遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『見仏記ガイドブック』 いとうせいこう みうらじゅん  角川書店

2014-11-28 10:08:40 | レビュー
 『見仏記』という書名は新聞広告などで以前目にしていた。だが手にとったことがなかった。たまたまこの書名が目にとまり、ガイドブックって何かな?という好奇心から手に取った。この本を読んだことから、逆に『見仏記』に遡ってみようと関心を高めたところである。

 本書の「はじめ」を読み、いとうせいこう氏とみうらじゅん氏が2人で20年もお寺巡りをして仏像を見てきているコンビ、”仏友”であることを遅まきながら知った。本書を読んだことから推測すると、いとう氏が見仏の結果をエッセイとして文にまとめ、漫画家でありイラストレーターのみうら氏が見仏内容を文入り漫画で描き出すという役割分担が行われているようだ。
 本書は冒頭4ページにみうら氏のカラー漫画が載せてある。そして、「はじめ」「もくじ」の後、本編に入ってからは、いとう氏の1つの寺での「見仏記」エッセイに対して、みうら氏の漫画が1枚が対となって載せられている。
 書名に「ガイドブック」とあるように、本書には「見仏記+見仏漫画」だけではなくて、地域毎に、多分著者二人が各地域毎でこの20年の間に訪れた寺々について、観光ガイドを兼ねての一言コメントという形でコラムとしてまとめたものが載せられている。また、お寺の建物や仏像の写真、そしてお寺でお土産として販売されているグッズなどの写真も紹介されている。そういう意味では、通常の観光ガイドブックとはひと味違う視点からの観光ガイドブックである。

 本書末尾には、特別企画「20年目の見仏対談」という著者2人の対談記録が載っている。ここに著者のスタンスが出ていて面白い。
 著者(いとう)は「見仏」という立場を自ら説明する。「見仏は仏像だけじゃないから。仏像と仏像の間にどんな道があったか、どんなバスが通っていたかということも含めての修行だ」(p149)ととらえている。これは、「はじめ」に記された著者・いとうの文の要点でもある。それを著者(みうら)は「松本清張的に点から線へいかないとダメだよね」とフォローしている。つまり、仏友二人の仏像を見る旅は「印象」なのだという。そこが、仏像研究者との大きな違いだという。「仏像だけ見てたら研究者になっちゃうもんね」(p149)仏像を点的に研究の観点で見れば、論争がおこりケンカになるのは必然だと。この仏友たちは、仏像を見たときの「おたがいの想像をバックアップしながら見ているから。それで新しい見方が出来ればそれでいいと思ってやっている」(p150)それが2人にとっての「見仏」なのだ。
 
 このスタンスがなるほどと思うには、著者(いとう)の一編の「見仏記」エッセイを読んでみれば良い。仏友二人の仏像を見に行くプロセス(道中記)の中に、仏像を見ての印象が語られている。道中記部分があるときは弥次喜多道中的でもあり、滑稽感やユーモアがふんだんに溢れている。その中に、出会った仏像の印象がきらりと記されていたりする。おもしろい印象論が見仏記を読み進めるとひょこひょこと登場してきて楽しいところである。自分で見たことのある仏像の場合は、そんな見方もあるのか・・・・と想像を刺激してくれる。また、漫画に描かれた見仏の内容は吹き出しの形で寸言が記されていたり、仏像のポイントを描いた残りの空白に地の文として短文で印象論が記されたりしている。漫画故の遊びが描き込まれていておもしろい。

 本書の構成をご紹介しておこう。
 本書にはガイドのしかたの基本として3つのパターンがある。一つは、建物・仏像・グッズなどの紹介ページと「見仏記」+漫画がセットになった寺(A)、もう一つは、寺についての説明文と漫画をセットにしたもの(B)、そして、寺名と説明文だけのもの(C)。このパターンCが件数としては一番多くなり、ガイドブックとしての様相が強いともいえる。この場合、基本的に1ページに4つのお寺が紹介されている。勿論、仏像についてはその名称だけでなく見所の寸評が含まれる。この3パターンを使いながら、地域毎にまとめられている。例外的に、写真と説明文というのもある(D)。
 そこで幾つの寺が載っているかを本書構成の形で件数としてまとめてみよう。
 奈良  (A) 4 、 (B) 6 、 (C) 34
 京都  (A) 3 、 (B) 2 、 (C) 28
 東北 (A) 0 、 (B) 3 、 (C) 12
 中部 (A) 1 、 (B) 2 、 (C) 20 、 (D) 1
 関東 (A) 0 、 (B) 1 、 (C) 12 、(D) 2
 近畿 (A) 1 、 (B) 2 、 (C) 17
 四国 (A) 0 、 (B) 1 、 (C)  8
 九州 (A) 0 、 (B) 2 、 (C)  7
このような分布構成になっている。仏像というと、やはり奈良・京都のウェイトが大きくなるのがこのことからもわかる。北海道が含まれていないということは、時代性を反映しているということなのだろうか。

 本書には、「見仏豆知識」として最小限のベースづくりをし、「見仏旅持ち物リスト」や「イケ住に聞いてみた」「思い出グッズで振りかえる見仏旅」というみちくさもあったりする。「イケ住」とは著者たちが見仏の旅で出会った「心にグッとくる住職=徳がある住職」ということのようだ。

 本書で印象深い記述を見仏記と漫画の中から抽出してご紹介してみよう。
*仏像を眺めては何かを考え、また歩き、次の寺へ行く。  p13
*大仏の鼻の造形的なシンプルさ、大胆さは興福寺の仏頭と同じアルリカ的なものを持っていた。削りに削った造形こそがインターナショナルの基本なのかもしれなかった。 p16
*人体からの想像の延長線上に仏像を置かない、という意思。おそろしさを強調する方法。・・・・以前なら、つたなさはつたなさだった。だが、多くの仏像を見ながら時を経てきた我々にとって、つたなさは意味であった。  p24
*もし我々が美術的な視点でだけ仏像を見ているならば、木魚の中で復活する生命を想像することはない。また、逆に宗教的な視点だけで見るならばどんなときでも文殊は生きている。ならば”木魚の音の中でこそ生きる”と感じる我々はどの視点から仏像を見ているのだろう。  p30
*役行者が感得した蔵王権現には、密教仏の影響は見られるが、日本オリジナル仏!その表情は劇画そのものだ。  p35
*その密教像たちの肘の張り方や、指の曲げ方は、決して日本に根付いた所作ではなかった。むしろ、インド舞踊の方に近い。・・・・・我々は仏像を見ながらも、決してその所作を身体に取り込むことがない。・・・・日本人の仕草として定着することがなかったのである。・・・・ちょっとした腰の曲げ方、指の折り方、胸の張り方のことだ。そこから我々はガイジンの仕草を感じるはずなのだが、その仕草をしているのが仏像であるという理由で、ついつい見逃してしまっている。そして、すっかり自分たちの文化の中にあるものとして、合掌を捧げてしまうのだ。唯一日本に根付いた仕草のひとつを。渡来したものが、その違和の力を保ち続けている。そう思って、私は愕然とした。いかにも日本的なイメージをまといつつ、その実、仏像は帰化しないガイジンであり続けているのである。それなのに、誰もそれを忘れ、ガイジンを見つめて古都の情緒にひたっている。変だ。絶対に変だ。  p53-54
*ふっくらと頬をふくらませるおかめは女性器のシンボルとして、すなわち豊穣を祈念したであろうものとしてあった。(付記:京都・大報恩寺にあるおかめ人形が集められたガラスケースを見ての記述) o63
*仏像とゆうものはフツーがない。ものすごく恐い顔とか、ものすごぉ~く優しそうな顔とか、ものすごぉ~くエロチックな顔とかetc。人間ってヤツは、死ぬまで未完成で終わるわけだけど、仏像は完成しちゃってる姿なわけだからさ。  p120
*仏像界の3Kは、コワイ・巨大・キンピカだ!!  p144
*「信仰、見仏、美術のスリーゾーンなんだよ。その見仏っていう態度でみていくうちに、美術としてもよくわかるし、信心のことも考えるようになるんだよね。」「その2つをミックスして見ることだから。」「ぜひ、そういう気持ちで見てもらえれば、幅が広がるよね。」「広がると思うよ。もっと自由に感じるままに見れば仏像は広がってくるからね。『参仏』っていうのもあったよね。」  p152


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本書に出てくる仏像で、京都圏の私には縁遠い地域の仏像で、ネット検索で入手したものの一部を一覧にしておきたい。

真木大堂の仏様 :「鬼と仏の国東半島めぐり」
福岡県 観世音寺 馬頭観音  :YouTube
高知県・雪蹊寺  :「ひたすら仏像拝観」
道成寺 木造千手観音像  :ウィキペディア
鶴林寺 聖観音立像    :「刀田山鶴林寺」ホームページ
  メニューの「鶴林寺の文化財紹介」からアクセス
東慶寺 水月観音菩薩半跏像  :「NAVER まとめ」
羽賀寺 木造十一面観音像 :「ええやん!若狭の國」(若狭おばま観光協会)
明通寺 薬師如来坐像   :「ええやん!若狭の國」(若狭おばま観光協会)
円空一刀彫 寺宝のご紹介 :「尾張四観音 龍泉寺」ホームページ
木造四天王立像 普門寺  :「文化財ナビ愛知」
願成寺 会津大仏  :「まるごと体験 喜多方」
十一面観音像 :「金塔山恵隆寺 立木観音堂」ホームページ
  左サイドのメニューからアクセス
薬師如来坐像 仏像紹介 :「妙見山 黒石寺」ホームページ




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『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 高田崇史 講談社NOVELS

2014-11-25 09:48:57 | レビュー
 新たなシリーズが刊行され始めた。その第1巻がこの「鎌倉の地龍」である。

 私はこのブログを始める以前に、著者のQEDシリーズを読み、カンナシリーズを読み進めた。QEDシリーズは一巻完結型だが、カンナシリーズは各巻が一応まとまりながらもストーリーは連続していくという作品である。このブログを始めてから最後の数巻を読んでいて、読後印象を部分的に書いたことがある。今回は最初から読み始めるので、どういう展開のシリーズになるのか期待しながら、このシリーズ作品の読後印象をまとめていこうと思っている。

 第1巻を読んだ印象として、このシリーズはカンナシリーズのスタイルのシリーズになりそうな気がする。なぜなら、プロローグにおいて、女子高生・辻曲摩季が意識不明の状態で鎌倉の由比ヶ浜で発見され、病院に搬入される。そしてこの「鎌倉の地龍」のストーリーが展開する間に、入院の後、心肺停止状態となり、医師が死亡と判断する。そして巻末で、摩季の兄・了がこう語るのだから・・・・「余り時間がないが」「初七日までに、摩季の命--魂を、この世に呼び戻す」と。さらに姉の彩音が言う。「とにかく--。全力を尽くそう。陽一くんもまた、力を貸してくれるね」と。
 このエンディング、話がここからさらに進展していくと判断して当然だろう。怪奇神霊ミステリーの領域の作品が創造されていく感じがする。
 これだけでも、このシリーズの始まりに興味が湧くのではないだろうか。

 さてこの「鎌倉の地龍」は、鎌倉時代の創生期に光が当てられている。歴史書は勝者の記録であり、勝者の正当化だということをよく見聞する。鎌倉幕府の創生期の将軍たちと周辺に存在した北条政子をはじめ一群の人々。彼らが織りなした事実、真相は何だったか。鎌倉とその周辺に残された様々な史跡や現存する建物群。そして『吾妻鏡』という史書や様々な史料・文学作品に記された事が真に意味することは何か? この作品はおもな登場人物の会話を通して、その真相に肉迫して行くというミステリー・アプローチになっている。つまり、鎌倉幕府成立の経緯、そして、頼朝・頼家・実朝という源氏三代の将軍と頼朝の弟・範頼のそれぞれの生き様及び死の真相に光が徐々に当てられていくこととなる。この作品は鎌倉時代の初期状況を改めて再認識するまたとない機会にもなる。
 そのキーワードの一つは、どうも「一所懸命」という言葉であるように受け止めた。一方、この第1巻を通して、創生期の鎌倉の殺戮史が明らかになっていく。そしてストーリー展開の軸となるキーワードは「怨霊」なのだ。

 由比ヶ浜女学院という女子大学付属高校の学生である辻曲摩季は、鎌倉の若宮大路を歩いていて、目の前を歩く大磯笛子(おおいそゆうこ)に気づく。彼女は半月ほど前に隣のクラスに転校してきたかなり旧家の子女らしい。その大磯笛子の歩む方向に興味を惹かれ摩季はその後を追っていく。笛子は元鶴岡八幡宮の境内に入って行ったのだ。社殿の前に立つ笛子の手元がキラリと光った瞬間、それを目撃した摩季は後頭部に激しい衝撃を受けた。その後、由比ヶ浜の防波堤でサーファーに意識不明の状態の摩季が発見される。スリリングなプロローグである。

 この作品に登場するのは摩季の兄・了。彼は渋谷の裏通りにある「リグ・ヴェーダ」という名のカレーショップの店主でありオーナーである。摩季の姉・彩音は文京区にある神明(しんめい)大学の大学院生で神道学を研究している。彩音は尋常でなく霊的感性が強い女性なのだ。そして、摩季の妹に末っ子で小学校5年生の巳雨(みう)がいる。巳雨も霊的感性が優れているようだ。辻曲家の両親は8年前に交通事故で亡くなっている。この辻曲家は中伊豆の旧家で清和源氏の血を引く家系であり、先祖は源義綱まで遡れるらしい。義綱は平安時代後期に活躍した武将で、義綱の兄・義家の血筋は頼朝や義経・範頼などに繋がって行くという。辻曲家は中目黒にあり、周りを土塀で囲まれた古い一戸建である。
 そこに「リグ・ヴェーダ」の常連客の一人となってしまった「ぼく」(陽一)という青年が加わる。陽一は女子高生の摩季とこの店で話す機会が増えるとともに、辻曲家との関わりが深まっていた。摩季が突然意識不明となったと、彩音から連絡を受けて、身内であるかのようにこの事件に深く関わっていくことになる。「ぼく」という一人称で出てくる陽一は、鎌倉将軍三代など、鎌倉の史実について彩音から頼まれて調べ始める。諸史料に記された事実の語り部として関わっていくことになる。黒子のような存在でもある。

 摩季の意識不明の原因を医師は特定できない。外傷は擦り傷程度にとどまり、血液検査、CTやMRIなどの検査でも何一つ異常が発見されない。血圧や脈拍を含めたバイタルサインだけが異常に低い状態なのだ。彩音が一方的に摩季の声が聞こえたのは一言であり、それが「怨霊」だったという。その一言が発端となり、陽一は彩音から鎌倉の歴史を調べてほしいと依頼されるのだ。

 摩季は意識不明になる前に、日本史を担当する由比ヶ浜女学院の教師・鴨沢真司が余談で話した平安時代の怨霊話に対し、色々と異常なほどの反応を示し質問していた。その授業の噂を聞いた大磯笛子もまた、鴨沢のもとに行き、質問を投げかけているのだった。

 さらに、意識不明状態が良くならない摩季が病院から誘拐されてしまうという不可解な事件が発生する。兄の了が病院に出向いている間に、摩季の一言である「怨霊」から彩音は陽一の調べた鎌倉の歴史記録の内容をもとに、陽一とともに怨霊が関わる真相を究明し始める。それは陽一が調べてまとめた鎌倉の殺戮史の検討から始まっていく。兄からの報せで、摩季の失踪には大磯笛子が関係していたことがわかる。
 そんな状況の最中に、由比ヶ浜沖を震源地とする地震が発生する。震度5弱。マグニチュード5.6。それにより、鶴岡八幡宮の一の鳥居が倒壊する。神域への最初の結界が消滅したのだ。一方、地震の発生に紛れて、修善寺にある修禅寺の宝物殿から「寺宝面」が盗まれる。二代将軍頼家の怨念が深く染みているといわれる鬼の面である。
 一方、倒壊した一ノ鳥居の傍で、摩季が心肺停止状態で発見されるのだ。さらにその近くで三十代の男性が死亡していた。

 彩音と陽一は、鎌倉の歴史の真相究明、怨霊問題の究明を急がねばならなくなる。真相究明プロセスの進展とともに、一方で鎌倉の怨霊が解き放たれる可能性がどんどん高まっていくという事態になっていく。
 その状況の中で、ニュースを見て辻曲摩季の名前からある事件のことを思い出した警視庁捜査一課警部補の華岡が了に会うために中目黒の家を訪れてくる。一方で、磯笛という女性を手先に使う高村皇(すめらぎ)が登場してくる。怨霊を現出させたい側が姿を現す。
 隠されていた鎌倉の歴史の真相が見え始める・・・・・・・。

 歴史の究明は、現存する寺社仏閣や史跡の確認と関わっていく。そのためストーリーを読み進めるプロセスは、いわば鎌倉と修善寺周辺の史跡巡りという副産物を伴ってくる。これはこれで、遺物・現存物の観光を通して、過去の歴史に思いを馳せるトリガーを与えてくれることになる。これもまた興味深い発見や気づきにつながっていくことだろう。
 この第1巻は歴史の読み方を考え直す機会を提供してくれる作品として仕上がっている。フィクションの世界からの歴史的真実へのアプローチといえる。

 この後、ストーリーはどう展開するのだろう・・・・。興味津々。

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本書に出てくる語句で関心を抱いた言葉をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

源頼朝 :ウィキペディア
源頼家 :ウィキペディア
源範頼 :ウィキペディア
源実朝 :ウィキペディア
北条政子 :ウィキペディア
由比若宮(元八幡)  :「鎌倉タイム」
鶴岡八幡宮 ホームページ
鶴岡八幡宮  :ウィキペディア
白旗神社   :「鎌倉手帳」
源頼朝の墓と白旗神社  :「鎌倉 風の旅」
曹洞宗福地山修禅寺  ホームページ
  頼家の仮面 
  源頼家肖像画 
日枝神社     :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
指月殿(一切経堂) :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
源頼家の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
十三士の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
源範頼の墓    :「修善寺の歴史関連施設案内」(ようこそ!修善寺へ)
修善寺温泉の中央を流れる「桂川」。奥の橋は「虎渓橋」:「トリップアドバイザー」
横瀬八幡神社  :「神社探訪 狛犬見聞録・注連縄の豆知識」
横瀬 八幡神社 (伊豆市)  :「さちえの伊豆温泉情報」
  横瀬八幡宮縁起 説明板の写真
修善寺温泉マップ  pdfファイル  :「伊豆市観光協会 修善寺支部」
韮山・願成就院   :「古寺巡拝」


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

以下は、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の続きとして読んだ特定の巻の印象記をまとめたものです。

『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS

『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS

『日本人はなぜ狐を信仰するのか』  松村 潔  講談社現代新書

2014-11-21 22:28:22 | レビュー
 ある大学の社会人向け講座の一つとして、稲荷信仰と伏見稲荷大社の講義を聴き少し学習した。京都生まれで学生時代から幾度も伏見稲荷大社や稲荷山は訪れている。京都東山トレイルの南端の起点にもなるので、通過点としても稲荷山の四の辻を経由していた。
 受講中・事後の学習から稲荷信仰に改めて関心を深め、民俗学的視点からの研究や『伏見稲荷大社御鎮座千三百年史』(監修・上田正昭、伏見稲荷大社発行)なども読んで見た。その中で知ったのがこの新書本である。
 表紙裏の著者略歴によると、著者は西欧神秘哲学研究家だそうである。著者についてはこの本を読んだだけであり、その研究や活動については不案内である。従って、稲荷信仰や狐について、既読書やネット情報の延長線上で本書を読んだ印象論にすぎないことは、お断りしておく。

 読了しての第一印象は、ユニークでおもしろい観点からのアプローチだなということと、そこまで切り込むこともできるのか・・・という思い。だけど釈然としない部分も残る。その一方で、日本神話とギリシャ神話(オルフェウスの物語)、ハワイの古典的な密教・フナ教、ユダヤ主義の中の口伝体系カバラ、エジプト神話-その中でも特にアヌビスーなどの異体系との共通点を見出し、そこに「狐」の意味づけを試みている著者の立論は、発想を広げていく上では興味深い。これらの神話学、神秘思想分野は門外漢なので、著者の言及をそういう視点もあるのかという理解に留まるのだが・・・・。刺激的な本となっているのは間違いない。日本文化における精神的側面での「狐」の存在を改めて考えてみるのには、こんな異質な切り口も有益である。「狐」に騙されたことになるかどうか、まず読んでみて考えるのはいかがか。

 私の印象では著者は「3:創造の三つ組」という観点を重視している。1・2・3、天地人、上中下など3という数には能動・受動・結果という三つのプロセスで進行するロジックで考えていく古来の思想が底流にあると捕らえる。そして、それはイスラムの古代哲学スーフィズムで使われるシンボルのセットやユダヤの神秘思想カバラの体系に共通点を見出し論じていく。父(1)と母(2)の間に子(3)が生まれるという、能動・受動・結果が連鎖していく形を「1・3・2」という「三つ組の等級連鎖」だとし、カバラでは「ヤコブの梯子」とか「ゴールデン・スレッド」などと呼ぶものに共通するそうである。
 著者は伏見稲荷大社の根源となる稲荷山における上社・中社・下社をこの創造の三つ組で論じている。一般的に稲荷大明神と総称されるが、現在の伏見稲荷大社はホームページをご覧いただければお解りになると思うが、その祭神は五座となっている。大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ:上社)、宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ:下社)、佐田彦大神(さたひこおおかみ:中社)、田中大神(田中社;下社摂社)、四大神(しのおおかみ:中社摂社)である。勿論前掲書『千三百年史』の祭神の史的変遷における説明の結果とその対応関係が整合している。
 勿論史料には稲荷大社の上社・中社・下社と神々の対応記述に異動があるのは事実である。著者は引用という形でその対照表をp56に載せている。その上で「二十二社註式」という書の「猿田彦命(上社)、倉稲魂命(中社)、大宮女宮命(下社)」という記載を論拠として、創造の三つ組の観点での具体的説明を展開していく。日本神話の神々には数多くの別称があるので、「宇迦之御魂大神=倉稲魂命」「佐田彦大神=猿田彦命」「大宮能売大神=大宮女宮命」という対応になるのは通説である。そうすると、上社・中社・下社と該当神が変化してくるのである。
 天地人、上中下、能動・受動・結果という関係性から論じていく上では、「二十二社註式」での神の対照関係が一番説明しやすいということからなのかもしれない。しかし、一般的認識からすると、この点は少し釈然としない印象が残ってしまう。とはいうものの、三つ組の解釈はおもしろい。

 本書の目次構成をご紹介しておこう。
  第1章 日本の狐とは何か
  第2章 神道系稲荷 伏見稲荷の構造
  第3章 土地神様としての稲荷
  第4章 仏教系稲荷 ダキニを祀る理由
  第5章 狐の役割
  第6章 稲荷縁起の謎
この構成を見てお解りのように、稲荷信仰について一般的な整理である「原始宗教系、神道系、仏教系」という稲荷信仰三分類を踏まえて、それぞれの稲荷信仰における「狐」について、民俗学等の研究を踏まえた説明を併用しながら、著者の見解が付加展開されていく。その部分が知的刺激となる。「この三つの系列はそれぞれが単独で発達してきたものではないので、それぞれをまったく別個に考えると意味を見失う。とくに江戸時代までは寺と神社は区別がつかなかった」という基盤を押さえた上での著者の論点展開である。

 本書では、鳥居の意味、朱の発見とその意味、秦氏及び秦氏と稲荷の関係、巫女の役割、お塚とお代さん、管狐とこっくりさんと霊狐、ダキニ天の乗り物の変遷、稲荷縁起の餅の意味などにも言及されていき興味深い。

 著者自身が本書の要約を第6章の末尾近くで記している。長くなるが最後にご紹介しておこう。この要約が各章でどのように展開されているか、その論理展開を本書で楽しみながら考えていただくと良いのではないだろうか。この要約を読んでから本書を読み始める方がわかりやすいという印象を私は最後に感じた次第である。

 一言で言うならば稲荷狐とは「異界との接点」ということになる、と著者は言う。穀霊としての生産性というのは、異なる領域から私たちの領域に力が持ち込まれることで創造を果たすのだから、これもまた異界との接点ということであると述べている。つまり、日本の稲荷狐=人とそうでないものとをつなぐ門の機能を果たし、かなり多層的な性質を持っているとする。

 著者自身が本書の展開について要約した文を以下に記す。(p231~233より転記)

1 狐は自然界=母の国への導きである。安倍晴明の母、葛の葉狐の伝承。
2 狐は死の領域への道案内である。中沢新一によると、稲荷のあるところ、たいてい墓所でもあった。
3 神道系では、穀物神であり、富みをもたらす。秦氏の展開した商売の繁栄においての守り神である。
4 宝珠をくわえた霊狐は、修行者へ知恵をもたらす。
5 稲荷神社に祀られたサルタヒコの関連で、異なる領域のものを持ち込む越境の神。わたりをつける。
6 巫女と一体化して、妖術や呪術、性的な神儀に関与する。
7 通常の女性的なアイドルのような扱いも受けている。
8 原始宗教的稲荷においては、土地の力ゲニウス・ロキあるいは土地神のブースターとして活用され、たいていこれは万能な役割を与えられている。
9 狐憑きは、神様との仲介者として、預言をする。
10 管狐は、人を惑わすが、また物質的な御利益をもたらす。
11 仏教系稲荷では、女性力としてのシャクティが昇華され、女神として働くダキニの力を運んでくる。
12 カバラの図式で推理すると、生命力のリミッターをはずして、強力な推進力や達成力を与える。
13 エジプトのアヌビスと共通している記す根は、死後の世界への導きとなる。
14 精神と物質の間を接続する。狐あるいはアヌビスは、思いを形にし、また形に縛られた心を解放する方向の橋渡しをする。
15 玉藻前の伝説のように、この精神と物質の行き来が行き過ぎると、欲望にとらわれ、悪念に幽閉される。しかし極端に行けば行くほど、逆転もおきやすい。
16 狐とアヌビス、ガブリエルという関連では、過去に忘れた罪なども思い出させる。因果を明確にする。
17 秦氏の稲荷縁起から考えると、自分を世界に結びつけ、その環境で生きる道を作る。
18 猿女やエジプトのアヌビスの神官たちの関連で、魔除けなどにも関わる。衣服ということに、大きな関わりがある。

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本書に関係する語句で関心を抱いたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。

伏見稲荷大社 ホームページ 
  ご祭神 
オルフェウス → オルペウス  :ウィキペディア
オルペウス教  :ウィキペディア
フナの教えについて  :「Aloha Spirit」



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『万能鑑定士Qの謎解き』  松岡圭祐   角川文庫

2014-11-19 09:27:12 | レビュー
 ブランド品を含め数多の贋作・複製品製造大国である中国から甚大な被害を受けている日本。著者は、その被害額は年間2兆円にのぼると宇賀神警部に語らせている。
 このストーリーは、万能鑑定士Q・凜田莉子が北京に3ヶ月間出張し、現地の最好在国際諮詢有限公司、英語名ベスト・インターナショナル・コンサルティング・カンパニーリミテッド、略称BICCに協力する活動場面から始まる。BICCの実態は、中国国内に溢れかえる偽物商品の摘発に尽力するプロ集団である。諸外国の認識では知財調査会社にあたる。「この国において調査活動は政府のみ許される行為であり、民間には委託されない。よって法律上は、コンサルタント企業としてのみ認可されている」(p29)という理由で、実態とは違った社名になっているのだ。

 冒頭は、莉子の北京での活躍から始まる。まずは、気管支喘息の症状に苦しむ娘を抱えるツァイ一家の危難に関わる。小規模部品製造企業の経営者だったツァイは経済悪化の中で、従業員全員解雇のための退職金支払いの目的で”民間借貸”(=サラ金)に手を出し破綻する。その上、娘の病気の費用捻出のために闇金業者に預けたキャッシュカードを介して、更に被害を被るという窮地に立ち至る。そこに莉子が登場し、キャッシュカードのカラクリを解明するのだ。中国と香港の一国二制度の下での金融システムの盲点を利用し先進IT技術を使った巧妙な事件の謎解きから始まる。この事件の背後にはフージーズーが絡んでいた。フージーズーという闇の巨大組織をBICCは追っており、莉子もそれに協力している。莉子が関わったこのツァイ一家の事件は、いわばフージーズーへの導入部分に過ぎない・・・・・だが、冒頭から引き込まれてしまう。全体からみれば前座的な事件なのだけれど。
 そして、その事件の背景が一つの証拠となり、以前からBICCが内偵していた倉庫への突入に繋がっていく。そこは写真の解析から偽物と推察される日本の骨董品を保管する倉庫。キャッシュカード詐欺の偽造業者が出入りしていることから、フージーズーの拠点の一つと確定する。莉子が直接に協力しているのはBICCの調査員リン・ランファン(林蘭芳)とシャオ・ウワイロン(肖外龍)の二人である。突入現場に立ち合い、行動を共にする莉子は、持ち前の鑑定能力で即座に古伊万里が贋作であることを見抜くという次第。この倉庫突入で、フージーズーを束ねるソンダーダオテイを一旦は捕らえることができた。この巨大な偽物製造集団の総元締めは、なんと、経済開放政策に乗って貿易商として財を成した名士であり、骨董品の目利きで最大手のブローカーでもあるスウ・シャオジュンだったのだ。本物の古伊万里を手本として提供し、大量の贋作製造をさせるという自作自演ということになる。
 総元締めの逮捕の後、莉子は帰国する。だが、それで何も解決したわけではなかった。ソンダーダオテイがフージーズーの根拠地だと警察とランファンに告げた場所を強制捜査されている隙に、ソンダーダオテイが官吏買収により逃亡し、行方不明となってしまうのである。
 ここから、このストーリーが本格的に展開し始めるというのが、この作品のおもしろいところ。次世代ガソリンとして開発されたグローグンファクターZが日本経済活性化の起爆剤として期待されているが、メーカーがその研究所と工場を北京と上海に移している。そのコピー品をフージーズーに狙われているのではないかという問題もさらに絡んでくる。中国側の主な登場人物が出そろってきたところで、舞台は日本に戻る。
 
 この作品で著者は現在の中国の社会経済機構に潜む問題点をストーリーに絡めながら、鋭く指摘している。たとえば、こんな記述がある。
*この国では長年、地方保護主義が障壁になり、行政も偽物の摘発には消極的だった。偽物製造が地場産業の中核をなす地域も少なくないからだ。模倣品づくりに対する罰則も軽く、オリジナルの権利者に支払われる賠償額もごくわずかに留まる。  p31
*BICCのような事実上の調査会社は、工商行政管理局と品質技術監督局を通じ、公安部の協力を求めるかたちをとっている。よって証拠が揃ったとき、BICCの調査員は警官より先に現場へ潜入し、証拠を押さえなければならない。警察はあくまで法の執行と秩序の乱れを取り締まるのが仕事であり、業者の不正を暴く役割はBICCに委ねられる。摘発に至らなかった場合は、BICCがその責を負わされる。  p33
*中国政府や知財調査会社は、ブランドの意匠までをそっくり同じにデザインした完全コピー品を、假冒(チアマオ)と呼んで取り締まりの対象にしています。けれども、社名だけは自社にして形状や仕様を真似る倣冒(ツオマオ)となると、摘発の優先順位が低くなります。  p78
*中国政府が偽物商品について真っ先に気にするのは、知的財産の侵害ではなくて、国民の健康被害らしいんです。  p79

 さて、日本に戻った莉子は、日中間の外交問題に発展している文化財の所有権問題に巻き込まれていく。それは2つあった。一つが章楼寺の弥勒菩薩像である。日本で作られたものなのに、中国で作られたものだから返却しろという要求である。この弥勒菩薩像の鑑定を公海上の船内で日中の専門家たちで行うということになる。洋上鑑定の途中で、中国側が仏像を銃器の威嚇により持ち去ってしまう。
 もう一つが、瓢房三彩陶の丸みを帯びた蓋付き容器である。こちらは中国に対し、日本が返却を要求している陶器である。杉浦周蔵東アジア貿易担当大臣の指名だということで、警視庁の宇賀神警部から凜田莉子はフリーランスの鑑定家としてこの第2回洋上鑑定に参加することを要請される。莉子は文化財とはいえど日中外交問題に発展している事案に関わらざるをえなくなる。洋上鑑定のプロセスで、莉子の決定的な発言により、瓢房三彩陶は日本に持ち帰られることになるのだが、その後中国側がこのことを海賊行為と公表し、関係者の名前まで公表する手段に出る。そこで、莉子はマスコミ報道陣に追われる身となる。小笠原悠斗は莉子をサポートする側に身を置いて、真実の追究をめざす。
 この洋上鑑定という設定、具体的外交視点では現実的にここまで現物が動くものとしては考えにくいが・・・・だけど、それほど違和感が生じないのがおもしろいところ。その展開を読み進めていくと、ありそうな気にもなってくる。

 追われる身になった莉子・悠斗が一時的に身を寄せるのが博多の郊外・箱崎にある白良浜美術館。その館長・桑畑光蔵は京都市立芸術大学の名誉教授でもあり、中国が仏像の所有権を主張する以前から章楼寺の弥勒菩薩像に惚れこみ研究を続けていた人物である。莉子たちはここに身を寄せたとき、桑畑館長は中国に出かけている状況だった。そして莉子は、白良浜美術館が購入した『十二使徒』の12枚の絵の内6枚の展示準備の場に立ち合うことになる。だが、残り6枚の内の1枚、桑畑館長が一番重視している「マタイ」の絵が忽然と消えるという事態に遭遇してしまう。逃亡者の莉子たちは白良浜美術館に留まる訳にはいかない。桑畑館長との連絡はとれず、行方が解らない状態に陥っていた。
 一方、日本政府は官房長官記者会見で、第1回の洋上鑑定で中国側が章楼寺の弥勒菩薩像を奪ったことを公表する事態に至る。中国側は、その仏像が隋の時代に、北京郊外の潭柘(たんしゃ)寺に安置されていた物だとの談話を報じる事態に展開している。2件の洋上鑑定の問題は切り離して考えられない状況である。莉子は弥勒菩薩像の件を桑畑館長の行方不明状態と併せて、自ら調査しようと決断する。莉子はBICCのリン・ランファンとコンタクトをとる。ランファンとシャオは、博多に出向き、莉子と悠斗の中国入国の手助けを申し出るのだ。

 そして、莉子たちは韓国経由で中国への入国を果し、弥勒菩薩像と桑畑館長探しの問題に取り組んでいく。それは潭柘寺を訪れることから始まるのだが、境内からの帰路、露天商の店先で「マタイ」の複製画を見出すことになる。莉子の探索は思わぬ方向に展開していくのだが、全てが一つに結びついて行くことに。そして、そこにはフージーズーが関わっていた。

 様々な要素が巧妙に結びつき、諸事象が集約されていく。その展開プロセスが読ませどころだろう。そして意外な事実が次々に明らかになっていく。
 万能鑑定士Qシリーズは、物語の同時代性が特徴の一つになっているが、現在の日中の外交面での複雑さをうまくバックグラウンドに取り込み、社会経済的な視点を押さえながら、そこにフィクションを創り上げ、生き生きと描き込んでいる点が興味深い。
 最終章「時代」においては、習近平主席、李克強首相、安倍晋三総理、麻生太郎副総理が洋上の護衛艦いずもの甲板での集団鑑定に立ち合うという場面を設定し、その面前で莉子に最後の謎解きを行わせるというのだから、実におもしろい。
 
 フィクションとしてのストーリーを楽しみながら、日中間に潜む問題点の一端も見えてくるのだから興味深い。

 最後に、本書で初めてお目にかかった新たな試みをご紹介しておこう。
 それは、p265の「読者の皆様へ」という見出しページの挿入である。『週刊角川』小笠原悠斗からのメッセージというスタイルになっている。このメセージまでのところで、謎解きに必要な情報はすべて読者の皆様に伝えてあるというメッセージだ。読者自身の論理的思考と推理を発揮して、謎解きの醍醐味を味わってほしい・・・というもの。「ミステリにおける”読者への挑戦状”などという不遜な意図はございませんが」という付言まであるというものである。さあ、本書を手にとって、挑戦状ではないというメッセージを受け止めてみては如何だろうか。

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本作品に出てくる語句で関心をいだいたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
一国二制度  :ウィキペディア
香港のデモ長期化、「一国二制度」の正念場 :「東洋経済ONLINE」

国家工商行政管理総局  :「JETRO」
品質技術監督局の取締制度  :「北京魏啓学法律事務所」
「模倣品・海賊版対策の相談業務に関する年次報告」  :「経済産業省」
  2013年6月 模倣版・海賊版対策総合窓口

伊万里焼  :ウィキペディア
古伊万里 染付  :「NHKオンライン」

潭柘寺  :「北京観光」
潭柘寺 ホームページ (中国語)
弥勒菩薩半伽思惟像 :ウィキペディア
半跏像は弥勒菩薩とは限らない   :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
前屈みの仏像の起源  :「わすれへんうちに Avant d'oublier」
弥勒菩薩交脚像  ガンダーラ :「平山郁夫シルクロード美術館」

施釉陶の出現-奈良三彩  :「日本の陶芸史」
第23話 三彩(二) :「中国に見る日本文化の源流」(河上邦彦連載コラム)
奈良三彩壺 (重文) :「九州国立博物館 収蔵品デジタルアーカイブ」

新発足 中国海警局とは何か 竹田純一氏  島嶼研究ジャーナル(2014年4月)
博多港国際ターミナル ホームページ


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万能鑑定士Qに関して、読み進めてきたシリーズは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。
 
『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの探偵譚』

☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』

☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』


特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』




『天の光』 葉室 麟  徳間書店

2014-11-16 10:01:14 | レビュー
 本書のタイトル・ページの次のページには、「救わで止まんじ--(十一面観音菩薩誓願)」という一行のみ記されている。
 本作品は、博多の仏師高坂浄雲の門下になった清三郎とその妻おゆきの愛のあり方の物語である。悲哀の愛、一途な愛であり、忍ぶ愛でもある。一人の仏師の生き様とその生き様に巻き込まれた妻の数奇な生き様が織り上げられていく。
 巻末は次の文章で結ばれている。
 「おゆきの幸せこそ、自分が精魂込めて彫り上げた仏だった。
  わたしの命の火が消えても、おゆきは嘆かないで欲しい。わたしはたとえ、
  自分が救われなくとも、いつまでも変わらず、おゆきに降り注ぐ、
  --天の光
  なのだ。」

 清三郎は福岡藩普請方五十二石柊尚五郎の三男で部屋住みの身。それ故に17歳で仏師の道を歩み出す。17歳で入門した高坂浄雲は慶派の仏師である。清三郎は博多の祇園町にある浄雲の工房に住み込み修行する。23歳になった清三郎は師匠浄雲に見込まれて、「おゆきの婿になれ」と短く言い渡される。おゆきは18歳。
 兄弟子玄達は師匠の娘婿となった清三郎を憎らしげに思っている。
 清三郎は師匠がなぜ自分を婿に望んだのかと、浄雲に訊くと、「お前は悪性だからな」と浄雲はひと言答えたのだ。そして、浄雲は清三郎に淡淡と語った。「仏はな、まことに会いたし、と思う者の前にしか姿を現されぬ。悪性であるお前には、いつか仏に会いたいと心底、願う日がくる。それゆえ、わしの跡継ぎにふさわしいのだ」と。

 激しい気性を秘める清三郎は、「仏像を彫り始めると、すべてを忘れ、寝食すらなおざりに昼夜なく彫り続ける」タイプだった。それを玄達は「お前は彫ることに精進しているのではなく、淫しているのだ」と詰る。その玄達は清三郎とおゆきの祝言が近づいたある日、浄雲の門人3人をともなって出奔してしまう。この玄達がその後、清三郎・おゆき夫婦の元凶となっていく。
 
 清三郎は仏師としての技には習熟し優れていくが、木の中に仏の姿を見出せない。これまで見知った仏の像に似せて彫っているに過ぎない、職人であっても仏師ではないと自己批判する。さらに、一方で、師浄雲はまことに木の中に仏を見ておられるのだろうか、という疑いをすら抱くに至る。
 そして、京に出て院派に学び、頂相(ちんぞう)をやりたいと思うようになる。頂相制作に腕を振るう京仏師・吉野右京のことを伝え聞いたことによる。そして、京に上る希望を浄雲に願い出る。師の浄雲は、破門覚悟及びおゆきとは離縁を言い渡す。清三郎は浄雲に懸命に言う。
 「仰せであれば、破門はいたしかたございませぬが、おゆきとは夫婦のままでいたいと思っております。おゆきが別れたいと言うまで、わたしどもは夫婦でございます」
 それに対する浄雲の言ったことは、「そのようなわけにはいかぬ。手中にないものを得ようとすれば、手にしているものを失うは道理だ。失った後になって持っていたものの大事さに気づいても遅い。もはや元に戻りはせぬ」

 寛文3年(1663)1月、清三郎は三年たてば必ず戻るとおゆきに約束して京へ向かう。おゆきは三年間清三郎を待つとけなげに答えるのだが、清三郎が京へ立った後、父浄雲ともども、おゆきには危難が訪れる。
 京に入った清三郎の仏師としての修行と生き様。そして約束の三年で博多に戻ると状況が激変していた。危難に遭ったおゆきは行方知れず。その行方を追うことから、物語は急激に展開していく。
 危難に遭ったおゆきを一旦救うのは博多の豪商伊藤小左衛門だが、その小左衛門の庇護を受けることが、おゆきに別の危難と葛藤をもたらすこととなる。

 本作品は「(この世の悪しきものから逃れたいと思った者だけが仏を見ようとするのだ)仏師として生きるのは、自らの内にある仏を見出そうとすることにほかならないのではないか、と思い至った」(p13)という起点から、「ひとを救う仏像を彫ることは難しくはない、ただ心を籠めればよいのだ、とわかった」という終点・次元への仏師清三郎の軌跡を描き出している。
 その過程においては、京において知り合いから紹介された仏師愚斎の生き様と、伊藤小左衛門の清三郎に対する試すような言葉並びにその生き様、流刑の地・姫島での日蓮宗不受不施派の僧日辰との出会いが大きく影響を及ぼしていく。
 そこに危難に遭ったおゆきが清三郎に対する愛の有り様が深く関わっていく。元に戻ろうとする清三郎と、清三郎への愛故に、元に戻ることはできないいう思いのおゆきの愛の有り様の違い。一途な愛が、忍ぶ愛となる。

 本作品の構成展開を起承転結としてとらえてみると、
 起: 17歳で浄雲門下に入り、23歳でおゆきと結婚、寛文3年1月まで。
    仏師としての清三郎の懊悩と生き方の選択
 承: 京での仏師修行の3年の生き様。愚斎との出会い。
 転: 行方不明のおゆき探しと伊藤小左衛門屋敷での仏師としての生き様
 結: 流刑地姫島での日辰との出会い。おゆきとの関わり方と仏師としての生き様。
というところである。結の部分のストーリー展開が全体のボリュームの二分の一である。それだけ、このストーリーでは、姫島の展開がテーマに大きなウエイトを持っているといえる。

 本作品から副次的に仏像についての知識が広がること及び日蓮宗の中に不受不施派という宗派が存在し、ある意味でかくれキリシタンの日本版のような状況が江戸時代に現出していたということを学べることが興味深いところである。それと、伊藤小左衛門が実在した人物だったことである。
 伊藤小左衛門に関係して、そこに政治の非情さにさらりと触れているところに著者の視点が窺える。流刑地姫島の人間関係とその点描にも著者の視点が広がっていて興味深い。
 印象に残る文章をいくつか抽出しておきたい。
*仏の慈悲とは、文字通り悲しい心を慈しむこと。悲しみを抱いた人の心は仏様に慈しんでいただける。それゆえ時を待てばよい。  p170
*不動明王が邪鬼を退治できるのは憤怒の相の下に隠した慈悲によってだ。 p180
*闇の世を生きるひとびとが味わうのは嫉妬、欲望、我執の苦悩ばかりだ。それを照らし出し、ひとを導く光こそが仏であるだろう。仏の像を彫るとはすなわち、光を見出すことにほかならない。  p183



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仏に関する基礎知識:八大童子(はちだいどうじ):「高野山霊宝館」
  矜羯羅(こんがら)童子、制多迦(せいたか)童子ほか。
十一面観音立像 海住山寺蔵 
十一面観音立像 滋賀・向源寺蔵
十一面観音立像 :「文化遺産オンライン」
 頭部を拡大で見ることができます。
乾漆十大弟子立像 :「興福寺」
弥勒菩薩半跏思惟像 :ウィキペディア
弥勒菩薩  :ウィキペディア
頂相  :ウィキペディア
吉野右京についての覚書  長谷洋一氏  pdfファイル
木造阿弥陀如来坐像・木造釈迦如来坐像・木造弥勒菩薩坐像(三仏堂安置)
  :「高松市」

伊藤小左衛門 :ウィキペディア
萬四郎神社 :「萬盛堂歳時記」
妙楽寺のクチコミ - 朝鮮への武器密輸で磔に・・・「伊藤小左衛門の墓」。
  :「旅スケ」

博多祇園山笠 ホームページ
博多祇園山笠2014 :「西日本新聞」
  「山笠動画2014」の掲載あり。

承天寺  :「よかなびweb」(福岡・博多の観光案内サイト)
聖福寺 ホームページ

黒田家譜 黒田続家譜  九州歴史資料館学芸員 一瀬智氏
姫島(福岡県) :ウィキペディア
不受不施派   :ウィキペディア
日蓮宗不受不施派  大白法・第439号 仏教各宗破折(9)
岡山県瀬戸町に残る不受不施信仰の研究  :「板橋区」
  岡山県立岡山操山高等学校1年 金田大輝・笹埜健斗 氏

夢窓疎石  :ウィキペディア
雪江宗深  :ウィキペディア
特芳禅傑  :「コトバンク」
実伝宗真  :「コトバンク」
細川勝元  :ウィキペディア


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『紫匂う』 講談社
『山桜記』 文藝春秋
『潮鳴り』 祥伝社
『実朝の首』 角川文庫

===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新2版



『ラロックの聖母』 ザ・ベストハウス123『ラロックの聖母』研究会  幻冬舎

2014-11-13 09:39:52 | レビュー
 本書の副題は「ダ・ヴインチが残した幻の1枚か!?」である。
 2009年7月に出版されている。私がこの本を知ったのは、ダン・ブラウンの『ダ・ヴィンチコード』を読んだ後、何かの折にこの本のタイトルを目にしたからだ。「ザ・ベストハウス123」というテレビ番組で放映されていたことを知らなかった。本来ならこの名称でピンとくるべきだったのかもしれないけれど。
 第7章「『ラロックの聖母』を観た7人の日本人」の章を読んで、ああそうかと遅まきながら「なるほど!」と思った次第。というのは、この章で茂木健一郎、荒俣宏、ロンドンブーツ1号2号の田村亮、タレントの緑友利恵、松井絵里奈、飯沼誠司、ほっしゃんの7人が『ラロックの聖母』の絵に直に接したときの印象をエッセイに記しているからだ。7人7色の感想が小文にまとめられている。茂木、荒俣両氏の文がやはりこの章での読みどころではあるが・・・・。

 この第7章に至るまでの本書の構成をまずご紹介しておこう。
  第1章 奇跡の大発見『ラロックの聖母』
  第2章 レオナルド・ダ・ヴィンチの生涯を辿る
  第3章 専門家たちの反応
  第4章 見えてきたいくつかの謎
  第5章 現代科学が教えてくれた『ラロックの聖母』本当の姿
  第6章 『ラロックの聖母』は、本当にダ・ヴィンチの絵なのか?
そして、第7章の後に、資料として見開きページで「ダ・ヴィンチ作品が見られる美術館」が掲載され、地図上に美術館所在地と所蔵作品のコマ絵が示されている。さらに、4ページで「ダ・ヴィンチの生涯」として年表が載っている。見開きのプロローグは、「この絵はレオナルソ・ダ・ヴィンチの作品かもしれない」という書き出しで簡潔に本書のテーマについて語り、「その結論を下すのはあなただ」としめくくる。そしてエピローグには、3人組の発見者の一人からのメッセージが載せられている。
 本書は多分放映されたテレビ番組の内容をベースにしてまとめられたものだろう。133ページと短いが写真がかなり掲載され、読みやすくまとめられている。

 第1章は、フランスの南部、モンペリエ近くのラロック村に住む仲の良い3人が骨董店で、約3万円で1枚の絵を購入した。彼らはその絵を『ラロックの聖母』と名づける。この絵の煤けた汚れをパリの専門家に依頼する。彼らが抱いた、もしかしてレオナルド・ダ・ヴィンチの絵ではないか・・・という探究の旅の始まりが簡略にドラマタッチで描かれている。
 本書の第2章と巻末の年表を読むと、ダ・ヴィンチの大凡の生涯像と押さえどころの作品群について、エッセンスをつかめるのが便利である。より深くダ・ヴィンチを知るためのイントロとして役立つと思う。

 第3章はこの手の探究ものの定石である。様々な専門家の意見・反応、つまり賛否・疑問の併記をしている。専門家たちがどういう視点で鑑定するのか、どいう立論をするのかがおもしろい。そしてこの章は、第6章でさらに展開されていく。第6章では、ダ・ヴインチ研究の世界的権威であるとされるレオナルド・ダ・ヴィンチ博物館のアレッサンドロ・ヴェッツォーシィ館長の発言を記す。「これは15世紀初めから半ばに描かれた作品だと言えますね。少なくともレオナルド派の作品と言っていいでしょう」
 その上で、ドイツの歴史研究家、マイク・フォクト・ルエルセン女史の新しい学説の要点を取り上げている。その根拠が2つ簡明に記されている。現時点で、彼女は「これはダ・ヴィンチの作品だ」と断定する唯一の人物だそうである。この章の最後に、「『ラロックの聖母』を読み解く」という題で、池上英洋・恵泉女学園大学准教授(2009年時点)の一文が載っている。この辺り、読者自身が判断を下すための客観的視点づくり、情報提供のサポート役というところか。池上准教授は明らかにレオナルド派の作品であることは断言できる材料として、4つの理由を解説している。レオナルドの作品と言うにはまだまだ研究の余地があるというところか・・・・。想像する楽しみに触れ、「ぜひ、ご自分の目で確かめてください」を末尾の一文とされている。
 
 『ラロックの聖母』の絵そのものに関連して、私が一番関心を抱いたのは、第4章と第5章だった。第4章ではいくつかの謎が列挙されている。それらが作品の真の作者解明の糸口に繋がるのではないかという観点から。つまり、ダ・ヴィンチが描いている未完の聖母子像のクロッキーに含まれる謎、ダ・ヴィンチの手稿に残される1文の謎、『ラロックの聖母』が切り取られたものであるということと受胎を知らせる天使が描かれていないという謎、『ラロックの聖母』から微笑みと水は見つかるのかという謎。10ページの短い章であるが重要な論点を提示している章である。詳細は本文をご一読いただきたい。
 第6章は、現代科学を駆使した鑑定方法をどのように使ってみたかについて述べられている。その方法論だけご紹介しておきたい。
 鑑定1:スペクトル・フォト・メタによる分析(年代鑑定)
 鑑定2:赤外線、紫外線、X線照射による分析と顕微鏡による拡大分析
      →絵のオリジナルの姿の確認 
 鑑定3:ラジオグラフィー技術による分析(描き方、修正箇所などの鑑定)
 鑑定4:ルミエール・テクノロジー(マルチスペクトラル技法による撮影)
 鑑定5:絵に残された指紋(・掌紋)鑑定
これら鑑定による分析結果は・・・・。お楽しみに。
 鑑定専門家の知識経験とスキル、感性による美術品鑑定という手段以外に、現代科学がどのような分析アプローチを提供しているのかを概略でも知ることができる。
 
 絵画の鑑定とはどういうプロセスを経るものなのか・・・・それをなんとなく理解できて実に興味深く、参考になる。ダ・ヴインチ事始めの本としてはおもしろい本だと思う。

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本書の内容に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

マドンナ オブ ラロック 公式サイト

Madonna of Laroque : From Wikipedia, the free encyclopedia
Art experts clash over 'Da Vinci' painting that cost £150 :"The Telegraph"
By Henry Samuel in Paris 7:53PM GMT 05 Nov 2008
The Madonna of Laroque, a painting by Vinci?

Ein echter Leonardo da Vinci vom Flohmarkt :"DIE WELT"
22.11.09
list of paintings by Leonardo da Vinci :"Evi"
The Sforza Isabella of Aragon :"kleio.org"

How a 'New' da Vinci Was Discovered :「TIME」
  By Jeff Israely Thursday, Oct. 15, 2009
Fingerprint unmasks original da Vinci painting :「CNN.com/europe」
  October 13, 2009 -- Updated 1543 GMT (2343 HKT)
  By Hilary Whiteman
Fingerprint reveals Leonardo da Vinci as creator of $150 million artwork
  Originally published Thursday, October 15, 2009 at 12:11 AM
  By ROB GILLIES              :「The Seattle Times」


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『特等添乗員αの難事件 Ⅳ』  松岡 圭祐  角川文庫

2014-11-11 09:57:38 | レビュー
 全長240m、5万トン級の豪華客船マリー=クリスティーヌ号が、みなとみらい地区と山下公園の中間、海上に突きだした横浜大桟橋に横付けされる直前の状況からこの作品のシーンが始まる。その豪華客船に無銭乗船の常習者として”準”国際指名手配中の人物が潜入していたという緊急連絡がリヨンの国際刑事警察機構、外洋課から入ったのである。乗客を大桟橋で離船させるまでにその人物を発見して拘束しようとする。だが、それはあえなく失敗に帰し、その人物は日本に堂々と入国してしまうのだ。
 準指名手配犯は、韓国籍、24歳のミン・ミョン。なんと、ミン・ミョンは埠頭の一隅に、わざわざ領収書を残して消えてしまったのである。宛先は豪華客船を運航する船舶会社、金額は395万6000円。但し書きには「無銭乗船、船内無銭飲食、無銭宿泊代として」と記されていた。

 この作品は、日本に潜入したこのミン・ミョンの身柄を如何に拘束するかというストーリーである。ミン・ミョンの信念は自らの行動において一銭たりとも支払わないというものである。それを徹底して、世界を巡っている人物なのだ。被害は韓国、フランス、アメリカで多発している。無銭乗車・乗船・搭乗、無銭飲食・宿泊などは現行犯が原則である。しかし、過去多数の証言によって容疑が固められた常習者とはいうものの凶悪犯とまでは呼べない。そのため”準”指名手配となったのだという。Kポップスのアーティストか韓流モデルを髣髴とさせ、頭脳の回転が速く、思考力の優れている。水平思考に長け、論理思考も優れていて、パソコンも縦横に使いこなす。悪知恵が働き、ずば抜けているのだ。英語、日本語も達者という人物である。その一方、ミン・ミョンは憎まれるどころか、「北国の女王」というニックネームで中流以下の層から支持されているのだという。「北国の女王」というニックネームがこのストーリーのオチに関係していくのだから、実におもしろい。まあ、これは読了してなるほどそんなところから・・・と納得した次第なのだが。

 なぜ、ミン・ミョンが絢奈と関係してくるのか? それは、日本に潜入して以降、無銭行為を貫き通し、様々な被害を発生させ続けるミン・ミョンを拘束し、日本から国外へ閉め出すために、壱条那沖に指示が出されたからである。無銭行為の常習者で詐欺罪くらいの犯罪者に警察も多くの人間を常時割くことは不可能。30代半ばの警視庁捜査二課、槌磨峰之警部が主管することになる。そして、壱条那沖には、「ミン・ミョンに跋扈されたのでは、国内の旅行会社も軒並み大打撃だろう。警察と連携しつつ、国交省および観光庁も警戒を強化せねばならん。いいね。わが国の交通機関、旅行業界にミョンが入り込む隙をつくるな」と指示なのだ。
 那沖が能登廈人にラテラル・シンキングのことを尋ねると、能登は浅倉さんに教えてもらえばよいでしょう、と絢奈に振ったのである。その時、絢奈はハワイへの観光旅行添乗員業務で出かけていた。業務を終えて帰国した段階から、絢奈が那沖に協力していくこといなる。

 今回のストーリーで面白いのは、藍岐瑠華の登場である。現在大手保険会社・パトリシア損保株式会社の代表取締役社長をしている藍岐眞悟と那沖の父は公私にわたり関係を深めていた。藍岐眞悟凌真の属する政党への大口支援者だったのである。そこで壱条家と藍岐家は親戚同然のつきあいをしていた時期があったのだ。那沖が高二のときに瑠華との将来の結婚を瑠華の両親の前で約束したと言うのだ。当時、那沖は場の雰囲気を読んだつもりで「悪くないと思います」と告げただけだった。6,7年経った今、婚約話が持ち出されたという次第。父凌真の関係もあり、那沖はすっぱりとその話を断ち切れない。婉曲的にその意志がないことを伝えようとしても、瑠華には通じない。那沖と絢奈の結婚話が報道になっているのに、意に介していない状態なのだ。その瑠華に、壱条家を訪れた絢奈は鉢合わせする。瑠華は絢奈に対し、「顔を売ろうとするのは勝手だけど、那沖の家族を領するのはやめてくれるかしら」と暴言を吐く。
 父が社長を勤める保険会社で保険調査員をしている。パトリシア損保ニモミン・ミョンの無銭飲食や無銭宿泊の被害についての相談や訴えがあるということから、瑠華は那沖に協力するのだと、出しゃばってくるのだ。ここからミン・ミョンの追跡・拘束に取り組むプロセスで、三角関係が始まることになる。

 能登先生に言わせると、これは二等辺三角形であり、那沖はほかのふたつとはちがう角度を持つ頂点にいるのだという。「浅倉さんは当事者のようであって当事者ではない。直輝さんの今後を信じるのみです」と絢奈に言う。さらに「おわかりですか。能動的な行為こそが積極性とは限りません。耐えて待つこともまた試練なのですよ」と。

 絢奈は心に鬱屈した思いを抱きながら、ミン・ミョンの追跡に協力していく。茂原市の10階建てマンションまで追い詰めるも、そこでミン・ミョンはするりと逃走してしまう。一枚上手の計画された行動だった。ミン・ミョンは無賃搭乗でハワイに脱出していく。
 この日本国内での追跡経緯にも、密室の謎解きが組みこまれていておもしろい。

 絢奈は再びハワイ観光旅行の添乗業務が予定されていてふたたびハワイに。槌磨警部はホノルル警察と協力してミン・ミョンの捜査を進めることになり、観光庁からは那沖が出向し、日本との連絡係となるようにとの指示が出る。瑠華は損保会社の仕事だとして出しゃばっていく。
 そして、この事件の解決への舞台はハワイとなる。絢奈のハワイ観光添乗には、現地ガイドとして今回も網谷勇緒が協力する。勇緒はミン・ミョン事件のことを知ると、絢奈の添乗業務をサポートする形で、絢奈が事件解決に協力する行動に対して、関わりを持っていくことになる。
 絢奈の引率するツアー一行がホノルルに入った後、昼食場所を決めることが必要になるのだが、絢奈は敢えて値段の高めなシェフ・オアフでの昼食を決めて、勇緒に交渉を頼む。それは、絢奈がそこでミン・ミョンと遭遇する確率を考えたからだ。そこには、絢奈が那沖から受け取ったメールにあった特徴を備えた女が食事をしていた。絢奈はその女のテーブル席に行き、対話する。そして「食べたのなら、店をでる前にお金払ったら」と語りかける。ミン・ミョンが無銭飲食で店を脱兎のごとく飛び出していく・・・。そこからハワイでの追跡捜査が始まって行く。
 ハワイでは、絢奈、那沖、瑠華、勇緒という4人が追跡に関わっていくことになる。

 このハワイでのストーリー展開がなかなか面白い。瑠華の特異な自己主張。那沖が瑠華を扱う心情の変化していくプロセス。瑠華の態度や行動にイライラしながらも、那沖に極力協力していく絢奈、絢奈と那沖の心理関係、そして勇緒の協力と勇緒の客観的な姿勢、その一方で、絢奈とミン・ミョンのラテラル・シンキング対決などなどの局面が描かれて行く。
 そして、ミン・ミョンが無銭乗船の予告までしてくるのだ。
 ハワイを舞台とした観光要素を盛り込みながらのストーリー展開は、「添乗員」というタイトルのあるシリーズとして楽しいところでもある。

 絢奈と那沖の絆は一層強まる。瑠華が一人相撲となるのは当然ながら、その瑠華の立ち直りの速さがこれまたみもののハッピーエンド・・・に。謎解きも「愛」問題も紆余曲折の展開を経て、いずれの「難」事件もおもしろいエンディングとなる。ミン・ミョンにも新たな人生が始まるのかもしれない。

 あとは本書をお楽しみいただくとよいだろう。


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本作品に出てくる語句からの関連・連想で、いくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

クルーズ船(豪華客船)、寄港地(港町)のまとめ・ランキング :「NAVERまとめ」
世界豪華客船紀行  :「BS11」

新大久保コリアンタウンの行き方と注意まとめ :「NAVERまとめ」
韓流ブームに翻弄された新大久保の“栄枯盛衰” 2014年05月15日:「東スポweb」

ゴッサム・シティ :ウィキペディア
Batman  From Wikipedia, the free encyclopedia
ジョエル・ロブション ホームページ
ベントレー・アルナージ  :ウィキペディア
メルセデスベンツ SL550AMG  :「FASTES' CARS」
SL550 2015  :「Mercedes-Benz」

ハワイ グルメ・レストラン 人気ランキング :「4 travel.jp」
人造人間キカイダー  :ウィキペディア
GENERARION キカイダー ホームページ
ハワイといえば・・・フラダンス :「大好きハワイアン~やっぱりハワイが好き!」
アロハ・タワー・マーケットプレイス :「ハワイアンタウンズ」
オアフ島公式観光サイト  ハワイ観光局
ケワロ湾  :「ハワイ総合情報 ビバラハワイ」
ハレイワ&ノースショアの観光&旅行ガイド :「ハワイアンタウンズ」
ハワイ写真集 Vol.14-アラワイ運河  :「My ハワイ」


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特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』
『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』

万能鑑定士Qに関して、読み進めてきたシリーズは次の作品です。
 こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Qの攻略本』 角川文庫編集部/編 松岡圭祐事務所/監修

『万能鑑定士Qの探偵譚』

☆短編集シリーズ
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの短編集 Ⅱ』

☆推理劇シリーズ
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅰ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅱ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの推理劇 Ⅳ』 

☆事件簿シリーズは全作品分の印象記を掲載しています。
『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』

『特等添乗員αの難事件 Ⅲ』 松岡 圭祐  角川文庫

2014-11-08 09:42:20 | レビュー
 この作品もいくつかのエピソードを交えながらストーリーが展開するのはいつも通りである。そのエピソードが何某か本流に関わりを持っているのであるが。
 さて冒頭は、ユネスコ登録の世界遺産、トルコのパムッカレでの観光案内シーンから始まって行く。特等添乗員シリーズは、観光を底流にできるため国内外自由自在というところがおもしろい。それも通り一遍の観光シーンでない描写となるのがこのシリーズの持ち味だろう。
 パムッカレは大手旅行会社JTW(ジャパン・トラベル・ウェイ)の一行とJTBの一行が早朝に現地で鉢合わせするところから始まる。なぜ早朝に現地入りするのかでの展開がミソである。JTWは添乗員が28歳の清藤遙香がご一行を率いていて、この中には添乗業務査察のために同行した旅行部添乗課の弓削治朗課長が加わっている。清藤にとっては腕の見せ所なのだ。一方、JTWの商売敵のJTBは特等添乗員α浅倉絢奈が率いるご一行なのだ。「JTBじゃねえか。商売敵だ。先を越されたな」などとつぶやき、清藤にプレッシャーをかけるという次第。絢奈と遙香のガイドには一勝一敗的なガイドとなり、ガイド豆知識が織り交ぜられておもしろい。
 添乗員の清藤には、トルコでの業務の他に、1枚の絵葉書に絡んだ人捜しの目的を持っていた。ホテルで目にとまり清藤に近づいて挨拶した絢奈が遙香の手にする絵葉書を目に留めたことで、あることに気がつく。これが別のエピソードに繋がって行く。また、絢奈のガイド状況を見た弓削は、帰国後に絢奈を添乗員派遣会社クオンタムから正式にスカウトしようという行動に出る。それは絢奈にとって壱条那沖絡みでの移籍問題であり、絢奈にとっては自分の仕事についての一波乱となる。泉谷社長がスカウトに合意するのだから・・・・。これがどうなるか? ストーリーの本筋と微妙に関わっていく。

 さて、トルコからの絢奈帰国後に本筋の難事件が始まることになる。それは明日発売の週刊誌記事についてのテレビ報道から始まるのだ。「壱条凌真元官房長官の妻で、自身も長年にわたり都議会議員を務めてきました。その真尋さんが1987年当時、タイのバンコクに渡り、現地の男性と関係を持っていた」「週刊誌によれば・・・息子の壱条那沖さんは、バンコクのこの男性と真尋さんのあいだにできた子供の可能性が高い・・・」と。絢奈にとっては、まさに青天の霹靂である。自宅でテレビを見ていた絢奈は脱兎の如く飛び出して、白金高輪の壱条家に向かって行く。マスコミ関係者が群れをなす壱条家に近寄ることすらできない。壱条家では、事実無根を証明するために、父凌真と息子那沖のDNAサンプルを採取し、DNA鑑定をするという手段をとることになる。だが、なぜか予期せぬ結果が発表される。鑑定結果は真実なのか?
 一方、マスコミでは、那沖の母の過去の行動事実がリークされていく。バンコク市内で真尋がDNA鑑定を受けていたこと、弁護士にかつて離婚手続きのことを相談していたことという断片的事実が明るみに出るのだ・・・・。

 母真尋は黙して語らず、体調を崩していく。父凌真は落ち込んでいく一方、別荘・象山荘の書庫に保管されている過去の記録を調査させるという打開策を取ろうとする。だが、それは政治家である壱条凌真を陥れる罠になるかもしれないのだ。

 絢奈は能登先生に言う。「壱条凌真さんと那沖さんは実の親子です。」「根拠なんかありません。わたしがそう信じているだけです」と。能登廈人は壱条家がいま何者かの卑劣な策謀の犠牲になっていると見ている。そして絢奈に告げる。「那沖さんは壱条家の跡継ぎです。その那沖さんと共に歩んでいく覚悟がおありでしょう。ならばこそ、これからは浅倉さんが壱条家を守るのです」
 
 絢奈は中央合同庁舎3号館の三階、観光産業課でデスクワーク中の壱条那沖のところに乗り込んでいく。そして那沖に催行人数1名の申し込みによるツアーに出かけようと勧誘する。行き先は「真実」だと。その瞬間から、絢奈と那沖の真実へのツアーが始まる。
 週刊誌に壱条家の醜聞記事を書いたフリーライター槇島龍生についての情報を提供する形で、『週刊角川』の記者小笠原悠斗が若干の協力をする。ロジカル・シンキングの凜田莉子はソウルでの出張鑑定に出かけており、絢奈は彼女に頼れない。絢奈と那沖は、小笠原から得たフリーライターの住所に出かけてみることから真実捜しのツアーをスタートさせるのだ。そして、壱条凌真が象山荘の書庫の保管記録を調査に入るよりも先回りで現地に入り、凌真を陥れるための謀略がなされていないかの調査を始める。この壱条家に降りかかった難事件を解決するために、絢奈と那沖は、関連する日本国内の現地を踏査するが、真実はそこから見え始めていくというストーリー展開となる。

 このシリーズで面白いのは、添乗員という絢奈の職業柄、観光情報が織り込まれていることである。冒頭はトルコの世界遺産観光話。そしてこの真実行きツアーのプロセスで象山荘に現地入りする途中、象山荘のある近くとして岡山県北部の湯原温泉郷の観光情報が少し織り込まれている。
 そして、象山荘では、添乗員の必需品、ブラックライトとブラックライト用詰め替えインクがこの難事件解決に一役買うことになる。このあたり巧妙な筋立てになっている。
 
 この難事件の山場は2カ所ある。壱条家の別荘象山荘での事件の謎解きと、成田空港での絢奈と槇島龍生の対決である。特等添乗員α・絢奈の知識情報が威力を発揮する。槇島との対決のために絢奈が試みるバーチャルツアーもおもしろい。それは第二の山場への切り込み口だったのだ。

 別の観点からこのストーリー展開で興味深いのは、壱条家のそれぞれの人間関係が掘り下げられていく局面である。父凌真と息子那沖の関わり方、母真尋の黙して語らずに徹した姿勢と息子那沖の関わり方、凌真と真尋の心情、そして、母真尋が隠し続けてきた真実が明らかになる。さらに長い間壱条家に勤めてきた能登廈人の壱条家との関わり方。勿論、絢奈の那沖に対する心情、絢奈と那沖の関わり方の深まりが読みどころでもある。
 
 本作品は壱条家にとっての予期せぬスキャンダル、一大危機の出現であり、絢奈にとっても青天の霹靂をテーマにしているのが読者を惹きつけることだろう。

 能登先生が絢奈にぴしゃりと言った言葉が実によい。
 「落ち着きなさい!」「前へ進みたいのなら、まずは今ありがままを受け入れなさい」 「信念が揺るぎないものであるなら、あとはそれを真実と証明するだけでよい。」

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本作品と関連する事項で、関心を抱いた語句をネット検索してみた。
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ヒエラポリス-パムッカレ :ウィキペディア
パムッカレの石灰棚とヒエラポリス遺跡 (Pamukkale & Hierapolis)
  :「トルコ旅行記 世界遺産を巡る10日間ツアー」
コーヒーの原産地について :「珈琲倶楽部」
コーヒーの歴史 「コーヒーの基礎知識」:「ATJ」
チューリップ :ウィキペディア
世界最古のコイン → エレクトロン貨 :ウィキペディア
ハタイ・聖ペトロ教会  :「WORLD HERITAGE」
トルコの信仰ツーリズムと巡礼地  :「H.I.S トルコ支店」
ガイド イスタンブール 地域の概要・特色 :「トルコ共和国大使館 文化広報参事官室」
アヤソフィア :ウィキペディア

飛騨大鍾乳洞 :「飛騨大鍾乳洞&大橋コレクション館」
湯原温泉郷  公式ホームページ

DNA型鑑定 :ウィキペディア
DNA鑑定  :「法科学鑑定研究所」

プロジェクトA  :ウィキペディア
プロジェクトA 主題歌  東方的威風 :YouTube
プロジェクトA2 史上最大の標的  :ウィキペディア
Jackie Chan Project A2 FULL Japan outtakes  :YouTube

パスポート  :ウィキペディア
  パスポートの申請から受領まで  :「外務省」
  IC旅券リーフレット :「外務省」
  IC旅券イメージ   :「外務省」


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特等添乗員αに関して、読み進めてきたものは次の作品です。
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☆推理劇シリーズ
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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
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『特等添乗員αの難事件 Ⅱ』  松岡圭祐   角川文庫

2014-11-06 00:21:40 | レビュー
 凜田莉子の活躍する万能鑑定士Qのシリーズと同様に、この特等添乗員αのシリーズも脇道の事件やエピソードを交えながら本筋の事件の展開が始まるという構成になっている。特等添乗員αである浅倉絢奈がラテラル・シンキング(水平思考)をそれぞれの局面で発揮する。

 本作品は、まず脇道になる受験生合宿ツアー企画の添乗で起こる珍騒動に絢奈が即時対応で水平思考を働かすおもしろさから入って行く。ところが、この合宿先で7,8人の集団による窃盗事件が発生する。添乗業務の一環として、割り振られた区域を絢奈が深夜に巡回したとき、この窃盗団が引きあげるところに出会うのだが、彼女の思考力が働かず窃盗団のリーダーの虚言に惑わされ見過ごしてしまうのだ。
 これが絢奈にとって一種のスランプへの危機となる。絢奈は泉谷社長から「しばらく休め」と告げられるのだ。泉谷は絢奈の水平思考力を高く買っているが、「問題はな、きみが論理的に考えられなかったことにあるんだ」と指摘する。
 このときの窃盗事件は絢奈にとって一敗となる。それだけでは勿論おさまらない。本作品の最後には、絢奈がこの窃盗団に別事件でリベンジを果たすことでケリが付けられハッピーエンド。この点は、脇道事件の曲折として描かれて完結するのだからおもしろい。

 この第2作のおもしろいところは、絢奈が壱条那沖に招待され、初めて港区高輪一丁目に所在の壱条家を訪問するのだが、その日親族を含めた壱条ファミリーとご対面となる。しかし、そこで鼻持ちならない状況に出くわしてしまう。水平思考である一件をやりこめた後、「中卒だから難しい話はわかんない。ごちそうさま」と告げて、壱条家を後にする始末。絢奈と那沖の関係は破綻するのか? その後の展開の楽しみをこの作品は与えてくれる。那沖と燕尾服姿の能登廈人とのやりとりが興味深い。

 那沖「女性とは何人もつきあったのに、こんなにうまくいかないのは初めてだ。今度こそ本気なのに」
 能登「過去の経験から固定観念にとらわれるのは好ましくありません。まずはそれを改めるべきでしょう。かつてお父様にもそう申しあげました」

 絢奈と那沖の恋愛がどう進展するか・・・・それは本筋の事件で二人が関わらざるを得ない状況に追い込まれることで、進展をみるのだ。お楽しみに。

 他にも出てくる脇道の一行紹介をまずしておこう。能登による絢奈のスランプ状態チェック。泉谷社長による絢奈への難問課題の提示。能登が那沖を試す質問、それは絢奈にも提示した質問である。エピソードが盛りだくさん。おまけが楽しめる次第。

 さて、本筋の事件は泉谷社長の課題をすんなりと実演で回答した絢奈は、国交省の筋からの指示として、香港・マカオツアーの添乗業務が指示される。別の添乗員で企画されていたのだが、その搭乗機にある密命を帯びた国会議員数名の一行が乗り込み香港に向かうということから、一般乗客のツアーにも影響が及んだという次第なのだ。素性の定かでない者はできるだけ同機への搭乗対象から外すという次第。絢奈は以前、行政に協力した実績があるのでツアー添乗員にと指示されたのだ。
 その結果、姉の浅倉乃愛がキャビンアテンダントとして搭乗する便に、絢奈が添乗員業務で同乗していくことになる。
 この香港への飛行途上でいろいろトラブルが発生する。国会議員の無茶ぶりの行動から始まり、機長がなぜか体調を崩し、操縦ができなくなるという重大なハプニングにも遭遇していくという展開。機長の体調崩しを起こさせた犯人捜しまでに至る。絢奈は搭乗機内では、姉の乃愛を持ち前の水平思考の発揮で手助けしていくという展開になる。
 だがこれは、本筋事件の前半だ。まあ、前半分は脇道事件、エピソードの部類。
 そして、香港の到着後、絢奈には早速香港ツアーの添乗初日がスタートする。この初日の行程でのエピソードもおもしろい。初日のツアーが終わり、絢奈が一息ついた直後から、絢奈に期待が寄せられる難事件が待ち受けていたのである。
 なんと、壱条那沖が香港の絢奈の前に突然現れる。那沖は急遽香港に呼び出されたのだ。那沖にとっては公務である。それはあの密命を帯びて香港にきている国会議員が関わっていた。国会議員の根橋は、那沖と絢奈を在香港日本総領事館の入居している超高層ビルの47階に呼び出す。そして、彼らの真の目的を二人に告げる。それは、政府与党の会計士だった戸羽泰誠をこの香港で探し出すということなのだ。日本の警察、現地香港の警察にも一切相談はされていない。領事館が知りえた情報をもとに足跡をたどり、戸羽を捜し出し日本に連れ帰る。それが根橋国会議員に課せられた密命だったのだ。
 年齢36歳の戸羽はある大臣の資金管理団体のトップを務めていた人間で、政治活動と偽って47億円を横領着服した疑いを持たれているのだという。それが世間に知れれば、政府与党としては政権を揺さぶる大事になる。添乗員業務は明日から代替要員を付ける手配を講じたので、この戸羽捜しに専念して欲しいという根橋議員の要望である。那沖が呼び出されたのも、那沖の父が政府与党の人間であったからでもある。絢奈は自分の業務は遂行する、ツアーのお客さんを私が預かって香港に来たのだからと譲らない。添乗業務の合間の限られた時間帯で、根橋議員の要望に協力するという。那沖に協力して明日の朝までに戸羽を捜し出そうと時限をきる。そこから絢奈にとって徹夜での戸羽捜しが始まるのである。
 香港での足跡追跡がマカオへの渡航による追跡へと繋がって行くが、マカオで姉の乃愛が偶然絢奈と那沖に加わることになる。香港便内の事件関連で、乃愛は帰りの搭乗予定便を外されたため、マカオに来ていたのだ。戸羽を探索するプロセスに巻き込まれた乃愛は妹絢奈の力量を初めて知り、妹を見直すことになる。浅倉家にとっては、ハッピーな展開になる作品出もある。

 この本筋の難事件の探索プロセスはスピーディであり、いろいろと豆知識情報が盛り込まれながら、おもしろい展開となる。ここはこの作品を読んで楽しんでいただくとよい。
 「え、縁談!? 官房長官のご子息と、絢奈がですか? 乃愛でなくて絢奈? ああ、どうしましょう」と、浅倉家の玄関先での母親の慌てるこっけいな場面が終わり近くで繰り広げられるので、これまたおもしろい次第。
 これが最後のシーンでないのは、絢奈のリベンジが巻末を飾るからである。
 
 この作品に凜田莉子はついに登場してこなかった。
 
 ご一読ありがとうございます。

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味覚 :ウィキペディア
舌の役割とつくり、味の感じ方 - 人体図・図解・体の仕組み :「gooヘルスケア」
ジャグリング  :ウィキペディア
サイレント・サーティ・セカンド ← 客室乗務員の“沈黙の30秒間”:「AllAbout」
分籍 ← 分籍届 法廷闘争 :「家族という名の強制収容所」

香港  :「香港政府観光局」
九龍  :ウィキペディア
佐敦・油麻地・旺角・太子  :「香港ナビ HONGKONG navi」
新界  :ウィキペディア
尖沙咀(チムサーチョイ)  :ウィキペディア
アベニュー・オブ・スターズ  :「香港政府観光局」
ブルース・リーの銅像 → ブルースリーの銅像もあります :「トリップアドバイザー」
在香港日本国総領事館 ホームページ

マカオ  :ウィキペディア
マカオタワー → MACAU TOWER  ホームページ
マカオ・タワー  :ウィキペディア
MGMグランド → MGM GRAND ホームページ  日本語
ウィン・マカオ → Wynn MACAU ホームページ
ウィン・マカオ  :ウィキペディア

ベッティングシステム :ウィキペディア

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『特等添乗員αの難事件 Ⅰ』

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☆推理劇シリーズ
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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』


『熱波』 今野 敏  角川書店

2014-11-03 10:29:52 | レビュー
 この作品の主な登場人物の中で中心となるのは磯貝竜一。彼は自治省から出向して内閣情報調査室に勤める調査官で、自治省のキャリア組である。磯貝は突然に沖縄への出張を命じられたのだ。国際都市形成構想推進室の現状を調査に出向く。出張目的はこの推進室の現実性と問題点をつぶさに観察することにある。だが、自治省のキャリアとして、沖縄の自治そのものについて彼は特に関心を抱いている。

 沖縄県疔で与那嶺室長から国際都市形成構想の基本の要点を聞いた後、室長の提案で、屋良知事に挨拶に出向き、屋良知事から彼の補佐官を紹介されることになる。補佐官の名前は比嘉隆昌。どこかで目にした・・・読み進め気づいた! 『奏者水滸伝』シリーズに、沖縄出身のドラマーとして登場したあの比嘉隆昌その人だった!『奏者水滸伝』シリーズで西荻窪にあるライブハウス『テイクジャム』を拠点に演奏活動を続け、様々な事件に関わってきた4人のグループ演奏家の一人だった。道理で名前に既視感があったはず。つまり、4人の奏者のその後の一端がこの作品に交わってくるという懐かしさ。
 なんと、比嘉は屋良知事の選挙参謀を務め、知事のなくてはならない人材。特別職の地方公務員として、企画調整室の職員となっていたのだ。その彼が国際都市形成構想推進室に関与しているのである。磯貝は知事選挙の際に、屋良候補に沖縄独立論者の選挙参謀がついていると話題になったことを知っていた。沖縄独立論者がこの推進室に関与していることを知り、室長よりもこの比嘉の存在を磯貝は意識していくことになる。
 場所を移して、磯貝は比嘉から改めて国際都市形成構想について話を聞くことになる。比嘉自身はこの長い名前の部署をC推進室と呼んでいるという。コスモポリスのCだと。彼の話は通産省が把握している概要と変わらない内容だった。それは那覇港にフリートレードゾーンを拡充し、世界的な流通センターを作るという構想なのだ。そして、比嘉は現状のフリートレードゾーンの状況からは、政府の規制緩和が必要だとする。磯貝は比嘉の考えをマークしていこうとする。

 磯貝は比嘉に誘われて夕食を共にする。自治省キャリア組としてステレオタイプの夜の接待を受けることをイメージしていたのだが、比嘉が案内したのは裏通りの定食屋だった。このあたりのギャップから磯貝は気分を壊される。キャリア組にはその扱いが衝撃だったのだろう。「本当の政治は夜に行われる。それは政治家も官僚も同じだ」と思考する磯貝は、比嘉との関わりの中で、独立論者比嘉の本音を探ろうとする。磯貝が表の主人公とするなら、比嘉は裏の主人公という位置づけになっていくストーリー展開となる。

 翌日の夕方、同じ店で食事をした後、磯貝は比嘉から特別のライブに誘われる。比嘉が出演するのだという。そこは沖縄市のコザにあるビルの地階の『ビート』という店だった。そう、そこであのメンバーが揃うのだ。ピアニストの古丹神人は今や北海道議会議員。磯貝はさすがに名前を記憶していた。ベーシストの遠田宗春は遠田流茶道の当代家元になっている。サックスの猿沢秀彦は大学教授である。
 特別バンドの演奏が描写されていくが、『奏者水滸伝』を思い出させてくれて実に楽しい。この作品では、この特別バンドの機会以外に、議員の古丹神人は再び登場してくる。
 特別ライブの終了後、うちに泊まればいいという比嘉に対し、磯貝はホテルに戻ると言う。階段を上がって行き、路上でタクシーに乗ろうとした時に、磯貝は事件に巻き込まれ行く。2人の男が磯貝を連れていこうとし、そこにまた3人の男が駆けてきて、2人組と3人組の間で撃ち合いが起こる。別の白人が磯貝に覆いかぶさり彼を助けるのだ。その白人は、ジョン・ブルーフィールド。アメリカ海兵隊の少佐だと名乗る。
 磯貝が銃撃戦に巻き込まれたことから、このストーリーが動き出すことになる。
 なぜ、磯貝は話があると2人組に呼び止められたのか。なぜ、銃撃戦が始まったのか。なぜ、そこにアメリカ人の海軍少佐が居たのか? C推進室が進めようとしている構想の裏には、避けては通れない問題があったのだ。比嘉はそれに関わっていたのである。

 出張を終えて帰京し、磯貝は報告書をまとめる。彼の問題意識は、沖縄県の政策の意図であり、もっと有体に言えば、屋良知事と比嘉が何を考えているかであった。あの内閣情報調査室の陣内室長に磯貝が報告すると、陣内は、政府の仕事として沖縄問題研究会の提示内容を踏まえた報告としては十分だとするものの、磯貝が比嘉隆昌のことを記した故に「仕事らしい仕事をしてくれた」と言い、沖縄県庁に出向することを指示する。 
 この沖縄県出向により県職員として磯貝が仕事を始めるプロセスを通して、彼の考えが大きく変化していく事になる。なぜなら、キャリア組であることを捨てて、沖縄県の職員として沖縄に定住すると決意するに到るのだから。
 なぜ、そういう決断をしたのか?それがこの作品のテーマでもあろう。陣内室長が磯貝に沖縄県疔への出向を命じた時、磯貝の報告を聞き、「私は比嘉隆昌の考え方に賛成です」と陣内は語っていたのだ。
 
 この作品の興味深い部分は、比嘉を介して沖縄の歴史、政治経済的位置が語られていくことであり、沖縄の一面は、いまや北海道の議員となっている古丹の北海道の歴史と共通する側面がある。しばしば古丹が沖縄の比嘉を訪れるのは政治的歴史的視点からの思考の重なりでもあった。それ故、古丹は比嘉の思考と行動に含まれる危険な局面を憂慮していたのだ。
 フリートレードゾーンの拡大は好いことづくめではない。表の経済の自由化開放は、必然的に裏経済の利権問題に繋がって行く。比嘉の抱く沖縄独立論は、現在の日本の政治の実情を踏まえ、その基盤に立つ現実論だった。しかし、それ故に沖縄経済の自由化において流入するある一面の必要悪には妥協するという前提に立っていた。磯貝が中央行政から出張し、さらに出向してくることから、導火線に火がついた形にもなり、徐々に表面化してくるという展開となる。
 磯貝が出張で沖縄空港に到着した直後、空港で軽い貧血症状に襲われる。そのとき一人の女性に声をかけられたのだ。白い日傘を持ち、丈の短い白いワンピースを着た、形のいい脚。卵形の顔でくっきりとした二重瞼で大きくてよく光。眼が印象的な女性。彼女の名は仲泊美里。磯貝はその美里と再び『ビート』で再会することになる。美里が空港で磯貝に近づいたのは偶然ではなかった。そこには、美里自身の意図があったのである。
 磯貝が仲泊美里を意識し始め、いろいろと想像する。美里について、磯貝が誤解をしていた点が最後に解明されるというおもしろさが加わっている。片思いに終わらずにすみそう・・・・というところでストーリーは何も語らないのだが。
 ジョン・ブルーフィールドがキーパーソンの一人になっていくという点もおもしろい。
 この作品、中央行政と地方行政、沖縄の歴史と経済社会問題をきっちり背景に押さえながら、ストーリーを展開している。そこに作品づくりの新基軸を生み出していく著者今野敏の意欲を感じる。さらに言えば、『奏者水滸伝』シリーズや内閣情報調査室の陣内室長が出てくる作品群が背景に重層化してくるところが、今野ワールドの奥行きを作りだし、興味深さとおもしろさを加えていくことになっている。

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本作品に関連して、いくつかの事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

沖縄の歴史  :「琉球文化アーカイブ」
沖縄県の歴史 :ウィキペディア

沖縄新自由貿易地域の構想  吉川博也氏
吉川博也氏の自主研究「新沖縄FTZ構想」
沖縄のフリートレードゾーンの課題とは何か  上原・平良・吉川 氏
内閣府 政府の沖縄政策 自由貿易地域制度
うるま市企業立地ガイド

内閣情報調査室  :ウィキペディア
自民党が日本版CIAの設立に着手 :「Japanese.CHINA.ORG.CN」
安倍晋三首相は、日本版NSC法、特定秘密保護法制定の次は、スパイ養成と日本版CIA設置が急務となる 2013.11.29 板垣英憲氏  :「BLOGS]

創設的効果説、宣伝的効果説  世界大百科事典内の言及 :「コトバンク」
国際法とは

ペンタトニック  :「大人のためのジャズピアノ入門講座」
ペンタトニックスケールをかっこよく弾く方法 (5音フレーズ) :YouTube
サンシン(三線)  :ウィキペディア
サンシンの花 / チャンプルー劇場2013.08.01 3/4  :Youtube

台湾マフィア ←規模に驚愕…台湾マフィアのボスの葬式に2万人が参列 :「らばQ」
台湾で暴力団が結成準備中の政党の名は「正義党」1996.8.13 田中 宇 氏
伝説の大物マフィア「白狼」を逮捕・保釈 台湾 :「産経ニュース」
黒社会  :ウィキペディア

アイヌ  :ウィキペディア
アイヌ民族の歴史  :「北海道アイヌ協会」
アイヌ民族博物館 ホームページ
アイヌ民族の権利 ← アイヌ民族と人権  久禮義一氏
 アイヌ民族の人権 :「問題・人権事典」
北海道旧土人保護法  :ウィキペディア
  北海道旧土人保護法(明治32年法律第27号) :「中野文庫」
二風谷  :ウィキペディア
イメルレラ  アシリ レラ公式サイト 
神の波動を感じて生きる④ アシリ・レラ  :「古事記のものがたり」
二風谷ダム :ウィキペディア


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。


『虎の尾 渋谷署強行犯係』  徳間書店
『曙光の街』  文藝春秋

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新3版