遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』  濱 嘉之  講談社文庫

2020-07-21 11:31:34 | レビュー
 新しいシリーズの始まり。警視庁総務部企画課のもとに平成12年(2000)にできた新たな組織「情報室」が舞台となる。このストーリーの中核となる人物はこの情報室の責任者の一人、黒田純一情報官である。彼は平成元年(1989)に「警視庁巡査拝命」のノンキャリア。この情報室には、他に情報官として吉田宏、平岩貢、会田孝一、梶原善之が居る。
 この小説は、2007年12月に単行本として出版され、2010年11月に文庫本化されている。つまり、出版時点で捉えるとその7年前がストーリーの始まりになる。フィクションの「インテリジェンス」小説ではあるが、同時代小説として進展して行くストーリーというところがおもしろい。
 プロローグはおもしろい出だしだ。10時半開始と決まっている月曜日の定例会議の前に、公安総務課長から直接に事前打ち合わせの連絡が黒田にあったことから始まる。公安部長室で、議員会館の与党の部屋に一斉に情報室についての怪文書が大阪の池田から郵送されているということを知らされた。この情報室の設置発案者は北村警視総監だった。

 このストーリーは情報室の発案・構築・その積極的活動と成果、そして・・・・というそのプロセスについて、黒田純一を中軸にして語ることがメインテーマとなっている。

 まずは情報室が組織化される背景を語るところから始まる。北村総監が平成10年公安部長時代に、大学の同期で1年先に入庁していた西村官房総括審議官との間で対話したことから情報室が構想された。北村がそれを実現する経緯が最初に進展する。それは北村と黒田のプロフィールを語ることになる。黒田純一に、私は「青山望」を重ねてしまった。(それは、「警視庁公安部青山望」シリーズを先に読んだことによる。奥書を読み、本書の方が著者の作家デビュー作であることを知った次第。)

 さらに、黒田の履歴に溯って行く。これは読者に黒田の類い希な能力をまず描写し、イメージをインプットするためだろう。そこにもう一人、吉田宏情報官の背景にも触れられている。黒田の警察官としての履歴を抽出してみよう。この履歴プロセスでの活躍ぶりの一端が描かれていく。この履歴でのエピソードがまず一つの読ませどころとなる。
  平成5年秋  警視庁新宿署赴任、地域課に所属
  平成6年3月  警視庁公安部総務課兼ねて警察庁警備局警備企画課(内閣官房
         情報調査室)勤務
  平成8年1月  警視庁警務部教養課兼アメリカ連邦捜査局研修 1年間のFBI研修
  平成9年3月  警視庁公安部公安総務課勤務 ゼロの専科教養(半年間の講習)
  平成11年春  警視庁築地警察署勤務 警部に昇任
  平成12年3月 警視庁総務企画課に転勤

 黒田が総務企画課に転勤したのは、「連絡準備室」という名称で新組織を構築するためだった。つまり、情報室である。吉田も同時に異動してきた。黒田と吉田は情報室での係長となる。彼らは部下となる人材を与えられた候補者資料から選抜するとともに、独自に今までの経験から人材の推薦も行った。こういうやりかたは、フィクションなのか実際の警察組織での新規部署立ち上げの際にもあり得ることなのか。その点興味が湧く。
 そして、平成12年6月、北村副総監直轄部隊として「連絡準備室」が警視庁本部11階の奥に、警察庁から着任した丸山管理官(警視)、黒田と吉田(警部)、10人の警部補の総勢13名体制で発足した。看板のない部屋ができたのだ。
 合法的な情報機関の誕生である。10人の警部補は、「国内政党対策、兜町などの経済対策、マスコミ対策、国際問題対策の四つのチーム」(p206)で構成される形でスタートする。
 平成13年9月11日、アメリカ・ニューヨークで発生したテロ史上最悪の参事以降、準備室では、国際テロ組織に対する情報収集も積極的に行われるようになる。イスラエル本国のクロアッハから連絡が入ったことを契機に、黒田は情報収集を目的としてアメリカ・ニューヨークに出張する。情報官としての本格的な行動が始まって行く。この情報収集行動は、たぶん今後の黒田の行動の広がりへの準備となるのだろ。
 クロアッハからニューヨークにおけるコリアン・マフィアの実態を知る。また、偶然にもフィッシュ・マーケットで朴喜進と知り合うことに。朴は世界平和教の幹部だった。アメリカでは要注意人物としてマークされてもいた。

 平成14年4月、警視庁情報室が企画課内に設置されることになる。この準備のために、それまでの体制を二倍の増強するという方針が出される。分室を丸の内管内の民間ビル内に置くという段階まで進展する。そのために、情報官2名を含め10名が追加されるまでに到る。ここでも黒田の発案で興味深い人選が加えられていく。3月上旬に北村副総監は、大阪府警本部長に異動するが、その任務をこなし、警察庁警備局長に栄転する。
 つまり、副総監時代に、先を見越した情報室の形を作ったのだ。
 
 一方、黒田もまた平成16年には管理職試験に合格し、平成17年3月には、情報室に居座りという形で「管理官心得」というポストを与えられることに。

 平成18年春、予定どおり北村が警視総監に就任する。情報室は警視総監直轄のセクションとなる。いよいよ、情報室が本格的に動き始める。
 このストーリーでは、5月に野党・労働党の中堅である川添代議士のところに送られてきた一通の怪文書、内部告発文書を黒田が入手したことを契機に、そこに記されている闇の部分を解明していく調査が始まる。この案件が情報室全体が取り組む大きな仕事となっていく。情報室の腕のみせどころ。黒田を筆頭に、情報室のメンバーが日本の闇に本格的に挑んでいく。この解明プロセスと事件解決がストーリーの最終ステージでの読ませどころとなっていく。その内容は本書を開いてお楽しみいただくとよい。

 警視総監直轄組織として活動し、闇の構造を暴き出した後、情報室がどうなるか。プロローグの怪文書に戻って行く。そこには、一つのオチがあった。
 現実の日本を考えると、この種の組織の存立としては興味深い落とし所と言えるのかもしれない。

 このストーリーに出てくる登場人物に託した著者の視点から興味深い文をいくつかご紹介しておこう。
*国のVIPの最後を看取った女性が、料亭の女将だったりクラブのママだったりという話題に事欠かない日本で、この方面を勉強しない限り、人と人の繋がりや組織と組織の繋がりは理解できない。  p157
*黒ちゃん、情報ってのは結局「人」なんだよ。 p165
*ABCニュースのピーター・ジェニングスが語った「すべての人にとって絶対的な真実はない。だからそれを穿った考えだとしても、コインを見るとその裏側を見たくなる」という言葉は、情報社会にも同様のことがいえる。あらゆる事象の常にその裏側を見ようとする癖をつけていなければ、真実に近づくことはできない。 p340
*政権というのが行政のトップかもしれんが、これが変わっても世の中はそう変わるもんじゃない。しかし、我々警察という行政が変わってしまったら世の中に正義なんていうものはなくなってしまうよ。いくら内閣の中に情報組織を創ったところで、内閣を守る組織に過ぎない。だから僕は警察という、もっと志の高い組織の中に情報部門を創ったんだ。しっかりとした国権の最高機関ができてほしいもんだ。  p374

 このシリーズは2020年7月時点で第7作までシリーズ化されている。 

 ご一読ありがとうございます。

本書と関連する事項で、事実ベースの情報をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
たぶん、このフィクションを創作する上での参照情報やモデルに利用されていると思う。逆にいえば、この小説はフィクションというフィターと著者の視点を通して、現実の政治経済社会と人間群像を違った視点から見つめ直す材料にもなる。考える材料としての面白さがある。
内閣制度と歴代内閣 :「首相官邸」
「特別養護老人ホーム汚職事件」の衝撃 :「トラブルは現場で起きている!」
平成30年史 番外編  :「産経ニュース」
総会屋利益供与事件「内輪の論理あった」日本証券業協会・稲野和利会長 
元総会屋「小池隆一」が話す「俺の口座を通り過ぎた270億円」 :「デイリー新潮」
総会屋事件で引責辞任した野村證券元社長が復活の謎  :「Business Journal」
橋本元首相、新聞記者ら 中国ハニートラップにハマった人々 :「NEWS ポストセブン」
「不倫疑惑」が報じられた政治家は? 山尾志桜里氏への『文春砲』で振り返る :
「HUFFPOST」
警察庁長官狙撃事件  :ウィキペディア
黄金崎不老ふ死温泉 ホームページ
酸ヶ湯温泉  :「青森県観光情報サイト」
作並温泉郷  作並温泉旅館組合公式サイト
陸軍中野学校  :ウィキペディア

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。

『電光石火 内閣官房長官・小山内和博』  文春文庫
『警視庁公安部・青山望 最恐組織』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』 文春文庫
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
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『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
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