遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅹ』  松岡 圭祐   角川文庫

2014-09-29 09:34:19 | レビュー
 冒頭、凜田莉子が万能鑑定士Qの店を経営できるまでに莉子の才能を引き出してくれた恩師とも呼べる瀬戸内陸-大手リサイクルショップ、チープグッズの経営者-が逮捕される場面から始まる。その瀬戸内陸を逮捕するのに論理的推理力で一役買ったのが何あろう莉子だった。
 なぜこの場面からはじまるのか? それはその時点より3年前、莉子がお店を開店した直後に遡る。莉子があっけない詐欺行為にひっか掛かったのだ。このエピソードがひとつおもしろいので、内容には触れない。問題はそれは何故かとその結果である。
 「純粋を絵に描いたような性格、人を疑うことを知らない清らかな心の持ち主。高い感受性とそれに伴う記憶力を有し」ている莉子の人柄を愛でて、そのままで自営業の道に歩み出させた瀬戸内陸は、そのままでは自営業として通用しない。それを乗り越えるにはあらゆる問題の解決法という奸智がいる。それを知りながらそれを教えなかったのは、瀬戸内陸が「無垢なままであれば、莉子は私にとって脅威にならない」と判断したからである。しかし、それでは莉子を不完全なまま世間に放り出したことになる。
 そこで瀬戸内陸はその奸智を莉子に伝授することになる。凜田莉子という一人の若者の成長に貢献するために。その結果、それは諸刃の剣であり、冒頭の場面になるのである。

 本書で一番印象に残り、興味深いのはこの「あらゆる問題の解決法」だ。それは論理として成り立つかどうか、という思考法である。
 瀬戸内陸は莉子が詐欺行為に遭ったことで牛込署を訪れ、知能犯捜査係、葉山翔太警部補と面談した際に、葉山に投げかけた質問と葉山の返事にその思考法が凝縮されている。こんなやりとりだ。
 「論理的かどうか答えてくれませんか。あなたは足が速い。よって、あなたの足が遅ければ、あなたは像である」
 「論理的ではありますね。その通りでしょう。」

 牛込署を出て行く途中で、瀬戸内陸は莉子に言う。「論理として成立するか否か」が問題なのだと。「きみが”Xでない”という前提があるからには、その逆説、きみが”Xである”というのは仮定にすぎない。現実とは異なる前提についてYという結論が導き出されていても、きみには否定する材料はない。条件としては食い違いや矛盾は生じておらず論理的に正しいといえる」と。
 私には、こういう設問のしかたが非常に印象的だった。頭にガツンと一撃・・・という印象がある。「論理として成立するか否か」に絞り込んだ質問法と論理を意識するというスタンスについてだ。

 瀬戸内陸は自分なりのやり方だとして、「有機的自問自答」および「無機的検証」という二段階の論理的思考により真実が見いだせると莉子に言う。そして、その思考法を伝授するのだ。
 「まず有機的自問自答とは『理由をひとつに絞れ』。無機的検証は『それが終わればすべて終わりか否か』これだけだ」という。そして、まず要点をつかみ、それを図式化して書く。文章はできるだけ短いセンテンスに留め、それぞれを3つの記号で結ぶ。=(イコール:同列、等しい)、VS(バーサス:対立関係)、→(矢印:前を受けて順当に導き出される結論)で表記する。この規則で問題を素早く把握できるという。そしてそのトレーニングを瀬戸内陸は莉子に課すのだ。その結果が冒頭の場面を結果するが、瀬戸内陸はある意味でその結果の到来に満足していたのである。

 さて、この有機的自問自答と無機的検証を莉子が駆使して、事件の解決に協力するのがこの第10巻ということになる。いつもの事ながらこの事件簿も読者へのサービス精神に溢れている。メインには2つの事件に莉子が関わっていく。その合間にちょっとした脇道エピソードが盛り込まれているという次第。またメインの2つの事件はある人物を介してリンクしている局面があり、結果的に凜田莉子が重要な役割を果たすことになるというストーリーである。莉子の観察と論理的思考が勝利を導くことになる。

 最初の事件は、契約書の陰影は偽造印鑑によるものであり契約無効の訴訟を起こした案件である。最高裁で契約書の捺印鑑定を争っているという民事事件である。原告側の笹宮麻莉亜から莉子は社印の印鑑についての真贋鑑定を依頼される。莉子が出張鑑定に応じるのだ。
 実は万能鑑定士Qの飯田橋店は、もとはレティシア社という有名美容室チェーンの飯田橋店だったのだ。凜田莉子と笹宮麻莉亜は多少の縁があったことになる。出張鑑定を引き受け、レティシア社の事務所で印鑑を鑑定した莉子は、その後独自に背景調査を始め、早稲田大学の氷室准教授にも科学的分析を依頼する。そして、莉子はこれまた独自に裁判所に直接原告側の証人となることを申請する。証人喚問の当日は、莉子が熱を出して寝込んでしまったために、氷室准教授が代理証人となって出廷する。莉子の考えの代弁なのだ。
 ところが、裁判の途中で原告側の神条弁護士が裁判途中で退廷してしまうという事態に展開する。そして、そこにはこの訴訟事件の真相が秘められていたのだ。凜田莉子の二段階の論理的思考の実践編である。なかなか巧妙なストーリー展開になっていておもしろい。

 この神条弁護士の退廷とその後の失踪が、神条を介して大きな事件にリンクして行く。笹宮麻莉亜の息子である笹宮朋李が、氷室から借りた凜田莉子のノートを持参し、牛込署の刑事課を訪ねることから始まる。レティシア社の顧問弁護士だった神条康仁が失踪した背景には何か裏があり知的犯罪だと考えたからだ。ここで再び、知能犯捜査係の葉山警部補が対応する羽目になる。葉山はいつも莉子を介して事件に巻き込まれていくというおもしろさ。やはり、葉山は関与できない理由を述べる。そこで笹宮朋李は再び凜田莉子を訪ねることになる。莉子は神条探しの案件に関わっていくことになる。
 莉子は事務所で神条弁護士が使用していたデスクの検分から始める。デスクの引き出しからは全部持ち出されていたという状況。ただ、小さく丸められた紙片が残されていた。「5/23 ユニクロwear 注文の品受取日」という走り書きメモである。たったそれだけだった。しかし、これが新たな事件にリンクする契機になる。莉子の慧眼が発揮されていく。勿論ここでも、莉子は有機的と無機的の二段階論理思考を実践し、行動に移していくのである。
 まずは走り書きメモの真実の解明。それが莉子を指定暴力団のエメラルド密売事件解決への協力への繋がって行く。神条弁護士の失踪解明のために、莉子は笹宮朋李とともに、香港行き豪華客船の旅、アレクサンドリーヌ号の香港クルーズに参加することになる。この第2の事件の展開がまた興味深い。警視庁組織対策部の二課から五課までの全捜査係、特別捜査隊各斑など100名以上が捜査に取り組む事案に莉子が協力することになるという次第。事件解決のヒントが、莉子がレティシア社で笹宮朋李から得た情報にあったのだ。そこでレティシア社の事業乗っ取りという第1の事件が第2のエメラルド密売事件と密接な関係を持っていたということが明らかになっていく。なかなかスケールの広がる構成になっている。結果は一網打尽というハッピーエンドとなる。
 このストーリー展開がおもしろい。本書を開いて・・・・乞うご期待というところ。

 つまり、この作品は凜田莉子の万能鑑定士Qの店が立ち上がった当時の、凜田莉子の原点をストーリー化したものである。そして、この原点のキーワードが「有機的自問自答」と「無機的検証」なのだ。それが凜田莉子による事件解明の基盤となる。

 そして、この作品は3年後に再び戻る。身柄を拘束された瀬戸内陸と莉子の会話、ハイパーインフレ騒動の終焉3ヵ月後のスマトラ島での莉子の行動、そう、あの西園寺響に関わる事件のシーン点描、万能贋作者・雨森華蓮を点描し、莉子と笹宮朋李との約束の実行をもってストーリーが閉じられる。今回は末尾がこんな段落の文章で終わる。

 「静かな到達点。ささやかな夢は叶った。希望が潰えそうになっても、きっと道は開ける。無明の闇もいつかは終わる。まばゆいばかりの陽射しが差し込むときがくる。」


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ファンデルワールス結合 
    :「目でみて操作する『分子の世界』-そのミクロ構造と物性-」
キューティクル  :「kotobank.jp」
ケラチン  :ウィキペディア
アサリ   :ウィキペディア
篆書体   :ウィキペディア
爪楊枝   :ウィキペディア
化成処理とは :「日本パーカーラウジング広島工場」
化成被膜処理について  :「フジックス」
クロメート  :ウィキペディア
光沢クロメート ← 光沢クロメートとユニクロの違い:「三和メッキ工業株式会社」
エメラルド  :ウィキペディア
原石、ルース → 原石・化石・ポリッシュ  :「ARTEMANO アルテマノ」
オプティコン処理 ← オプチコン(opticon) :「福本修の宝石・鉱物小事典」
シダー油    :「kotobank.jp」
バルサム油 ← カナダバルサム :ウィキペディア
リロッキング(破壊時再施錠装置)← リロッキング装置 :「鍵の救急マスター」


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『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』



『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅷ』 松岡 圭祐  角川文庫

2014-09-27 09:24:22 | レビュー
 この作品は、凜田莉子の郷里・波照間島に絡んだ事件である。東京に出て、万能鑑定士Qという店を経営する莉子は、波照間島渇水対策への募金を継続的に行ってきていた。その莉子の許に、沖縄県の竹富町議会事務局からの手紙が届く。それは竹富町議会波照間島渇水対策課からの連絡だった。波照間島渇水対策、生活用水供給の問題解決にめどがたったので渇水対策募金を終了するという案内である。先日、過去の募金総額が海水淡水化プラント建設に必要な額の0.1%未満と発表していた矢先なのだ。科学者で早稲田大学先進理工学部准教授の氷室拓真が、「問題をたちどころに解決する、新しいテクノロジーでも開発されたのかな・・・科学者としちゃ見逃せないニュースだよ」と半信半疑な感想を莉子に語るくらいだった。莉子は胸騒ぎを感じ、事実を確かめたくて、実家に帰省する。
  
 石垣島にある竹富町役場の渇水対策課を莉子は訪ね、受け取った手紙を見せて事情を尋ねるが、議会の公示がまだなので詳細がわからないという。議会と業者との間で調整中であり、詳細発表は来週あたりと曖昧である。ただ、その費用は募金で集まった金ではなく、来年度の一般会計予算から支出するという。議会で議決されるにあたり、その提案をしたのは波照間島の議員、嘉陽賀煌だという。嘉陽賀煌は莉子の同級生、嘉陽賀葵の父親だったのだ。
 嘉陽賀煌は、ある淡水化のための画期的な技術に関する電子メールを受信した。その淡水化技術の販売をしているという。それは従来の海水淡水化プラント建設の投資額と比較にならないほどに安価なのだ。そこで嘉陽賀煌はその電子メールの発信者の許を訪れることにしたのだ。その淡水化技術の真偽を確かめる目的であり、自費で調査に赴くことにした。同行者は女性秘書の鳥堀彩花と石垣島出身で東大大学院工学系研究科教授となっている添石慶人である。添石は39歳で、若くして水質調査の権威者と目されている人物である。彼らの向かう目的地は旅行本にも載っていないような小さな駅の近くなのだ。
 電子メールを許に、花蓮空港の案内所で台湾人の職員に書いてもらった旅程は「高鐵-台中站下車」「汽車-終點、碼頭站下車」である。台中駅から西南西に40kmの地である。嘉陽賀煌たちは夜に現地に着く。黄春雲という人物に会う。彼は佐賀大学に留学していたという。日本語が流暢だったのだ。添石は「佐賀大学?すると海洋エネルギー研究センター?この分野の研究で最先端をいく施設ですよ」と即座に嘉陽賀煌に説明したのだ。黄春雲は嘉陽賀煌の要望で、雑然とした光景の実験室風の場所を見せた後、雑多な物が積み上がった山の中からサンプル品を取りだし、即座に夜の海へ実験に出かけようと提案する。そして、波止場からヨットで夜の海上に出た一行は、サンプル品と称するものを使った黄春雲の実験を目のあたりにし、海水と淡水化された水を飲んでみること、及び淡水化された水を添石がその場で水質調査することとなる。嘉陽賀煌はその技術に魅了されてしまう。その実験の様子を鳥堀彩花はビデオに録画する役割を担う。
 黄春雲は淡水化フィルターの製造法と使用の権利を売却したいという。世界各地で渇水問題の担当者になっている政治家とか、民間企業の役員にメールを一斉送信しており、一方、その技術について、特許を取るとフィルターの素材や特殊な多段膜構造を公表しなければならないので、現時点では門外不出の秘密にしているという。この場で契約を決めてくれるなら、独占使用できるようにすべての技術を売ると、黄春雲は嘉陽賀煌に話を進めたのだ。対価は12億円だという。その結果、嘉陽賀煌がこの技術の採用を議会に提案し、それに議会が賛成するという形で進展したのである。

 嘉陽賀煌を訪ねた莉子は、竹富町議会の議場に出向き意見を述べる機会を与えられる。莉子は疑問を提起するが、議会はその意見を取り上げず、莉子のそれまでの寄付金全額50万円ほどを返金する決議をしてしまう。
 そこで、莉子は台湾に自らでかけ黄春雲に会い、その技術の真偽を確かめるという行動を取るに至る。黄春雲への連絡方法は嘉陽賀煌がひとり握っているだけである。現地に行き、直接会うしか方法がないのだ。台湾に行くにあたり、同級生の嘉陽賀葵と祝嶺結愛が同行する。葵にとっては父が正しいことを裏付ける旅になるはずなのだ。

 さて、こんな発端から凜田莉子の台湾への謎解きの旅が始まっていく。議会の議決のもとに、12億円が黄春雲の指定口座に振り込まれるまでにはタイムリミットがある。それまでに。莉子は黄春雲の手口を解明しなければならないのだ。そうでなければ、波照間島の人々の血税が無駄となり、今後の町運営の予算が大きく影響を受けるという状況になる。莉子は決然と行動を開始する。嘉陽賀葵の立場は微妙である。

 この作品、同じ漢字文化圏の台湾と日本の文化の差異により錯覚に陥るという視点がうまくトリックに組み込まれている点が読ませどころである。
 それとコミュニケーションがうまくかみ合わないで勝手な解釈が生み出す右往左往がおもしろみを加えていく。
 莉子の正体を探ろうと仕組まれた罠が結果的に莉子に謎解きのヒントを与えて行く事になる点もおもしろい。
 さらにもう一つだけ加えておこう。日本と台湾とで、ある犯罪行為に対する量刑の重みの違いが事件解決に一役買っていて、うまくその点を利用している点である。
 このような観点を組み合わせたことが、事件簿シリーズの中でこの作品をユニークなものにしている。これ以上具体的に書けば、ネタバレとなり、本書を読むおもしろみが半減する。
 台湾の地理案内、ちょっとマイナーな観光的側面も兼ねられていておもしろい。
 後は本書を手にとってお楽しみいただくとよい。

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繁体字 :ウィキペディア
高鐵  ← 台灣高鐵 TAIWAN HIGH SPEED RAIL ホームページ
 台湾高鉄周遊券  日本語ページ
海洋エネルギー研究センター  ホームページ
海水淡水化   :ウィキペディア
海水淡水化技術の普及状況と課題  :「Science Portal China」
海水淡水化施設 :「沖縄県企業局」

新光三越  :「旅々台北.com」
台北喜來登大飯店 :「旅々台北.com」
  ホームページはこちら 中国語表記サイト
國立海洋科技博物館  ホームページ
迪化街  :「TAIPEInavi」
祝儀敷 ← 畳敷様  :「すまいのビジュアル辞典」
士林夜市 :ウィキペディア
士林観光夜市  :「台北旅遊網」
美食廣場  :「維基百科」
龍虎塔  :「Taiwan」
北極玄天上帝像  :「JTB」
PHOTO:北極玄天上帝  :「tripadvisor」
日月譚  :「AllAbout」



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『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』 
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』




『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅶ』 松岡 圭祐  角川文庫

2014-09-25 09:36:50 | レビュー
 一つの作品の中で複数の事件が解決されていくというのがこのシリーズのおもしろいところである。この作品も、メインテーマはステファニー出版という企業及び代表取締役・城ケ崎七海に対するマルサの脱税捜査である。万能鑑定士Qの経営者凜田莉子がマルサの依頼に協力しいくという物語。そしてメインテーマの謎を追う過程でいくつかの事件を解決するという脇道に入るという次第だ。それぞれが違う領域の事件解決であり、楽しめる。

 この作品を読み始めて最初に戸惑うのは、凜田莉子がステファニー出版の第二秘書として冒頭から登場するのだ。編集長第一秘書は入社5年目、27歳の園部遥菜である。編集長というのは代表取締役城ケ崎七海のことである。遥菜は編集長の「クオリティの高い表現こそ、なにより優先すべきもの」という方針のもとに、月刊女性誌『イザベル』の電子版を取り仕切っている。
 場面は今年最後の電子版、クリスマス特集号の配信直前の場面から始まる。配信直前にミスがあると編集長が遥菜に電話連絡してくる。編集長は絶対に編集ミスを許さない。配信までのタイムリミットは23分間。タイムリミットまでに修正し完璧なものを配信しなければならない。その総指揮をやり遂げなければ、遥菜の地位は保証されない。緊迫したシーンからストーリーがはじまるから、おもしろい。電子版雑誌の裏舞台が垣間見える感じである。そこに莉子が第二秘書として颯爽と登場する。莉子は鑑定手腕を発揮して、独自にミスを発見し、その修正段取りを先回りに進めていたのだ。この登場のさせ方がまずおもしろい。そして、これを事件解決に数えるならば、先取りでミスを発見した理由が語られていく。莉子の博識話として、なるほど・・・・という次第。電子版配信までの緊迫感が実に興味深い。

 なぜ莉子が第二秘書としてステファニー出版に転職したのか? そのきっかけが4ヵ月前の時点にあったのだ。
 それは、『イザベル』にコラムを連載している香水評論家-早稲田大学の非常勤講師を兼ねている-菊原琢麿が『バラと女と香水と』という題名の純愛小説を角川書店から出版したことにある。その作品が出版される3週間以上前に藪野稔著『フゼアとハーブとオーデコロン』が精進書店を版元として出版されていたのだ。その内容が菊原の小説とまるで同じだった。菊原は藪野が盗作したと主張する。だが出版時期の事実を見れば、菊原こそが藪野の作品を盗作したことになる。
 この不祥事がいずれ問題視される可能性から、遥菜は菊原にコラム連載の打ち切り、コラムの単行本化の無期延期を通告する。菊原には晴天の霹靂の如きもの。香水評論家の名誉にも関わってくる。
 菊原はあわてて早稲田大学の准教授氷室の研究室に駆け込んでいく。氷室から聞いていた万能鑑定士Qの経営者を紹介してほしいと言う。たまたまその時、莉子はお店に鑑定依頼にある女性が持ち込んだ品の分析結果を知るために氷室の許に来ていたのだ。これがきっかけで、莉子は菊原の小説盗作事件の解決に関わっていく。この盗作の解明プロセスがやはり、一つの読みどころとなる。文字変換のプロセスの事後解説が私には実に興味深い。菊原の存在が莉子を『イザベル』にリンクさせる伏線になる。

 では、莉子は何を氷室研究室に持ち込んだのか? それは金の延べ棒もどきの奇妙な合金だったのだ。それはQの店に痩せ細った30代後半の女性が持ち込んだ鑑定依頼品。後日来ると言って、鑑定依頼品を置き、身を翻してQの店を立ち去ったといういわくがある品である。
 形状は金の延べ棒、打刻された純度は”Au99.9999%”となっている。だが表面は黄金色というよりは赤褐色に近くしかも色ムラが見える状態だった。後日、その女性がQの店に来店する。彼女は同行した専門家のその場での分析結果を得て、紛れもなく純金だった金の延べ棒を10本、相当の値段で購入したというのだ。10本のうち1本は彼女の選んでその場で切断し、同行の専門家が切断面の隅々まで検査分析したのだという。
 純金が無価値な合金に変化してしまう。正に錬金術の逆である。全財産を無くしたのではと思われる依頼主。持ち合わせの金を鑑定料として莉子に手渡し、鑑定品の合金を取り上げて、ふいに踵をかえしてQの店を出て行った。莉子の性分として、黙っている筈がない。この逆錬金術の謎を追っていくことになる。

 菊原の盗作事件を解決したことが、ステファニー出版を内偵するマルサに莉子を結びつける契機になる。合同庁舎で禿げ頭の中年の職員から見せられたのが、莉子が既に目にしていたあの逆錬金術の合金と同種のものだった。その職員に代わって、国税庁査察部の風峰颯太が事情を説明する。脱税者がその無価値な合金を純金だと騙されて財産の隠匿手段にしていたという。そして、ステファニー出版と城ケ崎七海の脱税行為の内偵に莉子が協力することになる。脱税者に合金を売っているのは同一のブローカーのようであり、そのブローカーが次に狙っているのが城ケ崎七海と目されるのだという。
 そして、ちょうどその時点で、ステファニー出版は編集長第二秘書を急募していたのだ。風峰はその職に莉子が応募し、協力を要請したのだった。莉子は城ケ崎七海の面接を受け、即決で採用されることになる。
 城ケ崎七海が脱税行為をしているかどうかの解明は、同時に悪質ブローカーの検挙に結びつく可能性を秘めている。
 これがどう展開するか、それがこの作品のメインテーマと言える。

 さて、そこで第二秘書として働く莉子が、5億円のペンダント紛失事件の謎解きを行うことになっていく。それは『イザベル』電子版の発信が終了し、恒例のクリスマス・イヴのパーティがステファニー出版のビルで開催された中で発生する。
 不動産王から城ケ崎七海がグラビア写真撮影用に借り出し、社内で撮影後GPS機能付きの手提げ金庫に保管の為に遥菜が納めた後、わずかの隙にその金庫が盗まれるのだ。GPS機能が働いている。それが示す位置情報から金庫がビルの外に持ち出された形跡はない。犯人はこのパーティに出席している社員の誰かということになる。莉子は遥菜に協力して、ペンダントの取り返すための追求を始める。
 この事件がメインテーマとも思える位の位置づけでストーリーが展開していく。短編小説として、この事件を切り出しても小品になる部分である。犯人捜しの展開、構成もおもしろい仕上がりになっている。読み応えがある。ここでも莉子の論理的思考と推理は冴えている。

 この事件の解決で城ケ崎七海は莉子に対する信頼感を増す。七海は莉子に、小説『プラダの悪魔』をしているかと尋ね、莉子が読んだと答えるのを聞いたうえで、莉子に言う。「いまあなたが置かれた立場でそう実感できるのなら、わたしにとって喜ばしいことだわ。そのまま常識と節度を忘れずにいてほしいわね。わたしに対しては、必要なことだけ進言して。サポートを怠るのは秘書として無能の証よ。いいわね」と。
 そして、それは七海の脱税行為の事実に連なっていくステップとなる。莉子は莉子の判断で必要なことだけ進言し、サポートすることになる。メインテーマの事案は大団円を迎えていく。

 編集長第二秘書としての4ヵ月の勤務後、莉子は再び飯田橋の本業の仕事場に戻っていく。ステファニー出版がどうなるか? 本作品の最終章「新天地」をお読みいただくとよい。その内容を味わうには、やはり最初から読み通すべきであろう。


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本書関連の語句から少し脇道に入る項目も含め、いくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

国税局  :ウィキペディア
税務調査 :ウィキペディア

金地金  :「田中貴金属工業」
約26兆円分の金塊・金の延べ棒・ゴールドバーがまるで映画のように山積みにされているイングランド銀行の保管庫はこんな感じ  :「Gigazine」
沈没船から金の延べ棒1億円超 米南部沖、金融恐慌の原因説も
   2014.5.6 19:07 [米国]   :「msn産経ニュース」
オー、マイゴールド!:NYの貴金属商が偽金の延べ棒を発見!
  2012年 09月 20日  :「Kazumoto Iguchi's blog」(井口和基の公式ブログ)

ひやむぎ  :ウィキペディア
素麺    :ウィキペディア

ダイヤモンド  :ウィキペディア
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プレタポルテ    :ウィキペディア
オートクチュール  :ウィキペディア

『プラダを着た悪魔』  :ウィキペディア
The Devil Wears Prada (novel)  From Wikipedia, the free encyclopedia



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『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』




『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅴ』  松岡圭祐  角川文庫

2014-09-23 09:43:27 | レビュー
 この作品は、初めて万能鑑定士Qの凜田莉子が自分の意志でフランスに個人旅行をし、たまたまそこで縁あって遭遇した食材フォアグラの不良品による食中毒事件(以下、フォアグラ事件と略称する)に関わりを深めていき、その事件の解明を独自に行うというものである。
 万能鑑定士Qの店を経営する莉子は、以前からルーヴルとかオルセー美術館の展示品を自分の目で見たいと思っていた。本物の作品群を鑑賞して鑑定能力に磨きをかけたいという思いなのだ。

 なぜフォアグラ事件に関わらねばならないのか? それは莉子の高校時代の同級生・楚辺瑛翔が波照間島からひとりパリに渡り、料理人になることをめざして生活していたことに端を発する。
 この作品の冒頭は、老舗のフォアグラ専門レストラン、ベランジェールに勤務する楚辺が、ロワール川流域にあるバベット精肉に食材のフォアグラを仕入れに行く場面から始まる。バベット精肉は、18世紀に創業されたフランスでも指折りの上質なフォアグラ食材の開発メーカーである。現在はヤニク・クストーが六代目の工場長となっている。食材出荷の最終品質検査は工場長のヤニク自身が全数検査するしきたりになっていて、不良品は一切無いことを誇りとしている。ヤニクは先日と同様に完成品60パックを準備してくれているのだが、楚辺は総料理長の指示で最低でも100パックは仕入れたいと申し出る。ヤニクは在庫が無くて即座に楚辺の要望に添えない。楚辺はクストーの工場と取引をしているので他のメーカーに声を直接かけるわけにはいかないと言う。放浪娘だった25歳のアンジェリークがその頃、父親のところで一緒に働いていた。アンジェリークはバベット精肉が同地域の信頼のおける他のメーカーから同品質の食材フォアグラを仕入れて、ベランジェールの要望に対応することを提案する。バベット精肉は後日、ヤニクとアンジェリーク父娘でパリのベランジェールに食材120パックを納品に赴くのである。

 凜田莉子は冒頭に述べた通り、パリに個人旅行をする計画を立て、そのことを波照間島の両親に連絡をしていた。その両親が、莉子のフランス出立の直前に東京に現れる。それはぎりぎりの成績でなんとか高校を卒業した莉子の3年の時の担任・喜屋武友禅先生が、莉子一人を外国旅行に行かせるのは実に心配だと、莉子の両親を説得して、自分がフランス旅行に同行すると言い始めたからだ。両親は莉子にその経緯を伝え、莉子の説得にきたのである。
 喜屋武先生は、東京に出た以降の凜田莉子の成長を知らない。感受性は強くても、学力の乏しい能天気な莉子のイメージをそのまま記憶しているばかりである。だが、莉子のことを心配する一方で、喜屋武先生自身にも、実は何らかの口実があればパリに行ってみたい一つの理由があったのである。莉子のためばかりではなかった。そのことは当初は喜屋武先生の内心に秘められた思いであり、建前はあくまで教え子・莉子への心配心である。

 そこで、このストーリーは2つの筋がパラレルに同時進行しながら、交点を持ち、そこから美術鑑賞個人旅行の筈が、事件解明に関与する形でフランスに滞在するウェイトが高くなっていくという展開になる。楚辺を軸にした話は、食材フォアグラの仕入れ数倍増という要望がどのように準備され、老舗レストランに納品され、その後食事に訪れた人々のテーブルに料理が運ばれたかのプロセス、そしてそこに料理人を夢見る楚辺が仕事としてどうかかわっていくがが導入ステップとして描かれて行く。
 もう一方で、喜屋武先生の同行で莉子がフランスに旅する行程がおもしろおかしく描かれる。莉子を無知のままと思い込む喜屋武先生の一人相撲と先生をがっかりさせないように、現在の成長した姿を極力見せないように気を遣う莉子の努力、そのギャップが描かれて行く。ピカリと光る莉子の発言・行動のエピソードが要所に入りながら、滑稽な旅行風景が描かれる。結果的に先生は、莉子の成長と現在の能力を認識していくのである。

 パリについた莉子と先生は、先生からあらかじめ連絡を受けていた楚辺の出迎えで、楚辺のアパートメントに向かい、そこに滞在することとなる。ベランジェールの見習いである楚辺は、店の近くのアパートを安く借りられ、またルームメートとシェアする形なのだが、ルームメートが丁度出てしまい、空室が利用できたのだ。そこはルーヴル美術館にも歩いて行ける距離だった。
 到着した日の夜は、楚辺がお店でホール係を手伝う日だったので、楚辺は莉子と先生にベランジェールでディナーを食べることにしたらどうかと提案する。だが、その夜レストランでは莉子たちが行く直前に、一騒動が発生してしまったのだ。それがフォアグラ事件という次第。
 店の従業員である楚辺も当初は捜査対象の一人になる。当日ホール係を手伝っていた楚辺は、初動捜査段階で調査対象から外されることになる。しかし、不可解な食中毒事件が解明されないと、老舗レストランは営業停止、ひいては店がつぶれる。楚辺は路頭に迷い、料理人になる夢が破れかねない。彼は窮地に落ち込んでいく羽目になる。
 これをなんとかしないと・・・・と莉子はこの事件の解明に首を突っ込んでいく。とはいえ、日本ではなく外国であるため、捜査に協力するという立場にはなれない。余計なお世話といわれるのがオチ。
 莉子は楚辺から得た情報をベースに楚辺、喜屋武先生とともに独自に事件解明への行動に歩み出す。

 この作品が興味深くて面白い点を列挙してみよう。
*今回は小笠原が主な登場人物としては姿を表さず、代わりに莉子の担任教師だった喜屋武友禅が登場してくること。喜屋武先生の秘めた思いが明らかになるとともに、そのことが、派生的に事件解決の手段に絡まっていくという意外性。
*莉子の現在像と喜屋武先生の記憶にある莉子像のギャップが生み出すフランス旅行珍道中の滑稽さ。
*莉子のフランス語独学法
*食材フォアグラの生産工程、品質管理、販売ルート、メーカーと顧客の関係など、フォアグラ関連知識とフランス行政のスタンスについて、蘊蓄が語られること。
*読後にふり返ると、如何にさりげなく事件への伏線が張られ、解決への糸口が仕組まれているかの巧妙さ。ストーリーを追いかけていると、その伏線に気づかない・・・・。
*ルーヴル美術館で「モナ・リザ」の絵を直に見た莉子は、なぜか感銘を受けない。莉子のあの感性に響いてくるものがないという。それはなぜか? 本作品では、莉子にとっては原因が不明のままで終わる。ただ、美術館側の意図と対応は描かれている。
 莉子にとって、その時の思いは、後の作品で理由が解明されることになる。シリーズの後の作品への伏線が張られていく。(これは順不動で読んだために、ああそうだったのか・・・と逆にリンクした次第)
*「動物の権利」という概念・思想の視点が作品の基底に置かれていること。
 宮沢賢治の作品名が出てくるという興味深さがある。
*帰国のために、莉子と喜屋武先生がゲートを通過した後に、喜屋武先生が一枚の絵葉書の裏面を私製の卒業証書として記載し、莉子に贈るという場面はちょっと感動的。

 万能鑑定士Qの面目、という点で、モナ・リザに関わる描写を抜き書きして置こう。

A:モナ・リザの間で莉子が絵に対面したときの描写から

 莉子はつぶやいた。「これって・・・・本物かなぁ?」
 ・・・・・・
 いや・・・・。『モナ・リザ』を所蔵する美術館を訪問しているのはたしかだ。けれども、いまこの瞬間、世紀の絵画をまのあたりにしているとは感じられない。胸の奥にまで沁みいってくるような情動がない。名画と呼ばれる物を前にして、自発的に昂ぶるはずの激情のようなものもない。無味乾燥。この空間に感じられるのはそれだけだった。

B:本作品の末尾に出てくるルーヴル美術館の学芸員の間での会話から

 分子レベルまで分析可能な科学鑑定。筆づかいの微妙な違いまで見極めるプロの観察。だが鑑定の基本中の基本は、その絵画の持つ抗いがたい魅力を理解し、心に感じることだ。感受性の強さが真贋を見極める。どんな知識も、そこに生ずる直感にはかなわない。
 ・・・・・・
 感受性のない人間に鑑定はできない。僕は絵と向き合うとき、画家の心と触れあう。本物は、向こうから語りかけてくる。

 この場面描写が、『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』の伏線にもなっていくのだ。
 このⅤが創作された時点で、Ⅸへの展開構想があったのかどうか、それは著者のみぞ知るところだが・・・・・。

 観光ビジネスを重視するパリの厳しさを垣間見させる側面を描く作品ともいえる。

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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
フォアグラ  :ウィキペディア
ロワール川  :ウィキペディア
ロワール川流域の地方 :「フランス地方料理 ビストロ・シェケン」
Restaurant de specialites du Sud-Ouest ホームページ
 ネットで知ったフォアグラ専門店の事例
Au petit sud ouest 絶品の鴨とフォアグラ料理を堪能出来る店:「パリのレストラン」

ルーヴル・ピラミッド  :ウィキペディア
ルーヴル美術館  :ウィキペディア
ルーヴル美術館 ウェブ・サイト(フランス語)
ルーヴル美術館 英語版のガイド資料  Plan/Information English Louvre

TGV  :「RAIL EUROPE」

宮沢賢治  :ウィキペディア
注文の多い料理店 :ウィキペディア
注文の多い料理店  :「青空文庫」
フランドン農学校の豚 :ウィキペディア
フランドン農学校の豚  宮沢賢治  :「青空文庫」

動物の権利  :ウィキペディア


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万能鑑定士Qに関心を向け、読み進めてきたシリーズは次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』




『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』  松岡 圭祐   角川文庫

2014-09-20 10:17:53 | レビュー
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅳ』  松岡 圭祐   角川文庫

 歌舞伎に「どんでん返し」という言葉がある。この作品はこの一語が冴えるという第一印象である。どんなどんでん返しか? それは読んでのお楽しみ・・・。

 万能鑑定士Qシリーズを途中から順不同で読み始めてしまったために、今回主な登場人物の一人として登場する嵯峨敏也という臨床心理士が凜田莉子の求めに応じて部分的に協力して登場するという作品を読んでしまっている。
 だが、このシリーズを出版順に読んでくれば、この第4作がどうも初めて嵯峨敏也が登場するようだ。というのは、作品の冒頭に嵯峨敏也が著者の処女作『催眠』の主人公だということわりがわざわざ記された1ページがあるからである。私は著者の作品はこの万能鑑定士Qシリーズしかまだ読んでいないので、嵯峨敏也についての3冊の作品があるようだが、その活躍についての先入観はない。「事前にこれらの小説をお読みいただかなくとも、本書をお楽しみいただくには支障はない」と冒頭ページの末尾文にある。読後印象としてはその通りだ。この作品内で独立した臨床心理士として、十分に楽しめる。逆に、この第4作を読み、嵯峨敏也が主人公で登場する本筋の作品を読んでみようかという気になった。

 さて、本作品は超オタクなポスター類のコレクター、ディープな愛好家たちが次々に被害に遭うという連続火災事件がストーリーの軸になり、なぜ狙われるのか? という謎解きとその犯人追跡・逮捕劇というのがテーマになっている。
 
 その連続火災事件は非常に特異な性格を持った事件なのだ。犯人がピンポイントで狙うのは邦画のポスター。それも1974年、東宝製作、配給の『ノストラダムスの大予言』で日比谷映劇という劇場名のスタンプ入りのポスターなのだ。この映画は全国規模で公開されたのだが、上映が自粛されて闇に葬られた映画だという。当初は当時の文部省が公に推薦する作品だったようだが、表現に問題があったという。後ほどDVD、レーザーディスクやビデオソフトにもされることなく存在を抹消された映画なのだ。それ故、そのポスターも限定されている。特に劇場名スタンプ入りは、ディープな愛好家にとっては垂涎の品という訳である。
 最初は新宿区の住宅密集地、ただしプロパンガスを用いる界隈に住む茅野涼太の自宅が火災に遭う。築45年、老朽化した木造家屋。世界に4人しか所有者がいないという『プリティ・ウーマン』の超レア・ポスターを含む3万点のレアな映画グッズが放火により灰燼に帰したのだ。茅野の外出中であり、コレクションと家屋の全焼以外に、人身事故はない。そして、立て続けに、飯田橋近辺にある「ムービーアレイ」という全国通販も手がける映画グッズ専門店の老舗で放火が発生する。そして、ここも明確な意図をもって放火されたようなのだ。店主は菊井大悟。この二人が被害者として登場するところから、ストーリーが展開していく。

 万能鑑定士Qの凜田莉子は馴染みになった牛込署から被害物品についての鑑定依頼を受けてこれらの事件に関わっていく。当然ながら、莉子はこの2件の特異な放火について、どんな共通点があるかを探ろうとする。茅野・菊井は莉子を鑑定家と紹介されても、最初は鼻であしらう態度だった。茅野は言う。「一部の人間しか真価ををみいだせない物だぞ。それを世間並みの物差しで測られたんじゃいい迷惑だ」と。
 当初は警察の依頼で火災に遭った物品のリスト作成を依頼されながら、落ち込み、いじけたようになりその気にならなかった二人だが、莉子が具体的な鑑定を始めるとその的確な評価に驚き、それならばと真剣にリスト作りを始めるのだ。冒頭からレアものポスターや映画情報が次々に出てきて、莉子の鑑定プロセスにつながっていく。このあたり、のっけからオタク的興味心を呼び起こされる。その描写がまずおもしろい。

 この作品でも『週刊角川』の記者・小笠原が関わりを深めていく。『週刊角川』編集部の建物から、消防車のサイレンがひっきりなしに鳴るので、立ち上がって窓辺から新宿方面の住宅地に火柱がたちのぼっているのを眺めた荻野が、小笠原に火事の取材に行けと命じたのだ。記事の取材行動が、牛込署からの依頼で鑑定業務として関わった莉子との協働が起こってくる。今回興味深いのは、小笠原が独自に取材行動を継続していくプロセスで、レア・ポスターの所有者を取材活動していて、そのポスターの盗難並びに焼却の犯人目撃という展開になっていくところである。莉子の後追いや少々の情報収集ばかりでなく、小笠原も重要な貢献をしていくというところが新鮮かつおもしろい。

 そこで今回の嵯峨敏也登場のしかたである。特異な2件の連続放火が起こったのだが、牛込署では刑事課で暫定的な指示がだされただけで、捜査本部が設けられていなかった。莉子は「真実の究明は早いほうがいいと思うの。次の犯行を食い止めるためにもね」という姿勢を持つのだが、警察はそうではない。まずは異常者の犯行かどうか、臨床心理士の意見を仰ぐのが慣例になっているという。事務局を通じ、都内の臨床心理士の方々に一斉に協力要請をし、一番早く返事をもらった人に協力を依頼する手順を踏むという。もし異常者の可能性ありとなれば、精神科医の意見を伺う段階になるという。なんとも悠長な手順なのだ。
 葉山警部補から応じてきた臨床心理士の名前と勤務先を聞き出した莉子は、葉山の考えと手順に飽き足らず、自ら会いに行き意見をきくという行動にでる。その臨床心理士の名前が嵯峨敏也だった。勿論、莉子はこの嵯峨敏也に面識はなかった。病院名と臨床心理士の名前を手がかりに、病院まで直行するのである。
病院の受付カウンターで嵯峨のことを尋ねようとした丁度その時、受付の女性看護師が嵯峨を受付に呼び出すアナウンスをした。嵯峨と助手の池川健人が受付にやってくる。嵯峨と池川が言葉を交わした後、池川が臨床研究室Dに戻って行く。一人になった嵯峨に莉子が話しかけていく。ここから莉子と嵯峨の火事の件についての関わりができていく。それは、病院から少し離れたビルの地階にある和食店での昼食をとりながらの火事の件についての意見交換から始まっていく。冒頭からかなり突っ込んだ意見交換が始まる。これ以降、莉子と嵯峨はかなり情報交換を密にしながら、事件の究明に協力していくこととなる。その途中で、近くの歯科医院に勤める歯科医・村谷美羽が現れる。彼女の用件は子供の歯のX線写真に児童虐待の可能性を示唆する徴候が見られるというもので、臨床心理士の意見と対応を尋ねるというものだった。嵯峨はこの件にも関わっていくことになる。

 その最中に、東京駅に近い東京国際フォーラムの地階にあるホール状の空間での火事だった。ここではポスター1枚だけに放火されたのだった。そして、さらに小笠原が取材先で犯人の姿を目撃し、追跡するという第4の事件が続いていく。そして第5の事件現場には、葉山、莉子、嵯峨も火災を防止させようとして、現場に詰めるという行動に出るのだった。それでも放火が発生するという事態に・・・・。

 この作品の興味深いと思うところがいくつかある。思いつくままに列挙してみよう。
1. ディープな愛好家のオタク視点で、レアなポスターおよび映画、映画グッズについての蘊蓄が次々に話題としてでてくること。
2. 小笠原悠斗がまっとうな取材活動を行い、連続放火事件の解決に一歩近づく一つの契機となる犯人目撃という機会を得、活躍すること。
3. かなりテクニカルな用語が出てくるが、臨床心理士の雰囲気と思考がかなりイメージとして身近なものになること。
4. 「どんでん返し」という第一印象のキーワードを冒頭に述べているが、そのための伏線が実に巧妙に仕掛けられていること。その仕掛けにはちょっと気づかなかった!
5. 莉子までが参加した第5の事件発生防止が成果を得られず、一種の密室放火発生事件となったこと。そのこと自体の謎解きのおもしろさ。
  だがその状況の発生自体が、莉子の論理的思考のための情報ピースをジグソウ・パズルの如くに在るべき位置に当てはめていき、犯人像をクリアにすることになるというのが興味深い展開だ。種証しされるまで推理が及ばなかった・・・残念!
6. なぜレアなポスターだけが狙われるのか? その所有者情報をどのように入手したのか? その謎解きのおもしろさである。

 

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この作品に出てくる用語や事項で関心を抱いたものを少しネット検索してみた。
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臨床心理士 :ウィキペディア
公益財団法人 日本臨床心理士資格認定協会  ホームページ
一般社団法人 日本臨床心理士会 ホームページ

衝動制御傷害  :ウィキペディア
衝動制御障害とは  :「健康・医療館」
う蝕 :ウィキペディア
ソブリナス菌 → ソブリヌス菌 :「健康用語辞典」

プリティ・ウーマン  :ウィキペディア
Pretty Woman From Wikipedia, the free encyclopedia
19 Things You Probably Didn’t Know About “Pretty Woman” :「BuzzFeed」
アマルフィ 女神の報酬のチラシ・ポスター画像集 :「NAVERまとめ」
「トリビアの泉 映画「アマルフィ 女神の報酬」で久しぶりに「へぇ」SP」で紹介されたすべての情報  :「価格.com」
映画アマルフィのポスターは、アマルフィで撮影してなかった。 :「zakuroザクロ」
『ノストラダムスの大予言』(映画)  :ウィキペディア
「ノストラダムスの大予言」 概論とバージョン解説
    :「-素晴らしきバージョン違いの世界-」 
鼠小僧 :ウィキペディア
日比谷映画  :ウィキペディア

偽造防止用紙 ← マルチタイプコピー偽造防止用紙 :「SANWA SUPPLY」
偽造防止用紙 :「KOBAYASHI」(小林クリエイト株式会社)
偽造防止用紙 :「みすず」(株式会社タツノ)



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万能鑑定士Qシリーズに関心を向け、読み進めてきた作品は次のものです。
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『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』

『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』



『福島の原発事故をめぐって いくつか学び考えたこと』 山本義隆  みすず書房

2014-09-17 09:38:14 | レビュー
 101ページというコンパクトな本である。しかし、その内容は凝縮されているというのがまず第一印象だ。「あとがき」によると、雑誌『みすず』から原発についての原稿を依頼されたが少し長くなったのだとか。連載にしてもらえるかと危惧していたら、単行本で出版しましょうということになったというからおもしろい。この内容、当初から単行本で出すだけの意味がある。

 目次をそのまま転記しよう。なぜか? 「凝縮」という印象の意味が明瞭になるからである。

 1 日本における原発開発の深層底流
  1・1 原子力平和利用の虚妄
  1・2 学者サイドの反応
  1・3 その後のこと
 2 技術と労働の面から見て
  2・1 原子力発電の未熟について
  2・2 原子力発電の隘路
  2・3 原発稼働の実態
  2・4 原発の事故について
  2・5 基本的な問題
 3 科学技術幻想とその破綻
  3・1 16世紀文化革命
  3・2 科学技術の出現
  3・3 科学技術幻想の肥大化とその行く末
  3・4 国家主導科学の誕生
  3・5 原発ファシズム

 福島第一原発爆発事故の後、原発関連の様々な本を読み継いで、その事実を知ろうとしてきた。本書は原子力、原発の持つ問題点を論点を明確にし、その論拠を明晰に提示しながら自ら考えたことを整理して提示している。この目次の観点でわかるとおり、ほぼ原子力、原発の主要な問題点が網羅されている。きちっと整理して論述してくれているのだ。 「原子力の平和利用」というアイゼンハワーの国連総会提案の真意、その言葉の虚妄性を的確に指摘し、原発の未熟性と隘路を列挙して指摘する。稼働状況と潜在化する事故についても論及している。科学技術が、原子力に関してはまさに研究者・学者の視点でなく、国家主導となり、原子力安全神話が形成された経緯を的確に資料に基づき分析している。虚妄性と隘路について、まさに臭い物に蓋をするが如くに極力隠されて、安全神話形成による原発推進に邁進した実態の骨格が明らかに論述されている。
 時の政府が主導し、強力な中央官庁と巨大な地域独占企業である電力会社が二人三脚となって駆け抜いてきたのだ。原子力開発推進に都合のよい法律体系と交付金の力を駆使し、一方潤沢な宣伝費用で累々と原子力安全神話を形成してきたのだ。その結果が「想定外」という都合の良い言葉で処理されている原発の爆発事故と悲劇を結果したと言える。
 著者は「地元やマスコミや学界から批判者を排除し翼賛体制を作りあげていったやり方は、原発ファシズムともいうべき様相を呈している」(p87)と批判する。「かくして政・官・財一体となった”怪物的”権力がなんの掣肘もうけることなく推進させた原子力開発は、そのあげくに福島の惨状を生み出したのであった」(p88)。

 著者の主張は明瞭である。原子力の平和利用は虚妄性に満ちている。国家主導の科学技術推進は危険が一杯。原子力は「人間に許された限界」を越えていると判断しなければならない。
 著者は本書の末尾で、福島の原発事故を起こした日本のなすべきこととしてこう提言している。「こうなった以上は、世界がフクシマの教訓を共有するべく、事故の経過と責任を包み隠さず明らかにし、そのうえで、率先して脱原発社会、脱原爆社会を宣言し、そのモデルを世界に示すべきであろう」と。この提言には大賛成である。
 しかし、現実は政府と原子力ムラの懲りない人々が、そうではない方向に蠢いているように思える。もう騙されることがないようにしなければならない。再び「騙された私」にならないために。
 
 原発の問題点のエッセンスが詰まった本である。頭の整理にも役立つ。きちっとした論拠を提示しているので、細部に踏み込むための契機にもなる本だ。第3章では16世紀以降の科学史の切り口から眺め、現代の国家主導科学の潮流を論じている点は興味深いところである。
原発に関わる全体像を知るために一読の価値があると思う。

 最後に著者の指摘のいくつかを引用しておこう。このわずか101ページの本を手に取るトリガーになれば、幸いである。

*本質的な問題は、政権党(自民党)の有力政治家とエリート官僚のイニシアティブにより、札束の力で地元の反対を押しつぶし地域社会の共同性を破壊してまで、遮二無二原発建設を推進してきたこと自体にある。  p4
*平和利用ということと軍事利用ということは紙一枚の相違である。・・・平和的利用だといっても、一朝ことあるときにこれを軍事的目的に使用できないというものではない。
  ←著者の引用:出典は『最近の国際情勢』・岸信介による1967年5月26日の講演記録
   p12
*原子力発電の欠陥の中心に、核分裂生成物すなわち「死の灰」の発生という問題がある。(p28)・・・つまり、放射性物質を無害化することも、その寿命を短縮することも、事実上不可能である。(p32)・・・・無害化不可能な有毒物質を稼働にともなって生みだし続ける原子力発電は、未熟な技術と言わざるをえない。(p33)
*原子力発電は・・・・全過程において、放射線をあびる危険な労働を必要とする。(p42)・・・原子力発電は、たとえ事故を起こさなくとも、非人道的な存在なのである。(p44)
*高熱と高い放射能は原子炉内部の材質にさまざまな悪影響をもたらす。  p48
*原発周辺に住む何万・何十万という人たちにたいして、原発という未完成技術の発展のために捨石になれという権利は誰にもない。そもそも福島原発周辺の人たちは、その受益者ですらないのだ。   p58
*”怪物”化した組織のなかで、技術者や科学者は主体性を喪失していく。  p83

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本書の関連でネット検索した事項を一覧にしておきたい。
山本 義隆   :ウィキペディア
原子力の歴史を振り返って --幻の原子力平和利用--  原子力安全研究グループ
原子力の「平和利用」は可能か?   小出裕章氏
【原爆開発から原子力平和利用に至る歴史】 :「はんのき日記PART2」
  ~ヒロシマからフクシマへ~  “広島・長崎がなければ、福島もなかった”
【原発】原子力の「平和利用」を見直す―福島原発事故から日本の原子力政策を問う―
   2011.4.9  文責:隅田聡一郎氏    :「Say Anything!」
戦後日本と原子力-今、重い選択の時   寺島実郎の発言 :「三井物産戦略研究所」
原子力の平和利用を再検証し、ポスト原発を視野に議論を :「東洋経済 ONLINE」
  2011.6.14  


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今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『対話型講義 原発と正義』 小林正弥  光文社新書
『原発メルトダウンへの道』 NHK ETV特集取材班  新潮社
『チェルノブイリ・ダークツーリズム・ガイド 思想地図β vol.4-1』 東浩紀編 genron
『原発ホワイトアウト』 若杉 洌  講談社  ←付記:小説・フィクション
『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)



『はなとゆめ』  冲方丁  角川書店

2014-09-13 09:10:35 | レビュー

 「春は、あけぼの」という『枕草子』の第一段冒頭の有名な章句が、本書の巻末の章句となっている作品である。主人公は、清少納言。歌人・清原元輔の娘である。
 この作品は、清少納言が晩年に一条帝の妃である中宮・定子の女房として朝廷に仕え、一条帝と定子の純愛の有り様を傍近くで眺め、関わった事を軸に、当時の朝廷の政治や人間関係を含む諸事の中で過ごした時代をふり返るというスタイルで展開されていく。

 人の美しさ、栄光、誇りといった「華」はいつかは失われる。華が輝かしいほど、失われたときの空虚さは耐えがたいという摂理には納得できる。しかし、だから「華」を求めなければよい、という考えには納得できないというのが清少納言の思いである。
 「華」を求めたいと思っていた清少納言は、中宮定子の女房として朝廷に仕えることができ「華の時代」を過ごせたのである。それは、中宮定子の途方もない華、つまりあるじの華麗な日々、その華から女房として仕える清少納言にもささやかな華が与えられることになったという実感、その幸運の日々を実に肯定的にふり返るストーリーである。
 「わたしのこころでは今も、あの御方の華が息づき、輝きを続けています。かつて過ごした日々を思うたび、わたしは自分の幸運を噛みしめるのです。あの御方のおそばにいられた幸運を。華の中にいた日々を」(p6)

 この作品は清少納言が女房として中宮定子の許に出仕したときの小心な心細い思いと行動の描写から始まり、定子の信頼を得て己の「華」を輝かせていく経緯、一方で失敗談、苦境などを語りながら、定子の許での清少納言の人生の時期を中心に描いて行く。
 清少納言が主人公ではあるが、その生き様は中宮定子が清少納言に期待した思いの反映でもあり、中宮定子が清少納言にどのような影響を与え続けたのかという観点に立つと、中宮定子がこの作品の主人公であるとも言える関係になる。それを拡張すれば、一条帝と中宮定子が1枚のコインの表裏として、この二人が主人公だとも言える。定子の途方もない華に触れて、清少納言が華を得たという関係にあり、その関わりの中で語られていくからである。

 このストーリーの展開とパラレルに、なぜ清少納言が『枕草子』として現存するあの内容の作品を書いたのか、なぜあのような形になったのかを語っていくプロセスが織り込まれていく。この作品を読むことで、単に代表的古典として受け止め、教科書で抜粋的に内容を知り、学び、超有名なフレーズだけ覚えていた『枕草子』に、おもしろさの溢れる内容が含まれるものとして親しみを感じ始められたのは、一つの大きなメリットである。少なくとも『枕草子』の現代語訳を通読してみようか・・・・そこから始めようかという気にさせてくれた。
 本書の序の末尾に、著者はこう記す。「かつての幸運を心にとどめ、その輝きを損なわず、書きつづることができるのか、と。あの御方の華を通して見た、千年の夢への思いを。」(p7)つまり、『枕草子』は中宮・定子の思いとその華を具象化して示し、定子に捧げられた書なのだ。
 なぜ『枕』という名称なのか? この名の起こりをこの作品はこんな会話のプロセスで決まったこととしている。ある時、定子の兄・藤原伊周(これちか)が一条帝と中宮定子に真新しい上質の紙を贈り物にしたという。定子は女房たちに「よいものを頂いたわ。でもこんなにあって、何に使えばよいのかしら?」と語る。感動をこめた「実に素晴らしい品でございますね」という清少納言の言に対し、定子は「帝は、これと同じ紙に、『史記』という書物を写してお書きになるそうよ。わたくしの紙には何を書けばよいと思う?」と清少納言に問いかける。「それでしたら、『枕』というところでございましょう」と清少納言。「では、あなたがもらって」と中宮がおっしゃったのだ・・・・と。こんなところから、書くべきものの表題が『枕』となったのだと。実におもしろい!
 この意味、如何? ここの場面は、第三章「草の庵」の三、p155~157をお読みいただくとよい。そして同章の六も。楽しみは残しておこう。
 子を身ごもった清少納言が内裏を下がる前日のエピソードとして書き込まれている。

 本作品のストーリーを織り上げていく糸にはいろいろな色目がある。その様々な色目が濃淡様々な華麗な図柄や悲劇の図柄を織り上げていく。こんな観点(色目)がストーリーに織り込まれていく。
*花山帝の生き様と一条帝の皇位継承による皇統の意味合い。
*一条帝(11歳)の許に、藤原道隆の娘・定子(14歳)が入内する。定子は一条帝より3歳年上だった。定子は漢書の素養も持つ知的な人で、一条帝との間で「純愛」を育んでいく。
*一条帝の生き方。
*関白道隆のわが世の状況及び息子・伊周、隆家の出世と失脚の経緯。
*道隆の弟であり、末子だった道長の状況と道長のわが世への準備と画策。
*藤原行成の果たす役割。
*清少納言は女房としていくつかの屋敷で働いた後、定子が一条帝の許に入内した3年後に、定子のもとに28歳のときに出仕した。それ以来、中宮定子が薨じるまで宮仕えをする。その期間の中宮定子の華麗で波乱の人生が、清少納言の波乱の宮仕えとともに語られる。定子の出家と還俗、そして出家中の出産および還俗後の出産。出産に伴う死。一方、清少納言の女房勤めの勤務拒否・引きこもり。
*清少納言と宮中での諸貴族たちとの人間関係、それを見つめる周囲の女房たち
*清少納言はその人生で3人の夫を持った。その経緯。
  →最初の夫・橘則光との生別。その後、友人的関係は続く
   二人目の夫・藤原信義。このときに、定子のもとに出仕。病気により死別。
   三人目の夫・藤原棟世。父元輔の友人。女房仕事を辞め朝廷を去った後。死別。
*朝廷の組織と体制、位階の有り様。政治絡みの人間関係。貴族たちの日和見など。

 これらの観点がストーリーとして巧みに織り交ぜられていくので、当時の内裏の状況がイメージとしてわかりやすい。平安時代の貴族社会と政治の有り様が、清少納言の視点を介してであるが総合的に理解できる。平安時代を感覚的に知るには大変おもしろいし有益である。清少納言に一歩近づけたのが大収穫である。才媛清少納言、紫式部の批判という独り歩きのイメージから親しみを感じられるものに少し転換した『枕草子』が一歩身近なものになった。


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本書と関わる事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

花山天皇  :ウィキペディア
花山院乱闘事件 → 長徳の変 :ウィキペディア
一条天皇  :ウィキペディア
一条天皇  :「千人万首」
藤原詮子  :ウィキペディア
藤原定子  :ウィキペディア
藤原定子  :「千人万首」
藤原道隆  :ウィキペディア
藤原道隆は、古典の中で「中関白殿」と呼ばれますが、なぜ「中」なのですか?
  :「YAHOO! 知恵袋」
藤原道長  :ウィキペディア
「藤原氏同士の権力争い(中編)」(986~996年):「進学スクール ステップ1」
「藤原氏同士の権力争い(後編)」(996~1018年):「進学スクール ステップ1」
エピソード 藤原彰子と藤原定子 :「エピソード日本史」
藤原行成 :ウィキペディア
平安の書家 藤原行成 :「書道ジャーナル研究所」
白氏詩巻 藤原行成筆 国宝 :「東京国立博物館」

官職一覧表(律令制) :「進学スクール ステップ1」

清 少納言~特選“枕草子”:「文芸ジャンキー・パラダイス」
原文 『枕草子』 全巻 :「青空のホームページ」
枕草子(原文・現代語訳) :「学ぶ・教える.COM」



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この読後印象記を書き始めた以降に著者の作品を読み、書き込んだのは次の作品です。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。

『光圀伝』 角川書店


余談ですが、作品に出家した花山と争う場面で登場する藤原隆家については、葉室麟氏の次の作品を読んでいます。こちらも藤原隆家という人物の違う側面が楽しめます。

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』 葉室 麟  実業之日本社


『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅵ』  松岡 圭祐  角川文庫

2014-09-10 21:43:43 | レビュー
 順序として先に読み終えた第9巻や第12巻で、服役中の雨森華蓮という女性が出てくる。万能鑑定士Qという店を経営する凜田莉子が事件に関わることにより、捕まってしまい刑務所に入った詐欺師であり万能贋作者である。その華蓮に凜田莉子が助言を求めたり、レプリカの作製を依頼したりしている。華蓮がどんな事件で莉子との関わりができたのか? 事件簿の逆順読みをしたために、一層関心を抱いていた。雨森華蓮が主犯となる事件がこの第6巻(Ⅵ)だった。

 雨森華蓮はこの作品では常にパンク・ファッションに身を包んで登場する。「髑髏の刺繍が入ったレザー、ゴスなミニブーツに網タイツ、華奢な脚に異様に太くみえるブーツ。ライブハウスでロックバンドでも率いていそうだ」という姿である。年齢は26歳、冷静沈着なな態度。ストレートのショートヘアを明るく染め、瞳は大きく、透き通るような色白の端正な美人顔であり、意外にもメイクは薄い。雰囲気は清純さを残しているという感じなのだ。
 その華蓮がスケールの大きな詐欺を企画実行する。大胆な詐欺行為をプロデュースするという方が適切と言える事件の主犯となるのだ。彼女の存在は、海外からも万能贋作者として要注意人物としてマークされているのだ。
 
 事件の序章は、東京湾埋立地、芝浦埠頭の倉庫街での取引話から始まる。雨森花蓮が20億近い負債を抱え、休業状態にある服飾縫製工場の八木沢社長に新規商品を大量発注する話を持ちかけるのだ。華蓮が埼玉のある工場に発注した商品が、明日からH&Mの各店で販売される。それを見たら信用できるはずだと。納入後に陳列予定のワンピースを見せ、そのフリルに切り取りを入れさせ、華蓮は八木沢にその品が陳列されているのを実見させるという。八木沢は、半信半疑でその手段に乗ってみる。そして翌日、H&Mの店で華蓮の話は本当だと信じるのだ。その結果、華蓮側が提案する商品をコンセプト通りに自己資金で製造して仕上げ、華蓮の指示通りに納入するという条件を応諾してしまう。つまり、完成品は華蓮に詐取されてしまう。冒頭のこの事件の騙しのテクニックもまずおもしろい。
 莉子は以前にラプラドール飯田橋ヒルズ店の事件を解決している。その店長・星合結衣の助言を受けた八木沢社長の秘書・片貝咲良が莉子とコンタクトした結果、莉子がこの工場を訪れることになる。その時点で、八木沢は雲隠れしていた。
 工場事務所で華蓮の発注した製品の型紙を見るなり、莉子はそれがイタリアのニコレッタの新商品の偽ブランド品製造だったことをカンパし、ネット検索で証明する。
 それは莉子が八木沢社長の捜索から始め、事件に足を踏み入れる契機となっていく。

 八木沢社長に同行し、警察署に被害届を出しに行った莉子は、本庁捜査二課の宇賀神警部から、雨森華蓮がICPOで要注意人物とされ、万能贋作者と記録され、詐欺師としてマークされている事実を知る。日本の警察も華蓮の動きを監視し、偽ブランド品の販売を現行犯逮捕したいと考えていたのだった。華蓮はMNC74に取りかかったと発信している事実を見聞する。74番目の新たな偽物づくりの発動宣言である。

 雨森華蓮が万能鑑定士Qの店に現れ、莉子に鎌倉での一泊がてらの鑑定依頼という仕事を依頼しに来る。莉子がこの出張鑑定を引き受けるところから、本格的に事件のステップが展開していくことになる。
 出張鑑定する場所は、手入れの行き届いた広大な英国式風景庭園のある風格のある石造りの三階建て豪邸だった。そこには、着飾った金持ちの婦人たちが数多くいた。招待されていたのは百人前後だった。そして、莉子とは別に2人の男性鑑定士も来ていたのである。慶応大卒の美術鑑定家として名高い折橋智哉と地方の骨とう商・須磨康平である。鑑定士たちは、それぞれ個別に分離され、華蓮の指示依頼に応じて、次々に鑑定をやっていくことになる。莉子は一種の鑑定パフォーマンスの場に引き出されたのだ。
 勿論、莉子は婦人たちを観察しつつ、華蓮の意図を推測し、他の鑑定士の行動にも気をくばる。この豪邸でどんな詐欺行為が始まっているのか、情報収集と論理的思考を重ねていく。しかし、ピンとくるものが得られない。
 華蓮の構想では、この豪邸での鑑定士たちによる出張鑑定は、スケールの大きい企画のための前座であり伏線に過ぎなかったのだ。
 この豪邸での出張鑑定のパフォーマンスにも莉子と華蓮の知恵比べ的な要素がふんだんに盛り込まれている。ストーリーのヒントが伏線的に張り巡らされているステージとして、なかなかおもしろい展開である。ここは、結局華蓮の仕掛けづくりのパフォーマンスの場だったのだ。どこが仕掛けなのか。その狙いは何か。一方、この豪邸で莉子は何に気づいたのか。それが事件解決にどう結びつくのか。この作品を読み楽しんで戴くとよい。
 華蓮は鑑定アイテムとして、次々に興味深い課題を提示し、莉子に蘊蓄を披露させていく。ある意味でこれは華蓮の莉子に対する挑戦であるだろう。この作品の読ませどころはやはりこの豪邸での出張鑑定だろう。

 そして、本格的な詐欺行為の場、つまり「即売会」へと飛躍展開していく。この場への展開に著者はおもしろい経緯をからませている。
 勿論、その場で華蓮が捕まるわけはない。華蓮の構想は用意周到である。

 華蓮逮捕の一幕も、華蓮が手下を欺くという仕掛けづくりがなされた凝った舞台である。勿論、莉子はその仕掛けもあっさりと解明していくのだ。さすが万能鑑定士Qというエンディングである。
 万能鑑定士と万能贋作者、23歳と26歳の博識の女の対決というストーリー。おもしろい作品に仕上がっている。


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本書関連で関心を抱いた語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

H&M ホームページ
H&M   :ウィキペディア

交差点記号化標識「ココ!マーク」が2009年度グッドデザイン賞を受賞しました!
  :「高知県」

国際刑事警察機構  :ウィキペディア
国際刑事警察機構   pdfファイル
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ハワイアンコア  :「木材図鑑」
マホガニー    :「木材図鑑」
イクラ      :ウィキペディア
シークヮサー入り四季柑 :「沖縄バヤリース」

Masterpiece Collection    Noritake
オールドノリタケ  :「EAST LiNK」

ヒヨスチアミン  :「医学用語集めでぃっく」


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万能鑑定士Qシリーズに関心を向け、読み進めてきた作品は次のものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいです。

『万能鑑定士Q』(単行本) ← 文庫本ではⅠとⅡに分冊された。
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅲ』
『万能鑑定士Qの事件簿 Ⅸ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅠ』
『万能鑑定士Qの事件簿 ⅩⅡ』



『曙光の街』  今野 敏  文藝春秋

2014-09-07 22:47:24 | レビュー
 今野敏の小説を読み継いできた記憶では、警察小説で公安ものの作品はほとんどない。刑事ものに公安部が絡んでくるのはいくつか読んだが。この小説は公安警察がロシアからやってくる暗殺者と対峙するというストーリーである。
 
 主な登場人物は以下のとおり。
ヴィクトル・タケオビッチ・オキタ
 元KGBの特殊部隊の一員。その頃の隊長がアレキサンドル・オギエンコ。ヴィクトルはKGBが解体されたあと、失職し傭兵となってボスニア・ヘルツェゴビナで本物の戦いを経験した。その後、戦の場を離れ、モスクワ郊外のドミトロフスカヤに住み、建設現場の力仕事をしている。生きるための金の工面をしなければならないが借りられるあてはないというどん底生活のただ中に居る。
 ヴィクトルは父が北海道の漁師で、母がロシア人だった。陸軍時代にKGBにスカウトされ、モスクワ大学で日本語の専門教育を受けた。ソ連崩壊前は、在日ソ連大使館に赴任し、日本で暮らしスパイ活動をしていたことがある。風貌は父親譲りで日本人と偽っても怪しまれることはない。スパイ活動時代に、右翼団体の思想的バックボーンとなっている大日本報声社の大木三郎に接近し、面識を得ている。
 そのヴィクトルの前にオギエンコが現れ、日本に行きヤクザを一人暗殺して欲しいと依頼する。前金2万ドル。暗殺成功の暁には、報酬2万ドル。必要経費は別に支払うという。オギエンコは何かを持ち去られたようである。ヤクザを暗殺するのは、オギエンコの面子の問題なのだという。
 そのオギエンコは、ヴィクトルに告げる。戦争を体験した兵士のその後の人生は2つに別れる。精神的なトラウマが残るか、病みつきになるかだと。ヴィクトルは病みつきの部類なのだと。建設現場の力仕事は、生きるべき世界と別のところで生きているだけだと。オギエンコは、この依頼を断れば、己のリスクマネジメント上、ヴィクトルが殺し屋に追われる羽目になると断言する。実に一方的な、特殊部隊時代の部下に対する押しつけである。
 結果的に、今現在金の必要なヴィクトルはこの暗殺を引き受ける。
 まあ、だからこそ、このストーリーが始まる訳なのだが。

倉島達夫警部補
 警視庁公安部外事第一課所属。情報収集という名目で人と会い、その話の内容を書類にする。日々書類仕事である。33歳。ノンキャリアの中では出世頭と言われる警視庁の公安部に所属しながら、仕事が面白くなくウンザリした不満な状態に居る。倉島は外事一課に来て2年目。その前は上野署の警備課に所属していた。
 倉島は、上田係長とともに、滝課長に呼び出される。
 滝課長は、2人に指示する。暗殺計画の情報を入手したが、どの程度の政治的な意味があるかは不明。暗殺の標的も不明、だがどうやら指定団体の代表らしい。その暗殺者はロシアからやってくるという話だと。それは「ある筋からの情報だ」とのみ言う。最小限の入手情報資料を2人に手渡す。暗殺者の名前と元KGB特殊部隊所属だったことなど。
 そして、あまり表沙汰にしたくない事案だとして、倉島一人で対処せよと指示する。滝課長はそれが公安警察だと断言する。上田係長は倉島一人では対処不能。チームを組むべきと提言する。だが、滝課長は上田係長に言う。「君が手助けするんだ。公安の命は情報だ。情報さえあれば、何とかなる。君が情報をかき集めて分析し、倉島君をバックアップすればいい」と。体よく2人にこの事案を押しつける。
 上田係長は「えらいものを押しつけられたな・・・」という認識。つまり、与えられた資料だけでは動きようがないという判断。一方、倉島は「しかし、やってくるのはたった一人でしょう」という気楽さ。上田係長は倉島に、当分本庁に来なくてもよい、ヴィクトル・オキタの過去の記録を洗うことから始めよという。この認識ギャップが実におもしろい。倉島は、不満を抱きつつ記録の調査から始めるが、己の認識を徐々に改めて行かなければ事案に対処できないことを自覚していく。

上田係長 
 こけた頬やいかにも神経質そうな眉間の皺、倉島から見れば胃潰瘍に違いないと思うような顔色をしている。公安部の仕事を熟知しているノンキャリアのベテラン。倉島を手助けし、バックアップするための情報収集に徹していく。課長の指示に対し、元KGBの特殊部隊にいて、日本国内でスパイ活動をしていたプロが暗殺者なら、一人や二人でできる仕事では無いと判断している。だが、課長の指示には逆らわない。「上からやれと言われたからには、やるしかない」と。
 この事案が進展していくに連れ、上田係長は独自の判断を発揮し始める。外事一課の仕事そのものに徹するという立場からの行動を開始することになる。このあたりが、面白いところである。それには、それなりの判断と理由が生じて来るのだが。

津久茂行雄 
 有限会社津久茂興業の社長。かつては江田本組の代貸。今は組長である。建前は時勢に合わせ会社運営の形にしているが独立したヤクザ。事務所は巨大な国際新赤坂ビル東館の裏手にある赤坂のマンションの一室にある。
 会社を取り仕切っているのは経済ヤクザの部下達。一方で、武闘派の部下がいる。
 津久茂はヤクザとしてはやり手の一人だが、会社の金と自分の金の区別のつけられない人物。
 夜になると、六本木にあるロシアンクラブ「ビリョースカ」に入り浸っている。そして閉店後に、ホステスを連れ出してホテルにしけ込む日々を過ごす。お目当ては、エレーナ 津久茂興業はいろいろな商売に手を出しているが、水商売には利益採算性から手を出さない方針だった。

兵藤猛
 武闘派ヤクザ。元はプロ野球での外野手でそこそこのスラッガーだった。喧嘩で相手に怪我を負わせ、球団を解雇された。行くあてのないところを津久茂に拾われた恩義を感じている。形は津久茂興業の営業部長だが、実質は津久茂組長の用心棒のような存在となっている。喧嘩なれして腕には自信を持っている。ヴィクトルが津久茂に接近するには障害となる男である。ヴィクトルにとっては、津久茂の傍を離れないこの兵藤をどう排除するかが課題となる。

アレキサンドル・オギエンコ
 元KGBの特殊部隊の隊長。階級は大佐だった。ヴィクトルの元上司。KGB解体後、派閥争いで敗れ解雇される。ヴィクトルの前に現れたときは、ロシア・マフィアと成っていた。ヴィクトルに依頼したヤクザの暗殺は、取引上のトラブルだという。裏切りを許さない、日露の同じ稼業の連中への見せしめだという。オギエンコがヴィクトルに依頼した暗殺には、別の目的が秘められていた。そこがこのストーリー展開をおもしろくするところである。

滝課長
 警視庁公安部外事一課の課長。切れ者の上司。ソ連崩壊前の冷戦時代からずっと公安の業務に従事してきた人物。KGBのプロがどんなものか熟知しているはずの滝が倉島と上田の二人に限定してこの事案の阻止を命じたのだ。なぜなのか? それはヴィクトルの行動の中から徐々に浮かび上がっていく。ヴィクトル追跡を通じて、倉島と上田係長はその真の意図を理解し始める。

エレーナ
 ビリョースカでホステスとして働いている。ロシアから日本に来たばかりの18歳の女性。津久茂が今入れあげているホステスである。兵藤の目からみると・・・・驚くほどの美貌、完璧にデザインされた人形のようであり、黒い髪にダークブラウンの眼。目が大きく潤んだように輝いている。鼻がつんと尖っているが、頬はふっくら、ロシア人特有の白く滑らかな肌。幾分か東洋的な感じ、モンゴロイドに近い顔立ち・・・・・に見える。
 そして、このエレーナが鍵となっていく。意外な展開が始まる要因になる。

大木三郎
 大日本報声社の代表者。六本木通りに面した渋谷二丁目にあるマンションの一室を拠点としている。右翼団体でマイクロバスの街宣車1台という小規模団体。だが大木は大木天声というペンネームで右翼団体の思想的バックボーンとなっている人物。非凡な文才があり、情報通である。日本の民族主義的政治団体や暴力団に豊かな人脈を築き、情報網としている。裏情報に長けている。居合い抜きの高段者であり、手許に白木鞘の日本刀を置いている。
 かつて、山田勝と名乗ったヴィクトルとの交流がある。ヴィクトルに一度助けられたが、騙されたという経験を持つのだ。ヴィクトルの正体を既に知っている。それを承知で、ヴィクトルは日本に潜入後、大木に会いに行く。ヴィクトルと大木との間の、このストーリー展開の中での微妙な関係が面白い。大木は要所要所に登場するだけなのだが。重要なインパクトを及ぼす要因となる。

 さてこれらの登場人物がどう関わっていくのかがこの作品の面白さである。
 興味深い点を3つ挙げておこう。
1.冷戦時代に日本でスパイ活動に従事していた経験のあるヴィクトルが、久方ぶりに潜入した日本で、ヤクザの暗殺を実行するために、どのような準備をして、どのように行動するか。暗殺者の視点からの行動プロセスの興味深さである。
  日本への入国方法、入国後の情報収集方法、所在地を捕まれないようにする方法、己の存在を消す方法・・・・などなど。そして、どんなやり方で暗殺を実行に及ぶのか。
  単に金の為だけと割り切らず、暗殺を依頼された理由に執着し続けるという点が興味深い。それがまた、このストーリーの梃子になっている。

2.倉島という公安部2年目で多少能天気な不満分子が、上田係長のいう「えらいものを押しつけられた」という認識の意味するところを、実体験していく中で自己認識していくプロセスのおもしろさである。そこには上田係長の目を通した公安部の存在・あり方も語られる。倉島が公安部不満分子から公安部の人間に変身していくプロセスでもある。
  公安部の情報収集のやり方、刑事警察との違いなどもわかって興味深い。
  滝課長は、倉島に言う。「そろそろ公安らしい仕事をしてもいい頃だ。しっかりやってくれ」と。それは、滝課長に明確な結果としてフィードバックされる。まさに公安の仕事として。

3.この作品のストーリー構成のおもしろさ。暗殺者の行動プロセスと公安部の行動プロセスを対比的に描きながらその対峙を交錯させていくという暗殺行為の実行・阻止プロセスが描かれる。その中で、なぜヤクザ一人の暗殺がそれほど重要なのかという謎解きプロセスが底流に並行していく。そして、その謎が明らかになると、その暗殺計画は意外な様相を帯びたものだったことが解り始める。ヴィクトルと倉島がそれぞれの立場でどう対応していくのか。
  暗殺者追跡劇と謎解きによるどんでん返しの劇的展開という入れ子構造の構成が読みどころである。
 
 2001年11月に単行本が出版された。13年前の作品だが、古さを感じさせない。一気読みできる作品に仕上がっている。
 末尾はこうである。タイのプーケット島でのシーン:
 「エレーナが笑いを取り戻した。
  それだけでもいい。ヴィクトルはそう思い、再び、沈みゆく夕日に眼を向けた。」

 なぜ、そんなエンディングになるのか? お楽しみあれ。

 ご一読ありがとうございます。


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本書関連の語句をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。

警視庁の組織図・体制 :「警視庁」
警視庁公安部  :ウィキペディア
公安警察とは  :「元敏腕刑事 小川泰平が語る刑事と公安」
 第2回「公安警察と刑事警察」、第3回「刑事から見た公安警察」というページあり。

暴力団  :ウィキペディア
元・組員に聞いた!「こいつヤクザだな」って男の特徴9つ【1/3】 :「Menjoy!」

ソ連国家保安委員会(KGB) :ウィキペディア
KGB  From Wikipedia, the free encyclopedia

シグザウエル P220  :「MEDIAGUN DATABESE」
S&W M36  :ウィキペディア
ワイヤーソー 切断動画 切断テスト  :Youtube

アフガニスタン紛争 (1978年-1989年)  :ウィキペディア
アフガニスタン紛争(1989年-2001年) :ウィキペディア
アフガニスタン紛争 (2001年-)    :ウィキペディア
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争    :ウィキペディア

プーケット :「タイ国政府観光庁」


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新3版

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新3版

2014-09-07 22:24:40 | レビュー
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記だけのリストです。
こんな作品を読み継いできました。
興味・関心の趣くままに読み継いできた順番です。
更新2版のリストの上に、2014年8月までの読後印象掲載分を上に追加しました。
出版年次の新旧は前後しています。

『連写 TOKAGE3-特殊遊撃捜査隊』  朝日新聞社
『フェイク 疑惑』 講談社文庫
『スクープ』 集英社文庫
『切り札 -トランプ・フォース-』 中公文庫
『ナイトランナー ボディガード工藤兵悟1』 ハルキ文庫
『トランプ・フォース 戦場』 中公文庫
『心霊特捜』  双葉社
『エチュード』  中央公論新社
『ヘッドライン』 集英社
『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社
『羲闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『内調特命班 邀撃捜査』 徳間文庫
『アクティブメジャーズ』 文藝春秋
『晩夏 東京湾臨海署安積班』 角川春樹事務所
『欠落』 講談社
『化合』 講談社
『逆風の街 横浜みなとみらい署暴力犯係』 徳間書店
『終極 潜入捜査』 実業之日本社
『最後の封印』 徳間文庫
『禁断 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『陽炎 東京湾臨海暑安積班』  角川春樹事務所
『初陣 隠蔽捜査3.5』   新潮社
『ST警視庁科学特捜班 沖ノ島伝説殺人ファイル』 講談社NOVELS
『凍土の密約』   文芸春秋
『奏者水滸伝 北の最終決戦』  講談社文庫
『警視庁FC Film Commission』  毎日新聞社
『聖拳伝説1 覇王降臨』   朝日文庫
『聖拳伝説2 叛徒襲来』『聖拳伝説3 荒神激突』  朝日文庫
『防波堤 横浜みなとみらい署暴対係』  徳間書店
『秘拳水滸伝』(4部作)   角川春樹事務所
『隠蔽捜査4 転迷』    新潮社
『デッドエンド ボディーガード工藤兵悟』 角川春樹事務所
『確証』   双葉社
『臨界』   実業之日本社文庫