遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『電光石火 内閣官房長官・小山内和博』  濱 嘉之  文春文庫

2020-07-11 18:57:25 | レビュー
 2015年1月に文庫のための書き下ろしとして出版された。
 青山望シリーズの『巨悪利権』の読後印象を既にご紹介しているが、そのストーリーに以下の記述が出ていることに気づいた。p87の会話である。
 「本部長も運が悪かったとしか言いようがないですね。」
 「総理大臣秘書官を務めた相手が悪すぎたからな・・・・」
 「歴代総理大臣史上、最悪の大臣に就いてしまったというのは、不運以外のなにものでもありません」
 「小山内和博官房長官の鶴の一声で飛ばされた・・・・という感じだったからな・・・・・政権交代というのは役人にとっては運不運に直結してしまう」
 警察キャリア官僚の交わす会話に、本書の登場人物の名前がさりげなく挿入されている。『巨悪利権』は文庫書き下ろしとして、2015年10月に出版されている。

 そこで、本書を読むと、2ケ所で青山望の名前が間接的にチラリと登場する。後で触れる。つまり、緩やかに本書と青山望がリンクしているところがおもしろい。

 さて、本書はフィクションという形で現在を扱う同時代政治小説と言える。このストーリーの流れを捉えると、現在の長期政権をモデルとして、それを著者流のフィクションに変換した政治小説であるのは明かと思う。ただし、「実在のものと一切関係がありません」という奥書の明記が逆に、このフィクション化を通して、著者の現状の政治世界に対する視点が色濃く折り込まれていると思う。風刺漫画というジャンルがある。この小説にも所々に一種の諷刺的視点やシニカルな視点が含まれている。また著者の視点に立った国際外交視点や国内問題視点が登場人物に投影されているように感じて興味深い。
 本書は、プロローグから始まりエピローグまでの間が8章構成になっている。その内容は、各章が時系列に添った短編連作として構成されていると受けとめた。内閣官房長官・小山内和博が、その職責を果たすために、課題や問題事象に「電光石火」の如く、素早く対処していくプロセスを描き出した小説という印象である。

 ストーリー全体を通して中軸として登場する主な人物は2人である。
 まずは、小山内和博。プロローグは沖縄の基地問題に関連して、沖縄に向かい着陸態勢に入った飛行機の機内の描写から始まる。その中に、プロフィールが書き込まれている。政治家になるまでの小山内の略歴。そして、野党から与党に返り咲いた民自党の第二次安藤孝太郎政権において、内閣官房長官に就任したこと。沖縄問題は小山内がその重要政策を中心になり担当することを任されているという位置づけにあること、などである。
 もう一人が、官房長官付秘書官の太田祐治。東京大学法学部を卒業し、1989年に警視庁に入庁したキャリアで、刑事畑のエース候補だったが警備警察に鞍替えし、その後警察庁警備局で「チヨダ」の校長、さらには県警本部長を経て、政権交代前の官房長官秘書官に就いていたという経歴の持ち主である。異例なことに、警察庁長官官房人事課長の指示で、政権交代にもかかわらず引きつづき、官房長官秘書官の職務に就くことになった。小山内の指示のもとに、情報収集・分析を担当する。太田の類いまれな情報収集能力とその分析力が小山内から評価される。
 このプロローグ(p15)に、太田が通称「チヨダ」の理事官をしていたときに、まだ1回生の小山内を将来は幹事長候補と報告した担当者として青山望が登場する。ここには青山という名は出て来ないが、青山望シリーズの愛読者にはすぐピンとくる記述個所である。
 このストーリーは、政権確立後数年間の小山内の活躍を主に太田の視点から描いて行く。

 それでは、それぞれがほぼ独立した短編になっている各章を簡単にご紹介しよう。

<第1章 合従連衡>
 第2次安藤政権を確立するために、小山内が民自党総裁選において、安藤を総裁にするための合従連衡の戦略を繰り広げるプロセスを描く。いわば、長期政権樹立へのスタートラインである。併せて、官房長官の日常の行動パターンが描き出される。

<第2章 一気呵成>
 総裁戦後、小山内は官房長官に就任する。だが、これは本人の思考の外にあったという。党派に属さない官房長官として、周りからのやっかみもある。
 安藤と小山内が検討してきた官邸機能充実・強化の方策を一気呵成に推進する姿が描かれる。アジアの友好国に対するビザの緩和問題。省庁が提出する人事案の決め打ちに対し、政治家が決める方針の徹底。国家公務員の人物チェックなどが描かれて行く。

<第3章 巨大利権>
 民自党の長谷川幹事長が銀座のクラブで遊び、新人のホステス木綿花(ゆうか)との間での会話とそのエピソードから始まる。長谷川と美人ママの関係は政治記者には公然の秘密といえるものという記述が興味深い。この新人の木綿花が、第7章に少し顔を出すのもおもしろい。
 小山内が8回生で利権とは縁がなさそうな、清貧な人と思っていた山岡代議士が巨大な利権事象に関係していた事実が暴かれる。太田は警視庁公安部の藤林理事官から情報を収集する。公安部は10年前からマークしていたという。一方藤林は、官房長官が注意すべき人物名をさりげなく太田に告げた。
 
<第4章 官邸激震>
 日本人拉致問題の解決に対し過去のやり方を変更し、正規の外務省ルートを使うだけの特使派遣問題から始まる。小山内と大手出版社編集局長との国際情勢談義に触れる。その後、「イスラムの春」というイスラム原理主義の中でも注目されている過激派が日本国に対して戦線布告してきた。警視庁公安部がその兆候から既に対処を始めていた経緯と、その措置対応が描かれる。そして、国連問題に目が向けられる。

<第5章 内部調査>
 小山内が官房長官に就任して早1年9ヶ月が過ぎた時点で、内閣改造の話が記者会見の話題になる。そんな最中に、出版社系週刊誌の編集長から、小山内は過去の2人の官房長官との比較特集を組みたいという要望の打診電話を受ける。これを契機に、太田が党内の2人の元官房長官について情報収集・分析して、小山内に提出する経緯が描かれる。小山内は公安の怖さを認識することに・・・・。そして、小山内が集団的自衛権の憲法解釈問題をどうみているかが語られて行く。
 このストーリーから、ネット検索してみて具体的な情報を入手でき学ぶ事項があった。小説を介して、実際の資料に一歩踏み込めるのもおもしろい。

<第6章 二重失策>
 民自党内の幹部に問題事象が発生する。それに対し、小山内がどう対処するかが描かれて行く。その対処方法にはリアル感がある。
 一つは、長谷川が再び閣僚になり、大臣としてSPの警護がつく立場になる。その長谷川がお忍びで高級クラブに出かけてしまう。その現場を記者に見つけられ、ゲラ刷り段階まで行くプロセスが描かれる。
 もう一つは、警視庁公安部の青山望警視が太田に連絡してきた。1999年に成立した議員立法の法律に関連していた。その前段階に国会議員数十人が東南アジアに視察したときのある不祥事のネガを青山が入手したという。それは大森議員に関係するものだった。青山望がここに顔を出した!

<第7章 日本再生>
 赤坂の個室居酒屋で小山内が番記者たちと懇談会をする場面から始まり、閣僚経験者2人が議員宿舎近くのクラブで政府批判話をしているときのエピソードに場面が転じる。この場面での展開がけっこうおもしろい。そして、総理執務室に集まった人々の談話場面に移っていく。それぞれの場面は、地方の再生、沖縄の再生という地方分権問題に関わっている。つまり、如何に日本を再生できるかという話題である。
 
<第8章 青天霹靂>
 小山内の地元後援会長の武田純一郎が官邸を訪れてくる。武田は会社と自宅周辺に右翼団体がこの10日間街宣をかけるようになったことを説明に来たのだ。そこには不正輸出問題が絡んでいた。それは、小山内の盟友・国分県議にも関わりがあった。
 小山内は国分と会い話し合う。その後、地元事務所の周辺で右翼の街宣車が騒ぎ出したという連絡が入る。太田はこのことを聞くと、自分が既に入手している情報を小山内に説明した。武田・国分のそれぞれの説明に喰い違う部分もあった。また警察庁がオカルトと認定する半島系宗教団体が関わっていた。小山内にとって青天霹靂のできごとは意外な展開となっていく。

 エピローグは、政権発足から2回目の冬がめぐってこようとしている夜に、小山内と太田が、プライムリブステーキの専門店で会食しながら様々な事象について会話をする場面で終わる。その夜は十三夜の月が輝く、171年ぶりのミラクルムーンだった。
 調べてみると、171年ぶりの「ミラクルムーン」は2014年11月5日の月だった。

 ご一読ありがとうございます。

本書の素材・モデルという視点で関心を持った。検索した事項を一覧にしておきたい。
小説というフィクションは、現実に存在するものをモデルにしている場合が多い。すべてをゼロから創造することはいくら優れた作家でもたぶん困難なことだろう。作家がモデルからどのようにフィクションの世界に変換し、ストーリーを創作することができるかである。そこで逆に、モデルかなと思われる現実の情報の一端を調べてみるのも興味深い。
安倍晋三 :ウィキペディア
安倍首相 突然の辞任 :「NHK放送史」
歴代の内閣官房長官 :ウィキペディア
菅義偉  :ウィキペディア
二階俊博 :ウィキペディア
後藤田正晴 :ウィキペディア
女性国家公務員からのメッセージ  :「内閣官房」
邪魔者には消えてもらう 財務省が指令「村木厚子を厚労省からいびり出せ!」:「週刊現代」
村木厚子  :ウィキペディア
政界の風見鶏 パフォーマンスの先駆け―故中曽根氏 :「JIJI.COM」
歴代総理の胆力「田中角栄」(1)「コンピューター付きブルドーザー」の異名  :「Asagei Plus」
「自民ぶっ壊す」で大勝(都議選2001) :「日本経済新聞」
「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答 :「内閣官房」
官房機密費  :「コトバンク」
元内閣官房長官が内閣官房機密費の具体的使途に言及した件に係る平野博文内閣官房長官の見解に関する第三回質問主意書 平成22年5月26日提出 提出者 鈴木宗男:「衆議院」
菅官房長官が自由にできる「官房機密費」6年間で74億円 2019.6.9 :「Smart FLASH」
総理番は見た!安倍首相が夜会合解禁…「盟友会合」と「すっぽん汁密談」で探った人事と解散戦 :「番記者の目」
政治家の「失言の歴史」にも時代が表れている  :「東洋経済」
次はいつ?171年ぶりの「ミラクルムーン」 :「NAVERまとめ」
「ミラクルムーン?」  天体の記事  :「星空日記コリメート風」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁公安部・青山望 最恐組織』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 爆裂通貨』 文春文庫
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫


最新の画像もっと見る

コメントを投稿