公文庫

2015-04-17 10:15:11 | レビュー
 1999年4月に中央公論新社から単行本が出版され、文庫本となったのは2004年2月である。単行本で読んだが、文庫本の表紙を引用させていただいた。
 アキハバラでマスメディアを騒然とさせる事件が起きたのは2008年6月の「秋葉原通り魔事件」だろう。秋葉原でのそれ以前の大きな事件というのは知らない。電気街の常として日常茶飯事に万引き行為が連綿として続いているだろうとは想像する。
 この作品は、様々な誤解や行き違いというハプニング要素のが錯綜し、誤解が誤解を生み、雪だるま式に拡大しながら、とんでもない事件に発展していくというストーリーである。
・秋葉原の電子機器パーツ専門店での万引き行為誤解を生み出す六郷史郎
 彼は、私立大学の理工学部に何とか合格、夢の秋葉原での初ショッピングに緊張。
・万引き少年をつかまえたが親から逆ねじをくわされ、その気晴らしがしたい石館洋一
 彼は、大学中退でアルバイトの店員。その専門店に史郎入り商品を物色するのが発端
・キャンペーンガールのアルバイト仕事にウンザリしている仲田芳恵
 史郎はキャンペーンでの会話から田舎オタクと侮られ後にストーカーと誤解される。
 一方、洋一はこの芳恵にちょっと関心を抱いている。いいところを見せたい気分。
・武闘派ヤクザで小さな組の組長・菅井田三郎は洋一の勤める専門店を狙っている。
 店主が借金をしているのをネタに、地上げのために嫌がらせで店に出入りする。
 だが、恐れながらも、店主と洋一は依頼主に気づいているので屈しない。
 菅井田の短気さ、武闘派ヤクザのプライド、誤解の積み重なりが油に火を注ぐ。
・秋葉原好きでイラン航空スチュワーデスのファティマが専門店での騒動の起動原因。
 イスラエルの諜報員の尾行を知り、それをまくために菅井田を利用したのだ。
 専門店で万引き誤解を受けた史郎がヤクザ怖さもありその場を逃走し一因を追加。
・イスラエルの諜報員でファティマを尾行するのがアブラハム・ベーリ少佐。
 彼はファティマの戦術に引っかかり、菅井田に向けて発砲することになり、大騒動。
 名誉挽回を計るために、まかれたファティマの後をさらに追跡することになる。
・ロシアのマフィアであるチェルニコフは白昼に大型家電店からの家電品強盗を計画。
 北朝鮮軍情報部の為に働く李源一を手引きにした偽装爆破通告による強盗のつもり。
 無防備な日本の大型家電店で容易に進むとい想定が、誤解の累積で思わぬ展開になる。
 さて、この作品の面白いのは波紋が広がるように、誤解が誤解を生み拡大していき、全く無関係の事象の想定が誤解により結びつき、大変な事態になるその経緯展開のおもしろさにある。一種の荒唐無稽さがなんだか自然な流れにも感じられるのだから、ひととき楽しむエンタテインメントとしては楽しい読み物である。
 この作品の構想で面白いのは、作品の前半ではほとんど警察が絡んでいないストーリー展開である。大型家電店に爆発予告が入り、大変な事態が発生したところで、やっと碓氷弘一部長刑事が登場する。
 つまり、読み始めた段階では、なぜこの作品が碓氷弘一シリーズなのか全くわからない状態なのだ。前半は誤解の連鎖が生み出す極限への状況設定といえる。ここには、この筋どう展開するのかという楽しみがある。
 そして、家電製品強盗計画と虚仮にされたヤクザの報復行動という異次元のものが、誤解により交点が生み出される。大型家電店内の様子がわからない・・・・。そこでハッカーが秋葉原の主のようなオヤジから頼まれて碓氷に協力する羽目になる。このあたり、一般家電から電子機器製品・パーツ販売に業容拡大・変貌してきた姿を巧みに組み合わせていくところがおもしろい。
 後半は、「実績は認める。だが、君は部長刑事に過ぎん。そして、役割はS班との連絡係だったはずだ。ここの指揮を取るのは私だ。出過ぎた真似はやめたまえ」と管理官から命じられる。
 碓氷 「ただ、私は特捜扱いなので、好きに行動させてもらいますよ」
 管理官「私の邪魔をせんのなら、何をしてもいいさ」
このやりとりから、碓氷の独自行動が始まっていく。その碓氷に協力者が出現する。それは誰か? 後は本書で確かめてほしい。後半のメインテーマは、人質の救出ととんでもない事態の鎮圧である。そのストーリー展開がよませどころである。


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ようこそ秋葉原へ! ホームページ :「秋葉原電気街振興会」
   秋葉原の歴史
秋葉原 - 秋葉原の歴史   :「ニコニコ大百科(仮)」
秋葉原通り魔事件  :ウィキペディア
万引き統計  少年犯罪統計データ(警察庁の統計による。)
万引きに関する調査研究報告書  平成21年8月  「万引きをしない・させない」社会環境づくりと規範意識の醸成に関する調査研究委員会
1回の万引きの補填には6倍の売上が必要? 深刻な万引き事情 :「防犯泥棒大百科」
全国万引犯罪防止機構  ホームページ
ウィリアム・ギブスン  :ウィキペディア
ニューロマンサー  :ウィキペディア


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『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
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『パラレル』  今野 敏  中公文庫

2015-04-15 10:09:51 | レビュー
 2004年2月に中央公論新社から刊行されたこの作品は、2006年5月に中公文庫として出版されている。
 本書の特色をキーワード的に言えば「複合、統合」ということになる。
 まず、この作品において、警察小説に超常現象の一つであるサイキック現象が複合されている点だ。
 この作品は次々に起こる殺人事件を扱う刑事ものである。捜査本部体制の下で、地道な捜査活動をし、事実・証拠に基づく分析と論理の構築により、合理的推論を累積して事件解決をはかるという謎解きのストーリー展開を楽しむところにある。その事件解明に超常現象の一つであるサイキック現象(霊能力、超能力)が捜査活動の中に複合されていく。著者の警察ものにはみられない試みの作品である。

 2つめは主な登場人物を眺めてみると、著者のいくつかの作品群の主人公がこの作品に登場し複合的な組み合わせとなり、事件解明のストーリー展開の中で統合されていく点である。
 では何が複合されているのか? 著者の作品群を網羅的にすべてのジャンルを読んだわけではないので、一部推論を交えることになるが、大きく的を外すことはないだろう。
 著者の作品群には、警視庁刑事部捜査1課の部長刑事である碓氷弘一を主人公にするシリーズがある。この『パラレル』は碓氷弘一シリーズの1冊という位置づけだと思って読み始めた。
 ここに捜査1課では班が違うが同じ階級・部長刑事である赤城竜次が登場する。赤城は元麻布で整体院を営む美崎照人との組み合わせで登場する刑事だ。美崎は武道の達人でもある。たとえば、『パラレル』と相前後して読んだ『襲撃』(徳間文庫)は赤城と美崎を主な登場人物として描かれた作品だった。
 ここで独立した作品の主役刑事が複合されている。
 一方、「今野敏の作品リスト」を見ると、祓師・鬼龍光一を主人公にしたシリーズがある。鬼龍光一は「亡者」を祓う「鬼道衆」と呼ばれるお祓い師である。鬼龍シリーズは未読なので、推測の域を出ないが、この鬼龍に安倍孝景という「外道」を祓う「奥州勢」と呼ばれるお祓い師がセットで登場しているのだろう。
 つまり、碓氷・赤城という刑事の複合に、整体師の美崎がセットとして加わった上に、サイキック現象を扱う鬼龍・安倍が複合されるのだ。
 それだけでは、既知のメンバーの複合にとどまる。そこにさらにもう一ひねりの複合化が行われている。それが、神奈川県立南浜高校の生徒・賀茂晶が加わる。それがなんと、「役小角」の霊が憑依した状態の高校生として加わるのである。役小角の登場には当然眷族がいる。それが南浜高校の教諭・水越陽子と同級生の赤岩猛雄である。この3人に関わる独立した作品があるのかどうか・・・・私には不詳だ。この赤岩は神奈川最大の暴走族「相州連合」元ヘッドであり、水越は相州連合初代総長の彼女だったことがあり、ただの教師とはひと味違う。
 これだけの役者が揃えば、ストーリーがおもしろくならないはずがない。

 最初の事件は、横浜市緑区の路上で、3人の少年が死亡していた事件。車で通りかかった36歳の会社員が通報したことから始まる。事件現場の傍には女性が一人いて、レイプされたようなのだ。被害者が少年だったことから、刑事部扱いの事件に、被害者と面識があった高尾巡査部長並びに高尾とコンビを組む丸木巡査が捜査本部に組み込まれていく。この二人は、神奈川県警生活安全部少年課に勤務するのだ。ここでも「複合」が起こる。
 勿論、高尾は水越と赤岩については熟知している。

 一方、東京の西袋1丁目、東京芸術劇場裏で未成年と思われる3人が殺されるという事件が発生する。当番だった碓氷刑事が呼び出されて事件現場に行くと、班が違い当番ではない赤城刑事が居たのだ。警視庁に泊まり込んでいたことと、2日前に横浜で類似の事案があったことから、興味を持ち現場を見分しにきたという。
 類似点は、殺された悪ガキの人数がいずれも3人。刃物で刺されたわけじゃなく、ひどく殴られた訳でもない。目立った傷を残さずに殺すことは可能なのか? そのヒントを得るために、赤城は腰痛に悩み整体治療を受けに通っている美崎に質問を投げかける。必然的に、美崎が事件の解明に巻き込まれていくのだ。

 さらに、甲州街道沿いに立つコンビニの駐車場で、またもや3人の少年の変死体が発見され通報されてくる。このコンビニでアルバイトをしている新島卓郎が発見して、警察に通報したのだ。この日の当番は赤城だった。

 これらの事件は「手口が同じ。被害者は非行少年」ということで、連続殺人事件という可能性が出てくる。この3件目のコンビニ駐車場での殺人事件においては、その駐車場の奥に、白い詰め襟のスーツを着、髪は銀色で若い男だが不気味な男を新島が目撃しており、警察にそのことも通報していたので、犯人の一人の可能性として緊急逮捕で身柄を確保されていたのだ。後ほど、その男が安倍孝景だと判明するのだが・・・・。

 東京での事件には、警視庁生活安全部少年犯罪課勤務の富野巡査部長が関わって行く。彼は担当する事件で、鬼龍光一と面識があり、お祓い師鬼龍の超常能力に助けられる経験を持っていたのだ。安倍孝景が身柄確保されたことから、その誤解を解く関係からも鬼龍が富野を介してこの事件に関わっていくことになる。鬼龍と安倍はそれぞれ単独の立場から、これらの事件の背景に「亡者」あるいは「外道」の「陰の気」を感じ、祓い師の役割を果たそうと行動を始めていたのだ。

 結果的に東京都と神奈川県との合同捜査本部が立ち上がっていく。
 その状況下で、役小角が憑依した賀茂少年が、レイプされて病院に入院している少女に面会したいと高尾巡査部長を訪ねていく。そして、それが一つの動きを生み出していく。さらに、水越、赤岩を介して、暴走族の相州連合の一員であるルイード親衛隊が動き出す。犯人を誘き出す役割を担ったのだ。その動きがもう一つの事件捜査の打開の動きに結びついて行く。

 一方で、碓氷、赤城は、連続して発生した非行少年たちの死亡原因の究明に美崎の協力を遂に得ることができるようになっていく。そして、美崎を介して吉谷浩二郎という整体師であり、美作竹上流の師範だという柔術家と会うことになる。ここにもまた、事件解明への一歩が加わっていく。

 サイキック現象を梃子にしたアプローチと現実の非行少年たちの死因からの犯人の絞り込みアプローチが統合されていくというストーリー展開が、なかなかおもしろいものになっている。
 この小説のタイトルである「パラレル」という言葉が、最後にキーワードとなり思わぬ展開になるところが、なかなか巧妙な構想である。その意味はストーリーを読み進むと明らかになっていく。
 奇想天外な流れがストーリーに加わっているところが、エンターテインメントとしてはおもしろい。お楽しみに!

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本書に出てくる語句関連から関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

少年法  :ウィキペディア
少年法等の一部を改正する法律の概要  :「法務省」
少年法 (昭和二十三年七月十五日法律第百六十八号)
「その場のノリ」で殺人・・・厳罰化が進む少年法、そもそも必要? :「NAVERまとめ」

超常現象 :ウィキペディア
鬼道   :ウィキペディア
古代編  :「ティータイムは歴史話で」
出雲の国譲りとは  :「古代文明の世界へようこそ」
長髄彦  :ウィキペディア
饒速日命(ニギハヤヒノミコト)の墳墓と長髄彦(ナガスネヒコ)の本拠を訪ねる
アビヒコ・ナガスネヒコによる筑紫から津軽への稲の伝播

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『軌跡』 角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)

『軌跡』 今野 敏  角川文庫

2015-04-12 10:25:43 | レビュー
 これは1981年から2013年にかけて各誌に発表された短編を集めた作品集である。現在『奏者水滸伝 阿羅漢終結』(講談社文庫)と改題して発刊されている『ジャズ水滸伝』が出版されたのが1982年2月である。「今野 敏の作品リスト」の最初にこの出版が載っている。つまり、本書は著者が手がけてきた作品のジャンルを示すような短編集となっている。収録作品のタイトルに本書のタイトルのものがないので、ある意味で著者の取り組みの「軌跡」を表象するメルクマールの一つと言えるかもしれない。

 本書には短編6作品が収録されている。著者の小説家の軌跡をみつめる意味で、本書の収録順ではなく、作品の初出順に並べなおして、簡単に作品の印象記をまとめてみる。参考に初出年月を記しておきたい。

< 飛鳥の拳 > 1981年3月  日本古来の拳法をテーマとした作品
 『月刊レコード・ヅァン』の新人紹介欄や新譜のコーナーを担当するライターの里村が主人公である。里村は、編集者倉内にエネルギッシュなパワーが売り物の新人ロック・バンドのマネージャー、大久保に引き合わされる。ロック・バンド、ショウ・アンド・クラッシュのリーダー、滝沢昇のインタビュー記事を書く仕事の話である。倉内の出版社が別に出している空手・拳法のスポーツ誌『拳』が日本古来の拳法を取材に行く計画があり、その時に、滝沢昇を取材に参加させ、ロック・バンドのリーダーであるショウと日本古来の拳法との組み合わせでのインタビュー記事により、ショウとクラッシュのパワーの秘密を引気出そうというアイデアなのだ。
 ショウは空手の黒帯を持っているという。里村自身も昔、少林寺拳法をやっていた経験があるのだ。
 この作品は、日本古来の拳法を実見するために、河内平野にある河内飛鳥、二上山の近くに出かけるというストーリー展開である。その拳法とは、蘇我氏の拳法だという。
 蘇我氏の拳法というふれこみには、オチがついているのだが、著者の武術についての研究、蘊蓄を盛り込むという関心が作家人生のスタートラインにあったのだ。このジャンルの関心が脈々と様々な作品に連なっているのである。
 「柏原市」について、「かしはら」とルビがふられている。大阪の「柏原市」のホームページを見ると「かしわら」と読むそうだ。奈良にある「橿原市」は「かしはら」であるのだが・・・。読者は誤解のないようにしてください。
 この作品の舞台となる「上ノ太子駅」は羽曳野市にあり、二上山や聖徳太子御廟所などは太子町にある。それらと奈良の明日香をつなぐのが竹ノ内街道なのだ。これは余談。
 
< 生還者 >  1981年8月  宇宙空間を舞台とするSF作品
 作者のこのジャンルの作品は、本書でこの「生還者」を読んだのが初めてだ。著者作品リストを見るかぎり、『宇宙海兵隊』というシリーズに発展しているスタートラインなのだろう。
 主人公はかつては優れた空間海軍の航海士であり、「時を超えし英雄に贈る」という文字が彫られ、盾にはめ込まれた金メダルを贈られたロッドとその息子カーチスの父子関係をテーマとした作品である。
 ロッドは、第13コロニーで建造された恒星間三次元航法用の実用船・ポセイドンⅠ号の航海士としてテスト航行、準高速の旅に出る。ほんのささいな事故で勝手に航路が変わり宇宙空間の無限の淵に消え去ったのだが、生還したのである。
 時空間が生み出した不思議な事態がテーマとなった小品。警察もの、武術・格闘技ものを読み進めてきた私には、著者の別の顔を見る思いである。こんなジャンルも手がけていたとは・・・・。新鮮な感じで古い作品を読んだ。

< タマシダ > 1983年9月   植物と語り、夢を見る男をテーマとした作品
 わずか17ページというショート・ショートな作品。独り暮らしのわびしさから花屋のオヤジに勧められて鉢植えのタマシダを買って、タマシダにジョンという名前をつけて世話している男の物語。その男が、夢で見た話を会社で、技術畑の同期に語る。そこからおもしろい展開に・・・・。これも人間心理を扱った一種のSFショートである。
 アイデアを思いつき、著者が一気に書き上げた作品のような気がする。

< オフ・ショア > 1992年6月  スキューバ・ダイビングと絡めた作品
 これは一種のスポーツをテーマとし、そこに人間の心理、自己省察を絡ませていった作品。僕という文筆業の主人公が、歯医者にふられて徹底的にうちのめされる。その僕がスキューバ・ダイビングに出かけるのだ。己を癒やすための行動である。
 この短編は、最後がこんな文で締めくくられる。
 「思い出す時間と忘れる時間。その両方が必要なのだ。」

< 老婆心 >  2005年12月 殺人事件を扱い、心理調査官が登場する警察小説。
 目署管内の私鉄のガードと伊勢中商店街のビルの壁に挟まれた細長い公園で死体が発見される。その日当番だった警視庁捜査一課第五係の大島巡査部長は湯島巡査と現場に出かける。大島刑事は40歳のベテラン、湯島刑事は所轄の刑事を経験して本庁にきたばかりの32歳の新人である。捜査本部ができ、大島・湯島は当然捜査に組み込まれる。被害者を代用検視するのが谷検死官であり、警察庁から研修で警視庁に出向してきている島崎優子心理調査官が加わってくる。谷が島崎の研修を担当しているからなのだ。
 被害者はラップ・ミュージシャンを真似た服装であり、遺留品に、日本のアーチストでヒップホップ系のCDがあった。
 捜査本部が立った翌日、大島が自宅に帰れないことを妻に電話連絡すると、故郷にいる大島の母が倒れたという知らせをうける。捜査本部を抜けられない大島は、捜査に集中できなくなる。そんな大島に谷が島崎を捜査に同行させ、面倒をみてやってほしいと頼まれるのだ。その島崎もまた、家族同然にしている猫が死にそうな状態であることに心を奪われていたのである。湯島は風邪をひいたらしくて浮かない顔をしている。それぞれが私的な悩みを抱えながら、捜査活動が進んで行く。
 この作品のタイトルが「老婆心」とあるのは、大島が本来の意味での老婆心を持った刑事だと評価し、研修中の島崎心理調査官を預けたのだというところから来ている。この老婆心という言葉は、道元禅師が弟子に「老婆心が足りない」とよく叱ってなさったところから来ているのだそうである。谷検死官は大島刑事にその意味を説明する。そして言う。「事件もさ、老婆心を忘れなければきっと本筋が見えてくるぜ」と。
 ちょっとおもしろい設定の作品である。

< チャンナン > 2013年2月  空手をテーマとした作品
 主人公の設定が興味深い。小説家が本職である「俺」は自宅の地下に空手道場を設けて、空手の指導をしているのだ。海外にも空手道場の支部を持つくらいになっている。その俺が、準備運動から始まる稽古のプロセスを語り、空手の変遷を語る。稽古後の道場生との飲み会で、「チャンナン」と呼ばれた型に話が及ぶ。
 深酒をしてしまい、なんとか自宅まで戻り、ベッドにもぐり込んだが、意識が途絶えてしまう。そして、目を覚ますと浜辺に寝そべっていたのだ。沖縄の砂浜に居る自分を発見する。チャンナンの世界に入っていく事になる。
 つまり、空手の蘊蓄語りの後に、奇妙な展開に引き込んでいくおもしろさのある作品となっている。
 著者と二重写しに感じさせるところも興味深い。

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本書に出てくる用語で知らないものや気になるものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。

グラフィティ  :ウィキペディア
Graffiti tribute to Pratchett in London's East End  :「ロイター」
  動画が見られます。
タギング  :ウィキペディア
taggingの画像検索結果
ヒップホップ系

古武道荒木流拳法 公式Webサイト
荒木流拳法 :「日本古武道協会」
第17回 西日本古武道大会 荒木流拳法  :YouTube
神道揚心流柔術  :「和道流」
揚心流  :ウィキペディア
揚心古流 :ウィキペディア
高木揚心流柔体術 TAKAGI YOSHINRYU JYUTAI-JUTSU  :YouTube
中国の「角力」と日本の「相撲」を見る  北京外国語大学日本語学部主任 汪玉林氏
シュアイジャオ  :ウィキペディア

スクーバダイビング  :ウィキペディア
Scuba set  From Wikipedia, the free encyclopedia
Timeline of diving technology  From Wikipedia, the free encyclopedia
Horace Silver Quintet - Song For My Father  :YouTube

拳聖喜屋武朝徳とは  :「沖縄空手少林寺流 斯道の館」
糸洲安恒 空手の創始者  :「正統唐手成徳会」
糸洲安恒先生遺稿[糸洲十訓(唐手心得十ヶ條)]
船越義珍先生〔1868年~1957年〕  :「日本空手道松濤會」
船腰義珍の実力  長谷川光政氏  :「武術空手研究帳」
沖縄伝統空手総合案内ビューロー  ホームページ
  流派の紹介  
屋部憲通  :ウィキペディア
本部朝基  :ウィキペディア
武士・本部朝基翁に「実戦談」を聴く!  :「本部流」
聖現寺  本朝寺塔記  :「かげまるくん行状集記」

ニライ・カナイ   :「沖縄の信仰」

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)

「『ブルーベリー作戦成功す』」  池上敏也  幻冬舎メディア・コンサルティング

2015-04-09 10:31:03 | レビュー
 この作品の異色なところは、特許侵害訴訟という現代ビジネスにおいて場合によれば企業の存亡をも賭ける事象をテーマに据えて、ミステリー小説に仕立て上げていることだ。新聞で出版広告を見て、タイトル自体に二重カギ括弧が付いているおもしろさと、広告文に興味を抱き、この広告で初めて知った著者作品を読んでみる気になった。

 「あとがき」で著者自身がこのミステリーを書いた動機を述べているので要点をご紹介する。
 1)読者を最後の最後で完璧に納得させられる結末の意外性(どんでん返し)の創造
 2)製薬会社勤務20年、開業弁理士20年の人生で、企業間の特許訴訟という闘争の経験を題材にして、今まで無かったサスペンスの創造
 つまり『日本初の本格特許ミステリー』の創造という動機であり、「特許小説」とも呼ぶべきジャンルの開拓である。

 「プロローグ」は、冒頭から特許侵害案件に係る「警告書」「回答書」の書留内容証明郵便物として発信された文面内容がぶつけられてくる。この種の文面は、特許関連業務に携わる専門家と企業で特許部署に関連する人々と以外には、目にする機会のないものである。特許とは縁遠い分野の仕事しか知らない私には、のっけから面食らう始まり。ちょっとしたカルチャーショックである。抽象的でビジネスライクに必要十分な最小要件を簡潔に記した、警告書と回答書は、まさに企業存亡を賭けた特許戦争の戦線布告である。かなりユニークなスタート。製薬会社における特許訴訟問題が取り上げられている。

 青野薬品工業は主力製品として抗生物質セファムストールを商品名『セファドチン』で販売している。この商品がドイツに本社があるバンハイム社の特許を侵害しているので訴えるというのが事の発端なのだ。販売即時停止の警告である。青野薬品工業はこの主力製品の販売を停止すること自体が企業存続を危機に追いやることになる。また、特許訴訟を裁判に持ち込み法廷闘争をして敗れれば、この商品発売以来の特許に関わるバンハイム社の逸失利益について賠償請求されることになる。特許訴訟に敗れることは、青野薬品工業が破綻するという事態になる。青野薬品工業にとって、まさに戦争であり、生死に関わることなのである。

 この警告が単純でないのは、バンハイム社が「セファムストール」に関して特許出願して、その内容が出願公開された段階で、青野薬品工業がその出願に対し、異論を申し出て「情報提供」していた結果、特許庁審査官がバンハイム社の出願を認められないと拒絶したのだ。それを不服として、バンハイム社は『不服審判』を請求し、かならず特許にするつもりであり、できると判断している。それを前提で、バンハイム社から青野薬品工業に警告書が発せられたのだ。
 バンハイム社が不服審判を請求して、結果的に特許が認められれば、青野薬品工業のできることは何か? 特許が無効だと訴える『無効審判』の手続きである。一旦、審査官により審査を経て特許が認定されていれば、それを無効にするのは至難の業である。それを可能にするのは、物的証拠を見つけることのようだ。その特許に対し、『プライヤー・アート』(既存発明、先行技術)という公知になった証拠があれば、無効だと論証できるのである。青野薬品工業からすれば、このプライヤー・アートを見つけ出すことが最大の戦略となる。
 そして、このミステリーが始まって行く。

 特許侵害訴訟の問題が社内に知れ渡れば、社内に動揺が起こり、社外への影響は企業評価を含め当然甚大になる。そこで、この特許訴訟は極秘事項として展開されていく。
 青野薬品工業の主な人物は、専務取締役研究開発部長・斉藤治彦、研究開発本部知的財産部長・関根光弘、斉藤の指名を受けた研究開発本部付課長・藤城誠及び研究開発本部・推進部の松原奈緒美である。特許問題の会議にはそこに顧問弁護士と同弁理士が加わるのは勿論であある。

 第1章で『セファドチン』の位置づけとその特許内容、特許訴訟の影響の重大性が明らかにされる。そして、藤城は斉藤専務に呼び出され、ドイツ在住の鷲(アードラー)と名乗る者からバンハイム社の特許を無効にするための必要な情報を提供するというオファーを受けたことを知らされる。アードラーは、日本に居る鳩(タウベ)を仲介にして接触してきたのだ。
 斉藤はアードラーの要求を受け入れ、接触するための極秘の窓口となるように、藤城に命令する。取引に応じるなら、まず500万円を指定口座に振り込めという文面の受信。藤城はその金額の振り込み処理から関わっていくことになる。

 第2章はタウベから情報提供のための金額をユーロ紙幣で本社前の郵便局から小包(ゆうパック)で指定場所に送れというメールが届く。この指定場所を斉藤の指示で調べ、斉藤とともに藤城が対応行動を始めたことが、タウベの死という思わぬ事態に発展していく。
 そして、藤城はドイツのアードラーとの直接接触の道を探る立場に立たされていくのである。アードラーとの直接接触とプライヤー・アートの発見という密命を帯びる。そのために、藤城は依願退職の形をとり、斉藤の指示を受け、藤城独自の才覚と判断で行動していかざるを得なくなる。それを斉藤は「ブルーベリー作戦」というコードネームで呼ぶことにしたのだ。第3章は、「ブルーベリー作戦」の第一段階が展開される。

 第4章以降は、藤城の自己判断による独自行動の展開となっていく。バンハイム社のあるドイツ、つまり敵地に乗り込んでいく。そして、バンハイム社と今も関係を持っていると推測するアードラーとの接触を試みる。そのプロセスで、藤城はバンハイム社の特許部門内部の確執についての情報も少しずつ得ていく。その一方で、アムステルダム、パリとプライヤー・アートの存在の有無調査を独自に行っていく。
 その年の10月2日にロンドンで開催される国際特許会議が、アードラーとの接触の山場に想定されるようになっていく。

 『ブルーベリー作戦成功す』
 どういう形で、成功することになったのか。そこにあったどんでん返しは何か。
「非のうちどころのない計画」がどういうものだったか、その展開プロセスをお楽しみいただくとよい。

 ただ、一点、少し気になることが残る。それは藤城と斉藤は、JR大阪駅に近いあるビルにある私設私書箱がゆうパックの送付先であることを確認し、そこにタウベがそのゆうパックを受け取りに現れる機会を張り込むのだが、そこでタウベの死という事態に遭遇する。タウベが非常階段から落下するのだ。その落下を目撃した藤城は斉藤の指示を受け、110番に連絡をとる。斉藤と斉藤は、大阪府警曾根署のパトロール巡査や刑事に、タウベの件は極秘にして、転落した時の事情をありのままに説明するという展開になる。結果的に事故死として処理されるストーリー展開となる。しかし、刑事の事情聴取後の捜査活動が、遺体が検屍解剖に付されたとしても、すんなりと事故死処理でスムーズに結論づけられるように進むものかどうか・・・・そこが気になる局面である。
 事故処理で終わるかどうか、それがこのストーリー展開では重要な展開上のファクターになり得ると思うからである。この点も、本書を読み、ご判断願いたい。

 特許訴訟、特許戦争といわれる特許係争の流れと手続きなどの雰囲気は十分味わえる。製薬会社の扱う特許事例として、専門用語なども出てくるが、ミステリーをエンジョイする上では、その専門的局面はあまり気にしなくても、つまり字面を追うだけで読み進めても、支障なくストーリー展開を理解でき、引き込まれてく展開になっている。ストーリー上からは、専門的な用語を使った会話や地の文は、特許というフレイバーづくりと受け止めても支障のない展開である。つまり、プロローグの硬い出だしを恐れないでまずは読み進めていただくとよい。特許訴訟というテーマでこんなミステリー作品が創作できるとは、ちょっとおどろきである。

 最後に、「あとがき」にある著者の一文を引用しておく。
「製薬業界や特許訴訟の専門家としての体験をそのまま綴ってしまっては面白さを欠いたものになるのではないかとの思いがあって、著者はこの作品では製薬業界や特許訴訟における事実関係に、許容範囲内と信じる多くのデフォルメ(変形)を施し、また後半部ではミステリーに徹したストーリーテリング(語り継ぎ)を行って、本格ミステリーとしての質の昂揚に意をもちいました。」

 これが成功しているかどうか、この作品をあなたも読まれて、評価してみてほしい。
 
 ご一読ありがとうございます。

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本作品を読んで、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

特許権 :「知的財産用語辞典」
特許を取るには?  :「特許庁」
日本弁理士協会  ホームページ  
   弁理士とは  
   特許と申請
特許権の侵害とは  :「経済産業省」
差止請求権  :ウィキペディア
差止請求権の在り方について   審議会資料  :「特許庁」
欧州特許機構  :「知財ミニ用語集」
欧州特許庁  :ウィキペディア
欧州特許庁 :「外国産業財産権侵害対策等支援事業」
EPO  ホームページ
欧州の特許制度を理解しよう! 電子技術者のための特許マニュアル 大嶋洋一氏  
国際特許  :ウィキペディア
世界知的所有権機関  :ウィキペディア
WIPO(世界知的所有権機関) 英語版ホームページ
WIPO → PCT-国際特許制度 日本語

私書箱  :ウィキペディア
郵便局留・郵便私書箱  :「郵便局」
私設私書箱  :ウィキペディア
郵便物受取サービス業(私設私書箱事業者)向け犯罪による収益の移転防止に関する法律  :「経済産業省」
全国私設私書箱サービス検索センター  ホームページ

誘導体  :「weblio辞書」
誘導体  :「コトバンク」
インターロイキン  :ウィキペディア
インターロイキン  薬学用語解説  :「日本薬学会」

ニンフェンベルグ城 :「どらまちっく・ひすとりー」
ミュンヘンの教会群 :「ミラノ駐在ブログ」
マリエン広場 ← マリエン広場周辺の見所
ホフブロイハウス  ホームページ
バイエルン州立ホフブロイ・ミュンヘン醸造所 :「株式会社アイエムエーエンタープライズ」


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『災害大国・迫る危機 日本列島ハザードマップ』 朝日新聞社 朝日新聞出版

2015-04-06 09:42:54 | レビュー
 いま、「地震は活動期を迎えた」と指摘されている。本書は朝日新聞が2012年9月~2013年3月に、月1回連載した「災害大国 迫る危機」という自然災害リスク問題についての連載記事をベースに、再構成されたものだという。全国面や地域面で報じた記事の集大成である。連載当時、一部読んだり、切り抜いた記憶があるが、やはり全体像がまとめられると便利である。

 本書は総論と地域別ハザードマップのニ部構成となっている。総論については、以下の項目のもとにまとめられてる。統計データとインタビュー、現地調査などの取材記事によってまとめられていて、イラスト図などが多用され、読みやすい。
 総論の各項目について、全体把握しやすくするために、メモ書きしておきたいと思う要点を抽出してみた。ここに引用させてもらう。この内容が具体的にどんな取材内容や具体的データに基づくかを、本書を開いて、ご一読いただくと良いのではないかと思う。取材情報をよめば、ハザードリスクが具体的にイメージしやすくなると思う。

●活断層
 ・活断層は地中の浅い所で地震を起こすため、都市の真下で大きく動くと甚大な被害につながる。  p6
 ・阪神大震災後の17年間で、活断層が起こした可能性のあるM6以上の主な地震は14回は、いずれも国が警戒を促す約100の主要な活断層帯以外で起きていた。 p6
 ・活断層帯と交わるのは新幹線が25カ所、高速道路は121カ所。・・・活 p8
 ・(活断層対策は様々になされているが)地表のずれに対しては、・・・(今まで対応はなく)、取り組みは始まったばかり。  p8
 ・東海地方には、生活の身近な場所に活断層がある。  p9
 ・大阪市中心部を貫く上町活断層は、ほかに例がないほど人口密集地の直下にある活断層だ。  p10
 ・過去20年の地震の震源を地図に落とすと、警固(けご)断層帯周辺だけが空白になる。地震のエネルギーが小出しにされず、長期間蓄えられていると磯教授はみる。(付記:玄界島と志賀島の間を通り、南東方向に延び福岡市役所付近を通過する活断層)

●津波
 ・国内の人口の2割近い約2,200万人が標高5m未満の土地に住んでいる。(名古屋大学の推計) p12
 ・津波は、土地の標高ばかりでなく、押し寄せる波の高さや地形、防潮堤の整備状況などでもリスクの程度は異なる。 p12
 ・津波の危険姓がさらに高まる標高1m未満は約263万人。 p12
 ・気象庁の津波予測の発表方法が、2013年3月7日の正午から切り替わ(り)、・・・・8段階から5段階にする。  p13-14
 ・防災対策は住民が当事者意識を持ち続けることが大切。時間があるとき、避難場所まで歩いてみるだけでも効果がある。p15

●地盤
 ・地震による揺れやすさは表層地盤増幅率で示され、1.6以上になると地盤が弱いことを示す。防災科研の分析では、
  2.0以上の地域 (とくに揺れやすい)     約2,200万人
  2.0未満~1.6以上  (揺れやすい)      約1,700万人
1.6未満~1.4以上(場所によっては揺れやすい)約2,200万人  が住む。 p19
 ・主な地盤改良の工法(液状化対策)  
   表層地盤改良、締め固め工法、地下水低下工法、アンダーピニング工法  p20
 ・国交省建築指導課は「宅地の液状化で人が死ぬことはない」と言い切る。  p21
 ・液状化した市街地を津波が襲う複合災害から命をどう守るか。・・・・液状化した道路を遠くまで避難することは難しい。 p22
 ・京都盆地の地下では深い岩盤の上の砂礫や粘土の層に、琵琶湖に匹敵する211億トンの地下水が眠る。・・・「・・・やわらかい沖積層が厚い場所では液状化の可能性が残る」p23
 ・東日本大震災以降、一戸建て住宅の地盤対策が課題になっている。  p24

●斜面災害  「盛り土造成地」の調べが進んでいない。
 ・盛り土による造成は、宅地開発のために丘陵地を切り開き、谷や斜面に土を盛る方法。土を盛った部分に大量の雨水が流入しないようにしたり、地中の水抜き対策をとっていなかったりすると、盛り土部分が地震の揺れや大雨で崩れ、住宅が流される恐れがある。 p26
 ・(横浜市の)地元不動産業者によると、住宅地を買う客は耐震性や液状化を心配する一方で、盛り土の危険姓を尋ねてくる人は少ないという。 p26
 ・阪神大震災での斜面災害は盛り土造成地やため池跡地に集中。 p26
 ・盛り土対策: 地表水排除工、アンカー工、、地下水排除工
   盛り土を支える擁壁のパイプから水が出ていないと、地中に水がたまって軟弱にな   っている恐れがある。   p27
 ・(仙台市での調査分析例)盛り土の住宅の全壊率は切り土造成地の26倍。  p27
 ・深層崩壊を含む土砂災害の発生は、斜面の植生や地質、地下水位などに大きく影響されるために予測できない・・・・・・警戒情報の対象にもなっていない。  p28
 ・地震が地すべりを誘発広域被害の恐れも  p29
 ・土砂災害の予兆 → 山鳴りが聞こえる/ 斜面から水が噴き出す
   地面や斜面にひび割れができる/ 川が濁り流木が交じる
   がけから小石が落ちてくる/ 杉などの針葉樹林の根元が曲がっている  p30
 
●インフラリスク
 ・出力が100万キロワット以上の主要な火力発電所(付記:64施設)のうち、6割を超える40施設が地震発生確率の特に高い地域にある。  p31
 ・国内には液化天然ガス(LNG)の受け入れ基地が計28施設あるが、このうち16施設が26%以上の地震発生確率地域に、9施設が50%以上の地域にあった。  p31
 ・全国の17原発では、女川、福島第二、東海第二、浜岡の4原発が26%以上(の地震発生確率地域)で、唯一稼働している大飯原発は0.1%だった。    p31
 ・東海、東南海地震で起きるとされる長周期地震動で、東京湾にある石油コンビナートから約12万キロリットルの石油があるれ出す可能性がある。 p32

●火山
 ・国内の110活火山が過去2000年間で計1162回噴火していた。  p35
 ・桜島(鹿児島県)の「大正大噴火」以降、大規模噴火は約100年起きておらず、中村教授は「各地区の活火山でマグマがたまっている可能性が高い」と指摘している。 p35
 ・噴火は地震や地殻変動で予知しやすいが、噴火場所の特定は難しい。 p36
 ・日本はインフラや交通網、通信網など社会が高度に発展してから大噴火に見舞われておらず、降灰によって想定しきれない災害が起きる恐れがある。 p37

●地域防災計画
 ・多くの自治体で、発生頻度が低くても被害は大きいものへと想定規模を拡大する傾向がうかがえる。  p40
 ・複数の自治体が電子メールやコミュニティFMを活用した情報伝達の検討を開始。・・・女性の視点を加えた対策も目を引く。  p40-41
 ・防災対策を独自に進める自治体には、国の対応を待ってはいられないという思いが共通している。  p41

 後半の「地域別ハザードマップ」は、10ブロックに分けて、まとめられている。
 北海道、東北、関東、甲信越・静岡、東海、北陸、近畿、中国、四国、九州・沖縄である。地域別に具体化されると、やはり関心は自分の住むブロックになる。私の場合は「近畿」である。自分の住む地域を中心に読むのは、生活感からしても自然の人?だろう。まずは、自己防衛への情報源の確認と認識といういうところ。そこから他ブロックへの目配りは、予備的情報のインデックスづくりみたいなものになってしまう。

 地域別各論は、一つの共通フォーマットで記述されていて、総論のリスク項目と対応した整合性が保たれている。
 総論的な説明、主な災害の年表、主な活断層のマップ、津波リスクの想定マップ、地盤については、表層地盤増幅率を色別レベル分けで図示したマップ、地すべり地形と人工地形のマップ、インフラリスクのマップは、主なインフラの所在地をプロットし、色分けした地震動予測地図と組み合わせたものとなっている。それぞれのマップには、新聞に掲載された記事本文がセットで載っている。各地域ブロックは全体が7~8ページでまとめられている。総論と該当地域ブロックだけまず読むなら、50ページ程度の本というイメージになる。

 本書を読み、一番気になるのは、ハザードリスクが複合的に連鎖発生して行く状況がどこまで想定できるか、また、現在の対策が想定されているのかである。だが、読み進めると、まだまだリスク想定と対策は限定的なものにしか手がまわらないというのが実情のようだ。
 ハザードリスクへの自己防衛対策を、限界があることを承知で、やはり一番の拠り所とすることから始めざるを得ないようである。

 いずれにしても、ハザードリスクを総体的に把握していくのに役立つまとめ本といえる。全部読まなくても部分読みでも、かなりヒントを得られる本である。


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本書にも紹介されている情報源その他について、ネット検索してみた。一覧にしておきたい。例示する場合は、自分自身のために地元「近畿」で行った。他地域も同様に情報入手できるものが大半だと思う。

都市圏活断層図整備一覧  :「国土地理院」
  近畿地域整備範囲
  京都東南部
活断層データベース  
  地下構造可視化システム
  歴史地震を起こした活断層 兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)
    北淡活動セグメント  六甲起層断層
主要活断層帯の長期評価  
   三方・花折断層帯の長期評価について
   京都盆地-奈良盆地断層帯南部(奈良盆地東縁断層帯)の評価
全国活断層ハザードマップ  :「アーチ株式会社」
地震に関する情報  近畿地方 :「地震調査研究推進本部」
   京都府に被害を及ぼす地震  
地震情報  :「tenki.jp」(日本気象協会)
京都府地震被害想定調査  :「京都府」
リアルタイム地震情報 近畿地域 
  :京大防災研地震予知研究センターの微小地震観測システム(SATARN)

津波情報  :「tenki.jp」(日本気象協会)
地すべり地形分布図データベース :「NIED」
   地すべり地形分布図  京都東南部


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『ペトロ』 今野 敏  中央公論新社

2015-04-03 09:24:28 | レビュー
 この作品は、碓氷弘一シリーズの第4作目のようだ。2009年の『触発』を読んだ。その後『アキハバラ』『パラレル』という作品が出ている。本書末尾の広告で知ったので近いうちに読んでみようと思っている。
 この作品のタイトルは、キリストの十二使徒の一人、聖ペトロから取られている。

 駒込署管内のマンションで順供大学の教授鷹原道彦、56歳の妻が扼殺され殺されていた。発見者は帰宅した道彦である。ストーリーはここから始まる。鷹原は徹底した実証主義の正統派考古学者であり、発掘された物だけで古代史を研究する物証主義の研究者である。その妻が自宅で殺害されたのだ。道彦は5年前に前妻と離婚し、昨年に再婚した。被害者は教授の教え子で鷹原早紀(さき)、34歳。旧姓は植田。順供大学文学部史学科考古学専攻の講師をしていたのだ。鷹原教授の一番弟子である嘉村寿士准教授とは同僚になり、大学内では旧姓・植田が研究室での通称になっているようなのだ。
 リビングルームから玄関へと続く廊下への出入り口の脇の壁に、ペーパーナイフで刻まれたと思われるある図形が残されていた。道彦は朝家を出るときにはそんな図形はなかったという。洋梨とあだ名される梨田刑事はその図形が、百合のマーク、フランス王家の紋章のように見えると発言する。鷹原は、「フルール・ド・リス」ではないという。鷹原は「桃木(もものき)文字とか吉見百穴(よしみひゃっけつ)文字と呼ばれているもののように見えますね。だとしたら、これは『か』か『む』と読むことができます」と言う。そうならば、いわゆる神代(かみよ)文字と呼ばれるものの一つで、日本で発見されたペトログリフだと補足したのだ。さらに、「日本国内のペトログリフなど、正統な考古学で扱うべきものではありませんよ」と嘲るような調子で一蹴したのだ。勿論、嘉村准教授も同意見である。
 このペトログリフという専門用語のペトロがタイトルのペトロに重ねられているとも言える。
 
 碓氷刑事は、捜査本部でこのペトログリフが何のメッセージを意味するのか、専門家を探し捜査するように指示される。
 二日後、今度は埼玉の坂戸市内の発掘現場で、順供大学の講師滝本忠治、39歳が発掘現場の杭に張られているビニールロープで絞殺される事件が起こったのだ。その殺害現場の土の壁に、今度はくさび形文字と思われるペトログリフが彫られていたのだった。

 捜査の過程で、順供大学の考古学専攻は鷹原教授一人であり、現在は12人の弟子がいたことがわかる。そのうち鷹原の妻であり講師だった早紀と滝本という二人の講師が殺されたのだ。だが、5年前にはもともと13人の弟子だったようで、1人が大学を辞めている。辞めたのは嘉村准教授の1年下で、当時は講師をしていた尾崎徹雄である。彼は鷹原教授の弟子でありながら、ペトログリフに詳しく、言語学や民俗学などにも興味を持っていたという。正統派の純粋な考古学研究の鷹原教授からみれば、異端者だったのである。

 捜査会議で警視庁の田端捜査一課長は言う。「鷹原道彦は、5年前に離婚して、去年再婚している。被害者は、教え子だったということだな? そのあたりの人間関係を詳しく調べるんだ」と。

 相次いで残された2つの全く異なる文字・ペトログリフの謎解明を担当する碓氷は、専門家のリストを作り、田中という研究家から話を聞き、青督学院大学のジョエル・アルトマン教授を紹介される。もともと言語学者だったが、古代史に関心を持ち、学際的な観点で歴史の研究をしている学者だという。ペトログリフにも詳しい学者だそうなのだ。
 ジョエル・アルトマン教授にアポイントメントをとり、研究室を訪ねて2枚の写真を見せ、ペトログリフのことを尋ねると、教授はこの殺人事件の捜査に協力して参画して、総合的にペトログリフの残された意味を学者の視点で究明していきたいと提案するのだ。

 アルトマン教授が、異例ではあるが捜査会議に加わり、碓氷の協力者となって行動することから、思わぬ展開が始まって行く。

 この作品の面白い点はいくつかある。私の感じるところを列挙しておきたい。
1. 正統派の物証主義主体の考古学研究と学際的視点による考古学研究との考え方を背景に取り入れていること。
2, 日本の神代文字をはじめ学者がそれほど重視しないものに光を当てるとともに、メソポタミアのペトログリフとの組み合わせを試み、読者の興味を惹きつけながら、意外な展開への小道具として利用している点。それも史的事実との組み合わせという一ひねりのおもしろさ。
3. 大学の研究室という社会の一つの実態を描き出している点。
4. アルトマン教授の対話法の興味深さと日本語ペラペラの教授という設定、幅広い視点からペトログリフのメッセージを読み解こうとする姿勢と行動力のおもしろさ。
5. 誤解が生み出した殺人事件と自己保身・欲望が動機に絡むという構想のおもしろさ。6. 捜査の本流からすれば、予備軍的な碓氷の捜査担当であるペトログリフのメッセージの解明行動が、結果的に事件解決の梃子になるというおもしろさ。
などである。

 本書の末尾近くで、アルトマン教授が碓氷と別れるときに、こんなことを言う。
 「あなたは、不思議な人だ。・・・・・媒体のような人だと思います。あなたがいなければ、私もあれほど自由に思考を展開することはできなかったかもしれません」
 ここに、碓氷刑事のキャラクターが凝縮しているように感じる。

 著者今野の創りだした警察官のキャラクターには様々あるが、ここにまた違った刑事像があって実に楽しい。
 一気に読ませる作品に仕上がっている。

 ご一読ありがとうございます。

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本作品に出てくる語句に関連してネット検索した結果を一覧にしておきたい。

ペトログリフ :ウィキペディア
Petroglyph From Wikipedia, the free encyclopedia
岩刻文字(ペトログラフ)
フランス王家の紋章 ← フルール・ド・リス  :ウィキペディア
神代文字  :ウィキペディア
神代文字総覧 
桃木文字/吉見百穴文字
吉見百穴文字 ← 吉見百穴  :「超歴史研究会」
楔形文字  :ウィキペディア
楔形文字解読講座  :「オリエンタリア」
楔形文字を使った古代言語の概観と入門 (アッカド語・アッシリア学の第一歩)
   :「主に言語とシステム開発に関して」
竹内文書  :ウィキペディア
天津教古文書「竹内文書(竹内文献)」考
東日流外三郡誌  :ウィキペディア
ー 東日流外三郡誌の世界 ー
東日流外三郡誌』は古代東北の真の歴史を伝える古文書か? 原田実氏 :「ASIOS」
アラハバキ神 ← アラハバキ :ウィキペディア
5 鬼の神「荒脛巾(アラハバキ)」:「掘貞雄の古代史・探訪館」
遮光器土偶  :ウィキペディア
〈神代文字〉の構想とその論理―平田篤胤の《コトバ》をめぐる思考―
  :「はぐれ思想史学徒純情派」
神代文字の事
大城古墳群 ← 小ブケ遺跡現地説明会資料 三重県埋蔵文化センター
ヒッタイト文字 → ヒッタイト象形文字
フリーメーソン  :ウィキペディア
カバラ  :ウィキペディア
数秘学  :「太陽の神殿」
ユダヤ教徒の「カバラ」と「メシア運動」の歴史
オーパーツ  :ウィキペディア
オーパーツカテゴリー  :「不思議.NET」
ギルガメッシュ叙事詩  :ウィキペディア
ギルガメシュ叙事詩
イシュタル神殿 ← 神聖娼婦  :ウィキペディア
アシタロテ  :「weblio辞書」
ワイルダー・ペンフィールド  :ウィキペディア
脳と心の正体  :「松岡正剛の千夜千冊」
聖ペトロ ← ペトロ  :ウィキペディア
サン・ピエトロ大聖堂  :ウィキペディア
プアコ・ペトログリフ遺跡保護地区、ビッグ・アイランド(ハワイ島)
  :「ハワイ州観光局」
百合の紋  :「ルネサンスのセレブたち」


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『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)