遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『利休の功罪』 木村宗慎[監修] ペン編集部[編] pen BOOKS 阪急コミュニケーションズ

2020-05-22 11:39:58 | レビュー
 本書も『千利休101の謎』(川口素生・PHP文庫)と同様、2009年11月に出版されている。「あとがきに代えて」を読むと、本書は雑誌特集として刊行された後で、単行本として出版されたようである。本書のタイトルに惹かれて購入し、部分読みして本棚に眠っていたのを改めて引きこもりの時期を活用し通読した。
 本書はビジュアルに写真や絵、イラスト図などをふんだんに掲載しているので入りやすく読みやすい。千利休に焦点を合わせながらその後の茶の湯の世界の広がりと現在へのつながりを見つめる。千利休をレビューしてみようという試みだ。千利休を「茶聖」と奉ることにとどまらずに、改めてその実像を現代目線から捉え直そうとする書である。

 本書の冒頭文のタイトルは「千利休の功罪を、いま改めて問い直す。」であり、「あとがきに代えて」の副題は「利休の”罪”は、いかにして創られたか。」である。本書タイトルと併せて、一見、エクセントリックな題が並んでいる。そのエクセントリックぎみなタイトルに惹かれて購入した面もある。
 だが、その内容を読むといたってまともと言える。千利休の「事績や存在意義を考える”きっかけ”をもとめた」(p137)というところに本書のタイトルのネーミングが由来するという。
 このp137の一文が、冒頭文中で次のように記されていることと照応する。
 「大成者として”茶聖”の諡を与えられた千利休の”名”はあまりに大きく、ときに論じることをためらわせる。あたかも、唯一絶対の神に接するがごとく。しかし、その大きさゆえに、千利休の存在とは、彼の求めた”侘び”とは一体何なのか? 功罪を問い直す作業は、茶の湯という狭い世界を超えて日本の文化、その重要な一側面を紐解き直す作業となる。」
 そして、「既にできあがっている、もとい与えられた利休像を洗い直さなければならないのだ」(p10)というスタンスが本書の基盤となっている。

 著者は「実際、利休自身は何も書き遺しておらず、実証された利休の姿は、後世に編まれた逸話や伝承の数に遠く及ばない」と延べている。つまり、利休信仰で培われた利休像の虚像を取り除き、真の利休の姿に迫ったうえで、利休切腹後現在に至るまでの茶の湯(茶道)の世界を考え直そうとする。

 本書は「利休デザイン徹底解剖」、「利休をめぐる人々の興亡」「現代における利休とは」という3部構成になっている。
 「利休デザイン徹底解剖」では、利休の才能が「デザイン」を創出した点を多面的に分析していく。二畳敷きの「待庵」は極小空間のデザインであり、そこに到るまでにも、各種の大きさの茶室をデザインしている点に触れている。そして、利休好みの深三畳台目を復元した「大庵」と「待庵」の両平面図を対比例示し、それぞれの茶室写真も掲載している。利休好みの茶碗の変遷を分析し、その先に長次郎作楽茶碗に対するクリエイティブ・ディレクターとしての利休の側面を語る。プロダクト・デザインへの利休の関与である。さらに利休自体が竹花入や茶杓という領域で、自らプロダクトをデザインし創造している。「利休形」の考案が様々な茶道具に影響を与え、茶の湯のユニバーサル・デザインになっている。それを茶道具の写真を多数掲載することでビジュアルにわかりやすく示している。
 そして、「利休はモノを作り出す際、つねに”機能美”を追求している」(p60)と結論づける。利休緞子・利休間道・棗・扇の図柄にミニマル・デザインのよさへの注目を見出す。「利休のグラフィック・デザインの特徴は『単純化』だ」(p60)と。
 さらには、大徳寺茶湯や北野大茶湯において、秀吉の茶道として空間のイベントにプロデューサーとしての才能を発揮した側面にも言及していく。
 利休は、安土桃山時代を背景に「今」をデザインして茶の湯を究めたクリエイティブ・デザイナーだったと結論づけていると受けとめた。あの時代の中で、利休の茶の湯における美の追求はアバンギャルドだったのだ。
 とするなら、現代という時代においての茶道は、現代を背景にアバンギャルドで有り得るのか。そういう反語的疑問が出てくる。本書ではその点深入りしていないように思う。

 「利休をめぐる人々の興亡」では、まず、信長と秀吉、そしてこの二人に茶頭として仕えた利休に焦点をあて、三者三様の茶の湯への意識・スタンスの違いを分析する。そして、利休と利休の後の茶の湯を対比する。千利休、古田織部、小堀遠州という茶の湯における三巨人を対比して簡略に説明する。さらに、利休と関係の深い絵師長谷川等伯に触れている。等伯は利休の肖像画や大徳寺の「金毛閣」天井画を描いている。写真が載っているのでわかりやすい。天井画を一度拝見したいものだが、現状では非公開。残念。
 「個」を打ち出す利休の美意識に対するものとして、集団としての「琳派」の美意識、つまり「派」を生む美の潮流がパラレルに存在している事実に触れる。共存していること自体を日本文化のひとつの典型として。琳派における「波」や「梅」のモチーフが分析されている。
 茶の湯の世界における美意識について、ここでは利休の究めた「佗び」という美意識を絶対化するのではなく、改めて相対化しているように受けとめた。

 「現代における利休」では、まず、クリエーターに利休像を語らせるという形で、現代視点から利休に迫る。語り手は5人。千宗守(武者小路千家第14代家元)、楽吉左衛門(千家十職 茶碗師・楽家15代)、赤瀬川原平(アーティスト)、原研哉(グラフィック・デザイナー)、黒鉄ヒロシ(漫画家)である。それぞれの思考と視点の違うところがおもしろい。利休には様々なアプローチの仕方があるということだろう。
 また、現代のクリエーターたちが千利休をどのように描いているか、2009年までの時代的制約があるが、代表的作品を小説、絵画、エッセイ、美術、漫画などの諸分野から列挙し簡略な解説を付けている。千利休への手軽なアプローチの紹介というところである。その後10年余経ているので、現時点なら更に紹介できるものが増えることだろう。
 最後は、花人・川瀬敏郎と本書の監修者で茶人・木村宗慎の対談を掲載して締めくくる。この第3部の末尾には利休の年表「茶の湯に捧げた、『茶聖』70年の生涯」が掲載されている。
 
 「あとがきに代えて」の副題は「利休の”罪”は、いかにして創られたか。」
 ここで言う「罪」は、秀吉から切腹を命じられた利休の罪の理由は何かに焦点をあてて、様々な説を列挙しつつその根拠の妥当性を分析していく。利休の罪状とされるものと、切腹という罪の間のギャップの大きさゆえに、利休の死がミステリアスなのだという。つまり、創られた罪という見方につながる。それ故にいつまでも様々に語られる余地があると言える。
 本書末尾に、三種の「千利休 茶会道具一覧」が掲載されている。門外漢の私には猫に小判的な一覧資料だが、茶道の世界に居る人には、便利な参照資料になるのではないだろうか。後は、本書を手に取り、ご確認願えればと思う。

 「千利休の功罪」というタイトルからすれば、意図的にだろうが、触れられていない視点が2つあると思った。その一つは千利休研究者が千利休の功罪をどのように分析研究しているかという側面である。この点は直接的には触れ得られていない。その研究成果が説明の中に活かされているのかもしれないが。
 もう一つは、茶の湯、後の茶道における茶の作法・所作・手続きというか、所謂茶の稽古という側面についてである。利休の茶の湯における当時の利休のやり方と、三千家が派を立てた以降のやり方との間に差異あるいは変容があるのかという点である。利休の茶の湯とその後の諸流派の茶道との間では、そのやり方にどういう関係にあるのかである。茶道は門外漢である故に、こんな疑問を持つのかもしれないが・・・・。。
 茶の湯・茶道の門外漢であっても、プロダクトである茶碗をはじめとする茶道具や茶室など、美しいものは美しいと感じる。千利休の美意識、侘びの理念は興味深い。

 おもしろい付録がついているので、これも紹介しておこう。たまたまカバーがはずれて気づいた。表紙カバーの裏が「茶聖70年の生涯を、スゴロクで再現。」として使われている。利休の年譜の一部や茶道具がマス目に記されスゴロクになっている! スゴロクを楽しいながら、利休の生涯を知るという試みができる。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
武者小路千家 官休庵 公式ページ
茶の湯 こころと美  表千家ホームページ
裏千家今日庵 ホームページ
千家十職  :「茶の湯 こころと美」
千家十職  :ウィキペディア
千家十職  :「茶本舗 和伝.com」
茶道 式正織部流(しきせいおりべりゅう) :「市川市」
茶道扶桑織部 扶桑庵  ホームページ
天下の茶人・古田織部が確立した茶の湯「織部流」 :「鳥影社」
遠州流茶道 綺麗さびの世界 遠州茶道宗家公式サイト

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社
=== エッセイなど ===
『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版


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