遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁情報官 ブラックドナー』   濱 嘉之   講談社文庫

2021-06-04 20:13:58 | レビュー
 警視庁情報官シリーズの第4弾! 文庫書き下ろしとして2012年10月に出版された。
 かなり前に読了していたのだが、読後印象記を書くのが遅くなった。改めて斜め読みをしつつ、感想をご紹介したい。
 タイトルをみれば、警察小説というジャンルを前提にまずなにがしかの連想が湧き起こる。ブラックといえば当然「闇の世界」「闇社会」となる。「ドナー」といえば第一羲は寄付をする人を意味する。第二義は、献血、腎臓や心臓などの臓器提供という医療絡みの提供者という意味が続く。まず後者の意味を結びつける。二語のつながりでの連想は臓器売買か・・・。連想はほぼ的を射ることに。実にストレートなタイトルと言える。

 「プロローグ」は黒田純一が十連休を取り、遙香を誘ってハワイ旅行に行く。あるホテルのテラスでの場面から始まる。遙香が楽しみにしていたスパで150分のボディトリートメントを受ける間、黒田はそのホテルで時間つぶしに読書に浸っている。マッサージを受けて戻ってきた遙香がテラス前のプールに意外な人物を見つけて驚いたのである。名前を聞き、黒田も即座にフルネームが出た。遙香の説明と総合すると・・・・。その人物は宝田宗則。警視庁指定広域暴力団二次団体の組長。宝田は病気を理由に隠居生活の立場だが経済ヤクザとして組内での勢力を保つ。遙香の勤めるキリスト教系の聖十字病院に肝硬変で入院。治療法は肝臓移植のみ。半年ほど前にVIP待遇で入院しドナー待ち状態だった。だが2ヵ月ほど後にカリフォルニアの病院に転院したと遙香はいう。黒田は勿論持参のデジカメで写真と動画を撮った。そして、警視庁本部にデジタル画像をメールで送信した。
 宝田宗則がアメリカで臓器移植手術を受けていた。その宝田がカリフォルニアでなくハワイに居る。これがこのストーリーのトリガーとなる。

 宝田は極盛会宝田組組長である。極盛会自体は兵庫に本拠地を置く警視庁指定広域暴力団。宝田の地元は名古屋だが、10年ほど前に宝田宗則は東京・八王子に事務所を構えていた。極盛会の東京進出への拠点となる。宝田は「企業舎弟」という新語を生んだ立役者、経済ヤクザなのだ。

 黒田の送信した画像情報が、警察庁・警視庁内にまず大きな波紋を広げていく。この時点で、警察庁の組対部暴力団対策課長ですら、宝田の所在を把握していなかったのだ。黒田の送信したメールを警視庁公安部長が入手する。そもそも宝田は司法取引にでも応じない限り、アメリカに入国できない背景があると、警視庁の中村公安部長は認識していた。

 ストーリーは7章構成で進行していく。「第1章 容態」「第2章 現地」「第3章 潜入」「第4章 危機」「第5章 深部」「第6章 告白」「第7章 捜査」である。

 当然ながらストーリーは宝田の容態から始まる。宝田が地元・名古屋の個人病院で担当医の室井から寿命は半年から長くて1年、治療手段は肝移植だけと診断される。室井が東京の聖十字病院の医師五十嵐を紹介する。室井の友人で、優秀な外科医であり、アメリカでの経験を積んでいるという。
 ストーリーの進展を箇条書きの疑問文でなぞってみよう。それがどのような展開になるのかが読ませどころとなる。
1. ヤクザの宝田がなぜアメリカに入国できたのか? その方法は?
2. 臓器移植手術の大前提となる臓器提供、言い換えれば臓器流通のしくみはどうなっているのか?
3. 黒田は西葛西の小料理屋で、知り合いの不動産会社社長伊東にPパブへ誘われる。
  黒田はこの経験から、どういう情報を知り、どんなヒントを得るか?
4. 黒田は警察庁と警視庁、警備警察と刑事警察の関係をどのようにとらえ、宝田の事案に対してどのような立場をとっていくのか? 上司にどう対応していくか?
5. 黒田は飯田公総課長から情報室捜査員のハワイへの派遣依頼を受ける。
  黒田は捜査員の内田仁と栗原正紀を筆頭に2班計10名をアメリカ本土に出張させる構想を立てる。一方、事前に黒田自身はマニラに行くと上司に進言する。
  それはなぜか? そして、黒田は何をつかむのか?
6. 黒田は身辺に異変を感じ始める。黒田はどのように対処していくか? 
  宝田の事案との関連性は?
7. 内田と栗原を各チームのリーダーとする捜査班がアメリカで何を突き止めるか?
8. 異変を感じた黒田の対処により、炙り出されてきた警察官の果たした役割は何か?
  それは宝田の事案に関連する? 黒田に関わる別の問題が絡んで来ているのか?
9. 捜査情報が集約されるにつれ、宝田の事案がそれにとどまらない様相をみせる。
  黒田が拉致されるという緊急事態が発生する。黒田は窮地にどう対処できるのか?
10. 黒田の指示で中国捜査チームが派遣される。これは一連の経緯にどう関係するのか?
  危地を脱した後で、黒田が部下の山添に言った言葉を一つ取り上げておこう。
 「大切なのは複眼的な思考だよ」(p274)

 このストーリー、宝田の肝臓移植手術という事案はまさにトリガーでしかなかった。そこから派生する諸事象が「臓器移植」という根元を巡り複雑に絡まり合って行く。捜査の急激な拡大と進展、そして大団円的な逮捕のXデーが決まる。

 「エピローグ」に2つの事実が加わる。
 遙香が黒田に告げる決意。そして、黒田に出された異動の辞令。

 このシリーズはインテリジェンス小説としてのおもしろさで読み継いでいる。
 今回はその観点からみると、まず第1の魅力は、臓器移植という医学領域の一端を垣間見させる情報をフィクションの形で読者に提示していることである。
 本書で著者は次のように記す。
「日本における臓器移植の症例はアメリカの数百分の一にも満たないのが現実だ。近年、ようやく国内でも肝移植手術のガイドラインが整ってきてはいたが、相応の技術をもった医師の数が圧倒的に不足していた。」(p70)
 これがこの小説が構想された根底にまずあるのだろう。そこにグローバル視点での臓器提供・臓器流通のしくみ・実態が重ねられていく。臓器があって移植手術が成立する。
 臓器移植技術の動向はたぶんこの10年間ではるかに発展拡大しているかもしれない。臓器提供者の実態はどうなっているのだろう・・・・・。
 私にとって、第2の魅力は、やはり要所要所で挟まれる黒田とクロアッハの核心にせまる会話である。この情報交換がストーリー展開の要になり、捜査を方向づけていくヒントにもなっている。
 第3に、捜査員の公式なアメリカ派遣にはどのようなしくみ、手続きがかかわるのかということ。位置情報の使われ方、さらに黒田が部下指導で語る要諦など、そんな副次的情報が学べるのも興味深い。
 
 ご一読ありがとうございます。

 本書からの関心の波紋としてネット検索してみた。一覧にしておきたい。
臓器移植の基礎知識  :「Green Ribbon Campaign」
ガイドライン  :「日本移植学会」
法令集&マニュアル  :「日本臓器移植ネットワーク」
現行法における小児脳死臓器移植に関する見解  :「日本小児科学会」
臓器移植医療と倫理  看護実践情報  :「日本看護協会」
日本の臓器移植の歴史  :「日本心臓移植研究会」
10.腎移植     :「日本腎臓学会」
世界の移植市場は大幅な成長を記録し、2026年までに240億9000万米ドルに達する準備ができています   :「PRTIMES」
臓器保存市場ー分析2019-2027年-サイズ、傾向、シェア、成長機会、トップキープレーヤーおよび業界の見通し :「PRTIMES」
Organ Preservation Market Analysis 2019-2027 - By Global Industry Outlook by Size, Trends, Shares, Growth Opportunity, Top Key Players and Forecast :「KENNETH RESEARCH」
臓器売買  :ウィキペディア

   インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁情報官 トリックスター』   講談社文庫
『警視庁情報官 ハニートラップ』  講談社文庫
『警視庁情報官 シークレット・オフィサー』   講談社文庫
『電光石火 内閣官房長官・小山内和博』  文春文庫
『警視庁公安部・青山望 最恐組織』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』 文春文庫
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫

臓器移植に関連する本を以前に読んでいます。こちらもご一読いただけるとうれしいです。
『レッド・マーケット 人体部品産業の真実』 スコット・カーニー  講談社



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