遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 紫式部日記』 山本淳子編 角川ソフィア文庫

2022-11-24 17:59:59 | レビュー
 タイトルに冠されているとおり、紫式部が書き記した『紫式部日記』を初心者向けに編集された入門書。平成21年(2009)4月に文庫本が刊行されている。
 藤原公任が紫式部に対して、「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」と問いかけたということがこの日記に記されているという事をある講座で聞き、かなり以前にこの本を購入していた。その箇所と一部を読んだだけで書棚に眠っていた。瀬戸内寂聴訳『源氏物語』を通読した勢いで、本書を読み通してみることにした。
 本書を読見終えた後で気づいたのだが、著者は平成22年(2010)8月に同文庫から『紫式部日記(現代語訳付)』を別に刊行している。こちらは2022年1月に20版が発行されている。改めて最近購入した。いずれ同書で全文を読み通してみたい。

 さて、入門書に位置づけられる本書は、『紫式部日記』の主要部分を抜粋したダイジェスト版。紫式部が日記にどのようなことを書き記したのかについて概要を知るには便利でわかりやすいと思う。
 「はじめに」の冒頭で、著者は「後宮を舞台にセレブリティ達の思惑が交錯する、華麗なる政治エッセイ」でもあると記す。「素顔の紫式部が綴った宮仕え回想録」だともいう。紫式部が得意の観察眼を働かせ、見聞した人々を生き生きと描き出す。一方、紫式部は嫌々宮仕えした後宮において、中宮彰子を見守りながら、自ら女房として自覚し成長してゆく姿が書き込まれているとも言う。読んでみて、納得するところがある。
 つまり、『源氏物語』を創作した紫式部という女性の素顔の側面に触れる手がかりとして、読者にとってこのダイジェスト版は手軽で便利と言える。
 日記の構成全体を把握できるように大凡の主要箇所が巧みに抜粋されているという印象を持った。岩波文庫の『紫式部日記』(池田亀鑑・秋山虔校注)も購入していたので、サンプリングで抜粋箇所を対比してみて確認した。

 本書では日記内容をビギナーズ向けにわかりやすく区分して解説していく。「目次」でその区分(章立て)をご紹介すると次のとおり。
  一 出産まで
  二 敦成親王誕生
  三 豪華な祝い事
  四 一条院内裏へ
  五 消息体
  六 年次不明の記録たち
  七 寛弘七年記録部分
これで日記全体の流れが大凡おわかりいただけるだろう。

 目次の末尾には、紫式部が仕えた彰子の父である藤原道長が『御堂関白日記』に記録した9月10日・11日の書き下し文と大意が掲載されている。道長が何を記録しているかが分かって興味深い。

 岩波文庫版では原文がそのまま掲載されているので小見出しなどはない。脚注はあるが現代語訳はない。そういう意味で初心者には使いづらい。こちらはある程度古典について素養がある人や研究者向きかと思う。また原文の確認の為には便利だと思う。

 本書のスタイルは上記の目次構成をさらにブレークダウンした形で小見出しが付けられて日記文が抜粋されていく。まず著者による翻訳文から始まる。その後に日記原文が併載される。翻訳文を読んでから、原文を読むと細部を飛ばして原文の雰囲気を感じながら一応文字面だけでも原文を読み通すことができる。その後に、抜粋箇所の内容について具体的な補足説明が加えられている。読者には紫式部が記した内容に関連する細部の事項やその背景となる状況を知ることができて便利である。分かりやすい説明文となっている。
 初心者にわかりやすいように、要所要所に関連するイラストや画像が挿入されていて、イメージしやすくなっている。例えば、「一 出産まで」では、秋の岸辺の草むらの図、五大明王像図、寝殿の内部図、遣水の図が挿絵が載っている。本文内容に関連する事項等をイメージしやすい。
 また、この「一 出産まで」には、日記内容への導入部として重要な背景情報がコラムで解説されている。「重圧の中の9年間」「藤原道長」「公卿(上達部)とは?」の3つ。最初のコラムは中宮彰子の立場についてのコラムである。これらの知識があるかないかは本文理解の浅深につながっていくと思う。まさにビギナーズ向けの配慮が成されている。本書全体では、コラムがあと3つ併載されている。

 冒頭に記した「あなかしこ、このわたりに若紫やさぶらふ」が日記のどこに記述されているか? 「三 豪華な祝い事」の中、「7 五十日の祝い」の箇所である。つまり、敦成親王誕生五十日の祝いが催された宴の場面記録の一部として記されている。
 ここでも、原文は「左衛門の督」が問いかけたとだけ記されているから、この時の左衛門の督が藤原公任だという説明がなければ、初心者には誰のことかピンと来ない。私はピンこない読者の一人だ。
 「光源氏に関わるような方もここにはお見えでないのに、まして私が紫の上だなんてとんでもない。そんな方はいらっしゃいませんことよ、と聞くだけは聞いたが応えないでおく」(p98)と紫式部が己のリアクションを記している。この場面記録は有名である。
 余談だが、このリアクション箇所、上掲の全文現代語訳付きの方では、「光源氏に似たような方もここにはお見えでないのに、まして私が紫の上だなんてとんでもない。そんな方はいらっしゃいませんことよ、と聞くだけは聞いたが応えないでおく」(p246)とされている。参照文献利用の関係からの訳出の違いのようだ。
 いずれにしても、この場面描写から、寛弘5年11月には、既に『源氏物語』の若紫登場部分が存在したことと、女性読者ばかりでなく公卿も読者になっていた事実がわかる。『紫式部日記』が最も古い日付のわかる資料として貴重な文献になる。

 この日記、藤原道長の指示により、紫式部が中宮彰子の初出産の記録を残すことになったという。公式記録ではなく紫式部の観察による私的な記録の形でということのようである。日記という形で残した私的ドキュメンタリー・レポートというところか。逆に、紫式部は観察結果をのびのびと記録しているともいえる。

 本書を読んで初めて知ったのは、中宮彰子の出産についての記録、第一子敦成親王と第二子淳良親王という二人についての記録文の間に、「消息体」(手紙形式)での記述と年次不明の断片的エピソードが挟みこまれた構成になっているということ。著者は不思議な構成だとして解説している。
 この消息体の記述の中に、紫式部による三才女批評が記されている。その一人が『枕草子』の作者清少納言という次第。これも有名となっている批評だ。本書には和泉式部と清少納言の二人についての批評箇所が抜粋されている。

 末尾に、紫式部関係図、彰子関係図、紫式部日記関係年表、『紫式部日記』の注釈書が付されている。これも初心者には便利である。

 『紫式部日記』の内容を理解する上で必要な時代背景の情報を学ぶとともに、この日記の主要箇所を知り、全体の概要を理解することができた。ビギナーズにはわかりやすい入門書になっている。紫式部の実像に一歩近づける感じがして、楽しみながら読めるところがいい。

 ご一読ありがとうございます。

こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『平安人の心で「源氏物語」を読む』  山本淳子  朝日選書
『枕草子のたくらみ』  山本淳子  朝日新聞出版





『特等添乗員αの難事件 Ⅴ』  松岡圭祐  角川文庫

2022-11-21 15:27:38 | レビュー
 先日、万能鑑定士Qシリーズの読み残し本に気づいたとき、他にも・・・と思い検索してみた。特等添乗員αシリーズでも読み残しが2冊あることに気づいた。その1冊がこれ。書き下ろしαシリーズの第5弾として、平成26年(2014)年2月に刊行されていた。
 さらに、第6弾が2021年に既に刊行されているのを知った次第。

 主人公は朝倉絢奈(あやな)22歳。新宿西口にある添乗員派遣を扱う株式会社クオンタムに勤め、特等添乗員にランクされている業績優秀な派遣添乗員である。彼女は、閃きの小悪魔と周りから称され、ラテラル・シンキングに超秀でている。閃き思考で数々の事件を添乗業務の合間に解決してきていた。このシリーズは絢奈のラテラル・シンキングによる難事件解決譚である。

 本書の特徴は、主要な事件発生・進展の流れの中で、付帯的小事件や偶発的なエピソードなどが様々にショート・ストーリーとして織り込まれながら、全体が進行するところにある。付帯的小事件やエピソードがその都度即座に解決されながら、メインとなる事件の解決へとステップ・アップしていく。ストーリー展開のテンポの速さが読者としてはうれしい。軽快さが先へ先へと読み継がせていく。

 本書では、絢奈と元・官房長官の息子・壱条那沖(いちじょうなおき)との結婚が間近に控えていて、二人が武蔵小杉に新居物件を見つけて、その新居に入居するまでの紆余曲折のプロセスがストーリーの底流として描かれる。
 それとパラレルに2つのストーリーが重層的に進行する。

 一つは、鮫島運輸の代表取締役兼最高経営責任者、鮫島俊学のひとり息子・鮫島基成が絢奈に関心を抱き、絢奈を妻にしたいと言う思いから始まるストーリー。妻に愛想を尽かされ離婚した俊学はこの息子に負い目があり、基成の思いを成就させたいと思う。鮫島俊学は、運輸業界の大物という表の顔を持つが、裏で暴力団のネットワークを動かし、シンジケートを取りまとめている。海外留学経験があり30歳過ぎの基成は、師闇牙会の久世高志が逮捕され刑務所送りになった背景に絢奈が関与していたことを知り、絢奈に関心を寄せたという。
 このストーリーは、武蔵小杉で新居を探す絢奈と那沖が、早朝に駐車場での自動車泥棒の現場を押さえるという小事件に関わることがきっかけになっていく。この小事件は鮫島のシンジケートに関係する。外形的には俊学が基成のために、シンジケートに加入する暴力団に基成と絢奈の出会い工作を依頼するという側面で進展していく。この出会い工作のために、次々に引き起こされる事件が、コミカルでおもしろい、言わばショート・ストーリーの連なりとなって、事態が進展していく。簡略に各小事件について列挙しておこう。絢奈のラテラル・シンキングでそれぞれの事件が個別に解決に導かれていく。ストーリーの進行テンポが軽快になり、次は何? と期待させる。
 *特急ワイドビューふじかわ6号車内でのスリ多発事件
 *丸ノ内線新宿三丁目駅ホームで聞こえた劇場立て籠もり事件の噂話
 *海浜公園でのコンサートチケット紛失騒動
 *ビル3階から肘掛け椅子が黒塗りセダンに落下激突する騒動
 *西新宿交差点での絢奈拉致事件
様々な小事件が連続していくが、最後は俊学・基成親子が絢奈に対し直接行動に出る。その結果は意外な展開となる。この落とし所がおもしろい。

 もう一つはクオンタム社内での問題。添乗員たちの間はいくつかの派閥に分かれている。その中で、浜宮絵梨子が煽動して事務所内で絢奈を孤立させ、できれば辞めさせようと画策する。絢奈はシカトされる立場に投げ込まれる。その雰囲気を感じ、落ち込む絢奈がこの事態にどう対処していくか。絵梨子には壱条那沖をほのかに慕っている思いがあった。絵梨子は煽動するだけでなく、絢奈をを陥れるための小細工まで行う。
 絢奈が孤立無援からどのように脱却し、状況を打開し問題解決していくかが読ませどころとなる。

 絢奈の外側で発生しそれに巻き込まれる形で関わる事件と、絢奈の心と生き方に関わる相対的に絢奈の内心を扱う事件とが重層化されて進行するという興味深い設定になっている。

 さらに、冒頭から随時様々なフェーズで間奏曲的にミニ・エピソードが織り込まれて行く。これはストーリーへの導入あるいはちょっとした気分転換という点で一種の潤滑油になっている。本書の冒頭は、まず那沖の送迎運転手・能登廈人(いえと)による絢奈へのレクチャーから始まる。その後に織り込まれるミニ・エピソードについて簡略に触れておこう。どこで、どのように織り込まれるかを楽しんでいただきたい。
 *絢奈が姉乃愛(のあ)の酒好きを諫める
 *早朝の空いている電車での寒さ回避策
 *水飲み場の蛇口に掲げてある”大人用”と”子供用”の札
 *姉の抱える難題へのアドバイス
 *東京駅構内での集合場所(首相暗殺現場)の勘違い事象
 *駅ホームでの迷子問題
これらは、絢奈のラテラル・シンキングの応用エピソード集のようなものである。読者にとってはストーリーが同時進行する流れの中で気分転換に誘い込まれる小咄といえる。これらが巧みにストーリーに沿って織り込まれているので、違和感を感じさせない。ちょっとした小咄として使えるネタにもなるだろう。

 今回のストーリーで、絢奈と那沖は入籍前から武蔵小杉の新居暮らしを始めることになる。そこで終わらせないところがおもしろい。絢奈は添乗業務を継続するのである。そして、本書の最後は、ヨルダンにある死海への添乗業務シーンが描き込まれる。そこで閃きの小悪魔が本領を発揮する。このオチがおもしろい。エンターテインメント性に溢れた「人の死なないミステリ小説」である。

 末尾の一文を記しておこう。
「出会った人を正しい行き先に導くのが、添乗員の仕事だもん。閃きの小悪魔に引退なし」

 既に第6弾が7年ぶりに刊行されていた。その後も続きそう。読みつなぐ楽しみができた。

 ご一読ありがとうござます。

 本書に関連して、関心事項をいくつか検索してみた。一覧にしておきたい。
ラテラルシンキングとは?ロジカルシンキングとの違いとビジネスに活かす具体的な方法とは 
     :「MarkeTRUNK」
ラテラルシンキングとは|水平思考の鍛え方と成功事例|例題有:「Mission Driven Brand」
思考力の使い方~クリティカル・ラテラル・ロジカルシンキング入門 :「insource」
エドワード・デボノ :ウィキペディア
「(特急)ふじかわ6号」前面展望「身延線・東海道線」(甲府-静岡)全区間「373系」[字幕][4K]  YouTube
東京 都心で気軽に夏を満喫できる海の見える公園7選!   :「aumo」
お台場海浜公園  :「360@旅行ナビ」
死海  :ウィキペディア

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『万能鑑定士Qの事件簿0』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅲ クローズド・サークル』 角川書店
『千里眼の死角 完全版』  角川文庫
『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 総計45冊  2022.9.27時点


『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Hot Air Baloon』 Houghton Mifflin Company

2022-11-19 14:52:15 | レビュー
 英語絵本の電子書籍版で読んだ。本書のイラストは H.A.Rey の絵を継承して Vipah Interactive が描いている。これまでにもここが担当した絵本が幾つかあった。1998年のコピーライトと表記されている。

 この絵本は、年長の子供たち向きといえそうである。文がけっこう長くなっていて、いろんな表現も出てくる。
 ジョージと友達・黄色帽子の男が休暇中の旅行に出て、あと2ヶ所の立ち寄り先を残すという移動場面から始まる。They wanted to make just two more stops. という表現が使われている。
 その2ヶ所とはどこか? 1つはサウスダコタ州にあるラシュモア山(Mount Rushmore)で岩壁に4人の大統領の顔が彫り込まれていることで有名な場所。もう1つはその近くで開催される気球大会の見物。
 まず、ジョージと黄色帽子の男は、ツーアーガイドに案内され、ラシュモア山の展望所へ。4人の大統領、ご存知ですか? 私が知っていたのは2人だけだった。4人とは、
 George Washington, Thomas Jefferson, Theodore Roosevelt, Abraham Lincoln
 ジョージが、大統領の顔の近くを飛ぶヘリコプターを見つけると、黄色帽子の男は、 Maybe we can take a ride later. とジョージに語る。take a ride と簡単な言い方、翻訳英語の頭には、こんな表現が即座に出て来ないのが哀しい。

 黄色帽子の男は一旦、熱気球大会の会場に移動する。
 一つの熱気球を残し、他の熱気球はレースへの準備が整っていた。既に熱気球のゴンドラに乗っている人もいれば、まだ熱気球が係留されているだけのものもある。黄色帽子の男は、レースに間に合わせようと熱気球を膨らませている男の作業を眺めている。一方、ジョージは浮かんでいる熱気球に関心が向いていて、遂に熱熱気球を係留しているロープをよじ登って行く。それがハプニングの始まり。
 Sometimes when a monkey sees something to climb, he can't help himself. He
has to climb it. 
George thought he would climb just one rope then quickly climb down. 
と記されている。ジョージはちょっとロープを登ってすぐに降りてくるつもりだった。
 熱気球のゴンドラにつながったロープで登れるのを見ると、ジョージはじっとしていられなくなった。help oneself (自制できない、がまんできない)という表現が使われてる。
 登っている途中で気球を係留するロープが解けてしまった! 
 ジョージは熱気球のゴンドラの中に、乗り込んだもののレースに参加する人が乗っていないので、どうして良いのかわからない! 熱気球の所有者は地上で怒っている。さて、ジョージの運命は・・・というストーリー。
 子供たちは数多くの気球が空に浮かびレースが始まったシーンを思い浮かべることだろう。熱気球の操作法を知らないジョージはどうするのか、心配になることだろう。自分もジョージと一緒に乗っている場面を想像するかもしれない。
 お話は、思わぬ方向に展開する。風向きが変わり、熱気球は大統領の顔の方向へと流されて行った・・・・。
 ジョージは、ここでも怪我の功名で、人を助けジョージも助けられるという展開に・・・・。最後はめでたしめでたしということに。絵本を読む/聞く子供たちはほっとすることだろう。
 
 George flew higher and higher, and the people below grew smaller and smaller.
簡単な比較級表現が、対句の形でさりげなく出てくる。
 George felt bad. He didn't mean to take the balloon.
mean の第一羲は「意味する、意味を表す」ですが、ここでは「[+to do]<・・・する>つもりである」という使い方。こんなのも復習になる。

 As the wind whisked him away, he wished he had someone to help him.
whisk という単語は初見だった。文脈から推測できるが、辞典を引くと「軽々と運び去る」という意味。この主文を読み、ああこういう表現方法もあったな・・・と。

 熱気球が、ワシントン大統領の顔に近づいた場面で、ジョージは修復作業に携わっていた作業員の一人に気づく。
 He was stranded on Gerorge Washington's nose!
strand という単語をこの絵本で学んだ。辞典を引けば、「立ち往生する。行き詰まる」という意味。作業中に何かまずい状態に立ち往生していたのでだろう。イラストでは、彼の作業中のロープに何か問題が起こっていたような描写になっている。

 この絵本では次のような表現法も自然な流れの中で出てくる。
 一つは、黄色帽子の男が、展望所から熱気球大会の会場にいく時間だとジョージに告げるときの会話文。
 "Maybe we can take a ride later," the man said. "But now we need to leave or
we'll be late for the hot air balloon race,"
「たぶん、ヘリコプターは後で乗れるから、今はここを出なくちゃ。さもないと、熱気球レースに間に合わなくなるからね」 ここでの or という接続詞の使い方。
もう一つは、ジョージがとんでもないことをしたという気持ちを表す場面。
 Oh, if only he hadn't climbed that rope .......
仮定法を使う表現なんかも出て来る。
 子供たちは「or」の使い方や仮定法表現も、自然に馴染んでいくのだなと思う。

 絵本の終わり近くで、次の一文が出て来る。
 George got a special treat - he got to ride in the helicopter.
treat は名詞で使うと、「(めったにない)楽しみ、(思わぬ)喜び(こと)」という意味になる。動詞では見慣れていますが、名詞の意味は意識していなかった。。ヘリコプターに乗るんだから、やはり ride in なのだ。

 この英語絵本から、いくつも学ぶことがあった。英語のリハビリ学習に役立つ。
 ラシュモア山の岸壁、直に眺めてみたいな・・・・。

 お読みいただきありがとうございます。

本書の関連で関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
ラシュモア山  :ウィキペディア
Mount Rushmore  From Wikipedia, the free encyclopedia
マウントラシュモア国立モニュメント  :「Link-USA」
Mount Rushmore National Memorial  :「BLACK HILLS」
熱気球  :ウィキペディア
アメリカのすばらしい5つのバルーンフェスティバル :「USA」
関西の熱気球体験・ツアー   :「ACTIVITY JAPAN」
関東の熱気球  :「じゃらん」

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『Curious George Takes a Trip』   Houghton Mifflin Company
『Margret and H.A.Rey's Curious George CURIOUS ABOUT PHONICS』
                  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Firefighters』
Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Puppies』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Pizza Party』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes Camping』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』
                  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George Color Fun』 Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George's First Day of School』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company


『万能鑑定士Qの事件簿0』  松岡圭祐  角川文庫

2022-11-16 16:10:58 | レビュー
 万能鑑定士Qの各種シリーズを読み継いだが、本書は未読だった。文庫本の帯には、「10周年記念完全新作」と銘打たれている。「人の死なないミステリ元祖&決定版!!」とも。また、文庫本カバー裏表紙には、「シリーズ最後にして最初、最大の事件に挑む!」とある。文庫書き下ろしで、令和2年(2020)7月に刊行された。

 神楽坂の外堀通り寄りに凜田莉子が鑑定の店を2年前に開店したという時点に時を遡って、ストーリーが始まって行く。”万能鑑定士Q”という名称で店をオープンしたのだが、鑑定という仕事に自信をなくしていた莉子は、看板に記した鑑定士の「士」という語にシールを貼り、当面は”万能鑑定Q”の看板でやっていこうと、落ち込んでいる。チープグッズで働く富田夏鈴に「だって、鑑定士だなんて・・・・。ちゃんと資格があるわけでもないし。ほんとはできれば万能もとっちゃいたいんですけど」(p12)と答える位に、心理的苦境にいた。そんな時期があったということが、このはじまり。
 莉子の苦境時期に焦点を当て、もがきながらもその苦境を脱出していく莉子を描く。莉子が万能鑑定士Qという看板を背負っていく心機一転への契機となった事件が明らかにされていく。
 その事件とは何か?
 東京都生活文化局文化振興部の芸術文化活動支援課長鵜澤隆仁が突然に莉子の店に訪ねてきた。鵜澤は開口一番「凜田先生。バンクシーについてご存知ですか」と尋ねる場面から始まる。鵜澤は、都の所有物である品川の防潮扉に描かれていたステンシル画が発見されたこと、そのステンシル画がバンクシー作かどうかの真贋を鑑定してほしいと莉子に頼みこむ。

 余談だが、少し触れておこう。バンクシーについてネット検索してみたら、現時点で一番ホットなニュースに出会った。「ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認」(2022.11.15報道)というCNNのニュース。その前に、1壁画のYouTubeや記事がいくつか公開されたいるのも見つけた。末尾の「補遺」をご覧いただきたい。
 一方、「縦1メートル・横50センチメートルほどのスペースに、鞄と傘を手にして空を見上げるネズミが描かれた絵で、東京都港区・東京臨海新交通臨海線日の出駅付近にある東京都が所有する防潮扉に描かれていた」(ウィキペディア、「バンクシー作品らしきネズミの絵」)というのも事実。2018年12月に通報があり、翌2019年にかけて関東圏では大きく取り上げられていたようだ。こちらの報道は関西在住の故か当時その報道に気づかなかった。

 元に戻ろう。
 本書は2020年7月刊行なので、著者は一つの経緯を見せた東京都でのこのホットな話題をうまく題材に取り入れて本書のネタにしている。バンクシーは一過性のものでなく、継続的に世界で話題になっている点を踏まえると、実にタイムリーで巧みな構想に持ち込んでいたといえる。

 莉子は強引に鵜澤に頼み込まれ、都庁において保管されている現物を鑑定する羽目になる。現物はネズミの描かれた鉄板。鑑定の直後に、予め準備されていた記者会見の場で莉子は鑑定結果の意見を述べさせられることに。この急展開がストーリーの最初のピークになるのだからおもしろい。読者を惹きつけるのが実にうまいと思う。

 この記者会見の場には、ニューヨークで画商を営むと自己紹介する50歳前後のパーシヴァル・ラングリッジが登場する。バンクシーの作品を手がけている画商である。彼が要所要所にバンクシー作品絡みで登場してくる。おもしろい絡み役というところ。
 さらに、ラングリッジの発言に、グアムから来ているという30代前半のカミロ・アドモがボランティアで、その場の通訳を買って出た。
 この小説で、読者はバンクシーの行動と作品の成り立ちについて興味を抱くことになることと思う。

 このアドモは熱海美術レプリ館館長笹岡苗美の同伴者として記者会見の場に居た。苗美はこの記者会見に参加する資格を持っていたのだ。アドモはグアムで通訳ガイドをしていて苗美に見込まれたそうだ。休暇で来日し、苗美の世話になる一方手助けをしているという。
 莉子は苗美から、熱海美術レプリ館が所有する作品の査定を依頼される。莉子は熱海に出かけていくことに・・・・。そこで、莉子はもしかしてゴッホと感じる大きな作品を目にする。これがのちのち、新たな問題を引き起こしていく。
 ゆっくりとその作品を鑑定する時間もなく、夏鈴からの電話で莉子は東京に戻らねばならなくなる。トンボ帰りして、夏鈴が手こずっていた件落着させる。このエピソードもおもしろい。
 その直後にラングリッジが莉子に海外からの言伝だとUSBメモリーを持参する。それが、莉子を急遽、グァム島のラブリエントホテル・グァムに赴かせることに。ホテルの催事担当部長のクインシー・プレストンからの鑑定依頼だった。それはOOPARTSと称する特別展示企画展に絡んでいた。だが、その会場で莉子は「漢委奴国王印」を目に止める。なんと、莉子はこれを本物と直感したのだ。
 そんなはずはない。本物は福岡市博物館に所蔵されているはず。莉子はグァムから博物館にコンタクトを取ってみた。これが契機で、金印がすり替えられているという事件が発覚する。一方、ホテルの展示品として見た金印は莉子が正確な鑑定を試みる前に、盗難に遭うという事態に・・・・。金印の行方が混迷していく。

 このストーリー、バンクシー作品問題とゴッホの絵の真贋問題、「漢委奴国王印」の金印すり替え/盗難事件が三つ巴となって、状況が進行していくことになる。

 当面は金印のすり替え/盗難の事件の謎を解明するための行動が軸となって進行することに・・・・。奇しくもゴッホの作品真贋問題と接点が生まれてくるというおもしろい方向に進展していく。
 金印に絡んでは、グァム島での警察の捜査と日本国内で莉子が中心となる密かな調査がパラレルに進行していく。グァムで、莉子は偶然にレイ・ヒガシヤマというPI(Private Investigator)に助けられたことが契機で、レイが日本に同行する。彼はグァムでの捜査と日本での隠密裏の調査との仲介を兼ねる立場になる。レイの父もまたPIを職業にしていて、警察に協力する形で事件の捜査に関わっていくからだ。
 
 この作品が読者を惹きつけるおもしろさがいくつかある。
*ストーリーの進展、展開がスピーディである。その中にというかその上に、ちょっとしたエピソードが気分転換のように、織り込まれて行く。読者へのサービス精神(?)が旺盛である。
*全く次元の異なる問題が三つ巴に絡んでいき、それらが巧妙にリンクし収束するとい構想がおもしろい。
 バンクシーの作品の描法視点から真贋判断をするアプローチへの興味・関心
 金印がどのようにすり替え可能だったかの謎解明と本物の捜査プロセス。周辺問題。
 ゴッホの作品の真贋鑑定前に作品が消える。盗難方法の謎解明と追跡捜査の進展
*夏鈴とレイの激励・助言で莉子が鑑定士としての自信を取り戻していくプロセス
 レイが重要な助言を莉子にする。「いったろ。頭に詰めこんだ知識だけを頼りに、古美術品の前に座って結論をだすだけが鑑定家じゃないよ。というより、鑑定家はそんあものだって誰がきめた? きみはきみの特性を生かした鑑定家になるべきだ。まっさらな心で真実と向き合い、どこへでもでかけていって情報をかき集める。固定観念を排した鑑定をおこなえばいい」(p239)
 ほかにも莉子への良い助言がある。それらが、後の莉子の万能鑑定士としての礎になるということなのだろう。シリーズ全体にうまくリンクしている。
*解明しがたき謎を抱え続ける研究者の立場、心の葛藤の視点も盛り込んでいること。
*レイが莉子に淡い思いを感じはじめる側面を織り込んでいるところも楽しい。

 実におもしろい作品。一気読みしてしまった。

 ご一読ありがとうございます。

補遺
ウクライナに新作壁画7点、バンクシーが確認 2022.11.15 :「CNN style」
ウクライナの破壊された建物にバンクシー新作、がれきの中で体操選手が逆立ち :「BBC NEWS JAPAN」
バンクシー作品 ウクライナに 砲撃で崩れた建物に FNN 2022.11.13  YouTube
「バンクシー」虐殺の街に・・・・[解放]ヘルソン州都を奪還 住民の喜び爆発 2022.11.12              :「テレ朝 news」
バンクシー  :ウィキペディア
バンクシー作品らしきネズミの絵  :ウィキペディア
金印  :「福岡市博物館」
漢委奴国王印  :ウィキペディア

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『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅲ クローズド・サークル』 角川書店
『千里眼の死角 完全版』  角川文庫
『小説家になって億を稼ごう』  松岡圭祐   新潮新書
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅳ シンデレラはどこに』  角川文庫
『ecriture 新人作家・杉浦李奈の推論Ⅱ』 角川文庫

松岡圭祐の作品 読後印象記掲載リスト ver.3 総計45冊  2022.9.27時点


『逆軍の旗』  藤沢周平   文春文庫

2022-11-15 00:27:50 | レビュー
 藤沢周平の小説は文庫本で集めた。どちらかというと、晩年に文庫本となった小説からランダムに読み始めている。本書は1985(昭和60)年3月に文庫化された。単行本が刊行されたのは、1976(昭和51)年6月、著者49歳の時である。

 この短編集を先に読もうと思ったのは、文庫のタイトルになっている「逆軍の旗」が明智光秀を扱っていることが動機だった。
 本書には、「逆軍の旗」「上意改まる」「二人の失踪人」「幻にあらず」の4編が収録されている。

 文庫の「あとがき」に著者はこんなことを書いている。
「ありもしないことを書き綴っていると、たまに本当にあったことを書きたくなる。この本には、概ねそうした小説をおさめている」と。
「歴史的事実とされていることを材料に、あるいは下敷きにした小説という意味」で創作された作品であり、「事実をたよりに人間を探る」ということが試みられた短編集という位置づけになる。 
「歴史には、先人の考究によって明らかにされた貴重な部分もあるが、それでもまだ解明されていない、あるいは解明不可能と思われる膨大な未知の領域があるだろう。そういう歴史の全貌といったものに、私は畏怖を感じないでいられない。そうではあるが、この畏怖は、必ずしも小説を書くことを妨げるものではない。むしろ小説だから書ける面もあると思われる」と。
 著者が本当にあった歴史的事実の中に、「むしろ小説だから書ける面」を書いたのがこの4つの短編ということになる。小説だからこそ書ける側面とは、これらの小説に現れる人々の行動を促す動因となるその人の考え、心理、思いを書き加えるということなのだろうと思う。

 収録された短編作品ごとに、読後印象を交えて少しご紹介したい。

<逆軍の旗>
 惟任日向守光秀が愛宕神社西ノ坊、威徳院で興行した連歌の会の進行描写から始まる。光秀の視点から描かれていく。信長との間にひややかな乖離の始まりの回想、現下のライバルである諸部将たちの戦闘状況の分析、秀満への己の決意の表明、主だった家臣への本能寺襲撃の意志表示へとストーリーは進展していく。本能寺の襲撃はごく簡潔に描かれ、それに続く光秀の政治的対処とその反響に重心が移っていく。
 そして、天正10年6月10日、洞ケ峠に陣を置いた光秀の最後の戦況の読み、その心理に焦点が当たっていく。調べてみると、山崎の戦いは6月13日に両軍が激突するので、この短編はその直前で終わる。6月10日、光秀は「順慶が来るか」の一点にかけていた。だが、順慶は参陣しないと見切る結果となる。この時点で光秀は負けを自覚した気がする。
 読者は、光秀の回想心理を含めて、彼の心理の動きに同期していく。そこが読ませどころとなる。
 光秀の思いを表出した箇所がある。「あてもない放浪だった」(p32)、「虫けらのように死にたくない」(p33)、「坐していても滅ぶ」(p34)、諜報結果を光秀に伝えた吉蔵を光秀は刺殺する(p62)、「俺一個は紛れもない叛逆者だ。だが将も兵も、望んだのは叛逆ではなく天下だった。」(p69)
 この小説に、著者が連歌師紹巴の視点から描いている箇所がある。それが光秀の心理を捉える上で奥行を与えている。
 「あとがき」に著者は興味深いことを一つ記す。「書き終わって、かえって光秀という人物の謎が深まった気がした」(p268)と。

<上意改まる>
 この小説について、「あとがき」で「郷里の歴史に材を借りたもの」と著者は記す。
 戸沢藩領内の中渡村の名主と百姓の間にその年の検見のことから争論が生じた。双方から藩に目安状が提出され詮議の対象となる。それを担当した家老戸沢四郎兵衛から引き継いだ片岡理兵衛は、自らは詮議することなく即座に1年超しの訴訟に、名主側を罷免することでけりを付けた。名主側は不満を持ち、百姓は大喜び。だがこれが原因の一つになる。
 理兵衛は頭は切れるが直情径行で我を張る性格であり、圭角が多く人と対立する。1700石の高禄で家中第一の勢力を持つ戸沢伝右衛門とは長らく反目している。名主側は、藩主の義母天慶院を頼り、詮議のやり直しを訴えた。政治好きの天慶院が動く。理兵衛は天慶院の要請をはねつける。さらにこの訴訟騒動に絡んで、21歳の藩主の誇りが傷つけられる事態も起こった。
 様々な要因と人間関係が複合され、それが勢力の確執と絡んでいく。片岡家に一旦閉門という上意が出され、その後に切腹を申しつける形へと上意が改められる。片岡家が断絶されるに至る顛末ストーリー。人はなぜ対立するのか・・・・。
 小藩内での濃密な人間関係が前提となった社会での人々の葛藤と心理を著者は描こうとしたのだろう。
 このストーリー、理兵衛が訴えられるという情報は、隣家の北条家の娘郷見が、理兵衛の弟藤兵衛に知らせる所から始まる。藤兵衛と郷見の関わりが、サブストーリーとして絡んでいく。哀切な余韻が残る。

<二人の失踪人>
 「あとがき」によれば、南部藩士横川良助が書いた「内史略」に拠った小説という。
 文永12年4月14日、南部藩の岩手郡雫石村雫石町で旅籠を営む孫之丞が殺された。彼は土地の百姓であるとともに、雫石代官所の目明かしを兼ねていた。殺害したのは仙台浪人と名乗る村上源之進である。孫之丞を刺殺すると逃走した。
 まず、刺殺されるに至る経緯が明らかにされる。孫之丞には2人の息子がいた。
 5年経った天保2年の春先、弟の丑太が家出した。その年の7月には、丑太を探しに行くと言って兄の安五郎も家を出た。二人は失踪人となる。
 天保7年3月、雫石村の検断善助の家に、常州那珂湊から飛脚が手紙を持参する。孫之丞の子供が親の仇を討ったという。このことが事実であるかどうかをどのように確かめるのか。どのようにこの仇討ちの措置をするのか。その顛末がこのストーリーである。
 事件が藩を跨がると、なんとその事後措置と手続きが煩雑なことか! というのが第一印象だ。庶民による仇討ちなぞ起こることがなかったことの裏返しだろうか。一方でその手続きプロセスは実に興味深い。

<幻にあらず>
 「あとがき」によればこの小説もまた「郷里の歴史に材を借りたもの」と著者は記す。
 中納言景勝は関ヶ原役の後、会津120万石から米沢30万石に減封されて移封となる。景勝は譜代家臣をそのまま連れて米沢に移った。この窮乏に際し、家老直江兼続が大変革の諸施策を講じた。寬文4年閏5月に藩主綱勝が急死。藩の存続をはかることが優先され、米沢藩は15万石に半減され、置賜15万石だけの藩となる。15万石で5000人の家中を養うという事になる。米沢藩の財政窮乏状態が描き出されて行く。
 宝暦8年に藩主重定は高鍋藩主秋月種実の次男松三郎を養子にとった。直丸勝興と改名されたこの少年が、後に米沢藩を継いで弾正大弼上杉治憲と名乗る。治憲を支え、藩の改革を推進するのが、藩主重定の頃に江戸家老だった竹俣美作当綱である。
 当綱は、藩主重定のもとで藩政を仕切っていた郡代頭取森平右衛門を排除することから改革を推し進めていく。
 治憲のもとで改革が進められて行く。一方で、七家騒動という米沢城下を震撼させる事件も起こる。
 このストーリー、米沢15万石の財政建て直し改革の内容と改革に邁進した人々の行動がテーマになっている。
 このストーリー、思わぬ結末を迎える。そこに人間の心理の一面が投げ出されている。 藩主の上杉治憲は、上杉鷹山という隠居後の号名の方が今ではよく知られている。

 おもしろいテーマが集められた短編集だと思う。共通点は人間の心理を掘り下げるという側面だろうか。

 ご一読ありがとうございます。

本書に関連する関心事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
里村紹巴  :ウィキペディア
愛宕百韻  :ウィキペディア
洞ヶ峠   :ウィキペディア
洞ヶ峠   :「コトバンク」
解題  内史略  :「岩手県立図書館」
米沢市   :ウィキペディア
上杉治憲  :ウィキペディア
現代の指針 上杉鷹山  :「置賜文化フォーラム」
九代目米沢藩主 上杉鷹山  :「伝国の杜」
米沢上杉藩の水を拓いた上杉鷹山 :「農林水産省」
竹俣当綱  :ウィキペディア
竹俣当綱  :「コトバンク」

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こちらもお読みいただけるとうれしいです。
『玄鳥』  文春文庫
『暗殺の年輪』  文春文庫
『三屋清左衛門残日録』  文春文庫
『蝉しぐれ』  文春文庫
『決闘の辻 藤沢周平新剣客伝』  講談社文庫
『隠し剣孤影抄』  文春文庫
『隠し剣秋風抄』  文春文庫
『人間の檻 獄医立花登手控え4』  講談社文庫
『愛憎の檻 獄医立花登手控え3』  講談社文庫
『風雪の檻 獄医立花登手控え2』  講談社文庫
『春秋の檻 獄医立花登手控え1』  講談社文庫


『大英博物館 4 メソポタミア編』 国際芸術研究会  ゴマブックス

2022-11-12 18:35:11 | レビュー
 かなり以前に、大英博物館を数回訪れたことがある。その都度、所蔵品の膨大さに驚嘆した。古代エジプト、ギリシャについてはけっこう印象が記憶に残っているのだが、メソポタアミアについては、展示室を訪れていたはずなのに印象が相対的に薄い。そこで、このシリーズを電子版で見つけ、変則的だが、メソポタミア編から読んでみることにした。本書は2014年5月に刊行されている。
 表紙の上部には「絶対に行きたい、世界の美術館、博物館」というキャッチフレーズが記されている。大英博物館は本当に機会があれば何度でも足を運び展示品の実物を自分の目で見たい博物館である。

 分冊になっているためか、このメソポタミア編は56ページというボリュームなので、手軽に読めるというのが第一の特徴。
 さらに、画像に付された説明文の文字が大きいので、電子版で読むという点では便利。

 数度、訪れていながら、大英博物館の沿革を意識していなかった。本書の「はしがき」で初めて知った。「1753年に医師であり博物学者でもあるハンス・スローン卿(1660~1753)が、生涯を通して収集した遺品約8万点がイギリス国家に寄贈され、1759年から『すべての学究の徒、知識旺盛な人々』へと一般公開された」(p2)ことがそもそもの始まりだという。
 本書によれば、大英博物館の収蔵品はおよそ800万点に及ぶとも言われているとか。まさに驚嘆するばかり。維持管理するだけでも大変だろうなと思う。

 ティグリスとユーフラテスという2つの川に挟まれた地域に、メソポタミア文明が興った。地図を確認すると現在のイラク共和国のバグダッドがちょうど両河川が一番接近している地形地域に位置している。古代メソポタミア世界で繁栄したのはアッシリア帝国。
「大英博物館に所蔵されているアッシリアの展示品は、紀元前9~8世紀時代の王都カルフ、もしくは紀元前7世紀の王都ニネヴェのものが大半を占めている」(p4)そうである。
 バグダッドの北にモスルという都市がある。その郊外がアッシリアの王都ニネヴェだった。19世紀半ば頃から、イギリス人の考古学者ヘンリー・レイヤードらが、この地の巨大な遺跡の発掘を始めたことの成果として、その事実が立証されたという。(p4)

 56ページの本書には、23の作品が載っている。まず作品についての説明ページがあり、その次のページに作品の画像が載っている。電子版のページだてでは、見開きの右ページに解説文、ページを捲って次の見開きの左ページに画像となっている。読みやすさ、見やすさから言えば、見開きで左ページに説明文、右ページに画像という編成の方が便利だと思うのだが・・・・・。1ページを説明スペースとしているので、かなり空白が多い。画像が大きいのは利点である。

 目次に記された23の作品名称を列挙してご紹介しよう。
1.庭園の中の猟犬係  2.黒いオベリスク  3.アッシュールナシバル2世の石碑
4.獅子像  5.アラブ軍の追跡  6.エジプト遠征  7.エラムとの闘争
8.戦利品の検閲  9.守護の精霊  10.ブラウ・モニュメント  
10.バビロニアの世界地図  12.幾何学テキスト  13.ギリシャの学生の練習粘土板
14.エアンナトゥムの奉納板  15.グデアの像  16.女性像  17.男性像
18.女性像  19.杭形人形と煉瓦  20.彩文皿  21.牡牛石像  
22.クセルクセスのアラバスター三言語銘文壺  23.牝の獅子に襲われた黒人

 発掘品の絵や像もさることながら、「人類にとって最も価値があると言えるのは、アッシュールバニバル治世のニネヴェに紀元前7世紀後半から建設された王立図書館の大量の楔形文字粘土板文書だ。メソポタミアの知の伝承であり、文学・宗教書・科学書などの類いの学術書であるこれらの写本は、すべて楔形文字で書き記されている」(p5)という。そのこと自体が驚きである。
 一方、「その王立図書館から出土された粘土板はすべて大英博物館に運ばれ、アッシリア学における重要な基礎となっている。ちなみにその粘土板の総数は2万2000個に及ぶと言われている」(p5)という説明を読むと、さらに輪をかけたお驚きが残る。だが、移されたことにより、破壊から免れるという側面がみられるのかもしれない。

 わずか23作品だが、印象深い点をいくつか例示しておこう。
 作品11「バビロニアの世界地図」の粘土板断片には、円盤状の地図が刻まれるとともに、楔形文字で記された部分が伝説を語っているという。
 作品12「幾何学テキスト」は、数学を教える際の問題集の粘土版断片だそうで、かなり高度な教育を教え、受ける人々がいたことをしめしている。文明と称されるだけのことはあったのだ。
 作品13「ギリシャの学生の練習粘土板」には、粘土板のオモテ面にはシュメール語とアッカド語が書かれ、裏面には同じ内容の呪文がギリシャ語で書かれているというのだから、これまた驚き。今風に言えば、当時既に国際化していたのだ。
 作品14から作品18までの像は、古代エジプトの壁画や像にみられるように目が大きく造形されている。目を大きく表現すること自体にたぶん大きな意味があるのではないか、そんな気がする。目の表現の意味という課題が残った。
 作品23「牝の獅子に襲われた黒人」は、フェニキア美術の最高傑作と称されるものらしい。一番リアル感を醸す浮彫作品である。時の隔たりを感じさせない作品だ。

 メソポタミア文明の一端を感じ取れる一冊と言える。メソポタミア文明は他の文明圏と国際的な繋がりがあったのだろう。楔形文字の粘土板史料の解読、ロマンを感じてしまう。
 
 ご一読ありがとうございます。

『Margret and H.A.Rey's Curious George CURIOUS ABOUT PHONICS』 HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT

2022-11-11 17:24:44 | レビュー
 「Curious George」シリーズの続きとして、この英語絵本電子版、ナレーション付きを読んだ。読んだけれども、私の英語リハビリ学習の材料としてはちょっと役には立たなかった。というのは、この絵本、英語圏の子供たちが、耳に聞いてきた音に対して、文字という記号があり、ある物あるいは行為を示す音には、文字をつづった言葉が対応しているということ、単語というつづり字があり、文があるということを知り始める段階の絵本であるからだ。私の英語リハビリ以前の基礎段階を扱っているので、そう感じた次第。
 英語圏の子供たちが英語という文字表現形式を学ぶ上で重要なステージをサポートする絵本である。そういう意味で、文字と言葉、文というものをどのように学んで行くのか。そのことを知るのには有益である。そういう意味でのご紹介をしたい。

 本書は2008年のコピーライトと記されている。前回ご紹介した絵本との関連で気づいたことは、 『the Firefighters』が2004年のコピーライトで、Houghton Mifflin Company が著作権を有していた。つまり、2008年までのどこかで、出版会社が HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT PUBLISHING COMPANY に変わり、著作権等の所有者も移転したことである。出版社が合併したのか、名称変更だけなのか定かではないが。
 もう一つ、この表紙には「12-BOOK」「LEARN-TO-READ PROGRAM」と明記されている。この本、12の絵本が1冊に合本化されたような形をとっていて、実に202ページの本になっている。「読みながら学ぶプログラム」として、12話が編集されている。本書のタイトルに記された「PHONICS」は辞書を引くと「[単数扱い]フォニックス(つづり字と発音の関係を教える教授法)」(『ジーニアス英和辞典 第5版』大修館書店)と説明されている。
 さらに、今まで読んできた絵本と大きく違う点は、「LEARN-TO-READ PROGRAM」として、本書の使い方を子供の親ら(大人)に対して2ページに渡って説明していることである。発音とつづり字、つまり文字表記した言葉を結びつけて理解していくステップをどのように進めて行くかのガイダンスが最初に載せてある。そして、12話のタイトルが目次として載っている。

 まずタイトルを列挙した目次をご紹介しよう。取り上げられている内容を簡略に併記する。
Curious George is Happy   ジョージがどんなときハッピーかを列挙していく
The Best!          ジョージが大好きなことを列挙していく
Big and Small        大きいものと小さなものを順にとりあげる
The Doctor's Office      ジョージが病院に行き受診するプロセスを題材に
Fun, Fun, Fun        ジョージにとっての楽しみを列挙していく
Let's Play!          ジョージの遊びを次々に列挙していく
See George Take a Job    掃除仕事から脱線しペンキで落書をし追いかけられる
What Does Gorge Like?    ジョージの好きなことを順に列挙していく
Snow             雪の積もったゲレンデを滑る
Costume           コスチューム・パーティ参加のための服選び
How Many?          様々な物の数を数える。1から10まで
From ABC to XYZ       アルファベットの文字理解

 そこで、例えば最初の「Curious George is Happy」について、具体的に取り上げてみよう。
 第一分冊に相当するこの話の内表紙の前に、この絵本の学習ポイントがガイドとして載せてある。
 まず、この絵本では、lap という単語に出てくるaのように、短いaの発音と、hold という単語などにでてくるhの発音を学ぶ。
 そして、is、on、soという役立つ単語を学ぶ。
 さらに、楽しく新しい単語を学ぶ。ここでは、rabbit と pancakes が取り上げられる。
そんなガイド説明がある。

 内表紙を開くと、楽しそうなジョージのイラストが左ページに、George is happy. の一文が見開きの右ページに記されている。
 その続きには、各ページにイラストとその絵を示す一文が載る。続きの2つの文を例示すると、 He is happy to pat a puppy. He is happy to chat a rabbit. である。
 aとhの発音が次々に出てくる。併せて、He is happy to ~~.という文の形が繰り返されることで、文形への馴染み、表現法を知る下地が培われていくことになるのだろう
 同じ文形が繰り返されることもあれば、短い文がいろいろ変化していく話もある。
 
 この第一話は、Find out what makes George happy, and learn about these sounds
short a h という文で締めくくられている。つまり、ジョージがどんな時にハッピーなのかを知ることと、発音とつづり字との関係、まず2つの発音を学ぶことに主眼が置かれていることを強調している。

 こんな風に、12の話が進んでいく。
 最後のアルファベットも、AからZまでを、26文字並べるというのではなく、単語や語句の冒頭に出てくる文字を大きく赤く表示して、イラストと連動させる形で構成されている。発音とつづり字を抱き合わせで学ぶやり方である。ここも、最初と最後を例示しておこう。
 Apple  Birthday Cake with candles Dog at the door
X marks the spot Yo-yo Zigzag というふうに。

 冒頭の絵本表紙には載っていないが、各分冊の内表紙には、この絵本が Catherine Hapka と作家名が記されている。

 この絵本、英語学習のリハビリにはあまり役には立たなかったが、英語という言葉(文字)と発音を子供達がどのように学んで行くかについて知る機会になった。その点おもしろかった。

 ご一読ありがとうございます。

 こちらもお読みいただけるとうれしいです。

『Curious George Takes a Trip』   Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Firefighters』
Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Puppies』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George and the Pizza Party』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes Camping』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Beach』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Makes Pancakes』
                  Houghton Mifflin Company
『MARGRET & H.A.REY'S Curious George Goes to the Zoo』
                  HOUGHTON MIFFLIN HARCOURT
『Curious George Color Fun』 Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George's First Day of School』
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Goes to the Hospital 』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George Learns the Alphabet』 H.A.REY
                  Houghton Mifflin Harcourt
『Curious George and the Birthday Surprise』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company
『Curious George Goes to a Movie』 MARGRET & H.A.REY
                  Houghton Mifflin Company

『カラダで感じる源氏物語』 大塚ひかり  ちくま文庫

2022-11-10 18:24:47 | レビュー
 著者は「古典エッセイスト」と自称されているそうだ。どこかの大学・研究所に籍を置く学者ではない。それ故か、源氏物語についてかなり大胆な指摘を加えながら、読み解いていく。学者ならここまで踏み込むことはないだろうと思える箇所もある。ユニークな見解が提示されていて、実におもしろい。勿論その見解には、説明のための事例、論拠が語られている。けっこう納得感を感じるし、文が読みやすい。

 本書は、1996年6月にベネッセコーポレーションより同タイトルで刊行され、大幅に加筆された上で、2002年10月に文庫本となった。手許にあるのは2005年7月の第二刷。
 かなり前に本は入手していて、書架に眠っていた。先般やっと瀬戸内寂聴訳『源氏物語』を通読できた。それで、火の見ヤグラーさんがブログで本書について触れておられたのを読み、刺激をうけて、この本の眠りをさました次第。

 「はじめに」に著者は記す。
「・・・読めば読むほど、『これが果たして作り話なのか?』と疑問に感じるような物語だから、」と記し、「じっさい、皮肉なことに『源氏』をしっかり読んだ人のほうこそ、『源氏』の世界が歴史上に『実在した』と信じているかのように、『源氏』に、はまっていく」と。本書を読んだ印象として、まさに著者もその一人なのだと思う。
 「あとがき」には、「光源氏はどんな声だったのだろう。『源氏物語』を読んでいると、ふと、そんな事が気になることがある」「声が想像できるくらい、光源氏のキャラクターは、生身の体温を感じさせるように描かれている」と記す。
 私は瀬戸内訳『源氏物語』をやっと最近通読しただけなので、声や生身の体温を感じるほどの想像力とは程遠かった。逆に言えば、著者は『源氏物語』を相当に読み込まれているのだろう。本書を読んでいて随所でそう感じた。
 「文庫版あとがき」には、本書の書き始めは、「娘を出産してほどない頃、私が最も自分のカラダを『感じていた』時分のことだ」と記す。
 つまり、生身の人間の五感を働かせて『源氏物語』の世界をリアルに感じ、考察し、光源氏をはじめ様々な登場人物像を赤裸々に論じている。オブラートに包んだような書きっぷりではない。その視点を斬新に感じ、その読み解き方に関心が深まっていく。

 <第一章 感じるエロス>では、まず『源氏物語』の特徴は「登場人物が、実によく病気に冒される」という点から論じていく。紫式部は「病気する体」を原点にし、「辛さ」(マイナスの要素)に光を当てるという意図を示しているとする。「はっきり言って、病に苦しむ人の姿まで美を見いだす視線は、残酷である。そして、エロティックだ」(p27)と。さらに、「それでなくても、男と女の恋の苦悩とすれ違いを描いた『源氏』では、性は中心テーマである。しかも『源氏』の性は、感じる。『源氏』は濡れるし、たぶん立つ。エロ本としても十分、実用的なのだ」(p32)とまで言い切っている。
 仮に思っていても、ここまでズバリと書く『源氏』学者・研究者はいないだろう。学者・研究者は公にはエロ本とは言わないだろう。その差異がおもしろい。だから、学者の源氏物語解説本では得られない視点から『源氏物語』への理解を重ねていける書と言える。くだけた記述があるが、その考察は論拠を明確にした、いわば真面目な論及である。

 恋の一段階となる「垣間見」の習慣、いわゆる「覗き」についてこんな説明をする。
「つまりセックスするまで名目上は『会えない』わけで、『俺はこの女で行くぞ』と男が心にゴーサインを出すきっかけは、垣間見にかかっているのである。一方、女側も、顔も見せないで男と会って、『僕の好みじゃなかった』などとヤリニゲられてしまうよりは、姿を見せて気に入ってもらったうえで男と会ったほうが、幸せにつながるため、『私はこんな姿形です。うちの暮らしぶりはこんなです』とアピールできる垣間見は必要なのである。もちろんその際、女側も、部屋の奥から男の容姿や物腰をチェックしたのは言うまでもない。その段階で『気に入らないわ』と思ったら、手紙に返事をやらなかったり、それとなく拒絶の歌を詠んでやれば済むことだ。容易に会えない時代だからこそ、男も女も、恋には『覗き』が必要だったのだ」(p39)実にわかいやすい説明である。
 そして、古代、「見ること」=「セックス」だったと言い、「『源氏』の身体描写は、言ってみれば、セックス描写なのである」(p54)とリアルな身体描写について事例を挙げて語っていく。
 さらに、ブスについて述べている。末摘花、空蝉、花散里について・・・。
 「ブスに脚光を浴びせることで、美しさで光るような主人公という、絵空事になりがちなキャラクターの物語を、強い現実感に満ちたものにした紫式部」(p76)と紫式部の構想の巧みさ、リアリティの実現に気づかせる。

 <第二章 源氏物語のリアリティ>では、リアルな人物設定と等身大に描かれた男達について語り、光源氏のコンプレックスに触れていく。
 頭中将は、寝とられてしまう男であり、自分の娘の数さえ把握していず、「その場の感情につき動かされて、先の展望なしに行動する男」(p98)、律儀者で権威主義者と分析されている。夕霧は無神経な男。光源氏の実兄・朱雀院は比べられる男、妻の浮気を黙認する男。こんな分析が具体的に述べられる。それ故に等身大に人物を描き出すという。これだけでも『源氏物語』がかなり身近なものになるのでは・・・・。1000年以上の時を隔てた現代でもこのような類型にあてはまる男達が居るのではないか。
 光源氏はコンプレックスを持っていたという。なんと29ページにわたってこの見出しのもとで説明が続く。『源氏物語』を読んでいるときそういう見方をしていなかったので、本書がおもしろかったし、なるほどと思うところもある。
*存分に学問出来なかった ⇒その反動が夕霧にまず学問を付けさせることに。
*「生まれてこのかた、一度たりとも愛が満たされたことはない」(p132)の思い
 ⇒自らの屋敷には、コンプレックスを持つ女ばかりを集めることに。
  孤児同然の紫の上、ブスな空蝉・末摘花・花散里、身分の低い明石の君
つまり、光源氏もまた、絶世の美男で多才なのだが、そのキャラクターは等身大に「矛盾に満ちた私達の人生と、変わるところがない」(p147)人間として、紫式部は描いていると説く。「光源氏の輝くような経歴は、幸福感の達成ということでいえば、何の効力もない」(p146)とバッサリ判断しているところがおもしろい。そういう視点でみることもできるか・・・と。
 その上で、著者は紫式部は『源氏』を書くにあたり、「物語はリアルでなくてはいけない」(p156)と考えていたと断定する。「ドキュメント的な要素を物語に取りこむ」手法をとっていると(p158)。だから、中世の『源氏』研究は、登場人物のモデル探しになった。それほどリアルな物語なのだと言う。現代の学者の研究スタンスはどうなのだろうか。そこにも関心が向いてくる。

 <第三章 五感で感じる源氏物語>は、まさにカラダで感じる視点で書き込まれていく。ここでは『源氏』に視覚・触覚・聴覚・嗅覚・味覚の観点から切り込んでいる。
 著者流の『源氏』の感じ方をいくつか引用してご紹介する。後は、本書をお読みいただくと良いだろう。読み解き方が参考になる。
*『源氏』では、美しい人は肌も美しいというのが必須条件だが、とくにセックスの比重が重い人物ほど、肌の美しさが強調されるのだ。 p172
*『源氏』には、食べ物の話が少ないうえに、食事のシーンは極端に少ない。 p199
*宇治十帖では、残り香が様ざまにエロティックな憶測を生んでいるのだが。そこには不思議と女性の香りは少なく、ほとんどすべて男の香りだ。 p192
*『源氏』の病のほとんどが、ストレスが引き金となっていて、・・・・・実は『源氏』の死は、これといった病気でもないのに、食欲のなくなる症状が続いた結果、引き起こされることが多いのが特徴だ。 p206
*『源氏』を書いた紫式部自身、受領階級の女房という、食欲旺盛な階級だった。それを思うと、食欲不振の貴婦人達を「美しい」と見る『源氏』の視線は、「賞賛」よりも、滅びゆく者への「哀れみ」だったとさえ思える。紫式部が『源氏』という傑作を書けたのも、食べる階級ならではの「底力」ゆえ、かもしれない。 p220

 <第四章 失われた体を求めて -平成の平安化->が最終章。「感じる経済」「感じる不幸」「なぜ体で感じる源氏物語なのか」というセクションから構成されている。
 紫式部は、没落貴族の末裔の末摘花を描いた。著者は末摘花の貧乏のディテールをリッチな光源氏の目を通して描いている点の意味とともに、経済力の意味に着目していく。優雅に見える宮廷生活も、人や冨という後ろ盾に支えられてこそ、実現しているという事実。「財力のあるなしで、人の境遇や心というのが、いかに変わっていくか」(p224)を紫式部は描いているという。末摘花の存在が様々な視点で考える材料になり、『源氏』の読み方のおもしろさを感じさせる。
 「『源氏』の貧乏がリアルなのは、経済事情の変化による、体の変化をも、きちっと押さえている点だ」(p243)と述べ、『源氏』の登場人物の「体型」が経済事情と身分により書き分けられているという。
 宇治十帖になると、さらに経済により人生を塗り替えられる人々が多数登場するようになる。『源氏』が経済と人の関わりを重視している点に触れ、それはその当時の時代の潮流を敏感に取り入れている紫式部の視点にあるとし、『源氏』は当時はきわめてトレンディな小説だったのだと著者は言う。これらの指摘と具体的な説明はナルホドである。
 さらに「登場人物はすべてが孤独。誰にも理解されぬまま、悔いと苦悩の苦しみを、たっぷり味わった末に死んでいく」という姿を紫式部が描いたと展開し、紫の上と浮舟を事例を取り上げて論じている。
 「なぜ体で感じる源氏物語なのか」は、著者の前著『「源氏物語」の身体測定』と『愛のしくみ-平成の平安化』を前提に記されているので、私には論理の流れが少し分かりづらかった。前著書を参照する課題が残ったといえる。

 いずれにしても、この本、読んで損はしないと思う。『源氏物語』を多角的な視点から読んでみようと思う人には、お薦めの一冊である。

 ご一読ありがとうございます。

[源氏物語ワールドへの誘い] 

こちらもお読みいただけるとうれしいです。関連書を種々読み継ごうと思っています。
『源氏物語』全十巻   瀬戸内寂聴訳  講談社文庫

= ビギナーの友に =
『源氏物語の京都案内』  文藝春秋編   文春文庫
『源氏物語解剖図鑑』 文 佐藤晃子 イラスト 伊藤ハムスター X-Knowledge
『初めての源氏物語  宇治へようこそ』  家塚智子  宇治市文化財愛護協会

= 教養書 =
『平安人の心で「源氏物語」を読む』  山本淳子  朝日選書

= 小説・エッセイなど =
『源氏五十五帖』  夏山かおる  日本経済新聞出版
『新・紫式部日記』  夏山かほる  日本経済新聞出版社
『月と日の后』 冲方 丁 PHP  
   ⇒ 一条天皇の中宮となった藤原彰子を主人公にした小説。
     紫式部により『源氏物語』が紡ぎ出される時代背景として関連する。

『スカーフェイスⅣ デストラップ』  富樫倫太郎   講談社文庫

2022-11-08 15:39:59 | レビュー
 「警視庁特別捜査第三係・淵神律子」シリーズ第4弾! 文庫書き下ろしで、2021年9月に刊行された。
 正式なタイトルは『スカーフェイスⅣ デストラップ 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』なのだが、長くなるのでこの標記にとどめた。

 プロローグは、元自衛隊・特殊部隊に所属していた俊数にオペレイターから電話がかかるところから始まる。俊数の妻と子は自宅のリビングで4人の少年により殺害されたた。加害者は当時13歳の少年たちだったので彼等の情報は非公開。民事裁判で慰謝料は得たが、加害者情報は得られなかった。義父と義母は心労で亡くなる。俊数は生前の義母から、義父が加害者たちを見つけて復讐したいと怒っていたことを告白された。俊数は加害者の4人を見つけ出して復讐を誓う。事件から7年が経つ。オペレイターは俊数に尋ねた。「4人の居場所を知りたいか?」と。勿論、俊数は答える。「知りたい」と。
 冒頭からオペレイターが出現する。なぜか。俊数に4人の居場所を教える代わりに、淵神律子を殺すことを取引条件にするからだ。

 本書は3部構成になっている。
 <第1部・消えた少女>は、平成24年(2012)10月15日(月)、オペレイターが淵神律子に電話で、律子と町田惠子、藤平保を処刑リストに載せたと通告してきたところから始まる。
 警視庁の地下にある第17保管庫で、藤平が電話の録音を解析しているところに、第三係所属で、来年、定年退職予定の坂東雄治が相談事持ちかけて来る。船橋市にある児童養護施設の石峰薫子園長からの頼み事だった。それは、市川のパン屋で働く鷺沢鈴音という少女が面談日に現れず園長宛の手紙を残して消えた。その少女を探してほしいという。板東はその学園とボランティア活動で繋がりがあり、鈴音のことも良く知っていたのだ。坂東自身も鈴音の失踪を心配している。
 律子と藤平はこの捜索を引き受ける。その仕事は退庁後のオフタイムに取り組むことになる。ストーリーがどのように展開するのか。先が読めないところがまずおもしろい。
 
 鈴音の勤め先での聞き込みから始まる。捜査の定石。パン屋さんでの鈴音の同僚から、彼女が夜の仕事を始めていたことを知る。同僚は家族のための金に困っていたと聞いた。そして、かつて同じパン屋で働いていて水商売に転職している石川沙緒里を紹介したと。鈴音のアパートを確認に行った際、一台の車がアパ-トを見張っていることに気づく。鈴音は深刻な問題を抱えていそうに思われる。
 沙緒里は鈴音に歌舞伎町の外れにあるキャバクラ「キャットウォーク」を紹介していた。鈴音はその「キャットウーク」でほぼ1ヵ月働いて辞めてしまったという。
 律子たちは、鈴音が児童養護施設に入る原因になった鈴音の元の家族の家も聞き込みに行く。徐々に、鈴音に関わる情報が増えていく。

 一方、鈴音は20歳の桐野令市と都内で逃走していた。令市の友人、金村雅彦(20歳)の西新宿のマンションに行く。金村は闇金業者。彼等3人はイタリアン・レストランにて夕食の予定だったが、一旦部屋に戻った金村が何者かに殺害されてしまう。レストランに現れない金村。マンションに戻った鈴音と令市は、その場からあてどなく立ち去らざるを得なくなる。なぜ金村が殺害されたのかもわからぬままに。

 失踪中の鈴音の周りで最初の殺害事件が発生した。読者には殺害者が誰かが明らかな形で事態が進行する。それはオペレイターから金村の住所を知った俊数の復讐の始まり。

 そして、<第2部・プリンクラブ>に入って行く。
 金村の死体発見から始まる。警察の殺人事件の捜査が開始されることに。
 
 このストーリーでは、5つのサブストーリーがパラレルに進行していくことになる。
1.鷺沢鈴音の失踪を追跡捜査する律子と藤平の行動。それを特別捜査第三係の円浩爾と依頼人の坂東がサポートする。
2.鷺沢鈴音と桐野令市の逃走劇。彼等が潜伏しようとする行動、その場所で事件が発生場所していく。二人には皆目訳がわからない。怖れの中で逃走ストーリーが展開する。
 彼等はなぜ、誰から逃げているのか。なぜ友人たちが殺されるのか。
3.オペレイターから順次情報を入手することで俊数は一つ一つ復讐を遂行していく。
 オペレイターは、俊数に取引条件を出していた。それは淵神律子の抹殺である。
 オペレイターと俊数の暗黙のペアが、どの段階でどのような動きをとっていくのか
4.鈴音と令市のペアを追跡する者の存在。それは、勿論二人の逃走に直結する理由に関係する。その理由は何か。誰が関わっているのか。プリンクラブと称される組織がそこに浮かび上がってくる。
5.次々に発生する事件。警察はそれぞれの事件の捜査を個別に進めて行くことになる。
 このストーリーでは、警察の捜査活動は、半ば捜査の進展情報という形で、背景行動として、組み込まれて行く。金村が殺害されたマンションに鈴音の指紋が残されていた。それが一つの接点となっていく。
 また、律子と藤平は正式な捜査に関わるよう指示されるステップに移っていく。
 プロローグで登場した俊数が、堂林俊数と判明するのも、事件発生後の捜査過程からだった。

 第2部はいわば、それぞれのサブストーリーの状況を別個にあきらかにしていくステージでもある。律子と藤平は、沙緒里への聞き込みを重ねて、鈴音が「キャットウォーク」からガールズバーのような「プリンクラブ」に移ったということを知る。沙緒里は言葉を濁したが、その「プリンクラブ」は怖い店だと言う。

 <第3部・ジュピター>
 サブストーリーの個々の進展が、相互に交わりを見せ、合流し、一つの空間での闘いに集約されて行く。事件の解決に至る最終ステージが凄まじい。異なる理由・意図を持つ者たちが、正に三つ巴となり、争闘を行うことになる。
 葉山のマリーナに近いところにある二階建洋館の豪邸、ボートハウスと呼ばれる建物が大団円の舞台となっていく。

 なかなかおもしろいストーリー構成になっている。
 オペレイターは警察情報に容易にアクセスできる人間とうことは、今回のプロセスからあきらかである。だが、オペレイターはどこにいる何者なのか。今回もその点には肉迫できずに終わった。ということは、このシリーズ、さらに続くということだろう。第5弾を期待しよう。

 ご一読ありがとうございます。

徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『スカーフェイスⅢ ブラッドライン 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 講談社文庫
『スカーフェイスⅡ デッドリミット 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 講談社文庫
『スカーフェイス 警視庁特別捜査第三係・淵神律子』 幻冬舎
『早雲の軍配者』 中央公論新社
『信玄の軍配者』 中央公論新社
『謙信の軍配者』 中央公論新社

『決戦! 大坂城』 葉室・木下・富樫・乾・天野・冲方・伊東  講談社




『石礫 機捜235』  今野 敏   光文社

2022-11-06 19:15:36 | レビュー
 『機捜235』の第2弾! 「小説宝石」(2021年3月号~2022年3月号)に連載された後、2022年5月に単行本として刊行された。
 ネット検索してみて、ウィキペディア情報で「機捜235」が2020年4月から、テレビ東京系列でテレビドラマ化されているという事を知った。関西在住なので、このドラマ化を知らなかった。

 主人公は第二機動捜査隊に所属し渋谷署の分駐所を活動拠点とする高丸卓也と縞長省一。高丸は梅原とペアを組んでいたのだが、梅原が公務中に負傷したことで、縞長と新たにペアを組む。第1作は高丸が縞長とペアになったところからスタートした。縞長は定年間際の年齢的にロートルな人。前職が捜査共助課見当たり捜査班だった。この能力が機捜隊で役立っていくところがおもしろい。
 渋谷分駐所には4台の機捜車がある。班長は徳田一誠警部。高丸は30代だが機動捜査隊の経験年数が長いので、50代後半の縞長とのペアだが、一応ペア長という恰好になっている。機捜235は高丸・縞長が使用する機捜車のコールサイン。頭の2は第二機動捜査隊、次の3は第三方面、最後の5は車両番号を意味する。元の相棒・梅原は機捜に復帰した後、井川とペアを組み機捜236として活動している。

 このストーリー、高丸・縞長の通常の日勤の描写から始まる。翌日、第二当番(夜勤)で出勤した時に明け番の梅原が拳銃をなくした事を知らされる。コンビニのトイレに拳銃を入れたポーチを置き忘れたのだ。夜勤に入った高丸・縞長は梅原の告げたコンビニに立ち寄り、防犯カメラの映像を確認した。午後8時過ぎ、分駐所に戻ると、梅原はそのまま残っていた。そこに、自ら隊の吾妻巡査部長と森田がやって来る。彼等は梅原のウエストポーチを徳田班長に手渡した。挙動不審の男に対する職質をかけ、その男のバックパックの中を調べて拳銃を見つけたという。
 梅原は一安心ということに。徳田班長は梅原・井川ペアを謹慎処分にする。
 これがきっかけで、自ら隊の吾妻・森田と高丸・縞長との面識ができる。後日勤務中にコンビニ強盗があり、その対処中に自ら隊の吾妻が現場に来る。そこで高丸・縞長は自ら隊の吾妻らのコールサインが警視235だと知り、その後彼等の関係が深まっていく。

 高丸・縞長は夜勤を終えて非番となるところだが、目黒署から張り込みの応援要請を受け、そのまま借り出される。潜伏中の指名手配犯金本真吉に対する張り込み応援だった。見当たり捜査担当だった縞長が本領を発揮するエピソードになる。
 機捜隊の仕事の一環として、事件がショートストーリー風に織り込まれていくところがおもしろい。

 応援を終えて機捜車で高丸らが分駐所に戻る途中、中目黒駅を過ぎた先のところで、縞長が停めてくれという。確かめたいことがあると。それが事件への端緒となる。
 縞長がコンビニに入って行くところを見た男を確かめたいと言う。指名手配中の爆弾テロ被疑者、内田繁之、49歳、であるかどうかを。10年前に企業に爆弾が仕掛けられ、10人以上が死傷した事件の主犯とみられている男だ。
 コンビニから出て来た男に高丸らが声を掛けようとしたとたん、男は逃走し、丁度空車で通りかかったタクシーで逃げた。勿論即座に追跡を開始し、無線で第二機動捜査隊本部に連絡を入れる。内田がタクシー運転手を人質にとり、建築現場に立てこもる事態に発展する。内田はリュックを持っていた。爆発物を所持する可能性が想定される。
 立てこもり現場には、捜査一課特殊犯捜査第一係長葛木警部らの一隊が出向いてくる。いわゆるSIT。その時点から立てこもり事件はSITが取り仕切っていく。一方で、捜査一課の増田警部補の傲慢さが原因で所轄や機捜隊との間で軋轢を発生させることに・・・・・。増田は昔、所轄の刑事として縞長と同僚だった時期があった。
 高丸は増田の態度に憤慨し、このままにしてはおけない、内田は俺たちで挙げると言い出す。事件現場に留まろうとした。

 警視235の吾妻が高丸・縞長のところにやって来る。吾妻は高丸・縞長が目撃した内田の服装を知りたいと尋ねた。そこから思わぬ方向に新たな展開が始まる。
 中目黒駅前で内田らしい人物が内田よりかなり若い男と立ち話をしていて、二人がリュックを交換して別れるところを、森田が目撃していたというのだ。このことを4人はSITに連絡しようとしたが、増田が拒絶した。
 そこで、4人は独自捜査を始める。内田と立ち話をしていた男の追跡捜査である。徳田班長に初動捜査の経緯を報告する。それが契機となり立てこもり事件とは別に、捜査体制が確立され、捜査が大きく膨らんでいく方向に動き出す。
 リュックを交換した若い男は内田から爆発物を受け取り、爆破テロを狙っているのではないかという読み筋である。現時点で内田はその若い男と連携プレイを図っている恐れも想定されることに・・・・。時間との勝負にもなっていく。

 高丸・縞長と吾妻・森田の4人は、彼等自身の勤務明けから、急遽編成された捜査体制にそのまま組み込まれて、捜査を行う形になる。
 この先は、本書をお読みいただきたい。

 この小説、捜査の進展が素早い流れなので一気に読み急いでしまった。手慣れた筋運びに乗せられてしまう。

 このストーリーは様々な側面の特徴的な要素が巧みに組み合わされていく。
1.警察組織内で信頼関係にある人々の間で判断・意思決定と行動の素早さが発揮される。
 徳田班長⇒警視の新堀陽一隊長⇒田端捜査一課長のコミュニケーションのすばやさ。
 報告後、全員が田端の自宅を訪れ、そこで話し合い、即捜査体制作りが即決する。
2.変則的な特捜班体制が動き出す。
 渋谷分駐所の機捜隊と新堀を入れた6人、自ら隊の吾妻と森田の2人、田端課長が特殊犯捜査第三係から1個班10人を出すという。そして、田端課長は機捜と自ら隊を捜査の中心に組み込む。特捜班は新堀隊長が司令塔になる。
3.田端課長の判断はスピーディで、即行動する。
 強引に渋谷署の大会議室を特捜班用に押さえる。立てこもり事件現場に出向き状況確認4.捜査はあくまで定石の積み上げで進展する。如何にポイントを押さえ、情報の集約、分析を速やかに実行し、犯人逮捕につなげるかである。
 内田の利用したコンビニでの聞き込み捜査。防犯カメラの映像確認。
 内田の住居の追跡。家宅捜査。家宅捜査からの新たな糸口の発見。
 警視庁にデータベース化された犯罪歴情報。公安が独自に持つ逮捕歴情報への照会等
5.縞長が見当たり捜査のレジェンドと称されていたということが明かになる。
 縞長の能力が所々で発揮されていく。このストーリーでの読んで楽しい側面である。
6.捜査における縞長の目のつけどころのよさが発揮される。それは経験に由来するのか。7.縞長が見当たり捜査班時代に培った犯罪者情報の記憶が引き出されてくる。牽引力に。
8.公安第一課から4人が特捜班に加わるような展開になる。

 立てこもり事件の内田が遂に逮捕されると、その取り調べの中で、進行中の爆弾テロ問題に対して、内田と警察側との間で駆け引きが始まっていく。内田は弁護士を要求する。その弁護士との間でも駆け引きが始まって行く。
 この駆け引きの内容が、特捜班の捜査の進展に大きく影響を及ぼしていく。

 爆弾テロはどこが狙われていたのか。その狙いは何だったのか。事態は意外な方向に進展する。お楽しみに。

 いくつものショートストーリーを折込ながら、立てこもり事件へのSITの対応と爆弾テロを実行しようとする男あるいは組織の追跡捜査を緊迫感の中でパラレルに進行させていく。エンターテインメント性を十分に盛り込んだ警察小説である。
 ご一読ありがとうございます。

このブログを書き始めた以降に、徒然に読んできた作品の印象記に以下のものがあります。
こちらもお読みいただけると、うれしいかぎりです。
『暮鐘 東京湾臨海署安積班』  角川春樹事務所
『無明 警視庁強行犯係・樋口顕』   幻冬舎

=== 今野 敏 作品 読後印象記一覧 ===  更新7版 (96冊) 2022.8.6 時点