遊心逍遙記

読書三昧は楽しいひととき。遊心と知的好奇心で本とネットを逍遥した読後印象記です。一書がさらに関心の波紋を広げていきます。

『利休とその一族』  村井康彦  平凡社ライブラリー

2021-06-02 21:45:10 | レビュー
 本書のタイトルを最初に見た時は、利休とそれに続く系譜の千家一族と茶道の変遷に触れている本かと想像した。これまた長らく書架に眠っていた本。ステイ・ホームの機会に引っ張り出してきて遅まきながら読んだ。本書で考察される展開は、当初の想像とはかなり違っていた。
 利休の茶の湯と彼の生涯を考察するのは定石として、その次に「利休の周辺」にいた利休の弟子たちと彼等の後についてピンポイントで考察していく。その後に利休一族のうち特定の3人に的をしぼって考察が展開されるだけである。利休の切腹後に、同時代を生きた「道安と少庵」の二人。次にその後継者となる宗旦が加わる。勿論利休及び彼等3人の周辺の人々も取り上げられていく。利休の一族としてはその範囲に留まる。
 とは言いながら、今までに道安・少庵・宗旦を取り上げ考察する本を読んだことがないので利休の茶の湯のその後の系譜に一歩踏み込むことができた。
 
 「一 利休の生涯」については、「与四郎登場」「天文茶会記」「茶頭の時代」「城と山里」「北野大茶湯」「大茶湯余話」「秀吉と利休」「利休の墓」という形で、利休の生涯の特定の局面に焦点をあて、現存の史資料を分析し考察を積み上げ、推論されている。印象深い論究が数多くある。
*利休の祖父は足利義政の同朋衆千阿弥ではなく、時宗信者で千阿弥を名乗った人物が居たのではないかという推論。千家は田中一族の分家筋で、千家家譜は江戸時代に作られたものと推論している点。
*「城館と山里、天守閣と草庵-それは黄金趣味と侘数寄の共存であり、その対立的共存のなかに、かえってこの時代の美意識が存在したと考えられる。」(p35)とし、著者は利休の中に秀吉的なものがなかったとはいえないと論じている。この点がおもしろい。
*北野大茶湯は高札での報せとは別に、一日限りの実施という考えがあったと論究されている点。またその後日譚である吉田兼見の日記の記事紹介がおもしろい。
*利休切腹の背景について諸説があるが、ここでもそれについて一石が投じられていて参考になる。
*著者は、茶会のもつ寄合性・密室性、つまりその政治的機能に着目し、秀吉の茶頭となった利休において、側近・利休としての個人的な才能を重視する。
 そして、「利休の芸術上の飛躍と、側近としての政治的活動、かりにこれを利休における芸術性と俗物性というなら、この二つは、利休という一個の歴史的な個体においては、一つであって二つではなかったといわねばならない」(p75)と論じ、「利休は秀吉あっての利休であり、治者との関わりにおいて茶の湯を大成した」(p75)と結論づけているところが印象的。「秀吉あっての利休」がキーワードになっている。その上で利休の美意識論が展開されていて興味深い。

 「二 利休の周辺」では、利休七哲についてはさらりと触れるだけで、焦点は古田織部、細川三斎の二人に絞りこまれ、その先で小堀遠州と上田宗箇が考察されている。
 私には、織部のヒズミ茶碗より前に、牧村兵部のユガミ茶碗があったという事例を初めて知った。このことと、「上田宗箇の人と茶」という題の考察で上田宗箇について多少知り得たことが収穫である。

 「三 道安と少庵」では、利休の嫡男である道安と妻・宗恩の連れ子である少庵との関係、彼等が利休切腹後にどのような立場に立たされたのかについて理解を深めることができた。勿論、それでもなぜ、利休が実子の道安ではなく、継子の少庵に茶統をつがせたのか。その肝心な点は謎のままである。このあたり、小説世界において、利休のアフターという状況下で、史実の間の空隙を補い茶の湯展開の道筋を描くというテーマとして好材料になりそうな気がする。
 史実と資料に基づいて、著者は同年齢だった道安と少庵を考察していく。興味深いのは「道安囲の虚実」の考察である。道安「蹇病」説の存在を述べる一方、「少庵は足が不自由という身体的な悪条件を背負っていた」(p149)と著者は言う。足の不自由さについて道安と少庵の入れ替わりの可能性を論じている。そして、「いわゆる道安囲についても別個の理解が必要であろう」(p153)と著者は言う。
 この第三のセクションの考察を読み、道安、少庵の人物像をイメージしやすくなるとともに、逆に謎も深まった気がする。

 「四 宗旦の世界」で、少庵の嫡男・宗旦は、11歳で天正16年中に大徳寺に入り喝食になったと著者は考察する。その宗旦が大徳寺を出て、家に戻り父とともに千家の再興にあたる。だが、仕官の道を選ばず、相続した資産を基盤とするだけの清貧に甘んじる生き方をしたという。「乞食宗旦」と称されるようになる。
 ここを読んでおもしろかったのは、己の子供たちや弟子たちの仕官には極めて積極的だったということ。「乞食宗旦」というイメージしかなかったので、宗旦の心の二面性を知る機会となった。
 昭和46年(1971)に表千家伝承の宗旦文書が『元伯宗旦文書』として公刊されたそうである。宗旦と子息宗左との間の手紙などを例示し、著者は考察を進めている。宗旦の心情が表出されていて興味深い。
 このセクションの最後に、著者は宗旦四天王と称されたの弟子も考察している。『茶道便蒙抄』や『茶道要録』を記した山田宗徧、「勢州(伊勢)茶楽人」「日本茶楽人」と称した杉木普斎、「茶伯子」とも言われたという藤村庸軒、『茶月指月集』を記した久須見疎安である。

 やはり「三 道安と少庵」「四 宗旦の世界」の二つのセクションは、まとまった考察が行われているという観点で、一般読者にとっては一つの読ませどころになっていると思う。
 
 「五 利休の実像と虚像」が最後のセクションである。立花実山が記した『梵字草』と彼が所持していた『南方録』を素材にし、立花実山を介して著者は利休に迫ろうとしている。そして最後に、薮内家の五代竹心(紹智改め)著『源流茶話』を考察する。この書が鮮明に展開した持論は「茶の源流、すなわち利休に戻れと主張した」(p286)という点にあると説く。一方で『源流茶話』の持つ別の主張の側面にも触れている。

 茶の湯の歴史を知る上では、有益な一書である。

 本書は1987年2月に平凡社より刊行された後、誤記誤植の訂正や表現上の改訂を施し、1995年5月に平凡社ライブラリーの一冊として、初版発行された。
 些末なことだが、それでも気づいた箇所がある。p81で「武蔵紹鴎」となっている。明らかに「武野紹鴎」のはず。もう1箇所、p43に「松原通りを五条通りとするなど道路の整備を行なったのも、」という一節がある。思い違いか、校正ミスだろう。現在の松原通りがもとは五条通りである。豊臣秀吉が、南に五条通りを付け替えるという工事を行い、もとの五条通りを松原通りと称するようにした。現在の松原通りを西へ歩めば、西洞院通りに至り、五条天神宮が所在することでおわかりいただけると思う。

 ご一読ありがとうございます。

本書を読むことで関心を抱いた事項をネット検索してみた。一覧にしておきたい。
茶の湯 こころと美  ホームページ
   武野紹鴎  
   利休の後継と千家の再興 
   千宗旦 「元伯宗旦文書」より  15の文が掲載されています。
裏千家今日庵  ホームページ
   裏千家歴代
   裏千家系図 
武者小路家官休庵  ホームページ
   三千家系譜
茶の湯の歴史 ホームページ
   千家の再興
   宗旦とその息子たち 
古田重然  :ウィキペディア
遠州流茶道  公式サイト
茶道 上田宗箇流  ホームページ
杉木普斎   :「コトバンク」
鳥羽城主も一服請う-「世に名高き茶人」杉木普斎  :「歴史の情報蔵」
山田宗徧   :「コトバンク」
藤村庸軒   :ウィキペディア
藤村庸軒と茶席の菓子  :「虎屋」
久須見疎安  :「コトバンク」
【16:00~16:30 山田宗徧】Online Art Salon Spin off  YouTube
宗徧流四方庵  ホームページ
薮内家の茶  オフィシャルホームページ

   インターネットに有益な情報を掲載してくださった皆様に感謝します。

(情報提供サイトへのリンクのアクセスがネット事情でいつか途切れるかもしれません。
その節には、直接に検索してアクセスしてみてください。掲載時点の後のフォローは致しません。
その点、ご寛恕ください。)


これまでに、茶の世界に関連した本を断続的に読み継いできています。
こちらもお読みいただけるとうれしいです。

=== 小説 ===
『利休の闇』 加藤 廣  文藝春秋
『利休にたずねよ』 山本兼一 PHP文芸文庫
『天下人の茶』  伊東 潤  文藝春秋
『宗旦狐 茶湯にかかわる十二の短編』 澤田ふじ子  徳間書店
『古田織部』 土岐信吉 河出書房新社 
『幻にて候 古田織部』 黒部 享  講談社
『小堀遠州』 中尾實信  鳥影社
『孤蓬のひと』  葉室 麟  角川書店
『山月庵茶会記』  葉室 麟  講談社
『橘花抄』 葉室 麟  新潮社

=== エッセイなど ===
『利休 破調の悲劇』  杉本苑子  講談社文庫
『茶人たちの日本文化史』  谷 晃   講談社現代新書
『利休の功罪』 木村宗慎[監修] ペン編集部[編] pen BOOKS 阪急コミュニケーションズ
『千利休101の謎』  川口素生  PHP文庫
『千利休 無言の前衛』  赤瀬川原平  岩波新書
『藤森照信の茶室学 日本の極小空間の謎』 藤森照信 六耀社
『利休の風景』  山本兼一  淡交社
『いちばんおいしい日本茶のいれかた』  柳本あかね  朝日新聞出版
『名碗を観る』 林屋晴三 小堀宗実 千宗屋  世界文化社
『売茶翁の生涯 The Life of Baisao』 ノーマン・ワデル 思文閣出版


最新の画像もっと見る

コメントを投稿