遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ヘッドライン』  今野 敏    集英社

2014-03-31 00:02:53 | レビュー
 『クローズアップ』(2013.5刊)の一つ前の作品である。2011年5月、第1刷発行。
メインの登場人物は布施京一と黒田祐介。最初に二人のプロフィールとその関係者を簡略に記しておこう。

布施京一: TBNテレビ報道局社会部所属。現在は同局看板番組「ニュースイレブン」専属の遊軍記者。独身。独自の取材着眼から数々のスクープをものにしている。「遊ぶときは本気で遊ぶのだ。遊びを仕事に生かそうなどとは思っていない。」(p26)「誰でも受け入れてしまうようなところがある。警戒心を抱かせないのだ。」(p27)「まるで空気のような存在とでも言おうか。それでいて無視できない。」(p38)「ふにゃふにゃしているようで、実はぶっとい芯が通っている。さらに、誰とでもすぐに仲良くなるくせに、決して本当の自分を魅せようとしない。」(p45)こんな印象を与える人物。
 番組デスクの鳩村明夫は、こんな布施を好き勝手をする記者と見て、気にくわない。だが布施の記者としての力量は認めざるを得ない。管理者として彼の行動に問題を感じている。一方、「ニュースイレブン」のメインキャスターはベテランアナウンサーの鳥飼行雄。キャスターの香山恵理子は美人で中年視聴者の人気の的である。鳥飼と恵理子は布施がスクープをものにする能力を評価し、鳩村の布施批判には布施弁護あるいは支持側となる。鳥飼は鳩村に言う。「布施ちゃんを鎖でつないでおこうと思っても、無駄だよ」(p6)と。

黒田祐介: 警視庁捜査1課内に新設された特命捜査対策室にある特命捜査第2係所属。部長刑事。第2係は未解決事件の継続捜査を担当している。単独行動をすることを好む。「しごかれることには慣れている。だが、下の者と組むのは苦手だった。人にものを教えるタイプではない」(p21)と思っている。未解決事件の膨大な書類や写真の記録を何度も読み返しながら、事件解決への見落としが無いか精査し、解決の糸口を探す日々を送る。地道な捜査の日々である。相棒は谷口勲という刑事。未解決事件に取り組む過程で黒田は徐々に谷口の発想と力量に見所を見いだしていく。谷口刑事はけっこう黒田を助けて活躍する役回りとなっている。
 事件を捜査する刑事は、まとわりつく報道陣、記者を毛嫌いする。捜査の邪魔をする輩としか見ていない。黒田も同様である。その黒田がなぜか布施には少し接し方が違うのだ。布施のスタンスに受け入れられるものを感じている。ギブ・アンド・テイクの関係を保てる相手という意識を持つ。「夜回り」の一環で東都新聞の記者・持田豊にもつきまとわれる。黒田が『かめ吉』で布施と並んでカウンター席にいると、必ず目ざとく傍に寄ってくる。黒田の嫌いな記者であり、邪慳に応対するのだが、布施は気軽にその間を取りもってやる。持田は布施を介して、二人から情報の一端を入手する代わりに、ときには新聞社ルートで調べた情報も提供することがある。布施程には事件へのセンスがよくない記者で、黒田は相手にしていない。

 事件情報開示について、捜査過程での関わりは犬猿の仲ともいうべき刑事と報道記者が、微妙でかつ奇妙な協力関係を保ちつつ、未解決事件を解決に導くというストーリーである。

 この作品は、布施が放送局のアーカイヴ室に籠もって1年前の猟奇殺人事件情報を再度調べているというところから始まる。その事件とは、美容学校の学生だった19歳の女性・折田有希恵が両腕や両足、頭部を切断され、乳房も切り取られてばらばらに遺棄されたというもの。被害者が行方不明になっても1ヵ月近く誰も気に留めていなかったことを布施は記憶していた。最近ドラッグを買った女の子が何人か行方不明になっているという噂を聞いたことがきっかけで、布施はふと1年前の猟奇殺人事件を思い出したというのだ。その噂の方は誰も行方不明について警察に通報すらしないという。ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのも日常なのだという。だがそこに何があるのか。布施はそれを独自の情報ソースやアーカイブ室の情報で探り始める。

 一方、黒田刑事は未解決事件の一つとして、この猟奇殺人事件に取り組んでいた。最近被害者の周辺で小さな変化が起きているのに注目したのだ。被害者・折田と同じ美容学校に通い、折田と同じ秋田県出身、同年齢であり、仲良くしていた女性・三原由紀は事件発覚後に相当に衝撃を受けていた様子だったという。だが、普通なら時間の経過とともに悲しみは癒えていくものである。だが三原由紀は逆に、半年ほど前から、不眠が続き、体重も減少し、心療内科に通っているという。新興宗教か何かに入信したという噂もあるのだ。心療内科通いと新興宗教、それは三原由紀が何らかの罪の意識に苛まれているためなのか・・・・。参考人ですらならなかった同県人の友人に現れた小さな変化。黒田は事件と結びつけて考えようとする。デリケートな捜査にならざるを得ない。
 そんな矢先に、布施が猟奇殺人事件のことを調べ始めたというのである。

 黒田刑事は、布施になぜ調べているのかと聞きに行くことには悔しさを感じる。そこで千代田区平河町にある『かめ吉』に出かけていき、そこで布施を待ってみる決断をする。ボリューム満点で安く、ツケがきくので警視庁の警察官がよく飲みに行く店なのだ。そのため、記者が「夜回り」で刑事を追いかける店にもなる。
 『かめ吉』のカウンターに居る黒田の許に、持田が現れ、布施も現れる。黒田は布施に尋ねる。猟奇殺人事件を調べ直すきっかけでもあったのかと。布施は「きっかけなんてないですよ。昨夜急に思い出しちゃいましてね」と答える。このちょっとしたやりとりから、黒田が美容学校生殺人事件を担当しているという手ごたえを布施は感じる。黒田は布施が何かをつかんだのではないか、それならばなんとしても聞き出す必要があると感じ始める。

その後、黒田は布施に張り付くことを決断する。記者が刑事の後を追い張り付くのが普通だが、今回は逆だ。刑事が記者に張り付くという。黒田は布施に電話をかけ、布施と会う。そして、布施に張り付くことを伝える。
 布施が美容学校女学生の猟奇殺人事件に再び関心を抱いたのは、最近ドラッグを買った女の子が行方不明になっているという噂がきっかけだということを黒田は聞かされる。ドラッグと若者の行方不明。「ドラッグの売買も日常で、人が行方不明になってしまうのもも日常だと・・・?」
 ドラッグという観点で見ると、三原由紀の症状も見方が変化する可能性がある・・・。
 布施の情報収集活動に黒田が張り付いて同行するという行動が始まる。ギブ・アンド・テイクである。布施の情報ソースの一端に踏み込み、情報が得られる。一方、黒田が事件の捜査情報をどこまで開示するか、開示が許されるか・・・そこが微妙でおもしろいし、興味深いところでもある。
 布施の着眼切り口が黒田の継続捜査の事案解決に結びついていく。猟奇殺人事件の被害者・折田の友人である非行グループには初動捜査の段階でアリバイが存在することが判明し、捜査対象外になっていた。しかし、その連中の別の測面が見え始める。布施の切り口が事件解明へのテコになっていく。ドラッグがやはりキーになっていた。そして捜査線上に『マルガ教団』という新興宗教が浮かび上がってくる。

 この作品にはいくつかの視点があって楽しめる。
 第1は勿論、黒田刑事と布施という放送記者が、特異な協力関係をとりながら、情報追求するプロセス。その結果、二人の観点の違うアプローチが結びついていくという展開のおもしろさである。今までとはちょっと異色な行動パターンをベースとしたストーリー運びの興味深さがある。布施の情報人脈は、インターネットにベースを置くフリーの有名外国人ジャーナリスト、その伝でCIAエージェントにも及んでいくのだ。黒田も決断せざるをえない。
 第2はデスクの鳩村が放送局外での布施の夜の飲み歩き行動につきあってみる気になる。そこから発見する布施の姿。鳩村の知らなかった布施の側面。さらに布施の持つ記者意識に対する認識プロセスが描き込まれる。鳩村は己と布施を対比しながら、布施という男を記者としてより客観的に評価しようとする。その結果、デスクとして、上司としての己のポジショニングを調整していくことになる。
 それは、報道番組が放映されるまでのプロセスとも関連する。つまり、ニュース番組制作プロセスの舞台裏が描き出されていくので、そのプロセスを垣間見るということにもなる。この点、興味深く読みごたえが加味されている。
 第3は黒田刑事が相棒の谷口刑事を布施に引き合わせ、相棒谷口の発言や行動を見つめながら、年若い相棒との関係を見つめ直すという側面。そして谷口刑事の力量を認識評価していくという側面が描き込まれていく。谷口刑事の言動への思いを黒田の目から描いていておもしろい。谷口、なかなかやるな・・・というところだ。良いコンビである。

 事実報道は、結果的には事実総体の中のある側面の報道となる可能性を内在し、事実への操作性が加わる可能性を秘める。この作品はこの必然性について描いているという点が一つの社会的警鐘への切り口になっているという見方もできる。また、初動捜査が事件解明に如何に重要かを間接的に描いているともいえる。

 この作品の思考基盤になっている記述を抽出しておこう。地の文、あるいは登場人物に語らせている箇所である。
*警察は民事不介入が原則だ。犯罪性が明らかにならない限りは、何があろうと警察は動かないのだ。
 最近は、男女間のトラブルや幼児虐待について、事件になる前に積極的に関与するという方針を打ち出したようだが、現場はとにかく忙しい。余計なことに手を出したくはないといのが、本音なのだ。 p164-165
*こいつは、まだ若い。世の中をシステムで割り切れると考えているようだ。世間というのは、仕組みだけで成り立っているわけではない。人と人との関係で成立しているのだ。制度とか仕組みとかは、その補助に過ぎない。それを理解することが、年の功なのかもしれない。 p182
*人は連絡業務をなるべく簡単に済まそうとしてしまう。また、手際よく連絡や報告をしている者が有能だと感じてしまいがちだ。だが、連絡や報告は人と人の間で行われることだ。顔が見えているのと見えていないのとでは、伝わり方もちがってくるだろう。 p31
*医者が犯罪性を確認したり、その可能性を確認した場合は、当局に届けることが守秘義務より優先される。  p193
*いくつかの事実を無視し、選択的に事実を報じてしまったかもしれない。・・・・いくつかの事実を無視したという言い方が悪かったとしたら、見逃していたと言ってもいいです。そう、あくまでも事実を報道したのです。でも、すべての事実ではありません。 p222
*現場の記者は、事実の重みを知っているからこそ、裏を取ろうと必死になるんです。さらに突っこんだことを知ろうと、捜査員に夜討ち朝駈けをかける。 p222
*俺たちは、事実を選択的に報じ、なおかつ、実に悲惨な事件が起きたという態度と表情で、視聴者に特別な印象を与えてしまった。それは事実ではなくフィクションですよ。そして、報道する側が、そのフィクションを信じてしまったのです。  p226
*報道マンが正義を振りかざしたら終わりですよ。
 それはとても危険なことなんです。マスコミは第4の権力と呼ばれています。立法、行政、司法の3権力を監視する立場にあるからです。我々は権力を持っているのです。そして、正義というのは、立場によって変化するものです。マスコミが正義を振りかざしたとき、それは社会的な圧力となりかねない。それによって、弾圧されたり、傷ついたりする人が必ず出るのです。
 俺たちの仕事は、視聴者の耳や眼の代わりになることです。・・・・俺はただ、視聴者が見たいと思う映像を押さえられるように努力するだけです。 p308-309


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ドラッグ関連の法律と用語をネットで検索してみた一覧にしておきたい。

麻薬及び向精神薬取締法
覚せい剤取締法
あへん法
大麻取締法
 
薬物乱用防止に関する情報 :「厚生労働省」
 このページからリンクされている「ポスター」「リーフレット」 ゴルゴ13がイラストに使われている。こんなポスター類を使うのは誰のアイデアか? Nice, Good!!
 
違法ドラッグ・脱法ハーブについて :「神奈川県」
『「合法ハーブ」等と称して販売される薬物(いわゆる脱法ドラッグ)』には、絶対に手を出さないでください! :「政府広報オンライン」
 
薬物 :ウィキペディア
麻薬 :ウィキペディア
覚醒剤 :ウィキペディア
向精神薬 :ウィキペディア
習慣性医薬品 :ウィキペディア
睡眠薬 :ウィキペディア
精神安定剤 :ウィキペディア
 

以下本作品の内容とは直接関係がないがネット検索で得た動画である。

脱法ドラッグの恐怖  :Youtube
リアルやくざ・覚せい剤中毒・暗闇から光へ  :Youtube
壮絶密着 ドラッグ中毒の大学生 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 1/2 :Youtube
小向美奈子、薬物の恐怖を語る 2/2 :Youtube
閉鎖病棟 薬物依存との戦い :Youtube
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 1/4 - Russia's Deadliest Drug Part 1
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 2/4 - Russia's Deadliest Drug Part 2
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 3/4 - Russia's Deadliest Drug Part 3
肉を溶かす麻薬 "クロコディル" 4/4 - Russia's Deadliest Drug Part 4
世界最凶ドラッグ 1/2 - World's Scariest Drug Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 1/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 1
ギリシャの新ドラッグ「シサ」を追う 2/2 - Sisa: Cocaine of the Poor Part 2
密着! ヤクの売人 - How to Sell Drugs  :Youtube
 

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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『獅子神の密命』 朝日文庫
『赤い密約』 徳間文庫
『内調特命班 徒手捜査』  徳間文庫
『龍の哭く街』  集英社文庫
『宰領 隠蔽捜査5』  新潮社
『密闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『最後の戦慄』  徳間文庫
『宿闘 渋谷署強行犯係』 徳間文庫
『クローズアップ』  集英社

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新2版




『地球 不思議の旅』  パイ インターナショナル

2014-03-26 13:28:58 | レビュー
 本書の副題は「大自然が生んだ絶景」である。過去何十億年の間に地球自身が創り出した自然の造形、奇観・絶景を見開きページの写真で提示し、簡潔な現地の紹介を付記した写真集である。
 この発売元の本としては、以前『世界の教会』を閲読して、読後印象をご紹介している。ある意味で同じ路線の一書である。今回のテーマはあっと驚く奇観、絶景と感じる世界に点在する景色を選び出したものである。
 本書掲載の写真は、「アフロ」「アマナイメージズ」という2つの会社が提供している。つまり、様々な写真家の写真がこの2社を経由して選択されたのだろう。

 本書には60箇所の絶景が見開きの2ページで1枚ずつ載っている。広大な自然の景色を1枚で代表させた写真の集合である。その1枚が最良の撮影タイミング、最適なアングルから撮ったものということだろう。この1枚という起点から、インターネットを検索してみて、少しずつ情報収集をしてみている。今コレクションしている範囲で得た情報源のアクセス先の画像や動画には、本書掲載と同じ視点からの写真や動画のものはない。さすが、プロがこの1枚と選んだだけの水準の写真だなと、対比的に眺めて感じているところである。

 さて、本書に取り上げられた世界60箇所を分析的に眺めてみよう。と国別(分けにくい境界面の絶景もあるが)に集計してみると次の場所数ランキングとなる。
 1位 アメリカ合衆国 18カ所
 2位 オーストラリア   8カ所
 3位 英国        6カ所
 4位 日本        5カ所
 5位 中国         3カ所
 6位 アルゼンチン、フランス、エチオピアとその接する国  2カ所
 8位 1国1カ所が並ぶ。絶景の所在国名を列挙する。
    メキシコ、ベネズエラ、ブラジル、フランス領ポリネシア、ニュージーランド
    フィリピン、インドネシア、サウジアラビア、トルコ、ナミビア
    スイス、オーストリア、アイスランド、ノルウェー

 例えば、アメリカ合衆国の場合、取り上げられた奇観・絶景は大半が国立公園内に存在する。他の国でも同種の地域がある。
 また、この60カ所の中には最近のテレビの特集番組で紹介されている絶景もいくつか含まれている。本書は2012年3月に初版1刷が発行されているので、テレビ番組での紹介が早いか、本書が早いかは定かではない。まあ、それはどちらでも良いこと。奇観、絶景と感じる場所であるかどうかが、興味の焦点である。

 秘境願望、めずらしいもの・驚嘆するもの見たさ願望・・・・という切り口は、本書でかなり満たされる。見たことのない景色のすばらしさを写真を見て、イメージを喚起しある程度堪能することができる。写真に切り取られた映像には、写真撮影及びその後処理加工による技術ファクターが加わっているかもしれないという前提での話であるが・・・・。
 というのも、インターネット検索では、本書掲載写真のような色彩の写真を見られないものもある。写真撮影の際に、特殊なフィルターレンズなどで効果を出すという芸術性もしくは強調が加味されているかもしれない。その種のテクニカルな要素は門外漢にはわからない。写真と現地はイメージが違う・・・・まあ、そんなこともあるだろう。
 だが、写真を眺めていると、百聞は一見に如かず、現地に行ってその絶景を我が目で見たい!とつくづく思う。

 もう一つ、本書はその絶景を知るトリガーとして活用できるイントロ本にもなる。つまり、この1冊の刺激から、気に入った絶景場所について、さらに一歩踏み込んだ情報収集をする導きの本として利用できるということである。
 この本を振り出しに、インターネット検索でさらに具体的な情報を手軽に集めやすくなるということだ。その絶景の地名をキーワードにして、「求めよ、さらば与えられん」という結果になる。これは試してみているので、間違いはない。

 それでは、その60カ所はどこなのか? それは本書を手に取って、最初の見開きページをご覧になると一目瞭然である。「大自然の営みは、ときに私たちの想像をはるかに超える絶景をつくり出します。それはまさに、地球が生んだアート作品。さ、驚きの風景を楽しむ世界旅行に出かけましょう。」というお誘いの一文とともに、風景の場所名と世界地図上の所在地表示がなされている。
 名前ではどんなところかわからない。本文の写真を1枚ずつめくるのが面倒な人は、巻末のINDEXをまずご覧になるのをお奨めする。場所名と小さなコマ写真が見開きページで4ページのまとめとなっている。ざっと斜め見して、ちょっと気になるコマ写真で本文の写真と説明文をお読みになると良いだろう。

 何を奇観・絶景と感じ、またどんな景色に特に興味を抱くかは、個人の価値観や美的関心で異なる。十人十色だろう。
 そこで独断と偏見(敢えてそう言っておきたい)で15カ所の名称を取り上げてご紹介したい。私のベストテンにしたかったのだが、絞れ込めなかった。ご紹介する中での順番は、本書の目次にある順番を利用した並べ方とした。

 単に場所名を列挙してもおもしろみがない。そこで、本書をイントロとして、インターネット検索して得た情報源をリンクさせてみることにした。その1、その2などの記載だけで、情報源へのリンクを簡略化して提示させていただく。カギ括弧のキャプションは本書に記載の章句である。リンク先をご覧になって興味関心を抱かれたら、本書ではどういう風な写真で、この場所をこれ1枚として絶景を撮っているか、対比的にご覧になるとおもしろいと思う。いくつかの場所名にはちょっとした印象記を付してみた。

*フライガイザー 「熱水が育てた荒野の奇観」 U.S.A
最近テレビで見た記憶がある。やはり奇観。唐三彩をちょとどぎつくした感じ。
  インパクト大。右が本書掲載写真ではライオンが吠える頭部に見える。
  ネット情報では、見る場所によって、人の顔のようにも見えて、おもしろい。
  その1 こちらは動画(Youtube)
  その2
*グランド・プリズマティック・スプリング  U.S.A
  「世界初の国立公園を彩る 虹色の温泉」  その1
*アーチーズ国立公園 「幾億年の時が刻んだ2000個もの巨大アーチ」 U.S.A
  その1 
*ザ・ウェーブ 「選ばれた者しか辿りつけないジュラ紀の芸術品」 U.S.A
  ナバホ砂岩の地層そのものが見事な縞模様でウエーブを形成している。スゴイ!
  現地には、トレイル、標識、目印は一切ないそうだ。
  その1 
*モノ湖のトゥファ 「環境破壊が咲かせた石灰の華」 U.S.A
  ネット情報を得て思ったことは、掲載写真のアングルと選んだ場所のうまさだ。
  環境破壊という言葉との連携の妙味と写真の景色と色調が生み出す奇妙さ・・・・。
  その1
  その2
*マーブル・カテドラル 「地の果てにたたずむ世界で最も美しい洞窟」 アルゼンチン
  ヘネラル・カレーラ湖にある青い洞窟。数千年の波の浸食が生み出した造形。
  掲載写真はグリーン系色調のグラデーション。日本の「青=緑」の意味で記載あり。  
  その1 ネット情報はブルー系のグラデーションの写真。
  その2 こちらも。あとは・・・現地で実見するしかなさそう。
*エンジェルズ・フォールズ  「世界一の落差を誇る消える滝」 ベネズエラ
  ギアナ高地にある秘境の大地。テレビでも幾度か見ているが、やはり・・・選択。
  エンジェルは米人冒険飛行家ジミー・エンジェルが偶然発見したことによる命名だったとは。
  その1 こちらは動画(Youtube)
  その2
*レンソイス・マラニャンセス国立公園   ブラジル
  「不思議な魚が現れる水晶のシーツ」
  「レンソイス」はポルトガル語でシーツを意味する言葉。砂漠を構成するのが白濁した水晶。
  乾季は砂漠。雨季には美しい湖となり、どこからともなく魚が現れるという。
  その1
*カカドゥ国立公園とアーネムランド  オーストラリア
  「6つの季節を持つアボリジニの大地」
  こちらも延々と続く断崖絶壁の連なり。大自然と先住民の共生が洞窟壁画に。
  勿論、壁画はネット情報で確認。本書には要約文中で。関心が深まって・・・・。
  その1 本格的な紹介ビデオ(Youtube)。英語だが映像を見ているだけでも十分!
*須佐のホルンフェルス 「萩の海を彩る自然の縞模様」 日本(山口県)
  大断崖はまるでバームクーヘン状の縞模様。「日本の地質百選」の一つだとか。
  約1,400万年前の自然の造化だそうです。福井の東尋坊とはまた大きく異なる印象。
  その1 萩市須佐観光協会オフィシャルサイトのトップページに動画が。
*張掖の丹霞地貌 「シルクロードに輝くマルチストライプの不毛の大地」 中国
  あのマルコポーロもこの景観を見たのかも。感嘆の歓喜か恐怖心の喚起か・・・。
  その1  
*カサール・アル・ファリード(マダイン・サーレハ)  サウジアラビア
  「奇岩に彫られた古代王国の墓石群」
  砂漠にある巨大な奇岩の中に神殿様の墓石を彫りだす意志力と技術に驚嘆!
   その1 
*サン・ミシェル・デギレ礼拝堂 「聖なる町の聖なる岩」  フランス
  なんでわざわざ・・・と言いたくなるが、信仰心のなせるわざか。インパクト大!
  所在地の町は「黒いマリア信仰」でも有名なのだそうである。
  その1
  その2
*スタッファ島  「名曲を生んだ神秘の孤島」 イギリス
  「柱状節理」による六角形の石柱群。まるで意図的に建てられたかの如く・・・。
  この孤島の「フィンガルの洞窟」がメンデルスゾーンに曲を作らしめたという。
  その1 動画(Youtube)
  その2    
*リーセフィヨルド  「氷河が作った光の入り江」  ノルウェー
  「リーセフィヨルド」というノルウェー語が「光の入り江」を意味するそうです。
  水面から604mの高さで屹立するプレーケストーンが最も有名なのだとか。1枚岩。
  リーセフィヨルド周辺の絶壁からパラシュートで降下するスポーツは法律で許可されているとか。
  その1  
  その2
  
 ここでリンクさせた情報はほんの一部にしかすぎない。有益な情報はさがせばかなり入手できる。インターネットは本当に便利だ。
 
 何億年、何千万年という遙かな過去に、地球自身が創りだした不思議な風景、未だ発見されていない秘境がまだ遺されているのではないだろうか。この一冊は、「不思議の旅」の第一歩にしかすぎないのではないか。いつか、その不思議の旅の一歩を歩みたいものだ。

ご一読ありがとうございます。

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60カ所をすべてについてネット検索したわけではないが、上記15ヵ所以外のいくつかをアルファベット記号でリストアップしてみる。それが、本書でどのようにこの1枚となり、要約説明されているか、対比してみてほしい。遊び心で取り上げてみた。



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パイ インターナショナルが発行した次の本もその読後印象を載せています。
『世界の教会』 写真・ピーピーエス通信社 
 
また、別の出版社のこんな本についても載せています。
『いつか行ってみたい世界一の絶景を見る』 アフロ 新人物往来社
 『へんななまえの へんないきもの』 アフロ 中経出版
 
読後印象記をお読みいただけるとうれしいです。

『ぶつぞう入門』 柴門ふみ  文春文庫

2014-03-22 00:52:08 | レビュー
 文庫本の背表紙を見ていて、「ぶつぞう入門」とひらかなで記されているのが目にとまった。著者を見ると「柴門ふみ」。どんな本? 表紙を見ると3躰の仏像イラストが載っている。ペラペラと中を見ると、イラストや漫画のページもあるエッセイ。最近集中的に仏像関係のテキスト的な本を読み継いでいる。この一冊、おもしろそうなので読んでみた。

 単行本が2002年9月に出版されていたのだった。文庫本は2005年8月が第1刷である。
 漫画家の柴門ふみさんが最初は『オール讀物』の編集部の人の同行で始まった全国各地の寺院での仏像鑑賞のようだ。それが他に引き継がれ、それらの結果を綴ったエッセイである。漫画家の強味を活かして、仏像のイラストを載せ、寺院での拝観エピソードをエッセイの後に1ページ漫画に仕立てて併載している。
 この本のおもしろいところは、最初の「広隆寺、清水寺の御本尊」というエッセイに堂々と記されている。「入門書一冊、ロクに読んでおりません。ミロクと観音がどういう位置関係かもいまだあやふやです」それでいいのか、それで、いいのだ、というやりとりから始まった仏像鑑賞記というスタンスだ。たぶん、これって普通の庶民が観光を兼ねて寺社仏閣を訪れ、仏像を拝観する感覚、目線とほぼ同じだろう。だからこそ「ぶつぞう入門」として手頃なのかもしれない。
 しかし、である。最初のスタンスは同じかもしれないが、大きく異なる点がある。それは、著者が漫画を描く人であること。つまり漫画のベースになる絵画視点を踏まえて仏像鑑賞をする感性がそこに存在する。だからこそ、読みやすくて、おもしろいタッチの文章の中にきらりとした光が見えるのだろう。
 もうひとつの違いは、仏像鑑賞のためのアドバイザーがついていたということ。私は本書で初めて知った人だが、石井亜矢子さんがその役割を担われたようだ。目次の裏ページに「仏像解説 石井亜矢子」と記されていて、本文の中にもところどころで名前が登場する。

 読後印象として、本書の特徴を列挙してみよう。
1. エッセイの文章がけっこうくだけていて親しみやすい書きぶりである。
 仏像の相貌を現在の身近な芸能人、文化人や有名人、時には漫画の登場人物などに喩えている。ぱっとイメージが湧きやすいくおもしろい。なるほどな・・・とうなずくことしばし。反面、自分の知らない人に喩えられていると、さっぱり不明ということになる。つまり、当世風である。20年、30年したらもうその喩えのおもしろみが理解しかねるようになっているかもしれないが・・・・。まあ、著者・サイモンはそんなこと、全く気にはしていないだろう。
 例えば、法隆寺・釈迦三尊像(=布袋寅泰)、同・夢違観音(=松嶋菜々子)、大宝蔵院・地蔵菩薩像(=反町隆史)、東寺・梵天像(=エリツィン)、三十三間堂・風神像(=岡村隆史)、同・摩和羅女像(=雨に濡れた富田靖子)、同・婆藪仙人像(=疲れ切った元小泉総理)、覚園寺・日光菩薩像(=川崎のぼるの漫画、星飛雄馬の姉・明子)、戒壇院・多聞天と広目天(=マリナーズの佐々木顔)、同・増長天と持国天(=ギョロメの花紀京顔)・・・といった具合である。今の我々にとっては、こういうタッチの印象記、楽しくなるではないか。

2. 鑑賞対象となったメインの仏像には、著者のイラストが掲載されている。さすが漫画家。実物を拝見したり、写真で眺めたりした仏像の特徴がうまく捉えられている。
 このイラストを見るだけでも、ちょっと見応えがある。ところどころ漫画付きのご愛嬌があるが、仏像イラストはエッセイ文章のやわらかさとは対照的である。やはりプロ意識が発揮されていると感じる。きりっとしている。硬いという意味ではない。両者がいいバランスになっているというニュアンスである。

3. イラストを描いた仏像について、「歴史度、技巧度、芸術度、サイモン度」という4つの観点での星取り評価表が載っている。併せて仏像の特徴を要約した短文と像(cm表示)が記されている。このページだけでも簡便な鑑賞ガイドとなっていて、興味深い。大半のイラストがほぼ同じサイズで描かれているので、絵だけによるミスリードをしないためか、像高が付されている。
 本書には歴史度、技巧度、芸術度について、私の見落としで無ければ、どこにもその評価基準が明確には提示されていない。どのような基準によるものか・・・ちょっと不明瞭。取り上げられた仏像群の相対的評価なのかもしれない。
 サイモン度というのは、著者・柴門ふみさん個人の感性での主観的評価のようだ。最初の3つの観点と要約短文は石井亜矢子さんが執筆分担されたと推測する。目次の最後に「仏像解説 石井亜矢子」と明記されている。それと、次の記述があることによる。
 連載を始める直前に、「よい仏像とは」という質問に、石井さんは仏像鑑賞の助言として3点述べられたと記す。「①バランスがとれている。②彫りが立っている(技術的にノミづかいが上手だということ)。③ありがたい」。(これが最初の3つの観点の評価基準にどうも関連しているようだが・・・・)そして、その続きの文に「・・・イラストの下方にある星取り表で、師匠の意見とサイモン度が全く一致していないことでもよくわかる」という一文(p234)があるからだ。

4. エッセイの末尾に1ページのコマ漫画が載っていて、これがエッセイに触れられたエピソードの漫画化であり、一種のまとめでもあって楽しめる。これは通常の随筆本にはないおもしろみである。

5. 一種の弥次喜多道中的な思い込み、失敗談、愚痴などの側面をふんだんに盛り込んだエッセイであり、普通の観光拝観客の目線から書かれている。隣のオバサンの語り感覚があっておもしろい。かつ、サイモン流の好みの感性で目にした「ぶつぞう」についてバッサリと印象を記している点が楽しい。

 ちょっとお寺に出かけてみようか・・・そんな気楽な誘いとなる入門書。敷居が低い入門書である。お遊び感覚に溢れている。

 サイモン流の語り口をいくつかご紹介しておこう。こういう見識もおもしろく、興味深い。

*(法隆寺・釈迦三尊像について)
 他を威圧するこの飛鳥様式の仏像は、巨大な顔面とどっしりした太い鼻が特徴だ。それだけだとただの「コワい人」なのだが、口元のアルカイック・スマイルが「コワい人」を「威厳のある人」に昇格させている、いや、ご立派で。というのが私の感想である。国宝だしね。 p25

*(法隆寺・百済観音について)
 すべての優れた芸術作品には、テーマとポイントがある。と、私は思う。この百済観音について言えば、やはりその長身スリムなプロポーションの良さと水瓶を持つ手であろう。だから、顔は溶けてても、むしろ溶けているくらいの方が、全体としてバランスが良いのかもしれない。 p28

*(観心寺の如意輪観音について)
 声を失うほどの美しさだったのだ。と言っても過言ではない。・・・・あらん、ちょっと酔っぱらっちゃったわぁと頬を染め目を潤ませているぽっちゃり系のお姉ちゃんを、うんと洗練させた感じ。  p41-42

*(興福寺・阿修羅像について)
 興福寺ベストワンは、巨大千手観音よりも・・・<興福寺・阿修羅とその仲間達>であると気づいたのだ。・・・・ライティングによっては、阿修羅はすごく怒っているようにも見える。故夏目雅子に似ているとか、貴乃花に似ているとか、諸説乱れ飛ぶが、私としては故沖田浩之である。右脇面は確かに貴乃花に似ている。・・・・あの苦しげな眉根がどうしても気になるのだ。美少年の苦しげな顔というのは私の潜在的サディズムを刺激する。 p54

*(東寺の帝釈天に対する同行の編集者の感想を引き合いに出して)
 男性信者は観音に官能を見出し、女性信者は天部衆にひそかに恋する。こうやって日本人の心の奥深く仏教は浸透していったのである。というのが、サイモン説。以上。 p56

*(キリスト教美術と仏教美術について)
 読み書きもできない、文化も芸術もわからぬ民衆を引きつけるには、裸体である。裸体と大きさね。この二つに、民衆はびっくり仰天しちゃうのだ。・・・・・そして、東西の宗教美術を結ぶもう一つの共通項が、<エロティシズム>なのである。 p81-82

*貴族好みの定朝様がもてはやされ、定朝の様式を受け継いだ院派・円派の仏師達は、おだやかでゆったりとした優しい仏像を作り続けた。それがニーズだったからだ。やる気の無さそうな、おっとりした阿弥陀仏像が大量生産されたのは、そういう時代背景があったからだ。
 そんな中で、奈良仏師の一派だけが主流から取り残された。・・・その仏師の一人が、運慶の父、康慶なのだ。売れるからといって、定朝というお手本をなぞっただけの仏像を彫り続けることに異議を唱えたのが、慶派だ。そして運慶二十代の傑作「円成寺大日如来像」はその所信表明であったのだ。
 なぜ私が定朝様式に心を動かされないのかよくわかった。運慶が好きだからなのだ。貴族趣味より、リアリズムを愛するからなのだ。  p128-129

 本書の前半から引用してみた。後半も抜き書きしたい箇所がいくつもあるが・・・・
 あとは本書をお読みいただき、ここを抽出して紹介したかったのではないかと、推測していただくとおもしろいのではないか。

 本書末尾に付けられた「お寺案内」は「解説 石井亜矢子」と明記されている。本書に登場する仏像を拝見できる寺をアイウエオ順で1ページに3つ、簡潔に説明されている。その寺名だけ、ここではわかりやすく地域に分けて列挙しておこう。
 京都府:秋篠寺、一休寺、永観堂、蟹満寺、願徳寺、観音寺、清水寺、広隆寺、
     三十三間堂、浄瑠璃寺、神護寺、清凉寺、泉涌寺、千本釈迦堂、醍醐寺
     東寺、平等院、法界寺、六波羅密寺
 奈良県:飛鳥寺、円成寺、興福寺、聖林寺、新薬師寺、当麻寺、中宮寺、東大寺
     法隆寺、法華寺、室生寺、薬師寺、
 滋賀県:向源寺、
 大阪府:観心寺、葛井寺、野中寺
 和歌山県:金剛峯寺、道成寺
 兵庫県:浄土寺
 神奈川県:覚園寺、高徳院、浄光明寺、東慶寺
 福島県:勝常寺、
 岩手県:黒石寺、中尊寺
これくらいじゃ、ピンとこない・・・? それなら、ちょっと立ち読みから初めてみてはいかがだろうか。

 本書に掲載の漫画には子豚が常に登場する。これはサイモンさんのキャラ?


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本書関連で少し情報検索してみた。一覧にしておきたい。

石井亜矢子
 ネット検索すると、次の著書が出版されていた。
 『仏像の見方ハンドブック-仏像の種類と役割、見分け方、時代別の特徴がわかる』
    (池田書店のハンドブックシリーズ) [新書]
 『仏像図解新書』(小学館101新書) [新書]

法隆寺・夢違観音(画像) :ウィキペディア
大宝蔵院・地蔵菩薩像 :「奈良の文化と芸術」
 「法隆寺大宝蔵院は平成10年に完成」のページに掲載の画像
東寺・梵天像 :「東寺弘法市」
風神・雷神と二十八部衆 :「三十三間堂」
三十三間堂 :「京都旅行寺めぐり」
 このページの最後に「風神」の顔部分をクローズアップした画像が載っている。
三十三間堂・摩和羅女像(画像) 
 ”ピカいちさんの『雨ニモマケズ』”に掲載の「雲関(うんかん)」という記事から
 ここには、一千一躰の十一面千手観音像の全体写真も掲載あり、リンクしている。
三十三間堂・婆藪仙人像(画像) :ウィキペディア
東大寺・戒壇堂篇 :「うましうるわし奈良」
 四天王像の顔部分の写真がずらりと冒頭に。
阿修羅像 :「興福寺」
 
円成寺大日如来座像 ← 「忍辱山円成寺」ホームページ
   トップページの下の方に仏像写真が掲載されている。
水月観音菩薩半跏像 :「東慶寺」
 

仏師系図  :「神奈川仏教文化研究所」
仏師 定朝 :「神奈川仏教文化研究所」
定朝 :ウィキペディア
仏師 運慶 :「神奈川仏教文化研究所」
運慶 :ウィキペディア
 


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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
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こちらの読後印象記もご覧いただけるとうれしいです。

『仏像 日本仏像史講義』  山本勉  平凡社
『仏像のひみつ』・『続 仏像のひみつ』 山本 勉 / 川口澄子  朝日出版社
 

『風をつかまえて』  高嶋哲夫  NHK出版

2014-03-17 10:48:54 | レビュー
 「二人が車を降りて小屋の裏から出ると、濃紺の空を背景に風車が静かに回り始めている。」

 この一文で締めくくられた作品だ。風が吹きすぎて行く爽やかな余韻を心にとどめさせてくれる。一旦成功したかに見えたが崩壊し、その挫折から風をつかまえるために立ち上がっていくという努力・執念の先に風をつかまえることができるというサクセス・ストーリーである。実に読後印象が良かった。

 作品のテーマは、町おこしの目玉に提案された風車建設にまつわるもの。風車建設ストーリーである。
 場所は北海道南西部、日本海に面する地域に設定された風の町・内知町である。町立内知小学校4年生の女子児童が、文部科学省主催の「ふるさとを描こう」という絵画コンクールで、文部大臣賞を受賞した。「なだらかに続く緑の丘、その前方に広がる紺碧の海。雲一つない青空に明るい太陽が燦々と輝いている。極めつきは、丘の上で回っている白い風車だ。どことなく異国を感じさせる、印象的な絵だ」(プロローグの冒頭文)。それが全国紙にカラーで紹介されたことが発端となる。町の観光課に東京の観光会社数社から問い合わせがあったのだ。勿論、内知町には風車は1基もない。町おこしの目玉になるかも・・・と町長は風車建設を町議会に提案する。風車発電、自然エネルギー利用、緑の丘の上で回る風車の景色、雄大でロマンを感じさせる・・・・そんなところが、町の活性化につながるのではないかと言う。日本の風車は大部分がヨーロッパからの輸入、風車は2億円前後、建設費を入れると3億円弱が必要らしい。議会に提案されたものの、その金額の重みがまず雰囲気を押しつぶす。
 町議会議長で町唯一の観光ホテルのオーナーである村上は内知町観光組合理事長でもある。サンシャインホテルが100万円、観光組合が200万円、風車建設資金を出すという。あと200万を町が準備することとして、予算500万円で風車建設を企画しようということになる。それも、既存の市場に出ている風車の購入ではなく、町内の企業に自分たちで創ってもらい、地産の風車を丘に建てようというアイデアだ。風車のスケールはたとえ小さくなっても、自力で作った町の風車を売り物にしたいという。

 そこで登場するのが、内知町の東間鉄工所である。村上は東間と幼なじみでもあるのだ。ただし、東間自身は村上の行動や仕事ぶりに批判的な目を向けてはいる。東間鉄工所はバブル経済の崩壊後、仕事が減り、結果的に従業員も減り、最近苦労を共にした妻を亡くしている。それ以降、仕事の張りもなくし、酒におぼれるという状態。長女が経理面を見ながら、細々と仕事を続けている状態だった。風車製作についての経験がある鉄工所ではない。そんなところへ、少し虫のよい風車建設の話が持ち込まれたという訳だ。
 設計は地元の工業高校の物理の先生が引き受ける。北大卒で大学では流体力学を専攻したという。学校の文化祭で学生たちと風車を作り、100ワットの電球を光らせるという展示をしているのだ。環境問題にも非常に興味を持っている先生である。
 風間眞二郎はその設計図を町の議員に持ち込まれ、風車製作の経験はないが、過去の経験を活かし、新たな技術開発に技術職人の心を揺さぶられる。新たな仕事への意欲を感じ始めるのだ。採算性や技術経験から長女は不安を感じるが、最後は父親のやる気に協力することになる。困難な問題が山積みされていることが見えるからだが、母の死後、父にやる気が芽生えているのを大事にしたいと思うのだ。それが自分に危難をもたらすことになるとは思ってもいない。

 この物語は風車建設プランに関わった東間鉄工所の一家族を中心にしたストーリー展開である。主な登場人物をご紹介しておこう。

東間真二郎: 東間鉄工所社長。根っからの技術職人。妻を亡くしてから落ち込む。
  酒におぼれ仕事にも意欲をなくす。風車建設プランに仕事の意欲を喚起される。
東間知恵 : 母親の死亡後、鉄工所の経理を始め母親の行っていた仕事を継承
  鉄工所の経営を実質的に行っている立場。おかげで婚期を逸している。
  ストーリー展開では強力な副次的主人公であり、悲劇に遭遇するヒロイン。
東間優輝(ゆうき): この物語の中心人物になる。二男。物語当初は札幌で就業中。
  高校時代は暴走族。バイク事故で仲間を無くし、それがトラウマにもなっている。
  母の葬儀の後、父と大喧嘩をして家を飛び出す。父の有り様が原因。父を憎む。
  札幌の勤務先の居酒屋で、店に来たもと同級生から突然声を掛けられる。
  そのときの会話がきっかけで、内知町に戻る。風車製作に関わっていく。
早河由紀子: 優輝に声を掛けた同級生。北大・大学院博士課程1年。理学部数学科
  鉄工所の風車造りの件を優輝に話す。風車を介して優輝との関わりが深まる。
藤江: 工業高校の物理の教師。風車の設計図を書く。風車の倒壊に責任を感じる。
  優輝をサポートする。優輝を北大・流体力学研究室の長谷川教授に引き合わせる。
東間慎一: 優輝の兄。東京に出、商社マンになっている。婚約者を連れてくる。
  婚約者は広告企画者。そのアイデアを慎一と共に風車プロモーション用に提供する。
 町おこし、地産の風車が一旦は建設されて、風をつかまえた。だがそれが正式のオープニング前に倒壊する。その挫折から、再び自力で風車を建設するという意地を貫き通す。「風をつままえる」ために。
 なぜ当初の風車が倒壊したのか。その原因解明から始めなければならない。もと暴走族の優輝、担任したことのある藤江から見ると優輝が優秀な頭脳の持ち主である。潜在能力はあるのだ。母の死を契機に家を飛び出した優輝は、独自に仕事の能力は磨いていた。すすき野の居酒屋での仕事から、父の鉄工所での仕事への回帰。それも風車という初めての技術分野へのチャレンジ。意欲だけで風車が回る訳ではない。風車倒壊の経験が強力なバネとなって、「風をつかまえて」が確実に実現するまでに至る。
 この作品はそのプロセスを克明に描き出していく。

 風力という自然エネルギーをどのようにつかまえ、利用できるか。そのための成功要因を問題点・課題解決というプロセスとして多面的に書き込みながら、ストーリーを推し進めていく。優輝の元暴走族仲間が優輝の風車造りに協力していくというファクターがあり、仲間の絆がほほえましい局面として織り交ぜられていく。悲劇のヒロインとなる知恵に藤江が思いを寄せていくのもほんわりとしてうれしい話である。

 風車倒壊の原因究明の観点で、風車の物理的、力学的、技術的な課題が明確になる。
 新たに風車を創るというプロセスで、風力発電が総合的システムだということをわかりやすく折り込んでいる。風力発電のメリット・デメリット、可能性が具体的に提示されていく。
 風車建設も資金があってできること。資金集めのプロモーションという具体的な課題がケーススタディ風にうまく織り込まれていく。商業ベースに乗る風車がどれくらい資金を要するものかもわかってくる。
 また、資金という観点において、風力発電への賛助・参画が企業イメージアップに関連づけた戦略的あるいは政策的配慮として利用されているという局面にも触れている。ここに一面の現実感が漂っている。

 風力発電が持つ利点と問題点をフィクションという形でわかりやすく理解させてくれる作品である。物理的にある限界がある前提で、著者は風力発電のもつ自然エネルギー活用の潜在力を肯定的に捕らえているように思った。
 風力発電について、目をむけるうえで示唆を含む作品となっている。
一喜一憂し、楽しみながらかつ考えながら風力発電について理解を深めることができる。一読をおすすめしたい。

 ご一読ありがとうございます。


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風力発電について周辺情報をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

風力発電 :ウィキペディア
風力発電とは :「NBS.I」
 「風力発電のしくみ」(「概略図」)が動画となって全体のイメージがつかめる。
風車の構造 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
一般のよくあるご質問 :「日本風力開発株式会社」
 
Wind power From Wikipedia, the free encyclopedia
Wind Power :「State of Green」
Wind turbine From Wikipedia, the free encyclopedia
Small wind turbine  From Wikipedia, the free encyclopedia
 
日本全国の風力発電所一覧地図 :「Electrical Japan」
日本における風力発電の状況 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
日本における風力発電設備・導入実績 都道府県別 導入事例
洋上風力発電実証研究 :「新エネルギー・産業技術総合開発機構」
 
発電所データベース :「Electrical Japan」
 

一方、風力発電について、次のような反対論があるのも事実である。
「巨大風車が日本を傷つけている」 ホームページ 
  ここから国内にある各地域の反対グループにリンクが張られている。
 
「National Wind Watch」 ホームページ
「European Platform Againsr Windfarms」 ホームページ
 


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風力発電をテーマとした小説に以下の作品がある。読後印象記を既に載せている。
ご一読いただけるとうれしいです。

『すばらしい新世界』 池澤夏樹  中央公論新社 
 


『潮鳴り』 葉室 麟  祥伝社

2014-03-13 09:18:53 | レビュー
 九州豊後の羽根(うね)藩が再び舞台となる作品である。
 主人公は伊吹櫂蔵。襤褸蔵という仇名で呼ばれ、漁村の漁師小屋で寝起きする境遇に落ちてしまった男である。家督を譲った弟が切腹する羽目になった後、その切腹の原因を究明し、弟の意図していたことを実現せんとする物語だ。堕落していた藩主と藩政の犠牲になった弟の意図・初志を実現することにより、いわば藩政改革という形で弟の敵討ちをする。そのためにはなぜ弟が死なねばならなかったかという理由の究明、その推理プロセスの側面を併せて仕上げられた作品と言える。リベンジとディテクティブのストーリー。

 伊吹櫂蔵は26歳で、六尺近い長身、手足が長く骨ばった体つき、鼻が高かくてあごが張った面長な顔だちであり、男臭いもののいい面構えの男。かつては藩校で俊英と謳われ、眼心流剣術と以心流居合術に秀でている。3年前まで勘定方として出仕していたが、お役御免となった。大坂の蔵屋敷に出役で赴いた時に、大坂商人を接待する宴席で、剛毅な質の櫂蔵が、出席していた商人にからまれて失態を演じる。そのつまづきが直接の原因となる。だがその背景にはそれまでの上役や同僚とうまく行っていなかった人間関係も背景にあった。
 家督を弟の新五郎に譲り、自分は隠居する。隠居身分として実家からいささかの給付を受けるが、酒におぼれる生活に陥っていく。弟は母親が違うので、櫂蔵とは似ていない。一見柔弱に見えるタイプ。控え目でひとに応対するのも常に丁寧なのだ。その弟が物産方に出仕して首尾よく勤め、評判もよいという噂だった。子供のころに、櫂蔵が新五郎を鍛えるつもりでよくなぐったのが、母親・染子にはいじめに見え、櫂蔵と継母との関係は冷たくなっていた。

 その新五郎が漁師小屋に居る櫂蔵を訪ねてくる。金子が入り用になったという理由で家伝の品を売り払い、兄に些少で申し訳ないが取り分だとして金子を届けにきたのだ。櫂蔵の目算では売れば300両にはなるところ。些少だと3両を手渡された。櫂蔵はその日のうちにその3両を酒と賭博で蕩尽してしまう。
 そして、翌日、漁師の宗平が青ざめた顔で、新五郎が切腹して果てたということを知らせにやってくる。母親・染子は櫂蔵に新五郎の切腹のこと、ただし屋敷に出向いてくることは無用という伝言を宗平に託したのである。
 屋敷に駆けつけた櫂蔵に、継母染子は新五郎が櫂蔵に宛てて書き残した遺書を手渡すと屋敷の玄関で櫂蔵を追い返す。
 遺書を読んだ櫂蔵は現象面での切腹に至る経緯を知る。

 櫂蔵は漁師小屋近くの松林で、勘定奉行・井形清左衛門に面談させられる。井形は昨年帰国し、江戸での用人格から若くして勘定奉行に登用された男である。殿の内意だとして、新五郎の代わりに再び家督を継ぎ、出仕せよという。新五郎と同じ新田開発奉行並としての職務に就けというのだ。櫂蔵が出仕を受ければ、井形が上役ということになる。
 継母染子は井形の申し出を受けられぬと拒否したのだが、櫂蔵は熟慮した結果、この申し出を受ける。新五郎切腹の裏にある理不尽な子細のを究明するためであり、襤褸蔵と呼ばれる櫂蔵をあえて登用しようとすること自体に何か裏がありそうだということを思いつつ、再び家督を継ぎ、出仕するという決断をする。
 
 父の死後、新五郎の切腹により継母一人となった屋敷に櫂蔵は戻っていく。そのとき、飲み屋の女主人をしていたお芳をいずれ妻にしたいのだと連れていくことになる。羽根藩での足軽の娘だったお芳は、父の死後、料理屋に勤め、ある若い藩士に身をまかせ、その藩士が江戸に出仕することで捨てられたという過去がある。飲み屋の女主人となって、時折金で男に身を売ることもあるお芳は櫂蔵にも身を任せていたのだ。お芳を捨てた若い藩士とは井形清四郎だった。

 武家社会とはいえ、貨幣経済の世の中となり、藩運営の苦しい貧乏小藩。だが参勤交代で江戸詰となっている藩主は遊蕩浪費の世界に足を踏み入れる。それに追随し時には助長する家臣が横行するのもお定まりだ。その資金はどこからくるか。国許が仕送り金を捻出するしかないが、そこには限界がある。藩の借金が増える過程で商人と結託する一群の人々が現れる。一方で、国許で藩財政の立て直しを真剣に考えようとする人々も出てくる。そのアイデアを出したのが新五郎であった。
 新五郎はその目論見を実現するために、天領日田の掛屋から5000両の大金を借りる。その5000両が藩で流用されて、新五郎の目論見は実現できなくなる。そして、新五郎切腹という事態に。新田開発奉行並として出仕することを決断した櫂蔵は日田の掛屋・小倉屋義右衛門の店を訪ね、弟新五郎の目論見が何だったかを知る。ここから、実質的にこの物語が展開し始めることになる。

 櫂蔵は襤褸蔵と蔑まれながら飲み屋に通っていたとき知り合った俳諧師咲庵と親しくなっていた。彼は海辺で潮鳴りを聞いていると、俳諧師になると言って江戸に残してきた、いわば捨ててきた妻の死を思い後悔するのだという。俳諧師になる前、江戸では三井越後屋の番頭を務めていたというのだ。商人の道とその裏を知り尽くした人物だった。
 新田開発奉行並として出仕するにあたり、咲庵を家士とすることにより、御雇いということで役所への出入りを櫂蔵は井形に承諾させる。熟達した商人の目から藩の帳簿を調べさせるとともに、咲庵をアドバイザーとして商人の知恵を様々に得ることになる。咲庵は櫂蔵に助言する役割に生き甲斐を感じていく。
 本書では羽根藩の抱える問題点がどこにあるのか、新五郎を切腹に追い込んだからくりとは何だったのか、その解明プロセスがおもしろい読みどころになっている。

 一方で、いずれ私の妻にとお芳を屋敷に伴うが、勿論継母染子は反対する。妾なら櫂蔵の勝手だが正妻なぞ論外という。妾になるつもりはないとお芳は答える。宗平と彼の娘が屋敷に奉公に上がるということで、お芳も女中ということで、屋敷に住み込むこととなる。
 染子は櫂蔵に目を向けこうつぶやく。「なにゆえ皆があなたに関わろうとするのか、不思議でなりませぬ。わたくしにはわかりかねますが、いまのあなたは手を差し伸べたくなる何かを持っているのでしょうか」と。
 千代が染子の身の回りの世話をする。染子は「あの女が作ったものをわたしの膳にのせてはならぬ」と千代に厳しく言う。一つの屋敷内で、染子とお芳、宋平の娘・千代との女の世界の関係が始まって行く。染子がお芳の働きぶりを観察することからスタートする。その染子の意識が少しずつ変化していく。「わたくしには、そなたが言葉通りに嘘をつかぬ女でるかどうかはわかりませぬ。されど、嘘をつかぬとは、おのれを偽らぬということです。そなたがまことにおのれを偽らぬ生き方をしているのだとしたら、それはよいことです」(p158)これは染子がお芳についてふとつぶやいたことである。印象深い言句。
 この作品の中では、女の世界・次元での展開が櫂蔵の行動次元とパラレルに進行していく。そしてその2つの次元が接点を生み出していくことになる。このあたり、実に巧みな構成だと思う。

 この作品の最後の2ページに出てくる箇所を引用しておきたい。
一つは櫂蔵と染子の対話
櫂蔵「さよう、ようやくわたしにもわかったのです。ひとはおのれの思いにのみ生きるのではなく、ひとの思いをも生きるのだと」
染子「わが命は、自分をいとおしんでくれたひとのものでもあるのですね」
櫂蔵「それゆえ。落ちた花はおのれをいとおしんでくれたひとの胸の中に咲くのだと存じます」

もう一つは地の文である。
咲庵はかつて、潮鳴りが亡くなった妻の泣き声に聞こえると言った。しかしいまは違うのだろう。
潮鳴りはいとおしい者の囁きだったかもしれぬ、と櫂蔵は思った。いまもお芳が静かに囁き。励ましてくれているのだ。
(わたしは一生、潮鳴りを聞くことになるだろう)

この引用箇所の言葉の意味はこの作品を読むことで味わいが深まっていくことだろう。

ご一読ありがとうございます。


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いくつか関連事項をネット検索してみた。本筋とは少しずれる項目も含まれるがまあ周辺情報として参考になるだろう。一覧にしておきたい。

豊後国 :ウィキペディア
日田市 :ウィキペディア
 掛屋、日田金についての説明が「文化」の項に記されている。
日田街道・道中記 :「のんびりとツーリング!」
日田街道・道中記(2) :「のんびりとツーリング!」
かつての日田街道の雰囲気を所々に垣間見ることができる探訪記事。 
掛屋 世界大百科事典 第2版の解説 :「コトバンク」
蔵屋敷 :ウィキペディア
大名貸 :ウィキペディア
大名貸 世界大百科事典 第2版の解説 :「コトバンク」
柴田家と大名貸  灘の酒造業と「柴田家文書」  :「神戸市文書館」
武士の金融と借金 :「剣客商売の時代」
以心流 :ウィキペディア
米が社会の土台となり新田開発が進められた時代 大地への刻印 :「水土の礎」
新田開発の陥穽 津軽で生まれる子らに :「水土の礎」
三井家蔵 柳文朝筆 江戸越後屋情景図 掛軸 :「星庵 seianYumeGallery」
雌伏の時代から江戸進出へ  :「三井広報委員会」
 三井グループ企業の原点 『三井越後屋物語』-前編
駿河町の発展から三都にける基盤を築く 『三井越後屋物語』-中編
幕府御用達と維新政府への支援  『三井越後屋物語』-後編
ミョウバン :ウィキペディア
明礬製造の歴史 入江秀利さん(別府市文化財調査員)のお話:「日本薬事法務学会」
国役 :ウィキペディア
国役普請 世界大百科事典 第2版の解説 :「コトバンク」
其の二十「博多小女郎波枕」 :「南条好輝の近松二十四番勝負」
昔、福岡市で赤線があった地域を教えてください。:「YAHOO! JAPAN 知恵袋」
福岡新柳町 :「集落町並みWalker」
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。


『実朝の首』 角川文庫

===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新2版


『原発広告』  本間 龍  亜紀書房

2014-03-09 12:30:20 | レビュー
 2011年3月11日から、あと少しで満3年を迎える。未だ何も完全には解決していない。あれ以来、ずっと原発関連の情報を読み継ぎ、自分なりに考えている。この本もその一冊。今までに読み継いできた本の読後記はこの読後印象記の末尾をご覧いただきたい。

 タイトルの「原発広告」とは「原子力発電を推進する広告」の略である。
 本書が書かれた目的は、著者が「はじめに」の冒頭で明確に述べている。それをまず引用しよう。
 原発広告は、「原発に関する知識がない一般国民に漠然とした『安全幻想』を植え付けるとともに、莫大な広告予算を背景とした巨大広告主として、反原発報道を許さないという圧力をメディアに対して加え続けてきました。本書は約40年にわたるその実態を、様々な事例でわかりやすく解説しようとするものです」という立場で記されている。
 つまり、営々と一般国民に「原発安全神話」を植え付けてきた原子力ムラの一群の人々、それに積極的に加担した広告業界とマスメディア、また対価を得てその御輿を担いできた人々及びその内容について、具体的な広告事実の証拠により、その実態を提示した本である。「安全神話」を植え付けた側に対して、それを受け入れてしまった一般国民側もその迂闊さを反省することが必要であろう。私自身も深く考えることなく、広告を見ていた一人として、そう感じている。
 騙された側は、二度と騙されないように対策手段を持つべきだろう。そのためには、騙しのテクニック、虚偽を植え付けようとするアプローチの仕方を知ることから始めなければならない。本書は原発広告の手口を解明するのに貢献した書である。「安全神話」のとりこになった側として、一読の価値がある。「原発安全神話」のプロパガンダの仕方のスキームがよく理解できる。二度と騙されない、同じ轍を踏みたくはない。だがまたぞろ、じわじわと「原発広告」がより巧妙にしのびより始めているのではないか・・・・。

 著者は大手広告代理店として日本においては電通につぐ、ナンバー2の博報堂に約18年間、一貫して営業の立場で就業していた人。著者プロフィールには、「2006年、同社退職後に知人に対する詐欺容疑で逮捕・起訴され、栃木県の黒羽刑務所に1年間服役」という経歴もあるようだ。その点は人の行為としては勿論詐欺行為は論外である。服役という罪の対価は払われたようだ。だが、原発広告に関係した人の行為はどうなのか・・・・。
 それはさておき、著者の広告業界での仕事経験は、広告のメカニズムの内側を熟知するという点と現在は広告業界と一線を画した立場という点から、広告業界の内情を知るもの故の強味と深堀りできるネタを持つという最適のポジションに置いている。実際にマスメディアで使われた原発広告の事例と広告費データなどを使って騙しのメカニズムを解明しているから、読者は事実確認ができるので、その内容を読みながら原発広告について改めて評価できると思う。ああ、こういうメカニズムだったのか・・・・と納得度がある。

 最初に本書の章構成をご紹介する。多少読後印象コメントを付記しておきたい。

第1章 戦後最大規模のプロパガンダ
 著者は公表データを利用して、原発広告に2000年代で少なくとも年額約300~500億円以上が使われ、日本のあらゆるメディアがこぞってその恩恵に浴していたと指摘する。この金額は東電や電事連が計上する普及開発関係費の合計だという。その原発広告が、2011.3.11の福島における原発爆発事故に一斉に姿を消したのだ。安全と喧伝してきたものがそうではないと実証されてしまった途端にである。これは、今までのPRの欺瞞性を消極的に認めていることになるのではないか。
 著者は広告の繰り返しによる「刷り込み効果」を論じている。「原子力安全神話」の醸成がじわじわとなされたのだ。
 また、著者はオイルショックの後遺症、バブル経済崩壊による広告収入減少、収益低下が、朝日新聞(1974年原発広告掲載)を皮きりに新聞各紙が原発広告掲載にシフトしていったと論証している。つまり、新聞社といえども報道の真実性の背景に資本の論理、企業としての収益性が根底にあるのだ。この側面を具体的に指摘している点から我々は学び、情報受信側として、報道内容に対する適切な懐疑心と批判力が必要なのだ

第2章 メディア支配の構造
 原子力ムラがメディア支配をどのように巧妙に行ってきたのかをわかりやすく説く。広告業界のインサイドの心理が論じられている。我々はその心理構造のからくりまで知らずに、報道された内容を正しいと信じさせられてきたのではないか。科学的事実の一側面だけを強調し、不利なあるいは未解決な局面は回避したロジックがさもすべての如くに報じられるという手法によって。そのあたりを抵抗なくマスメディアに載せさせるものが。メディア支配の構造なのだ。

第3章 原発広告は誰が作ったのか
 原発広告の発注者は勿論、原子力ムラ、つまり電力会社であり、電事連であり、政府の原子力関係者である。だが、彼らが広告の直接の制作者ではない。制作者は広告業界である。電通と博報堂という超巨大広告代理店経由で依頼を受けた広告代理店、デザイナーやコピーライターである。彼らが依頼者の意図をくみ取り、それを効果的効率的にPRできる広告に仕立て上げている。ここにも仕事(広告)の下請構造化が行われている。
 それを補助しているのが、ネームバリューのある学者や文化人、芸能人ということになるのだろう。そこには、どこまで「原子力推進」を是とする信念・価値観、イズムが個々人にあったのか。そこには、あるかなりのウェイトが「報酬」(出演料、収入)の論理ではなかったか。信念・価値観、イズムならば、3.11後もSTOPすることなく、意思表明は継続するはずだろう。本章を読むと、そんな読後印象をいだく。

 著者は本章で、次の特集ページ「巻頭言」を引用している。まず読んでみてほしい。
 ●原発の事後がもし起こったら、絶対安全を売り込んでいる原発の広告は、どうするつもりなんでしょう。やせ薬の広告がインチキだったとしても「ウソツキ」「ゴメン」でまアすみますが、チェルノブイリ級の事故が起きたら日本は壊滅状態ですから、「ゴメン」ですむモンダイじゃありません。もっともそのときは、ぼくたちもみんな死んでいるし、原発関係者も死んでいますから、文句をいうヤツもいないし、責任を問われることもない。原発は安全だとハンコを押している学者も、政治家も、経営者も、広告マンも、案外、そう考えているんじゃないでしょうか。核廃棄物のモンダイ一つとっても、いまや危険がいっぱいの原発を、この際すべて廃棄して欲しい。原発をかかえたままで「明るい明日」なんて、ありゃしません。そういうイミで「明るい明日は原発から」。

 この文章、何時書かれ、発表されたと思いますか?
 1987(昭和62)年発行「広告批評」6月号に掲載された「巻頭言」だったのだ。「広告批評」を主宰し、編集長でもあった天野祐吉氏の文だと言う。当たって欲しくはない予言的文章の核心が今まさに生じたし、継続しているのではないか。「責任を問われることもない」無責任体制がまかり通っている現実。爆発事故の真因が未だ完全には解決していない現実。当時、こんな雑誌が出ていることすら知らなかったことに、愕然としている。
 この第3章、是非とも読んでいただきたい。

第4章 3.11直前の原発広告を検証する
 ここでは、3.11の直前、つまり2010年度(2010.4.1~2011.3.31)の原発広告の実態を事実データに基づき、資料を提示して検証している。どこが原発全面広告を何回掲載していたか。どういうタイプの原発広告が掲載され、それにどこが関わり、誰-報道人、学者、文化人、政治家、芸能人など-が紙面に登場してきているか。第5章に列挙されている資料から、期間を限定して抽出した事例ともいえる。
 3.11以降に原発事故関連、その後の原発施設稼働関連を報じるマスメディアは、この直前の関わり方をどう受け止め直しているのか。原発広告に出演していた人々はどう責任を感じているのか。それらの広告を何となく読み過ごしてきた受信者-私もその一人だった!-、購読者側の責任は何か。ここには原発広告に対する捉え方についての「今でしょ!」があるのではないか。著者はその投げかけを本書で行ったといえる。

第5章 プロパガンダ40年史 -安全幻想を植え付けた250の広告
 ここには過去の膨大な原発広告から資料収集できたものが5W1Hの観点で付記し時系列に列挙されている、広告の見出しやキャッチフレーズ、登場人物の写真などは識別できるが、広告の内容としての文章が縮小サイズなので具体的には読めない点が難点となっている。だが、そこに誰が登場してきたのかは明確に識別できる。その人たちが原発推進に対して信念を持って登場していたのか、単に金儲け、広告出演料という収入のために気楽に登場していたのかは、定かではないが・・・・。それらの人々が、3.11以降どういう行動を取ってきたのか。取ろうとしているのか。二度と表に顔を現さないのか、ウォッチングする資料にはなる。
この章が本書のおよそ半分、122ページのボリュームになっている。

 「原発広告」の検証、問題指摘の論証プロセスと提示資料については、具体的に記された本書をお読みいただきたい。
 一方、最後に著者の主張点・論点のいくつかを要約的にまとめておこう。私の理解した抽出・要約点の是非も含めて、本書原文をお読みいただく動機づけになれば、幸いである。

*「原発広告」は、自らの主張は根拠がなくても高らかに宣言し、弱い部分はおくびにも出さない強気の姿勢のものであった。と国民の意識が脱原発にむかわないように、刷り込み効果をテコにして約40年に及ぶ洗脳活動の累積である。「権威」と「親しみやすさ」でアピールし、洗脳してきた。それが「原発安全神話」を形成してきた。 (本書全体)
*「技術的な解決は可能です」というスタンスでの問題認知・先送りのスタンスで都合のよい利点アピールでの「原発広告」がまかり通ってきている。 p28
*東電を頂点とする原発推進勢力は、日本の広告業界におけるトップ広告主であり、それ故に広告業界にずば抜けて巨大な存在感を持ってきた。つまり、逆らえない上得意なのだ。 p24
*マスメディアのテレビ局は収益の70%、新聞社は30%を広告収入に依存する。広告主の存在価値を下げる報道や言説は、その広告主は広告を出さなくなる。メディア側は、スポンサー離れを防止するために、報道人としての前に資本の論理の下にいる企業組織人として自主規制してしまうことがある。それが報道のしかたに反映する。反映してきた。 p41-44、p46-47、p84-88
*国費を使った報告書が1991年(1986年のチェルノブイリ事故の後)に作成されている。「原子力PA方策の考え方」である。PAとは社会的受容(Public Acceptance)のこと。その中で、「繰り返しの広報」の必要性、メディア側との密な接触、テレビディレクターやキャスターなどのロビー化が論じられているようだ。これがまさに実践されてきたといえる。   p47-p64
*マスメディアの収益になる「広告費」によって、生殺与奪の権を握られている。広告費のマスメディアへの分配を差配するのは、大凡は電通と博報堂という2つの超巨大広告代理店である。つまり、報道情報を広告との関連で事前にキャッチし、影響力を与えられる立場にいる。そこが「原発広告」にも中心的に黒子として関わっているのが実態だ。 p108-123

 本書に一つ難点と感じる側面がある。それは、第5章で250件の原発広告において大半の実例広告記事が写真になっていることに関連する。その掲載は原発広告の検証として必要なのだが、広告記事が縮小されており見出しや出演者・発言者の写真などが見てわかる程度にとどまる。広告記事本文の内容や提示のロジックまで再検討するのは困難である。具体的な記述のしかたのどこに、ミスリートされてきたのかの追跡、分析がきないことである。その点が残念である。

 いずれにしても、「原発広告」批判の視点は、「喉元過ぎれば・・・・」を二度と起こさないために、有意義だと思う。2011.3.11からはや3年となる。「原発広告」前哨戦の兆しがまたぞろ見え始めている・・・・・そんなうすら寒さを感じ始めたが、如何? 

 ご一読ありがとうございます。


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本書に関連する事項をいくつか検索してみた。

電気事業連合会 ホームページ
 「原子力発電の安全確保に全力で取り組み、世界最高水準の安全を追求してまいります」
 という見出しが躍っている。
  原子力発電所の廃止措置 
  このサイトページは、「現在、運転されている原子力発電所も、いつかはその役目を終える日が来ます。日本では、運転を終了した原子力発電所は、最終的に解体撤去され、跡地は再利用されることになります。」というパラグラフから始まっている。
  なんと、オプティミスティックな書き出しではないか・・・そんな第一印象の文!

その他経費について :「東京電力」
料金認可申請の概要について」平成24年5月 東京電力株式会社 pdfファイル
  pdfファイルの16ページに「その他経費」に内訳明細表がある。
  その中に、「普及開発関係費」の項目が記載されている。「210億円→28億円に」
適正料金原価の適正性確保のあり方について」(資料3)
  平成23年11月 電気料金制度・運用の見直しに係る有識者会事務局
 23ページに「普及開発関係費」の定義・説明が行われている。

総額269億円のムダ。東電・電気料金水増しの要“普及開発関係費”とは?
 週プレNEWS 2011.9.20  :「livedoor'NEWS」 
<追跡 原発利益共同体>東電広告費116億円 昨年度/大手紙を総なめ 推進広告掲載/「朝日」から始まった/事故のたび膨張 :「阿修羅」
追跡 原発利益共同体
東電広告費 116億円 昨年度
  :「しんぶん赤旗」
日本を創る 連載企画原発編 原発と国家  :「47news」
Vol.3 新聞。テレビに浸透 番組に抗議、広告カット、メディア対策に腐心
 
広告業界 売上高ランキング(平成24-25年) :「業界動向 SEARCH.COM」
広告会社売上ランキング :「マスメディアン.jp」
 広告経済研究所の調査による2012年の主要広告代理業売上ランキング(上位50社)
 
電通支配はこうして原発報道を歪めてきた 神保哲生 2012.10.28 :「BLOGOS」
原発に首根っこを押さえられるメディアの実態~「濡れ手に粟」の高額ギャラで原発文化人&原発翼賛体制に [(1)真実を暴く眼力で闇権力と闘う慈悲の怒り]
 :「宮③シェアする喜びの暮らし=共生社会へ」
 


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原発事故関連 読後リスト

今までに以下の原発事故関連書籍の読後印象を掲載しています。
読んでいただけると、うれしいです。

『原発クライシス』 高嶋哲夫  集英社文庫 ←付記:小説・フィクション

原発事故及び被曝に関連した著作の読書印象記掲載一覧 (更新2版)


『実朝の首』 葉室 麟   角川文庫

2014-03-03 15:49:22 | レビュー
 高校までの歴史で鎌倉時代について学んだはずだが、源実朝について記憶していたのは我ながらわずかである。源家の三代将軍となったが短命だったこと、源家直系としては三代限りの最後の将軍でその後は北条家の執権政治が確立したこと、そして実朝は和歌を好み「金槐和歌集」を世に残したということ位だった。つけ加えれば、北条政子という女傑が北条家の執権政治の基盤作りの要になったということである。

 高校時代の教科書は処分してしまい手許にない。社会人になって以降に購入した歴史書は様々あるが、大半は書架に眠っている。今、教科書的テキストの類いを改めて取り出してみた。一時期有名になった『検定不合格日本史』(家永三郎著・三一書房)は、「・・・頼朝の子で将軍となった頼家・実朝は相次いで非業の死を遂げ、源氏の嫡流は絶えた。北条氏は、初め藤原氏を、のちには皇族を京都から迎えて将軍とし、幕府の政治をその意のままに行った。将軍はもはや名まえだけの存在となり・・・」(p65)「鎌倉の将軍実朝は万葉集の調べを学びとり、個性ある歌をよんだ。」(p75)わずかこれだけである。「非業の死」がどんなものかは触れられていない。
 もう一冊は、『詳説日本史研究』(五味・高埜・鳥海編、山川出版社)だ。こちらは歴史の学習参考書として執筆されたもの。「1203(建仁3)年、頼家が重病に倒れると、時政は政子とはかり、頼家の子一幡と弟千幡を後継者に立てた。将軍の権限を2分割し、2人に継承させようとしたのである。頼家と一幡の外祖父比企能員は反発し、時政を討とうと計画したが、逆に能員は北条氏に誘殺され、武蔵国の豪族比企一族も一幡もろとも滅ぼされた。頼家は伊豆の修禅寺に押し込められ、千幡が将軍となって源実朝と名乗った」(p136)、「1219(承久元)年正月、実朝は頼家の遺児の公暁によって、右大臣就任の式典の途中、鶴岡八幡宮の社頭で暗殺されてしまう。公暁が誰に操られていたのかは、北条氏説、三浦氏説があり定かではない。結局公暁も殺されて、源氏の正統は3代27年で断絶した」(p137)、「歌を詠むことは教養の第一であったから、武士のなかにも歌を学ぶ者が現れた。定家に師事して万葉調の歌を詠み、歌集『金槐和歌集』を残した将軍実朝はその代表である」(p161)こちらは参考書なので少し詳しく書かれている。それでも通史としてこれだけである。

 本作品は「雪の日の惨劇」(第1章)から始まる。著者は「建保7年(1219)正月27日鎌倉に京から権大納言坊門忠信、権中納言西園寺実氏、・・・・の5人の使者が来ていた」と2ページめに記している。この年は、日本年号一覧表によれば、西暦1219年4月12日に建保から承久に改元されている。つまり、著者の記述の方がより時代に忠実な記載といえる。学習参考書は西暦を主にしているので、期間の長い方で元号を表記したのだろう。
 この作品は、鶴岡八幡宮で酉ノ刻からの儀式が終わり、実朝が石段を降りていったところで、「別当阿闍梨の公暁じゃ」と叫んだ者に斬殺される。そして公暁と一味の僧に実朝の首が持ち去られるという状況から事態が展開していくということになる。公暁が実朝を暗殺したという事実、実朝の首が闇の中に一旦消え去った瞬間からこのストーリーが始まるのだ。つまり、死者実朝が鎌倉幕府の中心だったことをその首が象徴するものとして登場する。形は実朝の首が主人公である。この首が誰の手中に渡り、実朝亡き後の政権を正統に継承していくことを主張できるのか? 後に残された様々な集団が、己の立場、視点から、実朝の首に関わっていく。己の立場または権力・領地の防御、維持、拡大、奪取、あるいは政権そのものの争奪という渦の中に様々な人々が関わり、必然的に巻き込まれていく。

 著者は「文庫版あとがき」を付している。歴史書『吾妻鏡』の記載を私は確認してはいないが、「御首の在所を知らず」と記されているそうだ。右大臣拝賀式の夜、甥の公暁が実朝を暗殺する。その首が忽然と消えた。奪われた首が見つかったという記述はないという。「御鬢をもって御頭に用ひ、棺に入れたてまつる」つまり首の代わりに棺に髪を入れて葬儀を実施したと記す。つまり、不明瞭な部分、闇に隠された部分が多すぎる。
 それは逆に、著者にとっては史実の断片を巧みに織り込みながら、歴史ミステリーとしての構想を羽ばたかせる絶好の素材となる。この作品はそんな切り口からの小説、フィクションである。
 
 上掲の歴史の参考書は、公暁の行動の背景にいて操っていたのは誰かについて、北条氏説、三浦氏説を上げながら定かでないとしている。著者はこの二説にも「文庫版あとがき」で疑問を呈している。そして、この作品ではこれら二説の可能性も織り込みながら、さらに違った仮説を持ち込み歴史ミステリーを展開している。読後に上記の参考書やネット検索情報を対比して理解できた。実に巧妙にストーリーを組み立てていると思う。『吾妻鏡』には、実朝には予知能力があったと思わせる記述がしばしば出てくるようだ。著者は実朝が予知能力を持って、すべてが見えていたのではないか、という視点をうまく取りこんでストーリーを展開している。

 本書にはいくつもの集団あるいは人物が登場しストーリーを複雑に織りなしていく。省略した人物もいるが、列挙してみる。
まず「実朝の首」そのもの。
  実朝自身のことは、誰かの思い、考えとして語られる。
京の使者: 右大臣任官のため鎌倉に派遣されてきた5人の公家
源頼茂: 使者に随行してきた人物。摂津源氏の末裔。殿上人の一人として儀式に出席
  摂津源氏が清和源氏の嫡流との誇りを抱き、再興の野心と秘策を胸中に秘める。
公暁: 頼家の子。北条政子の命で近江の園城寺から戻り鶴岡八幡宮の別当阿闍梨に。
  実朝を親の仇とみなし暗殺する。背後に操り人の存在?
  実朝暗殺後三浦館に入ろうとするがそこで射殺される。長尾定景が公暁の首を取る
弥源太: 公暁の乳母子。公暁に従い実朝暗殺の場に居た。実朝の首を運ぶ役を担う。
三浦一族の一人でもある弥源太は徐々にその立場を変化させてていく。
北条政子: 実朝の死を母として受けとめる一方で、幕府・北条家の存続の強化を図る。
  武家社会、朝廷、世間全体を大局的冷徹に捕らえていて尼将軍の名にふさわしい。
北条義時: 北条一族の長。幕府の権力掌握の欲望を抱く。一旦は公暁を操る人。
  義時は儀式の時、己の役割を実朝側近の源仲章に譲る。仲章は公暁に斬首される。
三浦義村: 三浦一族の長。実朝の危険性を認知。三浦一族存続優先を主体に思考する。
  実朝の首を失ったのは義村の失態でもある。
武常晴: 弥源太が砂浜に一旦埋めた首を見つけて、持ち去る。三浦の郎党の一人。
朝夷名三郎: 和田合戦で討ち死にした和田義盛の三男。その武勇は伝説となっている。
  武常晴が実朝の首を三郎の許、廃れ館(もと波多野忠綱一族の館)に持参する。
  和田党のリーダーの一人とみられている人物。本作品で活躍する一人。
和田朝盛: 和田義盛の嫡孫。実朝の寵臣だった。和田合戦直前に出家し実阿弥と称す。
  朝夷名三郎の許に来る。和田党の統領。実朝の首を擁して北条義時を討つ所存。
愛甲党: 弓の名人と言われた愛甲三郎が鍛えた弓の精兵ぞろい。三郎に味方する。
後鳥羽上皇: 鎌倉幕府・北条一族の政治に対して対抗意識を持つ。政権奪還を狙う。
  もと盗賊の交野八郎を鎌倉に送り込む。
藤原忠綱: 京からの弔問使。後鳥羽上皇の意を受けた偵察者。
  鎌倉に親王を次期将軍として下向を希望する北条家をじらす役割を併せて担う。
亀菊(伊賀局): 後鳥羽上皇の後宮の新参で、上皇の寵愛を受ける。もと遊女という。
  上皇に与えられた摂津国の2つの荘園の地頭停止の要求のために忠綱に同行する。
  そこに鎌倉幕府の制度を崩したい上皇の意向がある。暗に親王下向と一対の扱い。
鞠子(まりこ):政子の命で実朝の正室の猶子に。公暁の妹。兄の罪滅ぼしを考える。
  実朝亡き後、鞠子は鎌倉幕府つまり北条一族存続のために政子から使命を受ける。

 公暁を使嗾して実朝を殺させた黒幕は誰なのかという究明、そのミステリーの解読を主軸にストーリーが展開する。だが、その究明は、三代将軍実朝の死により鎌倉幕府の政治基盤がどうなるのかという政治体制の問題であり、関東の諸豪族の複雑な勢力関係、直近までの合戦との関わりがある。その渦中で北条一族が政権基盤を確固たるものにしようとする有り様に関わっていく。それが一方で反鎌倉幕府といえる京の朝廷、力量を兼ね備えていた後鳥羽上皇との確執にどう対応していくかでもある。
 まさに「実朝の首」が一連のつながりの中での陰の主人公となっているのだ。

 私は最後にこのあとがきを読んだのだ。しかし「文庫版あとがき」をまず一読されて、著者がたぶん作品の構想以前に前提として感じた疑問点、あるいは着想の芽を感じ取ってから、この作品を読む方が一層興味が増すかもしれないな・・・と思う。

 本書の最後は、次の文で締めくくられている。
「鎌倉は滅亡にいたるまで、武家政権でありながら、京から皇族将軍を迎え続ける。
 将軍の座をめぐっての争乱を無くしたいという、実朝の夢がかなったということになるのかもしれない。」
 一方、「文庫版あとがき」には、こんな文を著者は記す。
「実朝には母、北条政子への複雑な思いがあっただろう。『実朝の首』が求めたのは『愛』だった、そんな気がしている。」

 政治的な観点では、実朝の死が生み出したのが北条氏による執権政治の確立だった。実朝の首が何処にあるか歴史書が語らないことから、この作品が生み出された。ネット検索してみると、実朝の首塚は伝承として存在し、供養されている。これまた興味深い。
 通史は短命将軍・実朝の非業の死だけを記す。だが、実朝は「金槐和歌集」を世に残したことで、我々が手にとれるところで不朽の名をとどめている。武家、政治の中枢の人としてではなく、歌人として生きたかった人ではないだろうか。作品とは直接関係のない印象だが・・・・・。

 著者が作品の中で取り上げている実朝の詠んだ歌を最後に記しておこう。
  武者の矢並つくろふ籠手の上に霰たばしる那須の篠原     金槐和歌集
  山はさけ海はあせなむ世なりとも君にふた心わがあらめやも  新古今和歌集

「文庫版へのあとがき」に挙げている実朝の和歌も記しておこう。
  もの言はぬ四方のけだものすらだにもあはれなるかなや親の子を思ふ

ご一読ありがとうございます。


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本書と関連する事項を違う角度から眺めるために検索してみた。一覧にしておきたい。

鎌倉幕府 :ウィキペディア
かまくらばくふ(鎌倉幕府) :「Kidsnet」
中学校の歴史 1192は違うの?鎌倉幕府成立 :「朝日新聞」
 
源実朝 :ウィキペディア
源実朝 :ウィキクォート
実朝さんの二つの供養塔が語るもの・・  :「玉川学園・玉川大学」
頼朝の息子たち 頼家・実朝 :「鎌倉手帳」
源実朝の暗殺 :「鎌倉手帳」
源実朝公御首塚 :「秦野市観光協会」
 
北条政子 :ウィキペディア
北条政子 :「知識の泉」
北条義時 :ウィキペディア
北条義時 :「歴史クラブ」
 
和田合戦 :ウィキペディア
和田合戦 相模原の歴史シリーズ :「相模原郷土の歴史研究会」
三浦義村 :ウィキペディア
和田朝盛 :ウィキペディア
朝比奈義秀 :ウィキペディア
本朝無双の豪傑 朝比奈(朝夷奈)三郎義秀   竹村紘一氏
 
金槐集_実朝 データベース:「国際日本文化研究センター」
 
実朝.com ホームページ
 


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徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。


===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新2版



===== 葉室 麟 作品 読後印象記一覧 ===== 更新2版

2014-03-03 15:00:00 | レビュー
「遊心逍遙記」として読後印象を掲載し始めた以降に読んだ印象記だけのリストです。
こんな作品を読み継いできました。
興味・関心の趣くままに読み継いできた順番です。
更新1版のリストの上に、2013年12月までの読後印象掲載分を上に追加しました。
出版年次の新旧は前後しています。


『月神』  角川春樹事務所

『さわらびの譜』 角川書店

『陽炎の門』 講談社

『おもかげ橋』 幻冬舎

『春風伝』  新潮社

『無双の花』 文藝春秋

『冬姫』 集英社

『螢草』 双葉社

『この君なくば』 朝日新聞出版

『星火瞬く』  講談社

『花や散るらん』 文藝春秋

『刀伊入寇 藤原隆家の闘い』  実業之日本社

『柚子の花咲く』   朝日新聞出版

『乾山晩愁』   角川書店、 角川文庫

『川あかり』  双葉社

『風の王国 官兵衛異聞』  講談社

『恋しぐれ』  文藝春秋

『橘花抄』   新潮社

『オランダ宿の娘』  早川書房、ハヤカワ文庫

『銀漢の賦』  文藝春秋、 文春文庫

『風渡る』   講談社、 講談社文庫

『いのちなりけり』  文藝春秋、 文春文庫

『蜩の記』  祥伝社

『散り椿』  角川書店

『霖雨』   PHP研究所

『千鳥舞う』 徳間書店