遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 国家簒奪』  濱 嘉之  文春文庫

2020-05-20 13:14:31 | レビュー
 青山望シリーズの第9弾。文庫のための書き下ろし作品である。2017年1月に出版された。同期カルテットのそれぞれは前作と同じポジションで任務に携わっている。

 プロローグは覚醒剤取引の場面から始まる。北九州のある海岸で花沢組若頭・大場がコリアンマフィア・朴直煕の使いの者と互いの割符を合わせる形で待ち合わせをする。雪ネタと称される覚醒剤取引のブツの品質と取引方法の確認をするためだ。その夜博多港国際ターミナルで1000万ドル相当の現物が取引される。大場は確認サンプル1kgの雪ネタが入ったジュラルミン製アタッシュケースをプレゼントされた。大場が仕事を終え、名古屋栄の自宅マンションに戻り、情婦のめぐみの居る前で、そのアタッシュケースを開けようとした途端に、強烈な閃光と凄まじい爆発音が起きる。瞬間に二人の人間が消滅してしまった。岡広組総本部系二次団体の花沢組若頭・大場が爆殺されたのである。
 この爆殺現場の検分から、即座に警察庁への連絡、科捜研に鑑識資料送付の準備指示、消防研究センターへの協力依頼が為される。つまり、警察庁に出向中の藤中克範分析官が、この爆殺事件に関わって行く始まりとなる。

 捜査第二課管理官・龍一彦は、公安総務課の管理官・青山望に電話を入れる。龍はユーロ建て定額個人年金保険の個人情報流出に端を発した特殊詐欺事件を捜査していた。ソムレック保険という外資系保険会社の顧客データが盗まれて詐欺に使われているという。青山はソムレック保険が絡むなら、それは清水組の流れを汲む連中だろうと推測する。龍に協力を依頼され、青山はこの定額個人年金保険詐欺をチェックすると言い公安の視点からこの事件に関わって行く。

 藤中は名古屋の爆殺事件を知ると、消防と鑑識が現場検証中の段階でまず青山に連絡を入れた。テロの可能性を考えてのことだった。勿論、藤中が現地検分に行く際、青山も現地入りして一緒に検分する。使用されたのはプラスチック爆薬とテルミットの合わせ技と判明していた。さらに、爆発物マーカーの分析結果から中国人民解放軍使用のものと同一とわかる。青山はこのトリック爆弾はチベット辺境地区のラマ教寺院爆破事件に用いられたものと似ていると言う。
 捜査が進展すると、花沢組の位置づけ、コリアンマフィアとチャイニーズマフィアの連携した覚醒剤ルートが明らかになっていく。一方で、コリアンマフィアとチャイニーズマフィアの関係、さらにチャイニーズマフィア内に於ける香港と上海との勢力争いの関連も見え始める。現場とその周辺からの物証採取が難航し、手詰まり感も生まれていく。

 青山は大和田にも連絡を入れ、爆殺事件と保険詐欺事件の両面で、岡広組系ほか反社会的勢力の実態を一層明らかにしていこうとする。その一方で、岡広組総本部内でタマとして関係を維持している若頭補佐の白谷昭義に接触し情報を得ていく。大和田と白谷からの情報収集により、保険詐欺事件について岡広組から離脱した組の存在と関わりを意識し始める。
 さらに青山は、西新宿にある袁韋仁の事務所に乗り込んで行く。袁韋仁は服役中の神宮寺武人のシマを乗っ取り、龍華会グループを率いて、関東のチャイニーズマフィアのトップとなっていた。直接会って情報収集を兼ねる形で、日本国への敵対行為をするようなら宣戦布告とみなして潰すと断言する挙に出た。ビルを出るとき、すれ違った男に気づく。このとき青山は新たな情報への端緒を得た。

 パラレルに進展する事件の捜査は相互に関わり合う接点を秘めながら、独自の展開となっていく。その過程で警察組織内の不祥事が一つ明らかになっていく。

 本書のタイトルは一連の事件が一段落した時点で、青山が博多中州の人形小路にある味噌汁屋を訪れ、そこで引退した清水保と交わす会話から取られている。こんな会話である。
 青山「世界が、アメリカ、ロシア、中国の三国によって支配されることにはならないと思いますが、少なくとも日本が、国家簒奪--、つまり正統とはいえない支配者による搾取の対象とされることだけは避けねばなりません」
 清水「国家簒奪か・・・・。案外、この国はそんな危機に直面しなければ、国家というものを意識できない事態に陥っているのかもしれないな」

 さて、リアルタイムな警察小説という形の中に、公安部の青山を軸に同期カルテットの視点を介した情報小説という側面が前作よりさらに色濃くなり、ウエイトが大きくなっていると感じる。この点が私には興味深い。まさにリアルタイムに進行する世界情勢、問題事象について、そういう読み解き方もできるのか・・・・という点がおもしろい。
 今回はフィクション化されつつも、過去の事実の読み解きに連なる事象や、現在進行中の世界の情勢の読み解きに繋がる事象の情報がふんだんに盛り込まれている。
 情報小説という側面では次の諸事項が事件の進展と絡まり背景となりながら、パラレルにそれらの事象に対する一つの見方として書き込まれていく。
1. 九州オルレについて、その功罪。この小説で私は初めてこのことを知った。
2. 中国情報:人民解放軍の実態。「一帯一路」戦略の意味。社会構造の実態。「キツネ狩り作戦」の意味すること。太子党と団派。中国内におけるチャイニーズマフィアの位置づけ、等。
3. ドイツ銀行の問題事象とEUの抱える問題事象。イギリスの関わり方とEU離脱。
4.タックス・ヘイブンとバハマリークスから見える国際金融の裏面事象。
5. チャイナスクールと称される一群の人々の存在とその一側面。
6. 国連に関わる問題事象
7. 中国人、韓国人による日本国内の不動産購入の実態。
実に、多方面にわたり、世界情勢、現代社会等について考える材料に溢れている。
 ここには挙げていないが、過去あるいは現存の有名な政治家たちを推測させる裏話的な語りも興味深い。勿論、デフォルメされた書き方、つまりフィクション化された書き方から類推できるという域をでないが、さもありなんと思わせるところがおもしろい。つまり、公には語られることがない側面がアイロニカルに語られている。

 「エピローグ」の後半に、(龍)「青山、今回はホンマに助けられたわ」(青山)「総力戦となれば日本警察は強いんだ。それを示しただけのことだろう」から同期カルテットの会話がしばらくつづく。
 この第9弾では、日本警察の「総力戦」という観点がテーマになっているとも言える。
 青山望と文子のスーパームーン・デートの場面描写で終わるところが楽しい。

 ご一読ありがとうございます。

本書に出てくる関連事項で関心を抱いたものをネット検索してみた。一覧にしておきたい。
九州観光推進機構 ホームページ  
九州オルレ  :「九州旅ネット」
ドイツ銀行  :ウィキペディア
ドイツ銀行の破綻はあるのか、過去記事をチェックして要点を学ぶ:「日経ビジネス」
緊急ライブ!ドイツ銀行 本日実質デフォルト オリーブの木 代表・黒川あつひこ:YouTube
退役士官1万人が連携、北京に集結して抗議デモ 2016.11.4 :「日経ビジネス」
中国の特色ある強軍路線を闊歩して前進 2016.3.3 :「新華網」(新華社)
日本到着便の事前旅客情報(API)の提出開始について  :「JAPAN AIRLINES」
通貨スワップ協定  :ウィキペディア
「パナマ文書」に続き「バハマ・リークス」(タックスヘイブンの情報流出):「税理士法人 斎藤会計事務所」
「バハマ・リークス」(タックスヘイブンの情報流出」:「山條隆史-国際税務の専門家-」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 聖域侵犯』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 頂上決戦』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 巨悪利権』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫


最新の画像もっと見る

コメントを投稿