遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁情報官 トリックスター』  濱 嘉之  講談社文庫

2020-12-05 22:20:56 | レビュー
 トリックスターという言葉を辞書で引くと、手品師という意味とペテン師・詐欺師という意味が記されている。ここのタイトルは詐欺師を意味している。
 黒田純一を主人公とする「警視庁情報官」シリーズの第3弾である。文庫本として書き下ろされた作品で、2011年11月に出版されていて、早くも9年が経ったことになる。

 プロローグは、マレーシアの大富豪と結婚し未亡人となり、「東洋随一の貴婦人」と称えられる葉昭子が田守永久に語りかける会話から始まる。「50兆円の使い道を先生にご相談申し上げているのです。」田守は航空自衛隊の幹部で、目黒の統合幕僚学校の学校長である。葉昭子は世界一のゴム王の未亡人として知られ、ボランティア活動を幅広く行っていて、民政党の大林義弘議員とも親交があるという。田守は様々な角度から葉昭子の周辺調査をした結果詐欺ではないかという疑念が薄らぐ。田守は四井重工の加藤社長に融資の話を繋ぐ行動をとる。これが直接の始まりである。経済社会と犯罪行為という池に石が投げ込まれたと言えよう。

 病気により辞任する宮本総監は、その前日黒田にこの種の動きについて早急に概要を調査する指示を出していた。そして、黒田に自分が辞任し古賀次長が総監に就くことを告げ、古賀総監へのバトンを渡す契機を作っていく。巨額詐欺疑惑の調査指示が発端となり、黒田が指揮をとる情報室の捜査活動が一層活発化して行く。

 このストーリーのおもしろい所は、葉昭子の動きはこのストーリーの進展ではトリガーにしか過ぎないことである。調査をもとに黒田が洗い出した葉昭子に関わる人間関係の相関図。そこに登場する人々や団体を媒介にして、さらにその波紋はさまざまに広がっていた。情報室で捜査を行っているいくつかの案件との関わりが浮き彫りになってくる。一方で情報室の捜査活動により、見えなかった関係性がリンクしていき、相関図が増殖していくことになる。

 黒田は、その相関図の中に、キリスト教系の世界平和教と日蓮宗系で原理主義を志向する日本研鑽教会という団体が加わっていることを見抜く。宗教団体内部の一部の人間が、政治や反社会的勢力に利用されているか、あるいは何らかの意図で繋がっていることを推理していく。そして、その実態が徐々に明らかになっていく。この二団体の活動は日本国内に留まらず、アメリカや南米地域に広がっていた。
 黒田にとりFBI研修時代に偶然知り合い知己を得た世界平和教の朴喜進とのホットラインが今まで以上に強力な情報源となっていく。朴は世界平和教会アメリカ総局長だが、今や教会のナンバースリーの地位になっていた。それは一方で教団内の悪弊・恥部についての情報を直接に知る立場に巻き込まれたことでもあった。宗教教団としての適正な歩みの為には、教団に大きな打撃を与えずに過去の悪弊の膿をいかに切除するかという必要に迫られてもいた。黒田の抱える案件との関連で、黒田が朴に電話をかけたことが、朴にとっては黒田との間に利害関係が一致する局面となる。黒田は朴から事件解決に枢要な情報を入手していく。
 一方、黒田は、インテリジェンスの世界で大局的な視点に立つクロアッハとの情報交換からも、節目節目に有力な情報を得、助言も得ていく。かけがえのない情報源として、このストーリーでも壺を押さえた役回りを演じ、黒田をサポートする。
 また、黒田はかつて出版社系雑誌記者から相談を受けたことをきっかけに日本研鑽教会の本部を訪ねるようになり、秘書局長の須崎文也と親交を深め、情報を得ることができる存在という関係を築いていた。

 小説のタイトルにある通り、このストーリーには大物詐欺師が幾人か登場して来る。その人物紹介をしておこう。それら詐欺師たちが、どういう事件を引き起こしていくのか。増殖していく全体の相関図の中で、どのような形で現れ、どのように関係していくのかは、このストーリーをお読みいただき、楽しんでいただくとよい。
 宮越 守: 防衛大学校での田守の先輩。一佐の階級で辞職し防衛関連企業に転職。
       欧州でアナリストとして活躍後、葉昭子の協力者、参謀役となる。

 大河内茂: 元ヤクザ。聖書の独自解釈で教団を作り、牧師・伝道者となる。
       アメリカ大統領とも会う機会を得る。大統領を騙した男。
       茂の兄は関西系暴力団の二次団体の組長で大河内守。
  
 中山秀夫: スペーステクノロジー社に経歴詐称で入社し総務部長となる。
       増資目的の株式分割を提案し、繰り返していき、己も取締役になる。
       人工衛星製作を得意とする会社を手玉にとる。彼の本業は詐欺師。

 劉永憲 : 日中経済協力者会議を設立。経済人のための中国ツァーを主催。
       経済界の枢要な企業を弄ぶ。

これらの詐欺師に、さらに二人が関わってくる。
 藤川雄之介:元日本総合管理連盟会長。戦後から様々な疑獄事件に関与の噂がある。
       逮捕歴はない。
       
 金永大  :韓国系ヤクザ。韓国国会議員資格を保有。日本の政治家に影響力を持つ。
       世界平和教の教祖とは刎頸の友である。

 そして、世界平和教と日本研鑽教会の裏部隊が盟約を結び、警視庁をターゲットに訓練しているという情報が黒田に伝えられてくる。一方で、警視庁組織内の要所要所に教団信者が勤務しているという実態も明らかになってくる。
 黒田が入手した情報を中核にしながら、警視庁のトップたちは諸事件をどのようにして一網打尽に解決しようとするのか。さらに裏部隊の襲撃にどのように対処していくのか。 その渦中で、黒田が執念を燃やしていた事件の犯人逮捕の念願が叶うことになっていく。その事件とは何か。
 相互に無関係に思われる事件が複雑に絡み合い相関していく様相とその展開、エピローグに至るプロセスを楽しんでいただきたい。

 最後に一つ付け加えておこう。文子との関係で苦い経験をした黒田が、心癒やされる女性と出会うというエピソードがストーリーに織り込まれていく。殺伐な事件捜査プロセスに、一時のオアシス的時間の流れが加わわっていくのが読者いとっても心地よい。

 ご一読ありがとうございます。

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