遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『緋の天空』  葉室 麟  集英社

2015-02-28 09:22:58 | レビュー
 江戸時代の幕藩体制を背景にして、様々な武士像を描き上げてきた著者が、一転して古代に題材を取った作品である。それも8世紀の半ばに、聖武天皇の皇太后として生き、政治にも関与する定めとなった光明子の伝記的小説。藤原不比等の女(むすめ)として生まれた10歳の安宿媛(あすかべひめ)の頃からの姿・行動を描き出すことから始める。やがて闇を払い自らが光となることを父から期待され、聖武天皇の后となる。持統・元明・元正という女帝の生き様を知悉し、それに影響を受けつつ聖武天皇を政治の側面でも助ける立場となる。まわりの者を照らして生きるという期待を自らの定めとして果たして行こうとした光明子の生き方が描き出されている。初の皇族以外から皇后になった人だ。
 古代史に絡んだ著者の作品を読むのは初めてである。

 飛鳥時代末期から奈良時代初期にかけてが時代背景となる。歴史年表からこの小説に関連するトピック的な事項を抜き出しておこう。
 天皇の皇位は、持統(女)-文武(男)-元明(女)-元正(女)-聖武(男)-孝謙(女)-淳仁(男)へと継承される時代である。
 697年 8月持統天皇譲位、草壁の子軽皇子即位(文武天皇)
 701年(大宝元)8月大宝律令なる(刑部親王、藤原不比等ら撰定、翌年施行)
 707年 6月文武天皇没、文武の母阿閇(あべ)皇女即位(元明天皇)
 710年(和銅3)3月元明天皇、平城京に遷都
 715年 元明天皇の子、氷高皇女が即位し元正天皇に。
 718年(養老2)養老律令(藤原不比等ら)
    光明子(18歳)が首皇太子(→聖武)との間に第1子(阿倍内親王)を生す
 720年 8月藤原不比等没
 729年(天平元)2月長屋王謀反で自殺。
         8月光明子、聖武天皇の皇后となる。
 737年 藤原4子(不比等の子:房前・麻呂・武智麻呂・宇合うまかい)没
 738年 阿倍内親王(聖武・光明子の子)立太子。後の孝謙。
 740年 9月九州で藤原広嗣の乱
 聖武が遷都を繰り返す:山背恭仁京(740/12)、難波宮(744/2)、平城京(745/5)
 743年 盧舎那大仏造立の詔
 745年 11月玄を筑紫に左遷
 749年 孝謙の即位。8月藤原仲麻呂、紫微中台(しびちゅうだい)に任じられる。
 752年 東大寺、大仏開眼供養
 754年 唐僧鑑真来日
 756年 5月聖武太上天皇没、道祖(ふなど)立太子。のちに大炊王が立太子に。
 757年 5月養老律令を施行。7月橘奈良麻呂の乱。
 758年 藤原仲麻呂が右大臣になる。恵美押勝の名を賜る。
 760年 1月恵美押勝、太政大臣になる。6月光明皇太后没。
 764年 9月恵美押勝の乱(近江に敗死)。道鏡、大臣禅師に。
    この年10月、孝謙上皇は淳仁天皇を淡路配流とし、重祚。称徳天皇に。

 冒頭の「緑陰の章」は、大仏開眼供養の描写から始まり、孝謙天皇が皇太子・大炊王に譲位し、淳仁天皇の代になるまでを描く。それは藤原仲麻呂が恵美押勝の名を賜り、朝廷第一の権力を握ることでもあった。だが、皇太后光明子は押勝の専横を懲らしめたいと考える。その相談に与ったのが道鏡だった。道鏡、即ち弓削清人との再会は、皇太后光明子に若き日々のこと、様々な人々との関わりが生まれた己の人生を回想させていく。
 「若草の章」は710年4月、10歳の安宿媛が遷都されて間もない、平城京の街にこっそりと出かけてしまうところから始まる。そこには黒牛に乗って龍笛(りゅうてき)を吹く不可思議な童との出会いがあり、長屋王の子・膳夫(かしわで)との出会いがあった。このときの膳夫との出会いが、光明子の生き様に影響を及ぼすことになる。不可思議な童は弓削清人である。清人と膳夫を知ることから、その協力を得て、母親に会いたいという首皇子の願いを実現させようという行動へとストーリーが展開し始める。それは長い年月をへて、光明子が闇を払うひとつの行為になっていく。

 光明子は父の期待を担い、首皇子の妃となることが運命づけられている。周りの諸状況を理解して、それを受け入れる光明子のこころの一隅には、膳夫への思いが留まっている。聖武天皇に仕え、聖武を照らし支えていく光明子の思いと行動を描く一方で、光明子が膳夫に抱く恋い心と膳夫の思いが政争の壁に阻まれる現実を織り交ぜていく。

 「月輪の章」で、弓削清人は、遣唐使の一行に加われることを希望する玄や吉備真備を光明子に引き合わせる。彼らの能力をまず証するために、私鋳銭と呼ばれる贋金作りの横行を解明する行動に出る。光明子は彼らとともに、現場に赴き捕縛に立ち合うことまで行うのだから、おもしろい。735年唐から帰国した吉備真備、玄らは、聖武天皇の政治のブレーンとして重要な役割を担っていく。

 本書は、藤原不比等が中心になり、律令国家体制の形成を目指した時期、そして不比等没後の時代の有り様を描いているとも言える。聖武天皇の皇后となった光明子の生き方は、不比等の託そうとした期待とともに、まさにその時代に発生した様々な政争や皇統の人間関係図の中で位置付けられてこそ「闇を払い人々を照らす」ことに繋がるのだから。
 上掲の年表概略に出てくるが、長屋王の変、藤原広嗣の乱、橘奈良麻呂の乱などは本書の後半で動き出す。光明子はそれらを皇太后として巨視的な視点から冷静に眺めているように思える。その根底にあるのは、闇を払い人々を照らすという定めを全うするということだろう。
 光明子がトリガーとなり、恵美押勝の専横を排除することに、道鏡の力を借りたという歴史解釈は興味深い。また、史実は知らないが、光明子が若い頃に弓削清人という人物と知り合ったことが様々な人間関係の繋がりを生み出していく基になったという著者の解釈・設定もおもしろい。若き日の道鏡に一層関心を呼び起こされた次第である。

 大仏の造立が光明子の聖武天皇へのアドバイスから発しているということ、そしてその示唆が元正太上天皇と光明子との対話にあったというのも、光明子の生き方として興味深い。
 権力を握ろうとする欲望の虚しさ、政争の興亡の虚しさが本書の根底にあるように思う。それは決して、闇を払い、人々を照らすためには繋がらないからだ。己の欲望を中心にした行動は虚しい。光明子はその対極にいた人である。なおかつ、その虚しさをも自分たちの罪業によるものなのかも知れないと光明子に考えさせている。
 自分は心が広くないと答える光明子に対して、母の三千代が言う。「なぜなら、あなたが光だからです。この世は苦しみに満ちた暗夜です。ひとびとは常に光を求めています。光である宿命を背負ったあなたは、自らの道を進むしかないのです。」(p158)
 
 小説のタイトルは、巻末の詞章の要約だろう。巻末は次の二文にまとめられている。
「断末魔の一瞬、仲麻呂の目に緋色に染まる朝焼けの空が映った。
 女帝が治める世を蓋(おお)う天空の色だった。」

 最後に、この小説で興味を惹かれた詞章をいくつか引用しておこう。
*誰しもが悪しきことをしようと思って、この世に生を享(う)けるわけではない。良きことをなさんと思いつつ、運命に翻弄されて、互いに憎み合い、戦うことにもなるのだ。 p332
*冬の空の星は小さく、頼り無げだった。それでも懸命に光を放つ星々が光明子にはいとおしく思えた。(まるでわたしたちのようだ)  p334
*<壬申の乱>に勝利した天武天皇は自らを、--現人神
 としたが、聖武天皇は帝として初めて仏弟子となったのだ。 p335
*紫微中台は光明子が孝謙天皇を助けて政を行うための役所だった。
 光明子は紫微中台によって、天下の大権を握ったとも言えた。   p338

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本書に関連する語句をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
元正天皇 :ウィキペディア
光明皇后 :ウィキペディア
光明子と藤三娘  :「鴻池しゅんの『感動日本史』」
光明皇后 :「やまとうた」
聖武天皇 :ウィキペディア
孝謙天皇 :ウィキペディア
藤原宮子  :ウィキペディア
藤原不比等 :ウィキペディア
長屋王   :ウィキペディア
長屋王の悲劇 :「鴻池しゅんの『感動日本史』」
膳夫王 → 膳王 :「コトバンク」
膳王の歌一首   :「やまとうた」
道鏡   :ウィキペディア
吉備真備 :ウィキペディア
玄ボウ  :ウィキペディア

藤原広嗣の乱   :「日本史 解説音声つき」
橘奈良麻呂の乱  :ウィキペディア
藤原仲麻呂の乱  :ウィキペディア

二つの顔を持ち合わせた光明子  :「廣済堂 よみのもWeb」
集一切福徳三昧経  光明皇后御願経  :「国立国会図書館」
悲田院  :ウィキペディア

光明宗 法華寺 ホームページ


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『風花帖 かざはなじょう』 朝日新聞出版

===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新3版



『イラスト図解 お城の見方・歩き方』 小和田哲男[監修]  PHP

2015-02-26 09:52:28 | レビュー
 表紙の記された出版側のフレーズをまず列挙してみよう。
 「知っておけば10倍楽しめる!」
 「鑑賞のツボから歴史、秘話まで、ぎっしりつまった『お城』入門の決定版!」
 「戦国武将の知恵と工夫が手にとるようにわかる!」
 「天守、石垣、門などの見所を徹底網羅」
 「初級・中級・上級別に簡潔に、要点を押さえて解説!」
という具合である。
 せっかくだから、読後印象を、このキャッチフレーズを検証する(とは大げさだが・・・・)形でまとめてみよう。

<知っておけば10倍楽しめる!>
 何倍楽しめるかは、かなり主観の入る問題であり、測定のモノサシがないから、知らない状態でお城を探訪するよりもかなり知的関心が高まって、かなり城に対する関心の持ち方が変化し、面白みが大変増えるのはまちがいない。「10倍」というのが、大いにという意味の定番的セールス表現ととらえたら、「楽しめる」本としてはお薦めできる。
 たとえば、「山城・平山城・平城」がイラストで描かれているので、本文を読まなくてもその違いが感覚的にまず理解できる。対応する典型的事例の写真掲載があるので具体的にイメージしやすい。「縄張り」「天守の独立式・連立式・複合式」「石垣の野面積(のづらづみ)・打込接(うちこみはぎ)・切込接(きりこみはぎ)」などという城に関わる基礎的用語が一通りまずイラスト図解で説明がされている。このあたり、お城を漫然と眺めるだけでは「楽しみ」以前の問題だと気づかせてくれるだろう。「違い」を見つける楽しみの導入となる。

<天守、石垣、門などの見所を徹底網羅>
 見所を知るには、まず最低限の基礎知識が要る。石垣で言えば、上記「石垣の種類」のほかに、「布積・乱積」という積み方の区別、石垣の上部の「反り」のもつ意味、また土塁と石垣、派生的に堀・武者走り・切岸という用語などもイラストと説明の併用はわかりやすい。視覚的にも見所がわかる。石垣の構造は実際の石垣を見て、見えるところと見えないところがある。だが、石垣の見所を表現するには、見えるところで言えば、「根石・積み石・間石(あいいし)・天端石(てんばいし)(p22)という構造上の用語を知っていると便利である。さらに、「石垣刻印、転用石」(p46-47)という上級レベルの識別眼への見所がわかると、楽しみが増すというもの。一方で、見えない部分の「松の胴木・松の杭、飼石(かいいし)、裏込(うらごめ)(p22)という構造上のしくみを理解していれば、石垣積みを現地で想像するのにリアル感が増すのではないだろうか。言葉だけ列挙すると分かりづらいだろうが、それが図解されているから、一目瞭然である。
 戦うための城、野面積の石垣から始まり、権威を見せる為の城、切込接でそれも亀甲積という美しさを際立たせる方向への進展が何となく理解できていく。このあたり、基礎用語を知り、<鑑賞のツボ>を少しずつ理解できるようになる。その理解は、山城から平山城・平城への変化による、土塁から石垣への変化、石垣積みの技術の進化との関係など、土塁・石垣の<歴史>を理解することが並行していく。

 「天守は武士そのもの」(p32)、「天守を建てなかった本当の理由」(p124)という天守についての「秘話」、「秀吉と黄金の城の真実」(p151)という秘話がコラムとして書かれている。どこかの城・天守閣に上って、そこでネタ話にちょこっと引き出すのも話材としておもしろいかもしれない。

<初級・中級・上級別に簡潔に、要点を押さえて解説!>
 第1章が「お城の基礎知識」としての説明であり、感想を上記した。第2章がこのキャッチフレーズが実践されている。「実践 お城の見方・歩き方」のガイドとなっている。「お城の鑑賞ポイント」、お城探訪のための「必須アイテム」、山城と平城それぞれの「見方・歩き方」指南、「意外なスポット」の見方などが、3段階にレベルわけして、それぞれ見開きの2ページでイラスト入り、具体事例付きでまとめられていてわかりやすい。
 自分がお城ファンとしてどの側面がどのレベルかを知るモノサシになるだろう。
 各レベル、各項目について、3つのポイントを押さえている。これは参考になる。
 中級・上級という形で、これができればまあこのレベルという区別と、そのポイントが記されているが、それはあくまで着目ポイントの提示である。それを具体的にできるようにするためには、という詳細の説明は勿論、本書の対象外。レベル区分で、お城の見方・歩き方についてはぎっしりと大枠を押さえ込んでいるが、<「お城」入門>である。これが<決定版!>かどうかのご判断は、どの観点で評価するかにもよるだろう。まず本書を開いて見て、ご判断いただくと良いのではないだろうか。

<戦国武将の知恵と工夫が手にとるようにわかる!>
 第3章「名将と名城への招待」がこのキャッチフレーズに直接関係しているところといえそうだ。本書に取り上げられた城の名前を列挙しておこう。それがどの戦国武将にあたるかをまず言い当ててみて欲しい。お城についてのあなたの関心レベルがすぐわかるはず。
 岐阜城、安土城、大坂城、名護屋城、岡崎城、江戸城、春日山城、躑躅ヶ崎館、小田原城、熊本城、広島城、仙台城、姫路城。現存する城、再建された城、廃城・城跡だけ、とさまざまである。しかし、中世・近世を通じた有名な城ばかり。簡潔な解説文とともに、最小限の「お城のデータ」とお城の風景・部分写真、そして「見どころ」(イラスト図)が見開き2ページでまとめられている。見どころに取り上げられたベースはやはり縄張り図である。それがケースにより立体図になっている。やはり、城の立地条件と縄張りが戦国武将の知恵の見せ所だったのだろう。そして、その築城に武将がどんな工夫を加えたか? それが城を鑑賞するおもしろさなのだろう。どこにウエイトが置かれた城なのか?
一つの城が、結果的に幾人かの武将にバトンタッチされていった歴史も見えて、興味深い。城主が代わり、城にどういう改造が加えられたか、そこにも武将の考えや戦略が反映されている。

 第4章は「お城の歴史ダイジェスト」。「城」の概念を拡大しマクロでみて「集落に濠や土塁を巡らすこと」から城の歴史が始まったと本書では説く。つまり、弥生時代から城の歴史をダイジェストしている。お城について、ざ~っと巨視的理解をしておくのも、お城の見方・歩き方のバックグラウンドとして基礎的知識なのだ。わずか14ページのダイジェストだが、逆に一気に読めて、全体像がとらえられるのが利点である。あくまで「お城入門」なのだから・・・・・。「天下普請で新築・修築された城の配置図」(p163)、「昭和20年の空襲で焼失・倒壊した城」(p167)の地図は、有益である。


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本書に掲載の用語などをキーワードに、ネット検索で得られる情報を検索してみた。
その一部、かなり充実した内容のサイトを一覧にしておきたい。

穴太衆石積みの歴史と技法  福原成雄氏
石積み基礎知識  :「宮下建設工業株式会社」
  石積みの種類も別ページとしてあります。
石積み文化の歴史 第4章石垣にせまる  :「まつみ Internet」
曲輪  :ウィキペディア
城の縄張り図の作成  :「城の科学」(「西村和夫 オズからムシに」)
城の見方ガイド(2) 山城・平山城・平城とは?  :「日本の城」
天守の一覧  :ウィキペディア
城の見方ガイド(3) 天守にも色々な縄張りがある :「日本の城」
現存天守閣のある12城  :「旅のホームページ」
城の見方ガイド(11) 様々な門を分類する  :「日本の城」

日本100名城 :ウィキペディア
日本の城  :「歴史研究所」
仙台城跡  :「仙台市」
春日山城  :「北陸地方の城」
神君出世の城 岡崎城  :「日本の城訪問記」
岐阜城   :「岐阜市」
  岐阜城のパンフレットのダウンロードができます。
彦根城のご案内 :「彦根観光協会」
姫路城 公式ホームページ
熊本城 公式ホームページ


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『決戦! 関ヶ原』 作家7人の競作集  講談社

2015-02-23 10:40:02 | レビュー
 本書の冒頭には、関ヶ原における決戦の東軍と西軍の各軍に焦点をあて、裏表に対陣/武将相関図を挿入し、戦場でのマクロの動きを記入している。全体図をイメージするのに便利である。
 本書のおもしろい点は、7人の作家が史実を踏まえたうえで、それぞれの思いと史料に残らない闇の空白に想像力と構想力を飛翔させ、課題となった武将の立場からその武将と関ヶ原合戦を描き出している点である。「関ヶ原合戦」という事実を各武将の視点からそれぞれの作家が描き出す視点の違いが実に興味深い。
 天下分け目の関ヶ原の戦場で、各武将が真に何を思い・何を考えていたのか、だれにもわからない。たとえ後に記された文書があったとしても、そこには何がしかの作為、粉飾、合理化が潜む可能性がある。また謀略のために記されたものだったかも知れない。しかし、それを踏まえても、あっけなく1日の合戦で勝敗が決した関ヶ原合戦の展開という史実が作家の創作心をかき立ててやまないのだろう。実に多くの作家が関ヶ原を舞台に作品を書いているのだから。

 本書は7人の作家が課題となった武将の立場から、関ヶ原合戦に参陣しているといえる。それぞれの武将の立場、視点、考えを作家自身の創作力で描きだしたのだから。参陣した武将のどの側面、どのプロセスに着目しているかも、それぞれの作家によって違うので実に楽しい読み物になっている。描き出された武将の考え方や行動を対比してみるのも、この競作から得られる興味深い点だ。本書は多面的に一武将をとらえられる機会となる。それ故に、それぞれの武将の真実の戦略・考えと行動の本音がどこにあったのかを、引き続き考察しつづけたくなるという動機づけができることだろう。

7人の作家の武将分担は次のとおりである。目次の順番に記し、それぞれに多少の説明・感想を付記したい。
  
<人を致して  伊東 潤>
 このタイトルは、孫子の教え「人を致して人に致されず」、つまり「人を思うように動かし、人の思惑通りには動かない」(p21)という意味の章句の前半から取られている。調べて見ると、『孫子』の第六・虚実編の冒頭の孫子曰わくの文中に出てくる章句である。この章句を関ヶ原で実行した武将として、川家康が描かれている。
 この作品が面白いのは、関ヶ原合戦は、豊臣家を護るために、石田三成が豊臣家の武断派と総称される豊臣家大名-加藤清正、浅野幸長、福島正則、細川忠興、黒田長政-を百害あって一利なしとみなし、殲滅する手立てを考えたとするところである。そして、家康に謀略を持ちかけ、家康と三成の合戦に見せかけようとしたことから始まるという構想にある。三成の計略に乗ったように見せかけて、その一段上の謀略を展開し、武断派をうまく「致し」つつ、小早川秀秋を如何に切り札にしたかが描かれる。綱渡り的な局面も充分描き込みながら、家康のしぶとさと思考が書き込まれていくところが面白い。
 本書で初めてこの作家の作品を読むことになった。

<笹を噛ませよ 吉川永青>
 可児才藏という一武将を主人公にしているところがまずおもしろい。可児才藏は豊臣家大名・武断派の福島正則の家臣である。この作品は可児才藏を介して福島正則の思いと行動を描いているとも言える。可児才藏は不運にも、敗者側となる武将を主家として、転々と主を変えざるを得なかった武将である。その可児を見出したのが福島正則であり、不遇を託ってきた可児才藏が豪勇としての真価を見せる最後の好機とこの合戦をとらえている。そして主の福島正則に貢献したいというその心情と行動を描き出す。
 この作品は、福島正則が家康から先陣を命じられて、意気軒昂である状況の最中に、井伊直政が抜け駆けをするのを可児が押しとどめようとしたが、直政が初陣の松平忠吉に同行の体裁をとっていたために、引き下がらざるを得なかった。そして、抜け駆けを許してしまったことへの怒りに端を発した状況展開を描き出す。おもしろい構想である。
 戦場で井伊直政に怒りをぶつけるが、可児は直政の一言とその行動に目が覚める思いを感じるのだった。その肝胆相照らすシーンとその後の展開が読ませどころである。
 笹は可児才藏の指物のシンボルであり、戦場で可児が首を取った相手の口には笹を噛ませておき、己の実績を残すという手段にしていた。作品タイトルはここに由来する。この「笹を噛ませる」という行為に事の顛末の意外性を持たせたところが実に良い。
 この作家もまた初めてその作品を読む機会となった。

<有楽斎の城  天野純希>
 織田長益。織田信秀の11番目の男子として生を受け、兄・信長を主として仕えた武将。武将としてより茶道の世界で名を成した織田有楽斎が主人公の作品。信長には味噌糞に言われ、武勲を上げることもできず、本能寺の変では逃げ出した織田長益である。武人としては無能の烙印を押され、武将としての生き様が性に合わない長益は、千利休との出会いにより、茶の湯に魅了されていく。そこに己の住む世界を発見し、己の生に意義を見い出していく。「武人としての栄達は捨て、茶の湯の道に生きよう。自分の生は、戦での政でもなく、理想の茶を追い求めるためにあるのだ。そしていつか、利休を超える茶人になってみせる。」(p115)
 己の茶の道を極めるために、かりそめの武人として生きた男、本能寺の変、秀吉の治世、関ヶ原の合戦を茶の道のための処世に徹した男の生き様が興味深い。一人の武将をどの視点から見るかのおもしろい事例と言える。

<無為秀家  上田秀人>
 備前の太守宇喜多宰相秀家は、関ヶ原の合戦において、西軍の要の武将の一人として最前線の一角に陣を敷く。しかし、西軍の采配を振る石田三成との間には確執があり、三成の指揮の下に於ける有力な武将たちの動き・思惑を考え、西軍の敗退を予見しながらも戦の場に臨む。三成を筆頭に西軍の諸部将の有様と己の意が通じない西軍の現状に対し憤懣を抱き、懊悩する秀家。
 秀家の父・宇喜多直家は宇喜多家再興の為には手段を選ばず、悪辣なまねも平気で行い、梟雄として恐れられた武将である。その父の生き様のもとで成長し、直家の病死に伴い初陣を経験すること無く戦国大名となった秀家は、秀吉に息子の如くに扱われる。秀頼が生まれると、秀吉から弟の如くに思い、守っていくことを託される。秀吉に恩義を感じ、破格の扱いを受けてきた秀家は、豊臣秀頼を如何に守り抜くかの視点で、発想し行動する。それは必然的に三成との対立ともなっていく。関ヶ原前夜の秀家の考え・行動を描きながら、関ヶ原での秀家の生き様を描く。宇喜多秀家という武将に興味が湧いてきた。
 その後の生き方の追記を通し、関ヶ原での勝者・敗者と、長い歴史の経過の中での勝者とは?を著者は問いかけている。

<丸に十文字  矢野隆>
 関ヶ原の合戦において、西軍にこんなおもしろい武将がいたとは驚きである。その名は島津維新義弘。手勢1,500人を率いて参戦したようだ。まず、この合戦を「他所人(ひと)の戦」と捉えている点からしておもしろい。島津家の当主は義弘の兄・義久である。そのため、義弘が薩摩一国の兵を動かす力はない。島津義久はこの豊臣と川の争いに兵を出すことを拒んだという。藩主の兄の方針に従うなら、義弘が参戦すること自体がおかしいことになる。
 なぜ義弘が参戦したのか? 西軍に加わりながら、なぜ「他所人の戦」と考えたのか?さらに、小早川秀秋の裏切りで、関ヶ原の戦いの方向が決し、西軍が崩れ敗退している段階で、それまで動くこと無く戦場の経緯を見ていた義弘がなぜ東軍に自ら戦いをしかけるという挙にでたのか? 実におもしろい状況を現出した武将を巧みに描いている。
 「儂(おい)らの行く鯖ひとつもせんままに薩摩に帰る訳には行かんど」
 「大きか丸ん中の十文字。そのど真ん中ば貫くしか、儂らの生くる道はなか」
この義弘の発言に集約させていく生き様がおもしろい。後半は島津義弘以下1,500の戦いを描く。
 薩摩に戻る船上は義弘以下わずか80人余りだったと著者は記す。「兄、義久の下に川家への恭順を決めた島津家は、義弘を大隅へと隠居させる」という形をとったという。
 武将にとって戦とは何か。ここに一つの生き様の極端な例が描かれている。だがそれは薩摩における島津家というリアルな存在にリンクしているのだ。

<真紅の米  冲方丁>
 小早川秀秋が関ヶ原の合戦で松尾山に布陣し、合戦の状況を睨み東軍に寝返るという日和見の行動に出たことにより、西軍の敗退を決定づけたということは知っていた。しかし、彼がこのとき19歳だったということは、この小説を読み初めて知った。何となく狡猾な年配の武将というイメージというか、先入観のままで深く考えることも、調べて見る興味も抱かなかった。だがこの小説で小早川秀秋という武将を改めて捉え直してみることがおもしろいと感じるようになった。
 史実を踏まえ、そこに著者の視点での想像と構想が織り込まれた小説の創作なのだろう。だが、秀秋に関する基本情報はたぶん史実によるものと思う。つまり、秀秋のプロフィールはこうなる。秀吉の正室・北の政所の兄・木下家定の五男に生まれ、最初は木下辰之助という名であった。4歳で義理の叔父である羽柴秀吉の養子となり北の政所に育てられた。元服して秀俊と名乗る。8歳で丹波亀山城10万石、10歳で豊臣姓を賜り、11歳で”丹波中納言”となる。12歳の時に秀頼が生まれたことで、運命が激変する。毛利家の重臣・小早川隆景の養子として放り出される。結果として、筑前30万石を継承する立場になる。そのことで、豊臣家を継承するはずだった義兄・秀次の切腹事件のごとき経緯とは距離を置く立場になった。それは秀秋14歳の時である。そして、慶長2年2月、慶長の役において、16歳かつ初陣でありながら、総大将としての渡海命令を受け、朝鮮半島に出征しているのである。異国の地で仕掛けた戦の末期において、戦の辛苦を経験しているのだ。この関ヶ原の時点では”金吾中納言”と人々には呼ばれていた。
 著者は、秀次切腹事件から衝撃を受ける一方、14歳で初陣の経験もないままに筑前30万石の大名になった秀秋を、己を隠すことを習性とするようになった武将として、本来聡明であるのに、その利発さを秘し、己の興味や好奇心、知ろうとする気持ちをおもてに出さない姿勢を貫くという生き様を選んだ武将として描いている。
 義父だった秀吉の表裏を冷静に判断し、豊臣家の内情を熟知し、秀吉が行った検地の意味、米の意味を熟考する武将として描き上げる。「家康の世でなら、自分も新しい国が作れる」と時代を読み切った秀秋の主体的な選択が東軍への加担だとする。
 慶長7年冬、秀秋の唐突な死を著者は劇的に描き出す。
 興味深い小早川秀秋像である。そこには家康の見た秀秋、三成の見た秀秋とは異なる秀秋のアイデンティティがある。興味深い作品。

<弧狼なり 葉室麟>
 家康から始まる7人の作家の競作は、東軍の家康に対して、西軍の石田三成の登場でバランスがとれる。
 この作品は、石田三成が豊臣家の存続、豊臣秀頼を生かすための起死回生策として、関ヶ原の合戦という大勝負を仕掛けたという視点で、創作されている。文禄・慶長の役で朝鮮半島に出兵し、その失敗が戦国諸大名に疲弊をもたらし、憤懣が渦巻き、秀吉亡き後の混迷した時代となる。東国に川氏、西国に毛利氏が厳然として存在する中で、求心力を無くした豊臣家。豊臣秀頼の存続を如何にはかれるか。官僚大名として頂点にたつ石田三成が何を考え、何を実行したのか。その秘策は・・・・。
 著者は、三成と安国寺恵瓊(えけい)の関わりという視点で、その秘策実行を描き出す。安国寺恵瓊は安芸国の守護家・銀山(かなやま)城主武田信重の子として生まれる。幼名・竹若丸。しかし安芸武田氏が毛利元就に滅ぼされることで、臨済宗東福寺の末寺の僧侶となったという。毛利氏と尼子氏や大友氏との交渉に使僧として奔走する禅僧・竺運恵心に見込まれ、恵瓊は恵心の法弟となったという。それが縁で恵瓊は屈折した内心の思いを秘めつつも毛利氏の使僧となる。秀吉の<中国大返し>の後、山崎城を訪れた恵瓊を三成が接待役として対応するところから関わりが始まる。恵瓊45歳。三成23歳。この時以来、三成は恵瓊を妖僧と見て毛嫌いする。
 慶長5年6月、家康は会津の上杉討伐のために、豊臣家の武断派諸大名を率いて、会津討伐の挙に出る。川を討つならこの機会だと、恵瓊は三成に持ちかける。毛利輝元が後ろ盾になるという。三成が川打倒に立てば、毛利が動くという。秀頼の名の下に三成が立ち、家康と戦えば、得をするのは毛利氏ではないか。会津討伐が成功すれば、家康はいずれ、豊臣家と毛利氏に牙を向ける。毛利攻めは当然のシナリオである。
 恵瓊と応対する中で、三成が案じたのが、「駆虎呑狼の策」だった。
 それが、豊臣家に忠節を誓い、豊臣家の存続を賭けて実行されたとして、ストーリーが展開する。ここでも小早川秀秋がキーパーソンとなっていく。勿論、三成の視点からとらえた関ヶ原の合戦での大手となる駒である。
 本書の競作の中で3人の著者がそれぞれの作品に小早川秀秋を登場させる。家康視点からの秀秋、秀秋自身の主体的視点、三成視点からの秀秋。秀秋を巡る三者三様の解釈の違いも、副次的に本書のおもしろいところである。
 三成と恵瓊は小西行長とともに、洛中引き廻しのうえで、六条河原の刑場で斬首されたという。
 三成が恵瓊に「わたしは恵瓊殿の策に操られる一匹狼だったが、弧狼には、弧狼の戦い方があったということだ」と最後に述べたと著者は記す。この語りをこの作品で読み進めていただくとよい。三成の深慮遠謀。毀誉褒貶の多い策士・石田三成の人物像が三成主体に描かれていて、これもまた興味深い作品である。

 関ヶ原を舞台にした7人の作家の作品を読んだ第一印象は、なぜ世の小説家の多くが関ヶ原合戦を描こうとするのかの魅力がわかったような気がすることである。様々な戦国武将の意地と欲望と戦略構想、自家のサバイバルが錯綜し混沌と渦巻く。関ヶ原の合戦は多重構造の多面体なのだ。史実の空隙、文書の行間に多重な解釈が可能であり、客観的史料では解明できない謎に満ちているからなのだろう。作家が想像の翼を飛翔させたくなるモチーフに満ちた時空間が関ヶ原なのだ。
 関ヶ原の合戦のとらえ方を楽しむにはもってこいの競作集である。
 関ヶ原ものを別の作家はどう描いているのだろう・・・・本書はそのステップへのトリガーになる。

ご一読ありがとうございます。

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インターネットでどんな情報が入手できるか。ちょっと調べて見た範囲から覚書にしてみた一覧である。

関ヶ原の戦い :ウィキペディア
関ヶ原合戦-軍勢配置図① :「つわものどもの館」
関ヶ原の合戦  :「事件の日本史」
わかりやすい 関ヶ原の戦い :「信長の野望 Online 戦国案内所」
関ヶ原町歴史民俗資料館 ホームページ
戦国合戦図屏風 岐阜市歴史博物館  pdfファイル
  33ページから「関ヶ原の戦い」の屏風絵が掲載されている。
関ヶ原合戦図屏風 :「渡辺美術館」
徳川家康 :ウィキペディア
徳川家康公 顕彰四百年記念事業 ホームページ
可児吉長  :ウィキペディア
第23戦「井伊直政の抜け駆け」 :「歴史人」
第24戦「”笹の”可児才藏」  :「歴史人」
福島正則 :ウィキペディア
老骨臣散る 福島正則の死  長野県の文化財(特集号)
島津義弘 :ウィキペディア
島津義弘 :「島津義弘.com」
  島津義弘の死 それから
小早川秀秋  :ウィキペディア
小早川秀秋  :「岡山市」
大谷吉継   :ウィキペディア
大谷吉継   :「城と古戦場」
大谷吉継の肖像のまとめ NAVERまとめ
石田三成  :ウィキペディア
あの人の人生を知ろう~石田三成  :「文芸ジャンキー・パラダイス」
石田三成・失敗の研究~関ケ原での計算違い  瀧澤 中氏 :「衆知」
「三成タクシー」3月21日運行開始 石田三成の関連史跡案内
   2015.2.11  :「中日新聞」


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『イントゥルーダー』  高嶋哲夫  文春文庫

2015-02-19 10:11:18 | レビュー
 1999年に第16回サントリーミステリー大賞・読者賞受賞作品である。

 「初めて慎司の存在を知ったとき、うとましく思った。彼は、私の生活に突然入り込んできた、イントゥルーダーだった」
 「イントゥルーダー?」
 「侵入者。私たちは、コンピュータに入り込んできたものをそう呼んでいる。クラッカーやハッカーも含めて」
 ゆっくりとしゃべった。自分の中で、慎司の存在を整理しておきたかったのだ。(p214)
 このミステリーの中程に出てくる一節である。この作品のタイトルは直接的にはここに由来するようだ。

 「私たち」と語る「私」とは、東証一部上場の東洋電子工業の副社長であり研究開発部長という肩書を持つ羽嶋浩司である。大学の研究室の先輩と大学卒業の半年前から始めたベンチャー企業を一部上場企業に発展させてきたのだ。そして東洋電子工業創立25周年記念事業の一環として、今はTE2000という世界最大、最高速の商用スーパーコンピュータの開発チームを主導している。マスコミ発表まで、デバッグに費やせるデッドラインはあと1週間という段階にある。横浜の新興住宅地、百坪の敷地のある家に住み、明美という娘のいる家庭を築いている。妻の裕子は、羽嶋たちのベンチャー企業が軌道に乗り始めた頃、会社にアルバイトに来ていた女子大生だった。

 そこに突然、松永奈津子から「あなたの息子が重体です」という電話連絡が入ったのだ。奈津子とは、羽嶋が大学4年の終わりから卒業してしばらくの間、2ヵ月あまり一緒に暮らした女性である。羽嶋のアパートにおしかけて来て、一緒に暮らし、突然姿を消し、パリに行ってしまったのだ。25年近く経って、青天の霹靂のごとき電話。まさに羽嶋にとっては、イントゥルーダーだっt。それも異常な連絡での始まり。

 慎司は「脳挫傷」により病院の集中治療室に入院していた。歌舞伎町から新宿5丁目に出たところで、悪質なひき逃げにあったという。その車は2日前に届出が出ている盗難車だった。慎司はひき逃げされたとき、酩酊状態だったという。
 25年ぶりに再会した奈津子から羽嶋が知ったことは、奈津子が現在フランス料理の店を経営していること。慎司が羽嶋の卒業した大学の学部学科を卒業し、7年ほど前に設立されたコンピュータソフト会社・ユニックスに2年前から勤めていること。ソフト開発部副主任という肩書であること。卒業後は自立し、マンション暮らしをしていたことである。
 重体の慎司という息子の存在を知った翌日、羽嶋は警視庁の刑事から、慎司の血液中から覚醒剤が検出されたということを告げられる。
羽嶋は、慎司がどういう人間だったのかを知るために、慎司のマンションを訪ね始める。そして、マンションを訪ねてきた宮園理英子を知る。一方で、ユニックスでの慎司の上司や慎司の大学時代のコンピュータ・クラブの仲間という人間関係を通じて、慎司という人間のイメージを形成していく。

 慎司の部屋の留守番電話には12件のメッセージが残されていた。そこには、慎司の大学時代の仲間・小池雅恵の「まだ、海をみているの。帰ったら電話ください」というメッセージもあった。机の前の壁には真っ赤に染まった空と海のポラロイド写真がピンで止められている。羽嶋は「日本海に行って、日の出を見るんだって」と雅恵が言っていた言葉を思い出し、あることに気づくのだ。
 羽嶋は慎司の考えを辿るために、日本海にドライブすることに着手する。そして、真実に1歩ずつ近づいて行く。
 日本海へのドライブから戻った羽嶋は、改めて小池雅恵と会う。そして雅恵から慎司のパソコンのパスワードを教えられるのだ。慎司のパソコンから羽嶋は慎司が何を解明しようとしていたかの糸口を掴む。慎司はユニックスが受けた原子力発電所の仕事の絡みで、何かを偶然に見つけていた。原発建設に絡む重大なデータを読み出していたのだ。

 脳挫傷という重体に陥り、覚醒剤使用者と疑われた慎司の汚名をそそぐために、羽嶋は己が開発してきたコンピュータを武器にして、原発建設に絡まったハイテク犯罪の渦中に身を投じていく。

 原子力産業は、様々な次元・局面でコンピュータ・テクノロジーを駆使している。巨大な組織がコンピュータ・システムを利用しているのである。意図的にコンピュータ・ソフトが利用されればどうなるか・・・・。それが発覚しそうになったら、どのようなリアクションが起こりうるか・・・・・。そんなテーマを題材にして出来上がったミステリー作品。その展開プロセスは実にリアル感を生み出して行く。どんでんがえしの意外な展開がおもしろい。

 最終ステージに及び、「イントゥルーダー」という語が様々な事象・行為の局面で該当し、その語が重層化して使われた集約としての一語であるということに気づく。

 「でも、僕のウィルスは、ダメージを与えることは絶対にない。ただ、存在しているだけ。そういう点においては、僕と同じだ。父さんにとって、僕の存在は無だ。僕はただ自分の意識の中に存在しているだけ。父さんに見つからなくても、発表の日には消えるよ。」
 この作品の最終局面に出てくる慎司のメッセージ・・・・・哀しいメッセージ。

 もう一つ、この作品が投げかけるメッセージと私が受け止めたものを記しておきたい。
 「人が生きていくために、心のよりどころとなるもの。それが優しさではないか。」

 ご一読ありがとうございます。


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本作品と直接的関係は少ないが、ふと関心を抱いた事項について、いくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

不正アクセス (illegal access) 不正侵入 / 侵入 / intrusion :「IT用語辞典」
ハッカー  :ウィキペディア
Hacker (term)  From Wikipedia, the free encyclopedia
ハッカー 【 hacker 】 :「IT用語辞典」
クラッカー 【 cracker 】:「IT用語辞典」」
スーパーコンピュータ  :ウィキペディア
写真で見る世界のスーパーコンピュータートップ10 :「Gigazine」
スーパーコンピュータ「京」はとてつもなく速い  :「FUITSU」
  「イントゥルーダー」は1999年の作品。
  この作品でスーパーコンピュータ(TE2000)は、最大演算性能は40テラ(兆)FLOPS
  だと描かれている。それが現在ではこの記事の記載をすら越えるスーパーコンピュー  タすら出現して来ている時代である。

原子力発電  :ウィキペディア
福島第一原発、その欠陥が指摘される  :「swissinfo.ch」
原発元設計者が告白「原子炉構造に欠陥あり」 :「dot.」
断層  :ウィキペディア
活断層データベース 起震断層・活動セグメント検索[GoogleMaps版] 
  :「産業技術総合研究所」
市民のための耐震工学講座  4. 地盤について  :「日本建築学会」
原発の不都合な真実 第9回 原発は安価か?  井田徹治氏  :「47NEWS」


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徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『原発クライシス』 集英社文庫
『風をつかまえて』 NHK出版
『首都崩壊』     幻冬舎


また、数冊の原発関連フィクション作品と併せて
今までに以下の原発事故関連書籍について、読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。
『ビデオは語る 福島原発 緊迫の3日間』 東京新聞原発取材班編  東京新聞
『原発利権を追う』 朝日新聞特別報道部  朝日新聞出版
原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新3版 : 48冊)





『狂信者』  江上 剛   幻冬舎

2015-02-15 17:38:13 | レビュー
 フリーライターの堤慎平にインタビュー取材の仕事が入る。『毎日が投資』という投資雑誌の編集長からの依頼である。雑誌広告のような取材の類いなのだが、インタビューの対象はユアサ投資顧問の湯浅晃一郎という人物。この湯浅晃一郎は取材嫌いであり、基本的に取材は受けないという。自分の学歴すらマスコミに明かしたことがない人物なのだ。一方、堤は自ら金融は素人と自覚しており、年金運用、年金基金、投資顧問などについての素養がない。インタビュー取材のための最低限の準備をして取材に行くことになる。
 編集長は、読者目線でよく、「なまじいろいろなことを知っていうより記事賀面白くなるから。まあ、湯浅にインタビューして、人が投資したくなるような記事を書いてくれ」(p23)と言う。
 その堤はユアサ投資顧問の入るビルを訪れ、オフィスと組織体制などを案内を受けるとともに、湯浅晃一郎にインタビューして、彼が東大の経済学部で97年卒であるという取材も行うことになる。そして、なんと初めてのインタビューにも拘わらず、湯浅からインタビュー取材の後、突然に入社をオファーされるのだ。「あなたは非常に素直なお人柄のようで、また好奇心が旺盛なところも大変気に入りました」「年収は、とりあえず最初は1000万程度で如何でしょうか?・・・」(p40-41)と。だが、そのオファーには湯浅晃一郎にとっての理由が存在したのだ。

 慎平には早稲田の同窓生で学生時代からの恋人がいる。国本美保という。慎平はマスコミ志望で業界各社を受けたが採用されず、フリーラーターになった。そしてやっと3年ほど前から堤慎平の名前で雑誌に記事を書くようになってきたが、満足な生活ができるレベルではない。一方、美保は経済専門の大手新聞・産業日報新聞の経済部記者。入社7年目の29歳で、日銀や金融庁が専門で、遊軍的な仕事をしている。慎平に比べ生活は安定している。
 1000万の年収のオファーという魅力があり、湯浅晃一郎という人間にも惹かれた慎平はユアサ投資顧問への入社を決断する。美保はそれには反対した。そして、慎平との交信を中断する。なぜか?
 美保は経済部記者としてユアサ投資信託が成績が良すぎることを不審に感じているのだった。他の投資顧問がみんな成績を悪化させていときでも安定している点が逆におかしいと捉えている。慎平に湯浅晃一郎へのインタビュー取材の仕事が入る前から、この会社を調査してきていたのだ。美保は調査取材過程で、美保の関心事に唯一きっちりと対応してくれる三崎数馬と接触し、必要と感じる情報を提供し、コミュニケーションを保ってきた。三崎は財務省から来て金融庁監督局で証券関係を担当するエリートである。美保の疑問を介して、三崎もユアサ投資顧問には着目しているのだ。
 そして、美保が書いたコラム記事が新聞社の系列である『年金詳報』に掲載される。それはバーナード・マドフが関与したとされる巨額詐欺事件にからめて、日本の年金基金運用に目を向け、暗にユアサ投資顧問の運用業績の良さに疑問を投げかける形の記事だった。
 この記事がトリガーとなり、ユアサ投資顧問という会社及び湯浅晃一郎を軸としながらストーリーが展開していく。
 広報部長として入社した慎平は、会社の組織体制の実態と湯浅晃一郎の態度・行動などを徐々に理解し始める。湯浅晃一郎という人間に一層関心を深めていくとともに、ジャーナリストとしての心が動き始める。美保は慎平から聞いた「東大経済学部97年卒」という情報により、三島からこの年次卒業生リストを入手する。美保は慎平にそのリストに載る湯浅晃一郎の出身地を調べて欲しいと頼まれる。慎平にはさらにジャーナリスト気質が沸き起こってくる。それが第2のトリガーとなっていく。

 この小説は、日本の年金制度における厚生年金基金の破綻問題という金融経済事象を題材にしている。存続する複数の年金基金が大義名分としては常時儲けるユアサ投資顧問の湯浅晃一郎を救世主の如くにとらえ、年金基金の資金運用を任せていく状況を描き込んでいる。ここに登場する年金基金関係者がユアサ投資顧問に群がり、湯浅晃一郎を狂信するのは、儲けさせてくれる対象だからである。湯浅晃一郎を介し、この会社が常時儲けているのは彼らにとって、怪しさの対象では無く、欲望の対象だからだ。儲け損なわないでいられるありがたい存在なのだ。ユアサ投資顧問の運用が不正かどうかは、年金基金関係者には関係がない。「儲けさせてくれる間は、正義だからだ。不正をしているか、いないかは自分とは関係ない。とにかく儲けて、怪しいと思えば手を引けばいいのだ」(p153)儲けさせてくれるという意味合いは組織のためにだけではない。そこには個人の欲望が色濃く蠢いている。また湯浅は冷徹にその個人の欲望を満たすということを手段に利用していく。
 底流には、国の年金制度と厚生年金基金の実態並びに金融経済の仕組みの一側面がテーマとなっている。厚生年金基金がなぜ破綻状況に陥ったか。それが今どうなりつつあるか、を語る。一方で、投資顧問会社の存在、国際金融経済の一側面を描き出していく。英領バージン諸島というタックスヘイブンを利用した海外設定の私募ファンドによる資金運用という構造である。しかも、そこにはまた裏が仕組まれていたという・・・・・・。そこには著者の金融業界経験と情報が豊富に裏打ちされている感じである。事実の局面とフィクションが巧妙に織りなされているようである。
 ここには官僚体質並びに天下りの構造への痛烈な批判が込められているように感じる。 もう一つ、美保と新聞社の編集長との対話を通して、「本当の事を書けるか」というテーマをも投げかけている。

 小説としての表のテーマは3つあるように思う。
 第1は個人の欲望が狂信者を生み出すということだろう。欲望を満たしてくれる対象にはまり込んでいくという実態。
 第2は、湯浅投資顧問という会社で描き出される「投資」の実態解明プロセスを描く。それは底流のテーマとコインの両面である。
 第3は「自分探し」というテーマである。湯浅晃一郎の「自分探し」であり、結果的に慎平の「自分探し」の局面にもなっていく。「プロローグ」の描写は、この第3のテーマに関係していくものである。このプロローグ、最終段階になってその意味が明瞭になっていく。ミステリーとしての謎解きへの布石だったのだ。

 最後に、この小説に書き込まれた文章で、興味深いものをいくつかご紹介しておきたい。この小説のテーマとも深く関連しているものである。
*でもこの「絶対」を信じるのは、会社という組織に属している人の傾向と言えるかもしれない。・・・・会社という組織に属すると「絶対」の信者にならなければ生きていけない。会社組織を相対的に観察するような人間は、組織で生きることはできない。・・・・誰もが会社組織で生きるために、どこかで不安定な思いを残しながらも「絶対」を信じるように努力しているのだ。  p154
*政府は、年金基金の問題に真剣に取り組まない。ただ解散しろと言うだけだ。でも解散したくたってできないんですよ。だから運用をうまくやって、また景気が回復して、株価が上がることを期待するしかないんです。それを先送りだとか何とか批判する人はいるでしょう。しかしそれしかない。  p205
*多くの人は他人より楽して金儲けをしたいと思っています。そしてそういう機会に恵まれ、主催者から、このことを秘密にしておきなさいと言われれば、秘密にします。他人に知られて儲けを持っていかれたくないと思うからです。騙そうとする人間は、そうした人の心理につけ込むんです。  p302
*その基金の責任者は、運用など知らないにもかかわらず、知らないといえない業界のボスだったり、ポスト維持に汲々とする天下り官僚だったり、彼らは、そのプライドをくすぐられたり、遊興の面倒を見てもらったりしています。とにかく訳が分からなくても運用さえうまくいき、自分の責任が問われないなら、それでいいのです。もっと厳しいことを言えば、徹底してうまく騙してくれた方がいい。騙された時に損害を受けるのは、基金の資金です。自分の資金ではない。そしてうまく騙してくれれば、防ぎようがなかったと言い逃れもできるんです。   p302
*最終段階で詐欺師の餌食になった者たちが、いつも本当の被害者となる。初期段階で手を引いた者たちは、大きな利益を勝ち得ることもある。だから詐欺事件はなくならない。なぜ騙されるのか。それは自分だけは騙されない、騙されていないと思い込むからだ。そう思った時には既に騙されている。  p318
*欲望が人を狂わせるのは、いつの時代も真実だ。湯浅たちは、人の欲望に取り入る連中だが、それにしても国は彼ら以上の詐欺師だ、と思う。年金なんてものは、国が、庶民に幻想をふりまいているだけじゃないか。完全に破綻しているにもかかわらず、まだまだ大丈夫だと言い、勧誘を続けている。これを鷺と言わずして何を詐欺というのだろう。 p359

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この作品との関連で関心事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

公的年金各制度の財政支出状況  :「厚生労働省」
年金の財政検証による将来見通し 2015.6.5 :「みずほ総合研究所」
年金基金の財政状況等 (平成20年度~平成24年度)  厚生労働省
厚生年金基金制度-2-財政 :「Pmas」
国民年金基金についての私的提言  :「Stairway to Heaven」(橘玲 公式サイト)
企業年金基金 ホームページ
厚生年金基金の財政検証の見直しに係る要望事項等について  企業年金連合会

イギリス領ヴァージン諸島 :ウィキペディア
私書箱957号に気を付けろ! :「(行政書士+税理士+会計士)×コンサルな記録」
「あやしいファイナンス」の見分け方  :「isologue」


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『図説 よりすぐり国立国会図書館』 国立国会図書館編集  勉誠出版

2015-02-11 11:04:01 | レビュー
 この本は、国立国会図書館の所蔵資料について、デジタル化が行われ同館のホームページで公開されているものの中から、代表的な所蔵資料を紹介したガイダンス本である。
 つまり、本書は国会図書館にはどんな所蔵資料があり、既にどんなものが公開されているか、その先端に触れて、中を覗いてみようという動機づけになる。

「国会図書館デジタルコレクション」の目次ページには、「国立国会図書館」のホームページからしかアクセスできない。直接に目次ページにはアクセスできないようである。
ホームページの左に縦に並んだメニューからの項目選択でのアクセスである。ただし、一旦アクセスした作品・史料などのアドレスを記録しておくと、その後はダイレクトにアクセスが可能となる。
 私自身試してみた。貴重な資料類にアクセスできるきっかけができて有益だった。今までに、「近代デジタルライブラリー」はしばしば使っていたが、それがほんの一領域だったことを知った。またこれほど、様々な所蔵資料が既に一般公開されているとは!
まさに国立国会図書館は「知の宝庫」である。

 本書の目次をまず、紹介しておこう。
第1部 貴重書と古典籍
 第1章 書物の華 ~絵本・絵巻・錦絵など~
 第2章 書物の歴史 ~奈良時代から江戸時代まで~
 第3章 さまざまな資料 絵図、記録、名家の筆跡
 第4章 外国の書物 ~中国・朝鮮、西洋~
第2部 憲政資料
 第1章 幕末洋学
 第2章 維新明治期

 国立国会図書館の概要とデジタル化事業-本書の背景として
 
 本書の副題は「竹取物語から坂本龍馬直筆まで」となっていて、まさにこの二部構成を象徴しているとも言える。
 たとえば、「竹取物語」というキーワードで検索すれば、現時点でデジタル化されている関連資料が一覧としてずらりと画面に列挙されるこれでは、どれから見て良いやらわからない。「竹取物語」に関心があり、既に目的がはっきりしている人には、どれを見たいかの目処がある。そうでなければ、どれか一行を思いつきでクリックしてみるしかないだろう。それでは楽しめない。
 また、普通にホームページにアクセスするだけでは、書名・作者名・発行時期・発行者などの最小必要源の情報があり、後は現物のデジタル化された映像を見るだけとなる。本書は当該資料について、簡潔な内容説明、背景説明などが特定ページの写真とともに記載されているので資料へのアクセスとして参考になる。その資料を見るポイントもわかる。
 最初は、本書を手許においてその作品・資料にホームページからアクセスして、閲覧しながら読むとおもしろさ、興味が倍増すると思う。
 本書の特徴は、掲載資料の作品名、書誌事項、簡潔な解説をすべて、英語で併載しバイリンガル書になっていることである。外国人の人にも使えるガイド書となっている。

 たとえば第1章では、まず1として「おどりの図」が紹介されている。
その次に「[江戸初期] 写 1軸 縦23.5cm <WA31-9>」と記載され、この「おどりの図」に関する最小限の資料説明がある。この最後の2.竹取物語 肉筆彩色絵巻 <本別12-3>  3巻本  [下] 22コマ目
3.義経奥州下り <WA31-18> 12コマ目
4.十二月遊ひ [上]  祇園の山鉾図は25コマ目   <WA31-19>  
5.ゆや 謡曲「熊野(ゆや)」を題材  奈良絵本 9コマ目と11コマ目 <WA32-19>
 
見るだけならこれでも充分。この貴重資料の背景を、本書の簡略な説明で読むと、興味が増してくるという次第だ。

第2章から井原西鶴著『好色一代男』を取り上げてご紹介しよう。
本書では、まず42.として大阪の秋田屋から出版された『好色一代男』8巻本<WA9-3>を掲載している。請求番号で検索すると、8巻の一覧が画面に出てくる。

それでは、本書に掲載のページはどこか? それは読者が探さすことになる。この推測と探究がまたおもしろいといえる。
この場合は、第1巻の2つめの挿絵場面のページだった。8コマ目である。

だが、一例として面白いのは実は11コマ目だったりする。当時の読者はこの挿絵を見て、どう思っただろうと想像すると面白いのではないか。たぶん軽犯罪などという概念はなかっただろう・・・・。
43.として、当時江戸版がそれほどのタイムラグなしに急いで刊行されたそうだ。その江戸版『好色一代男』<WA9-10>は菱川師宣が挿絵を描いたそうである。解説がおもしろい。
江戸版は版型が小さく料紙もやや劣るうえに、文章も誤脱が多いものだったそうな。江戸版の第1巻は、挿絵のテーマは同じだが、大阪版とは絵の場面の描き方がかなりちがうという点が興味深い。これは江戸の人々の生活感覚に合わせたのだろうか。それとも、大阪版に対抗した江戸の心意気、菱川師宣の意識の反映なのだろうか? 文字部分は読めなくても(私には判読無理!)、挿絵を見ていくだけでもおもしろい。対比的にみれば、もう一つおもしろさが加わるのだ。こちらは7コマ目である。

 第3章の冒頭には52.として江戸初期の写で、通称「慶長日本総図」<WA46-1>が掲載されている。伊能忠敬が日本全体の測量をする以前の地図だが、日本の形状は北海道を対象外としてほぼ把握されている。
そして、53.としてあの伊能忠敬の測量した地図「大日本沿海輿地全図」が閲覧できるのだ。日本歴史の教科書で大昔に習ったこと、その地図がデジタル化によりいつでも見られるということは、すばらしいことだと思う。
 調べて見ると、本書に掲載されているのは、第90図「武蔵・下総・相模(武蔵・利根川口・東京・小仏・下総・相模・鶴間村)である。一覧から該当地図を閲覧してみてほしい。この地域に住む人なら、一層親近感が生まれるのではないだろうか。

 そして、なんと正岡子規自筆の「絶筆三句」<WB41-61>にも5コマメで見ることができる。

本書には、同じ明治35年(1902)に子規が描いた「草花帖」<WB38-1>や自筆の「子規居士自画肖像」<WB41-58>も掲載されている。子規の横顔写真は本で見たことがある。しかし本書で初めて自筆肖像画を見た。
正岡子規の存在が身近になる。これがデジタル化の効用だろうと思う。いつでも、どこにいても、正岡子規が隣りに存在するような・・・・。これは他の古典籍も同様である。
知の宝庫がそこには広がっている!

 最後に第2部の「憲政資料」に触れておこう。
ここには、中岡慎太郎筆跡という「亡友帖」の中に、坂本龍馬による「新政府綱領八策」<石田英吉関係文書1-5>が記録されている。映像の上段がそれである。

 解説には次のように記されている。
「坂本龍馬が、いわゆる『船中八策』をもとに、議会制度、官制、外交、大典の撰定、軍制など後の明治新政府の基礎となる建言を起草して、土佐藩重役に示した政体案。伏字部分は山内容堂説、川慶喜説などあり、今も通説は定まっていない。下関市立長府博物館(山口県)に別本が所蔵されている。」
 明治政府の大日本帝国憲法がどんな変遷を経て制定されたか? その背景を示す憲法草案推敲過程の文書がいくつか紹介されている。
 伊藤博文、井上毅、陸奥宗光などの日記・書簡その他が掲載されていて、当時の時代背景をその気になればかなり知ることができる一級の史料が閲覧できる。たぶん政治史研究には不可欠の史料だろう。

 政治についての門外漢でも、次のような所蔵資料の紹介には興味が湧くのではないか。「錦絵(国会議事堂)」<憲政資料室収集文書1298>は明治28年5月発行、今井敬太郎(百花堂)の作成という。
明治時代の国会議事堂がどんな姿だったか、今まで考えたことがなかったので興味深い。また「国会議員双六」<憲政資料室収集文書1238>というのも発行されたというのだからおもしろい。

 国会法130条には、国会に国立国会図書館を置くという規定があり、国会図書館法が制定されている。その法により国立国会図書館が昭和23年(1948)に設立されたのだとか。国会議員の調査研究に資する一方で、「国民の情報ニーズにも応える機関として位置付けられている」という。
 本書末尾に付された「国立国会図書館の概要とデジタル化事業」の一文は、国立国会図書館の経緯とデジタル化事業の進展経緯がわかって参考になる。

 本書を傍に置き、解説を読みながらデジタル化された資料を閲覧してみてほしい。知の宝庫にアクセスするトリガーとなるに違いない。国立国会図書館があなたの手許にくるのだから・・・・・。

ご一読ありがとうございます。

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補遺
ホームページからアクセスし、本書に掲載されている所蔵資料のいくつかを取り上げてご紹介しておこう。番号は本書に掲載された番号である。適宜参考程度のコメントを付記した。コマ番号は本書に掲載された写真の該当コマである。アクエス先からコマを選択する必要がある。

6.てんじんき 3冊 巻中  24(右)・23(見開き)・22(左)コマ目で一つの場面
  奈良絵本。菅原道真について天神縁起を絵入り本にしたもの   <WA32-20>
7.小袖曽我 奈良絵本 幸若舞曲「小袖曽我」を題材に 16-18コマ目 <WA32-18>
8.太子伝記 奈良絵本、8冊、第3冊の第4図  21コマ目 <W32-21>
9.義経記 古活字版の丹緑本、8巻、第3巻・33コマ目 <WA7-266>
10.小倉百人一首 歌と歌人肖像掲載墨刷り絵本 菱川師宣画 31コマ目 <寄別5-7-1-10>

22.江戸日本橋ヨリ富士ヲ見ル図  <寄別2-9-1-10>

33.論語 [天文版論語] 10巻 合1冊 48コマ目 <WA6-90>
36.源氏物語 平仮名活字本 慶長年間 54冊 桐つほ 各巻単位  <WA7-263>
   
46.本草図譜 巻5-96 岩崎灌園著 江戸時代末 2,920品 一覧  <に-25>

50.南総里見八犬伝  曲亭馬琴著 読本  一覧  <本別3-2>

71.暁斎絵日記 河鍋暁斎自筆  2軸3冊  一覧 <WA31-14>

85.文久年間和蘭留学生一行の写真 1865年オランダで撮影 1枚<津田真道関係文書47-3>

96.伊藤博文手記 外遊日記 1873/3/7~3/12 <伊藤博文関係文書(その2)書類の部1>


直接関係する事項を併せてネット検索してみた。一覧にしておきたい。
国会法 :ウィキペディア
国会法(昭和二十二年四月三十日法律第七十九号)  :「e-Gov」
国立国会図書館法  :ウィキペディア
国立国会図書館法(昭和二十三年二月九日法律第五号):「e-Gov」
国立国会図書館法によるイタネト資料の収集にインターネット資料の収集について
   国立国会図書館
蔵書構築  :「国立国会図書館」


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『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  今野 敏  幻冬舎

2015-02-07 10:52:59 | レビュー
 この作品の中心人物は樋口顕(ひぐちあきら)という警視庁・捜査一課強行犯係(第三係)の刑事、係長である。まずこの樋口のキャラクター設定がこの作品をおもしろく色づけている。樋口自身が警察官として自己評価している自己像と第一捜査課の上司・同僚をはじめ、警察署の刑事たちそれぞれがが捉えている樋口像との間にかなりのギャップ、コントラストがあることである。
 刑事のだれもがあこがれる捜査一課を表す「S1S」のバッジを誇らしくは感じるものの、それをつけるのは警視庁本部内にとどめておきたい、ひけらかすような真似はしたくない。刑事部の他課、警察署の人々とのバッジを介した軋轢を回避するに越したことはないと考えるタチである。争い事が嫌いで妥協もする。人の話はよく聞く。人をだますよりだまされるほうが気が楽だと思ってしまうタイプなのだ。年齢を考えると何時までも現場にいられないと思う一方で、責任が重くなることに躊躇する心が動く。警察官としての行動倫理の枠を遵守し実践する。それは一面自己保身でもあるととらえている。若い頃には。自分が警官に向いていないのではないかと何度も思ったことがある。だがそこそこの満足が得られてきたので刑事を続けているのだ。また独占欲が強い性格かもしれないとも思っている。刑事と記者は運命共同体であり、事件に対する立場が違うだけだから、邪険にすることはなく、捜査を妨げない範囲での情報のやりとりをしももよいと考えている。そこそこの評価を得ている形で定年を迎えられればよいと考えている。
 だが周囲の目は違う。田端課長は樋口が係長から管理官にしたいと思い、樋口に試験を受けさせたいと思っている。管理官の天童は事件現場で、樋口にある問いかけをして、その理由を樋口が家族思いだからと口にする。また、樋口は忘れているが、捜査の過程で樋口に助けられ、樋口を慕う警察官も居る。樋口の捜査能力と思考に一目置き、一緒に事件に取り組むことを喜ぶ刑事も居る。

 事件は、世田谷区の三宿(みしゅく)交差点近く、一本裏通りにあるオートロックではないマンションで発生する。被害者は南田麻里、年齢23歳。単身用の間取り。玄関ドアを開けると、キッチンがあり、それを通り抜けた奥にリビングルーム。左手に小さな寝室がある。リビングルームの中央の小さなテーブルが斜めになっていて、その上にある雑誌などが乱れている状態。そのリビングで被害者は殺されていた。金は取られていず、着衣に乱れがないので性的目的でも無さそうなのだ。首に痣ができ、絞殺か扼殺とまず判断された。
 遺体の発見者は南田の飲み仲間だったという石田真奈実、28歳。三軒茶屋の美容院に勤めている女性。当日石田は被害者と午後9時頃電話で話し、南田の部屋で一緒に酒を飲む約束だったという。遺体発見は午後11時頃。

 初動捜査でわかったことは、風営法関係、水商売のつとめだという。渋谷のキャバクラで働いていた。同じマンションでの聞き込みでは、物音や言い争う声は無かった。玄関のコンクリート部分で足跡は途絶え、部屋の中に足跡はない。土足での部屋侵入はなかったのだ。顔見知りの犯行なのか・・・・。怨恨なのか・・・・。
 さらに、世田谷警察署には、南田麻里からストーカー被害届が出されていたことがわかる。ストーカーの名前は、樫田臨(かしだのぞむ)、33歳会社員。ストーカー相談の折に記されていた樫田臨の住所を当たったところ、引っ越したようなのだ。転出届も住所変更届けも出ていない。被害者の南田は告訴はしていなかった。
 捜査本部は、ストーカーとして届けられた樫田の捜査から始まって行く。

 ストーカー規制法ができてからストーカーを取り締まるのが警察の仕事となった。ストーカー被害を受けていると被害者届を出した人物が殺された。ストーカーが犯人の可能性がある。捜査本部の立てられた世田谷署には緊迫感が走る。
 被害届が出されれば警察はストーカーを取り締まるが、直接被害者を警護することなどできない。警察はストーカー行為に警告を発しても、その行為が続くなら公安委員会が禁止命令を出すことまでなのだ。身の危険を感じるなら、被害者は民間の警備保障会社などに依頼して自衛するしかない。
 ストーカーを処罰できるのは、ストーカーが公安員会の禁止命令に違反した場合か、被害者の告訴が条件になるのだ。
 そのことを充分に理解がないまま、ストーカーが殺人を犯した場合は、マスコミによる警察の攻撃し、人々も警察の攻撃を始める。警察内部に問題がなかったか・・・・責任問題の波紋が広がっていく。

 この作品は、ストーカー問題と警察の対応をテーマとしながら、事件が意外な展開を見せ始めるというところに読ませどころがある。
 面白いのは、捜査本部に警察庁から若い女性のキャリアが派遣されてくることである。警察庁刑事局刑事企画課刑事指導官という肩書を持つ小泉蘭子である。ストーカーの被害者が、殺人の被害者になったというこの事件の発端。警察庁はストーカー被害との関連という事態を重視したのだ。捜査が適切に行われているか判断し、捜査にアドバイスをする役割なのだと、田端課長が天童管理官や樋口らを前にして言う。それに対し、小泉はこう言う。「時代が変わり、経験則だけでは測れない事柄も増えてきます。私はストーカーの現状や被害女性の心理、心情について詳しく研究しております。さらに、ストーカーの社会的な意味合いについてもお話しできると思います。」と。
 田端課長の発言を受けた天童管理官が、小泉刑事指導官の考えを捜査本部の捜査員たちに説明するリンケージの役割をさらりと、樋口に振ってしまうのだ。そういう説明は樋口が特異だから心配ないと言って。つまり、樋口は捜査権を持たず、殺人事件の捜査という現場経験が全くない刑事指導官のお守り役とならざるを得なくなる。
 予備軍として天童管理官のサポート役で捜査に参画する樋口が、小泉の要望で同行し事件現場を見聞することから、小泉とのペアでの行動が始まっていく。樋口は、己の性格からか、現場も知らない役人が捜査の監視に来て、茶々を入れるのではないか、煙たいものは遠ざけよう・・・・というスタンスはとらない。小泉のしぐさ・行動を観察し、その意見・考えに耳を傾けつつ、自分の考えとも対比しながら、捜査の進展に重要なヒントを得、また小泉の考えを引き出していくのである。それが捜査展開に大きく寄与していく。このプロセスが読ませどころである。小泉の女の勘と研究者としての心理分析能力が徐々に発揮されていく。小泉は樋口を介して積極的に捜査現場に出て行く活動派でもあった。
 南田が世田谷署以外の警察署にもストーカー被害届を出していたことが判明し始める。遺体発見者の石田の話を小泉が樋口に同行して事情聴取することなどから、小泉の専門家としての意見が重要なトリガーとなっていく。それを捜査員が受け入れやすくするのが樋口なのだ。

 もう一つ、この作品には同時並行で事件が絡んでいく。その情報は警視庁本部の生活安全部に異動となった氏家讓警部補からの電話での一報から始まる。知らせたいことが2つあるという。その一つを当面樋口は軽視する。ところが・・・なる点がストーリー展開のミソ。もう一つは、樋口にとって家族が絡んでくる直接問題だった。
 氏家は少年事件課に所属し、少年事件第三係の捜査員なのだ。氏家が樋口に告げたのは、樋口の娘・照美の持っているパソコンから脅迫メールが送信された疑いがあるのだという。照美のパソコンのIPアドレスが特定されたのだ。犯人が照美のIPアドレスを知り、照美のパソコンを遠隔利用してなりすましてメールを発信した可能性が高いようなのだ。だがそれを証明するには、照美のパソコンが捜査の対象として調査される必要があるのだ。警察官の家庭に、捜査員が捜査に入るという事態の発生である。
 「おい、聞いているのか」
 「聞いている。捜査情報をよそにばらすとまずいだろう。」
 「あんた以外にはばらさないよ」
 「俺がしゃべるかもしれない」
 「実害がなければいい」
 「俺は誰にもしゃべらない」
 「そうだな。当分はそうしてくれないと困る」
 「強制捜査は、まだないんだな?」
 「今のところ、そういう話はない」

 娘が事件に巻き込まれている。場合によれば、娘が事件の当事者かもしれない。樋口は最近の娘のことをほとんど知らないのだ。大学3年になり、部屋に閉じこもりがちであり、妻の話ではパソコンをよく使っているという。
 ささやかな家庭の娘を持つ父親という立場と警察官としての倫理行動を遵守するという立場のジレンマ。娘のプライバシーというものが全面に関わってくる側面もそこにはある。
 樋口の心は揺れ動く。殺人事件の捜査の進行プロセスで、警察署内に寝泊まりを続け、捜査にかかわりながら、時として思いは娘が巻き込まれた事件に向かう。氏家とのコミュニケーションが唯一の情報源になるが、それすら問題視されかねない事象でもある。
 この副次的な事件が、殺人事件と織りなされながら同時進行していく。
 樋口の警察官魂がこの二つの事件の中で、揺れ動き、己の信じる道を歩み続けさせる。樋口の心理・考えの動き、周りの人々が見る樋口像と樋口への関わり方、それがストーリーの中で描き込まれている。

 被害者南田の殺人事件に潜む事実展開の意外性。そこにはストーカー行為事象の逆利用があったのだ。また、樋口照美のパソコンを使った脅迫メール事件は、実にほほえましい結末のオチとなる。事件を梃子にしたこんな機会活用は家庭円満につながり楽しいオチである。エンタテインメント性を充分に盛り込んだストーリーとなっていて、おもしろい。
 己の実力を過小評価しがちな実力派刑事像が描き込まれていて、興味深い。


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本作品から関心の波紋を広げてネット検索した一覧をまとめて起きたい。

警察庁刑事局  :ウィキペディア
組織・制度の概要案内 - 詳細情報 国家公安委員会・警察庁 :「eーGov」
刑事総務課指導担当管理官運用要綱の制定について 昭和53年4月1日

警察庁組織令 (昭和二十九年六月三十日政令第百八十号) :「e-Gov」
ストーカー行為等の規制等に関する法律 (平成十二年五月二十四日法律第八十一号)
ストーカー行為等の規制等に関する法律  :ウィキペディア
ストーカー規制法  :「警視庁」
「つきまとい等」の具体的な事例  「宮城県警察」
ストーカー規制法とストーカー行為  :「池袋 総合探偵社 プログレス」

「ストーカー行為等の規制等の在り方に関する報告書」 平成26年8月5日
    ストーカー行為等の規制等の在り方に関する有識者検討会   pdfファイル

ストーキングの動機はどこにある?ストーカー心理の4パターン :「ガジェット通信」
マンガで分かる心療内科・精神科in新宿   :「ゆうメンタルクリニック」
   第40回「人はなぜストーカーに走るの?」前編
   第40回「人はなぜストーカーに走るの?」後編
ストーカー対策の基本・加害者の心理:被害者、加害者にならないために
     碓井真史氏       :「YAHOO!ニュース」


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版

『ビデオは語る 福島原発 緊迫の3日間』 東京新聞原発取材班編  東京新聞

2015-02-03 10:28:26 | レビュー
 福島第一原発の爆発事故から1年半後の2012年8月、東京電力が事故発生当初の東電本店と現地対策本部との間のテレビ会議の映像を公開した。当時このテレビ会議の映像が公開されたというニュース報道を見たが、具体的な内容はあまり分からなかった。
 公開された映像は約150時間分。そのうち、音声も記録された映像は約50時間分(2011年3月12日22:59~15日00:00過ぎまで)だったという。
 当時、一般向けにテレビ会議の抜粋版が提供されただけである。「抜粋版は、あまりに短い上、画像や音声の処理も多い。現場がどう事故に対応しようとし、何ができなかったのか知るには不十分だった」(「お読みいただくにあたって」より)という代物である。
 約150時間分のビデオの視聴は、報道関係者に限定されたのである。

 本書は音声の入った約50時間分について、東京新聞の10人を越える記者が手分けして文字起こしをしたという。もともとは、2012年9月24日から、東京新聞紙上に「ビデオは語る」と題して、266回の連載として掲載されたものだ。関東圏の人は当時の新聞で読まれただろう。それが連載記事の一部手直しにより、本書としてまとめられた。本書は2014年5月に初版が出版されている。

 第1章「津波聚来~1号機爆発」は、音声入りビデオ映像が始まるまでの段階で、現場で何が起こっていたかについて、記者の視点からまとめられている。
 第2章から第6章は、音声入りビデオの主な会話部分の文字起こしがまとめられている。主要関係者は実名で誰の発言か記録されているが、会話の中に登場する特定の個人名などはすべ「ピー音」という形で消去されている。当時の緊迫した状況化での専門担当者中心の会話であるから専門用語(略称を含む)が頻出するが、主要な用語についてはその都度脚注が付され、素人にも多少は意味が理解できるように工夫されている。つまり、各章は当時、テレビ会議で交信された会話の事実記録である。一般読者が読みやすい様に、事実記録の区切りのところに独立した形で用語解説が加えられたり、主な会話部分に日時の時間帯の区切りが明記されている程度である。そして「ここまでのまとめ」と題しプロセスの要約説明が補足されるという構成である。この部分の目次を記しておこう。

 第2章 爆発後のゆるみ [12日午後10時59分~]
 第3章 海水注入 [13日午前5時43分~]
  ここまでのまとめ (1)
 第4章 3号機危機 [13日午後1時20分~]
 第5章 3号機爆発 [14日午前6時41分~」
  ここまでのまとめ (2)
 第6章 2号機の危機 [14日午前11時40分~]

 そして第7章「安全神話崩壊まざまざ」には、音声入りビデオ映像終了後、2号機爆発までの現場、本店の動きなどが記者の取材ノートをベースに再現され、関係者の談話が掲載されている。

 門外漢の私には、緊迫した状況化での会話の技術的内容を、正直なところ正確に理解できたとは思わない。何となくその意味合いがわかるという程度の箇所が多い。しかし、本店・武黒一郎(以下すべて敬称省略)、本店常務・高橋明男、福島第一所長・吉田昌郎、本店社員、福島第一原発社員、第一社員、第二社員、オフサイトセンター社員、福島第二所長・増田尚宏、オフサイトセンター副社長・武藤、本店常務・小森明生、福島第二職員、不明、柏崎刈羽所長・横村忠幸、本店副社長・藤本孝、本店社長・清水正孝の間でのテレビ会議における会話のプロセスはわかる。対話者間の思考や判断の観点の違い、会話のズレ、会話で充分な意思疎通ができないもどかしさ、何を優先させるかの観点の違い、会話の錯綜、現場と本店の意識の違い。そこへの政府や保安院の介入メセージの伝達と応答・・・・などである。ここには第三者のまとめた様々な原発関連本では表せない生の事実記録のすごさがある。 
 その会話の経緯をどう解釈するかは、このビデオ起こしの記録を読む読者に委ねられているといえる。

 本書の強味は、一般に公開されていないテレビ会議の音声入り映像の主な会話部分が事実記録として一般読者にも読める資料となったことである。
 時間軸に沿って文字に起こされた第3号機爆発事故、2号機の危機に至るまでの記録を、必要ならば繰り返し熟読吟味できることである。本書には、福島第一原発爆発事故の事実経緯を振り返り分析する貴重な歴史的記録として、誰でもがその気になればアクセスできるという価値がある。
 文字に起こされた会話のプロセスから、この事故への対応に対する危機感や緊迫感は充分につたわってくるし、その会話から窺える問題点も客観的にとらえることができる。しかし、その反面限界を感じる点がある。それはその会話体の文が、どんな雰囲気と情意の中で、どんな抑揚で交わされたのかというノンバーバルという重要な要素が脱落していることである。これは活字本の限界なので仕方が無いが・・・・。本来ならば約150時間分という映像の公開をしてほしいところである。

 通読した後に感じているのは、この文字起こしの記録と第三者がまとめたドキュメント本あるいは爆発事故プロセスの分析本と併用して、時間軸の観点をベースに重ね合わせて対比分析すると、事実を深く知り理解する役に立つのではないかということである。

 一種の事実記録の歴史書としての価値がある本だと思う。ご一読をお薦めする。
 
 ご一読ありがとうございます。

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 本書と関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にまとめておきたい。

福島第一原子力発電所事故  :ウィキペディア

2012/8/6 テレビ会議録画映像  :「東京電力」

福島第一原発 動作モデル
図解 よくわかる非常用炉心冷却系ECCS
非常用炉心冷却装置  :ウィキペディア
原子炉隔離時冷却系 [RCIC]  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
高圧炉心注水系  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
低圧注水系  旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
高圧炉心スプレイ系   旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
低圧炉心スプレイ系   旧組織の情報 :「原子力規制委員会」
フィルタ・ベント設備の計画について
格納容器ベントとは  :「日本原子力文化財団」
フィルタ・ベント設備の概要について 平成25年7月17日  :「東京電力」

用語集  :「日本原子力学会」
事故調査報告書と考える福島第一原子力発電所事故の実態 :「日本原子力文化財団」
     北海道大学大学院工学研究院教授  奈良林 直氏
  詳細版


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発利権を追う』
 朝日新聞特別報道部  朝日新聞出版

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新3版 : 48冊)


原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新3版 : 48冊)

2015-02-03 10:09:44 | レビュー
この読後印象記を書き始めてから昨年末までに、以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

☆ 2014年 に読後印象を載せた本の一覧
『騙されたあなたにも責任がある 脱原発の真実』  小出裕章  幻冬舎
『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』 山本義隆  みすず書房
『対話型講義 原発と正義』 小林正弥  光文社新書
『原発メルトダウンへの道』 NHK ETV特集取材班  新潮社
『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』 東浩紀編 genron

『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社  ←付記:小説・フィクション
『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

☆ 2013年 に読後印象を載せた本の一覧
『「最悪」の核施設 六ヶ所再処理工場』
 小出裕章・渡辺満久・明石昇二郎   集英社新書
『この国は原発事故から何を学んだのか』 小出裕章 幻冬舎ルネサンス新書
『ふるさとはポイズンの島』島田興生・写真、渡辺幸重・文 旬報社
『原発事故の理科・社会』 安斎育郎  新日本出版社
『原発と環境』 安斎育郎  かもがわ出版
『メルトダウン 放射能放出はこうして起こった』 田辺文也 岩波書店
『原発をつくらせない人びと -祝島から未来へ』 山秋 真 岩波新書
『ヤクザと原発 福島第一潜入記』 鈴木智彦 文藝春秋
『官邸から見た原発事故の真実』 田坂広志 光文社新書

☆ 2012年8月~12月 に読後印象を載せた本の一覧
『原発ゼロ社会へ! 新エネルギー論』 広瀬 隆  集英社新書
『「内部被ばく」こうすれば防げる!』 漢人明子 監修:菅谷昭 文藝春秋
『福島 原発震災のまち』 豊田直巳 
『来世は野の花に 鍬と宇宙船Ⅱ』 秋山豊寛  六耀社
『原発危機の経済学』 齊藤 誠  日本評論社
『「想定外」の罠 大震災と原発』 柳田邦男 文藝春秋
『私が愛した東京電力』 蓮池 透  かもがわ出版
『電力危機』  山田興一・田中加奈子 ディスカヴァー・ツエンティワン
『全国原発危険地帯マップ』 武田邦彦 日本文芸社
『放射能汚染の現実を超えて』 小出裕章 河出書房新社
『裸のフクシマ 原発30km圏内で暮らす』 たくきよしみつ 講談社

☆ 2011年8月~2012年7月 に読後印象を載せた本の一覧
『原発はいらない』 小出裕章著 幻冬舎ルネサンス新書
『原子力神話からの解放 日本を滅ぼす九つの呪縛』 高木仁三郎 講談社+α文庫
「POSSE vol.11」特集<3.11>が揺るがした労働
『津波と原発』 佐野眞一 講談社
『原子炉時限爆弾』 広瀬 隆 ダイヤモンド社
『放射線から子どもの命を守る』 高田 純 幻冬舎ルネサンス新書
『原発列島を行く』 鎌田 慧  集英社新書
『原発を終わらせる』 石橋克彦編 岩波新書
『原発を止めた町 三重・芦浜原発三十七年の闘い』 北村博司 現代書館
『息子はなぜ白血病で死んだのか』 嶋橋美智子著  技術と人間
『日本の原発、どこで間違えたのか』 内橋克人 朝日新聞出版
『チェルノブイリの祈り 未来の物語』スベトラーナ・アレクシェービッチ 岩波書店
『脱原子力社会へ -電力をグリーン化する』 長谷川公一  岩波新書
『原発・放射能 子どもが危ない』 小出裕章・黒部信一  文春新書
『福島第一原発 -真相と展望』 アーニー・ガンダーセン  集英社新書
『原発推進者の無念 避難所生活で考え直したこと』 北村俊郎  平凡社新書

『春を恨んだりはしない 震災をめぐて考えたこと』 池澤夏樹 写真・鷲尾和彦 中央公論新社
『震災句集』  長谷川 櫂  中央公論新社
『無常という力 「方丈記」に学ぶ心の在り方』 玄侑宗久  新潮社

『大地動乱の時代 -地震学者は警告する-』 石橋克彦 岩波新書
『神の火を制御せよ 原爆をつくった人びと』パール・バック 径書房