遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『信長はなぜ葬られたのか』 安部龍太郎  幻冬舎新書

2019-05-30 17:36:02 | レビュー
 本書は「信長はなぜ葬られたのか」という疑問を呈することで、著者の戦国史観をわかりやすく表明した本と言える。それが本書の副題「世界史の中の本能寺の変」に表れている。著者の戦国時代を背景とした小説を読む上で、また信長という人間について考える上で、役立つ書だと思う。

 「はじめに」で著者は信長を死に至らしめた本能寺の変に2つの真相があったと言う。一つは、天皇と信長の間には、一般的な解釈に反して「軋轢があった」という立場をとる。それは、立花京子著『信長権力と朝廷』(岩田書院)の研究成果に触発されたという。 新聞紙上に連載された『信長燃ゆ』が単行本上下巻で発行されたのが平成13年9月。評判は上々だったが、ベストセラーにはならなかったし、文学賞候補にもならなかった。著者は、「思うに、時代に早すぎたのである」と自己分析している。
 なぜ、早すぎたのか?それは当時までの信長像に対する一般的解釈を踏まえた小説ではなかったから、「一般の読者には、荒唐無稽な絵空事のように受け取られたのである」と言う。本書は、その受け入れられなかった著者の戦国史観をわかりやすく述べていると言える。

 もう一つは、信長があまりにもあっけなく死を迎えた背景として、海外との関わりを抜きに戦国時代を理解できないという。そこにはイエズス会を介したキリスト教との関わりがある。その背後には、戦国時代とは、世界が大航海時代だったということをまず押さえないと、戦国時代を真に理解できないという側面に真相が潜む。著者はその側面からの理解に注意を喚起する。海外からの眼に見えぬ影響力が信長抹殺の後押しとして関係する人々に影響を与えたということである。
 信長が鉄砲を大量に使用して天下を取ったのは事実の一面にすぎない。その裏には、「火薬や鉛弾はどうしたのかという視点がそっくり抜け落ちている」と言う。鉄砲という殺戮手段に必須の火薬の原料である硝石は日本では産出しない。鉄砲の弾となる鉛も国内産では需要に追いつかない。硝石と鉛の輸入を押さえなければ、鉄砲を大量に使い続けることが不可能で、戦争に勝てないという裏事情があった。それが大航海時代、海外貿易にリンクし、信長はその要を当初は押さえていたということである。だが、そこに齟齬が生じてきた背景に真相が潜むという。

 著者はこの2つの真相の全体構図を本書で整理し解き明かしていく。著者の戦国史観を形成していく背景として参照した主要資料・ソースも明らかにしている。このことで、著者は己の考えの論拠や客観性を高め、読者の納得度を増していると言える。

 第1の真相に関連して、著者は「朝廷と室町幕府の復権を果たそうとする勢力が明智光秀を動かして起こしたものだという説を支持している」と明言する。外見的に信長は尊王家とみえる行動を取っている。世間からはそう見られている。しかし、尊皇というふるまいの仮面に隠された意図を信長は抱いていた。それが天皇及びその支持者と信長との対立を生み出し、信長のふるまいが臨界点を超えると判断された結果、信長を葬むるというシナリオが描かれたとする。明智光秀はその走狗という役割を担ったとみるのだ。秀吉の手際のよさにより、光秀は天皇側の人々から見捨てられる立場に投げ込まれたという解釈になる。この書はその進展プロセスを一般読者にわかりやすく説明していく。
 正親町天皇が自ら動くことはない。その代理となる人々のなかの中枢人物が五摂家筆頭の近衛前久(このえさきひさ)である。前久と信長の関わりに光が当てられていく。
 信長は天下布武を宣言した。その真の意図を理解するための一例として、著者は安土城の発掘調査で発見され、2000年2月11日に新聞報道された清涼殿様の建物の礎石配置を取り上げている。新聞は報じなかったが、著者は内裏の清涼殿と安土城内の「清涼殿」は間取りは同じだが、東西の配置が逆で、この清涼殿は西側にある天主閣を向いていると言う。そこに信長の意図と構想が読み取れると論じていく。読者を惹きつけていく論理展開である。
 信長と天皇の対立関係を読み解く上で、天皇周辺の人々の人間関係、人脈、血縁関係を読み解いていくことがいかに重要かということが、著者の論証プロセスで良く分かる。この複雑な人間関係構図とその中での協働・離反などダイナミックなつながり方の分析・解釈を抜きにしては分析できないようである。たとえば、近衛前久と足利義昭は従兄弟関係になる。著者は足利家と近衛家が姻戚関係を結び、公武合体政策を進め、勢力の拡大を図っていた側面を取り上げている。義昭は仏門に入るが興福寺一乗院の門跡となれたのも、前久の父稙家が義昭を近衛家の猶子としたことによるという。また、近衛前久が天皇の側に立ち、信長との関係では実に複雑な動きをとり続けた様相を読み解いていく。

 第2の真相に関連しては、世界が大航海時代のただ中にあり、海外貿易がさかんに行われていたことを背景にして論じていく。そこで海外貿易を担った堺の商人たち、そして大航海時代を前提に来日したイエズス会の布教活動がどういう意義をもち、どういう働きをしていたかが、大きな構図の中で位置づけられていく。
 信長は当初、イエズス会の布教活動を積極的に容認した。その背後に「信長はイエズス会の仲介によってポルトガルと親交を結び、南蛮貿易によって硝石や鉛などの軍事物資を得ていた」(p132)という実利が働いていたという。そこに関わるのは堺の商人達である。海外貿易を掌中にするために、堺の商人達がキリスト教徒になるか、あるいは深い繋がりを築くことは実利的にも必然的な帰結といえる。そして、世界視点では、スペインによるポルトガル併合の影響が、信長にも及んでいくと著者は言う。著者は安土城で信長に対面したヴァリニャーノの役割を論じている。布教という信仰の背後に隠されたヴァリニャーノの使命ースペインと信長の仲介ーである。勿論、ここにはスペインと対立するイギリス・オランダとの関係が関わっている。大航海時代なのである。ここで、著者は残されたヴァリニャーノの手紙や史資料から、大きな構図を推測していく。スリリングですらある。
 そして、本能寺の変の発生において、豊臣秀吉がなぜ中国大返しができ、真っ先に明智光秀と山崎での合戦ができたのか、その謎解きを語っていく。なるほどと納得しやすい論証の展開である。北野大茶会がわずか一日で中止になった理由も、大きな構図の中に位置づけられて解釈し直されていく。信長を葬りさる真相の一つが、秀吉においても無縁ではなかったという傍証にもなっている。

 信長の生涯とその死の実態をわかりづらくしているのは、江戸幕府が戦国時代の有り様をわからなくした、つまり歴史を書き換えるような史観を築き上げたからであるという。著者は、「鎖国史観、身分差別史観、農本主義史観、儒教史観」を強固に形成して、泰平の世を続けさせた。この史観を踏まえて戦国時代を考えてきた弊害が累積しているのだと説明している。この指摘は眼から鱗という新鮮さがある。

 信長が葬られた事象に隠された2つの真相と、戦国時代のイメージを誤解させる江戸史観の呪縛を読み解く論理の展開は、読ませどころとなっている。

 第4章「戦国大名とキリシタン」の末尾に「徳川幕府とキリスト教」というセクションがある。「千姫はキリシタンだったのか」という小見出しからはじまる。小見出しは、「石仏や灯籠に刻まれた印」、「イエズス会にだまされた秀吉」、「キリシタンに好意的な秀頼」、「もし70万人の信者が蜂起したら」、「忠輝、長安、正宗を結ぶ線」と連なって行く。
 歴史事実にもしは通用しないが、著者は、もし千姫がキリシタンだとしたら、大坂の陣の解釈は一変すると言い、「キリシタン問題が大坂の陣が起こった最大の理由」だと読み解いていく。この箇所の論述はおもしろい。未だ解き明かされていない歴史の謎の組み合わせに、仮想世界の歴史ロマンを感じさせてくれる。史実の裏読み歴史小説のネタは尽きることがなさぞうである。

 ご一読ありがとうございます。

本書に出てくる事項に関連して検索した結果を一覧にしておきたい。
近衛前久  :「コトバンク」
正親町天皇 :ウィキペディア
正親町天皇 :「コトバンク」
紙本墨書正親町天皇宸翰女房奉書(理性院宛) :「文化遺産オンライン」
女房奉書  :ウィキペディア
足利義昭  :ウィキペディア
足利義昭「将軍黒幕説」が成り立たないこれだけの理由  :「iRONNA 毎日テーマを議論する」
レポート(3)1580年代、ヴァリニャーノの来日、天正遣欧使節の旅 :「カトリック関町教会」
太平洋の覇権(15) -----バテレンたちの軍事計画 :「丸の内中央法律事務所」
Q. ヴァリニャーノは、巡察師として、3度来日しているようですが、それぞれについて教えてください。  :「高山右近研究室」
堺商人  :「コトバンク」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


著者の作品で以下の読後印象記を書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『平城京』  角川書店
『等伯』 日本経済新聞出版社

『奪還の日 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 堂場瞬一 中公文庫

2019-05-21 21:19:08 | レビュー
 一之瀬拓真シリーズもこれが第5作。書き下ろし小説で2017年4月に文庫本が発行されている。
 一之瀬に後輩刑事ができた。江東署から本部の捜査一課に異動してきた春山英太である。今回は一之瀬が春山を指導する立場となってコンビを組み活動することになる。
 事件は春山が本部へ来る直前に都内で発生した。だが、春山がこの春に異動してきた直後に、被疑者が福島県警により確保された。警視庁側が事件の捜査を本格的に始める前に被疑者確保となったのである。一之瀬が春山と覆面パトカーで被疑者の身柄引き取りと護送のために出張する場面からストーリーが始まる。先輩の宮村と一之瀬の同期・若杉は新幹線で福島に向かう。
 被疑者は島田幸也、33歳。会津若松市出身。島田は古いビルの小さな会社に夜間ドアをこじ開けて侵入した。しかし警備会社に入った防犯装置からの通信で駆けつけた警備員2人と揉み合いになり、一人を刺殺して逃走。防犯カメラに写っていた映像と遺留品である小さなバッグに免許証が入っていて、直ちに身元が割れ、指名手配になったのだ。一之瀬を含め殆どの刑事は「楽勝」の事件と感じていた。
 
 翌朝、福島中央署の手配により、福島駅までワンボックスカーの護送車が福島中央署員の運転で準備された。宮村と若杉が被疑者とともに乗り込み、一之瀬は春山と車で駅まで護送車の背後につくことになった。その時一之瀬は事件はもう終わったものという感覚だった。ところが、福島中央署と駅までの間で、一台の車・アテンザが護送車の横っ腹に意図的に衝突してきた。アテンザから降りた二人のうち一人はアフリカ系の男で銃を持っていて、一之瀬の方に向けて発砲してきたのだ。被疑者島田はこの二人組に奪取されてしまう。大失敗の事態発生である。宮村の顔から血の気が引く。宮村、一之瀬たちは、監察から事情聴取をうける立場に追い込まれていく。

 どこから、どのように、護送方法やルートに関する情報が漏れたのか? 
 島田を奪還した2人と島田は仲間なのか? 仲間でないなら、危険を冒してまで島田を拉致しなければならないほどの重大な理由を彼らは持っていたのか? 島田の素人じみた警備員刺殺事件と護送車を襲うほどの手段の間に直接のつながりがあるのか?
 島田の犯した刺殺事件の素人っぽさからは想像もできない急激な事態の転換となる。警視庁の初動捜査の詰めの甘さ、福島県警で被疑者が確保されたこと及び警視庁の刑事が現地で身柄引き取りをしながら奪還されたことに対する面子、福島県警にとっては護送車を準備し駅までの間で奪還されたことへの面子など、相互の面子が大きく絡んでくる。福島県警は血眼になり逃走犯たちを追跡捜査する。
 北福島署近くにある福島飯坂インターチェンジ附近での検問をプリウスが強引に突破した。その際、車から一人が降り署員に向けて発砲したことで、署員が撃ち返した。そのうち少なくとも2発が犯人にあたり、病院に搬送されたが死亡。それはアフリカ系の男だった。一方、もう一人の男と島田は逃げ切ってしまった。

 勿論、事件は合同捜査という形に転換する。だが面子がぶつかり合うことになる。警視庁側はその中で常に優位の立場で捜査を進めたいと意気込む。

 一之瀬の同期である城田は警視庁から福島県警に転籍し、外勤警官として働いていたのだが、捜査一課に異動していた。合同捜査となることにより、城田もこの捜査において、福島県警側の一員として加わってくる。そこで、一之瀬と城田の間で事件についての情報交換が始まっていく。
 一之瀬は福島県内で島田について聞き込み捜査により背景情報の収集から始める立場になる。島田の警備員刺殺事件の初動捜査における捜査の詰めの甘さが、一之瀬の目を通して、繰り返し繰り返し、明らかになってくるというおもしろい構想になっている。 
 聞き込み捜査で徐々に島田という男の背景情報が明らかになっていく。島田の人物像が浮かび上がってくることで、島田が高校生時代から付き合っていた女性が東京で大学生活を送り、その後東京で就職していること。島田は地元の大学に進学し、当時よからぬ噂があったこと、そして卒業後に憧れの東京に出て就職したことなどが分かってくる。
 福島での聞き込み、東京に戻ってからの聞き込みの継続。一之瀬は後手に回った形で島田の人間関係・仕事関係などの背景情報を累積していく。島田の足取り・潜伏先は杳として掴めない。島田が付き合っていたという大井美羽の勤務先、携帯電話の番号なども分かったが、彼女は仕事での出張先から行方不明になっていた。連絡が一切取れないのだ。大井美羽は島田と一緒なのか・・・・。
 再び島田が東京で殺人事件を重ねる。被害者は浜中悠。なんと島田が盗みに入った会社の社長だった。最初の警備員刺殺事件が単純な窃盗絡みとは限らなくなった。素人のちんけな警備員刺殺事件と甘くみていたツケが捜査員に及んでくる。事件を捕らえ直すことから始めねばならない。事件の背後の闇は徐々に広がって行く。その闇に光を投げかけるにはやはり地道な聞き込み捜査を重ね、筋を読むことしかない。監察からの呼び出しを気にかけながら、一之瀬・春山の捜査活動が続く。そして、ついに島田と浜中の接点が浮かび上がっていく。
 さらに、第3の殺人事件が起こる。

 このストーリーのおもしろいところは、後手に回った捜査活動を描いているところ。今後の捜査活動の糧として反省点を分析しつつ、めげることなく地道に聞き込み捜査を繰り返すというプロセスの描写である。島田の人間関係・仕事関係・過去の問題事象などを浮かび上がらせていくことで、全体の構図が見えていくところにある。その中での事件の筋読みだ。初動捜査の詰めの甘さがどういう問題を引き起こすかという側面を描いてもいる。
 警視庁と福島県警という警察組織内部での面子という視点を組み合わせているところもおもしろい。組織における面子は警察に限らず形を変えてどこにでもある。だから、逆にどういう展開になるかに関心が向く。
 一之瀬は先輩の藤島から引きついだ情報源Qとコンタクトをとる。だがQは拒絶した。「君にやる気があるかどうか・・・・・刑事として独り立ちできるかどうかの問題だ。とにかくこの件については、私は何も知らないし、調べる気もない」と。さて、一之瀬はどうするか。逆に、読者は今後の展開に引き込まれる。一之瀬はこの試練をどう乗り越えられるかと。
 再び一之瀬の同期で、公安に所属する斎木祐司が連絡を入れてくる。昨年の事件で一之瀬は斎木とひと悶着を起こしていた。今回は、共同捜査で上京している城田と一緒に斎木に会う。一之瀬と城田の斎木に対する対応と距離感がおもしろい。斎木の情報は一之瀬にとり予想外で、それが事件解明への切り口となっていく。
 このストーリーでは、一之瀬の福島県警への出張から、同期の城田が登場する。そして福島で結婚した城田のプロフィールが一之瀬との関わりを介して具体的に描き込まれていく。城田の私生活を含めて、城田という人物をより深く知るという楽しみが副産物として加わる。さらに、合同捜査となったことから、一之瀬・城田の事件絡みのコミュニケーションがストーリーを押し進めて行く局面を読者は楽しめる。組織間の面子問題の埒外で居られる同期という人間関係が捜査を促進していくのだから。
 もう一つの副産物は、一之瀬が春山の指導者という立場で春山に接していく側面である。事件の進展の中で時折その心理面や思いが描き込まれていく。一之瀬は先輩藤島との関係を思い起こす。一方で一之瀬が、教える、気づかう、激励する、反省する・・・・という様々な思いを抱き行動する側面が描き込まれる。これもまた一之瀬刑事成長物語の一側面である。ストーリーに一味加えている。

 福島県で被疑者確保という状況から始まったストーリーは、東京での殺人事件の連続をへて、福島県でのクライマックスというオチがついた展開となる。城田がクライマックスで怪我をする結果に・・・という事態つきなのだが。勿論、最後に島田を取り調べるのは一之瀬である。
 取り調べを終えた一之瀬の思いが記されている。その最後の一行は「愛の重さを天秤にかけるわけにはいかない」である。
 一方、このストーリーの最終章は、五月、退院した城田に会うために、一之瀬が休暇を取り福島を訪れる場面である。そしてストーリーの末尾は、「自分は、深雪とどんな物語を刻んでいくのだろうか」である。
 これらの各一文が、どのような文脈から書き込まれた一行なのかは、本書を読み進めて味わっていただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『特捜本部 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』    集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』  中公文庫




『和と出会う本』  小野幸恵  アルテスパブリッシング

2019-05-14 23:04:55 | レビュー
 「現代に生きる芸能・工芸・建築・祈り」という副題が表紙に付記されている。本書のタイトルとこの副題からだけでもかなりのイメージがひろがるのではないか。
 「あとがき」を読むと、本書は音楽雑誌『アルテス』に著者が連載した「和の変容」をまとめた書のようである。

 「和」とは、「和洋」という風に対比されるときの「和」であり、「和様」と称されるときの「和」でもある。著者は「はじめに」において、パリで万国博覧会が催されたことを契機に巻き起こったジャポニスム=日本趣味、そして現在海外から「和」は「クール」だと脚光を浴びていることに触れている。そのあとで、私たち日本人は「和」について、いったい何を知っているのかと、問題提起する。
 だが何を「和」というかは漠然としたイメージがあるだけで明確な定義がない。著者自身も「和」とは何かを定義はしていない。本書は「和」である様々な対象との出会い・遍歴を介して、「和」の有り様を帰納的に考えて行く試みと言える。

 著者は、『和』という文化の本質に少しでも近づくということが本書のテーマだという。これは「和」と呼び得るものに出会う探究プロセスを考察し語ったまとめである。私の第一印象では、本書は研究書とエッセイの中間あたりに位置している。かつ、ある事項について、関係者にその思いや考えを語ってもらう形で、「和」に迫ろうというインタビュー手法も取り入れられていて興味を引く。「和」の淵源・本質に読者がすこしでも近づくための導き役を果たしている本とも言える。私には、知らなかった事象・対象に出会えたり、知識の整理に役立つ箇所が多く、有益だった。

 一つのキーワードは、副題に記された「現代に生きる」という文言である。著者は「和」が現代とリンクしていること時代と共に歩んでいる側面を重視している。それは、「あとがき」において、新聞紙上に見つけた俳人金子兜太の「現在の表現を生かせない古き良きものは、伝承ではあっても伝統ではない」という言葉をいつも思い起こしていたと述べていることからもわかる。「和」として脈々と培われてきた過去の伝統を継承した上で、現代に生きる工夫や創意を加え、伝統を引き継いでいく営みに「和」の価値を見出している。「和」として取り上げられた対象は、伝統を重ねながら変容してきたプロセスを持ち、現代に生きつつさらに変容が加えられ伝統として未来に繋がって行くものとして捕らえられている。「和」を探究する行為は、「芸能・工芸・建築・祈り」と探究領域が拡大していく。「和」を考える材料がかなり広範囲に及んでいく。その点でも知的好奇心をそそられる本である。

 各章の見出しは動詞表現でテーマ設定されている。そして、様々な領域に「和」を見出し、その事物・事象の特徴を抽出している。本書の章立てとそこで見つけ出された「和」を想起させる事物・事象を列挙してみる。なぜそれを取り上げたかについての著者の思いは、該当箇所をお読みいただきたい。

第1章 伝える  奈良晒(麻の文化)、和紙(京唐紙鋪唐長、江戸からかみ)
第2章 見立てる 茶道具における見立て、焼き物の「金継ぎ」、暖簾
         現代版悉皆(しっかい)屋のプロジェクト「ゆらゆら」
第3章 営む   一条恵観山荘、日本聖公会奈良基督教会(宮大工による和様建築)
第4章 溯る   日本画の岩絵具、絵馬とルンタ、
第5章 創る   食の知恵(塩蔵法:山漬けと箱漬け)、日本のアンチョビ
         信州伊那栗ブランド
第6章 奏でる  三響會版『三番叟』、『存亡の秋』(天台声明+真言声明+鳥養潮)
         東儀秀樹の雅楽
第7章 愉しむ  人形浄瑠璃文楽、「杉本文楽 曾根崎心中付けり観音廻り」
         柳屋花緑の試み(進化する話芸)
第8章 祈る   琵琶湖・湖北の観音像、東大寺「修二会」(お水取り)

 著者の論点・主張として印象深い文を引用しご紹介しよう。私的覚書でもある。
*伝え守りながら現代に息づかせることで、伝える技術も、そこに宿る魂も、確実に未来に生きつづけるのだと思う。 p24
*すばらしい伝統であっても、日常にとりいれることができなければ、その生命を伝えることはできない。 p36
*愉しみとは、ありふれた日常から紡ぎだすもの。・・・・使ってこその道具であり、愉しんでこその器である。きわめて原初的で素朴な器のいかしかたを、茶道具における「見立て」に発見することができたことが、とくにうれしかった。 p44
*日本における芸能の特質として、先行する芸能に影響を受けながら、新たに融合的な芸能が形成されてきた。それだけではなく、新旧それぞれの芸能が並行して継承され、現代にいたり、そのいずれも古色蒼然とした過去の遺物ではなく、現代に息づいて存在している。この点において、芸能における新旧の交替はありえない。 p101
*私見ではあるが、願いを託した馬の絵が絵馬のルーツなのだと思う。・・・・形態や存在のしかたの問題ではなく、「祈り」であること、唯一それだけが、絵馬の意味なのだ。・・・絵馬の原初形態が「天駈ける馬」であったことに気づき、すなおにうれしく、なぜかとても心地よかった。  p116
*生きとし生けるものの命をいただく人間は、その食材がもっともいかされる手だてを考えなくてはならない。命をいただくというのは、そういうことなのだと思う。 p128
*伝えられてきた価値を知らずして、それを発展的に伝承しようとすることなど不可能なのだ。古くてすばらしいものは色あせない。だからこそ新しく、その未来を期待することができるのだと思う。 p156
*表舞台から消えたことで、声明もまた連綿と宗派のなかで守られてきた。そして雅楽がそうであったように、その本質を失うことなく、天空から降りそそぐ仏陀の賛歌を、原初形態のまま、現代に伝えることになったのである。 p174
*声明に癒されるのは、日本人が好むとされる倍音にあるという。・・・・楽器ではつくりだせない声の音楽に、われわれ人間が魅せられ癒されるということは、人間もまた自然の一部である証にほかならない。  p175
*日本人が遠い昔から愛し育んできた「古き佳き」ことどもを伝え守ってはじめて、そこから新しいものが見えてくるのだし、時代に即した進化もはじまるというものだ。捨て去ることは容易だが、失われたものをよみがえらせることは不可能に近いということを考えてほしい。 p189-190
*新作も古典も、車の両輪のようなものであって、伝統が生命をつなげていくためには、そのどちらもなくてはならない存在なのである。 p215
*落語はつまり、落語家の話芸によるところが絶大である。・・・聞き手の想像力を邪魔せず、いかようにも広げられることが、もっとも望ましいのだ。現代の落語には、現代の世界観があっていい。・・・・そのスタンスこそが、落語という伝統芸能を進化させ、未来につなげていくのだと思う。  p229
*時代に翻弄されながらも、古から連綿とつづく信仰は、彼の地で生きる人々の知恵であり魂なのだ。  p247
*1200年以上もつづく神秘を解き明かすことは不可能だが、そういうものが存在すること、それを解き明かそうと試みつづけること、そのいっぽうで、神秘は神秘として守り伝えていること、そこには、「和」に潜むひとつの特質があると思う。 p263

これらの論点・主張がどこから導き出されているか。各章に取り上げられた「和」と出会う対象についての語りを読むことから始めて、辿っていただきたい。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
奈良晒 :「さんちの手帖」
月ヶ瀬奈良晒保存会
唐長 ホームページ
江戸からかみについて  :「東京松屋」
金継ぎ :「SEKISAKA」
金継ぎ初心者さんへ  :「金継ぎ図書館 鳩屋」
名画を切り、名器を継ぐ :「根津美術館」
WORKS :「中むら」(現代の悉皆屋)
一条恵観山荘 ホームページ
山漬け  :「MARUHACHI NICHIRO」
旨味が違う!鮭の山漬けの仕上げ方の巻き :YouTube
信州伊那栗 :「信州里の菓工房」
長谷寺に伝わる節のついたお経、声明(しょうみょう) :YouTube
魂の声楽、声明  :YouTube
声明と雅楽(浄土真宗本願寺派)Buddhist traditional music :YouTube
三番叟  :YouTube
三番叟 SANBASOU - Fujima Kanjuro - Danca Kabuki  :YouTube
操り三番叟  :「歌舞伎演目案内」
三響會 オフィシャルウエブサイト 
命のない木の人形に日本人の魂を吹き込む 「杉本文楽」という新しい伝統 :「をちこち」 
杉本文楽 曾根崎心中 付り観音廻り 2014年3月 東京 大阪  :YouTube
Sakula-東儀秀樹 in 平安神宮  :YouTube
東儀秀樹 (Hideki Togi) - SUPER ASIA Ⅰ TOGI+BAO  :YouTube
平調 越殿楽   :YouTube
修二会 :「東大寺」
東大寺二月堂「修二会」に隠された「日本」 萬 遜樹氏
奈良 東大寺二月堂「お水取り」  :YouTube
動画で観る福井 太古から続く奈良と小浜(オバマ)の絆「お水送り」:YouTube

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『古事記異聞 オロチの郷、奥出雲』  高田崇史  講談社NOVELS

2019-05-07 11:14:22 | レビュー
 出雲市と松江市に所在する神社等を巡り歩いた橘樹雅(たちばなみやび)は、御子神准教授から何も分かっていないお嬢様旅行だなと揶揄される羽目になった。御子神の発言に雅はカチンとくる。そのとき、蹈鞴製鉄の本場、出雲は「鉄の国」であり、奥出雲は素戔嗚尊の八岐大蛇退治の里であること、また奥出雲が櫛名田比売の手摩乳・脚摩乳の故郷であることに気づく。出雲国の本質は、奥出雲にあるのではないかと・・・・。そして、急遽今回の旅の予定を変更して、奥出雲の旅を何とか組み入れた。
 そこから、このシリーズの第2作が始まって行く。つまり、『オロチの郷、奥出雲』である。この第2作は、4ヵ月後の2018年10月に第1刷が発行されている。

 今回の目次の見出しをまず見ると、プロローグとエピローグの間の章の見出しは○○○雲という形で、名称の末尾が「雲」で統一されている。大蛇雲・曇り雲・鼬鼠雲・瑞祥雲・縺れ雲という風に・・・・。これも一つの遊び心だろう。

 さて、プロローグは、斐伊の渓流の傍で石宮久美が斎木裕子を呼び出して話し合いの場を持つ場面から始まる。葛城先生の名が裕子の口から出たことがトリガーになり、久美が裕子の体を思いきり突き飛ばす。その背景には四柱推命の考えが絡んでいた。そこから事件が始まっていく。

 まず奥出雲の斐伊川の支流・大馬木川の峡谷、「鬼の舌震(したぶるい)」と称される景勝地近くの亀嵩(かめだけ)で民宿を営む磯山源太が主な登場人物の一人として登場する。彼は絶好の渓流釣りスポットで民宿客への料理に供する魚を獲るために上流に溯って行った。すると川面を赤い花がついている一本の櫛が流れてきたことに気づく。さらに上流に遡り、源太が「亀岩」と名づける大きな岩の傍で、仰向けに倒れている女性の死体を発見する。同じ亀嵩に住む斎木裕子であることに気づき仰天してしまう。そして死体発見かつ通報者となる。この斎木裕子殺人事件には、あの島根県警捜査一課警部の藤平徹と部下の巡査部長・松原将太が登場してきて、捜査活動を開始する。
 つまり、全体の大きな構成は第1作と同じになる。奥出雲での殺人事件の捜査活動ストーリーの展開と、雅の奥出雲探究すなわち出雲の本質とは何かの謎解きストーリーの進展である。

 雅は、宍道駅16時2分発の木次(きすき)線に乗車し亀嵩駅に向かう。この車中で奥出雲での探究の下準備として資料読みと思索にふける場面から始まって行く。これは読者にとっても、出雲の本質究明のための情報を雅の目線で蓄積していくプロセスになる。
 素戔嗚尊とは何者か? 素戔嗚尊の伝承としてどういう内容が伝わっているか? 大蛇とは? なぜ櫛が登場するのか?・・・・ 奥出雲に関心を惹かれる基礎知識が積み重ねられていく。民俗学的なアプローチの面白さが盛り込まれていく。

 雅が旅行の予定を変更して、奥出雲での宿泊先をなんとかアレンジしてもらった。その宿が源太の営む民宿「磯山」だった。民宿に着き、源太に奥出雲に来た理由を尋ねられて、その目的を話したところから、源太が交通の便の悪いこの地域での運転手兼案内役を買って出てくれることになる。源太は4,5年前に、東京から来た大学の教授だか助教授だかのちょっと渋い感じの中年男性に色々教えられたということを懐かしそうに口にした。雅には、ここで一つの謎が残ることになる。この中年男性は誰なのか? この第2作ではこの箇所はそれ以上には進まない。このシリーズでの将来への伏線になるのだろう。

 本作の全体構成を外観しておこう。そのために、雅の出雲の本質探究プロセスをSA、斎木裕子殺人事件をSBとして、このストーリーの進展の大枠をご紹介する。

プロローグ SB: 事件の発端の提示

大蛇雲 SA: 木次線車中での雅の資料読みと思索の整理=読者への基礎知識提示
    SB: 源太の死体発見と通報、藤平と松原の現地入りと初動捜査開始

曇り雲 SA: 雅が民宿入り、源太との会話。奥出雲探究・神社巡りのスタート。
        金屋子神社⇒伊賀多気神社⇒稲田神社⇒鬼神神社⇒
            奥出雲たたらと刀剣館⇒絲原記念館⇒三澤神社
    SB: 久美の心境、藤平・松原の聞き込み活動

鼬鼠雲 SA: 三澤神社⇒八重垣神社⇒鏡ヶ池⇒木次神社⇒佐世神社⇒(斐伊神社へ)
    SB: 久美が雲南署に自主、藤平らによる取り調べ、事件現場の状況事実
        久美の先輩・三隅誠一の登場、久美の先生・葛城徹の思い

瑞祥雲 SA: 八本杉⇒斐伊神社⇒河邊神社⇒三屋神社⇒矢口神社
        雅は奥出雲探究の経緯を御子神に連絡する。思考の総括がなされる。
    SB: 藤平から源太へ電話が入り、その時雅が藤平に自分の考えを伝える
        ストーリーの最終段階で、雅が殺人事件の解釈に関係を持つ。

縺れ雲 SA: 御子神に電話をかけたが不在。波木との会話で謎解きの一端を解明。
    SB: 事件の真相が解明される。

エピローグ SB: 事件は意外な結末となる。四柱推命の「金神七殺」が絡むのか。

大凡、こんな展開になっていく。
 当然のことながら、SAの進展プロセスで『出雲国風土記』に記された内容が雅の考察資料として頻繁に引用されていく。読者にとってはこの『出雲国風土記』の内容に親しむ機会にもなると言える。

 そして、雅と御子神、あるいは波木との対話を経て出雲の本質についての謎解きがほぼできる。八岐大蛇伝説の意味と櫛の持つ意味が明らかとなる。素戔嗚尊という言葉の意味が明らかになる。素戔嗚尊との関連で、簑笠、案山子の持つ意味もまた明らかにされていく。これも連鎖しているのだが、松尾芭蕉が美濃国大垣で詠んだ「降らずとも竹植(うう)る日は簑と笠」の句における簑と笠の持つ意味が明らかになる。

 このストーリーで発生する殺人事件との関連で言えば、雅が源太に説明する祟りの本質がテーマになっている。雅は水野教授の考えの受け売りだが同意していることから、次の説明をする。
「その神の存在や、その祟りを信じている人間がいる限り、何かしらの『祟り』が起きます。というのも、その神様に対して何事か不敬な出来事があれば、その信者は『何とかしなくてはならない』と感じるから。そして、その思いを現実的な行動に移してしまうと--祟りが顕現するんです。」(p179)と。

 最後に、この第2作においても、「八雲立つ出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」の歌が出てくる。そして、雅が違和感を感じるという点だけがやはり明記される。これはこのシリーズの今後の展開への伏線なのだろうか。この点興味深い。このシリーズの展開を期待しよう。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する関心の波紋から検索したものを一覧にしておきたい。
スサノオ  :ウィキペディア
素戔嗚尊/須佐之男命  :「コトバンク」
わずか3分で学ぶ「ヤマタノオロチ伝説」  :「神々のふるさと 山陰」
八岐大蛇  :「コトバンク」
出雲國たたら風土記 ホームページ
  たたらとは   
  映画「もののけ姫」をたたら製鉄から読み解く 
  金屋子神を祀る人たち  
たたらとは  :「material Magic 日立金属」
金屋子神   :「material Magic 日立金属」
たたらの話  :「和鋼博物館」
たたら吹き - 日立   YouTube 
【News撮】たたら製鉄   YouTube 
たたら製鉄  :ウィキペディア
金屋子神   :「コトバンク」
書評 鉄の道文化圏推進協議会編『金屋子神信仰の基礎的研究』 :「岩田書院」
なんでそんな形なの!?島根「鬼の舌震」で自然が作り出した奇岩に驚愕 :「LINEトラベル.jp」
奥出雲公式観光ガイド ホームページ

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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』  講談社NOVELS
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』  講談社NOVELS
『鬼門の将軍』   新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』  講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS

『古事記異聞 鬼棲む国、出雲』 高田崇史  講談社NOVELS

2019-05-03 15:31:07 | レビュー
 歴史ミステリーの新シリーズが始まっていたことを遅ればせながら先日知った。
奥書を見ると、2018年6月第一刷発行である。
 上掲の表紙カバーをご覧いただくと、そのキャッチフレーズで少しイメージの方向付けができると思う。
   闇に葬られた「敗者の日本史」が甦る。
   誰も見たことがない出雲神話の真相!!
となかなかアトラクティヴなものである。日本国家の形成・確立過程における出雲地域の謎は深い。このシリーズは『古事記』・『日本書紀』や『出雲国風土記』に記された「出雲」を手がかりに、出雲とはどのような場所か、出雲王朝とは何だったのか、記紀神話に記された出雲、公式の記録から闇に葬られた出雲は何か。出雲という古代地域の実像に、フィクションの形で迫ろうとするシリーズのようである。それ故「異聞」なのだろう。

 本書の構成スタイルは「カンナシリーズ」「神の時空シリーズ」と形式的に類型の側面を持つ。今回のシリーズの始まり、ストーリーの中で、現実に事件が起きる、ここでは殺人事件であり、その捜査プロセスがストーリーの一つとなる。一方、『古事記』や『出雲風土記』等実在する史資料を踏まえて、記紀神話において出雲地域に登場する神々に光を当て、出雲地域の闇に押し込められた謎の側面を解明するプロセスが併行して語られていく。そこに登場する主人公が歴史の謎問題を解明するプロセスで、現実の殺人事件に関わる立場に曝され、絡んでいくという経緯が生まれる。この基本構成が上記の2つのシリーズと似ている。

 もう一つ、全く別の観点であるが、「QEDシリーズ」に取り入れられた遊び心が今回の目次にも密かに組み込まれている。目次は、プロローグから始まりエピローグで終わる。その間は5つの章で構成されている。その章の名称であるが、「出雲」の「雲」という漢字が章見出しで一文字目から一字ずらしで章の見出し名称に組み込まれている。つまり、右上から左下の斜めに「雲」が出ている。これに関心を抱いた理由は、後日触れたい。

 さて、この新シリーズがどのように展開していくのか知らないが、主な登場人物について、本書のストーリーと絡ませながら紹介していこう。

 「プロローグ」は、「髪-特に女性の髪には『神』が宿るという」という書き出しから始まり、「櫛(くし)」が導き出される。「櫛」が「苦(く)・死(し)」に通じるという迷信に触れた上で、「簪(かんざし)」が出てくる。そして、このストーリーの展開の中で、櫛・簪が重要なキーワードにもなっていく。影の主人公でもある。

 現実世界において、嫌な事件が発生する。松江市東出雲町の揖夜(いや)神社に勤めていた巫女・菅原陽子44歳が、同じ町内の「黄泉比良坂」で絞殺されたという事件が起こる。この殺人事件が契機となり、殺人事件の捜査プロセスが進展する。
 このストーリーの流れで登場するのが島根県警である。
   藤平徹  県警捜査一課警部 
   松原将太 県警捜査一課所属 藤平の部下
 この二人を中心に捜査が進む。
 被害者菅原陽子の左眼には金色の飾り玉がついた簪が突き立っていた。そして、髪にはつげの飾り櫛が挿さっていたのである。

もう一つが出雲の謎解きストーリー。こちらに登場するのがこのストーリーでまさに主人公となる女性、橘樹雅(たちばなみやび)である。彼女は日枝山王大学を卒業し、企業に就職するつもりだったがいくつかの志望先からは落ちてしまった。そこで4月から大学院に進学。話の内容に興味を惹かれていた水野忠比古教授の民俗学研究室に入る。雅は乙女座・B型である。雅は水野教授から教えを受けるつもりで研究室を選んだのだが、なんと、水野教授はサバティカル・イヤーをとり、ネパールやインドをまわるという。大学院生1年目に、水野が居ない研究室に通うことになる。
 そこで、登場するのが水野の不在中、研究室を任された准教授と先輩ということになる。
   御子神怜二 准教授 イケメンなのだが、学生に対する態度は冷淡そのもの。
             研究分野では造詣が深く、雅の無知識を徹底指摘する
             御子神自身も出雲を長い間研究しているという。
   波木祥子  研究室の先輩 殆ど口を利かない女性。
御子神と波木が、ストーリーの展開の中で、折々登場するようになることが、ストーリーの冒頭から予感される。

 雅は御子神に何を研究テーマとするかと質問され、出雲と応える。雅にすれば、出雲大社は「縁結び」の地でもあり、研究と個人的願望の一石二鳥のつもりだった。
 雅は御子神から『出雲国風土記』に関する最大の謎を押さえているかと質問される。雅は「建御雷神たちに脅されて、大国主命がこの国を譲った場面もそうですが、やはり素戔嗚尊の八岐大蛇退治の話が載っていない点だと思います」と応える。御子神は即座に苦笑して、「それらは、二番目以降の問題だ、もっと大きな謎がある」と言う。「それは何ですか?」「それを調べるのが、きみの研究だろう」と突っぱねられる羽目になる。さらに、出雲国四大神について質問される。しかし、雅は即答出来なかった。「今の回答だけで、橘樹くんが出雲を殆ど理解できていないことが充分にわかった。」と駄目だしされてしまう。
 つまり、ここに出雲の謎解きのテーマの一端が与えられることになる。ストーリーの展開への伏線となっていく。苦手な御子神とのコミュニケーションが必然的に生まれざるをえなくなって行くともいえる。それがどのようなタイミングで挿入されてくるかが読者の楽しみの材料にもなる。

 雅は御子神の質問に対応できなかった惨めさから、調べ始める。そして「縁むすび」の地・出雲の現地を探訪し、御子神の質問に対する答えを実地で究明しようとする。つまり、出雲の謎解きは、雅の視点と思考を介した出雲の地巡りということになっていく。勿論、出雲大社には参拝し、出雲大社の謎を考えることになる。
 この点、読者にとっては、出雲の歴史について理解を深めるとともに観光情報を入手するという副産物を得ることにつながっていく。この点は、「カンナシリーズ」「神の時空シリーズ」と同様である。

 この新シリーズ第1作、私の読後印象では、ストーリーは上記の菅原陽子殺人事件と言う現実に出雲で発生した事件から始まるが、二軸のストーリー展開では、出雲の謎解きの方にウエイトが置かれ、主体になっていると思う。それだけ出雲の謎は奥が深いというべきなのだろう。どんどん興味をそそられていく。
 謎解きのプロセスは、雅がこれから研究しようとしている分野である民俗学的な手法での謎解きである。史資料や現地での伝承などを総合しながら分析と論理の展開が進展して行く。知的好奇心をそそられる読み物になっている。

 雅は、御子神に質問され返答できなかった出雲国四大神を早速『出雲国風土記』で調べてみることから始めた。その結果、
 一、出雲郡、杵築の大社・大国主命
 二、意宇郡、熊野の大社・熊野大神櫛御気野命(くしみけぬのみこと=素戔嗚尊)
 三、島根郡、佐太大神社・佐太大神
 四、意宇郡、野城の社・野城大神
ということを雅は再認識する。これら四大神は怨霊神だった。雅は出雲国のことに踏み込むほど渾沌としてくる思いに捕らわれていく。それを解決する手段は、祀られている神社を参拝し、現地で考えていくことになる。
 
 このシリーズは、『古事記』・『日本書紀』の出雲系神話と『出雲国風土記』の神話をあわせて出雲の神話を明らかにしていくという謎解きの始まりである。
 出雲国四大神の関連する神社を巡る途中で、雅は捜査中の殺人事件と関わりができる事になる。櫛・簪についての雅の意見が事件解決への重要な糸口になっていくのだ。
 一方、雅は出雲国四大神について考える中で、櫛の持つ意味を様々に考えつつ重要視していくことになる。
 縁結びで有名な出雲の地は、神々の観点から踏み込んで行くと限りなく謎を秘めた土地であることがジワジワと判り始めてくる。
 雅は出雲四大神の関連する神社を中心に、出雲市と松江市を経巡る。そのことを御子神に伝えると、それでは、素戔嗚尊や櫛の本質には辿り着けないと一蹴されてしまうのだが、これもまた、第2作に連なる契機になっていく。

 出雲神話の謎解きはおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する関心事項を少しネット検索してみた。一覧にしておきたい。
出雲国風土記 現代語訳 ホームページ
揖夜神社(揖屋神社) :「縁結びパワースポットと出雲神話」
黄泉比良坂  :ウィキペディア
黄泉比良坂  :「神々のふるさと 山陰」
出雲大社 ホームページ
熊野大社 松江城・宍道湖エリア  :「神々のふるさと 山陰」
熊野大社 出雲神話とゆかりの地 :「縁結びパワースポットと出雲神話」
佐太神社 ホームページ
能義神社 :「しまね観光ナビ」
能義大神の謎(4) 延喜式神名帳  :「甦える出雲王朝」
にほんのじんじゃ・しまね
神話の世界 考古学界騒然「出雲王朝VS大和王権」裏付ける〝物証〟次々 
    2013.4.29   :「産経WEST」

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
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徒然に読んできた作品のうち、このブログを書き始めた以降に印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。(シリーズ作品の特定の巻だけの印象記も含みます。)
『卑弥呼の葬祭 天照暗殺』 新潮社
『神の時空 京の天命』  講談社NOVELS
『鬼門の将軍』   新潮社
『軍神の血脈 楠木正成秘伝』  講談社
『神の時空-かみのとき- 五色不動の猛火』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 伏見稻荷の轟雷』  講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 嚴島の烈風』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 三輪の山祇』 講談社NOVELS
『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『七夕の雨闇 -毒草師-』  新潮社
『毒草師 パンドラの鳥籠』 朝日新聞出版
『鬼神伝 [龍の巻] 』 講談社NOVELS
『鬼神伝』 講談社NOVELS
『鬼神伝 鬼の巻』 講談社
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS