遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『突破口 組織犯罪対策部マネロン室』  笹本稜平  幻冬舎

2015-11-29 11:27:59 | レビュー
 この小説のテーマはマネーロンダリングの大がかりなカラクリの捜査活動プロセスを描き出すことである。かつ、そのプロセスを通じて、副産物として政財界・警察組織などの組織機構に隠然と内在する利権体質およびそれに加担する一群の人々の存在を描き出す。それはフィクションという形を借り、現実の隠れた局面を暗喩しているリアル感があり、実に興味深い。
 主な主人公は、警視庁の組織対策部総務課に属する特命部隊、マネー・ロンダリング対策室の樫村恭祐(かしむらきょうすけ)警部補。彼は犯罪収益解明捜査四係の主任で、捜査二課の企業犯罪捜査第二係から異動して3年目である。樫村の相棒は体重80kgという巨体の上岡章巡査部長。上岡は窃盗犯担当の捜査三課にいた変わり種である。それに、同三係の橋本久典巡査部長、倉持徹巡査が参加していき、チームとなる。三十すぎの橋本は、殺された被害者の弔いにしかならない殺人捜査に空しさを感じ、刑事があこがれる表看板の捜査一課から志願して異動してきたという変わり種だ。捜査一課で鍛えられた現場感覚とその能力を発揮する。倉持は最年少の26歳、柔道3段、空手2段という貴重な武闘派。生活安全課で詐欺やマルチ商法のような経済事案を担当してきた粘り強さを長所とする。

 ストーリーは、埼玉県飯能市内の山林で、宮本弘樹の遺体が近隣住民により発見され、通報された時点から始まる。宮本は豊島区に本店を置く共生信用金庫の職員で、外為法違反の容疑で指名手配中だった。宮本は広域暴力団系の覚醒剤密売組織から依頼を受けて、巨額の闇資金を海外に不法送金している疑いを持たれ、捜査チームから事情聴取されている最中に遺体となったのだ。
 不法送金疑惑に対する特捜チームの編成は組対部四課の暴力犯特別捜査二係、五課の薬物捜査三係、マネロン室の樫村と上岡だった。組対部四課は刑事部捜査四課の名前が変わっただけで、「マル暴の四課」という意識と体質はそのままである。特捜チームの管理官はしばらく内偵を進めようという意向だったのだが、組対部四課の亀田保夫警部補が、強引に宮本を任意同行させて、事情聴取を担当した。亀田が宮本を事情聴取したのが2週間前。だが為替業務の専門家である宮本の釈明に、煙に巻かれた形で一旦放免せざるを得なくなった3日後に、宮本は勤め先を無断欠勤して行方をくらませた。その結果がこれだ。亀田と樫村は階級は同格だが、亀田が年は一回り上なのだ。
 検視の結果、遺体は死後1週間、首を吊った状態で発見された遺体に吉川線がなく、高級品とわかる所持品はそのままだった。県警は自殺と一旦判断する。

 この小説のおもしろいところは、ストーリーのプロセスに様々な対立の構図が組み込まれていてそれが複雑に錯綜し絡まりながら、ジワジワと真相に近づいていくという構成にある。そして、その対立が様々な組織に内在する利権構造や個人の欲望と絡む人間関係などの体質を浮き彫りにするという局面にある。その局面は現実をかなりリアルに暗喩していると思わせるものばかり。負の欲望の人間関係ネットワークが事件の隠蔽、ミスリードの作用因となり、長い時間軸で一つの事件がいくつかの過去の事件と連鎖し、そこに因縁の絆があったという構想が興味深い。

 対立の構図に触れながら、このストーリーの展開に少し踏み込んでおこう。
 1つは特捜チームにおける対立の構図。それは、管理官の意向を振り切ってでもマル暴対策的な動きを先頭に立ち推し進める亀田とマネロンの筋の解明を第一目的と考える樫村の対立である。亀田は宮本を使って不法送金をした覚醒剤密売組織の大本を潰すということを目的にとらえる。それは組対部四課と五課の薬物捜査の捜査感覚である。一方、樫村は覚醒剤の密輸がビジネスとして成立するのは、アングラマネーの国際移動を支援するマネーロンダリングのチャネルが存在するからであると考える。そのチャネルの仕組みを解明し無効化することが覚醒剤供給を断つ観点でより大きな意味があるとする。宮本が共生信金のコンピュータの勘定系システムを利用して不法送金した仕組みが解明できれば、それは一つの覚醒剤密売組織の撲滅だけに留まらず他にも適用展開できるからだ。樫村の立場からすれば宮本がその切り札になるところだった。ここには明らかに、捜査の方向性についての立場の対立がある。

 第2は、事件の管轄からくる対立の構図。宮本は警視庁の管轄下で、覚醒剤密売に絡まる巨額資金の不法送金という事件の被疑者だった。しかし、埼玉県警の管轄下で遺体として発見された。当初の検視では遺体の状況から自殺と判断されていたのだが、遺体からサンプルとして採取されていた血液からヘロインが検出されたことにより、他殺の可能性が浮上する。埼玉県警はこの事件を他殺とみて捜査本部を組み、事件の解明に乗りだす。殺人件の捜査管轄の主体は埼玉県警になる。殺人事件の捜査、その犯人逮捕が主目的となっていく。この場合警視庁は間接的に協力するという形になる。宮本に関わる情報および根本の事件の解明目的という観点で、2つの警察組織の綱引き、対立関係が生じてくる。だが、そこにはそういう対立関係が生まれる方向へ意図的に持ち込まれたという作為性が内在するのである。
 宮本の死で一旦解散が決まった警視庁の捜査チームは、他殺の疑いが出たことから急遽存続が決まり、逆に人員も増強されることになる。この時点からマネロン室は橋本と倉持を追加投入し、この事件に参加させる。亀田は独自ルートで疋田組のある者から得た情報だとして、指定暴力団真興会が宮本の殺害に関与していると言い出す。そして宮本殺害の証拠の捜査から真興会という大きな暴力団組織の関与を裏づけ、この組織の壊滅をめざすという方向に捜査チームをリードする。埼玉県警と連携体制を取りながら、警視庁の面子で独自に捜査活動をするという姿勢である。それは、第1の対立の構図とも絡んでいる。だが、そこには亀田の隠された意図が潜んでもいた。

 第3は、共生信金とマネロン室の対立の構図。樫村は宮本が不正送金のために、共生信金のコンピュータの勘定系システムを利用したという観点から、そのシステムを利用した手口の解明への協力要請に出かける。応対したのは常勤理事の坂下勝正だった。不審な取引があれば、法規に従って金融機関はFIU(特定金融情報室)に届け出をする義務があるのだが、共生信金からは届け出がなかったのだ。坂下は宮本に対するマネーロンダリング疑惑の曖昧性の部分を突いてくる。そして捜査令状の有無に言及する。 
 宮本の死に他殺の疑いが出た直後、今度は坂下から樫村に電話が入る。再度相談という形で樫村と上岡は共生信金に出かけてゆく。すると、予期に反し、八雲靖吉理事長が一緒に面談に出てくるのだ。八雲が応対の主導権をとる。宮本は単独犯行として共生の勘定系システムを道具として利用した、共生としては宮本に利用されたのかという問いかけである。企業としての従業員に対する監督責任は問われて然るべきだが、それは社会的責任のレベルの次元であり、共生としては犯罪とは無関係だ。勘定系システムを捜査されるということが表に出れば共生信金の信用に疵がつく。勘定系システムは金融機関の存立基盤であり、信頼性の側面でのダメージは計り知れない。捜査に納得できないと論じていく。 
 建前は宮本の個人的犯行への限定化と共生の社会的責任・信頼性維持という観点からの企業防衛である。勘定系システムに対する捜査拒絶の姿勢を示し、宮本の犯行手口を知るためシステムに対する捜査に対立する。樫村が捜査令状を突きつけられない状況を前提に、宮本が既に死んでいて本人の自白を得られない状況が明確になった時点で対立を露わに示構図である。そこをどう打開していくか・・・・。ここを打開できないと、マネロン室の存在意義がない。
 一方、樫村の上司須田係長は八雲についての情報を過去の捜査記録を当たった結果掴んでいた。二十年ほど前のバブル景気の頃、再開発用地の地上げ問題で、八雲が真興会の先代ときなくさい関係があったこと。虎ノ門のオフィスビル用地の地上げの際、脅迫容疑で真興会の構成員が逮捕されたが、事件はそこ止まりで決着がつき、資金供与の大手ノンバンクもそこを真興会に紹介した八雲にもお咎めなしで終わっていること。八雲はフィクサーとして暗躍してきている人物だが、シッポをつかまれたことはない。元大物警察官僚の有力政治家と縁戚関係を築き、実弟は一部上場企業の経営者、政官財に暗躍する力を備えているという。事件に対して裏からの妨害工作に暗躍する力を持つようなのだ。
 共生信金の八雲は、樫村との何度かのやりとりの中で、自社のシステムについて監督官庁である金融庁の方にチェックしてもらうつもりだという奇策を持ち出してくる。警察とは切り離そうという魂胆だ。樫村は逆に、共生信金が組織ぐるみでマネロンに関与しているのではないかと疑惑を深める。

 第4は、金融庁対警察組織との意識対立の構図。それは金融庁にあった特定金融情報室が5年ほど前に国家公安委員会に移管されたことに関わっている。その実務は警察庁に設置されたJAFICが担当しているのだ。世界的に注目を集めるマネーロンダリングの取り締まりは、金融庁の縄張りに属する仕事と考えていたからなのだ。金融庁のプライドである。一方、警察サイドは、マネロンが組織犯罪対策と密接な関係があるので、JAFICが実務をし、取り締まりをする方が効果が高まるという理屈なのだ。縄張り意識の対立が事あれば尾を引く綱引きとなる。へたをすれば、捜査への横槍、遅延への要因になりかねない。

 捜査が展開する最中に、海外から新たな動きがもたらされる。香港のFIUからJAFICに通報が入ったのだ。現地の金融当局が追っていた資金の動きの中から浮かびあがったものだ。香港に設立されているあるペーパーカンパニーの口座に、共生信金の口座から数百億円に上る資金が1回あたり100万円以下の金額で多頻度集中送金されているという某大なデータだった。個別で見ると、金融機関には税務署に海外送金の届け出する義務のないというレベルの送金の手口なのだ。そこに犯罪性が潜んでいるのかどうか・・・・。
 樫村たちにとって一つの手がかりが出てくる。

 捜査が展開される中で、あるとき樫村の妻から樫村に電話が入る。樫村の妻は元警察官だった。妻と娘が不審な男に見張られているという電話だった。樫村は帰宅したとき、周辺を一巡し一台の車に気づくとともに、気になる男に出会う。警察手帳を見せ質問するが、その場はうまく言い逃れられる結果になる。だが、その車とその男の風体がその後の事件の展開の一助となっていく。

 不正送金疑惑のある宮本の死により、明確な証拠が得られず捜査令状を発行できない状況のなか、マネロン疑惑の捜査を搦手からジワジワと積み上げていくという進展がベースとなる。捜査過程で様々な対立の構図が露わになり、複雑に絡み合っていくところがおもしろく、読み応えがある。第1の対立の構図が主たるベースとなりながら、第3の対立の構図が絡み合っていくところが興味深い。フォイクサー八雲理事のしたたかさが大きな軸になっている。そしてその正体がなかなか見えないところが巧妙なストーリー展開とつながっている。樫村と亀田はキツネとタヌキの化かし合い的側面を持ちながら同じ捜査本部の一員として捜査活動に従事するという関係になる。そこが実におもしろい。
 意外性を掛け算していくようなストーリーの展開が興味深いところと言える。

 この作品の巻末の締めくくりは、「深井の死に対する慚愧はいまも消えない。それでも樫村は心がわずかに軽くなった気がした」である。ここに主人公・樫村警部補の警察官魂と捜査姿勢が凝縮している。

 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

この小説を楽しむためのバックグラウンドの情報をいくつかネット検索した。一覧にしておきたい。
マネーロンダリング  :「コトバンク」
資金洗浄(マネーロンダリング) :「外務省」
犯罪収益移転防止対策室(JAFIC)とは  :「警察庁」
JAFICと国際機関等の連携  JAFIC :「警察庁」
犯罪による収益の移転の危険姓の程度に関する評価書 pdfファイル :「警察庁」
金融庁 ホームページ  
  金融庁について  
金融庁  :ウィキペディア 
金融監督庁  証券用語集 :「weblio辞書」
海外送金サービスを悪用した不正送金アルバイトに注意!  :「警視庁」
日本の銀行、ケータイ、スマホから海外送金する方法 :「All About マネー」
ケイマン諸島の経済  :ウィキペディア
タックスヘイブン(オフショア)とは? :「WEB金融新聞」
タックスヘイブンに流れる日本の「税金」を取り戻せ(1/5):「IT media ビジネス」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)



こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『遺産 The Legacy 』  小学館

『インサイド・フェイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 佐藤青南  宝島社

2015-11-26 11:08:20 | レビュー
 女刑事・楯岡絵麻シリーズとしては3作目になる。今回も、4つの話が収録されている。  第一話 目は口よりもモノをいう
   第二話 狂おしいほどEYEしてる
   第三話 ペテン師のポリフォニー
   第四話 火のないところに煙を立てろ   である。

[第一話]
 2週間前に、杉並区の一戸建て住宅が全焼し、現場家屋に居住する中越弘嗣が遺体として発見される。遺体の胸には心臓まで達する刺し傷があり、出火前に絶命していたことが判明する。放火殺人と断定し、捜査本部が設置される。妻の中越晴美は事件当時、友人たちと温泉旅行に出かけていた。
 一方、事件当日、晴美の実弟・安達遼平のものらしき車が被害者宅前に停車していたという証言が入手される。
 晴美は5年前まで、熊本に住んでいて、親子ほど年齢の離れた男と結婚。その男が事故死したことで多額の保険金を得ていたという事実がわかる。保険金を入手した後、晴美は東京に出て来たのだ。
 被害者中越弘嗣は工務店を経営し、62歳だった。工務店の経営はこのところ赤字に転落していた。晴美は30歳の専業主婦。贅沢を好む晴美との結婚を弘嗣の親族は反対していたという。結婚後2年あまりで、被害者の貯蓄は底を突きかけていた。そして弘嗣には1億円にのぼる保険が掛けられていたのだ。
 そこで、中越晴美と安達遼平は重要参考人として任意同行での取り調べをうける。

 中越晴美の取り調べを筒井と綿貫が担当し、併行して楯岡と西野が安達遼平の取り調べを担当するという形で話が進んでいく。筒井が行う取り調べのプロセスと楯岡が行うそれとが対比的に描かれて行きおもしろい。エンマ様(絵麻)は、行動心理学の理論を踏まえて取り調べを進めていく。筒井は晴美の取り調べを進めるほど、晴美がシロのような気になっていく。一方、エンマ様は行動心理学手法を駆使して、安達に対するサンプリングを推し進め、安達の発言の中の嘘を見破っていく。そして、遂に絵麻は『尖塔のポーズ』をとって不敵に微笑むに至る。そして意外な事実と共犯関係が明らかになる。
 どんでん返しのおもしろいさがキーとなる短編だ。

[第二話]
 世田谷区池尻の路上で、大学病院に勤務する看護師が胸など数カ所を刺される事件が発生する。被害者は細川めぐみ47歳。病院で意識を取り戻した被害者の証言で犯人は元夫の三嶋裕貴45歳と判明する。
 この三嶋と細川は、3年前に発生した『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の被害者・三嶋花凜ちゃんの両親だった。
 三嶋の取り調べを楯岡が行うが、1時間ほどの取り調べをした後、取り調べの継続は命令を受け、筒井・綿貫コンビが行うことになる。筒井は俄然張り切る。エンマ様が投げ出したマルヒを絶対に落として、楯岡絵麻に勝利すると誓うのだが・・・・。
 取り調べを始めた筒井は三嶋の会話が盗聴されているという主張から始まる発言と行動に唖然とする。悪戦苦闘の取り調べに陥っていく。
 一方、早々に取り調べから外れた楯岡・西野コンビは、現場の捜査に出て行く。三嶋の自宅を検分することから始めて行くのだ。取調室で行動心理学手法の応用により、取り調べを効率よく効果的に進める楯岡が、取調室での三嶋との対話を放棄して、先輩刑事に任せ、現場からのアプローチを試みる。行動心理学的観点を現場におうようしていくのだ。この短編は、取調室を飛び出した楯岡の絡めてからの捜査という新鮮さが読ませどころとなる。
 わずか1時間ほどでの取り調べでのエンマ様の見立ては、「三嶋に見られるのは、被害妄想に基づく典型的な統合失調症患者の行動」というもの。それが楯岡を現場の捜査に向かわせたのだ。
 三嶋の自宅を検分するなり、楯岡はある違和感を感じる。そして、「詐病よ。三嶋は統合失調症を装っている」と断言する。エンマ様の行動は、なぜ三嶋が詐病を装うのかの解明に邁進することになる。そこから聞き込み捜査や被害者との病院での面談が展開していく。そこから導き出された結末の意外性。
 なかなか巧妙な筋立てになっている。エンマ様の三嶋による詐病という仮説がどのように立証されていくかが読ませどころだ。この事件は一応落着する。だが、実は真の事件解決とは言えない局面が残されるという点が、興味深い設定なのだ。楯岡にとっても、また細川・三嶋というもと夫婦にとっても。
 第二話としての事件は解決するが、それは始まりであるという余韻がおもしろい。
 著者は、どう料理していくのか・・・・。楽しみを残す。

[第三話]
 この話は、全体の構成がちょっとおもしろい。一種の間奏曲のような感じを与える小品である。第二話が課題に残したものにアクセスする手がかりづくりをはさみながら、別件の事件を取り上げストーリーを展開する。
 主題となる殺人事件をまず取り上げておく。被害者は永沢征治37歳でフリーライター。雑居ビル外階段の3階と4階の間にある踊り場で、大小25か所もの刺し傷を受け、搬送先の救急病院で死亡。取り調べを受けているのは小比類巻明(こひるいまきあきら)45歳。クラシックの作曲家なのだが聴覚障碍者ということで世間の注目を集めている人物。永沢は小比類巻をゴーストライターの利用疑惑で取材対象にしていたのだ。この事件も、小比類巻の取り調べは筒井・綿貫コンビが担当している。この取り調べで、小比類巻はゴーストライターを利用していたことをあっさりと認めるのだ。そのため、筒井は肩透かしにあった感じを受ける。
 楯岡・西野コンビはどうしているか? 彼らは小比類巻のゴーストライターとなっていた玉山司の自宅を訪ね、玉山が小比類巻の共犯者ではないかを探るという捜査活動に携わっていた。楯岡は玉山が共犯ではない感触を得る。ならば事件の犯行時刻に十条会館でのコンサートに立ち会っていたと主張する小比類巻のアリバイを崩せるのか? 
 殺害現場はコンサート会場のすぐ近くだった。だが、コンサートホールという密室に居る小比類巻にはアリバイがある。これを突き崩せるか・・・そこから始めなければならない。楯岡は西野とともに、このアリバイが崩せる実証を行うことから始めていく。
 そして、筒井と取調官交代により楯岡が小比類巻を取り調べるステージに移行する。エンマ様が小比類巻を取り調べることから、小比類巻が装う嘘が次々に暴かれていく。聴覚霜害すら嘘だと見抜くエンマ様に、それだけは本当だと主張する小比類巻。なぜか? そこに事件の意外な様相が潜んでいた。
 タケノコの皮をむくように、嘘がはぎ取られていくプロセスで、当初の仮説がどんでん返しとなっていくおもしろさ。なかなか巧みな構成である。犯人は密室に居て、被害者が開放空間にいるという設定が興味深い。
 さて、第二話とのリンキングに触れておくと、冒頭で『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の真犯人だと目される八坂宣弘を、絵麻と西野は、精神医療研究センターの医療観察法病棟に訪れた場面を描いている。この時、案内者になったのが、看護師の近藤実咲である。そして、この永沢征治殺害事件が解決した後の恒例の打ち上げを終えた西野が警視庁の単身寮に近いコンビニに立ち寄ったところで、私服姿の近藤実咲に偶然出会うという場面で締めくくる。これらの場面が、第四話への伏線になっている。

[第四話]
 刑事は事件が発生してから、その事件の解決をするのが仕事である。この第四話は、表面的には事件が起こっていないように振る舞われている状況の中に、意図的に首を突っ込んでいき、問題を見える形に炙り出していくという筋立てになっている。なかなかユニークである。それ故に「火のないところに煙を立てろ」というタイトルなのだ。
 発端は、第三話のコンビニの場面にリンクする。知らない間に、西野のポケットに1枚のそのコンビニのレシートが入っていたのだ。感熱紙のレシートの印刷面に爪の先で擦ったような、直線的な文字で大きく「タスケテ」と書かれていたのである。
 自分の購入した品物のレシートではないそのレシートに、その時のコンビニの状況から近藤実咲がそれを西野のポケットにそっと入れたのだと、西野は判断する。西野はそれを楯岡に見せて、実咲の窮状を救う相談を持ちかける。
 この第四話は、『狛江市少女殺害死体遺棄事件』の真犯人が八坂宣弘なのかどうかの糺明が根底にある。だが、そのためには三嶋元夫妻の発言に数回出て来た小宮という人物の特定が必要になる。筒井と綿貫のコンビは、精神医療研究センター、その中でも医療観察法病棟に勤務する職員の誰かが小宮という名前を騙っている可能性が高いとみて、秘かに張り込みをし、出入りする人物を盗撮することから始める。一方、楯岡と西野は直接病棟に収容されている八坂宣弘に面談することから始めたのだ。
 直接の事件性が発生していないこの事件、徐々にその状況がこみ入っている事実が明らかになるという構成になっている。
 そして、なんとこの事件では筒井・綿貫のコンビが楯岡・西野のコンビに最初から協力して事態の解明に取り組んでいくという形になる。このシリーズ始まって以来のユニークな展開でもある。常識では考えられない異常な状況が、ひた隠しになった形で平然と、日常性のなかに組み込まれているという設定のストーリー。意外性に満ちた展開を読み進める面白さを味わえる小品である。
 最終段階では、楯岡絵麻が危機的状況に追い込まれるが、持ち前の行動心理学を応用し、危機を乗り越えていくというスリリングな展開となる。そして、最後の最後に、近藤実咲のしたたかさがストーリーの落ちになっている。実におもしろい展開だ。お楽しみあれ。

 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に出てくる語句について、そこからの波紋として、いくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
統合失調症  :「厚生労働省」
統合失調症  :ウィキペディア
統合失調症とは   :「メンタルヘルスONLINE」
統合失調症FQA  :「精神科医YASU-QのHP」
容疑者の「刑事責任能力」とは 心神喪失者はなぜ無罪? 
:「THE PAGE」/早稲田塾講師 坂東太郎のよくわかる時事用語
パリ人肉事件  :ウィキペディア
「パリで人肉を食った男」佐川一政【閲覧注意】 : 「NAVERまとめ」
【閲覧注意】佐川一政が遂に“パリ人肉事件”の真相を語る【カニバリズム】
  :「Qetic blog」
佐川一政(パリ人肉事件)は脳梗塞に倒れ生活保護の日々 :「サメ石・ちゃんねる」
ピグマリオン効果   :ウィキペディア
ピグマリオン効果   :「コトバンク」
ハロー効果とピグマリオン効果 ―教育心理学―  :「Veritas心理教育相談室」」
サイコパス → 精神病質  :ウィキペディア
「サイコパス」の脳内構造はこうなっている 内藤順 HONZ編集長:「東洋経済ONLINE」
ミュンヒハウゼン症候群  :ウィキペディア
ミュンヒハウゼン症候群・ガンザー症候群・クバード症候群  :「総合心理相談」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『ブラック・コール 行動心理捜査官・楯岡絵麻』  宝島社
『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 宝島社

『わが名はオズヌ』 今野 敏  小学館

2015-11-22 22:07:32 | レビュー
 小説の舞台は神奈川県立南浜高校である。港町の山に近い新興住宅に隣接して作られた創立十周年を迎えたばかりの高校なのだが、荒れ果てた校舎、不良生徒がたむろする荒んだ高校になっている。
 自由民政党の重鎮、真鍋不二人は、建設省出身の衆議院議員で、いわゆる建設族議員である。彼は建設業界を牽引し、日本の高度経済成長の発展に貢献し、国民が豊かな生活を享受する道を切り開いてきたと自負する。そして、神奈川県下のゼネコン、久保井建設の久保井昭一社長とつるみ、県行政に根回しをして南浜高校を廃校にして再開発という形の建設計画の画策を進めようとしている。久保井は元ヤクザで、今は一応ヤクザと縁を切り一線を画した形で建設会社の社長に納まっている。ゼネコンとして丸投げなどの汚い仕事で巨額の利益を上げてきたのだが、高度経済成長の終焉のあと、経営不振に陥りかけているのだ。その打開策を南浜高校の廃止による再開発計画の建設受注で凌いでいこうと狙っている。
 その二人が、赤坂の一流料亭『菊重』で秘かに会合をしているというシーンからストーリーが始まる。一見の客は門をくぐることもできないこの料亭に、堂々と二人の学生服姿の少年が入り込み、中年の仲居に案内される形で、真鍋と久保井が会合する部屋に現れるのだ。一人は小柄な少年で、もう一人は大柄で凶暴な顔つき、学生服を脱げばヤクザ者にしか見えない風貌の少年なのだ。
 小柄な少年は、「わが名はオズヌ」と称し、真鍋と久保井に対して、南浜高校を取り壊して何か別のものを作ることをもくろんでいると聞いたので、そのような無法は許さない。阻止すると宣言する。その部屋に駆けつけた真鍋の秘書らしいたくましい体格の二人を、オズヌと名のる少年は、いとも簡単にその二人の行動を無力化してしまう。オズヌと名のる少年は、大柄な少年を後鬼(ごき)と呼び、阻止宣言をして悠然と引き揚げていくのだ。

 この小説は、南浜高校の存続を守ろうとする少年たちと真鍋・久保井との間の攻防戦の展開プロセスを描き出していく。
 元ヤクザの久保井は、二人の少年の素性を調べて、彼らの計画の障害とならないように措置を執る行動に着手する。それは勿論ヤクザ者を使っての障害排除行動である。一方、真鍋は国会議員という権力を利用し、警察組織に圧力をかけ、神奈川県警の警察官を使って少年二人の素性を調べさせるという常套手段を駆使する。
 警察組織の上からの「オズヌと名のる少年を調べろ」という命令で、理由も分からずに動き始めるのが県警生活安全部少年一課に所属する私服警察官の高尾勇と相棒の丸木正太である。高尾は陰では称賛と軽蔑の両方の意味を込めて「仕置き人」と呼ばれている警察官。ワルには一切容赦せず、そのやり方には県警内でも非難の声があがるような手もつかう。ワルがくうの音も出ないほど叩きのめしてから検挙し調べる。しかし、実績をあげる一方、彼がワルの根性を叩き直して更正させた少年も数知れないという警察官だ。訳のわからない指示を受けて、捜査に乗り出したこの高尾が、次第次第に事実を飲み込み始めて行くと、己の信条に従った行動を取り始めていく。この警察官の意識の変化とその行動が興味深い。

 さて、「わが名はオズヌ」と名のる少年は、南浜高校の石館校長や国森教頭に恐れの気持ちを抱貸せている生徒でもあった。さらには、担任の水越先生すらが恐れを抱いている少年なのだ。勿論、それにはそれなりの背景があった。それはこのストーリーのトリガーである。
 高尾と丸木は担任の水越陽子と面談する。少年の本名は賀茂晶ということがわかる。賀茂晶は半年前に南浜高校の屋上から飛び下り自殺を試みて瀕死の重傷を負ったが助かったという自殺未遂者。水越陽子は、賀茂晶が復学してくると、全く別人のようだったという。そしてオズヌと名乗り始めたというのだ。オズヌとは修験道の祖と言われた役小角である。
 オズヌと自称する賀茂晶が後鬼と呼んだ大柄な少年は赤岩猛雄だということを高尾は知る。高尾は赤岩のことならよく知っていた。神奈川県ではちょっとした有名人。暴走族のヘッドなのだ。神奈川中のツッパリどもが道を開けると言われる赤岩である。それがオズヌと自称する賀茂晶に付き従う家来のようにおとなしくしているのだ。ここから高尾の関心は募っていく。
 さらには、賀茂晶は担任の水越陽子と前鬼(ぜんき)と呼ぶのだった。

 この小説は、賀茂晶に憑依した役小角という伝奇的な設定が生み出す面白さを軸に展開していく。オズヌのもつ超能力が事態を動かしていく契機になる。
 高尾・丸木に対面したオズヌ(賀茂晶)は、高尾に言う。「憎しみは憎しみしか呼ばぬ」「我が神は隣人を愛せと教えた」と。高校がミッションスクールだった丸木は、オズヌの言葉が新約聖書に出てくるサマリア人の話を思い浮かべる。
 賀茂晶のことを知るために、役小角のことを詳しく調べるようにと、高尾は丸木に指示する。

 このストーリーには、役小角という歴史的人物の謎解きという側面と、真鍋・久保井の二人が賀茂晶・赤岩猛雄の二人を排除するためにとる行動とそれに対する賀茂晶らの対処プロセスの側面がある。この二つの側面が同時併行に進みながら、ストーリーとして織りあげられていく。賀茂晶にオズヌが転生している結果起こることは一種のファンタジックな行為のプロセスであり、おもしろい。

 このストーリー、オズヌ達が首相官邸に首相に会いに出かけるというステージにまで発展していくことと、久保井の行動が意外な転換をしていくという点での奇抜さがけっこう楽しめる部分でもある。

 私的には、役小角の謎ときの側面、その想像力豊かな解釈の展開を大いに楽しんだ。フィクション作家ならではの解釈の面白さが含まれている。修験道の祖、役小角、実に興味深い人物だ。実在した役小角に一層関心を抱かされる結果になった。

 ちょっとファンタジックなストーリー、楽しいながら読んでいただくとよい。

 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

役小角に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
役小角 :ウィキペディア
修験道 役行者の生涯   :「三井寺」
開祖 役行者   :「役行者霊蹟札所会」
役行者のこと  :「奈良観光」
生駒山の鬼と役行者伝承  :「いこまかんなび」
役小角とは何者か?  :「義経伝説」
役行者  :「邪馬台国大研究」
一言主  :ウィキペディア

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『マル暴甘糟』 実業之日本社
『精鋭』 朝日新聞出版
『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)


『日本の論点』  大前研一  プレジデント社

2015-11-17 15:10:50 | レビュー
 本書は著者が『日本のカラクリ』というタイトルで2006年1月から連載してきたものと対談記事から直近の稿を抜粋し、加筆修正したものである。そして、著者自身が「トピックスは折々の社会事象に結び付けて論じているが、本書で取り上げているような論点は私にとっては目新しいものではない」(p3)と断言している。
 さらに、1980年中頃から社会改革に関する様々な本を書いてきた著者が、1993年に『新大前研一レポート』を出版した。著者は「それが、『大前研一の論点』の原点(原典)といっていい」(p4)と述べ、『日本のカラクリ』の連載で取り上げてきたテーマも例外ではないと言う。つまり、本書は著者の主張する論点の集約・凝縮版ということになる。
 逆に言えば、この一冊を読めば、大前研一の主張する論点のエッセンスが大凡わかるということになる。主張点がストレートに述べられている本ということだ。さらに興味が湧けば、過去にその論点に関連してどこまで詳述しているかを遡ればよいことになる。あるいは、著者の主張する論点を踏み台にして、己の考えを深めるなり、発展させるなりしていけばよい。本書は2013年10月の出版である。

 様々な論点を投げかけた著者が、それを実行に移さなければ机上の空論だとして、平成維新の運動を興し、都知事選にも立候補した経緯がある。「大前研一の維新は儚くも砕け散った。表舞台に立つのは向いていないと思い知った」(p5)ので、政策立案の裏方に徹し、論点の提示、主張を己の役回りと考えるに至ったという。本書は著者の論点要約版としての機能を果たしている。そういう意味で、主張点を知るにはお手軽版といえようか。
 本書の構成は、巻頭にジャック・アタリと著者の対談記事「『日本病』克服の唯一のカギ?とは」が載せられ、巻尾は三浦雄一郎と著者の対談記事「80歳でエベレスト登頂、偉業の裏側」が収録されている。その間に2つの側面で論点をまとめている。side A として「日本病を克服せよ」、side B として「平成の世直し運動」である。各側面はそれぞれ10の論点にまとめられている。
 本書を読み、興味を惹かれた点や著者の論点の要点と理解したことを覚書として読後印象を交えながらまとめてみる。興味・関心を抱かれれば本書を手に取りお読みいただき、この本を手がかりとして、著者の既出版物を読み進めていただければよいだろう。

side A で著者は興味深い分析と提案をしている。要約列挙してみよう。

1. ボーダレス経済となった現在、一国内でのケインズ経済学的政策は効果はない。それよりも「心理経済学」の発想が必要と説く。小金持ちに気持ちよく消費しようという心理にさせる政策こそ有効である。ロケーションに制限されず、スマートフォン経由でパチンコや公営ギャンブルを楽しめる仕組み、全国的な空き家の増加対策として、バケーション用別荘に貸し出しできる仕組みづくりなどのアイデアが提示されていておもしろい。金を持っている人に、楽しんで使わせる政策が経済を活性化する。

2. 世界には4つの地雷があるという。ヨーロッパの国家債務危機、アメリカ経済のドル危機、中国のハイパーバブル、日本のギネス級の債務問題である。現状では個別に延命策が効いている。高齢化経済では、生活の質を重視する「クオリティ国家」をめざすべきである。

3. 垂直統合型フルビジネスシステムを成長モデルとする時代は去った。あらゆるものが汎用化するデジタル時代である。ネットワークとプラットフォームの時代には、高品質で技術特化し安く作られたものを束ね合わせることができる者が勝利する。

4. 日本のメーカーは、「製品イノベーション」「生産性の向上」「製造生産拠点の多国籍化」で円高を乗り切ってきた。つまり製造業のアメリカ化、貿易構造のアメリカ化であり、この物理現象は止められない。ネット時代の新たな三種の神器は「ポータル」「決済」「物流」を握ることである。

5. 真に「観光立国」を実現するには、「デスティネーションツーリズム」いわゆる滞在型旅行に求められるニーズにマッチすることが必須である。顧客のセグメンテーション分析をして、マッチした多様な旅行パッケージの提案が重要なのだ。「一泊二食附き」発想ではワンパターン。長期滞在志向とはマッチングしない。外国人観光客に「自分だけの日本」を発見させる仕掛け作りが必要なのだ。

6. 「物欲」志向、成長神話の経済時代は終わった。「シエアリング(共有)」のライフスタイル、「身の丈に合った」生き方に切り替えることが問われている。

7. 諸悪の根源は、「競争させない教育」という発想にある。

8. 農業利権を助長する農政が日本の農業を先細りしてきた。「農業は世界の最適地でやるべき」である。「日本の企業や若い世代が世界の農業最適地に飛び出し、広大な農地と日本の高い農業技術、そして現地の労働力を活用して農業を”マネジメント”する」「日本の農民は世界の農場経営者になるべきだ」(p105)そこに日本の農業の未来がある。

9. 病気の概念の再定義並びに医療制度の抜本的見直しが必要である。日本独特の「カラクリ」が医療行政をダメにしている。医療に対する受益者感覚の見直しも重要である。

side B についても読後印象と理解した点を列挙しておく。

1. 現行憲法に対して、意味不明と論じているその論じ方がおもしろい。こんな読み方もあるのか・・・・と。著者は「憲法をアンタッチャブルにした96条は、占領軍の最悪の置き土産である」(p123)と難じる一方、「1996年に小選挙区制という愚かな選挙制度を導入したせいで、天下国家を論じる議員はほとんどいなくなった。そのため、衆参両院で3分の2の支持を取り付けるのは至難の業だ」と批判している。だが、己の利権中心でなく、国家百年の計を考え憲法を真剣に考えている議員が果たしてどれだけ居るのかこそ、問題ではないのかとも思う。

2. 著者は25年前から「道州制」を提唱してきたという。「均衡ある国土の発展」(田中角栄元首相の提唱)の呪縛を脱すべきという。全国一律的な発展志向でなく、地域の特色ある強味を生かす多様なあり方を求めると、グローバルなマネー、ホームレスマネーを呼び込める余地はふんだんにあると論じている。発展のステージを切り替えるという視点は、新鮮みがある。中央官僚主導の悪しき中央集権国家のステージを脱却せよという論点は、なかなかおもしろい。
 行政コスト削減目的の道州制発想ではなく、地域に応じた産業基盤づくりをめざす戦略的地域単位を生み出すという提唱での道州制発想は興味深い。一極集中型の危険性を改めて感じる故に、興味深い論点である。

3. 「私の知る限り地方自治体を、政策面からピカピカに磨き上げた政治家というのは。誰一人としていない」(p140)と著者は断言する。著者の言いたいのは地元自治体のGDPへの貢献、経済的に強固な基盤を作った人物という意味である。世間的な「有名知事」という意味ではない。著者の視点に立つ道州制が実現できないのは、この点と大きく絡んでいる気がした。

4. 橋下徹の政治家としての考え方、手法や行動原則について、ある局面では賛同しつつ分析し、論評しているところが興味深い。なるほどそういう見方ができるかと思うところがある。著者は、橋下徹を新しいタイプの政治家として位置づけている。

5. 日本が機能不全に陥っている理由の一つが役所の組織構造にあるとする。肥大化し、専門化しすぎ、全体像を描けなくなり、大局観を持てずに過去の成功体験にすがり、前例主義を踏襲する点を批判している。決められた政策の遂行という歴史的役割を終えた時点で役所の廃止、縮小を提言している。この考えはおもしろいと思う。

6. 「自民党外交の本質とは何か。一つは対米一辺倒である。どんなに屈辱的でもアメリカの言うことには逆らわない」(p164)と、ズバリ指摘する。さらに、「自民党外交のもう一つの特徴は、継続性を担保するような”形”にしていないことだ」(p167)という。明文化せず、口約束にとどめていることが多いという指摘である。「自民党政府は外交の真実をほとんど国民に明かしてこなかった」(p167)と断言する。この指摘には同じ思いである。

7. 福島第一原発の爆発事故については、政府筋による原因究明の中途半端さを厳しく批判するとともに、原子炉の設計思想に問題があったと指摘する。原発事業の公営化を論じている。また、この原発事故における被曝量の問題については、医療検査に関係した被曝量との相対比較の視点から、バランスを欠いた被曝恐怖症について論じている。だが、不必要な被曝を引き起こしたという責任がそのことで緩和される訳ではないと私は思う。

 最後に、三浦雄一郎との対談で本書は締めくくられている。三浦雄一郎の発言の中に勇気づけられる語りがある。

  「あきらめなければ夢はいつか叶う」という言葉がありますが、
   本当にその通りだと思います。
 
 久しぶりに、大前研一の著書を読み、刺激を受けた。
 著者の提起する幅広い論点は、その主張・見解に賛成・反対に拘わらず、やはり一考する必要のあるものだと思う。日本を考え直す契機を与えてくれる書になる。
 
 ご一読ありがとうございます。

  付記 本書を読んでからネット検索していて、『日本の論点 2016~2017』というタイトルの本が出版されたことを知った。2015年11月15日発売である。


人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

インターネットで著者の主張・見解をどれだけ入手可能か? その一端を少し調べてみた。一覧にしておきたい。認識を新たにした次第。

大前研一 オフィシャルウエブ
大前研一の日本のカラクリ  :「PRESIDENT Online」 
大前研一 ニュースの視点Blog
大前研一の「産業突然死」時代の人生論   :「nikkei BP net」
「突然死」の時代の人生論  大前研一氏  :「SAFETY JAPAN」
「世界一」だけを作るイタリアの地方創生法  2015.11.30号 日本のカラクリ
橋下徹君へ「なぜ君は敗北したか教えよう」  2015.7.13号 日本のカラクリ
かつて橋下徹氏と縁があった大前研一氏 支援諦めた経緯語る 2015.6.20
21世紀は「人・物・金」から「人・人・人」へ - 大前研一氏が「もはやお金は経営に必須ではない」とビジネスの変化を語る  :「logmi」
大前研一が語るアベノミクスが失敗する理由と対策が秀逸! 
    :「自由を求めて、世界を周る」


  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

『神の時空 三輪の山祇』 高田崇史  講談社NOVELS

2015-11-12 09:32:46 | レビュー
 [神の時空(かみのとき)]シリーズは、『鎌倉の地龍』から始まり、この『三輪の山祇(やまづみ)』で4作目になる。
 このシリーズは、高村皇(たかむらすめろぎ)の謀計のもとに、高村皇の命を受けた輩が蠢き、超常現象の起こる事件に辻曲家の兄妹たちが遭遇する。そして、彼らが、高村皇が背後に存在することを知ることなく、事件の解決に奔走する姿を描いて行く。清和源氏の血を引き、もともとは中伊豆の旧家だったが、今は長男の了を家長として兄妹が東京・中目黒の古い一軒家に暮らしている。この辻曲家の姉妹は先祖から受け継いだシャーマン的な能力に秀でているという特質を持つ。鎌倉・由比ヶ浜女学院1年生の次女・摩季が鎌倉の鶴岡八幡宮で起こった事件に巻き込まれて死亡する。
 辻曲家の長男・了は、妹に「死反術(まかるがえしのじゅつ)」を執り行って、摩季の命を取り戻そうと決断する。この術式は、古代日本の物部氏系統の書である『先代旧事本紀』にのみ収載されている術式なのだ。それは「十種(とくさ)の神宝(かんだから)」に関わっている。この「十種の神宝」が揃うことで、「死反術」の術式を執り行えるという。辻曲家には十種のうちの二種が「辻曲家の深秘(じんぴ)」として代々伝わっているのだった。摩季の死から7日以内にこの「死反術」を実施するために、長女の彩音(あやね)が、三女の巳雨(みう)とともに、福来陽一の協力を得て、残り八種の神宝を入手すべく各地に出かけて行くことになる。ところが、その出向く地の先々は、高村皇が謀計を遂行するための破壊対象地になっていく。そのため、辻曲彩音は高村皇の存在を知らないままに、その謀計を阻止する対決者の立場に立たされていくのだ。
 名古屋の熱田神宮を経て、前作では京都の貴船神社を中心の舞台とした対決に発展した。この「三輪の山祇」ではその対決の舞台が奈良の三輪山、大神(おおみわ)神社に移っていく。

 高村皇が謀計の一環として、怪我から回復した磯笛を大神神社に差し向ける命令から始まる。高村皇は、磯笛の片腕として天地否(あまちいなめ)を付けるという、そして一方で、鳴石を奈良に先行させているという。目的は、大神神社すなわち三輪山に鎮められている怨霊を目覚めさせよということなのだ。

 事件は奈良の高校生・早見淳一が死亡したことから始まる。淳一は「蛇が・・・」と言い残して死んだというのである。田村暁(こう)は仰天する。というのは、淳一から高校卒業までに一度は三輪山へ登ってみようと誘われて、二人だけで三輪山に登ったのだ。三輪山は大神神社の御神体山である。頂上には村の鎮守様という程度の神社が建てられていて、その奧に、奧津磐座がある。二人はその磐座までいくことにする。そこで、淳一がとんでもないことを行う。磐座に登り、そこから石を3つ取ってきたのだ。苦労して登ってきた土産にするという。そのうちの一つを田村暁に手渡す。暁は躊躇したのだが、淳一にいつから迷信深くなったのかと問われ、そそのかされて、手渡された石を持って帰る。
 ところが、その早見淳一が「蛇が・・・」と言い残し死んだということを聞く。バチがあたったのだと畏れ、暁は自分の持ち帰った石を三輪山に返しに行こうと決意し、行動をとる。警察の調べで、理由が不明であるが早見淳一は殺害されたことが判明する。警察は淳一の友人である暁が淳一の死の前に一緒に行動していたので、暁に事情を聞こうと連絡をとる。
 暁は、手許の石を三輪山に帰すことと、警察の事情聴取に対応すること、そのどちらを優先させるかにまず悩む羽目となる。

 ここで、2つの独立したことが同時併行で進展していく。一つは、第2作『倭の水霊』に登場した涙川紗也(なみかわさや)がふとしたことから、奈良に出かけてくるのである。横須賀市の走水神社の近くに引っ越す決意をした紗也が、新しい生活に入る前に、自分を縛る過去をどこかの神社にお参りして祓ってもらえたらと考えたことによる。書店に入り、旅行ガイドブックを眺めているときに、書棚から巳の前に落ちてきた一冊のガイドブックを手にして、京都から奈良・大神神社に行こうと決めたのだ。
 もう一つは、貴船神社に行き事件に遭遇し、対峙することになるが、最後に貴船川の霊水を入手し、東京への帰路につこうとした辻曲彩音らは、京都・祇園の裏通りあたりまで戻ってきたところで、車のエンジン不調で立ち往生する羽目になる。それは、単に車の不調だけではなく、同乗していた福来陽一とともに彩音も何か嫌な感覚、不吉な感覚を覚え始めているのだった。そして、三女の巳雨が伴ってきたシベリア猫のグリが突然車内から飛び出していく。グリは小柄な老人を追いかけて一直線に飛び出して行ったのだ。彩音はグリを追いかける。グリが捕まえたのは六道佐助(りくどうさすけ)だった。
 彩音は佐助が磯笛に頼まれて涙川紗也をつけ回していたこと、紗也が大神神社に行くらしいことを知る。磯笛・紗也・大神神社ということから、彩音の抱いた不吉な感覚が、奈良・大神神社に関係しているのではと思いをめぐらし、奈良に向かう決断をする。

 このストーリーは、大神神社・三輪山にかかわって、高村皇の意図のもとに命じられて行動する輩に対し、田村暁、涙川紗也、彩音の一行が、蠢く輩に対立する立場で収斂していき、問題事象を解決するプロセスを描く。再び怨霊を解き放とうとする企みに対する対立ドラマである。
 一方で、このストーリーは、彩音の要望で、福来陽一-実はヌリカベ-を黒子として、東京の「猫柳珈琲店」に居つく幽霊・火地晋の考えを引き出し、大神神社に潜む謎を明らかにしていくプロセスである。大神神社の立地、三輪山と祭神についての謎解きでもある。三輪山の怨霊を彩音たちが鎮めるためには、この謎の解明が必須なのだった。徐々に三輪山の神の謎が明らかになっていく。そこには壮大な歴史の闇が潜んでいるのだ。この解明作業がこのストーリーの中軸になっている。読み応えがある部分だ。日本歴史の闇の部分に光をあてることに関心・興味をお持ちの読者には、かなりスリリングな謎解きプロセスであり、楽しめることと思う。歴史史料の行間を読み、史料を縦横にリンクさせていくところから広がり深まる世界、そこにある謎の解明を、この第4作で再び堪能でいるという趣向なのだ。
 
 ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
先代旧事本紀  :ウィキペディア
現代語訳 『先代旧事本紀』   :「天璽瑞宝」
第2章 古代豪族系譜  :「この人が卑弥呼」
三輪明神 大神神社 公式ホームページ
  三輪山登拝について  
狭井神社  :「さくらい」(桜井市観光情報サイト)
狭井神社 :「Don Panchoのホームページへようこそ」
三輪山  :ウィキペディア
大神神社 ~三輪山登山編~  :「MILK MODE」
國津神社・雄神神社   :「神奈備」
雄神神社   :「大和路アーカイブ 奈良県観光情報」
大物主神 記紀の神様 :「やおよろず 日本の神様辞典」
大国主  :ウィキペディア
大己貴神(オオナムチ)  :「日本神話・神社まとめ」
大神神社と大物主神、そして少彦名神
  :「中原中也とダダイズム、京都時代 日本史探訪・オノコロ共和国」
大神神社のご利益  :「パワースポット研究所」
見どころはご神体の山だけではない!奈良・三輪の大神神社に行ったら寄りたいパワースポット  :「Travel.jp」


  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた作品で、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の特定の巻を含め、印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS

『ゼロの迎撃』 安生 正   宝島社

2015-11-07 09:03:23 | レビュー
 『生存者ゼロ』で2012年に第11回「このミステリーがすごい!」大賞を受賞した著者が単行本として2014年7月に出版した第2作がこの作品である。現在、宝島社文庫(2015/3/5)として出版されている。この後、未読であるが、2014年12月に4作家競作本である『このミステリーがすごい! 四つの謎』に「ダイヤモンドダスト」という作品が発表されている。

 この作品も自衛隊の出動をテーマとした小説である。それも東京都内に中隊規模で潜入し戦術兵器を携えたテロ組織の攻撃を受けるという設定での戦闘シミュレーション・シナリオである。読み始めるとかなり破天荒な想定と思えて、馬鹿らしさを感じる側面があるかも知れない。だが読み進めていくと、おぞましいリアル感が湧いてくる作品に仕上がっている。
 勿論、この前提となっている様々な条件が、現実的にどこまで組み合わせとして成立し、この事態が発生するかの評価によって意見が分かれるだろう。このシミュレーション・シナリオが荒唐無稽の机上の空論、小説の中だけのバーチャルワールドなのかどうか、それを考えてみるためにも、本書を読んでいただくとよい。この極端と思える事態に対処する日本の政治関係者、自衛隊、マスコミなどの反応と対応、彼らが組み立てる論理や思考のプロセスなどの描写場面に、このシュミレーションの考えるべき局面が潜んでいると思う。日本の実態を考え直す思考実験という側面は一読の意義がる。

 この作品が出版される2ヵ月前の2014年5月15日午後に、「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が報告書をまとめている。憲法解釈の変更による集団的自衛権の行使についての提言が公式にこの時に為された。それから、今や集団的自衛権の行使について、不明瞭な領域があるままで、安全保障関連法案が衆参両院で押し切られ、2015年9月19日に安保法が成立した。改正された諸法律が施行されれば、集団的自衛権の行使は現実のものとなる。おぞましいかぎりだが・・・・。
 この小説は、同じ時期に、それ以前の段階での日本国土内での緊急事態発生に焦点を絞り込んだシュミレーションをしているのだ。足許に潜む暗闇の想定である。

 さて、この小説のタイトルはどこに由来するのか?
第4章に次の記載がある。「ハン。これが私のチームだ。戦力ではお前の部隊に及びはしない。おまけに、何の準備もない我々は、ゼロから戦いを始めることになる。半島の精鋭をゼロが迎撃する」(p342)これが「ゼロの迎撃」というタイトルにリンクするのだと思う。

 私のチームとは? ここで私というのは真下俊彦、自衛隊の情報本部統合情報部に所属する三等陸佐の情報分析官である。真下がその情報分析能力を駆使して、東京都内で発生したテロ組織への対処に対する方策具申の中核とならざるをえなくなった時点で、チームが編成される。わずか4人のチームが何の準備もないところから、現在進行中のテロ行為事態に対処する情報収集と分析活動を繰り広げる。そして内閣総理大臣や関連大臣並びに自衛隊トップや情報本部幹部などへ報告し、対策具申を遂行していくのである。そして、対処の一環として自ら阻止行動に踏み出す。
 後の3人とは統合情報部所属で情報分析に専念する岐部三等陸尉、情報本部総務部所属で退役間近い調整官の寺沢陸曹長、そして東部方面隊第一師団所属で、レンジャーである高城和久三等陸曹である。高城は真下の行動に対して護衛的役割を兼ねて戦闘員として急遽配置されたのだ。
 この小説は後半でこの真下チームが何をなし、どういう行動を重ねていくかを中軸にして戦闘ストーリーが展開する。この4人の思考や思いの描写が一つの読ませどころになっている。

 ストーリーをスタートラインに戻す。
 7月7日午前2時、南浦港近隣のピバゴッ基地を中国漁船に擬装した200トン型の貨物船白村号が改造されたヨノ型潜水艇を伴い出港する。白村号には、平壌防御司令部のハン大佐及び彼の訓練育成した中隊200名が乗船し、戦術兵器が積み込まれていた。黄海上で中国漁船団に紛れ込み、太平洋に出た後、白村号は漁船団から離れ、紀伊半島南東沖、日本の排他的経済水域200海里すれすれの公海上に至る。
 7月9日、午後9時30分。強力な台風が日本に接近している中で、外洋型底開式(ていかいしき)土運船<第34中野丸>と合流し、白村号から中野丸に部隊と積荷を積み替える作業を行う。台風接近下の荒海での積み替え作業中に事故が発生し、積荷の一部と20名の兵士が水没する。だが、180名の精鋭が台風接近状況に紛れて易々と東京湾に潜入してしまうのだ。
 
 一方、7月11日午後2時13分、真下俊彦は、子宮体癌手術のために入院した妻・智恵子に付きそうために、自衛隊中央病院に居た。真下は情報本部統合情報部から、東部方面総監部への異動の下令を受けていたのだ。だが、「大至急市ヶ谷に出頭せよ」との緊急メールを受信する。それは防衛省の主要メンバーが省議室に集まった会議に出席させられるためだった。その会議では、7月7日に防衛省が大規模なサイバー攻撃を受け、日本近海の警戒システムに6時間の障害が発生したこと。ビバゴッ基地を光学衛星が撮影した写真で、西海艦隊の貨物船とヨノ型潜水艇が姿を消していること。大連湾漁港から出港した20隻の外洋漁船団が台風9号の接近下で太平洋に足を延ばすという不可解な行動を衛星が補足していたことなどが報告される。その後の情報で、大連へ帰港する船団の船数が一隻減っていること。カシミール地方での武力衝突におけるテロ組織の正体は、半島で何者かに編成された特殊部隊の仕業ではないかという情報が入ったことなどの情報がさらに説明される。その会議で、諸情報を総合的に分析した真下は我が国が襲われるリスクという懸念を発言してしまう。そして、この会議の終了後、真下は異動の取消を宣告されてしまうのだ。この会議で提示された様々な情報を踏まえて、まずはたしかな情報を分析して上げろという命令である。
 真下は、まるで知らなかった妻の病状を知らされ、妻への慚愧に苦悩する私情にとらわれつつ、情報分析官としての能力への矜持と公務へ義務感・責任感の遂行に邁進していく。

 7月11日、午後5時10分、川崎港の京浜運河沿い、産業廃棄物処理業の水江興産のある埠頭に中野丸は着岸する。ハンは180名の中隊を5つの小隊に分割し、任務を指示してそれぞれが配置に就くように命じる。ハンの冷酷で周到なテロ戦略構想が開始される。

 7月11日、夕刻から防衛省、警視庁、外務省のHPとサーバーがサイバー攻撃を受ける。そこに「明朝までに東京を壊滅させる」というメッセージが流されたのだ。そして、午後5時30分頃、丸の内1丁目のやまと銀行本店で大規模な爆発が起こる。羽田空港南端にある航空燃料貯蔵タンクで爆発が起こるなど、都内の6ヵ所で大規模な爆発が発生する。さらに、錦糸町駅北口近くの大規模再開発地に建つセレブマンションの警備室から「何者かに襲われた」との緊急通報が入った後、連絡が途絶える。現地に指令を受けて出向いた巡査長が、近くのビルの低層棟からの銃撃で射殺される。占拠事件という判断で警官隊が出動するのだが、ここがテロ組織との交戦状態になっていくのだった。
 法治国家日本の即応してなすすべもない状況から、事態が急速に拡大深刻化していく。 もし、このシュミレーション・シナリオが今現実化したら、この国の対応力は如何?
 
 7月11日午後6時30分、首相官邸地下にある危機管理センターに、急遽、国家安全保障会議が招集される。この会議に、真下も予想どおり呼び出されることになる。
 突如都内各所に同時多発的に出現した破壊行為と謎のテロ組織に対して、どう対応すべきか? テロ行為説否定から始まる楽観論や戸惑い、招集された個々人の場違いな思惑や錯綜した情報に対する戸惑い・・・・混乱した会議の状況場面が始まって行く。まさに誰も想定しなかった事態が発生しているのである。このあたり、現日本の実態のシミュレーションではないかというリアル感に襲われる。異なる次元の危機的状況だったのだが、福島第一原発爆発事故の際の、首相官邸地下の危機管理センターにおける会議の錯綜状況が、ここの描写にオーバーラップしてくる思いがする。第1章の後半で描写される最初の会議は、かなりリアル感がある。
 この会議で、真下は、習志野駐屯地の特殊作戦群の部隊への治安出動待機命令を進言する。部隊を乗せたへりを羽田空港から離れた東京テレポートに向かわせるべきと提言する。しかし、それはヘリが打ち落とされ部隊が全滅するという最悪のスタートとなる。真下は初っ端から、己の情報分析の甘さと事態の深刻さを思い知らされるのだ。

 国家安全保障会議のメンバー間での事態に対する認識ギャップと対応策への困惑状態、一方、ハン大佐による冷徹なテロ作戦の遂行と戦闘推移状況の判断が、判然としたコントラストを生み出している。テロ組織の精鋭部隊に対して、警察力での対応が不可能とわかるや、自衛隊の出動要請へと事態が進展していく。このステップアップに法的制約、障害が何か、それにどう克服対処できるかの論議が描き込まれている。このあたり、一つのシミュレーション、論理の展開として興味深い。

 ハン大佐の沈着なテロ部隊への指令の一方、ハンの個人的な側面に関わる本国での事態が同時進行していく。ハンの内心の描写は、軍人としてのハンの思考とのコインの両面となり微妙な影響を及ぼしていく。
 
 著者はハンにこう語らせている。「日本の防衛システムの欠点は、水際での撃退のみを想定していることだ。つまり国内に敵が侵入した後の本土、特に大都市における陸上戦闘を考慮していない。市街戦を想定した上で、国民の犠牲を議論することから彼らは逃げた」と。
 この指摘は、現実問題どう認識され、想定されているのだろうか・・・・。
 
 この小説は、攻撃側のハン大佐の冷徹な戦略構想のもとに、テロ戦闘が拡大進展させる様相をハン大佐の抱える内面描写ともに描くストーリーの展開が一つある。自衛隊の出動までの紆余曲折を経て、出動が決定される。それから真下が情報分析の中核となり、4人のチームがテロ戦闘事態に対する敵の究明と対応方策の分析、具申としての行動を描くストーリーの展開がもう一つある。この2つが同時進行していく。ストーリーは緻密な構成になっている。
 テロ戦闘の進め方、進展の仕方などを情報分析し、真下の頭脳に蓄積された膨大な情報の中から、ある戦略論の論文が結びつくことで、テロ組織のリーダーがハン大佐であることを割り出していく。それからは、ハン大佐ならどう考えるかという想定での情報分析に進む。そして、真下とハンの対決というクライマックスへとストーリーは展開する。
 
 この小説の設定で、大変興味深いのは、真下が具体的に行動を開始する時点において、事の成り行きから、真下が署名した辞表を倒幕長に差し出してから、4人のチームが結成されるというストーリーになっている。これは何とも、実に日本的な組織の動きと思われる。これ自体が実に興味深い設定だと思う。

 テロ戦闘の戦場が終結した2週間後の状況が「終章」として描かれる。
 この最終章の落とし所は実に巧妙である。真下とハンを視点を軸にしながら描かれてきた巨大台風が日本本土に到来する中での戦闘行為の意味が何か、それが別次元の解釈に止揚されていく。う~ん、と唸りたくなるエンディングでもある。

 もう一つ、付け加えておきたい。戦術武器を携えた精鋭部隊がテロ行為に及んだならば、現在の警察の装備力では対処できないのは、素人でもわかる。法治国家における警察組織の役割は違うから当然であるだろう。この小説での考えさせどころは、日本における自衛隊の出動についての法的手続きという側面である。上記国家安全保障会議の場はその討議にウエイトが置かれて、様々な考えがぶつかり合う場面、そこに個々人の思惑が絡んだ発言と思いが描写されている。この小説の基盤にあるのが、この討議のストーリー展開だろう。この小説が一つの事例研究的なシュミレーションになっている側面だと思う。
 この側面について、p146に著者はこんなやりとりを書き込んでいる。引用しておきたい。

 「先ほどの須藤長官の意見についてだが、自衛権の発動三要件についてはどうだ。発動の三要件は揃っていると思うかね」
 「憲法第九条下で認められる自衛権発動の三要件は、一つ、我が国にたいする急迫不正の侵害があること。二つ、この場合、これを排除するために他の適当な手段がないこと。三つ、必要最小限度の実力行使にとどまるべきことです」須藤が一旦言葉を切った。「第七十六条に言う<<武力攻撃>>とは一般に、我が国にたいする組織的計画的な武力の行使をさします。その発生時期については、基本的に武力攻撃が始まったときです。では、どの時点で相手が武力攻撃に着手したかについては、相手国の明示した意図、攻撃の手段などをもって、個別具体的に判断すべきとされています。つまり、どの時点でどのように武力攻撃を受けていると判断するのか。自衛権発動の三要件が揃ったと判断するのは案件ごとに異なり、最後は首相のご判断となります」

 現実問題、今回の安保法成立で、諸法律が施行され、集団的自衛権が現実化されると、ここに引用した「自衛権の発動三要件」はどう解釈変容されるのか・・・・。この小説の中での紆余曲折のやりとり以上に、拡大解釈される危惧を感じる。

 この小説では、東京都内でテロ戦闘が起こり、自衛隊出動に進展した上で、テロ戦闘が終結するまでが描かれるが、7月11日の夕刻から翌12日午前3時36分までにおける戦場と化した地域における都民の側のことはほとんど描かれていない。都民の視点は捨象された上での戦闘シュミレーションとなっている。そこが作品として構成する上での限界かもしれない。
 
ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に出てくる語句から関心事項に波紋を広げてネット検索してみた。一覧にしておきたい。
自衛権  :ウィキペディア
憲法と自衛権  :「防衛省・自衛隊」
集団的自衛権  :ウィキペディア
排他的経済水域  :「コトバンク」
防衛省・自衛隊の組織図  :「自衛隊静岡地方協力本部」
駐屯地・組織 陸上自衛隊の部隊配置  :「陸上自衛隊」
装備  :「陸上自衛隊」
日本のテロ対策  :「YAHOO JAPAN! ニュース」
マンハッタン計画  :ウィキペディア
東京都東京ヘリポート  :「東京都」
隅田川流域河川整備計画の概要  pdfファイル :「東京都建設局」
東京都 水防災総合情報システム :「東京都」
XRAIN XバンドMPレーダー雨量情報 :「国土交通省」
3分でわかる、サイバー攻撃最新動向  :「TREND MICRO」
サイバーテロ  :ウィキペディア
携帯式防空ミサイルシステム  :ウィキペディア
91式携帯地対空誘導弾 世界初イメージホーミング  :YouTube
PK machine gun 7.62-mm  :YouTube
CZE CZ75 [自動拳銃]  :「MEDIAGUN DATABASE」
CZ 75 : YouTube
CZ 700 M1 :「SNIPER CENTRAL」
集団的自衛権の行使容認  :「MEDIA WATCH JAPAN」
集団的自衛権に関するトピックス :「朝日新聞」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『生存者ゼロ』  宝島社

『等伯の説話画 南禅寺天授庵の襖絵』 須賀みほ  青幻舎

2015-11-03 09:37:19 | レビュー
 この表紙は、天授庵の襖絵の一面に描かれた「南泉斬猫図(なんぜんざんみょうず)」と呼ばれる禅機図の一部、猫をクローズアップしたものである。
 この場面の襖絵が見開きで大きく写し出されている前のページに、著者はこの禅機図のシーンをこう説明している。この有名な説話の経緯を著者が文に書き表している。その部分の前半を引用する。

 ある日、東西両堂の僧らが一匹の猫をめぐって争っていた。
 そこに行き合わせた南泉禅師は、猫を片手に取り上げてもう一方の手に刀をかざし、こう言った。
 「わたしを納得させる一言を何でもいい、言ってみろ。さもなくばこの猫を斬る」
 だが誰も言葉が出ない。
 やむなく南泉は皆の前で猫を斬った。

 この表紙の猫は、南泉和尚がいま正に猫を斬ろうする直前のシーンに描かれた猫。
 この後、南泉が愛弟子・趙州にこの話をした時に趙州がとった行為が、後半として文で説明され、その襖絵一面が見開きの襖絵の次のページに載せられている。そして、また、文章で南泉と趙州にまつわる別の逸話が紹介された後、この禅機図の部分拡大写真がそれぞれ見開きで掲載されていく。

 他もそうだが、クローズアップされた部分図は、襖全体図を見た後に眺めると、一層に興趣が湧く。そこに描かれた僧や事象の迫力におされる感すらある。

 本書は、襖絵の全体図とクローズアップした部分図の写真が数多く掲載されている。それら襖絵の間に上掲のように著者の解説文がおりこまれ、相乗効果が発揮されていく。その文とは、該当箇所の襖絵に関わる襖絵構成上の説明、襖絵の背景に関わると考えられる和歌、漢詩などを使っての解説、禅機図に描かれた説話・公案の解説などである。

 この本のおもしろさの一つはページが打たれていないことにある。
 そして、まとまりのある襖絵全体の面を一列に見開きで写し出し、その襖絵に付された名称が、本書の章立てとなっている。章番号などはない。つまり、襖絵をどこから見始めてもよいということにもなるのだろう。

 本書のタイトルに「等伯の説話画」と記されている。巻頭で著者は、「それは物語の場をかたちづくる、ナラティブアートとしての襖絵である」と説明する。ナラティブアートという私には見慣れない用語をネット検索で調べると、「過去の出来事の一場面やこれから起こりうるであろう事象を、具象的に描く表現方法」(現代美術用語辞典)とある。

 天授庵には長谷川等伯筆の襖絵が32面あり、すべて水墨で一部淡彩がほどこされた絵である。この本は、これら32面の襖絵の記録撮影と造形研究という5年間の成果を基にしたものだそうである。本書は2015年4月15日に初版が発刊された。後掲のように、2015年3月末に、デジタルで複製した等伯筆の襖絵が南禅寺天授庵に奉納され、敷地内収蔵庫に保管されていた現物の襖絵が、デジタル版襖絵で天授庵本堂を再び飾ることになったのである。
 本書の本文に記載はないが、読後に調べて見ると、ハッセルブラッドのマルチショットを用いた記録撮影が進められたという。本書の写真はこの機材を使ったものだろう。「中判カメラの世界で最高の高精細を誇る2億画素のカメラ、ハッセルブラッドのH5D-200cMS」という説明がネット掲載のページにあった。

 この襖絵は、東に枯山水庭園を眺めて天授庵本堂の東側の南北方向に3室が並ぶそれらの部屋を飾るものだそうである。非公開だったので詳しくは知らなかった。本書で全体のイメージが浮かんできた次第。建物を中心にしてみると、これら襖絵は次の構成になっている。

  北の間  商山四皓図  中国の故事を描いた図     8面
  中央の室 禅機図    禅師の説話をあらわす図   16面
  南の間  松鶴図                   8面
 
 本書では、「商山四皓図」「松鶴図」「禅機図」という章立てで構成されている。そして、禅機図は、「懶瓚煨芋図(らんさんわいうず)」「南泉斬猫図」「五祖・六祖図」「船子夾山図(せんすかっさんず)」という4つの説話から構成されるが、この順番で解説されていく。 

 商山四皓図を等伯は大徳寺の真珠庵にも襖絵として描いているそうである。四皓とは鬚も眉も白くなった4人の老隠士を意味し、東園公、夏黄公、用理先生、綺里季のことだとか。秦末に政乱を避けて商山に向かう姿が描かれている。4人がそれぞれ被る帽子のスタイルが異なっているのがおもしろい。それぞれが跨がっているのはその耳の形状から驢馬のように見える。ここでは商山の地域の自然を詠んだ王維と裴迪の漢詩が紹介されている。
ゆったりとした四皓の移動風景である。

 松鶴図は、ポピュラーな題材である。「屈曲する松の幹や枝と、鶴の首から胴にかけての線がつくりだすS字形の呼応は、襖や屏風の立体的構造の中でことに美しい構成をかたちづくる」という説明には、なるほどと思う。鶴の胴は淡く彩色されていたのだろうか・・・・、写真では胴部が判然としなくなってきている。経年変化の影響がでているようだ。じっとみつめていると、おぼろに胴部の輪郭がみえるように思う鶴もある。
 ここでは、市原王と紀貫之の和歌及び許渾の漢詩の一節が、松鶴図の意図に照応するものとして紹介されている。
 詩歌に造詣の深い人々は、この松鶴図を見ながら、和歌や詩文と等伯の描く景物のクロスオーバーを楽しみ、その余韻を愛でたのかもしれない。

 4つの場面を描く禅機図は、それぞれを眺めてみるだけでは、そのもつ意味がわからない。ここに記された解説にある説話や公案の内容を知り、理解していてこそ、この描かれた場面の奥深さにふれられることがわかる。近現代絵画と中世・近世絵画の鑑賞視点の違いが身近に体験できる書といえる。
 禅機図に付された解説文はこれだけ読んでいても、けっこう興味深くおもしろい。禅の世界の一端にふれることができると思う。
 
 本書の襖絵の解説として付された文のすべてではないが、そのうち和歌、漢詩、説話など主要なものに、英文での翻訳が併記されているのも大きな特徴となっている。日本人あるいは日本語の読める人だけでなく、諸外国の人々にも英語をコミュニケーション・ツールとして、この書を楽しみ、襖絵を鑑賞できる。

 尚、和文と英文翻訳の対比を試みるのも、副産物としておもしろいかもしれない。
 松鶴図のセクションの説明に引用されている許渾の漢詩の一節を一例として引用してみる。

 青山に雪あって松の性を諳んず
 碧落に雲なく鶴の心に称へり    --許渾

 これに付された解説文は;
 白雪つもる山、瑞々しい緑をたもつ松に、その強さをおもう。
 雲一つない青空、舞う白鶴の姿に、その清らかさをみる。

 付された英文への翻訳は:
 On the snow covered mounain, only the pine trees are evergreen;
The sudden realization of the power of the eternal.
Under the clear blue sky dances a handsome crane;
For the first time the joy of wisdom is celebrated.
by Xu Hun


 私が特に惹きつけられたのは、襖絵の部分拡大図にみる「目/眼」の描写である。
 人物と動物の目/眼が生み出す顔の表情に実に引きつけられる。
 まさに「目は口ほどにものを言う」という言葉を連想した。その実例がここにある。
 
ご一読ありがとうございます。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ナラティヴ・アート (Narrative Art) :「artscape」(「現代美術用語辞典」)
インスタレーション (Inatallation)  :「artscape」(「現代美術用語辞典」)
天授庵(南禅寺塔頭) :「京都観光Navi」
天授庵  :ウィキペディア
長谷川等伯(信春)とは :「石川県七尾美術館」
等伯の作品2 :「長谷川等伯」(七尾商工会議所)
 このページに天授庵所蔵「禅宗祖師図襖」(南側四面、北側4面)及び「商山四皓図襖」(西側4面、南側4面)の写真が掲載されている。
 一点の謎は、ここに掲載の「禅宗祖師図襖」南側四面の左端にある「懶瓚煨芋図」を見ると、なぜか上掲本の同図とは人物の向きが反転していることに気づいた次第。襖の引手が明確なので、左の2面が反転した図になっている・・・不思議。
速報 等伯のふすま絵、デジタルで複製し奉納 南禅寺塔頭の天授庵
  2015/3/31 13:09   :「日本経済新聞社」
等伯・墨のコンポジション─南禅寺天授庵襖絵 研究調査報告展と記念クロストークイベント   :「HASSELBLAD」
商山四皓  :「画題wiki」
絹本著色文王呂尚・商山四皓図〈/二曲屏風〉:「文化遺産オンライン」
商山四皓・文王呂尚図屏風 :「e國寶」
曽我蕭白「商山四皓図屏風」の謎 :「My Favourite Rugs and Kilims」
五祖・六祖図 狩野永真 :「東京文化財研究所」
重要文化財 禅宗祖師図 天授庵方丈障壁画  :「南禅寺」
第五節 南泉斬猫  禅語録の諸相 pdfファイル :「花園大学国際禅学研究所」
第九則 南泉斬猫  従容録  :「仏とは何か」(東山寺)

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

人気ブログランキングへ
↑↑ クリックしていただけると嬉しいです。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)