この作品、警視庁捜査第三課と捜査第一課の事件捜査感覚の違いをベースに際立たせながら、両方の課が一連の事件に関わり、その中で連携・協力、反発・対立、独自行動などでせめぎ合いながら事件を解決するという話である。第三課の盗犯捜査と第一課の強盗・殺人捜査との違いに光をあてている点がおもしろい。
主人公は第三課の萩尾秀一とその相棒・武田秋穂だ。第三課第五係。第二方面(品川区・大田区)、第三方面(世田谷区、目黒区、渋谷区)、第四方面(新宿区、中野区、杉並区)の盗犯捜査を担当する。
話は午後2時10分に渋谷で発生した強盗事件から始まる。強盗は第一課の担当だ。しかし武田は事件に関心を持つ。捜査一課に憧れを抱いているからでもある。萩尾から了解を得て、盗犯捜査第一係に情報入手に行く。盗犯係の協力要請は第一係に連絡が入るからだ。ところが、その12時間後に同じ渋谷、歩いて5,6分の近さにある宝飾店で窃盗事件が起こる。強固な防護シャッターがあり、従業員入口は電子ロックが付いていて、警備保証会社とも契約している店だ。侵入異常の警報は鳴らず、盗まれたのは奥の金庫に保管されていた5000万円相当のダイヤとプラチナのネックレス1点だけ。その金庫は指紋認証装置がついているのだ。その金庫が破られたのである。
萩尾は、この窃盗事件が、12時間前の強盗事件と何らかの関連があると予感する。この窃盗事件は、盗人のプライドを強盗犯人に示すメッセージではないか・・・・。そして、この窃盗事件の捜査から指紋認証をキーにして、萩尾は自らの情報源の一人、迫田鉄男に会いに行く。彼は今は車椅子生活をする元窃盗経験者なのだ。以前に町工場を経営していた電子機器・装置の専門技術者でもある。この迫田は指紋認証をくぐり抜ける装置を開発していたのだ。彼が窃盗犯でないことは歴然としている。だが、彼に何らかの関わりがあるのか・・・。
捜査一課第三係の苅田巡査部長から萩尾に話を聞きたいという連絡が入る。係長の指示を受けて、萩尾と武田は苅田のところに出むく。萩尾が強盗事件に関心を持っており、窃盗犯が強盗犯に関わっているとみているのかを確認したいという。午後2時10分の強盗犯に対し、午前2時10分の窃盗犯の犯行は、プロ同士にしかわからないメッセージだと萩尾は自分の見方を伝える。
さらに今度は、赤坂の宝石店で同じく午後2時10分に強盗殺人事件が起こる。わずか2分ほどの犯行である。渋谷の高級時計店の強盗と同一犯という線が浮かびあがる。行きがかりから萩尾・武田コンビは、捜査一課が担当する赤坂の現場に足を運び、現場の検分に入る。萩尾は盗犯捜査の眼で現場を見て、違和感、不審を感じ始める。
この強盗殺人事件に対して捜査本部が立つ。そして、萩尾・武田コンビはこの事件に巻き込まれて行く。捜査本部の一員に加わるようにと指示をうけるのだ。
捜査本部への参加協力を承諾するにあたり、萩尾は係長経由で、捜査本部においても盗犯担当として独自捜査する行動を認めて欲しいという条件をつける。
この3つの事件がどのように関わっているのか、捜査が展開されていく。捜査本部という臨時組織体のあり方、指示・命令と捜査活動、第一課の捜査発想・行動と萩尾の第三課の捜査発想・行動の違いが波乱を含みながら織り成されていく。一刻も早い事件解決への想いは同じであっても、そのための事実の読み方、発想の違いが捜査活動の違いを際立たせ、対立する局面を生み出す。第一課、第三課という互いの組織の競い合いという意識・心情すら内包されていく。警視庁内部の組織対立、組織の持つ性ともいえる。勿論、そういう局面は民間企業でも同様の現象がみられるだろう。警察畑に限ったことではない。
警視庁と警察署の関わりもその中に巻き込まれていく。刑事の人間関係も大きく捜査に影響を及ぼさざるを得ない。
S1Sのバッジを持つ一課の菅井は、三課の萩野に対抗意識を燃やす。萩野を強盗捜査の単なる助っ人として使おうとする。事実上、捜査本部を仕切っている捜査一課長、ノンキャリアの田端警視がその間にたち、両者の折り合いをつけ、捜査活動をまとめていくことになる。彼は、2つの組織の捜査発想の違いをうまく活用しようと試みる。
このあたりをリアルに描き出していくのは、さすがに手慣れたものである。
萩尾の情報源でもあった迫田がこの一連の事件にどういう関わりを持っているのか。強盗殺人事件の現場を検分し、被害者側の宝石店店長にも事情聴取し、強盗殺人事件そのものに疑問を感じる萩尾は、盗犯捜査の眼から事件を追って行く。自らの捜査経験と感覚で、こうだと推論することの裏付け、確証を如何に発見し、積み上げていくか。第三課の刑事のプロの勘だけでは事がすすまない。確証こそ犯人逮捕に必要なのだ。
刑事にとっての情報源の存在、その関わり方が描かれている点もおもしろい。
指紋認証システムという最新のリスク対策手段を窃盗犯事件に登場さ、それを軸にしながらストーリーを組立てている点は、著者の時代感覚が窺え興味深い点でもある。これは金庫と金庫破りの現代版である。どのようにして、指紋認証システムが破られたかの究明プロセスが読ませ所でもある。
ストーリーの展開がけっこう面白い。窃盗犯のプロ意識というのも描かれていて興味深い。捜査一課に憧れをいだく武田の意識がこれら事件解決のプロセスで変化していくという側面が描き込まれ、また、女性の刑事を相棒に持つ萩野の戸惑い、想いも描き込まれていく。この側面も読んでいて楽しい部分だ。
気楽に読めて、ストーリーを楽しめる作品に仕上がっていると思う。
後は、本書を手にとって、楽しんでいただきたい。
ご一読ありがとうございます。
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本書を読み、関心を抱いた言葉の関連情報をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
指紋認証 :「IT用語辞典」
生体認証 :ウィキペディア
空港の指紋認証すり抜け…ジャパンマネー目指す韓国人ホステスらの驚愕の裏技
:「産経ニュース」
刑事部 :ウィキペディア
警視庁捜査一課 :「THE POLICE ENTERTAINMENT 日本警察公論」
警視庁方面本部規程
大阪府警察捜査本部運営規程
北海道警察捜査本部運営規程
鑑識課のしごと :「青森県警察」
指紋係のしごと
足こん係のしごと
写真係のしごと
鑑定について :「齋藤鑑識証明研究所」
供述調書の信頼性 :「司法精神鑑定」
供述調書作成過程の検証に録音録画が有効な理由 :「西村あさひのリーガルアウトルック」
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このブログを書き始めた以降に読んだ今野敏氏の作品で、読後印象記を載せたものを一覧にします。ご一読願えれば、うれしいです。
『陽炎 東京湾臨海暑安積班』
『初陣 隠蔽捜査3.5』
『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』
『凍土の密約』
『奏者水滸伝 北の最終決戦』
『警視庁FC Film Commission』
『聖拳伝説1 覇王降臨』
『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』
『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』
『秘拳水滸伝』(4部作)
『隠蔽捜査4 転迷』
『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』
主人公は第三課の萩尾秀一とその相棒・武田秋穂だ。第三課第五係。第二方面(品川区・大田区)、第三方面(世田谷区、目黒区、渋谷区)、第四方面(新宿区、中野区、杉並区)の盗犯捜査を担当する。
話は午後2時10分に渋谷で発生した強盗事件から始まる。強盗は第一課の担当だ。しかし武田は事件に関心を持つ。捜査一課に憧れを抱いているからでもある。萩尾から了解を得て、盗犯捜査第一係に情報入手に行く。盗犯係の協力要請は第一係に連絡が入るからだ。ところが、その12時間後に同じ渋谷、歩いて5,6分の近さにある宝飾店で窃盗事件が起こる。強固な防護シャッターがあり、従業員入口は電子ロックが付いていて、警備保証会社とも契約している店だ。侵入異常の警報は鳴らず、盗まれたのは奥の金庫に保管されていた5000万円相当のダイヤとプラチナのネックレス1点だけ。その金庫は指紋認証装置がついているのだ。その金庫が破られたのである。
萩尾は、この窃盗事件が、12時間前の強盗事件と何らかの関連があると予感する。この窃盗事件は、盗人のプライドを強盗犯人に示すメッセージではないか・・・・。そして、この窃盗事件の捜査から指紋認証をキーにして、萩尾は自らの情報源の一人、迫田鉄男に会いに行く。彼は今は車椅子生活をする元窃盗経験者なのだ。以前に町工場を経営していた電子機器・装置の専門技術者でもある。この迫田は指紋認証をくぐり抜ける装置を開発していたのだ。彼が窃盗犯でないことは歴然としている。だが、彼に何らかの関わりがあるのか・・・。
捜査一課第三係の苅田巡査部長から萩尾に話を聞きたいという連絡が入る。係長の指示を受けて、萩尾と武田は苅田のところに出むく。萩尾が強盗事件に関心を持っており、窃盗犯が強盗犯に関わっているとみているのかを確認したいという。午後2時10分の強盗犯に対し、午前2時10分の窃盗犯の犯行は、プロ同士にしかわからないメッセージだと萩尾は自分の見方を伝える。
さらに今度は、赤坂の宝石店で同じく午後2時10分に強盗殺人事件が起こる。わずか2分ほどの犯行である。渋谷の高級時計店の強盗と同一犯という線が浮かびあがる。行きがかりから萩尾・武田コンビは、捜査一課が担当する赤坂の現場に足を運び、現場の検分に入る。萩尾は盗犯捜査の眼で現場を見て、違和感、不審を感じ始める。
この強盗殺人事件に対して捜査本部が立つ。そして、萩尾・武田コンビはこの事件に巻き込まれて行く。捜査本部の一員に加わるようにと指示をうけるのだ。
捜査本部への参加協力を承諾するにあたり、萩尾は係長経由で、捜査本部においても盗犯担当として独自捜査する行動を認めて欲しいという条件をつける。
この3つの事件がどのように関わっているのか、捜査が展開されていく。捜査本部という臨時組織体のあり方、指示・命令と捜査活動、第一課の捜査発想・行動と萩尾の第三課の捜査発想・行動の違いが波乱を含みながら織り成されていく。一刻も早い事件解決への想いは同じであっても、そのための事実の読み方、発想の違いが捜査活動の違いを際立たせ、対立する局面を生み出す。第一課、第三課という互いの組織の競い合いという意識・心情すら内包されていく。警視庁内部の組織対立、組織の持つ性ともいえる。勿論、そういう局面は民間企業でも同様の現象がみられるだろう。警察畑に限ったことではない。
警視庁と警察署の関わりもその中に巻き込まれていく。刑事の人間関係も大きく捜査に影響を及ぼさざるを得ない。
S1Sのバッジを持つ一課の菅井は、三課の萩野に対抗意識を燃やす。萩野を強盗捜査の単なる助っ人として使おうとする。事実上、捜査本部を仕切っている捜査一課長、ノンキャリアの田端警視がその間にたち、両者の折り合いをつけ、捜査活動をまとめていくことになる。彼は、2つの組織の捜査発想の違いをうまく活用しようと試みる。
このあたりをリアルに描き出していくのは、さすがに手慣れたものである。
萩尾の情報源でもあった迫田がこの一連の事件にどういう関わりを持っているのか。強盗殺人事件の現場を検分し、被害者側の宝石店店長にも事情聴取し、強盗殺人事件そのものに疑問を感じる萩尾は、盗犯捜査の眼から事件を追って行く。自らの捜査経験と感覚で、こうだと推論することの裏付け、確証を如何に発見し、積み上げていくか。第三課の刑事のプロの勘だけでは事がすすまない。確証こそ犯人逮捕に必要なのだ。
刑事にとっての情報源の存在、その関わり方が描かれている点もおもしろい。
指紋認証システムという最新のリスク対策手段を窃盗犯事件に登場さ、それを軸にしながらストーリーを組立てている点は、著者の時代感覚が窺え興味深い点でもある。これは金庫と金庫破りの現代版である。どのようにして、指紋認証システムが破られたかの究明プロセスが読ませ所でもある。
ストーリーの展開がけっこう面白い。窃盗犯のプロ意識というのも描かれていて興味深い。捜査一課に憧れをいだく武田の意識がこれら事件解決のプロセスで変化していくという側面が描き込まれ、また、女性の刑事を相棒に持つ萩野の戸惑い、想いも描き込まれていく。この側面も読んでいて楽しい部分だ。
気楽に読めて、ストーリーを楽しめる作品に仕上がっていると思う。
後は、本書を手にとって、楽しんでいただきたい。
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本書を読み、関心を抱いた言葉の関連情報をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
指紋認証 :「IT用語辞典」
生体認証 :ウィキペディア
空港の指紋認証すり抜け…ジャパンマネー目指す韓国人ホステスらの驚愕の裏技
:「産経ニュース」
刑事部 :ウィキペディア
警視庁捜査一課 :「THE POLICE ENTERTAINMENT 日本警察公論」
警視庁方面本部規程
大阪府警察捜査本部運営規程
北海道警察捜査本部運営規程
鑑識課のしごと :「青森県警察」
指紋係のしごと
足こん係のしごと
写真係のしごと
鑑定について :「齋藤鑑識証明研究所」
供述調書の信頼性 :「司法精神鑑定」
供述調書作成過程の検証に録音録画が有効な理由 :「西村あさひのリーガルアウトルック」
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このブログを書き始めた以降に読んだ今野敏氏の作品で、読後印象記を載せたものを一覧にします。ご一読願えれば、うれしいです。
『陽炎 東京湾臨海暑安積班』
『初陣 隠蔽捜査3.5』
『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』
『凍土の密約』
『奏者水滸伝 北の最終決戦』
『警視庁FC Film Commission』
『聖拳伝説1 覇王降臨』
『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』
『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』
『秘拳水滸伝』(4部作)
『隠蔽捜査4 転迷』
『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』