遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『輝山』  澤田瞳子  徳間書店

2021-12-31 14:47:24 | レビュー
 現在の島根県西部は、江戸時代、石見国と称され、天領(幕府領)、津和野藩と浜田藩が分有し支配していた。江戸幕府は大森町に大森代官所を置き、石見銀山附御料を支配する役所とした。この代官所は江戸幕府開闢以前から銀の産出地である杣の山を御直山として擁し、銀採掘の生産管理・搬出・輸送等を監視する重要な任務を担っていた。代官所は大森町にあり、鉱山である銀山・杣の山などの地域は銀山町と称された。
 この大森代官所は江戸に置かれた勘定所の直轄支配を受ける体制下にある。
 岩田鍬三郎は50歳で大森代官所の代官として赴任する。彼は有能な藤田幸蔵に目をつけ元締手代として起用し石見国に伴って行った。

 このストーリーの中心人物は、大森代官所の中間として働く金吾である。彼は岩田代官に従って江戸から石見銀山までやって来た。なぜか?
 金吾はかつての上役である小出儀十郎の甘言にのり、代官・岩田鍬三郎を探れとの密命を受け入れたのだ。岩田代官の任務に落ち度があれば、それを密告するというのが彼の密かな使命となる。だが、金吾は岩田代官に関わる問題事象を代官所内の勤めからは容易に見つけることができなかった。
 金吾は、代官所に来た翌年、杣ノ山の守り神である佐毘売山(さひめやま)神社の祭の行事として、岩田代官が参詣するのに従う。そして、初めて大森町から銀山町に入る経験をした。そして、銀山町であれば、代官所のある大森町では聞けない岩田代官の噂話を耳にできる機会があるかもしれないと考えるようになる。その結果、代官所での勤務後に銀山町に足繁く出かけるという行動に出る。
 金吾は徳市という主人がやっている飯屋に出入りするようになり、徐々に銀山町の実態、人々が代官所や代官をどのように思っているかを知悉するようになっていく。

 金吾が中間として赴任し、当初「けどまあ、それも2,3年--いや、早ければ1年程度の辛抱だ」(p13)と胸算用をしていたのに反して、その歳月が7年を過ぎるという経緯を辿ることに・・・・・。その期間に銀山町では様々な出来事が発生し、金吾も巻き込まれて行く。
 
 この小説には2つのテーマがあると受けとめた。
 テーマの一つは、江戸時代の天領であり鉱山町である石見銀山という一つの社会を具体的な人間の営みとして描き出すという試みだと思う。そこには様々な視点があり、銀産出がどのような状況のもとで実行され、人々がどのような仕事を担い、どのような生活状況にあったか、何が問題となっていたか・・・・、それら様々な事象を含む総体として描き出されていく。
 代官所の仕組みと役割。江戸から赴任する代官とその家臣対土着の銀山役人の関係。大森町と銀山町の関係。町境の口屋(番所)の機能。御直山と自分山の区分。代官所と山師の関係。堀子・手子(てご)・柄山負(がらやまおい)という鉱山労働での機能分化とその実情。銀山町の一昼夜は一番から五番に五分割された24時間体制。間歩(坑道)と鉉(つる、鉱脈)から採掘される鏈(くさり、鉱石)と吹屋(製錬所)。吹屋を営む銀吹師。吹大工・灰吹師とユリ女(素石と正味鏈の選別をする女衆)。鏈拵(くさりごしらえ、選鉱)。民間の裏目吹所での花降上銀への精製。間歩で働く堀子たちがこぞって罹患する病(職業病)が気絶(けだえ)。・・・・・石見銀山に住む人々の営みが見えて来る。
 金吾は徳市の飯屋で、大谷筋の藤蔵という山師の下で働く堀子頭の与平次を知り、親しくなっていく。与平次を介して、惣吉・小六・市之助・増太郎・・・・と銀山町の人々との関わりが広がる。徳市の店の使用人・お春との関わりも深くなる。与平次はお春を想い続けているのだが、お春には心に秘めた想い人がいる。そのお春の想い人がストーリーの後半に登場し、金吾との接点ができていくことに・・・・・。

 もう一つのテーマは、金吾に与えられた密命の持つ意味の謎解きである。金吾は小出儀十郎から岩田代官の失策・不祥事等を暴くという密命を与えられ江戸から赴任してきた。だが、その密命の背景は金吾には知らされていない。岩田代官を貶めるという意図にはどのような企みが隠されているのか。その謎解きは金吾の人生に関わることになる。

 ストーリーの前半は、相対的にとらえると、金吾が銀山町に入り込んで行くプロセスを主に描く。最初のテーマにウエイトがかかっていく。そして、後半になると2つめのテーマに比重がシフトしていく。勿論、後半は、前半の石見銀山における岩田代官の治政が前提となって展開することではあるが、金吾に与えられた密命の背後に潜む意図についての謎解きとなっていく。
 7年を過ぎるまで、金吾は小出儀十郎に密告するに値する問題事象を見つけられずに時を過ごす。逆に金吾は岩田代官を敬服するようになっていく。
 江戸幕府の老中首座に任ぜられた水野越前守忠邦は、改革の一環として江戸に蔓延する浮浪人の粛清策を取るようになる。捕らえた無宿人たちをそれぞれの本国に送還し、そこで社会復帰させる改心策に期待するという方針を打ち出した。それにより、岩田代官が支配する石見銀山附御料にも、8人の無宿人が送還されてくることになった。無宿人たちを石見銀山で働かせるということになる。何と、その無宿人の送還に今は普請役となっている小出儀十郎が押送使という役目で同行し大森に乗り込んで来るという。
 小出儀十郎が大森に来ることから事態が急展開していくことに・・・・・。

 ストーリーの最終段階で次の一節が出てくる。引用しておきたい。(p401)
「あの時、鉛色の雲をいただいた巨山は、立ち入る者の命と引き換えに銀を産む恐ろしい山と映った。だが与平次が--徳市の店に出入りするすべての堀子たちが、これから先もあの山深くで生き続けていると思えるとすれば、杣ノ山は彼らの命を奪う恐るべき山ではない。銀山町の人々のみなを深く懐に抱き、その命の輝きを永遠に宿し続けるいのちの山なのではあるまいか。」
 本書のタイトル「輝山」は多分ここに由来すると思う。

 ストーリー全体は興味深い構成となっている。江戸時代の石見銀山の状況を具体的に知り、イメージしやすくなるという点でも有益なフィクションである。今、石見銀山は世界遺産に登録された史跡観光の名所になっている。石見銀山を一度訪れて見たくなった。
 石見銀山観光をする前に、この小説を読んでおくとよい。金吾が銀山町で見聞し体験したストーリーの状況を現地で思い描いてみることである。現状の史跡石見銀山の姿に歴史の奥行をヴァーチャルに重ねることに役立つ。史跡石見銀山を数倍楽しめることになるかもしれない。
 
 本書は、学芸通信社の配信により、日本各地の諸新聞に掲載(2018年3月~2020年5月)された後、大幅な加筆修正を経て、2021年9月に刊行されている。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心事項をネット検索してみた。一覧にして起きたい。
石見国  :ウィキペディア
石見銀山  :「NHK for school」
石見銀山世界遺産センター  ホームページ
  県指定史跡 石見銀山御料郷宿田儀屋遺宅 青山家
  「竣工記念公開」のお知らせ【11/14(日)】  
石見銀山遺跡について :「島根県」
    石見銀山遺跡の概要
    石見銀山の歴
石見銀山 :ウィキペディア
特集 世界に輝いた銀鉱山への旅 石見銀山-島根県太田市 :「Blue Signal」
歴史をいかした街並み「石見銀山御料・大森の町並み」:「国土交通省中国地方整備局」
世界遺産 石見銀山 :「なつかしの国石見」
石見銀山遺跡とその文化的景観 (世界遺産登録年:2007年) :「文化遺産オンライン」
石見銀山資料館  ホームページ
アニメで分かる石見銀山  :「石見大田法人会」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


徒然に読んできた著者の作品の中で印象記を以下のものについて書いています。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』  光文社
『駆け入りの寺』  文藝春秋
『日輪の賦』  幻冬舎
『月人壮士 つきひとおとこ』  中央公論新社
『秋萩の散る』  徳間書店
『関越えの夜 東海道浮世がたり』  徳間文庫
『師走の扶持 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  徳間書店
『ふたり女房 京都鷹ヶ峰御薬園日録』  徳間書店
『夢も定かに』  中公文庫
『能楽ものがたり 稚児桜』  淡交社
『名残の花』  新潮社
『落花』   中央公論新社
『龍華記』  KADOKAWA
『火定』  PHP
『泣くな道真 -太宰府の詩-』  集英社文庫
『腐れ梅』  集英社
『若冲』  文藝春秋
『弧鷹の天』  徳間書店
『満つる月の如し 仏師・定朝』  徳間書店

『仮面山荘殺人事件』  東野圭吾   講談社文庫

2021-12-29 20:13:50 | レビュー
 森崎朋美には子供の頃からの夢があった。父が所有する別荘の近くにあり、花に囲まれた白くて小さな教会で結婚式を挙げることだった。朋美の父は製薬会社を経営する企業人である。朋美は小さなビデオ制作会社を経営する樫間高之と結婚することになる。この小さな教会で結婚式ををあげ、東京で改めて披露宴をするということで両親との折り合いもついた。朋美は精力的に準備に邁進し、教会側との打ち合わせも殆ど1人でこなす程だった。全てが順調に進んでいた。結婚式まであと1週間と迫ったとき、悲劇が起こる。
 朋美が教会側との最終的な打ち合わせを終えた後、「教会から高速道路の入り口に向かう途中の山道で、ハンドル操作を誤ってガードレールに激突し、そのまま転落したのだ」「事故の目撃者がいた。その者の話によると、ハンドル操作を過ったというよりも、殆どハンドルをきる意思はなかったように見えたということだった。」(p11)
 事故死として取り扱われることになる。

 森崎家では、毎年夏になると別荘に人々が集り数日間の避暑を楽しむことにしているという。朋美の死から3ヵ月が経っていた。高之は朋美の父、森崎伸彦から別荘での避暑に誘われて、参加することになった。本来なら朋美の夫として参加するはずだったのだ。
 
 高之は、別荘に到着し、玄関の木製の大きなドアのすぐ上に木彫りの仮面が取り付けられていることに気づいた。不思議な迫力を持つ仮面で、外国土産として伸彦が買ってきた魔除けの類だろうと高之は想像した。本書のタイトル、仮面山荘のネーミングはここに由来があるようだ。そして、もう一つこのネーミングには秘められた意図がある。読了して気づいた。それがこのストーリー全体にかかわっているという点だけ触れておこう。

 このストーリーは、結婚式の直前に朋美を失った高之の状況をプロローグで描いたあと、「第一幕 舞台」「第二幕 侵入者」「第三幕 暗転」「第四幕 惨劇」「第五幕 探偵役」「第六幕 悪夢」という構成になっている。
 
 この仮面山荘に招待され集まったメンバーをまず挙げてみよう。
 森崎伸彦 製薬会社の経営者で、山荘所有者。無免許
 森崎厚子 伸彦の妻。無免許。
 森崎利明 伸彦の息子。朋美の兄。伸彦の会社の部長、幹部候補生。30歳すぎ
 下条玲子 伸彦の有能な秘書。
 樫間高之 朋美の夫になる筈だった男。ビデオ制作会社を経営。
 篠 雪絵 朋美の叔父・篠一正の娘。朋美との親交が深い。父の学習塾経営を手伝う
 木戸信夫 篠一正の主治医。雪絵に一方的に執心。信夫の父は伸彦の又従兄にあたる
 阿川桂子 朋美の友人。昨年22歳で某小説誌の新人賞受賞。作家

 この仮面山荘だけがこのストーリーの舞台になっている。
 高之が山荘に到着してしばらくしたとき、2人の制服警官が訪れる。たまたま最初に高之が応対することになった。警官は挙動不審な男を見かけなかったかと質問してきた。この付近で不審な男を捜索中なのだという。そこに伸彦と利明が加わる。気づかなかったという返答に警官は失望の色を見せた。が、山荘への道を戻ったところにある派出所にいて、時折巡回するが迷惑をかけることはないと告げた。それから30分ほどして、最後の1人である阿川桂子が到着する。
 山荘の宿泊部屋はすべて2階にあり、高之はこれまでなら朋美が宿泊していた2階の一番奥の部屋を使うことになる。
 夕食の食卓での話題は、まず阿川が先日発表した小説の話になるのだが、その後は、いつしか自ずと朋美の死が話題となっていく。阿川が「動機については、あたしにもはっきりとはわかっていません。だけど、朋美が誰かに殺されたのは間違いないと思います」(p41)と自信に満ちた発言をした。ここから、朋美が単なる事故なのか、殺されたのか、自殺なのか・・・・という点が改めて探究すべき課題になっていく。
 阿川は朋美がペンダント型のピルケースを持っていたことに着目していた。朋美は生理痛がひどかったため、中に白いカプセルを2つ入れて身につけていたというのだ。その中身が、睡眠薬のカプセルとすり替えられていたのではないかと・・・・・。

 午前4時すぎ、高之はドアをノックする音を聞く。ジュースを飲もうと台所に降りて行った雪絵が人の気配、聞いたことのない男の声に気づき、高之に知らせに来たのだ。高之と雪絵は足音を殺して階段を降り厨房内を調べてみる。結果的に2人の侵入者につかまることに。ピストルを持つ小柄な男はジン、ライフルを持つ大男はタグと呼び合った。小柄なジンが大男のタグに指示する立場だった。ジンは仲間が来るまでこの別荘に居続けるという。8人は銃を持つジンとタグの人質となり監禁される状況に転換する。
 最初は全員が1階の一箇所に集められた。警察に告げないからそっと出て行ってほしいという伸彦の交渉は勿論、即座に拒絶される。銃を突きつけられ監禁され、なす術のない異常な状況だが、8人にとっての話題は朋美の死に戻って行く。ジンは、なぜかその話題に興味を示し、8人に自由にしゃべらせたのだ。山荘内での時間つぶし、退屈しのぎと思ったのかもしれない。

 監禁状況の中で、下条、高之、利明は山荘からの脱出を試みる策を立てるが、失敗に終わる。妨害が起こっていた。8人の内の誰かが妨害したとしか考えられない。
 そして、遂に1人が2階の部屋で殺される事態が起こる。状況から考えて、犯人はジンとタグの2人とは考えられない。つまり、犯人は7人の中の誰か・・・。なぜ、殺されたのか。疑心暗鬼は一層深まり、パニック状態に・・・・・。
 だが、時間が経てば、再び極限状態の中で、話題は朋美を殺した犯人が誰かに戻っていく。阿川がやはり自説を主張する。下条が探偵役を引き受けて、朋美の死と山荘内での殺人についての事実を整理していく。

 ジンとタグが待っていたフジと呼ばれる男が山荘に到着する。そこから状況が大きく動き出す。彼等が立ち去る時、7人の命はどうなるのか・・・・・。

 最後にあっという大きなどんでん返しが仕組まれていた。読者を驚かせるエンディングとなる。

 よくぞ、こんなプロットを考えたものだ・・・・と感心する。読後に振り返ると、各所にさりげなく伏線が敷かれていたことに気づく。地の文の表現だけでなく、状況の文脈でのさりげない会話の言い回しの中にも伏線があったりする。おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

ふと手に取った作品から私の読書領域の対象、愛読作家の一人に加わりました。
次の本を読み継いできています。こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『白馬山荘殺人事件』  光文社文庫
『放課後』  講談社文庫
『分身』  集英社文庫
『天空の蜂』  講談社文庫

東野圭吾 作品 読後印象記一覧 1版  2021.7.16 時点  26作品

『ヒトイチ 画像解析 警視庁人事一課監察係』 濱 嘉之  講談社文庫

2021-12-28 17:05:43 | レビュー
 「ヒトイチ」シリーズの第2弾、文庫書き下ろし。2015年11月の刊行。
 「第一章 拳銃自殺」「第二章 痴漢警部補の沈黙」「第三章 マタハラの黒幕」という三章構成で、各章の末尾には、榎本博史と婚約者・菜々子との間の私生活でのエピソードが小咄風に挿入されていく。これが2人の間での時の流れを綴っている。刑事の妻になる予定の菜々子のちょっとピントのズレた、警察社会をわかっていない天然的会話が息抜きになっておもしろい。
 今回も章構成となっているが、内容的には短編連作集ととらえることができる。
 各章ごとに、読後印象も交え簡単にご紹介してみたい。

<第一章 拳銃自殺>
 蒲田署内に立った特別捜査本部に本部の捜一から応援に来ていた刑事・梨田賢一郎巡査部長32歳が、本人に貸与されていた拳銃で自殺した。右こめかみを打ち抜き即死した模様だという。扱っていたのは強姦殺人事件である。被害者はマッサージ店勤務の20代の女性で、整体師の資格保有者。自宅マンションで殺害された。
 犯人は自動録画機能付きのインターフォンを押していたので、前歴者カードから三木谷義紀と判明。強姦未遂、強制猥褻などの前歴があった。梨田は追跡班に属し、錦糸町駅の防犯カメラを手がかりにインターネットカフェまで追い込んでいたという。梨田は明け方午前4時に単独捜査で三木谷の潜むインターネットカフェを探し出した。だがその40分前に、三木谷はインターネットカフェを退店していた。また、梨田はすでに警部補試験に合格し、来春、管区学校への入学を控えていたという。
 仕事熱心な捜査官であり、昇進も間近にみえる梨田がなぜ拳銃自殺をしたのか。
 榎本は部下とともに、事件被疑者・三木谷の経歴を調べ挙げる一方で、梨田の身辺事情を調べて行く。そこから意外な事実が見え始める。
 また、科警研による自殺に使われた拳銃鑑定で、発射残渣が確認され、数日以内に二発発射されている事実が確認された。
 防犯カメラに記録された画像の解析とその解釈が大きな決め手となっていく。
 情報をどのように収集し、分析し、読み込んで行くかの重要性を感じる小編である。
 この短編は送信者・梨田賢一郎から小池警視総監宛の送信期日指定メールの全文内容で締めくくられる。そこには、一つの重要な問題提起が含まれていると感じる。

<第二章 痴漢警部補の沈黙>
 電車内で起こった2の痴漢事件が取り上げられる。まずは、JR埼京線快速内での中年男による痴漢事件。「やめて下さい・・・・この人痴漢です。」セーラー服姿の女の子の声で、犯人は捕まった。犯人は警視庁本部の57歳の刑事だった。その顛末がいわばこのストーリー展開の前座になる。
 だが、連続してもう一つの痴漢行為の逮捕事案が発生した。鉄警隊東京分駐所当直係長の橋爪から榎本に電話連絡が入る。総武線快速の新日本橋と東京間で現行犯逮捕されたという。被害者は私立高校の2年生、小河原真由子。逮捕者は被害者の友人で大学1年生の柿原新司。容疑者は警視庁組対四課、警部補、高橋義邦、51歳である。連絡によると、容疑者は痴漢行為を否認するのではなく、事件については完全に黙秘しているという。
 高橋は、なぜ事件の否認ではなく、完全黙秘をするのか。まず榎本は組対四課の居座り昇任組の1人高橋警部補の過去十年の勤評定を確認した。高橋の完全否認それ自体がまず謎だった。榎本は兼光警務部参事官兼人事第一課長に事件の報告をする。その際、人事記録を見る限り、事件を黙秘するような者ではないと私見を述べた。違和感を感じる点を表明したのだ。
 榎本はふと公安部公安総務課山下係長に相談してみることにした。高橋がハメられた可能性を考慮したのだ。動きの早い山下係長からの回答がトリガーとなる。被害者の小河原真由子はその筋の関係者として名前が出てきたという。榎本は高橋の経歴を調べ始める。
 こちらの痴漢事件は、対照的に謎の部分が大きく広がっていき、思わぬ展開へと進展していくところがおもしろい。そこには、女子高校生の母に対する思いが、彼女の意に反して、悪用されるという企みが絡んでいた・・・・。
 結論を記そう。完全黙秘を貫く高橋警部補は、地方裁判所から出された釈放指揮書に基づき検察官命で釈放されるに至る。それまでの榎本と部下たち並びに山下係長らの行動をお楽しみいただくとよい。さらに、最後のオチが興味深い。

<第三章 マタハラ黒幕>
 男女平等が声高に叫ばれても、警察組織は依然として男性優位社会である。その中で女性の産休に関わるマタニティハラスメントの問題がテーマになっている。それも少し極端化した想定になっているところが興味深い。
 西多摩警察署地域課課長の栗山は怒っていた。地域三係の時田菜緒子巡査長が3年連続で妊娠および、妊娠症状対応休暇の承認手続きをしてきていることに関連していた。木村課長代理は課長にマタハラに繋がる発言を抑えるように頼んだが、課長はマタハラが何か理解していなかった。
 訟務課庶務担当管理官から榎本に電話が入る。時田巡査長が流産したことを契機に、時田は市民運動家とともに地域課長を訴え、裁判を起こしたと言う。告訴人は時田菜緒子29歳とその夫時田忠正42歳。忠正は西立川署地域課巡査長である。この告訴が発端となる。
 2人は大卒で、結婚と同時に勤務評定結果は下り始め、ともにD評価にまで落ち込んでいる。分限(身分保障の限界)レベルなのだ。人事記録に記載の友人について全員虚偽申告であることがわかったという。一方、地域課長にも問題があり、課長人工衛星とみられているという。
 この告訴事案は、総監報告事項として対応が始まって行く。流産とマタニティハラスメントとの因果関係の解明は勿議論の俎上に上るだろう。一方、マタハラという人権問題を錦の御旗に掲げる背景に潜む意図、思惑、及び人間関係、団体組織の解明が始まって行く。組織防衛的視点も含め赤裸々な側面に踏み込みながら、リスクマネジメントの事例ともいうべきプロセスが進展していく。榎本は公安部長から「現時点での監察の落としどころはどの点を考えているんだ?」と問われる立場にもなっていく。

 兼光人事第一課長と榎本の間で次の会話が交わされる場面もある。(p294)
榎本「様々なハラスメントというものは、被害当事者個人の認識によって変わると思います。些細な言動で傷つく人もいるでしょうし、一概に論ずることはむしろ困難な気がするのです。」
兼光「それでは裁判にも対応できないのではないかな。敵の出方を見る前に想定できる内容を精査しておく必要がある。」
榎本「悲観的に準備しておく、ということでしょうか」
兼光「イグザクトリーだ」

 ちょっと極端な設定であるが、ストーリーとしては実に興味深い。
 
 ご一読ありがとうございます。

こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『ヒトイチ 警視庁人事一課監察係』   講談社文庫
『警視庁情報官 ノースブリザード』   講談社文庫
『院内刑事 ブラックメディスン』 講談社+α文庫
『院内刑事』   講談社+α文庫

===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2021.9.14現在 1版 21冊


『クラシックシリーズ5 千里眼の瞳 完全版』 松岡圭祐  角川文庫

2021-12-22 14:27:28 | レビュー
 クラシックシリーズの第5弾。奥書によると、小学館文庫として2002年6月に刊行された『千里眼 メフィストの逆襲』と、『千里眼 岬美由紀』を一冊にし、加筆・修正し完全版として、平成20年(2008)11月に角川文庫として刊行された。旧版を読んでいないので、この完全版の読後印象を記す。

 山手トンネル事件終結の3日後、報道記者たちが現場に出入りしトンネル内の惨状を実見する。一方、あと3日で合同慰霊祭が行われるという時点で、遺族と生存者の心のケアに動員された臨床心理士は2000人を超えるという。その臨床心理士たちを前に、嵯峨は理事会の合意事項を説明する。臨床心理士は合同慰霊祭に一切関わらないこと。由里佐知子にたとえ拉致されても、いっさい口をきいてはならないと。
 このストーリーはそんな場面から始まって行く。

 由里佐知子は岬美由紀に、山手トンネル内で、四十九日後に再来すると予告していた。その由里の行方は不明のままである。合同慰霊祭は極秘の内に行われることになっていた。
 だが、由里はその場所を難なく掴み、フェイクニュースでイランに出現したと欺き、合同慰霊祭の行われる場所の近くに出現する。そこが美由紀と由里の最後の対決場所となる。合同慰霊祭には、積載量10トンクラスのダンプトラックが現れる。由里は自分の読み通りだったと笑みをこぼすが、美由紀はその裏をかいていた。ここでの対決が最初の山場となる。ジャムサが由里に協力するがあだとなる。
 国土交通省で身柄を拘束された鬼芭阿諛子は、取り調べに対して黙秘を続けていた。ジャムサは阿諛子に教祖の最後を伝え、教祖の遺したものという容量2ギガバイトのSDカードを届けると遂にそこで死ぬ。阿諛子は脱走を試み、正門に向かったが、無駄なあがきと判断する。だが、なぜかそこに国家公安委員会、警察庁の人間と思える男が阿諛子に近づき、「ひとつ聞きたい。警察で働いてみる気はないかね?」と尋ねたのだ。
 この場面の後、このストーリーから阿諛子の姿は消える。読者には謎が残る。この壮大なシリーズの将来への伏線が敷かれたということか・・・・・。

 このストーリー、岬美由紀はこの後、様々な場所に出現して、様々な事件に関わって行かざるをえなくなる。東奔西走の行動が描き込まれていく。ストーリーの流れに沿って、そのアクション、エピソード項目を時系列でご紹介してみよう。

1. マンションの自室で眠りについた美由紀は、なぜかロゲスト・チェンにより、メフィストの特殊事業部によるドリーマーズ・プログラムを体験させられる。ストーンヘッジ(環状列石)の場所を体験させられ、話は超能力を発揮した御船千鶴子の話に及ぶ。

2. 場面は転換し、4年前、美由紀24歳の誕生日の時点に時が遡る。場所は小松基地。仙堂芳則司令官の指揮下にある航空自衛隊航空総隊本部。美由紀は二等空尉のジェットパイロットだった。仙堂はパイロットを呼び出して告げる。潜水艇が日本の領海内に侵入、および領海ぎりぎりの位置に北朝鮮側の高速ミサイル艇が確認された。海上保安庁の巡視船が警備に入っている。北朝鮮側の戦闘機が領海侵犯してくる可能性が充分考えられる、と。
 スクランブル発進の緊急事態なら、仙堂の取ったこの行動に対し美由紀は疑義を抱くことになる。その発言の裏にある状況を推測していく。美由紀は状況判断から北朝鮮側による拉致事件の発生を予測していた。発進した美由紀は、遭遇する事態に独自の行動を取っていく。その顛末がすさまじい。 この事件は、美由紀が自衛官を辞める直接の因となる。美由紀は見知らぬ誰かを見殺しにしたという激しい自責の念に囚われた。
 この顛末は、美由紀が自衛隊の記憶を夢に見たことだったというオチがつく。だがそれは美由紀の信念と思考、行動力を一層明瞭にしていく挿話となっている。一方、それは伏線でもある。

3. 8月9日、長崎に原爆が投下された日。恒例の平和集会の場に美由紀は来ていた。そこで、外務省政務官八代武雄が仲介となり美由紀は星野昌宏に引き合わされる。星野は新潟で商社に勤務する民間人。4年前、星野の娘、13歳の亜希子が失踪した。北朝鮮の拉致疑惑があると言う。なぜ八代が仲介するのか。そこには東京ディスニーランドに行きたいと子共とともに来日した金正男らしき男が絡んでいた。金正男と子供は既に国外退去となっていたが、同行していた女性は入国管理局に拘束された。金正男らしき男は4年前の拉致の可能性を語ったという。同行の女性は李秀卿と名乗り、只者でないことは分かるが正体不明。だが、星野亜希子さんをはじめ、日本人拉致疑惑に関して多くのことを知っている可能性があると見られているという。
 美由紀は星野亜希子の拉致疑惑問題に関わっていくことになる。つまり、李秀卿に会い、情報を探り出して欲しいという依頼である。外務大臣が総理の容認を得た事案になっているという。
 この事案が、紆余曲折を経ながらだがこの第5弾のメイン・ストーリーになっていく。したたかな李秀卿と美由紀の心理面での対決が理論的分析という側面も含めて実に興味深い。李秀卿は美由紀と対面すると、美由紀を己の立場と「うりふたつだ」と執拗にいうのだから・・・・。
 また、北朝鮮の人民思想省という機関の存在が重要な要素として登場してくる。
 一方で、李秀卿は日本で臨床心理士の資格を取るために韓国籍の沙希成瞳として過去に入国してきていたのだった。その結果、蒲生・嵯峨と一緒に、李秀卿を社会見学という名目で都内の各所の実際を見せるという行動も実行されることになる。だが、一瞬の油断で、李秀卿が蒲生の前から消える事態に立ち至る。
 一月後、蒲生に外線で星野亜希子と名乗る女から電話がかかってきた。状況は急転換していく。嵯峨と蒲生が亜希子に対応して行く。状況が解明される。
 李秀卿の件は、舞台がアメリカに転じて行くということに・・・・・。美由紀はアメリカに飛ぶ。さらに、アフガニスタンに舞台が移る。それはなせか。お楽しみいただきたい。

4. 長崎で地下駐車場に駐めていた美由紀の車、アストンマーチンDB9が奇妙な男により刃物でボンネットに落書きされ傷つくというハプニングが発生する。現場を美由紀は目撃した。犯人は野村清吾。そこに長崎医大の精神科医、田辺博一が現れる。田辺は美由紀の意見を聞きたくて探していたところだという。妄想性人格障害に陥っていると推察されると彼は言う。この野村清吾の携わっていた仕事が重要な伏線となっていく。
 美由紀は野村に関わったことから、ジェット機を操縦し、東京と長崎を往復するという行動力を発揮するに至るのだから、おもしろい。

5. ロゲスト・チェンが偉大なるダビデと呼んでいた男が、遂に美由紀の前に姿を表す。
 このストーリーの後半では、要所要所でダビデが出現するようになっていく。したたかでかつなかなか愉快なおじさんという感じでふるまうところがおもしろい。
 六本木の交差点で、蒲生の覆面パトカーに美由紀が同乗しているとき、美由紀は六本木通りを東京タワー方面に抜けていく一台の見覚えのあるトラックに目を留める。幌の中に北朝鮮の人民軍の制服を着たひとりの男を視認したのだ。美由紀はすでに2台のトラックを見ていた。一斉テロ攻撃か・・・・。美由紀は瞬間的に行動に出る。突発的な追跡劇が織り込まれていく。ある意味で、おもしろいのだが読者も振り回されることに・・・・。
 それがダビデの罠だったことに気づく。
 ダビデは、また、アフガニスタンとパキスタンの国境でも、美由紀の前に現れる。そして、平然と言うのだ。「きみに成長のための機会を、試練を与えてやった。」(p629)と。
 このストーリー、最後は東京ディスニーランドでエンディングとなる。

 奇想天外なストーリー構成。美由紀とともに読者も振り回されるがやはりそこがおもしろい。気分転換によい小説といえる。それでいて、考える視点と情報が結構溢れている。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、事実ベースの事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。
御船千鶴子  :「コトバンク」
御船千鶴子  :ウィキペディア
北朝鮮による日本人拉致問題 :ウィキペディア
拉致の可能性を排除できない事案に係る方々  :「警察庁」
緊急発進  :「防衛省 統合幕僚監部」
北朝鮮 基礎データ :「外務省」
アストンマーティン DB9 試乗記・新型情報 :「webCG」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『クラシックシリーズ4 千里眼の復讐』  角川文庫
『後催眠 完全版』   角川文庫
『催眠 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ3 千里眼 運命の暗示 完全版』   角川文庫
『クラシックシリーズ2 千里眼 ミドリの猿 完全版』  角川文庫
『クラシックシリーズ1 千里眼 完全版』  角川文庫
『探偵の鑑定』Ⅰ・Ⅱ  講談社文庫
『探偵の探偵』、同 Ⅱ~Ⅳ  講談社文庫
松岡圭祐 読後印象記掲載リスト ver.2 2021.6.11時点 総計32冊 

『剣樹抄 不動智の章』 冲方 丁  文藝春秋

2021-12-21 00:25:44 | レビュー
 期待していた『剣樹抄』の第2弾が出た。「オール讀物」(2019年6月号~2021年1月号)に一定間隔で発表された6編の短編連作集である。この第2弾には、「不動智の章」という副題が付いている。6編の中に「不動智」というタイトルの短編があり、ここから取られたのだろう。2021年11月に単行本が出版された。

 『剣樹抄』で述べたことだが、今回の6編もそれぞれのストーリーはその中で一応の完結をみる。そのストーリーは次のストーリーにシフトしていき、大河の流れの如くに全体が繋がっていく。主な登場人物は同じで、ストーリーの時空間が移っていき、新たな状況に入って行くことになる。各短編が一応自己完結型なので、第1作を読まずとも、この作品からでも読み進めることができる。
 とはいえ、第1作との関連でまずいくつかご説明しておこう。第1作の読後印象記に記したことも利用している。
 タイトル『剣樹抄』の「剣樹」は四門地獄の一つ、刃を持つ樹(剣葉林/剣樹)に刺し貫かれるという地獄の名称から来ている。
 この『剣樹抄』を大河の流れとして捕らえると、江戸で放火・強盗・殺人を繰り広げた集団・極楽組を追跡し壊滅することを目指し、彼等の行動に秘められた思惑を解明していくプロセスが描かれる。併せてそのプロセスでの了助の成長ストーリーが展開していく。紆余曲折を経ながら、一筋縄では行かない探索活動が進展する。そこに、将軍家、老中、徳川御三家の思惑と立場、確執が絡んでいることが状況を複雑にする。それがこのストーリーのおもしろさにもつながっている。

 各短編に共通する主な登場人物等をまずご紹介しよう。
六維了助: 無宿人時代に、何者かに父を斬殺された。独自に棒振り技を編み出した。
      木剣を所持し、サバイバルの為の技を磨く。父の仇討ちを願望している。
     「拾人衆」に引き入れられ、品川の東海寺に身を寄せ、童行の一人となる。
拾人衆 : 捨て子で幕府に拾われ、特技を活かし密偵の役割を担う少年少女たち。
      東海寺と江戸の各所に設けられた「寺」と称する拠点等で生活する。
      犬なみに鼻のきく伏丸。韋駄天と呼ばれる健脚の燕、鳶一、鷹。
      軽業が得意な小次郎。大柄で力自慢の仁太郞、達吉。
      三ざるの巳助、お鳩、亀一。四行師修行中の春竹、笹十郎、幸松等が登場
罔両子 : 東海寺の僧。拾人衆の養育を引き受けている。
阿部忠秋: 豊後守は老中の一人。江戸の火災などで発生した孤児の保護に熱心。
      「拾人衆」という密偵の組織を構築した一人。
      江戸での犯罪(放火・殺人・強盗等)取締の頂点に立つ。
中山勘解由:先手組の組頭。阿部豊後守忠秋にとっては実働部隊の要の一人。
      犯罪捜査の最前線のリーダー。直接的には水戸光圀と連携して行動する。
水戸光圀: 水戸藩の世子。父頼房の命を受け、代理として「拾人衆」の目付け役に。
      若き日の己の過ちを常に心の隅で悔悟する。それが了助に関わっている。

 この第2弾では、さらに次の人々が主な登場人物に加わる。
柳生義仙: 柳生六郎。またの名を、列堂義仙あるいは芳徳坊義仙。芳徳寺住持。23歳
      柳生宗矩が晩年に側室に生ませた末子。宗矩の遺志により大徳寺で出家。
      郷で学んだ剣の道において、活人剣が好きな教えと言う。剣の達人。
松平信綱: 家光の薨去後、殉死追腹をすることなく、家光の遺命により家綱を補佐。
      老中の一人。伊豆守。阿部忠秋とは異なる立場。情でなく理を重視する。

 さて、各編を簡単に読後印象を交えてご紹介していこう。
<童行の率先>
 了助を含めた拾人衆は東海寺の西の僧坊で暮らす。彼等は童行(ずんなん)と称され、僧の見習いの見習いで、非公認の存在。寺住まいの年少者である。
 起床を告げる「開静!」の声と振鈴の音が響く禅寺の一日の始まりから描き出される。午後の作務の途中で、鼻のきく伏丸が異臭を嗅ぎつける。了助は伏丸と境内から御殿山の方に辿って行き、拾人衆の一人、弥太郎が細帯で首をくくって死んでいるのを発見する。伏丸は弥太郎が殺められたのだと確信した。弥太郎は、極楽組が逃げたあと勧進場に潜り込んでいないか調べていたという。
 もと手合いだった僧の慧雪が童行の率先すべきことではないと押しとどめようとするが、拾人衆たちは異変を報せ、犯人究明に起ち上がっていく。
 弥太郎の死は、やはり極楽組、それも正雪絵図に関わりがあった。拾人衆たちの活躍が読ませどころとなる。

<浅草橋の御門>
 正月の大火のとき、小伝馬町の牢屋敷で、牢奉行の石出帯刀吉深は囚人が再び戻ることを前提に囚人の解き放ちを実行した。だが、浅草門御門の門番たちは、囚人の出で立ちの集団が出現すると脱走と判断し、大火の混乱の中で御門を閉じてしまった。その結果、逃げ場を失った2万人余がここで死んだという大惨事が発生した。
 浅草橋の御門は常時開放の門の一つだった。この門が閉じられたことによる惨事を理由に、騒動を起こそうという動きがあると、大小神祇組を作った水野十郎左衛門成之が水戸光圀に会って伝えた。草譯組と名乗る輩が賭場を開いて、浅草橋御門の件で義憤を抱く侠客を集めているという。光圀たちはその賭場捜しから着手していく。了助ほか拾人衆もその探索に関わって行く。
 浅草橋の御門が閉じられるという事態が起こる。そこに、極楽組の一人、緋縅と名乗る男が現れた・・・・。
 光圀が了助に賭博のことを教えたり、緋縅に立ち向かって行く一員に自ら加わるという行動に出るところがおもしろい。

<不動智>
 本郷丸山に徳栄山本妙寺がある。正月18日から19日未明にかけての大火は「振袖火事」と呼ばれるようになり、この本妙寺が火元だと江戸中に流布されていた。極楽組がばらまいた正雪絵図もまた火元を本妙寺と記していた。だが、紀伊藩附家老の安藤帯刀は、本妙寺の隣にある老中・阿部豊後守の下屋敷が火元だと光圀に語った。かつ老中を信用出来ぬと言う。光圀はこの点の事実を確認するために、本妙寺に自ら出向く。だが、その結果、光圀は己の過去の因縁に直面する羽目になる。
 一方、了助は拾人衆の役目として傘運びの仕事に従事する。それは拾人衆たちの中継(つなぎ)を担うためだった。だが、その仕事の最中に、以前深川で打ち倒した町奴の仲間に見つけられ絡まれる。だが、その場に蓬髪の男が現れて了助を助けた。そのときその男は達人が見せる技を使ったのだ。了助は己の務めを果たして東海寺に戻ると、僧の慧雪から客人の世話を指示される。その客人があの蓬髪の男であり、柳生列堂義仙と名乗った。了助は義仙から不動智を学んでいないのかと問われる。
 阿部豊後守の屋敷は、阿部忠秋の本家の屋敷だった。忠秋は拾人衆に光圀の動きをも監視させていた。それが契機となり、拾人衆の亀一は光圀の過去の因縁の事実を知ることになる。それがこのストーリーのトリガーになって行く。
 このストーリー、本所の無縁寺にある万人塚で行われる極楽組による正雪絵図売買の現場を捕獲するという山場を含む。この山場、老中の思惑と御三家側の光圀の立場及び光圀自身の思いが絡む複雑さを帯びた動きが関わっている点が興味深い。
 だが本当の山場は光圀の過去の因縁が暴かれるという顛末にある。読ませどころだ。
 義仙は了助を買うと光圀等に告げることに。罔両子は「代金はなんです?」と問う。義仙の返答は「極楽組」。光圀は「了助を・・・・どうする気だ」と問う。義仙は「鬼を人に返します」と答えた。(p194-195)
 そして、義仙が了助とともに江戸から消えることに。
 新たな展開への始まりとなっていく。

<六月村>
 義仙に連れられる了助の出立は、騎乗する義仙の後に、両手両足を縛られ馬の背にうつ伏せに乗せられて・・・という異様さで始まる。読者はのっけからこのストーリーに引きこまれるに違いない。
 東海寺~日本橋周辺~小伝馬町・伝馬屋敷へ。近隣の「寺」で了助は縄を解かれる。そして、義仙から了助を買った、旅に同行してもらうと告げられる。さらに、「後払いだ。代金は、極楽組の錦、鶴、甲斐、極大師」(p208)だと言われる。了助と義仙のやりとりへのプロセスが最初の読ませどころとなる。了助の義仙に対するスタンスが決まるのだから。
 了助は旅に対する心得を義仙から教えられる。義仙は手合いの者と名乗る若い男から竹札を受けとった。そこには「六月一里」と記されていた。義仙がまずどこに行くかがそれで決まる。了助にとっては、極楽組の4人を捜す旅、初めての旅が始まって行く。
 了助の目から見た旅の描写が江戸時代の旅がどういうものかを想像させて興味深い。
 このストーリーでは、次の行路が舞台になっていく。
 日本橋本町~浅草御門~浅草寺~小塚原~南千住~千住宿~六月村(一里塚番)
  ~川の船着場
 船着場が最初の闘いの場になる。「松之草村に流れし、風魔の小八兵衛」と名乗る男が義仙に助力することに・・・・・。おもしろい展開となっていく。
 船着場の闘いで義仙が入手した帳簿が彼等の次の行先を示す。行先は日光と。

<歓喜院の地獄払い>
 ストーリーは、老中の執務室である御用部屋の一角に阿部豊後守忠秋が入ると、同じ老中の松平伊豆守信綱と柳生宗冬が忠秋を待ち伏せしていたという場面から始まる。共に幕府安泰のために粉骨砕身なのだが二人のスタンスは大きく異なる。それが様々な形で障害となるのだが、読者にとってはどういう影響が及んでいくかと、興味津々のファクターになる。信綱は義仙と了助の行先を掴んでいた。「日光道中。六月村。一里塚番」(p257)と。忠秋と信綱・宗冬との間の腹の探り合いがおもしろい。そして、最後に信綱は忠秋になぜか拾人衆全員の養子縁組の話を持ちかけた。
 義仙と了助の旅は、越ヶ谷・瓦曾根村の鳥見頭・秋田甚五郎の邸~下間久里村の一里塚番士宅~大枝村・香取神社、歓喜院聖天堂~秋田甚五郎の邸となる。秋田甚五郎の邸が闘いの場となっていく。義仙は言う。「極楽組の一芝居、楽しませてもらった」(p295)と。一方、光圀は三ざるを使い、養子縁組のカラクリを解く。そのことがどう絡んでいるのかも、おもしろいところである。
 このストーリー、腹の探り合いが要と言えそうだ。

<宇都宮の釣天井>
 了助の旅は、義仙と共に禅を行いながら、己を見つめる旅にもなっていく。
 このストーリーでは、粕壁(現埼玉県春日部市)~杉戸~幸手~小右衛門村泊~一里塚~関所~栗橋宿(現埼玉県久喜市)~利根川~中田宿(現茨城県古河市)~円光寺~原町の一里塚~古河宿~徳星寺~間々田宿(現栃木県小山市)の問屋場~逢の榎~宇都宮という行路を辿る。
 極楽組の行方を各地で調べながらの旅である。鳥見衆が使っていたのが阿片であること。鳥見衆と極楽組をつなげたのは一人の医者ということが手がかりとなっていた。遂にその医者の名と住まいを突き止める。名前は木ノ又雲山。住まいは逢の榎から監視でき、田畑の向こうにぽつんと建つ百姓家だった。ストーリーはここから大きく動き出す。
 この医者がキーパーソンになっていくのだが、釣天井が絡み、意外な結末が訪れる。
 だが、そこには松平伊豆守信綱が絡んでいて、光圀が巻き込まれて行くことになる。
 まずはこのストーリーをお楽しみに。

 義仙と了助の旅はさらに続きそうである。第3弾がどのように展開して行くのか。
 期待して待とう。

 ご一読ありがとうございます。

 本書に出てくる事項で、関心をいだいた項目を少しネット検索してみた。事実ベースでストーリーの背景となる関連情報として一覧にしておきたい。ストーリーをイメージする一助になるだろう。
東海寺 禅宗の名僧 沢庵宗彭が開山  :「しながわ観光協会」
徳栄山惣持院本妙寺  ホームページ
明暦の大火 :ウィキペディア
明暦の大火…俗に言う「振袖火事」は武家の失火?はたまた都市計画のために幕府が仕向けたもの?  :「Japaaan 」
日本橋小伝馬町  :ウィキペディア
伝馬屋敷  :「コトバンク」
一里塚 :ウィキペディア
日光街道  :「人力」(旧街道紹介サイト)
宿場町の風情を今に残す日光街道沿いの街「北千住~春日部エリア」:「TOBU」
大枝香取神社。春日部市大枝の神社 :「猫の足あと」
妻沼聖天 歓喜院聖天堂 :「熊谷市」 
歓喜院聖天堂 動画 :「NHK」 
栗橋宿  :ウィキペディア
中田宿  :ウィキペディア
日光街道のど真ん中!“あい”の榎 :「とちぎ旅ネット」
間々田宿 :「関東、歴史旅行情報」
宇都宮宿 :ウィキペディア

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この読後印象記を書き始めた以降に著者の作品を読み、書き込んだのは次の作品です。
こちらもお読みいただけるとうれしいかぎりです。
『月と日の后』  PHP
『剣樹抄』  文藝春秋
『破蕾』  講談社
『光圀伝』 角川書店
『はなとゆめ』  角川書店

『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社

『光琳、富士を描く!』 小林 忠  小学館

2021-12-18 18:31:15 | レビュー
 偶然目にして手に取った。タイトルを読む前に、表紙の富士と波濤文様、大きな金色の落款に目がとまった。そして、本のタイトルを読む。副題に惹きつけられた。

  ”幻の名作『富士三壺図屏風』のすべて”

 尾形光琳は、俵屋宗達の画法と美意識に対して、時を隔てて私淑し、それを継承する絵師となる。後に「琳派」と称される流れの中で、宗達に次ぐ巨峰の一つになった。宗達・光琳に私淑する一群の絵師が連なって行く。
 手許にある平成初期出版の『新選日本史図表』(第一学習社)という学習参考書を見ると、「江戸初期の文化」のページに俵屋宗達筆「風神雷神図屏風」が載り、「元禄文化」のページに尾形光琳筆「紅梅白梅図屏風」「燕子花図屏風」が載っている。
 京都文化博物館十周年記念特別展図録『京の絵師は百花繚乱』(1998年)を書架から引き出してきてその画家解説を再読すると、「天性のデザイン感覚をもとに近世の装飾絵画を大成させた。光琳作品は洗練された京の上層町衆の美意識の結晶と言える。元禄14年には、法橋に叙せられているが、この叙任は光琳が御伽衆として仕えた公家の二条綱平の推挙によると考えられている。」(中部記)と説明されている。
 同様に、琳派誕生400年記念特別展覧会が京都国立博物館で開催された時の図録『琳派 京を彩る』(2015年)を再見すると、展示品の「扇面貼交手筥」(奈良・大和文化館蔵)が載っていて、尾形光琳画として「懸子表面」に富士山を描いた扇面図が載っている。この展覧会に、本書で取り上げられている酒井抱一編『光琳百図』『光琳百図後編』も展示されてはいたが、その解説には『富士三壺図屏風』に関しては触れられていない。光琳の描く「富士」は上記の扇面の富士の絵だけだった。一方、図録には尾形光琳作「八橋蒔絵螺鈿硯箱」が載っていて、その「見込」の写真には、本書の図に通じる波濤文様が描かれている。
 
 前置きが長くなった。尾形光琳の作品は上記の展覧会を含め、今までに幾度も鑑賞しているが、富士を描いた『富士三壺図屏風』という大作を描いていたということを全く知らなかった。著者はこの屏風と出会い、見た瞬間に光琳作の真筆と確信するに至ったという。本書は『富士三壺図屏風』の描法を論じ、光琳作かどうかの真贋を検証し、真作であると結論づけるに至るプロセスを分かりやすく説明した書といえる。
 尾形光琳作、六曲一双『富士三壺図屏風』のカミングアウトである。

 著者は2015年3月にニューヨクで『富士三壺図屏風』に邂逅したと記す。そして、同年10月、ワシントンD.C.のフリーア美術館、アーサー・M・サックラー・ギャラリーで開催された”Sotatsu: Making Waves"と題する展覧会にて、伝尾形光琳作として初めて美術ファンの前に姿を見せたという。奇しくも上記「琳派 京を彩る」の展覧会と時を同じくしていたことがわかる。
 2020年8月にこの屏風が表具の修復を兼ね日本に里帰りしたそうだ。そして、著者は個人蔵のこの屏風について、交渉して、2020年11月、アーティゾン美術館で開催された「琳派と印象派」展での展示を実現させたという。これが日本での初お目見えとなった由。

 この本では六曲一双の屏風の全体図の紹介は当然であるが、屏風の要所要所の様々な部分図を多数掲載するとともに、原寸サイズの部分図を幾枚も掲載している。それらは美術ファンにとって、光琳の細部の描き方をじっくりと観察し堪能することができる利点となる。部分図について著者は丁寧な解説を綴っていく。

 本書の構成とその内容の簡単なご紹介をしてみたい。

<はじめに 光琳が描いた「富士」との衝撃的出会い>
 要点は上記の通り。p14に「これが、尾形光琳が描いた富士の名画です」として、六曲一双の屏風の全体像が載っている。

<序章 俵屋宗達から尾形光琳へ 『富士三壺図屏風』を生み出した琳派の系譜>
 ”「琳派」の特徴は、直接教えを受け伝える師承関係ではなく、会ったこともない先人への崇敬の念をもとに、「私淑」という独特の関係で継承されていることだ。”(p26)と著者は言う。光琳は「模写」を通して、宗達から画題と美意識を継承した。その実例が「風神雷神図屏風」である。これはp27に対比的に掲載されている。
 『富士三壺図屏風』を描く上での着想を、光琳は宗達の『松島図屏風』(フリーア美術館蔵)から得たと論じる。宗達の『松島図屏風』(六曲一双)を私は本書で初めて知った。光琳は宗達の『松島図屏風』の右隻をもとに、六曲一隻の『松島図屏風』(ボストン美術館)を描いている。この屏風も私は本書で知った。「松島図」という画題は琳派の絵師たちに受け継がれる。
 『松島図屏風』と『富士三壺図屏風』に光琳の秘められたメッセージがあると著者は言う。これが後の章を通じて、解明されることになる。

<一章 『富士三壺図屏風』の魅力を読み解く!>
 光琳はこの屏風の右隻に雪をいただいた富士を描き、左隻に宗達の『松島図屏風』の右隻に照応する海中にある3つの小島を描いている。そして、『富士三壺図屏風』の左隻に描かれた3つの小島が、松島ではなく、古来中国で神仙が住むといわれた東方の海にある3つの山「三壺」(方壺・蓬壺・瀛壺)であると論じて行く。
 右隻の霊峰富士を望む湾は静かに凪いだ波濤文様の海としてやまと絵風に描かれ、左隻の中国の霊山のある海は、漢画風で渦巻く荒々しい波濤文様の海として描かれている。こちらはまさに対照的でダイナミックな波である。
 著者はこの右隻と左隻のみごとな対比を読者にわかりやすく読み解いていく。そして屏風の部分部分をクローズアップし説明を加わえて行く。
 左隻は松島図をもとにしながら、まさに換骨奪胎された世界、三壺に変貌している。この左隻の波の荒々しさ、ダイナミックさと波しぶきの表現は、実に魅力的! 右隻の波と対比しながら眺めていると一層際立っていく・・・・。
 さらに、著者は三壺としての小島の描法が宗達の作品とは明らかにことなり、洋画的筆致の技法で描かれている点を指摘している。掲載の部分図をみていると、なるほどと頷ける。
 この屏風の鑑賞としては、この一章がメインと言えるだろう。

<二章 『富士三壺図屏風』の真贋を徹底検証する>
 著者は『富士三壺図屏風』が尾形光琳の真筆であるという論拠を5つの視点から検証していく。その検証方法を箇条書にしてみる。その内容は本書でご確認いただきたい。
 1. ふたつの『松島図屏風』との比較から見極める
 2. 光琳の他の名作との比較から見極める
 3. 署名と印章から見極める
 4. 『光琳百図後編』から見極める
 5. 文献、箱書きから見極める

 一点だけ触れておきたい。上記した特別展覧会「琳派 京を彩る」には、酒井抱一編『光琳百図後編』が展示されていた。だが、図録には『富士三壺図屏風』には触れられていなかった。本書を読んでわかったのは、酒井抱一はこの屏風を見ていたと思えるのだが、右隻と左隻を対のものとしてでなく、左隻を『松島図』として、『八橋図屏風』の次に掲載し、さらに『松島図』の次のページに、「富士」を「金地四尺五寸屏風極彩色」と説明し紹介しているだけという。つまり、『富士三壺図屏風』という名称は出て来ないそうだ。後の鈴木其一が屏風を収める大きな箱に箱書として「富士三壺 法橋光琳筆」と墨書し、この屏風の売買を仲介した時から、この名が付いたという。

<三章 『富士三壺図屏風』に込められた思想性に迫る 光琳はなぜ、富士を描いたのか>
 写真だけのページを除くと、5ページで著者の論点がまとめらている。著者は尾形光琳の中に、日本の文化を誇る精神性が芽ばえていたのだと論じている。宗達の松島図との対比を踏まえて、このまとめは興味深いと思う。

<あとがき 新たな作品との出会い”蛮勇”と「読画]>
 あとがきから、次の2つの文を引用してご紹介する。
*新出の重要な作品には、その良否を判断し、決断する”蛮勇”を必要とする。
*つくづく思う、アートは常に刺激的で、作者の作品に託した真意は思いがけなく深い。
 一つの作品を名画鑑賞としてその細部まで充分に楽しめ堪能できるアート本である。
 ご一読ありがとうございます。

本書に関連して、関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
尾形光琳  :「コトバンク」
尾形光琳  :ウィキペディア
尾形光琳  :「Salvastyle.com」
重要文化財 扇面貼交手筥 :「大和文華館」
  懸子の表面に描かれた「富獄図」も掲載されています。 
重要文化財 扇面貼交手筥 動画  近畿日本鉄道  
尾形光琳の生涯と主な有名作品 天才マルチアーティスト :「四季の美」
尾形光琳: 白楽天図屛風|琳派と印象派展・後期展示 :「クラシック音楽とアート」
  併せて、光琳の『松島図屏風』と宗達の『松島図屏風』が載っています。
光琳百図後編  :「国立国会図書館デジタルコレクション」
  17~18と30~33コマ目が本書の説明に関連する絵図です。
特別展「琳派 ―俵屋宗達から田中一光へ―」山種美術館で、琳派の継承に迫る - 尾形光琳や鈴木其一も :「FASHION PRESS」
  尾形光琳《白楽天図》を掲載しています。
Sōtatsu: Making Waves YouTube :「NATIONAL MUSEUM of ART Smithonian」
Curator James Ulak on Sōtatsu: Making Waves  YouTube
Waves at Matsushima Tawaraya Sotatsu  :「Canon 綴 TSUZURI」
俵屋宗達  :ウィキペディア
酒井抱一  :ウィキペディア
鈴木其一  :ウィキペディア

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『蝕罪 警視庁失踪課・高城賢吾』   堂場瞬一   中公文庫

2021-12-15 11:08:29 | レビュー
 この失踪課・高城賢吾シリーズを買い揃えているが、ずっと文庫本が眠っていた。読み始めるのが今になってしまった。書き下ろしで登場したシリーズである。2009年2月にこの第1作が刊行されている。

 高城賢吾警部が多摩東署から失踪人捜査課三方面分室に異動となった。三方面分室は渋谷中央署内に設置されている。阿比留真弓分室長が、同時に金町署刑事課から異動となった明神愛美巡査部長と高城を室員に紹介する場面から始まる。真弓は三方面分室が事務屋の集りのような実態にあることに不満を抱き、失踪事件についてのちゃんとした捜査部門にしたいという望みを持っている。それは48歳の真弓がこの三方面分室で実績を上げて、本庁の捜査一課に返り咲きたいという欲望を抱いているからだった。彼女は警視庁の本筋にいなければ警察官である意味はないという野心家だ。45歳の高城を分室の中核にして戦える部署に変身させたいという。
 高城は分室長の真弓に対し、それは過大評価だと答える。高城はここ数年、上層部の同情で、何とか警察という組織に置いてもらっている。暇な所轄に異動となり、深酒に嵌まる日々。どんよりとした目つきで二日酔いの辛さに耐えているという状況が続いていた。そんな男に仕事を割り振る上司はいないという自覚を抱いている。それが現在の高城だった。
 だが、真弓はかつての高城の姿、手当もつかない仕事を平気で行い、きちんと仕事を為し遂げていた高城を期待しているのだ。それほどまでに落ちこぼれた高城にどのような過去が潜むのか。のっけから高城賢吾警部の不可解さに読者は引きこまれることになる。アルコールに溺れる数年を過ごしてきた高城の背景に何があったのか・・・・・。その理由が徐々に明らかになっていく。その点がまず読者の関心事項になるのではないかと思う。私はそうだった。
 
 同時に異動してきた明神愛美巡査部長は玉突き人事で割りを喰ったのだ。愛美は金町署から捜査一課に異動予定だったのだが、城西署刑事課の若い刑事が拳銃で自殺した事件のあおりを受けての異動だった。真弓は愛美が不安と不満を抱えているだろうと思うと高城に伝え、愛美を育てるのも高城の仕事だと押し付ける。

 このストーリーに登場する失踪人捜査課三方面分室のメンバーをまず簡略に紹介しておこう。阿比留真弓分室長から、事務屋の集まりと揶揄された面々である。ストーリーの進行の中で少しずつそのプロフィールが書き込まれていくのだが・・・・。
 法月大智:警部補。心臓病を患い無理がきかない。1回発作を発症。定年まで数年。
      ベテラン刑事。長年の経験から、方々に人脈を形成している。
 醍醐 塁:刑事。髪を短く刈り込んだ大柄な男。元プロ野球選手。肩を痛め1年で引退
      父・祖父ともに警視庁の警察官だったことで、警察官に転職。
      子供3人。奥さんが4人目を妊娠中。定刻で走るように退出していく男。
 森田純一:刑事。愛美の異動までは最年少でお茶くみ担当。射撃の腕は抜群という。
      法月評では仕事ができない奴。六条の鞄持ちみたいになっている。
 六条 舞:刑事。法月評ではお嬢様。なぜ警視庁にいるのかわからない存在。派手な娘
      父が厚労省の幹部で、母が製薬会社の創始者一族の出という。
 小杉公子:庶務担当。アームカバーを使用する。分室の生き字引。
 さて、こんなメンバー構成の三方面分室が、これからどのように変貌していくのか、変貌しないのか・・・・。この点も読者にとって興味津々の副次的楽しみになりそうである。

 ガラス張りの分室長室で、真弓と高城が話をしているところに、目黒区の西半分を管轄する八雲署の木本から真弓に連絡が入る。ややこしそうな話が三方面分室に回されてきたのだ。この失踪事件を真弓は異動したての高城に初仕事として割り振った。おまけにこの事案の事情聴取に明神愛美を同席させ、実戦訓練を兼ね、相棒として捜査に取り組むように指示したのである。高城は急遽二日酔いの酒臭さを消すためのアルコール抜きから始めねばならなくなる。
 45分後に、三方面分室に2人の女性、赤石芳江と矢沢翠が訪れた。赤石透26歳が行方不明だと言う。。矢沢翠は赤石透の婚約者で、結婚は来月の予定だった。赤石透は目黒区八雲六丁目という高級住宅街のエリアに居住。東京ジョブサービス(TJS)勤務。透と翠はTJSの営業推進部で共に働き、派遣社員の管理をしている。4日前に、4連休をとり二人で赤石の実家のある長野に行く予定だった。だが、透は待ち合わせ時刻に新宿に現れなかった。翠は婚約者の母と二人で透を捜したが行方が皆目分からない。ワンルームマンションの透の部屋が荒らされた形跡はなかったという。
 これは本当に事件なのか。それとも赤石透は自分の意思で失踪したのか。

 愛美は捜査一課に異動する予定が失踪課に異動させられたことで、一種ふてくされた心理状態でもあった。27歳である。45歳の高城はこの愛美を相棒として事案の捜査を進めなければならなくなる。失踪課は「書類仕事と統計調査だけなんだから。あとは苦情処理。要するに、行方不明者の家族を安心させるためだけの存在でしょう?」と愛美は高城に返答した。「君の言い方は一々引っかかるけど、それは事実だな。今までのところは」(p36)と高城は答える。高城が赤石透の失踪事案にどのように取り組むか、それが愛美の事件に対する刑事としての自覚・認識と行動に大きく影響していくことにもなる。さて、今まで飲んだくれていた高城はどう行動していくのか・・・・読者には興味が湧くことに。

 ワンルームマンションの赤石透の部屋と周囲を検分しても事件に巻き込まれた形跡はなかった。高城は透のパソコンを分室に持ち帰り、その中身をチェックすること、そしてTJSでの聞き込み捜査をすることから始めて行く。矢沢翠が透を捜すために作成したリストに刑事というプロの目で当たり直すという作業にもとりかかっていく。その結果、赤石透のプロフィールが少しずつ明らかになっていく。
 TJSでの赤石透の評判は良い。しかし、透は大学を卒業しマスコミ関係への就職を目指したが果たせず、1年間ネットカフェを住処とする生活をして、その後派遣会社に就職していた。だが、ネットカフェ難民生活とTJSに就職するまでに1年間の空白期間があった。矢沢翠はその1年間の空白に気づいていたが、透に尋ねることはしなかった。透自身がその空白期間について語ろうとはしなかったからだという。
 高城が赤石透の失踪事案の捜査を始めたころ、渋谷中央署にできた特捜本部に捜査一課の長野が出向いてきていた。高城は失踪課に戻るときにその長野に出会った。長野は後頭部に2発撃たれるという事件が発生していたことを高城に語る。被害者は小さな商社に2年前から勤めている甲本正則30歳だという。暴力団と関係がある会社ではない。また、仕事絡みのトラブルでもなさそうだという。その後の捜査で、長野は高城に出会うと、新たな事実を見つけたことを伝える。長野は話したくてうずうずしていたのだ。甲本がジャパン・ヘルス・アカデミー(JHA)の元社員だったという。JHAは2,3年前に、インチキ健康食品を売りまくり、突然社員が全員姿を消した会社だった。
 行方不明となった透を翠と一緒に捜すために、赤石芳江は透の妹になる10歳の美矩を伴ってきていた。その美矩が母とともに以前に兄の部屋に泊まったことがあった。その滞在中の12月27日に、透が電話をしていたことを思い出したのだ。愛美が美矩から聞き出したのは、兄の透が電話の相手に「逃げろ」と言っているように美矩には聞こえたということである。今までの聞き込みで知り得た透の普段の行動からは考えられない一言。この電話の事実を緊急に調べるのに法月が関わり高城の手助けをすることに・・・・。
 
 1本の電話「逃げろ」の一言を糸口に、赤石透の失踪の原因が徐々に明らかになって行く。高城が愛美を相棒として、捜査の最前線で行動を繰り広げる。赤石透の1年間の空白の意味が意外な展開を見せ始める。森田と醍醐もまた赤石透失踪事件の捜査活動に駆り出されていく。
 高城と愛美の地道な捜査により失踪した赤石透の居場所が突き止められることに。このプロセスがこのストーリーの読ませどころと言える。そのプロセスでの高城と愛美の相棒関係はジェネレーション・ギャップを含め捜査に絡む価値観のぶつかり合いを伴っていておもしろい。
 「蝕罪」というタイトルは、赤石透の思いを表現したところに由来する。
 この第一作は、高城がアルコールへの依存から徐々に立ち直り、刑事本来の捜査活動に復帰する転換期を描き出すという一つの意図としてあるのだろうと思う。
 失踪人が出たということから、事件捜査がどのような行動を必要とし、どのように展開していくのか。今までの事務屋集団が刑事の集団としてどのように活性化されていくのか、楽しみながら読み継ぎたいと思う。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
=== 堂場瞬一 作品 読後印象記一覧 === 2021.12.15時点 1版 22册


=== 堂場瞬一 作品 読後印象記一覧 === 2021.12.15時点 1版 22册

2021-12-15 11:05:01 | レビュー
徒然に読んできた作品の読後印象記に以下のものがあります。
ご一読いただけると、うれしいかぎりです。

『零れた明日 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『奪還の日 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『特捜本部 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『誘爆 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『見えざる貌 刑事の挑戦・一之瀬拓真』  中公文庫
『ルーキー 刑事の挑戦・一之瀬拓真』 中公文庫
『時限捜査』 集英社文庫
『共犯捜査』 集英社文庫
『解』    集英社文庫
『複合捜査』 集英社文庫
『検証捜査』 集英社文庫
『七つの証言 刑事・鳴沢了外伝』  中公文庫
『久遠 刑事・鳴沢了』 上・下 中公文庫
『疑装 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『被匿 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『血烙 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『讐雨 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『帰郷 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『孤狼 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『熱欲 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『破弾 刑事・鳴沢了』  中公文庫
『雪虫 刑事・鳴沢了』  中公文庫


『熱風団地 Asian Housing Complex』 大沢在昌  角川書店

2021-12-11 15:22:20 | レビュー
 奥書を読むと、「産経新聞」(2020.4.1~2020.11.20)に連載され、2021年8月に単行本として刊行された。
 おもしろい構想の小説である。ストーリーの舞台は東京とその周辺地域。だがそこに登場するのはほとんどが外国人。それも木更津から少し南に下がった場所にあるアジア団地が中心になる。アジア団地は東西500m、南北400mくらいの規模で、住民登録しているのは1500人程度だが、実際は2000人以上が生活していると推定され、そこには、中国、ベトナム、ミャンマー、カンボジア、インド、インドネシア、トルコ、パキスタン、タイ、フィリピンなどと、多国籍の者が集まり、一種の自治区のようになっているという。
 なぜ、そこがこのストーリーの舞台となるのか?

 ストーリーの冒頭は、フリーガイドを生業としている34歳の佐抜克郎が成田空港第二ターミナルの国際線出発口前で不意に外務省の関連団体の者と言う紺のスーツを着た人物に話しかけられる場面から始まる。彼は「NPO法人『南十字星』東京本部 阪東武士」と記された名刺を差し出した。なぜか?
 佐抜は大学の外国語学科で教授に勧められてベサール語を学んでいたというのが重要な理由だった。

 ベサールはボルネオの北、南シナ海に浮かぶ、複数の島からなる国である。13年前までは「ベサール王国」だったが、クーデターで「ベサール共和国」に転換した。クーデターの首謀者だった軍人クワン大佐が大統領となった。ベサールは多民族国家でベサール語が共通語なのだ。天然ガスや金を産出する。クワン大統領の政権をアメリカ、イギリスなどは承認していない。日本も追随したので国交は断絶している。国王はアリョシャ・イグナ六世で、彼の第二夫人は日本人だった。ベサールには現在中国人が増えていて、中国の影響力が強まり、海軍だけでなく中国企業もかなり進出している状況にある。クーデターの際に王族の一部は亡命したが、国王はベサールに留まった。国王は今、癌に冒され、クワン大統領が出国を許可しないために病状が悪化しているという。
 佐抜は大学時代に卒業旅行でベサールを訪れようと思っていたとき、クーデターが起こり、ベサールの地を訪れた経験がなかった。

 阪東は佐抜に第二夫人の生んだ王子を捜して欲しいと依頼するために声を掛けたのだ。第二夫人と王子は、一旦アメリカに亡命したが日本に帰国していた。第二夫人はベサールに国籍を移していたが、実家の近くに住んでいるという。王子は日本に馴染めず、問題行動を起こしていた。ベサールに望郷の念を抱いている。その王子が家出をしてしまったというのである。
 手付金は20万、手数料は1日5万円プラス経費という条件を提示し、さらに、ベサールについてある程度知識を持つ女性アシスタントを紹介し、彼女の費用も持つという。ベサール語を話せることが王子捜しの必須要件なのだという。
 ある団体客のガイドを終了し、この先2ヵ月ガイド仕事の予定がなかった佐抜はこの王子捜しを引き受けることになった。
 阪東は佐抜に、第二夫人と王子の写真、自宅の住所や立ち回りそうな場所のリスト、それと阪東自身の携帯電話の番号を教えた。佐抜は写真と住所を手がかりとして王子捜しを行う事になる。
 
 佐抜はかつてベサール語を勧められた杉本教授から、教授の自宅でクーデターが起こる前に2人のベサール人を紹介されたことがあった。そこでNPOの素性のこともあり、佐抜は杉本教授に相談をもちかける決断をした。これを契機に杉本教授はこの依頼案件に関心を抱き、佐抜を積極的にサポートしていくことになる。教授は伝手をたより、NPO「南十字星」の素性をあたることを引き受ける。一方、「南十字星」は外務省か警察の情報機関、スパイ組織だと己の考えを言う。そして、「『南十字星』の目的は、王子の暗殺か保護か、いずれにしても君しだいということだ」(p27)と佐抜に告げる。一方、教授はこの話にはロマンがあると、目をかがやかせる。

 「南十字星」の阪東からの紹介だと言って、ヒナと名乗る女が佐抜に電話を掛けてきた。母親がベサール人で、父親は日本とフィリピンの混血。16歳までベサールに居て、日本に来たという。新宿のリージェントパークホテルで会う約束をした佐抜はヒナに対面して驚く。佐抜にとってヒナは所属団体のファンクラブに入っていた憧れの女子プロレスラー「レッドパンサー潮」だったのだ! 佐抜は心強いアシスタントを得たことになる。

 ここから佐抜とヒナの二人三脚による王子捜しが始まって行く。
 王子を捜す前に、日本に住むベサール人を捜す。ベサール人なら王妃や王子の事情に興味があるだろうから・・・・と、佐抜は考えた。すると、ヒナはルー叔父さんと呼ぶ縁者が日本に居るという。まず、この叔父さんを手がかりに王子捜しに着手することになった。

 このストーリーの興味深いところは、背景に国際情勢と国交関係が関わっているという点である。現在のベサール共和国に対して、日本とアメリカ等は国交を断絶している。国王は病状の悪化で危うい状態にある。一方、民主化のための選挙を行うことを認めさせ、政権を奪取しようするベサール人のBLCという組織が活動している。クワン大統領の共和国に対して、中国がその影響力を高めようとしている。それぞれにとって、王子の存在と王子を己の陣営に取り込むことが政局面で重要な要因に浮上してきているのだ。
 ベサールには地下資源がある。それが国交問題に大きく絡んでいる。
 国交が断絶している現状では、外務省を初め公的機関は、表だって王子捜しを公然と行う立場にはない。だが、王子がクワン大統領側、あるいは中国側に確保されてしまうと、国際関係上の利点、優位性を失うことにも繋がっていく。
 阪東は佐抜に言う。「我が国領土内で、王妃や王子の身体生命に危害が及ぶことを見過ごすわけにはいきません。が、それ以外のことでベサールの政治状況に関与するような行為は慎まなければならないのです。」(p172)
 それ故、ベサール語が話せるという佐抜の起用となったのだ。

 佐抜は、今まで経験したことがなく、予測も付けがたい状況での行動を迫られる羽目になる。王子捜しというまさに探偵家業を始めるわけである。どこまで己の身に危険が及ぶかもわからない。かつてレッドパンサー潮と呼ばれたヒナが頼れる存在にもなっていく。
 王妃は既に入手した千葉県市原市の住所には居なかった。同市内にある王妃の実家の方は関わり合うことを拒否した。王妃は何処かに何者かにより既に拉致されているようだった。中国側か?
 ヒナの縁者であるルー叔父さんを糸口にして、アジア団地に王子のことを知っている人が居るという情報を入手する。佐抜とヒナはこれを契機にアジア団地との関わり合いを始めていく。

 私的な探偵家業的な王子捜しの行動が、国際情勢並びに複数国の国交問題にリンクしている事象にもかかわらず、そこに日本という国家の姿は一切関わらせないというスタンス。身勝手ともいうべき状況下でこのストーリーが進展して行く。うまくいかなければ、佐抜の行動は私的レベルのものとして、トカゲの尻尾切りの如くに、斬り捨て得られてしまうという構図である。悪ガキの王子は佐波の行動にどのように反応し、ベサールという国に対してどのような対応をとろうとするのか・・・・。
 このストーリー、読者にとってはおもしろい展開となる。

 ご一読ありがとうございます。

このフィクションから、現実の実態として、日本に在留する外国人について関心を抱いた。関連事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
【在留外国人統計(旧登録外国人統計)統計表】 :「ISA 出入国在留管理庁」
日本の総人口と在留外国人の関係  :「内閣府」
外国人住民に関する登録制度の変更 :「木更津市」
令和元年12月末住民基本台帳による外国人数  :「千葉県」
グラフで見る木更津市の外国人人口 :「GraphToChart」
統計情報 :「多文化共生ポータルサイト」
 
インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)

徒然にこの作家の作品を読み継いできました。ここで印象記を書き始めた以降の作品は次の通りです。こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『暗約領域 新宿鮫 ⅩⅠ』  光文社
『帰去来』  朝日新聞出版
『漂砂の塔 THE ISLE OF PLACER』   集英社
『欧亞純白 ユーラシアホワイト』 大沢在昌  集英社文庫
『鮫言』  集英社
『爆身』  徳間書店
『極悪専用』  徳間書店
『夜明けまで眠らない』  双葉社
『十字架の王女 特殊捜査班カルテット3』 角川文庫
『ブラックチェンバー』 角川文庫
『カルテット4 解放者(リベレイター)』 角川書店
『カルテット3 指揮官』 角川書店
『生贄のマチ 特殊捜査班カルテット』 角川文庫
『撃つ薔薇 AD2023 涼子』 光文社文庫
『海と月の迷路』  毎日新聞社
『獣眼』  徳間書店
『雨の狩人』  幻冬舎

『蝉しぐれ』  藤沢周平  文春文庫

2021-12-10 22:28:25 | レビュー
 奥書を読むと、「山形新聞」夕刊に連載された後、昭和63年(1988)5月に単行本が刊行され、平成3年(1991)7月に文庫化された。
 海坂藩では次期藩主の継承をめぐって密かな抗争が進行していた。それを知っているのはほんの一部の人々だけである。藩内にはその継承問題に関連して派閥が形成され、それもまた密かに暗躍していた。このことを背景にしながら、30石以下の軽輩が固まっている普請組屋敷の一軒に住む牧文四郎が主人公となる。彼の人生ストーリーである。

 ストーリーの冒頭は普請組の組屋敷が所在する環境の描写。そして組屋敷の裏を流れる五間川の傍で、隣家の娘、12歳のふくが物を洗っている時に蛇に指を噛まれ、15歳の文四郎が助ける場面から始まる。文四郎はこのふくに対し、恋に至る前の淡い思いを抱いていた。しかし、それは遠く手の届かぬ隔たりができる状況の出現により断絶されてしまう。その断絶がストーリーの底流となり、文四郎の生き方に関わっていく。そこが読ませどころとなる。又四郎の思いが一つの重要なテーマとなっている。表層的には、海坂藩の後継藩主を巡るお家騒動、派閥争いの顛末がテーマと言える。

 文四郎は牧家の養子となっていた。実父の妹、つまり叔母が母親となる。文四郎は血の繋がらない父親・牧助左衛門を寡黙だが男らしい人間として敬愛していた。
 秋が深まり、颶風が来た夜に五間川が城下町で氾濫するのを防止する目的で川の堤防を上流で切開する工事に普請組が出動する。直前にある事情で不在だった父の代わりに文四郎が代理となり出動に加わる。だが、遅れて駆けつけた助左衛門が当初の切開予定場所を更に少し上流に変更するよう進言し、十町歩の田圃が潰れるのを防ぐ行動を取った。その気骨ある父が、その翌年、藩の監察に捕らえられ取り調べを受け、切腹させられる立場になる。文四郎は父が殿のお世継ぎの世子をだれにするかの争いにかかわり合っていたと聞かされる。これが最初の文四郎の人生の転機となる。牧家は取り潰しにはならなかったが、家禄を四分の三減じられ、普請組を免じられて、葺屋町の荒ら家ともいうべき長屋に移転させられる。つまり、文四郎と母は、藩から飼い殺し的な境遇に落としめられることに。少年文四郎の人生は、いわばお家騒動に連なる藩内の派閥抗争に起因する余波として、生活環境と武家社会での人間関係が一転し、その変貌に翻弄される。家名存続のために自重という対応を優先し行動する文四郎の姿が坦々と描き込まれていく。文四郎の悲運、悲哀に読者が引きこまれていくことになる。

 父助左衛門の切腹を転機に周りから冷ややかな目で見られながらも、文四郎は石栗道場で剣術を、居駒塾で学問を学ぶという生活を続けて行く。文四郎の剣の腕は上がって行き、それが彼の人生を変える一つの要因になっていく。
 文四郎には生涯の友となる友人が2人いる。ひとりは小和田逸平。10歳の時に父を亡くし、100石の小和田家の当主である。文四郎よりひとつ年上の16で、元服を済ませている。後に小姓組の役目で出仕することになる。もうひとりは与之助である。彼は居駒塾の秀才で、居駒先生から江戸の葛西塾を紹介されて学問で身を立てる決心をする。この2人が文四郎との絆を深め、強固にしつつ、文四郎を支えていくことになる。3人の友情の繋がりが、このストーリーの展開で重要な要素となっていく。
 3人がそれぞれの道を歩み始める。世子継承の問題と派閥抗争に関わる情報を共有するプロセスで、彼等の結びつきは一層緊密なものへと変化していく。

 助左衛門から頼み置かれたことだと言い、番頭の藤井宗蔵が烏帽子親となり、文四郎は元服を迎えた。前髪を落とし、重好と名乗ることに。元服後、冬が来た頃に文四郎は次席家老の里村左内から屋敷に来るようにとの使いの口上を受ける。文四郎は2年後の20になるのを機に、郡奉行支配を命じられ、郷方勤めとなることを言い渡される。家禄は旧録に復すという。
 だが、ここからが本当の試練の始まりとなっていく。里村家老は派閥の一方の雄であり、文四郎の父助左衛門は里村に対抗する派閥に属していたのだ。

 剣の修行に精進した文四郎はその腕を上げ、松川道場との間で行う秋の熊野神社の奉納試合に石栗道場代表のひとりとして出る。さらに、道場主の弥左衛門に見込まれ、対戦者の興津新之丞に勝てば、秘伝を授けると伝えられる。興津に勝てば師匠から秘伝を受けるのは二人目になるのだ。この奉納試合が、さらに文四郎の転機となる。

 そして、文四郎に縁談が持ち込まれるという転機も訪れる。
 更に、最大の転機は、文四郎自身が予期せぬうちに、藩主を継承する世子に関わる派閥抗争に巻き込まれて行くことになる。里村家老の仕掛けた罠に嵌められることに・・・・。そこには、かつての隣家の娘おふくが、今では藩主の側妾お福さまであり、懐妊し、江戸藩邸から帰国後に出産しているという密かな事実も関連していた。窮地に立たされた文四郎の行動が読ませどころとなっていく。

 本書のタイトル「蝉しぐれ」は、最終章の名称である。里村家老との抗争が終結した後、二十年余の歳月が過ぎ去った後の場面に触れられてこのストーリーが終わる。文四郎の人生に余韻を刻み込むことになる。著者は意外な結末を読者に示した。お楽しみいただきたい。勿論、読者にも同様に余韻が残ることだろう。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』  講談社文庫
『隠し剣孤影抄』  文春文庫
『隠し剣秋風抄』  文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』  講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』  講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』  講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』  講談社文庫