遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 濱 嘉之  文春文庫

2016-10-23 22:35:35 | レビュー
 著者の作品を読むのは初めてである。警察小説で公安・警備ものは今まで殆ど読んでいない。刑事部に公安が絡んでくるくらいの範囲で読む程度だった。この小説を読んで、この分野も読書対象に加えることにした。刑事ものとは違う切り口の面白さが加わりそうだ。この小説は警視庁公安部・青山望シリーズの第4作になる。この著者の作品もまた、まず遡って読み進めることが目標となる。
 この小説を読了してから、表紙裏に記載の著者紹介を読み、認識を新たにした。著者はなんと、警視庁に入庁し、警備部・公安部を経て、警察庁警備局や内閣官房内閣情報調査室なども経験し、生活安全部も経験してきた人だった。2004年に警視庁警視で辞職したという。警視総監賞、警察庁警備局長賞なども在籍中に受賞しているその道のプロだったのだ。つまり、警備部や公安部という分野を内側から眺め、その分野の視点、思考、ノウハウと情報を有するプロが、フィクションとして公安・警備ものを手掛けていることになる。実経験と内なる立場からの見聞が公安・警備ものの小説に生かせるという強味がバックグラウンドとしてあるのだ。ストーリーの構想と展開において、テクニカルな局面でその強味が生かされないはずがない。リアル感が溢れている思考や手段の描写に引きこまれた箇所への関心から、読後になるほどと頷けた次第である。
 
 この「警視庁公安部・青山望」シリーズの路線構想が第1作からこの第4作まで同じだったのかは現時点では知らない。しかし、この小説のまずおもしろいのは、「同期カルテット」という親密な横の連携が事件解決に大きく寄与していくという点にある。他作家による刑事ものの警察小説では往々にして公安畑の警察官と刑事は水と油のような関係として描写される。反発しあうことが多くても、密な協力関係が築かれていく形で描かれることはあまりない。この小説では、「青山とその同期、藤中、龍、大和田の四人組はチヨダだけでなく、警察庁の各局長にも知られた存在になっていた」(p36)という立場にある。この第4作では、所轄署にそれぞれが異動し、課長職位にある時点での事案を描いて行く。では4人はどこの部署に所属しているのか? 前経歴は?
 青山 保: 麻布警察署警備課長。前警視庁公安部公安総務課係長。
 藤中克範: 新宿警察署刑事課長。前警視庁刑事部捜査一課係長。
 龍 一彦: 築地警察署刑事課長。前警視庁刑事部捜査二課係長、
 大和田博: 浅草警察署刑事組対課長。前警視庁組対部組対四課係長。
つまり、公安部から所轄署の警備課に異動している青山が、同様に所轄署の刑事課や刑事組対課に異動している同期と円滑な情報交換を行い連携して捜査に取り組み、事案解決を推進するという展開になる。捜査本部体制の枠外にあるネットワーク捜査による行動というところがまずおもしろい。餅屋は餅屋という表現があるが、異なる領域で培われた経験と情報、人脈による捜査行動の結果が同期という絆を介して青山を中心にし集約統合されていく。4人のノウハウが集積されて、好循環を生み出していく。

 南国の海上でクルーザーに乗って待つ田島のところに、午後2時高速艇に乗ったチャンが現れる。互いに割符を交換し確認した後、麻薬の取引が始まる。だが、チャンを初めとした高速艇の全員が田島に同行した男により射殺され、麻薬の入ったジュラルミンケースをすべて田島が奪取する。田島は「裏切り者の最後はこんなものだ。船は爆破しておけ」と命じる。これがプロローグである。この麻薬がどういう使われ方をするのか、この裏切りとは何かに、まず関心を抱かせる。
 この爆破された高速艇は長崎県北部、北松浦半島の西海上にある平戸島の塩俵断崖に漂着する。射殺された中に中国人と断定できる人間がいたことから、長崎県警は警察庁警備局警備企画課の情報分析担当、通称チヨダに急報を入れる。長崎県警とチヨダの連携が始まる。爆破船の二度目の検証には警察庁から専門官が派遣されることになる。遺留指紋から、国籍は中国だが岡広組極東一家の構成員に移っている袁劉という男が1件ヒットする。この特定は、警察庁の田川理事官に大間のマグロに混じって腹のえぐられた氷詰めの死体が市場で見つかった、築地署の事件とその裏でチャイニーズマフィアの一組織が動いていたことを思い出させる。それが、警視庁警備局に情報を流すという指示に繋がって行く。田川理事官には、青山望への期待があった。
 当の青山は、麻布署警備課長として、管内で発生した外国人同士による覚せい剤絡みの傷害事件のバックグラウンド捜査を指揮していた。シャブに絡むアフリカ系の進出の裏にチャイニーズマフィアの香港ルートと東北ルートの確執が絡むことを意識しているところだった。そこに、田川理事官の意を受けた平川担当官が青山に難破船での遺留指紋が袁劉という34歳の男のものという情報を流す。これが、青山を中軸にして同期カルテットの面々が連携していく契機になる。

 青山は、新宿署の藤中に、新宿の龍華会関係の情報と極東一家構成員になっている袁劉の情報をまず照会するアクションをとる。それと同時に、浅草警察署の組対である大和田への照会となる。大和田からは中国と極東一家から、岡広組ナンバースリーの清水が絡んでいるのではないかという反応を即座にする。いくつかのキーワードが相互のつながりと都内で発生している事件の背景との連関を生み出していく。
  一方、青山は公安部時代から知っていた株式会社中日通商の社長銭威云に会いに出かける。在日中国人で、香港マフィアの拠点である。銭が信仰する宗教関連情報がきっかけで青山は注目している人物だった。銭と面談し、青山は探りを入れる。裏切り者の処罰という点で、青山はある確信を銭から得る。「まさに晴天の霹靂の逆バージョンだな・・・」とつぶやく程に。青山には捜査の新たな展開が見えると感じ始める。

 この小説のおもしろいところは、東京を基盤とした反社会勢力の岡広組、極東一家の人間関係の繋がりがシャブを介して、中国の香港マフィアと繋がり、それがさらにチャイニーズマフィアの勢力抗争問題へと連環して行くことである。その連環が逆に日本国内での問題事象の発生と展開に深く関わっていく。中国でのチャイニーズマフィアの抗争・報復問題が、日本国内で反社会勢力が関わる集団による撲殺事件に現れていく。チャイニーズマフィアの抗争の裏にはさらに中国共産党の動きが見え隠れするという。この小説が公安部発想の視点を基盤とする故に、事件が相互に繋がりをもち、そこに国家機構の思惑が絡み、国家防衛の視点を内包していくというスケールの広がりをもつ。ここでは中国という国家の将来に関わる国家戦略上の視点が、色濃く背景に見え隠れするということへの阻止、対決という局面の連環する。
 「大間の事件はチャイニーズマフィア同士の勢力争いに加え、日本の安全な食材を巡る中国国内の賄賂攻勢、一部富裕層の食生活の向上、これに原発技術獲得問題が複雑に絡み合った事件だった。しかし、中国政府関係者が関わった理由を示す、外事警察としての本来の真相解明までには至っていなかった」(p139)青山は、さらにこの裏を考えている矢先に、六本木での撲殺事件が派生したのだ。だが、それは氷山の一角にすぎない。この展開ににリアル感があるのが読ませどころになっていく。

 そんな中で、琵琶湖で射殺死体が発見されるという事件が起こる。その被害者の身元の捜査から、被害者の一人が沖縄県宮古島市在住で一級船舶の免許の持ち主とわかる。他の一人は、元岡広組系関根組準幹部で覚せい剤と脅迫の犯罪歴がある人物。一方、大津市にあるジャパンレーヨンの技術者が、特許申請したばかりの逆浸透膜のデータを持ち出し、失踪しているという情報が伝わる。ジャパンレーヨン側は情報漏洩の被害届を出したい意向だという。その失踪者も殺害されていた。

 袁劉の遺留指紋から、袁劉の追跡が始まる。袁劉の人間関係の背景究明は、袁劉が極東一家の構成員であるという他に、新宿の袁三兄弟と従兄弟関係にあり、袁劉は母が中国人で父親は日本人。袁劉は日本の姓を名乗っていた時に自衛隊に居た経歴を持つ。親族には国会議員も居るという。国会議員というコトバは、親中国派議員の存在との関連性にも及んでいく。袁劉の究明からも様々な繋がりが解明されていくことになる。高速艇に残された銃痕から銃の種類が判明し、それがまた一つの展開をみせていく。

 築地警察署に居る龍は築地市場の事件が一息ついたところで、汚職疑惑の捜査に取り組み始めていた。そこに、青山が国会議員の関係で知りたいことがあると連絡を入れる。

 このストーリー、麻薬取引の現場に端を発し、都内におけるシャブの流通状況とそこに発生している軋轢から見えるもの、反社会的勢力における組織や人間関係の連関、六本木撲殺事件の裏背景、特許技術情報の漏洩、香港マフィアの日本拠点の存在、日本の親中国国会議員の関わりなどが、殺害事件の究明を軸にしながら、複雑に連環していくことになる。個々の問題事象が、大きな背景の中でのパーツとして連環し動いている。
 青山を中心に同期カルテットが捜査本部とは独立して刑事事件の解明に協力ししていく。さらにそこには国家防衛の視点を交えた思考、分析、行動が加わっていく。ストーリー展開に引き込まれていって当然といえよう。

 この第4作、最後は事件解決後の翌週の日曜日に、4人組が神宮球場のネット裏で早慶戦を観戦する場面でエンディングとなる。その場面描写に出てくる会話の一部を紹介して終わろう。
 *「結局は、中国の政治が行き詰まっていることなんだろうな」

 *「日本の外交もしっかりやってもらいたいところなんだが、政治家がなあ・・・」
  「どんなに役人が根回しをして、合意文書作成までこぎつけても、最後に交渉台に
   上がるのは政治家だからな」
  「そこが、日本の悲劇やな。決して日本人は賢い国民やないちゅうことか?」

 *「その点、中国マフィアに残るような、裏切り者は許さないという儀式ともいえそ
   うな掟は、ある意味で強みかも知れないな」
  「全てはそこからはじまったんやな」

これらの断面的会話の感想の意味する背景が、このストーリーの構想と展開になっている。エピローグには2つの場面がある。この前の場面もまたおもしろいエピソードになっている。

 ある意味で、この小説が現代日本の縮図的描写になっているとことがおもしろい。

 ご一読ありがとうございます。

関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
国家公安委員会・警察庁  :「e-GOV」(電子政府の総合窓口」
公安警察  :ウィキペディア
公安の維持 :「警察庁」
警察庁警備局公安課  :ウィキペディア
警察庁外事情報部 「外からの脅威」との闘い :「警察庁 採用情報サイト」
驚愕の深層レポート 新たなる公安組織の全貌 :「阿修羅」
内閣情報調査室、公安調査庁、警視庁公安部、警察庁警備局公安課1万5000人秘密戦士知られざる実力  :「NAVERまとめ」

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。


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