遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・片野坂彰 紅旗の隠謀』  濱嘉之  文春文庫

2022-12-24 17:14:23 | レビュー
 警視庁公安部・片野坂彰シリーズの第3弾。文庫書き下ろしとして2021年1月に刊行された。

 茨木県石岡市にある県営住宅地。ベトナム人が多く住む所で、家畜泥棒の頭領チャン・クンが殺された。日本にアジトを構える上海系チャイニーズマフィアの参謀格の男が部下に命じたのだ。命じられた部下は、最近チャイニーズマフィアの傘下に入ることを決めたベトナム人のヤンを試しに使った。彼らはチャン・クンとは違い、家畜泥棒をした上で繁殖させて事業にするということを行っていた。だから早めに敵を始末しようとした。プロローグはこの事件の顛末で始まる。

 この事件が発端で、ベトナム人の不法残留コミュニティの存在が明らかになり、警察庁警備局外事課の理事官はこの問題への対応に迫られる。理事官は片野坂にデータ解析を依頼した。片野坂は理事官から聞き出した警視庁ビッグデータ内の保管場所とキーワードを確認しアクセスする。片野坂はこの基本データが宝の山だと認識した。マフィアの裏の繋がりも見えて来るのではと香川も同意する。このストーリーは実質的にここから始まる。この事案で白澤のハッキング技術が遺憾なく発揮されることになる。

 <第一章 京都の情報>は、場面が一転する。片野坂が京都の先斗町にある小料理屋で、押小路に逢い情報収集する。押小路は京焼窯元の末裔で、骨董の世界に転じ今ではアンダーグラウンドの世界とつながっている人物。二人の会話は新型コロナウイルスの話題から始まり、中国、北朝鮮の動向からさらに世界情勢の分析まで進展していく。
 片野坂を中核にしたこのシリーズは、一挙に視野が国際情勢にまで広がり、その中で日本国内の問題が位置づけられて捜査が進展するというおもしろさがある。ここでの情報交換は、いわば背景づくりになっている。

 <第二章 長官官房総務課>では、片野坂は警察庁長官官房総務課に福岡県警から出向してきている植山重臣補佐との会話から、池袋に中国人富裕層相手の売春組織があるという話を聞く。植山は県警時代のタマ(協力者)、残留孤児三世の中国人からその情報を得たという。片野坂はそのタマからさらに情報を得られれば、その事案を引き受けると約束した。このとっかかりの情報を片野坂は早速、香川と情報の共有をする(第三章)。
 片野坂は植山から得た情報をもとに視察拠点の設置(第四章)に取りかかる。捜査への足がかりが作られる。この事案の捜査が動き始める。

 この第3作は、第1・2作と対比すると、少し特異なストーリー構成になっている。
 事案の捜査へのいわば種まき(着手)が終わると、ストーリーは、片野坂と香川の会話内容が、国際情勢の分析と警察観点での日本への影響というマクロ視点による情報交換という場面描写が頻出するようになっていく。リアルタイムに近い形で世界情勢の分析が展開されるので実に興味深い。勿論その分析結果は、片野坂が事案として取り組み始めた案件との接点がある。そこから具体的な捜査事項が抽出されていく。だが、読者にはその捜査事項がかなり直接の事案とは距離があるように感じる。片野坂、香川が直接主体的に扱う部分は、読みながら既に着手している事案とどのようにつながるのか、予測しがたい感じ、迂遠さを感じるくらいである。

 どちらかといえば、中国、北朝鮮、韓国という近隣諸国を軸にしながら、西欧・ロシア・アメリカ等世界諸国間の情勢を分析するウエイトが高いインテリジェンス小説という印象が濃厚である。
 読者にとり、このストーリーに描写される世界の情勢分析は、同時代性という観点で、考える材料として参考になり興味深いものがある。この小説に絡むフィクション部分を捨象するとその世界情勢分析は事実を踏まえて著者が己の分析を吐露していると思われる。

 この第3作には新風が生じてくる。第2作に登場した望月健介が片野坂のチームメンバーに加わってくる(第5章)。外務省から警察庁に移籍して、警視庁に出向する形をとって・・・・。
 香川は中国の上海浦東国際空港で引き起こした発砲事件のために、中国本土には近づけなくなった。この事後処理に片野坂は暗躍する一方、独自人脈も築き始める(第8章)。 望月は、香川に代わり中国本土に国際出張することから、早速情報収集活動の戦力として動き始める(第10章)

 香川は池袋の中国人富裕層相手の売春店の情報収集・分析を手がけていた。だが、この店が出撃拠点となり、日本国内での山林の広大な土地取引に結び付き、その取引がさらに植物だけでなく、”動物の種”をターゲットにしているという情報にリンクしていることを突き止める。「食の簒奪」という黒い闇、違法行為にリンクしていく(第8章、第9章)。勿論、片野坂と香川はその裏付け捜査に着手する。
 副次的に、読者は牛・豚の飼育と地産という事項について、実態情報の一面を知るということにもなる。この点も普通なら表には出て来ない業界話・裏話として興味深い。

 望月は中国本土に出張しチャイニーズマフィアの情報収集をする。この「食の簒奪」にリンクする重要な情報を収集する役割も担っていくことになる。
 さらに、香川はスイスへ、望月はトルコへと出張する。片野坂がターゲットとしている現在の事案に絡む金の流れの確認である。そして、香川と望月は事実捜査のためにルガノに潜入する(第11章)。

 このストーリーは事案解決のために世界各地に捜査活動を拡大して行くというところがおもしろい。捜査権のない外国で、彼らがどのような活動をするかである。一方、ブリュッセルを拠点としながらも、新型コロナ感染の拡大で居所を転々と変えながら、裏方的な役割を果たす白澤が重要な情報を次々に片野坂にフィードバックしていくところがいい。
 そして、最終的な強制捜査(第12章)に突入していく。普通のストーリー展開でいえば、日本国内の直接現場それぞれの地道な捜査活動の累積が描き出されるはずだが、そのフェーズがほとんど表面には出て来ない。片野坂のチームが担当している側面に焦点が当てられているからともいえる。だが、この点が従来のストーリー展開と比べて少し特異に感じる側面である。
 いずれにしても、様々な問題事象を一挙に解決する大団円が描かれる。
 現実にこんな事件解決があれば、スカッとした思いに満ちることだろう・・・と思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書からの関心でネット検索してみた事項を一覧にしておきたい。
和牛流出に刑事罰!なぜ? :「NHK」
「和牛流出」はすでに始まっている 中国だけではない海外WAGYU生産の実態
                  :「文春オンライン」
「受精卵も専門家も日本から」和牛流出、逮捕の男が語る :「朝日新聞デジタル」
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                   :「毎日新聞」
外国資本による森林取得に関する調査の結果について 令和4年8月2日 :「林野庁」
外国資本による森林買収に関する調査の結果について 令和4年8月3日 :「林野庁」
石垣牛 :JAおきなわ
神戸牛とは  :「森谷商店」
神戸ビーフ  :ウィキペディア
酪農家が肉牛を飼うための基礎講座:黒毛和種の血統と育種価 :「畜産試験場」
BREED「黒毛和種の三大血統」  :「BEEF-LAB.COM」

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こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『警視庁公安部・片野坂彰 動脈爆破』    文春文庫
『警視庁公安部・片野坂彰 国境の銃弾』  文春文庫

===== 濱 嘉之 作品 読後印象記一覧 ===== 2022.12.6現在 2版 32冊




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