遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『警視庁公安部・青山望 濁流資金』 濱 嘉之  文春文庫

2020-04-26 15:39:35 | レビュー
 この青山望シリーズの第4作をたまたま最初に読んだことから、第1作に戻り読み継いでいる。この第5作では、「同期カルテット」が第3・4作での所轄警察署の課長職から、再び本庁サイドに異動している。それぞれのポジションをまず記しておこう。
   青山 望  公安部公安総務課第七担当管理官
   大和田博  警務部人事第一課監察、表彰担当管理官
   藤中克範  科学警察研究所総務部総括補佐
   龍 一彦  刑事部捜査第二課知能犯第二課捜査担当管理官
藤中は警視庁から科学警察研究所に出向中であり、青山・大和田・龍は警視庁内でそれぞれが管理官になっている。担当事案の実務的な情報の総括と事件捜査のマネジメントを行う立場である。各領域での立場がステップアップしている。それ故に、この同期カルテットが協力関係を密にし連携すれば、今まで以上にパワーを発揮できることになる。
 青山の第七担当管理官のセクションは特異で「その業務は公安部だけでなく全ての警察事象に関する総合的支援」(p31)である。予算は青天井、スタッフと装備資機材が群を抜き、コンピューターで警視庁の全てのデータとアクセスできるという権限を持っている。青山は己の洞察力と実行力を遺憾なく発揮できるポジションに着任したことになる。

 プロローグは、京都・東山にある知恩院近くの一方通行の道で、自家用車での移動途中に運転者が車の不具合に気づき下車した際に銃殺されるという場面から始まる。被害者は武田良一、42歳。新興のIT企業家で京都ゴックスというコンピュータ会社の代表取締役社長だった。自宅から八条の新社屋に向かう途上で殺された。川端警察署に特別捜査本部が設置され、初動捜査が始まる。京都府警備部公安課は事件発生の10日前から被害者の武田良一を視察対象にしていた。
 青山はこの殺人事件発生の短い至急報を読み、世界規模で発生する虞のあるパニックの可能性を早くも見出していた。京都ゴックスは暗号通貨の取引所として有名で、オーナーが殺害されたとなると、何らかの反社会的勢力との繋がりが出てくるはずだと推測した。仮想通貨取引所での決済は通常の外国為替取引に縛られることなく、手数料も安い上に海外送金も容易だからである。青山は、即座に部下に京都ゴックスの取引所の手法や取り扱いの実態調査を指示する。殺人手口はプロのものと判断し、東京への波及と背後に岡広組が関係していないかを懸念したのだ。

 京都ゴックス社長殺害事件が引き金になり、ネット上のビジネスコイン(仮想通貨)250億円が不正アクセスにより失われたという事件が青山に報告されてくる。都内に取引所のある帝国ゴックスで発生したという。同社では「サイバー攻撃」を受けたとしているようだ。しかし、青山はもっと奥の深い闇に繋がるものと推察する。

 このストーリーは、京都府警の特捜部による京都ゴックス社長殺害事件の捜査と帝国ゴックスの仮想通貨消失事件の捜査及び青山による背後関係の公安視点での捜査とがパラレルに進行するところから始まる。帝国ゴックスのバックグラウンドを調べることで、京都ゴックスと帝国ゴックスの関係も明らかになり、青山の分析力が発揮され始める。
 京都府警は藤中の居る科警研にライフルマーク照会をしていた。「本件に使用された弾丸の銃器の特定及び、同じ銃の使用の有無」である。科警研は照会範囲で回答していた。一方、青山は京都の殺害事件で使われた銃と同じような銃が他でも使われている可能性という視点で藤中に問いかけた。藤中がデータ化された記録を、検索ワードを変えて調べる。青山との対話により、絡んでくる反社会的勢力は岡広組であり、共通項に今は堂々と引退している清水保の関わっていた系列が浮かび上がってきた。青山は、清水保の引退後の岡広組の詳細な相関図の確認作業を進めて行く。一方、当然ながら大和田との情報交換が始まる。帝国ゴックスの仮想通貨消失は、勿論、捜査第二課知能犯第二課捜査担当管理官の担当領域であり、青山は龍とコンタクトをとることになる。
 再び、同期カルテットの連携プレーが強力に推し進められていく。読者にとっては、事件が複雑にかつ大がかりに広がる予感がして、おもしろくなる。

 青山は公安部データ分析室で、神宮寺武について検索する。そこから、帝国ゴックス絡みで思わぬ人間関係を発見する。それがトリガーとなり、事件の背後における様々な相関を分析する糸口が明らかになる。勿論、それは背後の闇の広がりの予兆でもある。
 そんな最中に、政界で2人、財界で4人、さらには東大卒の官僚3人が、いずれも急性心不全で10日ほどの間に亡くなっている事態が発生していた。検視が終わり全て病死扱いになっていた。警視庁刑事部長の平野がその不審死に疑問を抱く。その時には、既に青山はこの件に関連しても動いていた。さらに、青山は旧知の帝都医科歯科大法医学教室の高城主任教授から連絡を受ける。不審死11件目になる財界人の遺体から微量の薬物が検出されたという。高城教授は薬毒物の専門だったからでもある。教授は事件遺体と断言する。
 この事件遺体の件で、青山は藤中と連絡をとる。そこから、2つの事件-仮想通貨関連事件と連続不審死事件-の背後に接点が見え始める。一隅から様々な側面とのつながり、過去の事件ともリンクする事実が見え始める。
 さらには、伊豆の河津で、中川郁夫という全国レベルで出張手術等を行う心臓外科の名医が殺害される事件が発生する。
 読者にとっては、政財界絡みで金の匂いがますます濃くなるという興味深い展開へ大きな広がりを帯びていく。

 今回もまた、興味深い視点がストーリーに織り込まれている。
1. ITの先端領域の一角である仮想通貨というシステムがストーリーの発端に組み込まれていること。マネーロンダリングの視点を絡めている点が興味深い。この文庫書き下ろし出版は2014年9月である。時代の先端事象を取り入れているところがおもしろい。
 現実世界では、調べてみると、2014年3月に「マウントゴックス社破綻事件」が起こっている。3日間でおよそ115億円相当のビットコインが消えたという。これは事件時期がわかっている一例だ。日本の大手仮想通貨取引所の一つであるコインチェックから約600億円相当の仮想通貨NEM(ネム)がハッキングにより流出した事件が発生したのは、2018年1月26日である。

2. 藤中が出向した関係で、科学警察研究所という組織の役割や機能など、その内容の一端がストーリーに組み込まれていて、イメージしやすくなる。

3. 大和田が監察、表彰担当管理官となった関係で、警視庁という警察組織内における表彰のシステムがどうなっているのか、その運用実態の大凡がイメージしやすくなる。事実プラスフィクションとは思うが、実態を反映していることと思う。

4. 警察組織及び体制における警視庁と他道府県警との格差、変死体解剖率などの格差など、体制環境面でのギャップが歴然とある実態に触れられている。このあたり、事実を反映させているのだろう。

5. IT技術に関係するが、ビッグデータをフィクションとは言いながら、現実的具体的な事例で取り扱っている。それは情報のデータベース化が何を意味するかの証でもある。
6. 公安畑の捜査手口がストーリーの中に出てくる。こういう手があるのか・・・・である。

 今回の一連の事件の連環が明らかにされ、悪の企みの一側面は未然に阻止でき、一気呵成の逮捕劇で結末を迎える。しかし、神宮寺武は全体相関図の中に姿を見せつつ、するりと圏外に抜け出てしまう。問題事象のスケールがさらに拡大しなければ、神宮寺武が直接表に姿を現し絡んで来ないのか・・・・・。青山の活躍がさらに期待されるところでエンディングとなる。
 
 ご一読いただきありがとうございます。

本書に関連する事項で、現実世界で現出している事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
暗号資産(仮想通貨)とは何ですか?  :「日本銀行」
暗号資産の利用者のみなさまへ     :「金融庁」
Coin List 仮想通貨銘柄一覧 :「Vwnture Times」
仮想通貨投資  :「HEDGE GUIDE」
【仮想通貨ハッキング事件一覧】事件の概要とリスク管理・対策方法 :「仮想通貨部・かそ部」
資金洗浄  :ウィキペディア
パナマ文章で話題になった「マネーロンダリング」。汚いお金をきれいにするって、どういうこと?  :「Lifehacker」
心不全とはなにか  :「日本心臓財団」
国有財産売却情報  :「厚生労働省」

インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


こちらの本も読後印象を書いています。お読みいただけるとうれしいです。
『一網打尽 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 機密漏洩』 文春文庫
『警視庁公安部・青山望 報復連鎖』 文春文庫
『政界汚染 警視庁公安部・青山望』 文春文庫
『完全黙秘 警視庁公安部・青山望』 文春文庫


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