遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『親鸞始記 隠された真実を読み解く』  佐々木正  筑摩書房

2015-08-27 22:58:54 | レビュー
 本書は1997年7月に出版されていた。私の手許にあるのは、20011年4月の初版第5刷である。18年も前に出版された本をなぜ読む気になったのか。それは、梅原猛氏の『親鸞「四つの謎」を解く』を読んだことによる。梅原猛氏が親鸞について長年抱いていた疑問を再考するきっかけになった一冊がこの『親鸞始記』だったという。そこで、そのソースに遡ってみたくなったのである。

 本書は2部構成になっている。
 第1部は、3つの章と補遺から構成され、著者が世に流布された「親鸞像」を改めて再検討すべきであると、問題提起をする論述である。
 著者が、存覚作と伝えられ、親鸞についての伝承をまとめた『親鸞聖人正明伝(しょうみょうでん)』(以下、『正明伝』と略す)を一読するという出会いが、この書をまとめる動機になったという。「中世の宗教家・親鸞の<思想の結晶が見事に手渡されている>との直観が、私の身体をつらぬいたのである」(p7)と記す。著者の意図は、未だに歴史の闇に閉ざされてる<親鸞の原像>に光を当ててみる必要があるという主張である。これまでに諸学者・諸氏が研究し、定説化されてきた親鸞像に一石を投じるという試みなのだ。そのチャレンジがが関心を引き立てる。
 存覚は覚如の嫡子であり長男にあたる。覚如は親鸞の曾孫であり、父・覚恵から大谷留守職を継承し、血統で本願寺留守職(住職)を継承する世襲制を確立した。そして、親鸞⇒如信⇒覚如の三代伝持を主張した。覚如は長男の存覚との間で、義絶を繰り返していたという。『親鸞伝絵』は覚如が製作したもので、明治以降の親鸞はこの伝絵を主軸語られてきたという経緯がある。一方で、親鸞面受の高弟、真仏・顕智を始祖とする浄土真宗高田派の学僧・五天良空が江戸時代中期に『高田開山親鸞聖人正統伝』を開板している。『正明伝』はこの『正統伝』著述の原史料の一つとなったものだという。

 奥書を見ると、著者は「1945年、大分県臼杵市生まれ。千葉大学卒業後、公務員をへて現在、長野県塩尻市・萬福寺住職」とある。在野の研究者から、既成観念や学界のしがらみにとらわれない自由な発想で問題提起されたところが、実におもしろく、興味深い。
 親鸞は、いつまでも謎多き人物だ。
 
 著者の主張は「序」に明確に述べられている。学界や研究者から「偽作として見捨てられ、立脚地を喪失して浮遊しつづけた『正明伝』を、本来の場所へとしっかりと着地させること」を基本的なモチーフとしていること。それを<史実>と<記憶>と<思想>という3つのテーマからアプローチして実証するという点にある。つまり、『正明伝』は史料価値に溢れるものであり、「親鸞の青年時代の行実が詳細に記されている」のだという主張である。偽作として一顧だにされなかった『正明伝』に記されている「幽霊済度」「大蛇済度」「餓鬼済度」などの説話伝承の中に、「親鸞思想を解読していく上で必須の視座」が内包されていると説く。この第1部を読み進めると、なぜいままで『正明伝』が偽作という断定で葬り去られていたのか、不思議に感じる次第だ。明治以降の学界に築かれた定説に対して、学界外の在野からこういう主張が提起されているのは、親鸞という人物と思想に関心を抱く門外漢にとっては、痛快な感じすらうける。
 尚、著者は「あとがき」において、本書の論考は著者の直観から出発し、「研究書のような学問的方法論は採用しておらず、厳密な論証はいっさいはぶいている」(p236)と付記している。

 第2部は、『親鸞聖人正明伝』の原文を上段に、著者による現代語訳を下段にという二段組みで、『正明伝』全文を掲載している。
 梅原猛氏の著書を読んだときに、この『正明伝』がこのソースに現代語訳で掲載されているという記載から、『正明伝』そのものをまずは現代語訳で手軽に読んでみたいというのが、本書を手に取った理由のひとつでもある。
 著者の第1部の分析と論述を読むことなしに、この『正明伝』だけを読むと、親鸞が夢告を得た話と親鸞が教化の途中で行ったという済度話がかなりのウエイトを占め、そこには奇跡的色彩が濃厚な点に目が行く。あれは偽作だからね、と言われればああそうか・・・と同調してしまう側面があるのは事実のようにも思う。そのままで思考停止刷るかもしれない。そういう意味で、第1部を読んでから、第2部のこの『正明伝』そのものを読めば、やはり関心の持ち方が、この書の読み方が変わってくる。どういう視座から書を読むかの重要性を感じている次第。
 キリスト教の『聖書』の中、各使徒の書にはキリストの奇蹟の話が出てくる。しかし、大半の人々は『聖書』を偽作とは思ってもいない。奇蹟話の記述の中に、真理を読み取っているからなのだろう。『正明伝』の中の済度説話の奇蹟的色彩も、『聖書』中の奇蹟話と同じ次元で伝承されてきた類いのものといえるのかもしれない。

 梅原氏の著書で引用されていたことで既読の部分は一旦捨象して、このソースを読んだこととして印象深い事項というか要点となる部分を要約してご紹介しておきたい。詳細な論理の展開とその論述は、本書をご一読いただきたい。

*中世の時代には「出家」と「遁世」の二重構造があり、比叡山での出家は世俗の枠内に位置し、立身出世と結びつく、職域の一種のなりはてていた側面があること。
*親鸞が比叡山を捨てて、吉水の法然のもとに入門する契機になる動機(要因)の一つに、師の慈円が詠んだ「恋の歌」で公卿方から嫌疑をかけられる事件があったという。そして、再度「鷹羽雪」という題で歌を詠むよう求められた。綽空(=親鸞)が、その詠歌を使者として朝廷に届けることになり、その折、その場で歌を詠じなければならない立場になった。 綽空は、「箸鷹のみよりの羽風ふき立ておのれとはらふ袖の白雪」と即興で詠んだという。
*法然に入門する要因に、親鸞の六角堂参籠における夢告を授かったという「女犯偈」の話が有名であるが、その前に19歳のときの磯長御廟で夢告を授かったということが、親鸞の内的要因のひとつにあること。
*「安城の御影」の黒衣の下にかすかに描かれる「朱色の着衣」には重要なメタファーが秘められていると解釈できること。それは親鸞自身の思想形成の重大転機となったことを象徴するものであるということ。
*覚如の「伝絵」には、覚如の<思想性>が内包されていて、後世に大きな偏向をもたらすことになり、結果として親鸞の<原像>を隠蔽する形になったとみられる側面がある。
*覚如と存覚の間には、思想上の深刻な対立が存在したと推定できること。
*親鸞は、法然に入門した後、法然の指名を受けて、親鸞は九条兼実の娘・玉日姫と「結婚」したと『正明伝』は記す。『伝絵』や親鸞伝ではこの事実に触れられていない。この「結婚」の事実を隠蔽することは、親鸞の思想を歪曲することにつながる。
*親鸞の思想を語る前提として、法然並びに顕密仏教の思想と法然の思想闘争のエッセンスが簡略にまとめられていること。

 上記の要点略記にも触れているが、著者はp85~92において、12項目にまとめて、簡明に、『正明伝』の分析と思想的特徴の解明を行っている。この箇所をまず読んでみると、著者の観点が手早く理解されるといえるかもしれない。第2部を詠むための簡略なイントロにもなると言える。

 印象深い文章をいくつか引用しておきたい。
*<女犯偈>が親鸞の思想の基底に位置する象徴的言語であるならば、その始発点となった六角堂参籠の事実を肖像の中に刻印することは、必然的な展開となってくる。・・・・厳寒期の参籠中に、あるいは比叡山からの往還に使用されたに違いない「帽子」に対してのみ、<参籠=女犯偈>の視覚的象徴としての、重要な位置が与えられたのである。 p55
*親鸞は存在の底の<犯>の事実を正視して、その場所を思想の起点とした最初の人となった。 p122
*法然の吉水教団に集う民衆の魂の躍動・・・・その背後には「食」と「性」の坩堝の中で<存在としての罪>に苦しむ、無数の群萌の地平が広がっていた。  p122
*法然の思想を手渡された親鸞は、「結婚」に踏み切ることにより、名誉ある初めての実践者の地位を獲得した。  p142
*ひとり居て喜ばば二人とおもうべし、二人居て喜ばば三人とおもうべし、そのひとりは親鸞なり。
 親鸞のものと伝わる<御臨末の御書>の言葉は、親鸞の最後のつぶやきではなかったろうか。  p235

 実に痛快な一書である。原文が『真宗史料集成・第七巻』(同朋舎)に収録されているようだが、私を含め、一般的読者には敷居が高い本と目される類いの専門書である。『正明伝』が本著者を介して、現代語訳で手軽に読めることは親鸞の思想にさらに一歩近づきやすい契機となると思う。<親鸞の原像>に肉迫していく上で、一読の価値がある書といえよう。

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本書と関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
真宗教団連合 ホームページ
真宗高田派本山 専修寺 ホームページ
覚如   :「コトバンク」
覚如上人  本願寺第三世(1270~1351)  :「築地本願寺」
覚如における信の思想  信楽峻麿氏  龍谷大学論集・第424号
存覚  :ウィキペディア
存覚(光玄)の生涯  :「真宗文献のページ 書架」
浄土真宗の歴史に学ぶ 千葉乗隆氏  :「安楽寺」

慈円  ;ウィキペディア
法然  :ウィキペディア
親鸞  :ウィキペディア

六角堂 紫雲山頂法寺 ホームページ

【04】不思議な女性との出会い   :「真宗史学研究所」
【05】磯長の夢告         :「真宗史学研究所」
【06】大乗院の夢告        :「真宗史学研究所」
【08】六角堂参籠と「女犯の夢告」 :「真宗史学研究所」
【09】六角堂参籠と「女犯の夢告」(その2)  :「真宗史学研究所」
【10】六角堂参籠と「女犯の夢告」(その3)  :「真宗史学研究所」

西岸寺 ホームページ 親鸞聖人御旧跡玉日姫君御廟所 法性寺小御堂
   玉日姫御廟所
   京都西岸寺玉日姫御廟所の発掘とその意義 玉日姫は実在した?
               山形大学教授 松尾剛次
玉日姫の実在説に新史料 ―「親鸞と結婚」話に真実性 :「中外日報 禅の風にきく」
   山形大教授 松尾剛次氏  2013年2月21日付 中外日報(論・談)
玉日姫夜話。-親鸞妻帯異聞-  :「今様、つれづれ草」
親鸞聖人御因縁秘伝鈔  :「コトバンク」
第8章 親鸞聖人の思想の哲学的特徴  :「Shin Buddhism in Modern Culture」

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こちらの読後印象もまとめています。ご一読いただけるとうれしいです。

『親鸞「四つの謎」を解く』  梅原 猛  新潮社


『神の時空 -かみのとき- 貴船の沢鬼』 高田崇史 講談社NOVELS

2015-08-22 10:32:54 | レビュー
 『神の時空 -かみのとき-』シリーズの第3作。『鎌倉の地龍』『倭の水霊』に続くが、舞台は京都になる。鎌倉から西の方向に時空が移動しつつある。未読だが、第4作が『三輪の山祇』として既に出版されているので、西の時空に次々に移動していきそうな気配である。

 さて、この『貴船の沢鬼』であるが、このシリーズにおける作品の構成スタイルがかなり図式的に見えてきた気がする。
 最もベースになっているのは、高村皇(たかむらすめらぎ)と辻曲家(つじまがり)の兄弟との対決である。高村皇は日本に存在する怨霊神の結界を破壊し、日本国土を地獄の底に突き落とそうと、その全面破壊を謀る。それに対し、シャーマン的な霊能力を継承する辻曲家の兄妹が次女の辻曲摩季(まき)の死を契機に、高村皇の謀略が蠢いているということを知らずに、神の時空に起こる奇怪な現象を鎮めて自分たちの目的を果たすために、その事象に立ち向かって行く。つまり、高村皇の謀略を無意識のうちに阻止する活動をするという筋書きである。この謀略の張本人が高村皇と知るのはいつなのか? それを知ることで事態がどう変化するのか? というのが先の関心事項にもなる。
八百万の神々が存在するとされるこの日本の神の時空で、怨霊の神々は様々な系譜、形で複雑怪奇と思える位にリンクし重層している。高村皇が仕掛ける壮大な謀、結界を破り怨霊神を解き放つという謀略に対し、立ち向かう為には、その複雑にリンクする怨霊神の関係を遡って分析し、解明しなければならない。そうでないと、その未曾有の危機に対して、それら神々を結界の中に留まり、鎮まり引き籠もってもらえない。辻曲家の兄妹はその鎮め役として活躍していくことになる。

 辻曲家の兄妹が行動しなければならない理由は、第1作の鶴岡八幡宮の神及びそれにリンクする神の結界が破壊されそうになったことが発端である。この時に、鎌倉・由比ヶ浜女学院一年生だった次女の辻曲摩季が事件の渦中で死亡した。
 辻曲家の兄妹は、死界への旅の途上にある摩季を、自分たちの持つ霊力を踏まえてこの世に甦らそうと行動を開始する。彼らが摩季に試みようとしているのは「死反(まかるがえしの)術」なのだ。タイムリミットは7日間。この術を成功させ、摩季を甦らせるには、その術を施すための材料が揃わなければならない。
 その一つが、京都・貴船の清らかな霊水という訳だ。貴船の方向に嫌な気配、予感を感じつつ、この霊水を確保するために、貴船に出かけることから、ストーリーが展開する。この第3作では、東京・中目黒から京都・貴船へ、車で長女の彩音(あやね)と三女の巳雨(みう)、そして辻曲家の一員で巳雨の友達であるグリ(グリザベラ)が出かけて行く。そこに福来陽一が同行する。東京から京都への移動過程で、貴船の神についての分析・整理が進められていく。

 このシリーズの特異でおもしろいのは、異界の人々が当たり前の如くに登場し重要な役割を演じることである。その一人が同行する福来陽一。彼は長男の辻曲了が渋谷で経営するカレーショップの常連客なのだが、「ヌリカベ」という存在である。ゲゲゲの鬼太郎の仲間である妖怪というとピンとくるかもしれない。福岡県の海岸地方に伝わる妖怪とされる。もう一人が、いつも「猫柳珈琲店」の片隅で原稿を書いている老歴史作家の火地晋。福来陽一にわからないことがあるとこの火地晋に教えを乞いにいく。だが、この火地晋は幽霊なのだ。「神の時空」をテーマにするゆえか、登場する主な人物の中に、異界の存在が当然の如くに登場していて、それほど違和感を感じさせないところがおもしろい。

 辻曲家の兄妹の行動と併行して、作品の主要舞台となる現地側で殺人事件が発生する。その殺人事件の捜査は勿論、現地の所轄警察が進めて行く。その事件の発生自体が奇怪なものというところがこの作品の特徴的なところだろう。殺人事件の捜査プロセスがパラレルに進展するストーリーとなっていく。
 そして、現地で発生している事件に、辻曲家の兄妹が巻き込まれていくことが接点となる。辻曲家の兄弟が事件解明に協力することになるとともに、事件関係者が高村皇の謀略に対して、何らかの関連要素に組み込まれていたことにもなっている。

 つまり、全く異質の次元で進行する複数のストーリー展開が交錯し、ひとつに織りなされていく。だが、この第3作でも、未だ高村皇の存在自体を辻曲兄妹は知るよしもない段階にとどまる。
 
 今回登場する神の時空は、貴船神社-上賀茂神社・下鴨神社-宇治・橋姫神社というリンクが解き明かされていく。その過程で安倍晴明にも言及されていく。さらに鞍馬寺が関わってくるという興味深さ。どのように相互にリンクしているのかについての著者の解明が読ませどころということになる。こういう領域に無関心なら、この作品はおもしろさが半減するだろう。この作品とは無縁と判断し手に取らない方がよい。小説総ページのおよそ半分はこの神の時空の解明に費やされているのだから・・・・。このシリーズもまたマニアック好みの作品と言えるだろう。
 逆にいえば、その分析過程の累積結果が、結末における説得性につながるのである。

 この小説では殺人事件の発生が、プロローグから書き起こされる。宇治川に架かる宇治橋を眺められる自宅の二階で地方史家の金子学が襲われ、長い樫の棒のようなもので物凄い力で殴られ意識不明となる事件が発生する。般若のような顔をした人間が、現場から逃走したのを、数人が目撃したというのだ。現場に居合わせたのは高舘淳子で、彼女は結婚を前提に金子と交際を始めた女性だった。
 事件を担当するのは、京都府警捜査一課の瀬口義孝警部補。その相棒は今年配属になったばかりで25歳の加藤祐香巡査である。瀬口刑事が直属上司の村田雄吉警部から頼まれたのだ。瀬口はこのお嬢様刑事の扱いに手を焼いている。加藤祐香は幽霊の存在を信じているという。祐香は宇治の育ちで、平等院へ行く途中、橋姫神社の近くで般若のような顔をした鬼を目撃したことがあるというのだ。そんなお嬢様刑事だから、般若の顔のような犯人という目撃証言により幽霊の観点から事件にのめり込んでいく。

 この事件の捜査が始まった直後に、今度は下鴨神社の糺森(ただすのもり)の南口鳥居近くの叢林で殺人事件が発生する。目撃者は近くの参道を通りかかった中村理奈。高校から家に帰る途中で、この神社を通り抜けるために参道を歩いていたのだった。理奈は社務所に駈けていき連絡する。こちらの事件も瀬口刑事と加藤刑事のコンビが担当することになる。捜査過程で、被害者は旅行者の内海哲夫、30歳だと判明する。そして、目撃した中村理奈は、「16年前に他界した自分の父親の信(のぶ)とそっくりな男性-しかも、鬼のように怒っていた男性」が殺したと証言したのだ。

 そんな矢先に、貴船神社から少し南に下がった府道で、真夜中に男性が殺されたという事件がまたもや発生する。瀬口・加藤両刑事は貴船に向かうことになる。
 貴船の被害者は30歳前後の男性。こちらの事件目撃者は出町柳辺りに住む主婦の栗田秀子という人。彼女が軽自動車の運転席から目撃したのは、一組の男女だった。突然に男の人がうめき声を上げたという。彼女は走り去った女の顔を目撃していた。その顔は般若のようだった・・・と。被害者は小倉武だと判明する。

 これらの事件が、独立バラバラのものなのか、はたまたリンクしているのか・・・・?そのあたりが楽しみどころである。事件と関わりあう人間関係の複雑さが巧妙に仕組まれているストーリーだとだけ、述べておこう。

 京都府に住んでいて、貴船神社に行ったこともあるのに、この神社の名前が明治4年(1871)に『貴船』と天皇によって決められたというのを、この小説で初めて認識した。それまでは、「気生嶺」「貴布祢」「木船」「黄船」などとも書かれたりもしたそうである。

 最後に、ヌリカベの福来陽一が貴船に出向くにあたり準備した資(史)料、並びに陽一が火地晋の教えを乞いに行ったときに会話にでてきた史料の名称をメモしておこう。こういう史料が読み込まれて分析され、神の時空の状況・関係性が解明されていく。勿論それは一つの仮説の提示ということになるのだが、このプロセスが興味深いものである。関心を抱く輩にとっては・・・・・。関心がなければ、単に古文書の紙類を掘り起こす、ややこしい話で嫌気のさすものにしかすぎないといえる。
 『日本書紀』、『古事記』、『平家物語』(剣巻)、『奥義抄』(藤原清輔)、『御伽草紙絵巻』、『古今和歌集』、『新古今和歌集』、『十訓抄』、『延喜式祝詞』、『倭姫命世記』、『名羲抄』、『京羽二重織留』、『山城国風土記逸文』、『日本紀略』、『神道集』巻七、『秀真伝』、『鞍馬蓋寺縁起』である。
 そして、その関連情報として、『先代旧事本紀』、『和漢三才図会』、鳥山石燕筆『画図百鬼夜行』、能の「鉄輪」、『源氏物語』、『今昔物語集』、『後拾遺和歌集』、『更級日記』も登場する。
 浩瀚な古典籍群が、神の世界での関係をリンクさせていく。そこには歴史の闇が潜んでいる。実に興味深い仮説の展開がなされていく。おもしろい。

 ご一読ありがとうございます。


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 本書に関連する主な関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。

橋姫神社  :ウィキペディア
橋姫神社(宇治市) :「京都風光」
橋姫  :ウィキペディア
貴布禰総本宮 貴船神社 ホームページ
貴船神社 :ウィキペディア
貴船神社 :「京都観光Navi」
上賀茂神社 ホームページ
下鴨神社 公式サイト
総本山 鞍馬寺 公式サイト
鞍馬山山内史跡地図  :「鞍馬山・鞍馬寺 休日の癒し」
少年・義経が駆け抜けた貴船から鞍馬を行く  :「京阪奈ぶらい歴史散歩」

神道集  :ウィキペディア
『神道集』の神々  第三十八 橋姫明神事
ホツマツタエ  :ウィキペディア
1 瀬織律姫(せおりつひめ) :「さだべえの歴史探検」
6 秀真伝(ほつまつたえ) :「さだべえの歴史探検」
宇治橋姫と『今昔物語集』(中) :「『春宵宴』についての研究」
宇治橋姫について(続編)  :「『春宵宴』についての研究」
資料編 :「『春宵宴』についての研究」
大和姫命世記  :「貴重和本デジタルライブラリー」(愛知県図書館)
倭姫命世記  :「神話の森」
第23話 罪作りだよ?『倭姫命世紀』  :「齋宮歴史博物館」
新撰十訓抄 : 詳註  田中健三 著 :「国立国会図書館デジタルコレクション」
日本紀略 経済雑誌社 編      :「国立国会図書館デジタルコレクション」


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徒然に読んできた作品で、このブログを書き始めた以降に、シリーズ作品の特定の巻を含め、印象記をまとめたものです。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『神の時空-かみのとき- 倭の水霊』  講談社NOVELS
『神の時空-かみのとき- 鎌倉の地龍』 講談社NOVELS
『カンナ 出雲の顕在』 講談社NOVELS
『QED 伊勢の曙光』 講談社NOVELS



『ブラック・コール 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 佐藤青南  宝島社

2015-08-15 10:15:38 | レビュー
 『サイレント・ヴォイス』に続く第2作である。第1作の連作短編集で、楯岡絵麻巡査部長が、取調室でどんな風に、容疑者から自供を引き出していくか、その行動心理の分析プロセスに引き込まれて行った。5編の短編で、異質な事件に対し、一貫して行動心理分析を武器に取り調べを進めて行く手法を楽しめた。その同じことの繰り返しになるようなら、面白みがなくなる。行動心理手法を中核にしながら、今度はどんな事件が発生し、どんなところで、エンマ様の実力が発揮されるか・・・・さらに楽しめる第2作か? そんな関心で読み始めた。う~ん、なかなか工夫が凝らされている。

 この第2作は短編4本で構成されている。この短編集は、第1話に始まり第3話までの異なった事件の捜査進展と事件解決のストーリーの中に、第4話に繋がって行く要素がパラレルに進行するストーリーとして具体的・部分的に記述され織り込まれていくのだ。もちろん、第1作の中でも、部分的に伏線が張られてきていたが、それは楯岡絵麻が絶対に決着を付けたい事件に関わる点的情報の提示にとどまった。この第2作では、第4作に繋がる部分ストーリーが連作の短編に提示されていくという趣向になっている。予告的部分ストーリーが、短編としての事件の完結性に付随した、懸案事件の将来展開への期待感づくりとなっていく。そんな面白さが盛り込まれている。
 それと、もう一つはやはり、第1作にはなかった異色の事件が次々と取り扱われることになり、既視感は持たせない工夫があることと、絵麻が西野を伴い、事件の現場にも足を運ぶという局面も取り入れてきたことである。狭い取調室という限定性から飛び出した描写が加わってくる。いわゆる警察物の状況も出てくるという次第だ。

 さて、この第2作は、次の4つの短編で構成されている。
 第1話 イヤよイヤよも隙のうち
 第2話 トロイの落馬
 第3話 アブナい十代
 第4話 エンマ様の敗北

 これらが、どんな事件なのか。そしてどのように解決されるのか? どのように解決されるのかは、読んでいただいてのお楽しみ・・・・。どんな事件なのかに少し触れて、読後印象も多少記しておきたい。

<第1話 イヤよイヤよも隙のうち>
 長い間地下室の密室空間に監禁されていた久我春菜が、この機会を逃せば二度とない・・・そんな思いで、地下室から逃走する。渋谷駅に近い、松濤の高級住宅街の建物の一つの鉄の門扉を開いて、飛び出していく。だが、コンビニエンスの近くまで逃げてきて、助けを求めるが、交差点で交通事故に遭遇し、落命する。
 楯岡絵麻は被疑者・木谷徹の取り調べを担当する。取り調べの相棒は勿論西野。木谷は都内に多くの不動産を所有し悠々自適の生活ができる相当な資産家でイケメンなのだ。9年前に遺産相続するまでは、都立中学の美術教師だった。
 8年前に当時中学2年の久我春菜が足立区梅島で忽然と失踪。捜索願が受理されて、百人態勢で捜索が実施されたが、手がかりが発見できなかたのだ。生来の首筋の大きな痣が久我春菜を特定する決め手となった。木谷はかつて、春菜の通う中学校の美術教師として勤務していた事実が、捜査の結果判明してくる。
 遺産相続で資産家となった木谷の父は区議会議員、母は町田の大学病院に勤務する小児科医。そんな裕福な家庭で木谷は育ち、美術教師となった木谷徹なのだ。立派な家庭の外面の裏側に何があったのか? なぜ、ロリコンのド変態男・木谷徹ができあがったのか?
 絵麻の取り調べは、意外な事実を明らかにしていく。そこには二重三重にこみ入った背景が潜んでいた。
 ひとひねりではすまないひねりがおもしろいところ。
この短編で、初めて「片親引き離し症候群」とう疾患概念が提唱されてることを知った。興味深い。第1作の最後に、これがイントロかの如くにパラレル・ストーリーが顔を出す。何? この付け足しは・・・・、と言う風に。思わせぶりに・・・・。

<トロイの落馬>
 この短編のもじりタイトルからただちに連想するのは「トロイの木馬」というコトバ。「トロイの木馬」は今ではコンピュータ・ウィルス犯罪で使われる有名な用語である。
 今回は、冒頭に絵麻が東京拘置所の接見室で、ストーカー事件の被告人として起訴されたイケメンの青木亮に、フリーライターの栗原裕子と偽名を使って面談する場面から始まる。第1作で明らかになった、楯岡絵麻が警察官の道を歩み始めた契機と繋がる短編かと思いきや、パラレル・ストーリーのワンシーン。少しずつ、ストーリーが動き出す。
 ところで、この第2話の本筋は、被疑者が超有能なプログラマーの高山幸司という事件を取り調べるというもの。容疑の内容は、他人のパソコンを遠隔操作し、ネット上の掲示板に航空機爆破予告や幼稚園、イベント等での大量殺人予告を書き込んだというものである。当初、独立した個別犯行とみられていたが、マスコミ各社に真犯人と名乗る人物から犯行声明文と遠隔操作に使用したプログラム入りCD-ROMが送りつけられてきたのだ。そのプログラムがいわゆる『トロイの木馬』形式のプログラムだった。
 面白いのは、この高山幸司が任意同行された2時間後には、42歳の松尾隆太郎という、「マッチョ先生」の愛称を持つ人権派弁護士が、高山に接触していったというのだ。そして、高山が被疑者として連行されるや、その直後に松尾は報道陣を引き連れて、警視庁本部庁舎に駆けつけたのだ。弱者の側に立つ正義の弁護士登場という形で。松尾に対しては、法曹界では、「人権派というより演技派」という揶揄する向きすらある人物。
 被疑者は、マッチョ先生の指示で、絵麻に何も話せないと言う。また松尾弁護士は、警察にたいし、取り調べの可視化を行わない限り、いっさいの取り調べを拒否するという申し入れすらしているようなのだ。被疑者周辺のハードルが高い中で、絵麻がどう取り調べを進めていくのか興味津々という展開となる。
 この松尾弁護士が、冒頭のパラレル・ストーリーの被告人・青木の弁護士も引き受けていたということから、話が一層面白くなっていく。偽名を使って青木に面談した絵麻が、この窮地になりかねない事態をどう乗り越えられるか・・・・も楽しみどころ。
 この事件では、第1作の連作とは異なり、西新宿にある高山の勤務先である株式会社バッファを訪ねて、聞き込み調査を行い、高山の人間関係を洗い直すという行動をとる。その聞き込み捜査から、絵麻はあることに気づくのだ。
 「策士、策に溺れる」という諺がある。トロイの木馬から落馬するのは誰か? この事件の展開も、どんでん返しの意外性があっておもしろい。コンピュータ・ウィルス・プログラムなどが、どのように仕込まれて行くかのプロセスを窺えるというのが一つの副産物となっている。
 この短編もまた、最後に、パラレル・ストーリーのワンシーンがプラスされて終わる。ジワジワと、パラレル・ストーリーがどういう形になるのか、期待感が募っていくという構成になっていて、興味深い。

<第3話 アブナい十代>
 この短編も、冒頭はパラレル・ストーリーの方から始まる。そこでは、第2話の「トロイの木馬」が事件未解決の核心に迫る重要なヒントとして、トリガーとなるという展開に発展していくのだが・・・・。
 さて、この第3話は、練馬区にある中高一貫の有名な私学・明星学園という男子校で起こった事件。学校に、3日前に体育祭中止の脅迫状が送りつけられる。体育祭は一般公開を中止するものの生徒の家族だけ入場を許可する措置をとって、実施されたのだ。管轄警察署から20人の警官が派遣され、異例の厳戒態勢の警備が敷かれる。しかし、警官も含めて、十数人の負傷者が発生してしまう。楯岡絵麻は、この事件現場に赴き、現場での事情聴取活動に加わるところから、ストーリーは始まって行く。普通の警察ものの出だしである。違いは、絵麻が現場での聞き込みの間も、行動心理捜査の視点から情報収集を的確に行い、対応していく点だろう。
 被疑者として、明星学園中等部の2年生、東村歩が浮かび上がる。捜査員が身柄確保のため、東村の在宅を確認した上で、自宅の母屋に踏み込むのだが、自転車で逃走を図られるという失態を犯す。空白の1時間後に、東村の身柄が確保される。
 そして、絵麻の取り調べという段階になる。東村は犯行は素直に認めたのだが、標的は誰だったかを語ろうとしない。
 アメリカの爆弾テロ事件で使用された爆弾のニュースやネット情報にヒントを得て、圧力鍋や化学物質を買いそろえて同種の爆弾を作ったのだ。絵麻とこんなやりとりをする。「すごく安いやつ、とはいうけど、圧力鍋やら化学物質まで揃えるには、けっこうお金がかかったんじゃないの」
「たいした金額じゃありません。爆弾1個につき1万円ちょっとですから」
「1万円ねえ・・・・」

 東村は絵麻の質問に素直に答える部分と、語らない部分が交錯する。標的についてはガンとして語らない。取り調べの引き延ばしを図ろうとするしたたかさをみせる「アブナい10代」なのだ。
 絵麻は、東村の大脳辺縁系に質問をしながら取り調べを進めていく。そして、楯岡絵麻を嫌っている同僚の筒井刑事にも全面協力してもらう心理トリックを使う。この事件解決のミソはここにあった。事件が解決して、ナルホド!である。おもしろい。
 東村の犯行の動機を明らかにするというところがこの短編の主眼点のように思う。

 そして、短編最後の章は、パラレル・ストーリーが挿入されて終わる。絵麻はトロイの木馬と想定するターゲットを絞り込み、その人物と話のできる機会を作ろうと試みる。

<第4話 エンマ様の敗北>
 第1作『サイレント・ヴォイス』において、点的情報が徐々に明らかになり、この第2作の第1話~第3話で、パラレル・ストーリーとしてスポット・シーンが描かれ、事件解決への足がかりが織り込まれてきた。それがこの第4話で事件解明への後半のストーリーが本格的に展開する。15年前の小平事件が時効となってしまった日から3週間時後に、小平のホシからのメッセージと思えるものが、下馬でのストーカー殺人事件現場に残されていた。小平事件は、絵麻を親身になってサポートしてくれた教師・栗原裕子が強姦殺害されたものである。その点が第1作の点的情報の積み重ねで、明らかになる。栗原裕子が殺害される少し前に、裕子の住むマンションを訪ねた絵麻は、その事件のホシに会っていたのだ。裕子殺害犯を突き止めると言うのが、絵麻の悲願になっている。そのため、この15年間、捜査本部解散後に、単独捜査員として捜査に従事している山下刑事と連絡を取って、情報交換を続けてきたのだ。
 下馬の事件現場で採取された毛髪が下馬の事件とは無関係だと判断されたことから、その毛髪の混入は意図的なもので、小平事件のホシのメッセージだと絵麻は解釈する。そして、毛髪がそこに残された事実が、トロイの木馬の役割を担う人物が意図的・非意図的に拘わらず警察の組織内に居たという結論を導く。極秘の調査の結果、それが鑑識班に所属する武藤恵子だった。この武藤恵子と絵麻は銀座にある割烹料理店で会って、話をする機会づくりをする場面から、この第4話が始まる。
 絵麻は恵子を介して、恵子が交際している男と接触できる機会を得ようとする。出会うことができれば、15年の歳月が経ていようと、絵麻にはホシであるかどうか、即座に判断できるからだ。そのチャンスを作り、恵子とともに3人が出会える機会をセッティングできるのだが・・・・。小平事件は時効になっている現実。だが、その男がホシならば、許せないという思い。男を逮捕し刑事罰に処する道があるのか・・・・。なかなか興味深い展開となっていく。
 その興味深さは、殺害事件時効後への対応、ホシがどんな人物なのか、武藤恵子とホシと想定される男との関係がどうなるのか、単独捜査員として時効までホシを追い続けてきた山下刑事と絵麻の思いは・・・・いろいろな要因がまさに意外な関わりを持ちながら展開していく。なかなか読ませるストーリーに仕上がっている。ここにも意外性がふんだんに盛り込まれていて、おもしろい。最後に、絵麻を毛嫌いしていた筒井刑事に良い役割を振って、エンディングにしているところが楽しめる。

 この第4話にも、説明入りながら、絵麻による様々な行動心理理論・技術の応用編となっていく。その用語を列挙しおこう。これって、かなり応用力のあるものだから。
 ミラーリング、マイクロジェスチャー、ランチョン・テクニック、フォアラー効果
 単純接触効果、ドア・イン・ザ・フェイス・テクニック、ロー・ボール・テクニック
 ロミオとジュリエット効果、

 最後に、余韻を残す絵麻と山下のやりとりを引用しておこう。
(絵麻)「納得できようとできまいと、犯人を逮捕し、司法の判断に委ねる。それが私たちの仕事です。・・・暴力は暴力を、復讐は復讐を招きます。憎しみの連鎖を、誰かが断ち切らないと」
(山下)「それは、おまえにまかせる。・・・・おまえの手で、憎しみの連鎖を断ち切ってくれ」
 事件は解決した。しかし、なぜ「エンマの敗北」というタイトルなのか? それはこの短編をお読みいただきご理解いただきたい。

 この短編集には、コラム記事が、p74とp246に載っている。
 「コラム1 好感をもたれよう」「コラム2 信用されよう」という見だしの「行動心理学講座」である。杉若弘子教授(同志社大学心理学部)が監修されている。本屋さんでの立ち読みで、このおまけコラムを読むだけでも、有益であると思う。オススメ・・・・。
行動心理学への関心というより、その応用への関心が高まることだろう。

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本書に関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ミラーリング効果・シンメトリー効果  
    :「若手社員(新入社員)の心理術・処世術・心理学辞典」
ミラーリング効果  :「男と女の心理学と心理テスト」
ランチョン・テクニック :「そういうことだったのか!心理学講座」
食事を共有することの大切さ「ランチョン・テクニック」 :「NAVERまとめ」
フォアラー効果(P・T・バーナム効果、主観的な評価) :「The SKEPTICS DICTIONARY」
単純接触効果(ザイアンスの法則)を、人間関係や文章作成に活かす手順をまとめてみた
   :「ゆとり世代のブログ運営論」
【朝礼ネタ】ザイアンスの法則とは? 営業マンの大きな勘違い:「ネタのコンビニ」
恋愛を成功に導く!「単純接触効果の原理」を応用した恋愛テクニック
    :「NAVER まとめ」
好きな人に自分を印象づける”フォアラー効果”を活かした会話術 :「恋愛jp」
ドア・イン・ザ・フェイス :「そういうことだったのか!心理学講座」
一貫性の原理  :ウィキペディア
ローボールテクニック  :「ブラックビジネスマニュアル」
心理学で学ぶ頼み方③ ローボール・テクニック  :「ズボランド」
ローボールテクニック~正攻法がだめな相手には恋の裏ワザ :「カノツク!」

P. T. Barnum From Wikipedia, the free encyclopedia
Barnum effect  From Wikipedia, the free encyclopedia
Low-ball  From Wikipedia, the free encyclopedia
Door-in-the-face technique  From Wikipedia, the free encyclopedia
Robert Zajonc  From Wikipedia, the free encyclopedia

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『サイレント・ヴォイス 行動心理捜査官・楯岡絵麻』 宝島社

『精鋭』 今野 敏  朝日新聞出版

2015-08-11 09:41:50 | レビュー
 この小説をひとことで言うなら、警察官成長物語だろう。少し補足してみる。大学では体育会のラグビー部に所属していた柿田亮(かきたりょう)は警察官となる。警視庁巡査を拝命した22歳の柿田が警察官として訓練に明け暮れ、成長していく最初の3年を描く。 3年も訓練づけ? 実は、1年目は警察官としてのお定まりコースの訓練と配属。警察官1年生のスタートだ。その柿田が、機動隊員に推薦され、2年目は機動隊に異動、そこでまた一から訓練を受ける。ところが、そこでも上司の目にとまり、特殊部隊SATの新人候補者として推薦される。そしてSATの新人訓練をうける立場に投げ込まれることになる。その訓練を経て、柿田巡査が仲間と共にSAT隊員の精鋭として巣立つ。このプロセスを描き上げた作品である。

 警察官が事件を捜査し犯人を逮捕するという警察小説とはひと味ことなり、警察官自身の思いと疑問、訓練プロセスの内容と訓練に対する心理と思考、一緒に訓練を受ける仲間との交流が描かれて行く。著者のこれまでの警察小説全体からみると、ちょっと異色な警察小説と言える。
 初出は、朝日新聞に、2014年1月4日~9月30日に連載されたようだ。単行本化に際し加筆修正されたとか。

 この小説には目次がなく、章は番号で1~25が振られているだけである。上記で触れたが、柿田巡査の成長プロセスは実質的には4部構成になっている。
 1~ 9 警察官1年目  警察官としての定番訓練と地域課への配属 p3-116
10~15 警察官2年目  4~9月 第4機動隊員としての初期訓練 p117-193
16~21 警察官2年目  10~3月 特殊部隊への試験入隊訓練  p194-275
22~25 警察官3年目  4~9月  SATに正式入隊、隊員訓練 p276-315

 警察官人生の穏当な1年目から、機動隊員、SAT隊員へとステップアップしていき、それぞれの役割、機能に必要とされる訓練内容がどんどんハードになっていく。警察官の各職能を担当するためには、どんな訓練を経ていくことになるのか? そこにはどんな厳しさが含まれているのか? そんな訓練プロセスをリアルにイメージ化させてくれる小説だ。警察官誕生、機動隊員・SAT隊員育成プログラムご紹介編という側面がかなりのウェイトを占める。それら訓練を経る中で警察官の意識変革・成長のプロセスが描き出されていく。ついつい、次はどんな訓練? と引き込まれていく。訓練を受ける柿田巡査の意識が徐々に変化していく様子が興味深いし、面白く読ませどころでもある。

 それでは、各フェーズについて、少しご紹介しておこう。
<警察官1年目>
 ストーリーは、初任教養を終えて、研修の一環としての「卒配」と呼ばれる部署経験で柿田巡査が戸惑うシーンから始まる。地域課、刑事課(盗犯係)、交通課、生活安全課と巡って行く。その過程で、「違法」とは何をいうのか、その線引きは? それが柿田の疑問となる。このあたり現実的な感じ・・・・ちょっとした違反行為をしたことがない人なんて、ほとんどいないはず・・・。
 その後、警察学校に戻って、初任総合教養を受ける。そこで、柿田は己の感じた疑問を川上教官にぶつけていく。このやりとり場面がおもしろい。
 そして、柿田は卒配されていた所轄署の地域課に配属される。研修で世話になった曽根巡査部長の班に入る。署の独身寮、いわゆる待機寮に住み、4交替制の警視庁の交番勤務に苦労しながら慣れていく姿が描かれる。小学生らしい女の子三人組が届けに来た「捨て猫」問題というユーモラスな話題、暴れる酔っ払いへの対処、非番の時に映画館で目撃する痴漢行為の顛末と続くおもしろさ。そんな中で、警視庁の駅伝大会のために、署内の特練に曽根巡査部長から推薦されるのだ。その理由が、柿田が学生時代にラグビー部に所属していたから、「おまえ、走るの得意だよな?」だった。
 「いいか? もし、機動隊を希望するなら、今のうちから走り込んでおかなけりゃなrない。とにかく体力勝負だからな」 こんな曽根の一言が、まさか現実になっていくとは・・・という展開だ。
 特練から駅伝大会、そして、第4機動隊の面接を受けよの指示へと・・・。

<第4機動隊員としての初期訓練>
 第2年目の4月に機動隊への異動となる。だが、立川まで最初の1週間は今までの待機寮から通勤する羽目になる。試験入隊訓練を1週間やるのだという。さらに、朝7時から、柔剣道訓練の朝稽古があるという。そのためには、朝5時には、寮を出発しなければならない。柿田にとっては、とんでもない試練から始まるという次第。この試験入隊訓練場面の描写から始まる。
 柿田は、1週間の厳しい訓練をやり遂げて機動隊員の襟章を与えられる。柿田、感動の一瞬である。機動隊の寮に引っ越して、通勤地獄から解放されるのだが、ここから訓練漬けの日々が始まる。寮に移り、隣室に挨拶に行くと、そこには柿田の1年上で、試験入隊訓練をいっしょにやった池端学(いけはたまなぶ)が入室していた。彼は、冒頭からSATを目指しているのだと柿田に告げる。柿田の念頭にはSATなんてまるでなかったのだ。考えたことがないと言う柿田。池端は言う。「嘘だろう。機動隊に入ったからには、精鋭を目指す。それが当然だろう」(p136)
 SATは警備部の特殊急襲部隊。スペシャル・アサルト・チームの頭文字を取った略称である。ハイジャックやテロを想定した部隊である。柿田には知識の片隅にあっただけのコトバ。それを目指すと言う同期入隊者が目の前に居るのだ。
 本格的な隊員としての体力トレーニングと集団行動の訓練場面が描かれる。
 柿田は射撃訓練が苦手としていたのだが、射撃の指導教官に近代五種部の山城という選手に会ってみろと進められる。射撃が苦手というところから射撃の組み込まれた近代五種の話となったのだが、なんと、山城選手に会うことで、近代五種部に引きずり込まれるのだ。射撃の指導教官が入部すると言っていたぞと。ところが、それが縁となって、SATに繋がって行く。柿田が夢想だにしなかった展開が近づいてくるのだ。
 ここでは、「重要防護施設警備」という定期的にまわってくる任務の一端も描き込まれていく。
 柿田本人の意思とはこれまた無関係に、中隊長の推薦があり、結果的にSAT入隊の面接を受けることになる。柿田の警察官人生、上司の目から見られて、変転していくのだから、おもしろい。柿田はひたむきに、与えられた現実に必死に対応していくのみ・・・・。

<特殊部隊への試験入隊訓練>
 本来それを目標にしていた池端の先を越して、柿田がSATへの登龍門となる「試験入隊訓練」に臨む羽目になる。試験入隊訓練生は7人いた。ここでは、この過酷な試験入隊訓練の内容と、その訓練中に育まれる仲間意識が描かれていく。柿田より数歳年上で、見るからにリーダー格の藤堂淳也(とうどうじゅんや)。体力的には劣るが、ひょろりとしていてぼんやりとした印象を与える桐島真一(きりしましんいち)。この二人との仲間意識、助け合いが深まっていく。そこに、もう一人の訓練生・村川繁太(むらかわしげた)がいる。藤堂が、「これから半年、訓練を受ける仲間じゃないか」と言うのに対して、「冗談じゃない。この訓練はテストなんだ。この中から誰が選ばれるかわからない。誰かを蹴落とさなければならないんだ。つまり、俺たちは敵同士なんだよ」と答えるというスタンス。
 このステージでは、具体的な訓練内容が描写されるとともに、不得手な部分に互いにアドバイスをしあい、苦難を克服していくというストーリー展開が読ませどころだ。柿田が村川をどう見ているかも後の伏線となっている。
 ストーリー展開を、起承転結に喩えるなら、「転」の部分であり、訓練描写と仲間意識がストーリーを盛り上げるとともに、そこに、警察官としての重要な意識が育まれていくというところが良い。柿田個人の行動中心から、柿田とその仲間たちの関わり方中心へと次元がステップアップしていく展開となる。ここがいわば凝縮された読ませどころだろう。
 どんな訓練か。それは読んで楽しんでいただきたいが、そのプログラムの名称だけ記しておこう。最初の2日間:体力と射撃のテスト。自衛隊基地での自動小銃訓練。貸与された自動拳銃と自動小銃での射撃訓練。自衛隊第一空挺団の習志野での訓練:体力トレーニング、基礎的戦闘技術訓練、空挺レンジャーの訓練、ヘリボーン訓練。射撃の上級検定。突入訓練。これらが具体的にどんな訓練内容なのか・・・・それがお楽しみどころだ。

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本書と関連する事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
FAQ 警察学校について  :「警視庁」
警察学校  :「京都府警察」
警察学校24時  :「TV TOKYO」

警察官のお仕事:地域課  :「警察官の職種辞典」
地域部  :ウィキペディア
機動隊の仕事とウラ話  :「警察官のお仕事とウラ話」
機動隊  :ウィキペディア
特殊急襲部隊  :ウィキペディア
SAT(特殊急襲部隊)とSIT(特殊捜査部隊)の違い :「NVER まとめ」

習志野  :ウィキペディア
第一空挺団(陸上自衛隊) :ウィキペディア
ヘリボーン  :ウィキペディア
ヘリボーン作戦 :「コトバンク」
特殊部隊グリーンベレーのヘリコプター降下訓練 - U.S.Army Special Forces Green Berets :YouTube

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このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 ハルキ文庫
『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)

『謎解き 広重「江戸百」』  原信田 実  集英社新書ビジュアル版

2015-08-06 09:15:12 | レビュー
 歌川(安藤)広重筆『東海道五十三次』は歴史の教科書や参考書には必ず載っている。この書名にある「江戸百」は広重の最後の大作『名所江戸百景』を略したもの。(以降、同様に『江戸百』と略す)広重(1797~1858)が安政3年(1856)に還暦を迎える。この年から魚屋栄吉という版元と組んで「江戸百」の連作を始め、百景を描くという前人未到の試みを行ったのだ。この連作には年月の入った出版許可印(=改印)が押されているそうだ。そして、一番最初のものが安政3年2月で、最後が安政5年(1858)10月だという。広重の死んだ翌月の許可印が最後のもの。広重の死後、二代目広重が一景だけ描いたが、この連作は打ち止めになったという。晩年の2年半に、広重は江戸の名所を合計118枚描いたのである。

 現代の写真絵葉書と同様に、これまでは『江戸百』を「四季に彩られた江戸の名所」を描いたものと考えられてきた。それに対して、この『江戸百』には広重がそこにメッセージを秘めているのではないかという仮説に立って、「安政という時代に遡って、謎解きの旅が始まることになった」という。著者は『江戸百』すべてがそうであるかどうかは今後の課題だとしつつも、その謎の一端が解明できたとするのがこの新書である。

 では広重が還暦を迎えた時代の背景はどんな状況だったのか。著者の説明を参照して要約しておこう。
 *寛政の改革以降、本や浮世絵の出版には事前の検閲が課せられ許可が必要だった。
  版下絵を町名主の絵双紙改掛に提出しなければならない出版検閲制度が存在した。
 *安政の直前、嘉永6年(1853)6月にアメリカのペリー艦隊が浦賀沖にやって来た。
  つまり黒船の来航である。7月には、長崎にロシアのプチャーチンが来航している。
 *嘉永6年6月22日に徳川家慶がなくなり、第13代として徳川家定が将軍を継ぐ。
 *文化・文政年間を通じ、寺子屋の開業数が増加。庶民の識字能力が向上していた。
  安政・慶応期に寺子屋が全国で4,293軒あったという。時事的情報の需要が増大。
 *安政(1854)に改元されるまでは、嘉永7年であり、嘉永7年11月4日に地震が発生。
  東海地震が発生し、その31時間後、5日午後4時頃に南海地震が連動して発生した。
  つまり、安政東海・南海地震と称される巨大地震である。
  一方、嘉永7年4月に京都の大宮御所から出火し大火、6月に伊賀上野地震が発生。
 *安政元年暮に神田多町から出火で百一町焼失。2年3月、日本橋小網町一帯の焼失。

 こんな時代背景の中、江戸城や大名屋敷などを含め地震・火事からの復旧に追われる状況であり、建築・土木関係は復興景気であるが、物価高騰などで、経済は沈滞状況にあった。そして「世直り」願望が広がっていたという。
 一方で、安政3年1月浅草寺境内の奥山で始まった見世物人形の興業が停止となる(生人形興行停止事件)。また同年5月には『安政見聞誌』発禁事件が起こっている。この本は安政江戸地震を多角的にまとめた本だが、お上を諷刺する本とみなされたのだ。

 なぜ、こんな時代背景を抽出列挙したのか? じつは著者が『江戸百』の名所絵の構想を練り、図柄を発想するときに、「絵の制作とできごとが対応しているという仮説」(p60)を立てているからだ。絵を描くきっかけになった「できごと」という背景を描かれた絵から分析・推定いくのである。「町の人々がその場所にどんな想いを寄せていたか。ある場所がどんな特徴を持っているか」(p56)つまり、「場所性」に注目し、「その場所を人々がどんなところと感じているか」つまり「場所に対する感覚センス」(p56)を読み取ろうとする。
 幕府の政策批判や諷刺として受け止められたり、描いてはならないと禁令で決められているものも存在した。広重は「名所という情報のほかに絵にメッセージをコードとして埋め込むという情報発信」をして、仲間内には通じる内容を秘めているのではないか? 著者はそれを絵に隠された部分から読み取って行こうとする。つまり、広重は名所絵に情報を二重構造で仕組んでいると読み解くのである。一般の愛好家には名所情報、仲間内、深く読み取れる人には隠されたメッセージのコードの埋め込みがあると。じつに面白い謎解きの試みだ。
 また、『江戸百』がヒットするために、版元の魚屋栄吉は「広重に、商品の訴求力を高めるためにさまざまな意外性を求めたにちがいない」(p47)と分析する。つまり、おや!そんな場所があるのか・・・・と感動させる新規性、意外性がないと、人々は喜ばない。
たとえば、広重が導入した「近景と遠景の構図」はその謎解きのヒントが隠されていると同時に、近景の選び方と遠景のコントラストに意外性が発見できるという次第である。

 本書の第1章「『江戸百』とは」、第2章「安政江戸地震と広重を取り巻く人々」では、上記の時代背景をさらに具体的に展開して、著者は謎解きの基盤づくりをしている。
 第3章「謎解きの雛型」では、著者の謎解きの仮説と分析の枠組みを3つの名所絵を使って説明している。どのような仮説で、どんな見方をして、どこからヒントを得て、謎解きを進めたか・・・・。ひな型のプレゼンテーションである。
 第4章の見だしが「謎解き」である。つまり、名所絵1枚ごとの謎解きの解説編となっている。絵の見方が広がること請け合いである。1枚の絵を鑑賞するための情報量というもののウエイトを痛感する。ここでは29枚の名所絵の謎解きが丁寧に行われている。
 「大はしあたけの夕立」は、『江戸百』の中で一、二の名品とも言われ、最も親炙した絵の中に入る作品である。オランダの画家・ゴッホが模写した浮世絵の1枚にもなっている。この作品の謎解きのなかで、著者は絵師と彫師と摺師の三者の力のコラボレーションの重要性を説明している。この点、目からウロコという部分があった。
 ちょっと本書を覗いてみたい人。第3章に記載の「謎その1」(p56-62)と第4章の「謎その20」(p127-130)を試し読みされると良いだろう。そのほかの謎も読みたくなると思う。
 第5章「あらためて『江戸百』とは」では、「なにげない風景」を名所絵として描いた作品の「なにげなさの裏にひそむ謎」を著者は説いていく。ここでは、第4章の大写しの近景と遠景の構図の名所絵の謎解きに対して、ふつうの俯瞰図の手法で描かれた名所絵も採り上げて謎解きを進めて行く。何気ない風景に、意外な事実が読み解けるという興味深い説明が出てくる。15枚の名所絵が俎上にのっている。謎解きは14枚について、最後の1枚は、「亀戸梅屋舗」の絵である。例のゴッホが模写した別の絵として有名な絵。この絵には作者の仮説を当てはめるには、対応するできごとが十分に把握できていない例だとして、「終わりなき謎解きの旅」の途次にあるとする。著者にとって、本書はこれまでの謎解きの成果報告、中間報告のような位置づけにあるようだ。いつか、残る作品の謎解き本が出版されるかもしれない。読者もやってみたら・・・・という投げかけかもしれない。

 著者は広重の場所に対する感覚の働きについて、こんなことも書いている。
「大写しの近景という構図を採用している場合には、近景の図像は場所のシンボルと考えるべきなのである。・・・これに対して、・・・俯瞰の構図を採用している場合には、広重は、場所のシンボルを探しあぐねているようにもみえる」(p196)
 おもしろい見方だと思う。

 著者の結論は、『江戸百』が単なる名所絵ではなく、広重が絵を描いた時代のニュース性やメッセージ性を帯びた連作だという主張である。そこには、新しい時代へのうねりが広重に感知されていたということなのだ。広重はなくなる直前まで、浮世絵の中に、広重の感性で捉えた「浮世」を鮮やかに描き尽くしたということなのだろう。

 この本を読み、『江戸百』に興味・関心が深まってきた。

 この本の名所絵の謎解きを読みながら、手許にある『新・江戸切絵図』(人文社)

により、古地図でどの辺りで描いた絵なのかの場所を本文説明から辿ってみるという試みも併行してみた。これもまた、結構おもしろい。江戸時代の町割りなどの関係も理解が深まってくる。蛇足だが、お試しあれ。尚、読後にアマゾンでネット検索してみると、『江戸百』と「江戸切絵図」を組み合わせた解説本が数冊出版されているようだ。やはりな・・・というところ。


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名所江戸百景  :ウィキペディア
歌川広重「名所江戸百景」全120図完全復刻版 :「和美三昧」

見えない都市-出来事を語る錦絵-  原信田 實 氏

「名所江戸百景」と江戸地震データベース 
21世紀COEプログラム
人類文化研究のための非文字資料の体系化  神奈川大学 ウェブサイト
広重「名所江戸百景」めぐり ← 地図のマーカーの位置で名所絵が見られます。
広重Hiroshige「名所江戸百景」時空map
名所江戸百景は広重の鎮魂歌(レクイエム)だった :「毎日が発見 ネット」
歌川広重の浮世絵(左)と、ゴッホによる模写(右) 1887年 
    絵の対比 その1 (ウィキペディアからの画像引用)
歌川広重の浮世絵(左)と、ゴッホによる模写(右) 1887年
    絵の対比 その2 (ウィキペディアからの画像引用)

藤岡屋日記  :ウィキペディア
藤岡屋日記  :「大江戸おどろおどろ譚(ばなし)」
『日本名所風俗図会』角川書店  :「神話の森のブログ」
守貞謾稿 :ウィキペディア
守貞謾稿 :「国立国会図書館デジタルコレクション」


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『バトル・ダーク ボディーガード工藤兵悟3』 今野 敏 ハルキ文庫

2015-08-02 10:30:23 | レビュー
 ボディーガード工藤兵悟シリーズの第3作・完結編である。
 行動派のノンフィクション・ライターで国際ジャーナリストの磯辺良一は、『イスラムの熱い血』を半年前に出版した。この著書の売れ行きが5万部を超え、10万部に迫ろうとしていた。そこで著書のヒット記念パーティが開催される。
 そのパーティ会場に、浅黒い肌の男が乱入し、訛のある英語で「イスラムを冒涜する者は死刑だ!」と叫び、磯辺良一に襲いかかろうとした。暴漢はガードマンたちにより取り押さえられ、その場は事なきを得る。しかし、これが始まりだった。
 翌日、「イスラム聖戦革命機構」と名乗る者から、二日酔いで昼まで寝ていた磯辺良一に英語での電話が掛かってくる。「イスラムを冒涜した罪により、死刑を宣告する」と。一方、本を出版した公英社にも、本の発売を中止にして、店頭にあるものを回収しろと告げてきたのだ。
 磯辺は、警察は具体的な証拠がなければ、何もしてくれないと考え、民間の警備保障会社にボディーガードを依頼することを考える。その費用を公英社に負担して欲しいという。自分の身は自分で守る責任があるのだが、出版社も現状のヒット作故に、著者の要望を無礙に拒絶できない面がある。磯辺は、企業テロの取材で知った大手の「バックラー警備保障」にボデーガードを依頼する。
 
 「バックラー警備保障」の社長は度会俊彦、社員の教育担当はウォルター・ジェイコブ。彼はユダヤ系アメリカ人だが彼の両親まではイスラエル人だった。度会は、日本人はイスラム教徒の習慣を知らないので、護衛の指揮を執って欲しいと彼に指示する。ボディーガードではないが、イスラム教徒が関係するというこの仕事を断れるわけはないと引き受けるが、人材を一人スカウトしたいと条件を出す。ウォルターがかつてザイールでいっしょに戦った男だという。度会は了解する。その男とは、工藤兵悟だった。

 ウォルターは乃木坂のビルの1階にある「ミスティー」を訪れ、工藤兵悟に会う。工藤は今は私設のボディーガードを生業としている。ウォルターに協力を依頼されるが、イスラム原理主義の暗殺者からのボディーガード案件と聞き、民族的な問題が絡んだ仕事には、手が貸せないと拒絶する。イスラムのテロ組織相手では自信がないと・・・。
 
 ジェイコブが直接訓練した信頼できるボディーガードを2名、3交替制で24時間、磯辺の居る仕事場の警護に当たらせる。その磯辺が、PENクラブ人権委員会の会合に出かけると言い張る。人権委員会のメンバーなので、ぜひ出席したいと主張する。「生きるということは、やるべきことをやっている状態のことだ」と言う。指示に従ってもらわないと責任を持てないとジェイコブは言うが、依頼人の言に同意せざるを得ない。
 その結果、会合が終わり、磯辺の自宅まで戻ったところで、コルト・ガバメントで武装した3人に襲撃されて、磯辺は連れ去られてしまう。武装していないジェイコブたちにはなすすべがない。ボディーガードには死人もでてしまう。
 度会とジェイコブは警視庁の事情聴取を受けることになる。しかし、刑事たちの状況認識とジェイコブの認識には大きなギャップが存在した。
 そして、事態は公英社に磯辺の身代金要求の電話が「イスラム聖戦革命機構」の代理人と名乗る者からかかる方向に展開する。磯辺は現在監禁中で、「神の名における公正な裁きのために、百万ドルが必要だ」と要求すると通告してきたのだ。

 ジェイコブは、イスラムに詳しいことから、この誘拐と身代金要求は最初から営利誘拐を企んだ犯行だと考え始める。イスラム過激派なら、誘拐などせずに、その場で処刑したはずだからと。なぜなら、死刑宣告には連中なりの手続きがあるからというのだ。
 パーティでの乱入事件をニュースで知った誰かが、死刑宣告の狂言を思いついたのだと推測するに至る。度会社長は、契約はまだ有効と考え、護衛作戦を救出作戦に変更する方針を出す。ジェイコブは、誘拐実行犯はおそらく軍隊経験があり戦いに慣れたプロだと判断する。
 
 少人数とはいえ軍隊経験があり実戦をしてきたプロ、素性が未だわからない連中に、日本の警察が日本の国内センスで対応できるわけがない。然るべきルートからジェイコブは武器を秘密裏に調達し、武装したうえで救出作戦を実行する肚なのだ。そのために、再度工藤をスカウトに行く。ジェイコブが教育した「バックラー警備保障」の有能なボディーガードであっても、武器による実戦の経験はないので、役に立たないと判断する。警備会社は磯辺がどこに監禁されているかの情報収集に専念していく。
 結局、諸情報を聞かされた工藤は、ジェイコブを助けるために救出作戦に加わることに合意する。
 そこから、このストーリーが急速に展開していく。

 この小説はここまでに、いくつかの観点が織り込まれている。イスラムの宗教観と習慣、イスラム世界の宗教絡みの活動組織の実態に対する無知さ。傭兵が実戦の中で体得した感覚及び戦争とはという問題。武器所持が禁止された平和国家の中の治安活動と外国のテロ行為経験者への対応力や認識など。警察への依存・依頼の法的限界。こんな観点が、ここからのストーリー展開の大きな伏線になっている。それがどのように描写されているかが、まず読みどころか。その認識が、後半の救助作戦にどう関わって行くかである。
 
 この小説のエンターテインメント性は、後半の救助作戦の状況描写にある。結局、ジェイコブの依頼に対し、工藤は協力せざるを得なくなるのだが、この作戦に水木亜希子とミスティーのバーテンダー黒崎猛も加わっていくことになる。この4人がチームを組んで救出作戦に臨むことになる。
 ・この日本で、ジェイコブがどのようにして武器を調達するのか?
 ・ジェイコブが推測した誘拐犯人たちの正体はどのように判明するか?
 ・なぜ、工藤は亜希子と黒崎までもが協力する羽目になることを承諾したのか?
 ・身代金要求が出た段階で、警察が組織力を発揮して、捜査と救助に臨む。
  その警察力と遭遇しない形で、隠密裏に救出作戦が展開できるのか?
 ・前代未聞の誘拐監禁事件に対する日本の警察の組織力と認識で対応処理できるか?
  警察のシナリオでの救出行動はどう進むか? その行動描写に納得感があるか?
 ・動き始めた警察の組織力に対抗して、ジェイコブたちは、磯辺の監禁場所情報を、
  どのような手段で入手し、警察力よりも先回りしようとするのか?
 ・ジェイコブたちの救出作戦の展開プロセスでの戦闘はどんな展開になるか?
 ・同時並行で行動しているはずの警察力の動きに悟られずに行動できるのか?
  警察力と鉢合わせしないジェイコブ・工藤の行動描写に納得性があるか?
 ・磯辺を救出できたとしても監禁状態で体力すら消耗している本人をどう助けるか?
こんな視点が、後半の読ませどころといえるだろう。

 この小説のテーマの視点から、本文中の記述をいくつかご紹介しておきたい。
*「犯人から金の要求があった。警察では、営利誘拐のマニュアルにそって捜査を進めるでしょう」
 「しかし、そのマニュアルは、日本人の犯人を相手にしたのうはうの蓄積で作られています。民族のことも、宗教のことも、犯人の特殊能力も考慮に入れていません。今度の犯人は、日本人ではありません。その点が厄介なのです」p65
  ・・・・・
 「しかし・・・・・。なぜ、警察のやり方が失敗すると思うのだ?」
 「相手は、戦闘に慣れたプロです。そういう連中は、戦争と同じ考え方で、同じ行動を取る。彼らにしてみれば、磯辺さんは異教徒の捕虜なのです」  p67
*戦場で自動小銃を持つのは常識だ。自国の軍隊がPKOで出掛けるのに、自動小銃を携帯するかどうかを論議する国は、世界中で日本だけだ。だが、それは、愛すべき非常識であることも間違いないと工藤は考えていた。 p98
*日本の常識は他国の人々にそのまま通用するわけではない。  p99
*(その認識は、甘すぎやしないか・・・・)
 刑事部長の言葉を聞いて、岡江茂男警部補は、秘かに心のなかでつぶやいた。 p183

 戦争の実戦経験のあるプロが、日本国内で武装して犯罪行為を企てたら・・・・、そんな想定は、もはや絵空事ではないという時代に入っているかもしれない。ある種のリアルさを感じ取れる状況設定が先取りされた小説だと言える。ふりかえれば、この作品、底本は1995年に出版されていたのだ。だが、古さは微塵もないリアル感にあるれる作品だ。エンターテインメントとして楽しめるだけなら、おもしろい。これに類似のことが起こった大変だけれど・・・・・。
 
 ご一読ありがとうございます。

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本書に関連する事項をいくつかネット検索してみた。一覧にしておきたい。

イスラム原理主義 :「コトバンク」
イスラム原理主義の軌跡と現在  東京市民活動コンサルタントArco Iris
悪魔の詩  :ウィキペディア
五十嵐 一 :ウィキペディア
小説 『悪魔の詩』訳者殺人事件  :「無限回廊」

コルト・ガバメント :「MEDIAGUN DATABASE」
H&K MP5(HK54) [短機関銃] :「MEDIAGUN DATABASE」
SIG SAUER  SERVICE PISTOLSのページ  英語版公式サイト
M16自動小銃  :ウィキペディア
フィールドストリップ  :ウィキペディア
ベレッタM92FS フィールドストリッピング  :YouTube
"立体銃&射撃"AK47 フィールドストリッピング(銃の分解):YouTube
45口径と9mmパラベラム。銃弾の話です。  :「谷好道コラム」
9mmパラベラム弾  :「MEDIAGUN DATABASE」

Bell 412EP Helicopter  日本語 pdfファイル

  インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

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その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。

『東京ベイエリア分署 硝子の殺人者』 ハルキ文庫
『波濤の牙 海上保安庁特殊救難隊』 ハルキ文庫
『チェイス・ゲーム ボディーガード工藤兵悟2』 ハルキ文庫
『襲撃』  徳間文庫
『アキハバラ』  中公文庫
『パラレル』  中公文庫
『軌跡』  角川文庫
『ペトロ』 中央公論新社
『自覚 隠蔽捜査 5.5』  新潮社
『捜査組曲 東京湾臨海署安曇班』  角川春樹事務所
『廉恥 警視庁強行犯係・樋口顕』  幻冬舎
『闇の争覇 歌舞伎町特別診療所』  徳間文庫

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===   更新4版 (45冊)